お厚いのがお好き?


御手洗パロディサイト事件(上下巻)・島田荘司(南雲堂)

 里美の友人が突然行方不明になった。どうやら鍵は彼女が読んでいたインターネット上での御手洗のパロディノベルにあるらしい。里美と石岡は手がかりを求めて、ファンの書いた「御手洗パロディノベル」を読み始める。
 最初は、「これは島田荘司の小ネタ総浚えか?」と思ってたのだけれど、どうやらホントにファンが書いた話みたいだなぁ。文字の使い方のクセなんかも違うし、柄刀一氏とか出てくるし(笑)。まぁ別に島田氏が自分で凝ったパロディごっこをしたのでも、ホントにファンが書いたのでも、面白ければどっちでもいいわけで。
 だんだん光文社文庫の「本格推理」を読んでるような気になったのも事実なんだけど(笑)、総じてレベルの高いパロディが揃っているように思う。純然たるパズルに徹しているものあり、登場人物の内面を描こうとするものありで、前者の代表は【すべてが「あ」ではじまる】【横浜スタジアム事件】、後者の代表は【愚かな深海魚は幻影の海で泳ぐ】といったあたりか。なんか、罪のない本格って感じで読んでて楽しかった。これは御手洗と石岡という《できあがった》キャラを使ってるせいも勿論あるんだけど、思い込みの強い悪趣味なファン心理によるものではなく、ホントに「御手洗の《本格》が好きなんだなぁ」と伝わってくるような作品ばかりだったせいだな。
 ま、これらが島田氏の作品ではなくホントにファンが書いたものだとしたら無理はないんだけど、できることなら、全部とまではいかなくても半分くらいの物語がリンクして《行方不明事件》に結びつくと面白かったんだけどね。あくまでも狙いがパロディノベルの紹介にあるとしたら、そこまで望むのは無理か。 (00.5.18)      

栄光一途・雫井脩介(新潮社)

 ドーピングが何故悪い! オリンピック出場選手選考を目前に控えた日本柔道界に、ドーピングしている選手がいるという密告があった。それは誰だ? もと日本代表の女性コーチ・篠子が柔道連盟の命令で調査に乗り出した──。
 とても新鮮な題材で興味深く読んだ。柔道に関してはあまり知識はないけれど、それでもちゃんと分かるように書かれているし、特殊世界を扱った物語にありがちな《うざったい説明》もない。女性4人組の急増探偵グループもなかなかで、個性がハッキリしてて読んでて楽しい。深紅に至っては森雅裕の小説に登場しそうなキャラだな(笑)。
 実際の殺人事件が絡んで以降、人間関係が煩雑になるのと、ああまで簡単に催眠術(ってのとはチト違うか)にかかるものなのかってのが、ちょっと気になるかな。篠子自身の体験も踏まえて「法で規制されてない薬品なら、道義上の問題はないのか」ひいては「柔道はスポーツなのか武道なのか」を、もっと直截的に掘り下げて欲しかった気もする。せっかく柔道を扱ってるんだもの、殺人犯やドーピング犯を探してオシマイじゃぁもったいないぞ。あたしは読んでるうちに、誰が犯人かという問題より、武道をスポーツとして扱うことの孕む問題の方に興味の焦点が移ってしまったもの。そっちのテーマの方も充分面白そうじゃないか?
 あと、些末ではあるが気になった事がひとつ。「確信犯」「確信犯的」という言葉が何度か出てくるんだけど、どうもこの作者、「確信犯」という言葉を「悪いことだと知っていながら罪を犯す」という意味に使ってるような気がするんだけど……。 (00.5.19)      

王国記・花村萬月(文藝春秋)

 芥川賞を受賞した「ゲルマニウムの夜」の続編。【ブエナ・ビスタ】【刈生の春】の二編が収録されている。「ゲルマニウムの夜」をまず読んでからじゃないと、人間関係が分からないと思うので注意が必要。
【ブエナ・ビスタ】「ゲルマニウムの夜」の主人公は朧(ろう)だったけれど、これは朧の上司(って言うのか?)にあたる修道士・赤羽が語り手になっている。赤羽は修道士であることを辞めて俗世に戻る。マンションまで朧に送って貰うが、飲みながら朧が告白した出来事とは──。なかなかに純文学で、そしてなかなかに《僕小説》だ。語り手は変われど、このシリーズの根底にあるテーマは確固として変わらない。生まれて初めて風俗の店に入る赤羽。そこでの体験が、彼をして事態を《受容》せしむる。彼の心境の変化を逐一説明してくれるわけではないのに、なぜか心に染み入るから不思議だ。ブエナ・ビスタ──それは窓から見える風景のことではなく、シスターテレジアの白い腹と、朧に対しての「してやったり」という思いのことではなかったか。
【刈生の春】語り手は再び朧に戻る。戻ってみると朧の青臭さが目立ったりして、なるほど一度視点を変えるとこういう効果もあるのか、と納得した次第。サイレージがなくなり、まだ育ちきらない牧草を3人で刈るシーンは宗教的ですらある。このシリーズ、まだまだ終わるまい。まるで庄司薫の「ぼくシリーズ」を追いかけるような気持ちで、あたしはこれから朧を追いかけることになるのだろう。「ボク小説」にしては随分とエログロだけどね(笑)。 (00.5.24)      

M(エム)・馳星周(文藝春秋)

【眩暈】妻の妹に惹かれる主人公。そんな時、義妹が派遣社員として彼の会社にやって来た。そして、義妹にそっくりな女性のポルノ画像がインターネットに掲載されているのを知って──。実際の彼女がそういう行為をしているのかどうかは最後まで分からないが、主眼は主人公の陥っていく妄想地獄にある。ほとんど狂気のレベルまで追いつめられる主人公。でもあたしは、主人公が倒れた後の妻の行動に胸がしめつけられた。夫婦のすれ違いって、最初は小さなことなんだろうなぁ。はぁ。
【人形】イチオシ! 小さい頃からの憧れだった「隣のおじさん」に抱かれたくて、会員制のデートクラブに入る裕美。しかし、彼女を買ったのは別の人。だんだん《教育》されていく裕美。そして、彼女は「隣のおじさん」の息子に再会し──。なんというか、これもひとつの「永遠の仔」だなぁという感じ。二つの家族の関係と、その間で揺れ動く裕美と哲ちゃん。エッチシーンも多いんだけど、そっちよりも直接は描かれない哲っちゃんの心情の方が胸に迫る。
【声】伝言ダイヤルで引っかけた男はヤクザだった──主人公の陥った罠と、息子の問題がもうひとつリンクして欲しかったなぁ。いや、事件自体はリンクしようがないんだけど、主人公の気持ちの上でね。深読みすれば「逆転の構図」という点で一致はしてるんだけど、物語としてはどうもスッキリしない。
【M(エム)】SMクラブで知り合った「まゆみ」に惹かれてしまった主人公。お金がなくなってから彼がとった行動は、ちょっと予測できてしまったけれど、あそこでもう一押しあるかと思った。母に対する思いが物語の中枢にあると思ってただけに、やや肩すかし(単にあたしの読解力不足のせいです)。
(00.5.24)      

化粧槍とんぼ切り・森雅裕(集英社)

 江戸開幕期。徳川家康の側近で「徳川四天王」と謳われた武将の一人、本多忠勝。彼の家には「とんぼ切り」と言われる名槍があった。槍の先にとまったトンボが二つに切れたと言われるほどの名槍。ところが忠勝の娘・稲が真田家に嫁ぐ際に持参すべく槍の写しを作らせている最中、とんぼ切りは盗まれてしまう。その影には徳川に仇なすと言われた、村正の名前が絡んでいた──。
 とにかく文章や台詞のテンポが実にいい。講談を聞いてるような気分になるのよね。その分、稲(後の小松)のキャラクタってのは、ある意味どうも作り込み過ぎてる感があるのは否めない。ま、森氏のキャラっていうのは得てしてそういう傾向が強いんだけども、時代小説だからなおさら講談ちっくに見えるのは仕方ないか。でも、作り込み過ぎとは言え決してそれは瑕疵ではなく、稲の魅力になっているという点だけは断っておかねば。女は政治の道具だった時代。道具としての自分を道具以上の《人間》に昇華しえた人物として、稲は実に生き生きと描かれているのである。
 もう一つのみどころは、本多正信・正純親子の描かれ方を中心とする幕府重鎮たちの駆け引きだろう。本多忠勝は言うに及ばず、大久保忠鱗、真田昌幸・信幸・幸村親子、そしてその影で動く忍び。大河ドラマでは家康から絶大な信頼を得て好々爺にしか見えない本多正信が思いきり陰険なヤツに描かれてるし、真面目で忠義者という印象しかなかった正純も、真面目が過ぎた嫌われ者になっている。妖刀と言われた村正の話(本当に森さんが描きたかったのは、そのあたりなんじゃないかな)も、徳川の視点からだけ描かれたのでは、ここまでのドラマもなかっただろう。歴史小説(この話は時代小説と呼んだ方が相応しいが)の面白味は、そういった視点の変換にも存在するのだ。
 名槍「とんぼ切り」の実物だかレプリカだかは、岡崎城にあるという。これは見に行かねばなるまい。こういう時、戦国の世の中枢だった尾張に嫁いで来て良かったなぁ、と思うのである(笑)。それにしても真田家の話ってのは面白いなぁ。武田信玄の家臣だった真田幸隆から、昌幸→信幸・幸村に至る三代の話を描いた小説って何かないかな。読んでみたいぞ。 (00.5.26)      

刺青白書・樋口有介(講談社)

 うわぁ、草平ちゃんが三人称だぁ! それだけで感動(笑)。
 アイドルタレントが惨殺され、女子大生・鈴女はそのタレントが中学時代の同級生だった事に気付いた。そして次の事件の被害者もまた──。
 タイトルは、タトウー白書、と読む。
「八月の舟」「林檎の木の道」のような青春ミステリと、「探偵は今夜も憂鬱」のような草平ちゃんシリーズが見事に融合した。正直言って、どちらのシリーズもこれまでは作者のクセが強く出すぎていて、それは時には大きな魅力になったが、ワンパターン(ごめんなさい)という評価も一部にはあったのである。いいのよそれが草平ちゃんなんだから、というのがファンの主張だったわけだが(笑)、いやぁ、こうして草平ちゃんが一歩引いた脇役として出てくる(最後には主役を凌いじゃったけどね)っていうのは、実にいいなぁ。
 草平ちゃん一人称では描けない《甘酸っぱい青春》も、この手法なら充分すぎるほど出てるし、何より、登場人物が脇役に至るまでしっかり書き込まれてるのがいい。物語のための駒、という書かれ方ではないのだ。謎を解くことが物語の主眼ではなく、鈴女を中心とする登場人物達の内面と背景をこそ描き、それが謎解きへと収束する。パズルではなく青春物語を読んだという実感がある。ただ、そのせいか謎解き自体の面白味が減ってるのが惜しい。実はかなり周到に伏線が張られてて、謎解きとしても一級品だと思うのだけれど、キャラが先に立ってしまって謎解きの醍醐味が薄れちゃうのよね。このあたり、謎解きオンリーになってしまってもダメだし、難しいところではあるのだけれど。扱うテーマの割に、キャラをコミカルに書いてるせいなのかなぁ。
 とまれ、「ろくでなし」「ベイドリーム」のあたりから作風の方向転換の兆しはあったのだけれど、巧いところに着地したという感じ。おまけに主人公の鈴女の浮き世離れしたキャラ設定も魅力だ。前作「ともだち」あたりから、この手のキャラが実に巧くなってきたぞ。願わくば今後はこのキャラが《草平ちゃん化》しないことを祈る(笑)。 (00.5.26)      

千里眼・松岡圭祐(小学館文庫)

 それにしても文庫になるのが早いなぁ。ま、消費者としては有り難いことだ。
 米軍基地に侵入した男が首相官邸に向けてミサイルをセットする。取り押さえたものの暗証番号が分からずに設定が解除できない。そこへ呼ばれたのが「千里眼」の異名を持つ臨床心理士・友里佐知子と、その弟子であり元自衛官の岬美由紀だった。どうやらテロの裏には新興宗教が絡んでいるらしく──。
 テーマは概ね前作
「催眠──hypnosis」と同じだが、前作よりもこっちの方が映画に向いてるんじゃないかと思うくらい、派手だ。タイムリミット付きの脱出劇はあるし自衛隊機飛ばしちゃうし、あげくのハテには(ネタバレなので伏せ字ね)ロボトミー手術と来てる。実に派手だ。それなのに嘘臭くなく手に汗握ってページをめくらせるのは、文章の巧さと、緻密な展開によるものだろう。
 メインの事件の他に、催眠誘導を得意とする臨床心理士としての仕事を描く手法も前作と同じなのだけれど、えりちゃんの問題も八巻の話もメインの話と同等に(ある意味それ以上に)面白かったぞ。
 しかし、真相にはかなり驚かされたものの、その後がこの話の白眉である。真相が分かり、真犯人が分かり、みんな無事で良かったね、で終わるのが従来のパターンだったと思うのだけれど、この物語ではその後の「責任問題」が語られる。そして、その後日談こそが、臨床心理士を描く上での重要なファクターになっていると同時に、読後感を極めて爽やかなものにしている。ドクドキワクワクし、時には怒りをもって読み進めてきた読者は、最後に救われた気持ちになって本を閉じることができるのである。どこまで計算されてるんだこの話は。それにしても堺屋太一経済企画庁長官から文句は出なかったのか?(笑)。 (00.5.28)      

美濃牛・殊能将之(講談社ノベルズ)

 何に感動したって、ミノタウロスはミノス王の牛、という意味だというのを知ったことだ。即ち、ミノタウロス→ミノ牛→美濃牛! ぶわっはっはっは\(^o^)/。半牛半人の悲劇の王子も、こうしてみるとメチャクチャ土着である。
 さて、
「ハサミ男」で鮮烈なデビューを果たした著者であるが、二作目にしてガラリとイメージを変えてきた。田舎で起こる一家惨殺事件。首無し死体に見立てに怪しい伝説に……と、《往年の探偵小説》の王道を行く作りである。とにかく文章が巧いのでぐいぐい読めるし、謎解きも無理がなく、探偵役も警察も《いかにも探偵小説》だ。それも、乱歩のそれでなく、横溝の探偵小説ね。
 もちろん、ひとつの探偵小説として楽しむに不満はないんだけど、それだけだとするなら、さして目新しくもなく(寧ろ古い)さしてインパクトもない。謎解きには「おおっ」と思う部分も多々あるんだけど、驚きというよりは感心してしまうタイプのネタ。つまりは、王道。しかし筆者は、あえてその手法を選んだように思える。古いタイプの王道を現代の舞台に踏襲することにより、ミステリファンなら思わずクスリと笑ってしまうような、お遊び──いや、むしろオマージュというべきか──が随所に見られるからである。
 横溝正史を思わせる箇所はたくさんあるけれど、それが「お遊び」に見えるのは、扱い方のせいだ。「これは歌の見立てじゃないか」「そんなことして何になるんです? 誰もその歌を覚えていないのに!」……わはは、確かにそうだ(笑)。これはもしかしたら《探偵小説》をパロってるんじゃないかとすら思えるシーンもあれば、なるほど、と膝を打つシーンも多い。古い酒を新しい革袋に入れる好例だろう。うーん、いいキャラもいるし、こうして内容を思い出してると、どんどん巧さが分かってくるなぁ。お薦めマークをつけた方がいいのかなぁ(笑)。
 とにかく巧い人なので小説世界に引き込まれるのは間違いないんだけど、一部、謎が残ってしまったのと、地の文にアンフェアな所があったのが個人的には不満かな。 (00.5.28)      


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