お厚いのがお好き?


勇気凛々ルリの色〜満天の星・浅田次郎(講談社)

 このエッセイ・シリーズも、本書を以て終わりなのだそうである。うーん、残念だ。このエッセイはテーマの料理の仕方と、その表現の仕方(つまりはエッセイの真髄の全て)がとても凝っていて面白くて、好きなエッセイの3本の指の入るほどだったんだけどなぁ。
 今回も浅田節は冴えている。前の三冊より「泣かせ」は減ったような気がするが、「笑わせ」は倍増してるのではないだろうか。「粗相について」「攣について」「被虐的快感について」などは、笑いすぎて涙なくしては読めない。うんこを漏らした・ケツの肉がつった・マッサージを受けた、というだけの話なのだ。それだけの話で、ここまで書けてしまうのだから凄い。
 面白さの要因のひとつは、嘘だと分かるくらいハッキリと遊んでいる《会話》にある。家族全員が忙しい──つまり戦場のようになっている時の家庭内では、まるで戦地での通信のような会話がなされ、時代劇の取材旅行では浅田氏と編集者が殿様と家臣のような言葉遣いになる。マジメに考えれば、こんなこたぁないのだ。だけど、それを技として、演出として読ませる。一歩間違えれば単なる過剰演出になるところを、巧いと言わせるギリギリのところで止める。うーむ、さすが。
 シリーズの前の3冊については、真面目なネタ、泣かせるネタにスポットを浴びせて紹介してきたが、最終巻となる本書は寧ろ「笑い」のネタに真骨頂を見た。 (00.1.26)      

刑事ぶたぶた・矢崎存美(廣済堂書店)

 山崎ぶたぶたが帰ってきた。それも、長編である。その上、刑事である。刑事ぶたぶた──うーん、目に浮かんで、目に浮かんだが最後、笑い出してしまう。これ単体として読んでも楽しめるのは確かだが、前作「ぶたぶた」を読んでからの方が、もっと楽しめると思います。
 ぶたぶたと、彼と組んだ新米刑事は色々な事件に遭遇する。物語の主人公はその事件の当事者たちであり、決してぶたぶたではない。あんまり言うと興を削ぐので黙っておくが、とにかく、ぶたぶたならではのシーンが今回もてんこもりなのである。「か、かわいいっ」とのけぞってしまうこと請け合いだ。特に白眉は「完璧な囮」の章である。ここで笑わないヤツはいないぞ(笑)。
 ただ正直なところ、ぶたぶた個人の魅力にはマイッてしまうんだけども──それだけ、と言えなくもない。個人的にはそれだけで充分なんだけども、物語自体はどれも淡々と読めてしまうんだよね。奥の深い題材を扱ってる割には、事件の描写とぶたぶたの描写が今ひとつ巧くリンクしてなくて──結局残るのは「ぶたぶたって笑えるぜ」という部分だけになったりする。そこが残念。
 前作「ぶたぶた」のように、ぶたぶた単体の魅力を前面に出した上で、関わり合う人の人生や気持ちを描く連作短編の手法の方が、このシリーズには向いてるのではないだろうか。刑事という職業は巧いところを見つけたと思う。本書の中にも短編のような話が多く入っているが、それだけの方がスッキリした気がするな。誘拐も、桃子ちゃんネタも、引っ張る必要はなかったんじゃないだろうか。 (00.1.28)      

アンハッピードッグズ・近藤史恵(中央公論社)

 マオとガクはパリで同棲中。そこへガクが、置き引きに遭った日本からの新婚旅行の夫婦を連れて来る。目処が立つまで泊めることにしたのだが──。
 著者初の恋愛小説である。推理小説ではない。でもあたしは、これまでの著者のどのミステリよりも、この話が好きだ。帯には「邪悪な恋愛小説」とあり、その通り、物語は「邪悪」と言っていい展開を見せる。きっとこうなるだろう、こうなるだろうと思っている通りに進んで、その通りに進んだことに腹が立つ。でも、最後は見事に爽快に決めてくれた。こうでなくちゃ!
 物語は静かに進行して行く。「彼はあたしのものよ、だから彼と別れて」なんていう場面ですら、静かに進行する。そこが心地よい。高ぶった感情を押しつけられる恋愛小説にはウンザリしてるのだ。スマートすぎるかもしれないが、どうせフィクションなら、これくらいスマートな方が雰囲気がある。いや、決してスマートじゃなく、寧ろ不器用なんだけども、それをスマートに見せようとする矜持と強さがカッコイイ。舞台がパリというのも、この物語に会っている。パリでなければ、この雰囲気は成立しなかったろう。
 元来が、文章の上手な人である。鮎川哲也賞を受賞した
「凍える島」では、泉鏡花から連城三紀彦に連なる文章が書けると思わせたが、それ以降、凝ったレトリックからは遠ざかっていた。しかし、本書で、よりシンプルな、それでいて繊細な文章が、更に研ぎ澄まされて戻ってきたように思える。泉鏡花・連城三紀彦の系譜からはややはずれたが、この文章の静けさ、密やかさは買いである。 (00.1.29)      

八月のマルクス・新野剛志(講談社)

 99年の江戸川乱歩賞受賞作。
 レイプ疑惑に巻き込まれて芸能界を引退した元コメディアンのもとに、昔の相方が尋ねて来る。自分は癌で死期が近い、と告白する相方。その直後、彼は消息を断った──。
 ハードボイルドである。ハードボイルドなんだけども、元コメディアンという設定が、どうも浮いてるような気がしてならない。テレビの世界は、自分がかつて働いていた現場だから、ちょっと評価の基準が厳しくなってるような気がしないでもないんだが、それにしたって「こんなこたぁねえよ」という箇所が、何度かあるのだ。
 それ以上に、この主人公の巻き込まれた過去の事件てのが、読んでてイヤ〜な気持ちにさせるんだよねえ。ここまで悲惨な話にしなくてもいいじゃん、というか。レポーターや芸能記者をかなりカリカチュアして、悪役として描いてるけど、これでもかこれでもかというような悪役ぶりには、ホントに読んでて気が沈むのだ。
 伏線も驚かせてくれるし、物語の構成もよく練られてるし、ストーリーとしては最近の乱歩賞受賞作の中でも上位に入ると思うんだけど、いかんせん読んでて楽しくない。寧ろ読むのが苦痛になる。最後の最後じゃなくて、合間合間にも救いが、せめて息抜きが欲しかった。構成やストーリーがいいだけに、もったいなく思えて仕方がないのである。 (00.1.30)      

紫紺のつばめ〜髪結い伊三次捕物余話・宇江佐真理(文藝春秋)

 直木賞候補作となったこの作品、テレビドラマ化もされてる。役人の下っ引きも兼ねる髪結いの伊三次と、彼を巡る人々の市井の物語。この伊三次ってのが主人公なんだろうけども、全然主人公らしくなくて面白い。血気盛んで、思い込みが激しくて、意地っぱりで……一言で言うと、可愛らしいまでにガキっぽいのである。彼の恋人である羽織芸者の文吉姐さんの方が、一般的なヒロイン像に近いくらいだ。
【紫紺のつばめ】扱われてる事件のテーマは現代そのもの。でも江戸時代にだってこういう輩がいなかったとは言えないもんね。
【ひで】うーっ、消化不良だあ。親方がひでを大工にさせた真の動機は何だったんだろう。そこが知りたかったのに。
【菜の花の戦ぐ岸辺】このタイトルを読める人はどれくらいいるんだろう(笑)。ま、元の鞘におさまって読者としては一安心なんだけども、なかなかに切ない一編ではある。
【鳥瞰図】前の項でできた蟠りを巧く次に繋げたという感じの作品。ここに至るまで彼の真っ直ぐな部分と怒りと意地と本音が充分に描写されてるから、伊三次の思いは直接は語られなくても、読者には充分伝わってくる。巧いなあ。
【摩利支天横町の月】かどわかされた娘たちの反応がけっこう笑える。ラストシーンはオーディオ&ビジュアルの両面で印象的。上手な三味線と下手な尺八ってのがいいね。 (00.2.4)      

4000年のアリバイ回廊・柄刀一(光文社)

 宮崎で発見された縄文時代の巨大遺跡。火山の噴火によってポンペイさながらに、その形状をとどめた遺跡には、そこで生活していた人々の痕跡もはっきりと残っていた。そして、その発掘作業に関係した人物の遺体が、水深1千メートルの海底で発見される。
 アリバイを主眼とした本格推理──というふうに見えるが、実際のところ主眼は別にある。無論、アリバイ崩しもしっかりしてるのだけれど、どうもそういうポイントよりは、4000年の時を経て紡ぎ出される人間同士の縦横の繋がり──横糸は現在存在している人同士、縦糸は先祖・子孫という時間上の繋がり──の方が印象に残るのだ。真犯人は誰、アリバイはどう崩す、という点も確かに興味深いし、4000年前の遺体跡が告げる謎の解明も面白いのだが、読み終わってみれば、歴史という壮大なテーマとそれに飲み込まれる人間模様や、個人レベルの感情の営みが4000年前から繰り返されていたことだという事実の方が、圧倒的に目の前に迫ってくるのである。
 縄文文化に関する蘊蓄も、知識の羅列ととられかねないギリギリのところで踏ん張って、「小説に必要な情報を自然に面白く描写」という範疇に収めている。もともと映像情報を文章で表現するのが上手な作者だけに、その手腕も見事だ。
 正直言って、ディッペンバウワー夫妻の存在理由がずっと分からなかったのだけれど、ラストシーンで腑に落ちた。前述の横糸・縦糸の象徴だったんだ。切なくも美しいエンディングである。 (00.2.5)      

T.R.Y.・井上尚登(角川書店)

 帯に「横溝賞史上、最高傑作」とあるけど、それはこれまでの受賞者に失礼ではないか?(笑) ま、それはともかく、明治の日本〜上海を舞台に繰り広げられるコンゲーム。辛亥革命直前の中国(と書いてるけど清だよな)を舞台に、革命に燃える男達と彼らに与した日本人の物語だ。
 ストーリーもキャラもよくて、ぐいぐい惹きつけられる。面白い。細かいところまでよく練ってるし、飽きさせない。テンポもいい。充分過ぎるほど楽しめるんだけど、どうも気になる点が2つあって、ひっかかってしまう。
 ひとつは歴史物の宿命みたいなもんだけども、実在人物──田中義一とか山県有朋とか明石とか蒋とか──がイメージと違うってこと。まぁこれは主観だけどね。田中義一って、こんなんだったか?と思ってしまうと、そこでちょっとノリが悪くなってしまうわけだ。
 もう一点は中国の呼称について。当時(明治)はまだ清で、「中国」という国はなかった。だから関や陳の言う「中国」ってのは「わが国」という意味であって、国名ではない。それはいい。清の人々は自らの国を「大清」と呼んでいたけど、清王朝を倒そうとするグループがそうは呼ばないだろうし。でも、朝鮮や日本の人間が「中国」って呼ぶのはおかしいよな。日本では喜春姐さんが言う「支那」が普通だったし、「私に祖国はない」なんて言ってる伊沢が「中国」と呼ぶのもおかしい。「中国」と呼ぶのはかの国を敬っていることになるんだから。清を何と呼ぶかで、その人物の思想や立場が分かる時代なんだから、そこはもう少し詰めて欲しかった。
 蛇足ながらタイトルは応募時のオリジナル「化して荒波」の方が絶対いいっ!志水辰夫と似てるのは確かだけど、似てたって別にいいじゃん? (00.2.8)      

Miss You・柴田よしき(文藝春秋)

 出版社に勤める江口有美は、残業中に作家の伊佐木から謎の電話を受ける。彼の担当で今は異動になった編集者を呪う内容だったが、数日後、その編集者が死体で発見された──。
 と書くと、その編集者の死の謎を追いかける同僚ってな図式が浮かんで来るが、そうじゃないのだ。とりあえず驚き、悲しみはするものの、有美は自分の恋愛や仕事で手一杯である。自然だ。普通はそうだよな。ところが、彼女自身にも妙な事件が次々と降り懸かるようになるわけだ。
 中でも、最大に謎めいて最大にインパクトのあった事件は、なんと物語の半分近くのところで起きる。随分遅い展開ではないか。そこでやっと有美は腰を上げるわけだが、それまで飽きさせないのがすごい。飽きさせないどころか、仕事上のちょっとした困難や事件、有美のプライベート、そういう部分もひっくるめて、有美の日常にぐいぐいと引き込まれていく。気付いた時には主人公に同化しちゃってるわけだ。すっかり作者の術中である。とにかくページをめくる手が止まらないのだ。
 一般的とは言いがたい「動機」も、ちゃんと納得できるように道筋が作ってある。登場する様々な人物の心の綾も、滲み入るように伝わってくる。謎解きの面でも、心情描写の面でも、申し分無い。脇役に至るまで、登場人物にちゃんと顔と生活がある。何より、わかれさせ屋、簡単に崩れる希薄な繋がり、サイズの合わなくなった指輪──そういう、ちょっとした小道具やちょっとした台詞の使い方が見事だ。
 難を言えば、手がかりがあからさまで、読者がハッキリ気付いてるのにどうして主人公が気付かないんだよーっ!とイライラすることくらいか。とにかく、読ませる。あたしの印象に残った最高のシーンは、終わり間近で有美が新人賞を受賞した主婦に電話をかけるという、地味な場面だ。このシーンで「負けなかった、成長した」有美が分かるのである。辛い話なのに、読み終わったら元気が出る小説だ。これは、特に女性にお勧めの一冊。 (00.2.8)      


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