お厚いのがお好き?


ウェディング・ドレス・黒田研二(講談社ノベルス)

 結婚を目前に控えた祥子とユウ。しかし、結婚式の当日に事件が二人を襲った。──第16回メフィスト賞受賞作。あらすじは書けば書くほどネタバレになってしまうので、これ以上はご勘弁を。
 推薦文にあるとおり、《キャラ立ちなし、蘊蓄なし、洒落た会話も気の利いたジョークもなし。すべてが謎とトリックに奉仕する》物語である。読み始めて間もなく気が付く違和感。読み進むにつれて、その違和感は次第に大きくなっていく。何かがズレてる。そして最後まで読んだ時に、その違和感はくるりと反転して新たな秩序が生まれる──騙される快感は大きいし、何より読み終わった後でもう一度再読して「ああ、ここか!」という《伏線の確認作業》を始めてしまうという、いわば新本格の醍醐味がある。《騙し》と《驚かせ》のためだけに、これだけの緻密に張り巡らされた伏線と、練りに練った構成が用意されているのだ。お好きな方にはタマラナイ作品だろう。
 しかし残念なのは、あまりに人物描写がお粗末ということだ。いや、「人間が描けてない」なんて事は今さら言いませんわよ。ええ、言いませんとも。でも、人間を描かないまでも、登場人物の性格設定くらいはキチンとなされていて欲しいのだ。「人間を描かない」とは「人間の内面描写を物語の主眼に置かない」というだけで、「登場人物に個性も性格も要らない」という意味ではない。この作品に登場する人物は一様に、作者の目的に応じて都合のいい行動をする駒でしかない。ここでこういう伏線を張りたいから、彼にはこういう行動をとってもらおう、という動かし方である。だから、登場人物の言動が首尾一貫しない。従って感情移入もできないし、伏線の効果も薄れる。(ネタバレ。反転させてね。ここから→)特にこの物語では、同一人物と目されるキャラクタが矛盾した行動をとったり違和感を読者に与えたりすることが、すでに大事な伏線となるわけだから、こういう書き込みの甘さは面白さを半減させる。(←ここまで)
 不可思議興味と、パズルとして優秀なため、おそらく読者は最後までついてきてくれるだろう。そして確かに最後まで読めば、カタルシスは充分に得られる。しかし、それは謎が解明されるための準備としてページをめくるにすぎない。物語自体が持つ求心力ではない。これがデビュー作である筆者にとって、今後是非クリアして欲しい課題である。パズル構築のレベルはホントに高いのだから。
 ポッキー少年のキャラはよかったな。ああいう役回りを利用すれば、もっと人物の特徴を引っぱり出せるんじゃないのかな。 (00.6.7)      

てのひらの闇・藤原伊織(文藝春秋)

 堀江雅之は飲料会社の宣伝部に勤めるサラリーマンだが、早期退職勧告即ちリストラを受け入れ、サラリーマン生活もあと2週間となっていた。そこへ突然、会長から呼び出しを受ける。堀江と会長とはとある因縁で結ばれる仲だったが、その呼び出しが堀江の生活を変えた──。
 とにかく、かっこいい男達の物語、である。ハードボイルドってものは概して、身のない格好つけと装飾過多のモノローグ、百発の銃弾を浴びても死なないのにこっちは一発で相手を倒すようなリアリティのなさ、おまけにオヤジの夢がいっぱい詰まったようなひと昔前の「いい女」が何故か中年男に惚れる、ってのが鼻について、どうも素直に受け取れないものが多いのだが、これは違う。状況が非常に説得力を持っているのである。主人公のおかれた立場、敢えて危険に飛び込んでいく理由、そう言ったものが決して「説明」ではなく物語の一環として描写される。一歩間違えればご都合主義になってしまいかねない状況を、筆者は丹念に外堀を埋め筆を凝らし「これ以外にあり得ない」と読者に思わせる。見事な手腕だ。
 そして何より脇役がいい。六本木の姉弟は底抜けに魅力的だし、大原も単に主人公に惚れるだけの役どころではなく、ちゃんとひとりの登場人物としての役を担っている。主人公の元同僚でもあり現取締役の柿沼は、とにかく最高に出来る男だ。嫌なヤツだと思っていた上司も、最後には男を上げる。主人公の父親に薫陶を受けた「フィクサー」も義侠に篤いし、挙げ句の果てには仇役までクライマックスでは男気を発揮するのである。そう、つまりは皆がかっこいいのだ。それも、裏付けのあるかっこよさである。悩みを持ち、辛さを乗り越えたところにあるかっこよさ。無くした物や捨てた物が多いからこそ、厚みの出る言葉。ハードボイルド特有の「イキなセリフ」を素直にかっこいいと思えるのは、それだけの裏付けを登場人物に与えているからである。
 謎の提示、そしてそこから見せるストーリー展開も見事だ。いくら会社の会長とは言え、葬式に警視庁の二課(経済犯罪担当)が出てきてる不自然さ。すべてが解明された時には「そうか!」と膝を打った。と同時に現代の経済界が持つ不安定さを浮き彫りにし、ラストで柿沼にああいう行動をとらせることにより、読者の溜飲を下げる。この作品で筆者は、リストラや不況に負けるな、と言いたかったのではないかと思えてならない。日本中の会社員への応援歌に思えて仕方ないのである。
(00.6.10)      

夢・出逢い・魔性・森博嗣(講談社ノベルス)

 那古野カルテット上京の巻、である。紅子・紫子・練無の3人はクイズ番組に出演するため、東京にやってきた。ついでに(?)保呂草も上京。ところがというか当然というか、そのテレビ局で事件は起こる。
 今回はまた、随分とストレートな謎解きミステリの様相だ。寧ろ、林を巡る女の戦いがない分だけ、なんかシリーズ番外編のような違和感を持ってしまうほどである(笑)。
 ただなぁ──(ネタバレ。反転させてね)真犯人と目される女が既に死亡していた、じゃぁ犯人は?というのを最大の焦点として読んだだけに、「かぶってた」ってのはナイだろうと思ってしまうのよね。いや、それもちゃんと納得できる伏線があって、あたしが読み損なってるだけかもしれないんだけど。それにしても──うーん。
 ってことは、これはつまり、「なぜ紅子が犯人を断定するに至ったか」ということがメインとなるわけか。読み方を間違ったな。確かに、これだけヒントがあったんだ、ってのは読み終わってみれば分かるわけで。そうか、動機だの犯人像だのはこっちにおいといて、「さて、条件を満たすのは誰でしょう」という問題ととらえればいいのかな。それなら確かに解き甲斐のあるクイズだ。ただ、どうもあたしは森作品に関しては、テーマを読み損なってる気がしてならないんだよなあ。
 ちなみに最大の「してやられた」は、保呂草の知り合いである探偵・稲沢である。実は殺人事件の真相だの何だのより、ここが一番驚いた(笑)。見切ったと思ってた自分を逆手にとられた感あり。 (00.6.10)      

始祖鳥記・飯島和一(小学館)

 天明期(1700年代終わり頃)、備前池田城下で表具師を営む幸吉は、空を飛ぶことを夢見ていた。優秀な表具師としての腕を活かし、大凧を作った幸吉はそれで何度も橋から飛び降りる。その姿を見た人々は「ヌエが出た」と騒ぎ、藩の御政道を非難しに表れたのだと評判になってしまう。捕り方は幸吉をつきとめ、捉えた。しかし空を飛んで御政道を非難した幸吉の噂は、全国津々浦々まで広まっていた──この物語は、空を飛ぶ夢に一生をかけた幸吉の一代記である。
 とにかく、寡作な人だ。数年毎に一冊というペースである。待たされる方はたまったものではない。が、それでも読んでしまうと「飯島和一にハズレ無し」の思いを強くするのである。
 鳥を集めるのが得意で、屋根から飛び降りてケガをした少年時代。伯父の表具師の家に奉公に行き、弟の弥作とともに城下で評判の表具師となった青年時代。そして「ヌエ」と言われ、所払いをされたあとに旧友のつてで海上で暮らした日々。空を飛ぶなんて夢は封印して、生真面目な木綿商になった壮年期。そして、過去を忘れ、駿府で優秀な時計師・入れ歯師として名を挙げた時に、恩のある町名主から凧を作るように頼まれる。何も事情を知らない町名主の、他意のない依頼だった。しかし、幸吉の眠っていた夢に火がついた。
 とにかく、圧倒される。幸吉自身は寡黙な男だ。ただ「飛びたい」と思い、それにむけて準備をするだけの男だ。しかし、周囲の人物がそんな幸吉によって変わる。幸吉の姿勢から何かを得た人々は、幕府の悪政に立ち上がるのである。幸吉の関知するところではない。しかし、真摯な生き方はそれだけで人の心をうち、自らを恥じる心を産むのである。その人々の何気ない一言が実にいい。巴屋伊兵衛は言う。
  「決断したら、変えてはなりません。たとえどんなことが起ころうと……。腹を固めて
   流れ続けることです。思いが強ければ、流れがせき止められることはありません」

 読み終わった今、感想はただひとつだ。次作が読めるのは、いったいいつなんだろう──。 (00.6.11)      

仮面の島〜建築探偵桜井京介の事件簿・篠田真由美(講談社ノベルス)

 神代先生と京介は仕事でヴェネツィアにやってきた。ヴェネツィアでは島に暮らす日本人の未亡人と面会したが、島を売るという話のはずが、どうもおかしい。日本に残してきた筈の蒼も渡伊し、不思議な事件の幕が上がる──。
 シリーズ物とは言え、ミステリとしては単独で成立している。しかし、蒼の問題がある限り、そして蒼を中心とする人々の心の変化を描く限り、小説としては単体では存在し得ない。できることなら、せめて
「原罪の庭」だけでも読んでおかれることを薦める。このシリーズの路線が確定した、いわばエポックメイキングとなる一冊である。その上に、それ以降のシリーズは成り立っていると言っても過言ではない。たとえミステリとしては単独で成立するとしても、だ。ミステリの謎解きだけを楽しむのでは、この物語の意味が半減してしまう。
 島、という密室を舞台に繰り広げられるミステリも、シンプルではあるが楽しめる。ただ、事件が起こるまでが長すぎて、起こってからは一気呵成という構成は気になるし、手慣れた読み手なら想像のつく箇所も多い。しかしそれでも伏線の緻密さや意外な真相への驚きは充分堪能できる。
 だが、あたしが評価したいのはそこではない。p286-7に、こういう文がある。
  「ふいに蒼は思った。自分は彼女と良く似たひとを知っている。」
 この一文を読んだ時、あたしは初めて著者がこの作品で何をしたかったのかが分かった気がしたのだ。そしてそれは、その後を読んでいくうちに自信を持った。何にもまして素晴らしいのは、事件とその謎解き自体も、そのテーマに帰結するように練られているということだ。つまりは、これは謎解きミステリというよりは、蒼の物語なのである。(それに、すでに「建築」探偵じゃないじゃん(笑)) (00.6.11)      

月の裏側・恩田陸(幻冬舎)

 九州の古い町・箭納倉(やなくら)。水の都、東洋のベニスと歌われた、運河の街・ヤナクラでは突然人が行方不明になるという事件が多発していた。しかし行方不明になった人は一週間もすれば戻ってきて、その間の記憶がない。それが事件として取り上げられる気配もない。いったい箭納倉で何が起こっているのか──。
 恩田ホラーである。物語世界を構築する手腕はさすがで、その文章の巧さもあいまって、じわじわ怖い。何が怖いって、藍子が出会うコンビニのシーンがメチャクチャ怖い。「盗まれた」か「盗まれていない」かが分かるには「盗まれて」みるしかないってのも怖い。なんだか中世の魔女裁判で、井戸に沈めて死んだら人間・生きてたら魔女だから火あぶり、てのに似た怖さがある。
 ただ、失踪事件の真相について、やたらと早い段階で藍子がズバリの仮説を出してしまうのが解せない。だんだん真相が分かっていく、というやり方でもよかった気がするし、早々と仮説を出すにしても随分とアッサリしてる気がするのだ。藍子の父である協一郎も同じ仮説を抱いていたようだが、読者にしてみれば随分といきなりで、そのうえ荒唐無稽な仮説だから、それをスンナリ登場人物たちが受け入れるのが納得できない。そのあたり、もう少し説得力が(あるいはそれをサポートするだけのフンイキが)あるとよかったかな。なんとなく恩田氏らしからぬ展開だなぁと思ったのはあたしだけか?
 しかしまぁ、そのあとにジワジワ来る怖さを思えば、あの仮説がまず知らされていなければ恐怖の感じようがない気もするし──そうすると、時期尚早に思えても、あの時点で藍子が仮説を言い出すのも当然のような気もするのである。ううむ、効果的な構成って難しいなぁ。 (00.6.19)      

暗殺者(上下巻)・中野孝次(岩波書店)

 昭和初期、貧しい農村に生まれた少年・水沼吉五が、東京に出てテロリストになり、前大蔵大臣を暗殺するまでの物語。右翼の嵐が吹き荒れた昭和初年、なぜテロリストになってしまったのか、農家の真面目な息子が長ずるに及んで「悪を倒さねば」と過激な方向に走ってしまったのはどうしてなのか──当時の社会情勢を織りまぜた、限りなくノンフィクションに近い小説である。
 吉五が高等科に上がった頃、彼の村で小作騒ぎが起こる。村の取りまとめ役であった吉五の父は争議に疲れて他界。吉五は学校を辞めて東京に奉公に出るが、大工も洋服屋も染め物屋も長続きせず、心の底ではずっと「自分がしたいのはこんなことではない」と思い続ける。そして出会った日蓮宗の和尚。和尚のカリスマ性に惹かれた人々が集まっており、彼らの話題は「革命」だった──。
 毎日こつこつと大工や染め物の単調な修行に励み、夜には一杯の電気ブランを呑みつつ時の政府について無責任にこき下ろすような《ささやかな幸せ》を《幸せ》だと感じることのできない、よく言えば理想の高い、悪く言えば地に足がついていない吉五。職人の下働きに我慢できずに「おれは何かでかいことをやる人間なんだ」と思いこんでしまった吉五。読み進むにつれて、悲しみと怒りと苛立ちが募る。
 最後に吉五が逮捕され、それを知った幼なじみの金ちゃんと多田先生の会話が悲しい。金ちゃんの言うセリフは、吉五が忘れていた大事なものを読者に伝えてくれる。
 「まったくなんであいつこんな大それたことを仕出かしてしまったのかねえ、先生。おれは水沼の家の者のこと考えると、辛くてなんねえよう」
 「あいつはおいらみたいに我慢するってことが出来なかったからなあ。負けず嫌いで、自分も相手も同じ土俵で相撲とるんでなくちゃ気がすまない奴だったから」

 吉五が愚かだったと言ってしまうのは簡単だ。しかし、そうなっても仕方ないだけの経験と、それに理屈を付けうるだけの頭脳を持ってしまった事が悲劇なのかもしれない。そして何より「時代」という化け物が吉五の後押しをしていたのだ。
 この物語が雑誌「世界」に掲載されたのは17年前だという。それが昨年の10月に本として上梓された。これは、今の時代に読んでおく意味がある物語だと思う。 (00.6.20)      

SAKURA〜六方面喪失課・山田正紀(トクマノベルズ)

 山田正紀プレゼンツB級エンターティメントの真髄!と言った感じの作品である。綾瀬署に新設された部署「失踪課」は、実は都内の警察署の姥捨て山だった。各署でのお荷物や嫌われ者がそこへトバされ、最終的には課まるごとリストラされる予定というだけあって、生来のナマケモノ警官や、手の付けられない臍曲がり警官、警察の仕事よりもアニメに生き甲斐を感じるオタク警官、女好きで交通違反の女子大生に手を出そうとした警官などなど、どうしようもないメンバーばかりが揃っている。そんなメンバーがそれぞれ持ち回りで主役となる、連作短編集(もちろん、全体を通しての物語もある ← っていうか、そっちがメインか)である。
 もう、B級の面白さ爆裂である。ホントに手がつけられないほどの「どうしようもない警官」たちが、なぜか活躍してしまうのだ。警察署の中だけでなく、ヤクザからもバカにされる「失踪課」は「喪失課」と蔑まれ、やることなすことクスブリばかりなのに、それでいて最後には何故か爽快・痛快に事件が解決しちゃうんだから面白い。これぞB級である。キャラクターは文句なしに立ちまくりだし、いい加減に進んでるように見えて、ちゃんと伏線が治まるべきところに治まるし、いやぁ、実に面白いぞ。もちろん、妙なご都合主義や偶然もたくさんあるのだけれど、「だってB級だもん!」と思えば、それも許せてしまう。いやもう、とにかく痛快だ。楽しんで書いてる(ように見える)から、読む方もとにかく楽しい。
 ただ、プロローグと最後に出てくる1005号(SAKURA)に関しては、なんだか余計だったような気がしないでもない。もちろん《主犯》は必要かもしれないけれど、これだけ個性溢れるメンバーと、痛快なストーリーを擁してるんだから、それで充分じゃないのかな。《SAKURA》の存在が何だか浮いてるような気がするんだけど──《SAKURA》の存在に何らかの意味をもうけるとすれば、その手段はただ一つ。シリーズ化して続編を書く以外にないぞ(笑)。うん、是非、続編を! (00.6.21)      


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