お厚いのがお好き?


怪人対名探偵・芦辺拓(講談社ノベルス)

 小学生・三谷峻は学校からの帰り道、宇宙人のような「怪人」に襲われ、奇妙な館に閉じこめられる。その事件から始まった「怪人」の狙いとは──名探偵対怪人の戦いが始まる!
 正直に告白すると、最初は「また乱歩ジュブナイルのパスティーシュかよ」「ご大層な怪人の割にはやってる犯罪がセコくないか? 世界征服のために幼稚園バスを襲うショッカーみたいだな」などと思っていたのである。ああゴメンナサイ。あたしが浅はかでしたわ。そんなツッコミを入れながらも読み進むうちに、すっかり取り込まれてしまったわいな。
 いやぁ、面白い面白い\(^o^)/。ハラハラドキドキのエンターティメントで、懐かしさも勿論ある。と同時に、「対決モノ」の醍醐味を削ぐことなく、本格推理としての謎解きの醍醐味もある。巧いなぁ。決してジュブナイルじゃなくて、かなり凝った本格推理だぞこれは。最初は「多分これってあたしの好みじゃないよな」と思いながら読み始めたのに、いつの間にか手に汗握ってましたわ。なぁんだ、結局好きなんじゃないか>あたし(笑)。
 まず引き込まれたのは、些少な事件がリンクの兆しを見せた時。次に、被害者の中枢にいると目される人物の描写。殺戮の方法は胸が悪くなるようなものばかりだけれど、うん、こいつをやっつけるためなら何してもいいぞって思わせるくらい、徹底的に悪役(それもかなり卑近なレベルでの悪役)に書いてある。考えてみたら、こいつの性格からして周囲の人間をいくら痛めつけても本人は自分さえ無事ならまったく気にしないんじゃないか、だったら周囲の人間を襲う必要はどこにあるんだと思えなくもないのだが、まぁそこは恐怖心を煽るためってことで。
 しかし何と言っても圧巻は、ところどころに出てくる意味不明の章の意味が分かった時なんだよなあ。あああ、そうか! と膝を打った。まったく小憎らしい演出だぜ。 (00.10.2)      

現代名文案内〜文章ギャラリー40作品・中村明(ちくま学芸文庫)

 現代文学の中で《名文》と言われるものをピックアップし、そのどこが名文なのかを解説した本。文章なんて好き好きとは言うものの、解説が分かりやすくてしっかりしているし、文章の味わい方の例をきちんと示してくれているので、膝を打つことしきりである。文章が巧いだの下手だのってのは、ルールはなくても基準はあるんだなというのが分かる。
 名文として紹介され、解説されているのは、吉行淳之介「鳥獣虫魚」、阿川弘之「夜の波音」、森敦「月山」、清岡卓行「アカシヤの大連」、竹内寛子「兵隊宿」、後藤明生「吉野太夫」、柳美里「水辺のゆりかご」、藤沢周平「おぼろ月」、松本清張「ある『小倉日記』伝」、阿部昭「父と子の夜」、向田邦子「ねずみ花火」、森瑶子「情事」、村上春樹「ノルウェイの森」、大岡昇平「野火」、福永武彦「風花」、黒井千次「オモチャの部屋」、古井由吉「息災」、富岡多恵子「立切れ」、三木卓「隣家」、山田詠美「風葬の教室」、志賀直哉「城の崎にて」、谷崎潤一郎「細雪」、網野菊「遠山の雪」、上林暁「月隗」、小山清「わが師への書」、小川洋子「夕暮れの給食室と雨のプール」、横光利一「春は馬車に乗って」、川端康成「横光利一への弔辞」「山の音」、梶井基次郎「愛撫」、太宰治「桜桃」、三島由紀夫「橋づくし」、丸谷才一「横しぐれ」、池澤夏樹「骨は珊瑚、眼は真珠」、寺田寅彦「科学者と頭」、中谷宇吉郎「立春の卵」、沢村貞子「味噌汁」、山田風太郎「あと千回の晩飯」、大岡信「言葉の力」、小池滋「行間を読む」
 読んだことのある人には「なるほど、そう見るのか」という新たな視点を与えてくれるだろう。しかし、こうしてみると、やはり偏っているのは否めない。筆者の好みや読書傾向にもよるんだろうが、若手の書く小説にも名文はたくさんある。柳美里や山田詠美、村上春樹だけってんじゃ淋しいじゃないか。京極夏彦、宮部みゆき、北森鴻、近藤史恵、北村薫、浅田次郎、内海文三──そういった「いまどきの名文」と読み比べるのも一興だろう。いいものは変わらないということが分かるに違いない。 (00.10.4)      

ハリー・ポッターと賢者の石・J.K.ローリング著・松岡佑子訳(静山社)

 赤ん坊の時に両親を亡くしたハリー・ポッターは、おじさんの家で虐められながら育った。そして10年が過ぎた時、彼のもとへ魔法学校からの入学案内が届いたのだ。彼の死んだ両親は有名な魔法使いで、そして彼自身も魔法使いの間では超のつく有名人だったのだ! 魔法学校へ入学したハリーは、さまざまな出逢いを経て……。
 成長物語、と言ってしまえばそれだけなのかもしれないが、いやぁ面白い! さすが全世界でベストセラーになってるだけのことはある。児童文学? いやいや、子供だけのものにしとくなんて勿体ないぞ。
 必要なメンバーが必要な場所に配置され、各々が充分な魅力と役割を持っている。ハリーに感情移入した読者は、ロンやハーマイオニーを好きになり、マルフォイやスネイプに腹を立て、クィディッチの試合にワクワクするのだ。どきどきしながらページをめくる喜び、もっともピュアな読書の楽しみを思い出させてくれるのである。
 もちろん、ただどきどきワクワクさせるだけではない。ミステリ好きをも刺激する『意外な真相』が待っているのだ。うわぁ、これが伏線だったのか! と、思わずのけぞってしまうこと請け合いである。まったく《良くできた話》という他はない。イギリスでは、ハリー・ポッターのおかげで子供がコンピュータゲームに費やす時間が減り、読書の時間が増えたという調査まであるそうで、素晴らしい! 本好きだけが読んでるんじゃない、ってところがこの物語の魅力を証明しているのだ。
 全7巻ということで、イギリスでは第4巻まで、日本では2巻まで発売されている。これはこの先が楽しみだ。まだ問題はすべて解決されたわけではない。これからハリーやロンやハーマイオニーがどうなるか……ああ、早く続きが読みたい! (00.10.5)      

GO・金城一紀(講談社)

 直木賞受賞作。日本で生まれ育ち、韓国の国籍を持つ主人公・杉原の物語。冒頭で《主義の話ではなく恋愛の話》と書かれており、それは確かにその通りなのだけれど、やはりテーマは《在日》朝鮮(韓国)人への差別である。
 もともとあたしはこの手の「ボク小説」には弱く、なんとなく《ワイルドで社会的問題を孕んだ「赤頭巾ちゃん気をつけて」》というノリに思えて、思いきりのめり込んで読めた。杉原も、彼の周囲の人々も魅力的だし。しかし、やはりこの物語の根底には差別がある。恋愛小説として、家族小説として描かれてはいるものの、やはりそこに顔を出すのは、差別の実態と、それをどう自分の中に取り込んで立ち向かうか、或いは消化するかの物語なのだ。そしてそれは見事に描かれている。充分な力を持って読者に訴えて来る。
 だがしかし。読み進むうちに、冒頭で断っていた「これは主義の話ではなく、ぼくの恋愛小説だ」という言葉が薄くなっていくのだ。確かに恋愛小説だけれども、彼女に自分の出自を言えず悩む少年、彼の出自を聞いたとたんに足を閉じてしまう少女、そういった手法(敢えて手法というけれど)は、誤解をおそれずに言えば、非常に《ありがち》なのである。このエピソードだけではなく、登場する様々なエピソードが、《どこかで聞いたような話》なのである。いや、もちろんそれが悪いわけじゃない。ただ、ルポやノンフィクションなどでよく出てくるような「差別の一例」(外国籍の人に対する差別だけではなく、出自や身体など様々な差別で)を当事者である一人の少年の目から描いた話、というふうに受け取れてしまうのだ。
 確かに恋愛小説としては、叙情的で切なくて、よく出来ている。でも、恋愛小説部分を凌駕して前面に出てきてるものが大きすぎて、その大きさの割にはインパクトが薄くて──国とアイデンティの問題にしろ、差別ににしろ、あと一歩、読者の側へ強く踏み出て欲しかった気がする。 (00.10.14)      

魔剣天翔・森博嗣(講談社ノベルス)

 小鳥遊練無は憧れの先輩から航空ショーのチケットを貰う。いつものメンバーにそのチケットを配り、嬉々として航空ショーに出かけた面々だったが、そのショーの最中に事件が起こった──空中での、これ以上ないというくらいの完璧な密室。
 おおお、これはシリーズの中で最も好みである。「空中での密室」ってのは言葉にすれば派手だし、サスペンスフルなシーンもたくさんあるのだけど、物語自体は非常に淡々と──むしろ地味に進んでいくような印象を受けた。地味ってのは決して貶し言葉ではなく、端正とかスマートとかの印象が強いってこと。謎解き自体がシンプルだよね。中心を貫く太い幹がとてもシンプルなもので、そこから派生する枝葉の部分にお遊びテンコモリという感じ。妙にこねくりまわしたミステリよりも、こういうシンプルなものの方が好きだな。中枢はシンプルで、でもお遊びの楽しみはたくさんあって、人物造形と文章で読者を引っ張って──というのは、見事にあたしのツボにはまるタイプの話なのだ。特に言葉のお遊びはね(笑)。
 特に気に入ったのは、ダイイングメッセージ! ダイイングメッセージと言えば、「そんなクイズみたいなこと死ぬ寸前の人間が考えるかいっ」というのが多々あるんだけど、これはとても納得できた。だって普段から言ってそうだもんね(笑)。何より美しいじゃないですか。
 いつもはちょっと辟易する紅子と七夏の「女の争い」も今回は下火で、「それくらいオトナの男なら何とかしろよ」と歯がゆい思いをする林の行動も今回はスパッとしてて、そのあたりの不満も皆無。紅子が七夏をタカビーに呼びつけた理由なんて、拍手しちゃったわ。うんうん、みんなオトナになったねぇ<既に術中? 実は自分でも驚いたのが、「あたしってばけっこう練無のこと気に入ってんじゃん」ということだったりして(笑)。 (00.10.16)      

火蛾・古泉迦十(講談社ノベルス)

 舞台は中世の中近東。イスラム教の派閥対決が激しくなる中、アリーは修行の最中に出会った行者にひかれ、山中へ。そこで修行を始めるが、同じ場所で修行していた人物の死体が見つかり──。
 うーん、すごい筆力だよなあ。謎解き部分もキレイ。だけどこれって、本格ミステリにする必要があったんだろうか。このままイスラムを下敷きにした普通小説──あるいは幻想小説仕立てにしてもよかったのでは。確かに論理的な謎解きで、その部分には膝を打ったんだけども、何だかこの作品世界に於いては一般的な論理なんか邪魔って気がするのよね。いや、好き好きなんですけど。勿論、不可解興味の謎があって、それがイスラム教の考え方にそって解かれていく過程というのはこの物語の中枢だし、それ無しでは作り得なかった物語だとも思うんだけど、あまり「本格ミステリ」を前面に押し出す必要はなかったんじゃないかしら。何だかかえって散漫になったきらいがある。
 イスラム世界の描写は見事という他はない。雰囲気もあるし、馴染みのない世界なのに読者を引っぱり込む力もある。あたしは前にイスラム世界を舞台にした話を読んだことがあって、それでシーア派だとか律法だとかについてはホンの少しだけど知識があったので理解しやすかった(と思っていた)んだけど、読み進むうちに「これは予備知識ゼロでも十分にハマれるわ」ということに気づいた。それだけ巧い書き方をしてるってことだよね。素人を特定世界に誘導していくってのは、どうしても説明過多になりがちで興を削ぐんだけど、これはそういう点が実にテクニシャン。特にタイトルにもなった火蛾のくだり、そのシンボライズの仕方は──ううん、見事だ。
 今後が楽しみ。できれば、本格ミステリに拘らない作品を期待したい。 (00.10.17)      

脳男・首藤瓜於(講談社)

 本年度の江戸川乱歩賞受賞作。爆弾犯のアジトに乗り込んだ茶屋警部は、そこで犯人と格闘する男──鈴木一郎と出会う。犯人は取り逃がしたものの、鈴木を共犯とみなして身柄を拘束。しかし、鈴木の精神鑑定を行ううちに、彼の特異な性質が次第に明らかになっていく……。
 選考委員の北村薫氏がいう「主人公・鈴木一郎の造形だけでも一読の価値はある」というのに諸手をあげて賛成だ。正直なところ、また昨今流行のサイコ殺人者かぁ?と、あまり興味を持てずに読み出したのだけれど──読み始めたらもう、一気読みである。
 こういうことがホントにあるのかとか、情報が簡単に手に入りすぎないかとか、話が巧い具合に進みすぎるとか、それだけ頭が良ければ別にとる道があったんじゃないかとか、まぁ文句は言って言えないこともないのだけれど、そんな些末なことよりも、とにかく話が面白くて、その事実の前には小さな瑕疵など瑕疵じゃない!という気分にさせられる。とにかく鈴木一郎の造形は、つまるところ「人間って何? 自我って何?」という問題をつきつけてくるのだ。読者はそこから逃げられず、問題と対峙する以外ない。
 鈴木一郎の正体を探る上で出てくる、ショッキングな事実。その過程のドキドキハラハラで充分読者を煽っておいて、クライマックスは病院の爆破だ。手に汗握る展開の末に、読者につきつけられる「裏切り」──そして結末。
 「受賞の言葉」で筆者は「この作品は、人間が感情と論理と意志という三つの要素から成り立っていることを前提としていますが、もうひとつ、人間を人間たらしめている大切なものに『言葉』があるはずなのです」と言う。その言葉の問題をあらためて拾い上げ、時間はかかるだろうけどいずれは小説にしたいという。何年かかってもいいから実現させて欲しい。その時には真っ先に読むぞ。 (00.10.18)      

少年たちの密室・古処誠二(講談社ノベルス)

 友人が死んだ。その葬儀へ向かう級友と担任教師。級友の一人が住むマンションの地下駐車場に車が入り──そして東海大地震が起こる。瓦礫の山となった地下駐車場に閉じこめられた面々。そんな中で、ひとりの生徒が頭を瓦礫に割られて死んだ。事故か? 殺人か?
 
「魔剣天翔」の感想でも書いたが、あたしはもともとシンプルな謎を筆力で読ませるタイプのミステリが好きだ。この物語は、そんな好みに見事にはまった。閉ざされた空間で生まれる死体、動機を持つ人々、真っ暗な闇の中で如何にそれが無し得たのかというハウダニット、極限状態の中での推理。ああもう、ゾクゾクするわっ。今年の本格ミステリの中では、かなり上位に入るぞこれは。
 特に目を見張るような新しさがあるわけでもなく、とてもオーソドックスな謎解きミステリなのだけれど、個々の人物造形の丹念さ、伏線の緻密さ、期待を超えるどんでん返し、勧善懲悪の快哉、膝を打つ快感など、一つ一つが物語の構築に貢献し、ひとつのドラマを生み出している。特に伏線の緻密さには目を見張った。これがこう来るのか、これがここで生きるのか──思わず嘆息した場面が幾つあったことか。
 そしてそういう「謎解きミステリ」の醍醐味とともに、「悪の温床」に関する事実を目の当たりにして胸が痛む。この「悪の温床」とは、城戸に代表されるイジメや非行といった問題が一つと、災害時に救済もままならない「都市計画」のことだ。その二つが同時に槍玉に挙げられる。二つに共通するのは「反省がない」こと……。実に痛い物語ではないか。
 あの阪神大震災を体験した者としては、閉じこめられた空間で水も飲めずという状況は、あの当時を思い出して戦慄する部分があり、どうしてもエンターティメントと割り切って楽しむことができないのだけれど、それは別に作者のせいでも物語のせいでもない。特に最後の名古屋のくだりには、かえって救われた気分になったりして(笑)。 (00.10.19)      

アリア系銀河鉄道〜三月宇佐見のお茶の会・柄刀一(講談社ノベルス)

 ううむ、今月の新刊書評のページはお薦めマークのオンパレードだ。何だか嬉しいぞ。
 さて、壮大な歴史を舞台に緻密な本格ミステリを書いてきた著者の短編集である。今回は一転してSF的世界。一歩間違えれば恣意的になってしまう状況で、見事なまでのルールと世界観と、そして物語を紡いでいる。
【言語と密室のコンポジション】これイチオシ! 思いきりツボにハマってしまった。好きだなぁ、こういう言葉の遊びって。遊びだけじゃなくて、謎解きもしっかりしてて膝を打つし、伏線は緻密だし、物語世界の雰囲気は透明感に満ちて端正だ。うん、文句なし! ところで、「パタリロ!」に出てきた意味論の神様を思いだしたのはあたしだけじゃない筈だ(笑)。
【ノアの隣】宇佐見先生が次に登場したのは、なんとノアの方舟。物理的な《真相》にも驚いたし感心したけど、それよりも、そこから派生して皿を舐めたワケから真のノアを名指すあたりはもう、ゾクゾクしてしまった。短編でこれだけの世界を作り上げるって凄いぞ。
【探偵の匣】こ、こういう伏線は有りですか! とのけぞってしまった。うーん、有りなんだろうなぁ(笑)。それはそれとして、出来上がった絵が崩されて新たな秩序が生まれる瞬間は、やはり本格ミステリの醍醐味だ。
【アリア系銀河鉄道】おお、なんてキレイな物語なんだ。雰囲気としてはファンタジー系犀川助教授(何じゃそりゃ)といった感じなんだけども、話の方は細かい部分に胸を揺さぶられる。物理的なトリックの方はそれが可能かどうかちょっと首をかしげる部分もあるが、そういう箇所よりも、やはり《銀河鉄道》の物語として、そして《銀河鉄道》のミステリとして、秀逸である。尚、ここまでは一編毎に豪華解説陣による解説がついている。
【アリスのドア〜Bonus Track〜】これ、ものすごく真剣に考えちゃった(笑)。と同時に、やはりこの筆者の(というか、このシリーズの)物語世界の構築の仕方というのは、いいなぁと実感。これまでの長編からは想像もできない、透明感溢れる世界だ。うん、このシリーズは書き続けて欲しいなぁ。 (00.10.23)      

ブタをけっとばした少年・トム・ベイカー著・武藤浩史訳(新潮社)

 こ、これは……お薦めマークをつけてはみたものの、実はとても困っている。何がいいのか、どこがお薦めなのかと言われたら──答えられないのだ。ただ、とにもかくにもインパクトがある。やたらと尾を引く。決して否定的な感想ではなく、寧ろ積極的に人に勧めたくなる。おまけにこれは、体裁から見ても「子供向けの本」らしいのだ。これが「子供の本」……うそぉ。児童文学という体裁で書かれた大人向けの話としか思えないぞ。それともやっぱりジュブナイルなのか? ……とまぁつまり、これを他の人が読んでどういう感想を持ったか聞いてみたくて、そういうわけでのお薦めマーク。
 話としてはとてもシンプルである。カリガリという少年の物語。この少年、ちょっと見ないほどに邪悪な少年で、悪いことばかりする。それも半端じゃなく悪い。物語は止まるところを知らず邪悪な方向に進み、いやきっと最後には救いがあるのさ希望があるのさと思っていたのに、更に邪悪になっていく。勧善懲悪と言えなくもないけど、そんな真っ当な話ではない。カバー折り返しの惹句には「ホラー・ファンタジー」とあるが、そんな夢多き話でもない。
 とにかく邪悪で、救いも身も蓋もない、すさまじい話なのだ。これ以上ないってくらいブラックなのだ。それなのに何故か囚われてしまった。救いのない酷い話なのに、嫌悪感は全くないのだ(壮快感もないけどさ)。読み終わって日が経つ毎に、どんどんインパクトが増して来るのである。そしてもう一度読みたくなる。このインパクトの正体は何なんだろう。ただ映像的に人道的に強烈な話だったというだけではないような気がするのである。
 とにかく、読んでみて下さい。そうそう、前ページについているデヴィッド・ロバーツの挿し絵も強烈で邪悪で、この話にはこの絵しかない! というハマり方である。正体不明のインパクトを演出している大きな一因であることは間違いない。 (00.10.23)      


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