33333人突破記念企画
2000年の雪国
〜和田誠氏と6人の作家に敬意を表して〜

 和田誠氏が「話の特集」に1970年から1977年まで断続的に掲載した、「雪国」の偽作シリーズがある(「倫敦巴里」所収)。川端康成の「雪国」の冒頭部分を、当時の人気作家の文体を模して描くという試みであった。
 この遊びは、本好きの心をいたく刺戟した。あれから20年以上が過ぎ、新しい作家が続々と世に出ている。今なら、今の作家で「雪国」が書けるのではないか。そう思ったのが、この企画の出発点である。
 尚、文責は無論、大矢にある。これを読まれて決して嬉しくはない作家及びファンもいるとは思うが、それだけ人気があるのだということでご容赦下さい。

オリジナル〜川端康成「雪国」

 国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった。
 向側の座席から娘が立って来て、島村の前のガラス窓を落した。夜の冷気が流れ込んだ。娘は窓いっぱいに乗り出して、遠くへ叫ぶように
「駅長さあん、駅長さあん」
 明りをさげてゆっくり雪を踏んで来た男は襟巻で鼻の上までを包み、耳に帽子の毛皮を垂れていた。
 もうそんな寒さかと島村は外を眺めると、鉄道の官舎らしいバラックが山裾に寒々と散らばっているだけで、雪の色はそこまで行かぬうちに闇に飲まれていた。
「駅長さん、私です、御機嫌よろしゅうございます」
「ああ、葉子さんじゃないか。お帰りかい、また寒くなったよ」
「弟が今度こちらに勤めさせていただいておりますのですってね。お世話さまですわ」
「こんなところ、今に寂しくて参るだろうよ。若いのに可哀想だな」
「ほんの子供ですから、駅長さんからよく教えてやって頂いて、よろしくお願いいたしますわ。」
                                 (新潮文庫)

さあ、それでは贋作ショーのはじまりだぁい!

橋本治風 「桃尻語訳 雪国」

 雪国よネェ……。
 雪国はいいんだけどサァ、トンネルが長くって長くって、頭きちゃうのよね。あーあ……。まぁいいんだけどさ……言ってもわかってもらえないだろうし。
 だいたいさーァ、夜なのよ、今。真っ暗なのッ! だったらトンネルの中でも外でもいっしょだと思うんだけどサッ、やっぱなんか違うのよねぇ。いいんだけど。でもって、やっとトンネルを抜けたと思ったら、やっぱり真っ暗なのよ(あたりまえよね)。雪が降っててサッ、底のほうだけ白いの。あーあ。どうしてこんなことやってんのかしら。我ながらホント、すさまじく可哀想になっちゃう!!
 そしたらね、ただでさえ寒いっていうのに、前に座ってたオンナが窓開けたのよッ。普通さぁ、何かいうんじゃない? こういう時って。すみません、とか、失礼します、とかさ。それがなーんにもナシよ。やんなっちゃうッ! そしたらさ、その女が何て言ったか知ってるゥ? こうよ。
「駅長さあん、駅長さあん♪」
 そんな言い方ってあるゥ? 目の前にいる育ちの良さそうな美人の客(あたしのことよ)は無視しといて、窓から駅長呼びつけてんのよォ。すさまじく失礼よねッ! あーあ……。

京極夏彦風 「百鬼雪国行」

 ガタン、と音がした。汽車が信号所に止まったのである。外は白い。島村の向かい側に座っていた一人の女が、立ち上がった。禿に切り揃えた髪。暗黒の眸に吸い込まれそうだ。
 女は島村の前の窓硝子を落とす。
 ひゅう、と豪く冷たい風が流れ込んできた。
 ──もう、そんな寒さなのか。
 鉄道の官舎らしいバラックは長きに亙り風雪に曝されている模様だが、雪の色は其処まで行かぬうちに闇に飲まれていた。女に呼ばれて、駅長らしき男が矍鑠と姿勢良く歩いて来る。
「駅長さん、此の度は弟が御面倒をお掛けして──御免なさいね」
「慥かに──兎も角済んだ事ですから」
「仮令何があったとしても、あの様な事をする子ではないのですけど」
「葉子さん、この世には不思議なことなど何もないのですよ」
 何処かで、しゃん、という鈴の音がした。
 ──それでは。
 ──解っている、と云うのか。何もかも。
 駅長は呵呵と笑った。再びの恐怖が瘧のように湧き、島村は強い眩暈を感じて倒れた。

森博嗣風 「すべてが雪国になる〜The Perfect Snowland」

 上越新幹線は、長いトンネルを抜けて群馬から新潟へ入った。新幹線の切符は自販機で買ったのだが、最近導入されたこのマシン、なかなかの優れものだと島村は思っている。
 外は雪が積もっていた。
「夜の底が白くなりましたわね」島村の前に座っていた葉子が言った。
 新鮮な表現だ、と島村は思った。地表を底に見立てている。地球上の半分が夜と仮定すると、夜という名の容器の底は、ワインボトルの底のように半球状に盛り上がっているわけだ。地球の半径は 6400kmで、表面積は 4πr^2、その半分となると……。
「257359216.64Km^2ですわ」葉子は即答した。「地球は完全な球体ではありませんし、πも小数点以下6桁までしか考慮しませんでしたので、おおよその値ですけど……」
 島村は膝の上のパワーブックに目を落とした。駅長あてのメールは既に書き終わっていた。あとは送信するだけだが……携帯電話の利用はデッキで、とアナウンスが流れた。ここまでモバイル・コンピュータがメジャになったというのに、メール送信もデッキに出なくてはならないのだろうか?
「駅長さんとはお知り合いですか」島村は煙草に火をつけながらきいた。
「お知り合いの……四乗根くらいです」葉子は微笑んで首を少し傾げた。

高村薫風 「雪国を抱いて翔べ」

 二月五日、午後九時四十八分。
 JR水上駅を出た上越線下り普通列車は長い清水トンネルを抜け、JR越後湯沢駅の1番ホームへと滑り込んだ。吹きっさらしのホームは寒く、人影はない。立ち食いスタンドのガラス窓も閉まっていた。薄汚れたコンクリートの連なりが、所々泥混じりの雪に埋もれている。その中にボロ雑巾のような猫の死骸があった。死骸を斑に照らすパチンコ屋のネオンは、鮮血のような赤だった。
 島村の前には若い女が座っている。雑多な生活感が女の周りから臭い立っていた。
 《どこかで見た女だ。》と島村は思った。
 女と目が合った。こめかみがチリチリし、耳の付け根が微かにひきつるのを島村は感じた。頬を押しつけた窓枠からは、錆びたような、血と同じ臭いがした。汗が額で玉を作っている。頭の芯が茫々としていた。
 島村は知り合いから五千円で譲って貰った大型ボストンバッグを引き寄せ、目は女に向けたまま右手で中味を探った。ペンチ、ニッパー、スパナ、小型電動ドリル、双眼鏡、数種類のロープ、そして数次旅券と、釜山の男の住所。これだけで今度の仕事は事足りる筈だった。
 ふいに女が「やっと着いたわね」と呟いた。《そうだ、やっと着いた……》と島村も思った。

新井素子風 「雪国へ行く船」

 はふ。
 どうしてこんなに国境のトンネルって長いのかなあ。もう随分──三十分がとこ、トンネルの中にいる。本は読んじゃったし、外も真っ暗で──ほんっと、莫迦みたいに溜息つくくらいしかすることがないって訳。……はふ。本日、十八回目の溜息。
 あ、この辺で一応、自己紹介しとくね。
 あたし、葉子という。今、二十歳の女の子。(どうして、二十歳、の前にわざわざ"今"ってつけたかというと、あと一ヶ月足らずで二十一になってしまうから。)雪国にいる恋人にお弁当を届けにきたところ。
 恋人にお弁当──ちょっと違うな。恋人だったらいいな、とは思ってるけど、そこまでいってないっていうか、恋人と片思いの間っていうか何というか……はは、そういう人です。
 そんなわけで、あたしは今、ようやく雪国についたところ。
 雪国──あ、ううん、言いかえよう。雪国ゾーンだ。天候が完全にコントロールされてる火星では、本来は"雪国"なんて、存在しない。でも、地球にいた頃、北海道とか新潟とかに住んでた人は、やっぱ雪が懐かしい訳じゃない? だから、そういう人達のために、雪国ゾーンでは毎年十二月から二月にかけて「雪の日」が制定されているのだ。で、今日はその「雪の日」って訳。

清水義範風 「おもしろくても雪国」

 国境の長いトンネルを抜けると、そこはもう雪国なのである。
 国境のトンネルと言っても、九州と韓国の間にトンネルが掘られたわけではない。今で言う新潟と群馬の境である。たかが県境を、当時は国境と言っていたのだ。こんなことを書くと、うわあ、新潟も群馬も独立国だったのか、なんてたわけた感想を持ってしまう人がいるんだよなあ。
 パスポートはいらないのか、とか。
 国連にも新潟と群馬で参加してたのか、とか。
 オリンピックはどうなるんだ、とか。
 オレの新潟の伯父さんは外人だったのか、とか。
 メチャクチャである。そうじゃないのだ。県のことを昔は国と呼んでいただけである。日本はずっと鎖国してたんだから、アメリカやイギリスなんて存在しないのといっしょなのだ。だから国とは、日本の中にあったそれぞれの地方のことをさすのである。越後の国と上野の国。聞いたことあるでしょう。
 で、雪国である。夜の底が白くなった。
 さて困った。書き始めてからこんなことを言うのもナンであるが、底というのはどこからどこまでを言うんだろう。


   作家の皆さん、ごめんなさいっ!
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