紫のアリス・柴田よしき(文春文庫)
会社を辞めた日、紗季は公園でアリスに登場するウサギを見た。思わず追いかける紗季。そこで紗季が見つけたものは死体だった……全編に「不思議の国のアリス」の小道具を散りばめた、迷路のような物語。
貴船菊の白・柴田よしき(実業之日本社)
著者の、ストーリーテリングの巧さが際だつ短編集。京都を舞台に描かれた「珠玉」という形容が似合うような、だけど人間の心の奥底にある闇を真っ向から浮彫にするような、そんな物語たち。小道具と、その色の使い方が最高に巧い。
クールキャンデー・若竹七海(祥伝社文庫)
あたしは14才の中学生。夏休みを控え、自分の誕生日もイブでもあり、幸せな気分に浸っている7月20日の夜、その事件は起こった。兄貴のお嫁さんが死んだのだ──。
なつこ、孤島に囚われ。・西澤保彦(祥伝社文庫)
百合小説で有名な作家・森奈津子は、ある日目覚めると無人島にいた。それも、彼女が一人でしばらく暮らせるだけの設備や食糧まで用意されている。どういうことだ? 前の夜にゴージャスな美女に誘惑された記憶はあるのだが……。
ドン・イシドロ・パロディ六つの難事件・ホルヘ・ルイス・ボルレス&アドルフォ・ビオイ=カサーレス著・木村榮一訳(岩波書店)
二人共作の連名とは言え、この著者名をまず何とかしてくれ。
リセット・北村薫(新潮社)
《時と人三部作》完結編。第一部では戦時中の芦屋のお嬢様の日常が、第二部では現代の「お父さん」の、子供時代の思い出話が綴られる。そして、その二つの《時間》と《人》が──。
今夜はパラシュート博物館へ・森博嗣(講談社ノベルス)
以下の文中には間違いがあります。アップから数日後、その間違いに気づいたものの、
シリーズ、ノンシリーズ入り混じった短編集。印象に残ったものを幾つか個別に。
イェノムは、異形の女達が遊郭を営む街・メルルキサスに住む唯一の少年。猫とのあいのこ女に育てられ、蛙とのあいのこ女に怒鳴られ、早く大人と認めて貰いたくて仕方がない。そのメルルキサスへ新入りの少女がやって来た。彼女の到来を気に、メルルキサスとイェノムの運命は大きく回り出す──。星雲賞受賞作。
余寒の雪・宇江佐真理(実業之日本社)
江戸時代を舞台に男女の心を描いた短編集。時代は江戸中期から幕末にかけてと広く、また扱われている人々も武士から町人までと様々であるが、どれもしっとりとして、それでいて気っ風の良さが伝わるような、気持ちのいい読後感が残る。髪結い伊三次の捕物シリーズ(「紫紺のつばめ」「幻の声」)とは、また違った味わいのある短編集。
嗅覚異常・北川冬実(祥伝社文庫)
神経内科の女医・植田理歩は、大学院生・富坂から研究協力を依頼された。テーマは嗅覚障害。臭いが分からないという富坂の恋人・夏海を対象にした研究だと言う。夏海は、昔理歩が診たことのある患者だった。ところが──。
正直なところ、中に出てくるいろんな事件ってのは、「この人が犯人!」と大声で叫んでるくらいはっきりした伏線が張られている。あまりにも露骨なのでミスディレクションに違いないと思うくらいだ。おまけに少しずつ色々なことが明らかになっていくから、読者としては「こうなったらもう、犯人はこいつしかあり得ないでしょ」というところまで到達してしまうのだ。そしたら──伏線通りだったのだけれど、なるほどこういうふうに処理しますか。感心しちゃった。犯人探しというよりも、こういう〆方をしたかったか、と納得した次第。
動機や手段に関しては「ここまでやるか?」という気がしないでもないけれど、このエンディングに向けて全てが収束するのだと思えば、切なさが先に立つ。なるほど、こりゃ迷路だわ。袋小路だわ。そして迷路や袋小路と言えば──アリスなんだな。
というわけで、犯人に関しては意外性はないのだけれど、その処理に満足。しかし犯人とは別に、全編を貫く「アリスづくし」の謎に関しては……。
それが分かったお茶会のシーン。あのね、クライマックスなのよ。怖いのよ。確かに怖いのよ。でも、でもね。ごめんなさい。ああ、謝ってしまうわあたし。なんとなれば。笑ってしまったんです。ああ、ごめんなさい、ごめんなさいってば! だって、アリスや女王や帽子屋やウサギの正体はアレだったわけでしょ? それ、文章だけで読んでると「おおっ!」と思うんだけど、映像で想像すると──かなり不気味で、かなりオカシイと思うのよ。あまり近づきたくないような情景だと思うのよ。いや、だからこそ怖いんですけどね。
(01.1.27)
【貴船菊の白】小道具は貴船菊、色は白。ある殺人事件から十五年目に再会した被疑者の妻と刑事。夫を亡くしてからの妻の思いが迸るシーンが圧巻。
【銀の孔雀】小道具は孔雀のブローチ、色は銀。京都の町屋に嫁いだ嫁と、姑の物語。孔雀の銀は鮮やかだが、それがくすんだ時、祠の中の地蔵と同じ色になるのではあるまいか。
【七月の喧噪】小道具は浴衣。色は黒。しかしどちらかと言えば、小道具としての「ヒラメ」の使い方が印象に強く残る。包丁を使ってヒラメを引くという行為は、なんだか鋭利でひんやりしたものを感じるのだ。ミステリ色の強い一編。
【送り火が消えるまで】小道具は写真。これもミステリ色が強い。ストーカーと、その被害者。被害者の恋人。被害者の妹。写真によって頂点に達したストーキング行為は、写真によって終焉を迎える。
【一夜飾りの町】小道具は一夜飾り。あたしも一夜飾りは縁起が悪いという土地に生まれ育ったため、こういう地方があるのは驚きだった。それが価値観のかわるきっかけになるというのが、いい。
【躑躅幻想】小道具は躑躅、色は赤。赤は炎の色でもり、情熱の色でもある。ホテルの一室での、主人公と少年のシーンはとても印象深い。エロティックにして幻想的だ。
【幸せの方角】小道具は桜。ほのぼのしたいい話だなぁと思って読んでいたら──驚いた。それでも「いい話」で決着してくれたのが、妙に嬉しい。
(01.1.27)
女子中学生の一人称で話が進むせいか、サクサク読める。しかしそれで調子にのってサクサク読んでると、最後の一行でゾッとさせられるのだ。さすがに巧いなこの人は。アンフェアすれすれの部分もあるけれど、主人公の思いや交友関係などの魅力的な描写についつい没頭してしまい、ミステリとしての弱さ──アンフェアだのご都合主義だの──が表面に出てこない。これが、ストーリーテリングの下手な人が書くと、そういう欠点ばかり浮上して見えるものなのだが。そのあたりもさすがである。
特に、「アニキの濡れ衣を晴らすんだ」というブラコン的兄妹愛で犯人探しをしているはずだった主人公が、実はそうじゃなくて、自分が人殺しの妹だと後ろ指をさされたり仲間外れにされたりするのが怖くて、それで犯人探しをしてるんだと気づくところは圧巻である。
本来なら短編のネタだと思うが、物語の骨格にさまざまな肉付けがされているため、返ってこれくらいの長さの方が読みごたえがある。ただ、悪意が悪意としてきっちり描かれていて、それも描き方が巧いために、実に重い気分になるのよ。登場人物に対して、何度か本気でムカっ腹が立った。おまけに結末がアレだ。読後感は思いきり悪いぞ。救いがないぞ。エンディング直前で「辛いシーンもたくさんあったけど、これで救われた!」と思っただけに、これは……あたしはハッピーエンドが好きなんだと改めて実感した次第。
葉崎市の床屋の娘が金沢に行ったっきり帰って来ないなんて記述もあって、思わずニヤリ。「遺品」を読んだ人ならピンと来るところだよね(笑)。
(01.2.1)
祥伝社400円文庫の同一テーマ「無人島」競作の一つ。一応体裁はミステリだが、これはどうも、謎解きがどうの動機がどうのというよりも、西澤保彦による森奈津子の文体・作風模写をわははと笑いながら楽しむというのが、第一義なんではあるまいか。第二義としては、牧野修・倉坂鬼一郎・野間美由紀といったあたりを実名で登場させるという、まあ楽屋の楽しみみたいな部分で。実名キャラを登場させるってのは、そういうのが好きな人にはけっこう面白いんじゃないのかな。
森奈津子に関して言えば、当然ご本人は存じ上げないのだけれど、「西城秀樹のおかげです」を読んでいたために、「うわははー、言いそーっ、書きそーっ」と笑って読めた。ということは逆に、これはあの森奈津子氏を登場人物として据えているからこそ楽しめる話であって、これが例えば全然別の架空の名前にして同じ話を書いたら、全然面白くないんじゃなかろか。そういう意味でも、これは謎解きを楽しむミステリではなく、西澤保彦の芸を楽しむ小説だと思った次第。入れ替わりのトリックだの死因だのって、この中にあっては完全なる脇役だもの。
(01.2.1)
ドン・イシドロ・パロディは元理髪店の店主で、殺人罪(実は濡れ衣)で21年の懲役に服している。しかし彼の推理力は有名で、彼の独房273号室には今日も相談者がやってくる。独房から一歩も出ずに、話を聞いただけで真相をズバリと言い当てるドン・イシドロ・パロディ。その謎解きには鋭さと共に、長年無実の罪で服役してる者ならではの広い心がある。
短編集である。それも古典的本格推理の短編集である。それもアルゼンチンの! いや、アルゼンチンにだって本格推理があって不思議はないんだけど、実に正統派且つ古典的な本格なので驚いている次第。
正直なところ、翻訳物が苦手なあたしとしては実に読みにくく、さっぱりワケわかめな箇所もたくさんあった。いや、たくさんあったというよりも、相談者が語る事件の内容は殆ど頭に入ってこなかったくらいだ(笑)。だってあなた、アルゼンチンよ。文化・風習がサッパリ分からない。おまけにアルゼンチン人の名前ってのが──ヘルパシオ・モンテネグロだのビュファンドルフ・デュヴェルノア男爵夫人だのポンファンティだのサンジャコモだのビリャルバだの、いったい何の呪文だってくらいワケわからん。でもって話の中には地名などの固有名詞もばんばん出てきて、もうどれが人名でどれが地名なんだかも分からなくなる。ここはどこ、あたしは誰。ただ、《ブラウン神父》だけは笑ったけど。
そんな状態なのに、ドン・イシドロ・パロディの謎解きを読むと、少なくとも「ああ、この手を使った事件だったのか!」ということが分かるのだ。これ即ち、本格推理の歴史の中で何度も姿形を変えて繰り返されてきた「手法」が、ここでも用いられてるからに他ならない。それもアルゼンチン風味で。
本格ミステリファンで翻訳文体に抵抗のない人なら、けっこう、いや、かなり楽しめるのではないだろうか。収録作は【世界を支える十二宮】【ゴリアドキンの夜】【雄牛の王】【サンジャコモの計画】【タデオ・リマルドの犠牲】【タイ・アンの長期にわたる探索】の六編。
(01.2.2)
正直に言うと、第二部の中頃まで、もう読むのが辛くて辛くて(笑)。何度途中で放り出そうと思ったことか。芦屋のお嬢さんの方も、入院中のお父さんの方も、うーん、何て言うのかなあ。ほら、ウェブサイトの日記とかで見知らぬ他人がどう読むかなんて考えずに、ただ自分の言いたいことだけ言ってる日記ってのがあるでしょ? あれを読んでる感覚に近かったのよね。日常がつらつらと語られるのが別に悪いってわけじゃないんだけど(それで面白い小説はたくさんあるし)、ただなんとなく、何だか「こんなこと覚えてるんだよ、こんなこと知ってるんだよ、こんな感性を持ってたんだよ、すごいでしょ、偉いでしょ、他の子とちょっと違うでしょ」と自慢話を聞かされてるような気になってきたのだ。
もちろん北村薫だから文章は巧いし表現も見事で、そういう意味では堪能できたんだけども……ま、ドラマが動き出すのが二部の後半からで、それ以前はいわば種蒔きなわけだから仕方ないんですが。でも、そういう種蒔き部分でも《読ませる》のが北村薫だと思うんだけどなぁ。何だか《時代に合った小道具やエピソードを並べてみました》という印象が先に立ってしまった。
しかし我慢して読んでたら、二部の後半からは俄然面白くなる。なるほど、こう来ましたか。リセット、ね。ホットケーキのシーンでは鳥肌が立った。ドラマにしてみたいようなシーン。また小道具の使い方が巧いし。このあたり、さすがだなぁ。
ラストも、こんな切ない終わり方ってないわ!……と悲しくなったところで、見事なハッピーエンドにしてくれた。なんか都合良すぎって気がしないでもないが、読後感はいい。なんだかんだ言っても、やっぱり巧いのよね。
(01.2.3)
読んだ当初に《ミスディレクションにひっかかった》ことは事実であり、それを
訂正するのもズルい気がするので、そのまま残します。その点、お含みおき下さい。
【どちらかが魔女】犀川&萌絵シリーズ。萌絵の色ボケぶりは相変わらずだけど、短編だとさほど気にならないからいい。謎解き部分よりも、登場人物の会話や地の文を読む方が楽しいし新鮮──てのは、失礼な言いぐさかな? でもこのシリーズはそれが醍醐味なのよね。解かれずに終わった《ミステリィ》は、建築が生業のダンナに訊ねると「それって日本の大工が墨壷で墨出しする時みたいな使い道じゃないかな」だそうだ。合ってますか?>答えを知ってる人。
【ぶるぶる人形にうってつけの夜】小鳥遊練無と西之園萌絵の共演。謎解きものとしてはアンフェアぎりぎりという感がなきにしもあらずだけど、このシリーズキャラ達の会話を読んでるだけで楽しい。あたしも苗字だけなら左右対称だな。このサイトのタイトルも、見ようによっては微妙に対象っぽく見えなくもない。
【ゲームの国】わはははは、遊んでる遊んでる。アナグラムには爆笑。宿で出てきたアナグラムはどれもすぐに分かったのに、あたまが《その方向》に固まってたもんだから、散歩の途中に出てきたアナグラムはしばし考え込んでしまった。なぁんだ、すぐ近くに答えがあったのにね(笑)。思考が柔軟じゃない証拠だな。
【卒業文集】これ、イチオシ。これは皆、絶対に二度読んだ筈だ。単純なことなのになぁ──何を騙すか、どう騙すかの、最もシンプルにして効果的な形がここにある。おまけに、テーマがテーマだけに何だか卑怯なくらい心に滲みるし(;_;)。
その他、【双頭の鷲の旗の下に】、【私の崖はこの夏のアウトライン】、【恋之坂ナイトグライド】、【素敵な模型屋さん】を収録。
(01.2.3)
メルサスの少年〜「螺旋の街」の物語〜・菅浩江(徳間デュアル文庫)
思いきりツボです。
いやぁ、これは面白いわ。少年の成長物語はもともと好きなのだが、実を言うと、この手の異世界ファンタジーには苦手意識があったのよね。ところが、そんな苦手意識などあっと言う間に吹っ飛んでしまった。ページをめくる手が止まらない。前半はバカ丸出しだったイェノムが変化するわくわく感、トクウの持つ意味と大活躍、「現代」が「先史時代」になってしまっているような恐怖、昼の乙女から夜の遊女へと変わる女達の思い、男としての辛さと強さ、女としての悲しみと愛……そしてクライマックスの駆け登るような緊迫感と、最後に分かる《螺旋》そのものが持っているテーマ。ああもう、こんな書評を読んでる暇があった本編を読め。とにかく、読め。
冷静に考えてみると、狭い世界で育った半人前のガキが、守るべきものを得て真の大人になるってのは、ものすごく《よくある話》なのだ。そういう使い古されたテーマってのは、言い換えれば《普遍のテーマ》である。様々な過去の名作がある。下手なことをやっては「今さらコレかいっ」と見向きもされない可能性があるわけだ。それを筆者は、ディーテイルにまで拘った見事な架空世界の構築と、眼前に映像が沸き立って来るようなキャラクターや小道具、風景、それらを描き出す圧倒的な筆力、見どころ満載のエンターテイメント性、そして全編を貫く《螺旋》のモチーフで、《普遍のテーマ》を《菅浩江の物語世界》に昇華させた。読んでてゾクゾクする。ああ、堪らないわ。これを読まねば損である。
余談だが。これ、映画とか舞台とかでやったらすごく面白そうだよなあ。アニメじゃなくて、特殊メイクばりばりの実写でエロチックにおどろおどろしく。筆者のキャラクター造形とその描写力のなせる技なのだが、読んでいる最中からあたしの頭の中では一部のキャラクターが映像化されちゃってたのよね。ジョイノーサは浅野温子、コウヤは渡辺えり子、そしてイェノムは藤原竜也なのさ(笑)。けっこういいラインナップだと思いませんこと? どっかの映画会社か劇団、実現させてくれないかな。
(01.2.3)
【紫陽花】遊女あがりの大店のおかみが、昔の遊女仲間の死を知らされる話。女の持つ優越感や劣等感が、旧友の死を通してひそやかに描かれる。女の勝負はお金や名誉ではなく、恋で判断してしまうあたりが浅ましくも悲しい。
【あさきゆめみし】女浄瑠璃の京駒に血道をあげて、小屋へ通い続ける染め物屋の若旦那。江戸時代のアイドルおたくの話かと思ったら(笑)、若旦那の成長物語だった。講談でも聞くような爽快な一編。
【藤尾の局】先妻の子供たちとうまく行かない大店の後妻。義理の兄達の狼藉に腹を立てる妹は母に訴えるが──なさぬ仲の息子達との話よりも、大奥での話が面白い。
【梅匂う】見せ物小屋の大女に恋をした男の話。途中まではよくある話なんだけど、最後にどうして受け入れてしまうのかが不満。不満ながらも、ラストの蕎麦屋に声をかけるシーンはいいなぁ。
【出奔】祝言が決まっていながら、上様の手がついてしまった女。実に悲しい話。意趣返しは出来ても、おまちに嫁の行き先が見つかっても、死んだ男は浮かばれないやな。
【蝦夷松前藩異聞】幕末の北海道、松前藩。乱心した殿を諌める家老だが、逆に殿の逆鱗に触れて職を解かれてしまう。しかし、中央政府の地方政策なんて、当時から机上だけの判断だったのね。
【余寒の雪】男勝りに剣を習う知佐が、江戸の道場を見学できると楽しみにして仙台から出てきたのに、実は勝手に祝言が決められていた。この江戸行きは剣の修練のためではなく、嫁に行かせるためだったと知佐が気づいた時──この短編集でイチオシ。女を大きく包み込む俵四郎がいい。
(01.2.4)
中編なのだが、なかなかの読みごたえである。寧ろ、もう少し一つ一つのエピソードを書き込んで長編にしてもいいような話。なんだかかえってもったいないかな、という印象を持った。
ミステリってのは《どこで騙すか》というのが最大の興味なのだけれど、これの騙し方は巧い。実際のところ、こういう事例があったなら(本文中でも触れられているけれど)夏海は完治しているのに嘘をついてるという可能性が真っ先に浮かんでくると思うのだ。その可能性を頭の中から排除してしまう理由は、本文中では専門家としての知識が邪魔をしたってなことになってるが、読者は違う。読者がダマされるのは、富坂がものすごくイヤな奴なので、こんな男を繋ぎ止めておきたいなんて夏海が思う筈がないと思わされてしまうからである。そうじゃない? これで富坂がステキな人だったら、すぐに真相に気づいてしまうんじゃなかろか。
そういう意味では見事にダマされたのだが、裏を返せばどうして富坂みたいなイヤな男がこんなにモテるわけ?という疑問が拭えず、動機の根本部分が弱いと言えなくもないのだけれど(笑)。あ、でも、動機と言えば真犯人の動機は巧い。物語全体を逆手に取った──それでいてキッチリ伏線の張られた──見事な話運びである。
(01.2.10)
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