お厚いのがお好き?


名探偵は密航中・若竹七海(カッパノベルズ)

 昭和五年、倫敦行きの豪華客船。乗り合わせたのはお転婆なお嬢様、イタズラ小僧、殺人犯に泥棒に、猫に優麗にイヤミなババァに探偵──さぁ、客船内は大騒ぎ。
 客船を舞台にしたオムニバス形式の連作短編集。きっとこれ、もともとは全部独立した話だったんだろうな。それに書き下ろし部分を加えてひとつにつなげたわけだけど──別に繋げなくても良かったんじゃないだろうか。一編一編がキチンとしてるから、替えって余計なエピソードが入ってしまったように見えなくもない。ま、このあたりは好き好きだけど。
「殺人者出奔」真相が突然という感じがして──ちゃんと仕掛けはあるんだけど、スッキリしない。
「お嬢様乗船」これ好き! 破天荒なお嬢様と賢い侍女。ありがちなパターンではあるけれど、最後の方のヒデとの会話で明かされる真相は見事!
「猫は航海中」謎が解かれてから「ああそうだったのか」と思わされるタイプの話。そういえばこんなところに伏線が……。
「名探偵は密航中」これもよくできたミステリだとは思うけど……でも、気付かないか?(笑)
「幽霊船出現」最後にゾクっとさせられる。理に落ちたあとだけに、怖い。
「船上の悪女」何となくネタは割れるんだけど、ネタ自体よりもラストの神谷桜の言葉がいいなぁ。
「別れの汽笛」ピサの斜塔の紛争って……(笑)。
(00.4.24)      

棚から哲学・土屋賢二(文藝春秋)

 同工異曲、ってのはこの人のためにある言葉だよなぁ(笑)。正直、何冊も出てるエッセイ集だけど、とりあえず一冊読んでみましょう。一冊読めば全部読んだも同じこと、という感じなんだなこれが。
 というのは、決して貶しているわけではなく、この人の真骨頂は「何を書くか」ではなく「どう書くか」にあるからなのだ。「どう書くか」に関しての基本姿勢は、どれを読んでも同じなのである。哲学の先生だけあって、ギャグの視点も(多少食傷気味ではあるんだけど)なかなかにシュールで不条理な面白さがある。森博嗣氏の意味無しジョークとか、犀川ジョークが好きな人にはお薦めかも。あれを100倍濃くして連続投与されてる感じだ(笑)。
 まさか助手の方と本当にああいう会話をされてるわけじゃないだろうけど、何が凄いって、還暦近くの年齢でこのセンスというのが凄いじゃないか。やたら同じネタを繰り返すあたりは、所謂「オヤジギャグ」の片鱗がないではないけど、それにしたって、あたしの周囲の戦中派には、このセンスはないぞ。
 とりあえずサワリだけでも知りたい人は、奥付の著者紹介を読んでみよう。あたしはこの人の本の中で、この著者紹介が一番好きなのよ。 (00.4.25)      

星踊る綺羅の鳴く川・赤江瀑(講談社)

 「劇場」に巣くう魔界。そこへ迷い込んだ現世の女優達──。
 赤江瀑初体験である。おおおお、なんだか泉鏡花を彷彿とさせるような、流麗にして奥行きのある文章ではないか。好きだ、好きだぞこういうの。ところどころ、声に出して調子をつけて読みたくなる。
 正直、物語自体は多分に抽象的で、最終章になってやっと「人間らしく」なってきて盛り上がる、といったところ。だからそれまでは、ストーリー云々よりも、ただひたすらに「雰囲気」を味わっていた。でも、それだけで充分堪能できちゃうのよね。京極夏彦が帯に書いた推薦文──「だた瞠目し、酩酊するのみ」ってのがピッタリなのだ。まさに、「雰囲気」を味わい、「雰囲気」に身をゆだねることができる一編。文に、言葉に、色と温度と深みがある。文節毎に句読点が入ると思ったら、いきなり長文が読点なしで連なったりする。隅々まで計算しつくされた、それでいて計算など微塵も感じさせないリズム。文字で読んでいるのに、目の前に映像が広がる。
 読み終わった瞬間、周囲が暗転して、チョーン、という拍子木の音が聞こえてきたような気がした。思わず、目を閉じた。
 赤江瀑、侮りがたし。他の本も読んでみよう。 (00.4.26)      

イツロベ・藤木稟(講談社)

 アフリカにボランティアの医師として赴任した間野。そこで出会った不思議な民族と、ル・ルイと呼ばれる奇形児たち。その不思議な経験は間野が日本に戻ってからも、かれを縛り続け──。
 ファンタジーやSFと、メタフィクションの臨界線ってのはどこにあるんだろう。どっちも「現実にはない世界」を描きながらも、ファンタジーやSFはその世界の中でのルールに則っているが、メタフィクションはルールを壊すところから始まる、という解釈で間違っていないだろうか。いずれにせよあたしは、ルールや約束事がないと安心できないという保守的な人間なので、ちょっとずつ暴走し始める物語世界についていくのがやっとである。つまり、この手の話の読み方・楽しみ方が分かってないんだな。え、どゆこと? どゆこと? と思いながら終わってしまった(笑)。
 確かに引きつけられる素材ではあるし、話運びも抜群に巧い。これは幻想なのか、それとも妄想なのか──間野自らが作り出したものなのか、それとも間野にとっては現実なのか。そのあたりを考え出すと、何だか乗り物酔いしたみたいな気分になるのだけれど(笑)、もしかしたらこれは、そういう話なのかもしれない。とにかく後半になって怒涛のように出てくる「間野の過去」に至っては……かなり面白いのだけれど、それをああいう形で描くってのが分からない。うーん、奥泉光のメタフィクションなんて、まだまだルールがキッチリしてるんだなぁ(^^;)。 (00.4.26)      

眠る馬・雨宮町子(幻冬舎)

 競走馬の誘拐事件が起こり、そして競馬関係者が殺された。ジョッキーの有田は事件を調べるうちに、昔起こった競走馬誘拐事件を知り──とくれば、岡嶋二人を思い出さないわけにはいかない。比べられるのは筆者としては不本意だろうけど、岡嶋ファンとしてはどうしても「焦茶色のパステル」とか、「七年目の脅迫状」とか「あした天気にしておくれ」なんかを念頭に置いて読み始めてしまったわけだ。
 しかし、すぐに《比較》は不可能となった。何というか、テーマが全然別なのね。これは、競馬界を舞台にし、それに関わる人々の「思い」を中心に据えた物語だ。もちろん、ミステリとして伏線があったり意外な真相があったりはするのだけれど、何だか読んでるうちに、そういうのはどうでも良くなってきた(笑)。後半は確かにいろんな真相が次から次に出てきて、驚いたり手に汗握ったりもするのだけれど、それも何だか《付加価値》とでも言うべきお楽しみになってしまう。有田と美可子、そして繭子の関係がどうなるのか。利一と洋子の夫婦はどうなるのか。潤二とクリスはどうなるのか。すっかり恋愛小説として楽しんでしまった。
 登場人物が多く、それも複雑に絡み合っているので、「えーっと、この人は誰だっけ?」という箇所がままあったのと(ひとえにあたしの読解力の問題です)、基本的な登場人物同士のつながりが「え、それって偶然なんですかい?」という弱さがあって、そこがちょっと気にはなったかな。事件が冒頭に起こったものから進まないので、途中、登場人物が何やってるか分からなくなっちゃうってのが痛いけど、ひとつずつ手がかりが揃っていく過程は確かにキチンと練られている。それなのに、どうして「謎解き」の面白さが薄かったのかなぁ。謎解きも恋愛もなんだか中途半端で、ひとつの糸を手繰るって感じがしなかったのよね。 (00.4.26)      

ミステリー傑作選37〜殺人哀モード・日本推理作家協会(編)(講談社文庫)

【彼なりの美学】小池真理子:雰囲気のある物語。男に従ってしまう主人公の心理をもうちょっと掘り下げて欲しかったかな。
【鑑定証拠】中嶋博行:全く知らない分野なので、「ほぉ」と感心。
【背信の交点】法月綸太郎:あちこちのアンソロジーに収録されてるけど、一番見事なのは名前の使い方だね、やっぱ。
【音の密室】今邑彩:実に短編向きのアイディアではあるけれど、真相はちょっと興ざめ。
【プラットホームのカオス】歌野晶午:構成の巧みさはサスガで、安心して読める。でも昨今、こういうテーマの話って多いよね。読後感の悪さだけはどうにもならないなぁ。
【マリーゴールド】永井するみ:「隣の芝生は青い」というだけの物語なのに、二人の女性の切ない心理が浮き彫りにされてて、これは「働くオンナ」にはタマらない話になってる。
【猟奇小説家】我孫子武丸:話は面白くて最後まで引き込まれるんだけど、この話も気持ちのいい話じゃないよなぁ。こういうホラーがかったのって、ちょっと苦手かも。
【家族写真】北森鴻:途中まではすごくいいんだけど、その真意にあるものに主人公が気付くってあたりが出来すぎかな。そこまで察しがよかったら女房に逃げられたりはしないって(笑)。
【経理課心中】山田正紀:描きようによってはコメディだぞ(笑)
【わざわざの鎖】佐野洋:話とは全然関係ないんだけど「……」の多用が気になってもう(笑)
(00.5.3)   

とんち探偵一休さん〜金閣寺に密室・鯨統一郎(NONノベル)

 金閣寺に《ひそかむろ》と読む。一休さんが挑戦する足利義満の死の謎。密室の金閣寺で義満は何故死んだのか?
 っていうか、この密室トリックはちょっと、あんまりじゃないか?(笑)。気付くだろう、普通。いや、それ以前に、これを密室と言っていいのか? なんか設定にものすごく無理があるような気がする。無理なく考えられてるとしたら、それを伝えられてないということになるんじゃないかとも思うんだけど。まぁ、あたしの読解力のなさってあたりが一番大きいんだけどもさ(笑)。
 各章ごとに出てくる、一休さんのお馴染みの「とんち話」も、最後に展開があったからよかったようなものの、それまでは「知ってるって」とツッコミたくなるような話ばかりである。勿論著者としては計算の上だったんだろうけど、その計算が実を結ぶ前に飽きちゃう危険性が高いと思うのだが。
 一休さんの出自の問題や、足利政権が内包した問題にも触れてるんだけど、個人的にはそのあたりをもっと掘り下げて欲しかったなぁ。義満の死の謎とともに、物語の中核を為して然るべき箇所だと思うんだけど。何も歴史小説にしろってんじゃないけど、このままでは単なる「金閣寺を舞台にした密室ミステリ」、ハウダニッドの一種であって、一休さんを持ってきた意味がない。義満だって、すっげー嫌なヤツに描かれてるけど、そのバックグラウンドとなる政情描写が薄いから、ただ嫌われ者の権勢者がいたってだけで、それではわざわざ足利時代を選んだ甲斐がないではないか。裏や周囲にあるものの方がドラマチックなのに、そこにはおざなりに触れただけで、「このはし渡るべからず」ってやられては、ヤケに欲求不満が残るのである。 (00.5.3)   

嘘をもうひとつだけ・東野圭吾(講談社)

 東野圭吾が描くシリーズキャラクタってのは、これに出てくる加賀恭一郎と、天下一大五郎だけなのよ。そんなわけでファンとしては見逃せない一冊なのだけれども、加賀君はいつも通りの狂言回し。極力個性を廃して描かれるシリーズキャラってのも珍しいが、それなのに加賀君が出てくる本を数冊読むと、なかった筈の個性がかなり強烈な印象を残しているのに気付く。「中核は言葉にせず、外堀を描くことで中核を分からせる」を主眼としているひがぴょんならでは。
【嘘をもうひとつだけ】加賀君がバレエに詳しいのは、そりゃアレのせいでしょう(笑)。トリックはシンプルだけど、追いつめられる犯人にワクワク。
【冷たい灼熱】これイチオシ! 子供の隠し場所はちょっとオイオイってなもんだけど、これも実はかなりひがぴょんらしい。ところで最後まで「パチンコ」って言葉は出てこないんだよね。このあたりの手法は凄いぞ。
【第二の希望】うわあ、力技だなぁ(笑)。だいたいこの短編集は、最初から《犯人対加賀》の設定になってるから、すぐにネタは割れるんだけど、加賀が気付くきっかけってのがいい。
【狂った計算】これ、2時間ドラマになりそう。けっこうありがちじゃん、と思ってたら、思いきり背負い投げをくらった。やられたなぁ。真相が分かるシーンなんて、かなりいい映像だぞ。
【友の助言】ケガして入院してる時に友達からこんな話を聞かされるなんて──まさに踏んだり蹴ったりでは>主人公。
(00.5.12)   

影の肖像・北川歩実(祥伝社)

 「脳味噌モノ」や「人体モノ」を書かせたら、今この人が一番なんじゃないだろうか。今回のテーマはクローン……というよりも、クローンに振り回される人々。そこに絡んでくる白血病骨髄移植の問題。
 白血病の子供を助けたい、という展開になった時に、思い出した作品がある。本岡類の作品に、ちょっと近い話があるのよ。(「真冬の誘拐者」だったかな?)アレを読んだことのある人ならピンと来たのではないだろうか。あたしも、だから途中までは「なぁんだ、本岡類のアレのアプローチを変えただけじゃん」と思ってたんだけど、途中から全く違う様相を呈し始めた。おおおおおっ、そう来たか!と、思わず本を持つ手に力が入ってしまった。
 今回は蘊蓄も少なくて、登場人物達の巻き込まれているドラマに、そのままダイレクトに放り込んで貰えた気分。二転三転する物語にようやく決着がついた──と思ってたら、最後に用意された背負い投げ。真犯人の告白はちょっと冗漫な気がしないでもなかったけど、そのあとの××の台詞は効いたなぁ。何だか、出てくる人が皆、たまらない過去を背負ってるだけに、(××にもこのあと辛いことは起きるんだけど)この真相には心底ホッとしたのだ。おかげで読後感もかなりいいものになった。
 とにかく読み出したら一気である。医学上の問題の根幹に触れる部分もあり、サスペンスの楽しみと社会派の重みと謎解きのカタルシスが一度に味わえる佳作。 (00.5.12)   

ストロボ・真保裕一(新潮社)

 カメラマン喜多川光司──本名・北川浩二の二十二歳から五十歳までのエピソードを、時を遡って見せる連作短編集。普通は若いときから始まって、だんだん時を追うものだと思うけれど、敢えて逆にしたところが巧い。知らない人の知らない話を一から聞くのではなく、知ってる人の知らない話を聞くからこそ味わえる面白さとでも言うか。このあと彼がどうなるっていうのを分かって読むっていうのは、何だか主人公や登場人物を愛しく感じるものなんだなぁ。冷静に考えればこの主人公、全然愛しくなんか思えないキャラクタんだけども(笑)。
【遺影 ……五十歳】遺影の撮影を頼む昔のモデル。傲慢になっていたカメラマンの心に一石を投じられるシーンがいい。
【暗室 ……四十二歳】不倫相手が雪山で死亡。そこに写っていたものが何だったか分かった時、目頭が熱くなった。肝心のハルミ自身のキャラが類型的なのが残念。もっと押さえた描写でもよかったのでは。
【ストロボ ……三十七歳】嘗ての師が落ちぶれる。そして夫の浮気を知った妻の行動。送られてきた浮気現場の写真。細かい要素がひとつに繋がる快感。
【一瞬 ……三十一歳】これイチオシ! 特に見下げてた先輩の快挙に対して「誰でもできる、オレだってできる」と言うところなんか、もう人間の一番醜い部分をモロに出してて、胸に突き刺さる。主人公に反感持たせて感動させるんだから猾い(笑)。
【卒業写真 ……二十二歳】写真を諦めた友人が撮った田舎の風景。その意味が分からなかった恋人。学生運動が華やかな時代で、運動自体も題材として遣われてるんだけど、それよりも彼らの若い心の襞に注目したい。
(00.5.13)   


書評リストに戻る