お厚いのがお好き?


永遠の森〜博物館惑星・菅浩江(早川書房)

 地球と月の重力均衡点に浮かんだ巨大博物館苑《アフロディーテ》。そこにはありとあらゆる動植物・美術品・音楽・舞台芸術などが集められている。そこに集まってくる美術品や芸術には、それぞれに歴史と思い出があり、万能のデータベースに「直接接続」できる学芸員たちが、その思いに取り組む。
 とにかく、いい。連作短編の形をとってはいるものの、根底に流れる色と音は共通だ。直接接続学芸員の孝弘のところに持ち込まれる無理難題は質のいい本格ミステリに通じる知的興奮があるし、その難題にとりくむ学芸員たちの姿勢はえも言われぬロマンティシズムに溢れている。物語は叙情的で美しく、読後感はこの上なく爽快にして、心が洗われる。これを読まねば損だ。2000年のSF、いやSFなんていうジャンルに拘らずとも、2000年の小説、これを読まねば何を読む。
 【天上の調べ聞きうる者】は最初の一編ということで、舞台設定や状況を理解するのにちょっと戸惑った。そのおかげで今一つ入り込めなかったのだが、2編目の【この子はだあれ】で頭を殴られたようなショックを受けた。美術的には何の価値もない、古びて汚れた人形の名前を探そうとする老夫婦。その思いと、そしてそこに浮かび上がる悲しい真相。胸が塞がれるような切なさと、そのあとにもたらさえる、わずかな一片の救い。いい話だ。ものすごくいい話だ。そこからはもう、一気呵成である。【夏衣の雪】は、本格ミステリ色の強い一編。思わず笑っちゃうような仕掛けのあとに、切ない兄弟愛が残る。【享ける手の形】には、誰しも共感せざるをえない悲しい現実と、それに打ち勝つ強さ。そしてその強さの源となる優しさを見る。【抱擁】に登場したマシュー・キンバリーが【永遠の森】で引き起こした事件。この連作の白眉と言ってもいい。圧巻だ。人の思いが形になる、その瞬間を読者は手にすることができる。【嘘つきな人魚】のラリーサ、【きらきら星】のラインハルト、そして【ラヴ・ソング】のミワコから、孝弘が教わるものの大きさと深さ、そして暖かさ。
 もう一度言おう。今年、これを読まずして何を読む。 (00.11.20)     

粗忽拳銃・竹内真(集英社)

 小説すばる新人賞受賞作。前座の落語家・流々亭天馬、自主制作映画の監督・時村和也。駆け出しの貧乏俳優・三川広介。見習いライター・高杉可奈。この4人はいつもつるんでいる仲間だ。ところがある日、飲んだ帰りに偶然にも拳銃を拾ってしまう。おもちゃと思って撃ったら実弾が出た! この拳銃がその後の4人の運命を変える──。
 てなふうに書くと、夜の裏街道を舞台にした、弾は飛び血が流れるばりばりのハードボイルドを連想されると思うのだが、全然違う。だいたい、タイトルからして「粗忽拳銃」である。章題も「粗忽発射」「看板のガン」「銃ゲーム」「はてなの弾丸」「撃つなら今」と、軒並み落語のもじりだ。「銃ゲーム」なんてあーた、最初は分からなかったけど声に出してみて爆笑したわよ(笑)。
 それぞれ夢を持ちながらも、なかなか掴まえられずに足掻く若者達。ある日、本物の銃を手にいれ、それを撃ってみたことで、彼らの中で何かが変わっていく。銃の話を枕に取り入れて観客を掴もうとした天馬、銃を使った映画をとろうとする時村、銃を撃った感触を芝居に生かす広介、そんな彼らを見つめ、迷う可奈。これは、「銃」という小道具を中心にして描かれた、コミカルにして爽やかな青春小説なのだ。
 実際には、ヤクザもガンマニアももうちょっと実力行使に出そうな気はするし、そのあたりの駆け引きというか、危険を感じさせるようなサスペンスフルな展開も欲しかった。素人集団なのにどうにもうまくきき過ぎの感は否めない。しかし、あえて冒険小説的風味を減らし、4人の悩みと葛藤、行動に焦点を当てたのは、決して間違いではないと思う。テンポのいい文章やコミカルな会話も、物語にパワーを与えている。話の展開には都合の良さが目立つけれども、そこも無理矢理乗り越えてしまうような勢いがある。ラストの二ツ目昇進のあたりなんか、実に秀逸なシーンである。あとは、構成がもうすこし洗練され、テーマを登場人物の言葉で喋らせるのではなく、物語全体から迸るようになるといいなぁ。うん、今後に期待大だ。 (00.11.21)     

幻の声〜髪結い伊三次捕物余話・宇江佐真理(文春文庫)

 床を持たず、顧客の家をまわって髪を結う「廻り髪結い」の伊三次は、酒は飲まないが甘いものには目のない二十五歳の青年。辰巳芸者のお文と恋仲だが、まだ所帯を持つどころか、お文を食わせることも出来ずにいる。そんな彼のもうひとつの顔は、八丁堀の同心・不破友之進の手下、下っぴきなのである──。
【幻の声】大店の娘をかどわかし、身代金をせしめた男が捕まった。しかし、その情婦が真犯人は自分だと名乗り出る。男を庇っているのか明かだが、いったいどうして……。まずは登場人物紹介といったところか。髪結い小道具の使い方が巧い。
【暁の雲】羽振りのよかった魚屋の旦那が死んだ。妻は、お文の知り合いでもある元芸者・おすみだ。弔問に行ったお文は、おすみの態度に懸念を抱く。おすみのとった行動が是か非か。その一件と対をなすように描かれる、お文が初めて伊三次の塒を訪れる様が印象深い。
【赤い闇】八丁堀の同心・不破のところに、隣家に住む同僚が訊ねてきた。昨今巷で起こっている放火の話だったのだが──いい話だけど、切ないなぁ。特にラストは……どこかに救いが欲しいってくらい悲しい。特に悲しいのは、いなみが取った手段である。解釈によっては卑怯。でも、それを打ち明けたいなみの心のうちはどうだったろう。
【備後表】これ、いい! これイチオシ! 両親を早くに亡くした伊三次の親代わりになってくれた畳屋のおせい。彼女は腕のいい畳職人だが、よる年波には勝てず、めっきり弱ってしまった。「自分の作った畳が敷かれているところが見たい」そういうおせいの希望を、伊三次は何とか叶えてやろうとするが──。もう、泣ける泣ける。この話を読むだけでも、この短編集を買う価値があろうというものだ。局(つぼね)も粋だぜっ! 
【星の降る夜】頑張って働いた甲斐あって、伊三次はどうにか髪結い床を構えるための株を買う金を溜めた。おりしも大晦日、年が明けたら株を買って、それからお文にプロポーズだ! ……ところが、そう巧くはいかないのが常である。伊三次を襲った災難。「許す」とはどういうことか、いなみの話が胸に迫る。
(00.11.22)     

神様がくれた指・佐藤多佳子(新潮社)

 マッキーこと辻牧夫の生業はスリ。刑期を終えて、ようやくシャバに戻ってきた。迎えに来てくれた親代わりの早田のお母ちゃんとともに、1年2ヶ月ぶりの家に戻る途中、なんとお母ちゃんの財布がすられた! 許すまじ、と後を追いかけるマッキー。それが、妙な占い師・マルチェロこと昼間薫と出会うきっかけになった──。
 
「しゃべれどもしゃべれども」から3年、待ちわびた新作である。やっぱ巧いナァ。人物造形からストーリー展開から、いうことない。マッキーとマルチェロの不思議な関係も、どこか童話というかファンタジックな香りすらして、古いアパートに住む二人の絵が見えるようだ。かと言って、リアリティやサスペンスに欠けるかというとそんなことはなく、仁義を知らないスリ団を追いかけるマッキーたちも、人々の悲しみを一身に浴びるマルチェロも、いずれもしっかりしたリアリティと息をつかせぬサスペンスに溢れているのだ。特に後半、マッキーの問題とマルチェロの問題が一点で交わった瞬間から、物語はジェットコースターのように一気呵成に走り出す。シーンの終わりまで、思わず息を止めて読んでる自分に気付き、深呼吸をすること多々。
 物語世界を構築する手腕、そこに読者をいざなう技術、物語全体を包む柔らかにして切ない色と香り、どれをとっても文句無し。一級品である。総じて、児童文学出身の人ってのは物語世界を構築するのが巧い。梨木香歩然り、上野瞭然り、坂東眞砂子然り。
 そこまで褒めておきながら、どうしても納得いかないのは結末だ。どうして、どうしてハルは捕まらないんだよぉっ! あたしゃどうしてもハルに改心してもらわなきゃ気がすまねぇのだよ(笑)。だって、そうなったらきっと西方一味は凄いチームになるに相違ないもの。リコだってカズだって、救われるもの。これが唯一にして最大の不満なのである。この不満を解消する手段は一つしかない。──続編を書くことですよ佐藤さん! (00.11.23)     

フォー・ユア・プレジャー・柴田よしき(文藝春秋)

 新宿にある無認可保育所「にこにこ園」の園長・花咲慎一郎。彼は保育園運営のための借金4千万を返すために、探偵として働いている。ところが彼のところに来る仕事と言えば「カタギの仕事なんざ、園長に頼まないよ」というようなものばかりで──花咲慎一郎の眠れない夜が始まる。
 
「フォー・ディア・ライフ」に続く、園長探偵シリーズ第2弾。難問奇問が一度に押し寄せて、どれから手をつけていいのやらと言ってる間にケガはするわ子供は泣くわ、命も危なくなるわ──というのは前回に同じ。どうもこのシリーズ、前作を読んだ時には東直己氏描く探偵・畝原シリーズを彷彿させたんだけど、今回はもっと近い物を見つけたぞ。「クリスマスのフロスト」「フロスト日和」だ。何が似てるって、その忙しさが(笑)。
 今回は、まずは人捜し。「一夜をともにしたあの人が忘れられないの」という理由で依頼された人捜しだったが、相手は麻薬の売人。そしたら今度はコイビトがさらわれるし、その妹からは泣きつかれるし、死体まで見つけちゃうし、育児経験のない父親がいきなり子供を押し付けていくし……「フォー・ディア・ライフ」はその展開に固唾を呑んだが、何だか今度は園長先生奮戦記って感じで、むしろ楽しんでしまった。
 いや、それは決して貶してるんじゃないのよ。ここまで事件を増やすと、ヘタに重苦しく書き込むよりも、こっちの方がずっといい。前作に比べると、バラバラに見えた複数の事象が一つに纏まるあたりに、ちょっと都合のよさが見えないでもなかったれど、すごく楽しめた。何よりストーリーテリングの巧さは折り紙つきの柴田氏である。文章やセリフも文句無し。前回がFor Dear Lifeだったのに対して、今回がFor Your Pleasureだってのもすごくよく分かるし。うん、このシリーズは今後も続けていって欲しいな。 (00.11.23)     

殉霊・谺健二(講談社)

 アイドルが謎の死を遂げた。ビルの屋上から投身した筈なのに、地上にその死体はなく、翌日になって離れた路上のクリスマスツリーの上に、バラバラになってひっかかっていたのだ。そして世では、若者達の《後追い自殺》が起こる──。
 この謎に挑むのは、神戸で興信所に勤めている緋色翔子。話が1994年の年末に始まって、舞台が神戸、おまけに筆者が
「未明の悪夢」の谺健二氏と来れば、これはもうラストシーンに控えているのがアレだってことはすぐに分かる。あたしは個人的に、あのことはこういう文学という世界で今後も連綿と語り継いで欲しいことだと思っているので、ミステリにしろエンターティメントにしろ、物語の中にアレが出てくるのはとても嬉しい。悲しかったことや怖かったことを思い出して辛いけど、でも忘れてはならないことだから、こうして小説に著してくれるのは、とても嬉しい。だけど──こういう書き方をされると、「ああ、アレでリセットしちゃうんだな」というのがモロに見えるわけで、せっかくミステリなんだから、それはちょっと興ざめではなかろうか。
 謎解き部分については、実に巧い。仕込まれた言葉にしろ、人物配置にしろ、ちょっと暗合のさせ方が露骨すぎるきらいはあるけれど(特に人物配置ね)、ものすごくよく練られていると感心。決して奇を衒ったトリックではなく、そうせざるを得なかった心理と、読者を納得させるだけの背景が書き込まれていると思う。
 ただ、全体を通して読むと、どうにも《主張》が強すぎてツラい。実際に起こった岡田有希子の自殺やhideの死を織りまぜることによって、確かに臨場感や信憑性は増すんだけれど、《主張》が登場人物の演説によって語られるのは物語の邪魔になるのよね。それに、アイドルの自殺に追従する若者心理、震災のトラウマ、家族に自殺者を持つことの心理的問題、自傷行為、アダルトチルドレンなどなど、素材も盛り込み過ぎの感がある。もうちょっと整理されてると、もっとストレートに、読者の頭ではなく心に伝わりやすくなったのではないかしら。 (00.11.24)     

龍神町龍神一三番地・船戸与一(徳間書店)

 誘拐犯人を射殺して免職となり、服役した刑事・梅沢信介。彼は出所後も立ち直れず、酒に溺れる日々を送っていたが、ある日、高校時代の同級生が訪ねて来る。今、五島列島の小さな島で町長をしているという友人は、町の問題を解決するために彼の力を借りたいという──。
 閉鎖的な田舎の町。公共事業で潤ったのも束の間、そのあとは前よりひどい状態が続き、地場産業は衰退の一途を辿る。そんな中で、癒着する官憲。しかし中央で見られるような企業ぐるみの談合であったり、政界を揺るがすような汚職であったりするわけではない。田舎なのだ。ここの「癒着」はもっと土着的で、排他的で、どろどろとした人間関係の中にあった。そして起こる事件。
 ストーリーテリングの巧さは今さら言うまでもない船戸氏だが、今回は特に人物がいいなぁ。余所者を排除し、自分たちだけの文化・慣習の中で生きる人々に対抗する梅沢、そして中学生にしか見えない教師の理恵、理想に燃える新聞記者の新庄、長崎県警で鼻つまみ者の腕利き刑事・郡家、そして利発な少年・良行。いわゆる《主人公側》のメンバーはどれも個性的で、きちっとした役割を担っているだけではなく、個々がとても魅力的だ。だからこそ、《敵側》である島の人々の卑小さが際だつ。とりわけ派出所長のパンジーこと諸井昭平と言ったら! 小説を読んでて、登場人物の言動に怒りで頭がクラクラしたのなんて久しぶりだ。あたしが許すから、こいつを考え得る限りの残虐な方法で殺してやれ、という気持ちになった。
 とにかく、息をもつかせぬ展開だ。頁をめくる手が止まらない。新たな事実が見つかることによって、その都度「おおっ」と思わせる手法もさすが。ただ、内容が盛り沢山で(ひとつに収束されるとは言え)ついていくのがタイヘンということと、この結末が……うううう、もうちょっとハッピーエンドになってもいいじゃないかぁ(;_;)。あまりにもカタルシスがないっ。この気持ちをどこにぶつけろと言うのッ! (00.11.28)     

最長不倒距離・都筑道夫(光文社文庫)

 ものぐさ太郎の末裔と自らを信じる怠け者サイキック探偵・物部太郎。もともと悩み相談所を開いていた機動力抜群の助手・片岡直次郎。この二人のもとに、スキー場の旅館から依頼が来た。客室に幽霊が出るのが売りだったのに、最近急に出なくなった、何とかもう一度出るようにしてくれ──依頼を受けた二人はそのスキー宿へと出かけたが、そこで事件に巻き込まれる。
 いやぁ、面白い面白い。道具建ても容疑者も探偵も謎も謎解きも、これぞ本格!という感じである。でも単に「不可能に見える謎が出ました。探偵が論理的に解きました」というだけではなくて、肉付けが巧いから楽しめるんだな。都筑氏特有の博覧強記ぶりも楽しいし、何より物語全体に流れる雰囲気作りが見事だ。そして勿論、謎解きには膝を打つし、「ああ、これが伏線だったのかぁっ!」とダマされる醍醐味も充分。おまけに謎解きは決して奇を衒わず、充分納得のいく必然性がある。かてて加えて、あちこちに凝らされた趣向も楽しい。
 まず最初に「口絵がわりの抜粋シーン」が5つ登場する。いずれも、本編の中から文章を(殆ど)そのまま抜粋したもので、つまり読者はここで、本編の内容について予告編を読まされるわけである。何か起こるのかが醍醐味のミステリにあって、まずそれを見せてしまうあたり興を削ぐかと思ったら、かえって「そのシーン」に本編で出会うと、「おお、ここだここだ」とワクワクしてしまうから侮れない。
 謎のシュプールについては、はやみねかおる氏の夢水清志郎シリーズや、たがみよしひさ氏の(どうして二人とも平仮名名前なんだ?)「なあばす・ぶれいくだうん」にも出てきたが、それも「おお、こちらが先であったか」という気分。ま、もともとはアメリカの一コマ漫画だったらしいけどもね。冒頭の抜粋シーンから芦辺拓氏の
「殺人喜劇の13人」を連想したせいもあり、ミステリ界も温故知新の例に漏れずの思いを強くした。 (00.11.29)     


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