「B面の夏」から5年。黛まどかが色々な媒体に発表した句に写真を添えた贅沢な句集である。百貨店や地下鉄などの宣伝用に使われた句もあるので、ファンとしては見逃せない。特にお勧めなのは、長野五輪をテーマにした数句。自分が情景を生々しく覚えているために、ものすごい臨場感を持って迫ってくる。例えば
第三閲覧室・紀田順一郎(新潮社)
大学の「第三閲覧室」に展示された稀覯本の数々。これは学長が自分の趣味の古書集めを大学の経費で落とすためのものだった。その中には幻の詩集もあるという。そして起こる殺人事件。
沙羅は和子の名を呼ぶ・加納朋子(集英社)
加納朋子だからといって、ほのぼのとした青春推理や、切ない中にも元気の出る女性向けミステリばかりではない。これはむしろスリラー、ホラーとでも言うべき作品集。キーワードは……幽霊。しかし、スリラーであろうと幽霊譚であろうと、加納朋子の「ほんわり優しい雰囲気」は健在なのだ。それは読後感のよさによって証明される。幽霊が出ようが何が出ようが、さわやかに終わるのが加納朋子なのかもしれない。では個別に。
幻獣遁走曲〜猫丸先輩のアルバイト探偵ノート・倉知淳(東京創元社)
飄々として人を食った猫丸先輩が帰ってきた。後輩にあたる人物が登場しないのに先輩っつーのもヘンなんだけどさ(笑)。まぁいいか、その猫丸先輩が経験した数々のバイト先での探偵物語。しかしこの人は事件が起こってから解決までが早い早い。いきなり謎解きが始まるもんなぁ。つまりそれまでにヒントは全部出てるってことで(そういう点では非常にフェアだ)、読者も同じだけの手がかりを持ってはいるんだけども、何せ展開が早くて、「事件→調査→謎解き」ではなく「事件→謎解き」なので、考えるヒマがない(笑)。ま、2〜3人死んでからじゃないと謎解きを始めない探偵よりはマシだけどさ。では個別に。
これまでの吉敷竹史シリーズに登場してきた吉敷の元妻・加納通子。この物語は通子の自分探し〜隠された過去を取り戻す旅と、日本の冤罪問題という2本の柱からなっている。読者側の勝手なカテゴライズではあるけれど、御手洗潔→本格推理、吉敷竹史→社会派、という図式がまずあって、今回の作品はその吉敷シリーズの集大成と言ってもいいのではないか。
よもつひらさか・今邑彩(集英社)
ホラーを中心とした短編集。数年間に渡って雑誌掲載されたものを集めた由、なるほどテーマの面でも手法の面でも、バラエティに富んでいる。
第一巻を徳間書店版で持っている身としては、商売があくどいぞ集英社!と怒鳴りたくなる(笑)。だってこれって、浅田氏のシリーズの中では一番好きなんだもの。当然、2巻が出れば買う。が、1巻は既に他の版で持っている──
あたしは装丁だとか版型だとかは気にしないので平気なのだが、そういうところに拘りたい人は、これはもう同じ内容を承知で1巻から買い直すんだろうなぁ。
塔の断章・乾くるみ(講談社ノベルズ)
女が塔から落ちて死んだ。彼女は妊娠していた。自殺なのか? それとも誰かに落とされたのか? ──タイトルの通りに、様々なシーンの「断章」が綴られていく。
元銀行マンで、今はヤクザとも付き合いのある金融屋の軽部のところに、謎の台湾人から「昭和二十年に沈んだ船を引き揚げる費用を都合して欲しい」という依頼が来る。その船とは、弥勒丸。何故、弥勒丸は沈められねばならなかったのか。話は昭和二十年に遡る──。
魔法飛行・加納朋子(創元推理文庫)
「ななつのこ」に続く、駒子シリーズ第二弾。物語は4つの章からなる連作推理。駒子が「私も物語を書いてみよう」と思い立ち、自分の身の回りにおこった「ちょっと不思議なこと」をしたためて、瀬尾さんに見せる。瀬尾さんは感想を返すとともに、その不思議なことの謎を解いてみせるという黄金パターン。
くちづけ・黛まどか(角川春樹事務所)
クロカンのしんがりに蹤く森の精
という句(大好き!)があるが、これはもう、あの雪の中を駆ける選手達の絵が浮かんでくるわけだ。4人くらいの選手が続けて駆ける最後に、目には見えないけれども、森の精がついて滑っているような──。無論、添えられている写真はノルディック複合のクロカンのシーンである。
また、東芝EMIの宣伝に使われた句で、
花買つてユーミン買つてひとりの夜
というのもある。これは共感できるOLが多そうだ。因みに同系統の句に(今回は未収録)
きみとゐて辛島美登里聞く夜かな
という、あたしが大好きな句もある。収録されてないのが残念。
「B面の夏」は、個人的な心情が吐露されたという感じの強い句集だった。が、今回はそれに比べると(いい意味で)かなり一般的。一般的になった分、読者が個々の思いを当てはめ易くなったように思える。言葉の選び方も、5年で数段鋭くなったようだ。因みにあたしが最も気に入ったのは、上のクロカンの句の他に次の2句。
さくらさくら今宵は誰を連れてゆく
冬靄になにか忘れてきたやうな
(00.2.9)
まず装丁がいい。本好きならドキドキするような装丁だ。本文も、これまでの著者のイメージに添った、落ちつきと渋みのある文章が静かに進んでいく。登場人物が次々と入れ替わり立ち替わり現れるために少々混乱しないでもないし、問題が起こりそうな雰囲気だけ残して次の章へ移るために、内容を把握しにくい部分もあるが、軽く読み飛ばした部分があとで大きな意味を持ってくるという本格ならではの醍醐味は充分だ。
中でもメインの仕掛けには「ああっ」と言わされた。そうかぁ、決して珍しい手法ではないんだけど、盲点だった。「人物」に関する仕掛けも「古書」に関する仕掛けも、煎じ詰めれば実は同じ傾倒の仕掛けで、そのあたりにも拘りが見える。片方に気付いた時点でもう片方のヒントにもなってるんだよな、うん。
大がかりなトリック、驚天動地の仕掛け、というわけではない。特にサスペンスフルでもないし、めくるめく展開というのもない。だが、渋い。渋いだけに、周到に仕組まれた罠に落ちた時の快感もまた、渋いのである。特に古書好きには堪らないのではないだろうか。
(00.2.9)
【黒いベールの貴婦人】廃業した病院で体験した切ない話。登場人物のキャラが明るく彩っている。
【エンジェル・ムーン】全体に冷たい水色が漂っているようなイメージの作品。純文学の雰囲気。
【フリージング・サマー】これはイチオシ!イトコの部屋に住む主人公が直面した現実を、本格推理の手法で描く。冷ややかなメルヘンという感じ。
【天使の都】加納朋子というよりは中堅どころの女性作家が書きそうな舞台。
【海を見に行く日】母から娘への語り口調で描かれる。ネタは割れやすいけど味のある一編。
【橘の宿】著者には珍しい時代物の掌編。
【花盗人】これも掌編。おばさんに土の代金を請求したくなるのは俗物の証拠か(笑)。
【商店街の夜】SFちっくなファンタジー。
【オレンジの半分】これは最も「従来の加納朋子」っぽい作品。日常の謎を扱う本格物。
【沙羅は和子の名を呼ぶ】誰もが絶対に持っている心理だけに、ぐさぐさ来る話。それでも最後にちゃんと救いを持ってくるんだよな。
(00.2.10)
【猫の日の事件】猫のコンテスト会場での盗難事件。準備周到な犯人だったら通用しないぞ(笑)。
【寝ていてください】説得力はあるが、木渡たちの想像が間違ってるっていう根拠が薄い気が。
【幻獣遁走曲】この謎解きは好き! 無理はないし、説得力もあるし、心情的にも納得できる。ラストシーンも秀逸。
【たたかえ! よりきり仮面】これも好きな話だな。一つの事象が視点を変えるだけで意味が変わるという好例。
【トレジャーハント・トラップ・トリック】伏線の妙には脱帽。ただ──××のために××を使うってのは、手段としては、どうかと思うぞ(笑)。
(00.2.11)
涙流れるままに(上下巻)・島田荘司(カッパノベルズ)
記憶が封じられているその向こうには何があるのか、冤罪事件の行く末はどうなるのか。魅力的(と言っていいと思う)な二つの謎を交互に描き、それぞれの問題でそれぞれエキサイティングな仕掛けを施し、読者を飽きさせない。そして何より、冤罪への、著者の怒りがビシビシと伝わってくる。伝えたいこと、伝えるべきことを持った作家の筆とは、こうまで力と迫力を持つものなのか。島田荘司の「戦い」を見るような気がする。
そりゃ、不満がゼロではないのだ。恩田妻の演説はいかにも状況説明だし、通子はあんまりにも考え無しだし、手がかりはいきなり出てくるし──だけど、なんだかそういうのも、どうでもよくなってくる。だって、状況説明のためのシーンであっても、それが「読ませる」んだから、作者の勝ちだよこれは。伏線があってヒントがあっての謎解きミステリを読んでるんじゃなくて、ドキュメントを見せられてる気分で──ドキュメントだったら伏線がなくったって、自己矛盾があったって、当たり前じゃんという気になるのよね。
尚、できれはこれまでの作品──「北の夕鶴2/3の殺人]
、「羽衣伝説の記憶]
、「竜臥亭事件」を前もって読んでおくと、更に楽しめると思う。
(00.2.12)
【見知らぬあなた】最近流行ったパターンなので、ちょっとネタが割れやすいかな。
【ささやく鏡】結局一番怖いのは「情報に縛られること」か。情報を運命と変えても可。
【茉莉花】自分のペンネームの由来を話す作家。しかし、その真相は──悲しいミステリ。
【時を重ねて】浅田次郎が書きそうな、きれいな幽霊譚。雰囲気がけっこう好き。
【ハーフ・アンド・ハーフ】途中「もしや」と思ったが、実際にそうなると寒気が。
【双頭の影】よくある話ジャンと思ってたら、最後で背負い投げを喰らった。巧い。
【家に着くまで】会話だけで成立するミステリ。推理合戦はありがちだが、ラストが巧い。
【夢の中へ──】これも最後のオチが巧いなぁ。巧さに唸ると同時に切なくなる。
【穴二つ】ここまでインターネットが普及してくると、ものすごくありそうな話。
【遠い窓】メルヘンちっくな雰囲気が、最後の悪意を際だたせる。
【生まれ変わり】今ならストーカーでくくられるけど、発表当時は新鮮だったろうなぁ。
【よもつひらさか】あううう、怖い(;_;)。一番ダイレクトな怪談で、一番怖かった。
ということで、あたしのお勧めは【時を重ねて】、【夢の中へ──】、【よもつひらさか】といったあたりかな。
(00.2.13)
天切り松闇がたり 第二巻 残侠・浅田次郎(集英社)
ま、そういう文句はあれど、やっぱ天切り松はいいっ!
大正ロマネスクの頃。江戸時代に名を馳せた掏摸の「仕立て屋銀次」の流れを汲む、泥棒の一団がいた。掏摸、強盗、夜盗など。その道のプロ中のプロが揃っている。そしてプロなのは盗みの腕だけではなく、裏社会でのスジをキチンと通すあたりも、これまたプロなのだ。
その一団の見習い、つまりは泥棒見習いの松蔵。彼は長じて大泥棒となり、天切り松と呼ばれるようになるのだが、今は既に古稀を超えた。その松が、自分が体験したあれやこれやを警察や刑務所仲間に話して聞かせる──という話。
もう、いい。何がいいって、まず文章がいい。その時代が目の前に広がるような、リズム感のある言葉と文。いや、節回しと言った方がいいくらい。音読すると、実に気持ちがいいのだ。
いいのは勿論文章だけではなく、松蔵が体験した冒険談の数々も、文句無し。今のご時世にちゃんと合わせてあるところなんさぁ、にくいね。一巻の方が感動的だったのは事実だけど、今回はその分「カッコいい」。勿論、最後には泣かせてくれる。こんな書評を読んでるよりも、本編を読みなさい。それも一巻から。ああ、松の闇がたりが聞けるなら、一晩くらい留置所に入ってもいいわあたし(笑)。
(00.2.18)
えーっと、これは……何か、読み損なったのかなぁ。メインとなる仕掛けは、分かるし、それは膝を打ったんだけども──それだけ、なのかな? つまり(ここからは思いきりネタをばらすので、既読の人だけマウスをドラッグさせて読んで下さい)序章に出てきた男女は、いかにも香織と犯人の会話のように書かれているけれど、これは、実は辰巳まるみと天童の会話だった、と。で、本編に登場した辰巳の思い出のシーンは、辰巳が死ぬ寸前に脳裏に浮かんだ所謂「一生を走馬燈のように見る」ってやつだった、香織を殺したのは辰巳まるみだった──ということだけしか、あたしには読みとれなかったのよ。それだけってことは、まさか無いと思うから、どこかで何かを読み落としてるとしか思えない。
そして何よりも疑問なのは(またまた反転させてね)天童にはどうして香織を殺したのが辰巳だってことが分かったのかってことなのよね。これ、あたしにはどうしても分からない。どっかに伏線があったんだろうとは思うんだけど……ああああ、分からないっ!
うーん、自分の読解力の無さが悔しいぞ。誰か分かる人、教えてくれえ。
(00.2.18)
シェエラザード(上下巻)・浅田次郎(講談社)
「日輪の遺産」同様、現在と戦時中が交互に語られ、少しずつ謎が解かれていく。弥勒丸が負った使命と、その悲しすぎる宿命。戦時中の話だけでも充分成立する物語だが、敢えて現在からの目を通し、現在の人々のプライバシーを描くことによって、読者は「過去」と「現在」の関わりを実感することができる。「過去」と「現在」は別物ではなく、続いているものなんだ、ということを痛感させられるのだ。
下巻、土屋と高松が再会するシーンで、涙がこぼれた。明るく賑やかなホテルのロビーで、黙って敬礼をする老人──。敵船に囲まれた弥勒丸の中で、船員達が腹をくくるあたりから、もう涙が止まらなかった。軍人達を一括し、堂々と、気高く、正装で操舵室に立つ船長と航海士。乗組員が清らかに叫ぶ「よーそろー」、圧巻は、舟底の機関長と船長の、さりげなくも誇り高い会話──「では、閉めてもいいかな?」《どうそ、こんなべっぴんと心中できりゃ、本望だ》──。
ああもう、逐一説明するなんてもどかしい。とにかく、読め。
(00.2.24)
どれも実に見事です。とにかく、伏線が美しい! わざとらしくないってのは当たり前で、この人は比喩と描写が抜群に巧いひとだから、ついつい物語を読まされちゃって、そこに伏線が隠れてるかも、なんてことを忘れさせるんだよね。女子大生がもう、リアルリアル。作風も、そして登場人物の「女子大生3人組」も、北村薫の《私シリーズ》にものすごく似てるんだけど(ホントに似てる)、女子大生の描写はこちらに軍配があがりそうな気がするくらいだ。
それに、そこここに散りばめられた「エピソード」が切ない。宇宙に旅立った犬の話、「ああ、なにもかも、りん、りん、りん」と歌う壺──ミステリとは別のところで、「いい話を読んだ」という気にさせられる部分が、たくさんあるのだ。
そこまで褒めてるんなら、お勧めマークをつけりゃいいようなもんなんだけど(笑)、あたしはどうしても、あの「手紙」に腹が立つのよ。あの「手紙」を出した人の動機がさぁ……あまりにも弱いじゃん。弱いだけならいいけど、弱さを武器に他人を脅してるのと一緒でしょ? どうしてそんなこと、わざわざ他人に言うのよ、勝手に自分で始末つければいいでしょ、と思えてしまうのだ。つまりは、一種の自己顕示欲と、「こっちを向いて下さい、私にかまって下さい、でも自分からそういうのはみっともないので、あなたから来て下さい」という卑怯な思惑。うーー、イヤだ。
でも、物語はとても素敵なので、一読の価値ありだぞ。特に「ななつのこ」が気に入った人は。
(00.2.26)
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