お厚いのがお好き?


誘拐作戦・都筑道夫(創元推理文庫)

 三十年以上前の《幻のミステリ》とまで言われた都筑氏のトリッキー・ミステリが復刊。盗んだ車で高速をトバしている最中、道に倒れている女をみつけた。折しも対向車線を走ってきた知り合いが「知っている娘だ」というので車に連れ込んだが、実は人違い。その上女はどんどん弱ってきて……だったらいっそ、誘拐しちまおうって?!
 まず構成が凝っている。犯人の手記という形で語られ始めるこの物語、実は犯人は二人いて、その二人が章ごとに交互に書いていくのだ。この二人が作中のどの人物なのかは分からない。それを想像しながら読者は読み進むわけだが、章が変わる度に相棒の文章を貶したり、登場人物の名前にセンスがないと言って勝手に名前を変えたり(笑)。それでも作中では、かなり凝った《誘拐作戦》が展開され、そちらからも目が離せない。彼らの仕組んだ《誘拐作戦》とはどのようなものなのか、果たしてそれは巧くいくのか、また文章を書いている《犯人》はいったい誰なのか……読みどころ・見所がテンコモリで、ページをめくる手が止まらなくなること請け合いである。
 そして終盤に差し掛かった時に《誘拐作戦》の真の意味が分かり、「ああっ」と思うのである。なるほど、こう来たか、と。完全犯罪というのは犯罪が発覚した時点で不完全だという意見があるけれど、これはまさしく完全犯罪である。コミカルで、痛快で、そして論理の背負い投げを食らう、実に《楽しく騙される》トリッキー・ミステリだ。
 おまけに巻末には、これがまた都筑道夫らしい……いやいや、皆までは言うまい。どうぞお手にとってお楽しみ下さいな。 (01.9.25)
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共犯マジック・北森鴻(徳間書店)

 1960年代後半、不幸を予言するとして自殺者まで出したために書店が販売を自粛した《フォーチュン・ブック》という占いの本が、松本の小さな本屋で店頭に並んだ。それを買った五人はその後……。実際に起こった昭和の事件を核に据えながら、謎の糸がきれいに織られていく連作ミステリ。
 やっぱ巧いわ。実際の事件の使い方といい、そこに絡めてくる架空の事件といい、その謎解きといい。なんだかもう、業師、という風情すら漂うぞ>北森氏。連作という形をとっているがために、それぞれの章で独立した謎解きも楽しめるし、最後にはそれが結びつく快感もある。特にお薦めは五話めの【さよなら神様】かな。構成もストーリーテリングも仕掛けも、文句なし。これは独立した短編としてもかなり秀逸だ。
 それほど面白いのにお薦めマークがつけられないのは、ひとえに、実際の事件を──それもまだ風化していない事件を扱っているがために「もしも自分がこの事件の関係者だとしたら、こういうミステリのネタとして扱われるのはどう感じるだろう」と思わずにはいられないせいである。確かに、ここに扱われている事件はどちらかと言えば知能犯的な物が多く、実際に誰かが恨みつらみの果てに殺されたという類のものではない。そういう意味では、筆者はちゃんと考えて事件を選んだというのがよく分かる。しかしそうだとしても、例えばあの脅迫事件に巻き込まれた企業の人は、あれがきっかけで人生が変わらなかったとは言えない。ましてやあの火災に至っては、あれで身内が亡くなった人もいるだろう。その事件を正面から描いた物語ならまだしも、こういう《趣向》として描かれてしまうと、どうにも関係者の気持ちを斟酌してしまうのである。こういう扱い方は、例えば谺健二氏が阪神大震災をミステリに取り入れたり、島田荘司氏が冤罪事件を扱ったりするのとは、少々趣が違うような気がするのだがどうだろう。
 せっかく面白かったのに、いや、面白いのに、読んでいる最中ずっとそういうことが頭から離れずに、せっかくの面白いミステリが充分堪能できなかったのは、単にあたしの個人的な思いのせいだとは言え、返す返すも残念なのである。面白いのよ、ホントに。昭和事件史を振り返る物語としても、謎解きミステリとしても。面白いのよ。やっぱ巧いのよ。 (01.9.27)
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六人の超音波科学者・森博嗣(講談社ノベルス)

 瀬在丸紅子と小鳥遊練無は土井超音波研究所のパーティにゲストとして招かれた。山の中の研究所まで車で送ってきた保呂草に、なぜかついてきた紫子。送り届けたら帰るつもりの保呂草と紫子だったが、帰路にある橋が爆破されて帰れなくなり……V シリーズ第7弾。
 シリーズの中でも、最も《王道》というか《古典的》というか《おお、このパターンか!》という作品。それは決して嵐の山荘パターンのことだけではなく、真相そのものも王道であり古典的である。換言すれば、極めて受け入れやすく納得しやすい真相だ。現実に納得しやすいわけではなく、ミステリの分類パターンとして納得しやすいという意味よ。読み終わった後で「そうかこのパターンだったのか、そうかそうよね、考えてみれば……」と一人で頷いてしまうような。
 そういう意味では、あたしが森作品に求めているものを最も享受しやすい形と言えるかもしれない。ミステリの読み方としては邪道だが、あたしは森作品には、あっと驚くトリックだの驚天動地の真相だのを求めているわけではなく、そこに付随して登場するちょっと変わった手がかりとか、自分にはできない視点からの描写とか、森作品ならではの論理や構成や文章を求めているわけで、そういう読者にはまさに《うってつけ》と言える。特にあの暗号めいた詩は……わかってみれば「なあんだ」てなもんなのだが、それにしたって手がかりはとうに提示されてたわけで、気づかなかった自分が実に悔しい。おまけに今回は紅子さんの謎解き口上がいつもと少々趣を異にしていて、それがまた印象的。
 それにしても、この林って男はどうにかならんもんかなあ。女二人が目の前で争うのがそんなに楽しいか? 自分に惚れてる女のひとりや二人、うまく処理できないで何が男じゃ。ぷんすか。 (01.9.29)
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センティメンタル・ブルー・篠田真由美(講談社ノベルス)

 建築探偵・桜井京介シリーズで主人公に勝るとも劣らない人気を誇る「蒼」。その蒼が体験した4つの事件を、年代を追って語る短編集。なんつーか、ホントにもう少女マンガそのまんまのキャラという感じのする蒼で、実際にこんなヤツがいたらとにかく運動場十周させたあとに千本ノックだ、という気にさせられるに違いなのだけれども(笑)、こうして物語世界に入ってしまうと実にキュートなんだよなあ。おばさん困っちゃう(^^;)。例えば栗本薫氏の描く《二十歳過ぎても自分のことを男の子というような美少年》には実にイライラさせられるのだけれど、蒼クンには不思議とそういう軟弱さが見られず、そこがおばさんキラーたる所以なのかもしれん。
【BLUE HEART,BLUE SKY】まだ
「原罪の庭」のショックが抜けきらず、対人恐怖症が続く蒼が知り合った老婦人。彼女が語ってくれた過去は……少年蒼クンの健気な頑張りが胸を打つ。真相に至る趣向も見せ方が巧い。だいたい、老婦人の最初の話を聞いた時点で、アレがおかしいことには読者もすぐ気づくわけで、気づかない蒼クンに教えたくてもう……(笑)。
【BEELZEBUB】高校生の蒼クン。彼の通う高校に隠された秘密とは……ただ、ちょっと短編にするには詰め込みすぎのような気がするなあ。情報量が多すぎて、それを咀嚼するのに精一杯になってしまう。文章の上手な筆者だからそれでも何とかついていけるが、贅沢を言えば、もっとじっくり、しっとりと、個々の生徒の思いや時代のバックグラウンドを味わわせて欲しかった。
【DYING MASSAGE《Y》】『Y』の悲劇参照。
【SENTIMENTAL BLUE】ひとつ前の【DYING MASSAGE《Y》】の後日談。前作のネタバレになっちゃうから何も言えないんだけれど、こういうタイプの人物のモノローグってのは、読んでて疲れる(もちろん個人的な好みの問題よ)のだ。ただ後半の一気呵成な展開が、モノローグの退屈さを帳消しにしてくれた。 (01.9.30) 《この本の詳細情報&注文画面へ》  

たったひとつの〜浦川氏の事件簿・斎藤肇(原書房)

 連作短編集──なんだけれど、う〜〜〜ん何なんだこれは。日記で書いた感想をそのまま転載するけれど、すごく面白いし、「そうだったのかぁ!」とノケゾる快感もあるし、巧いなぁとも思うんだが、じゃあどこが面白いのかと言われると困ってしまう。いや、面白い箇所の特定は可能なんだけれども──何ていうのかなあ、背中が痒いと思って孫の手を使って掻いてみたんだけれど痒みは治まらなくて、でも何故かお尻を掻いてみたら背中の痒みが治まったみたいな、そんな感じなのよね。わかりませんかそうですか。何とも表現しづらい面白さなのよ。果たして痒かったのは背中なのかお尻なのか。
 おまけに背中の痒みを治めるにはお尻を掻けばいいということが分かるまで、二の腕を試したり頭を掻いてみたり或いは背中をつねってみたりという過程が必要なワケで、隔靴掻痒のままその過程をどう楽しむかというのも大事なポイントかと。つまり、全部で8つの短編が載っているんだけれど、これがどれも作風が違う。アームチェアディテクティヴっぽいのがあったかと思えばアクションっぽいのがあり、幻想的なものがあるかと思うと、日常の謎があるといった具合。
 それが最後にはあっと驚く──という定石通りの展開なのだが、その驚かせ方が定石とはチト、いや、かなり違う。「えっ」ともう一度頭からページをめくりなおすこと請け合いだ。
 なので、努々途中で放り出さないように(笑)。個々の短編は幅が広いだけあって、少々好き嫌いが出るかもしれないし、当たりハズレもないとは言えないが、最後に控えた驚きはそこまでの短編全てを読んでないと味わえないよん。 (01.10.3)
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月蝕の窓〜建築探偵桜井京介の事件簿・篠田真由美(講談社ノベルス)

 蒼や深春との生活に馴染んでしまった京介は、一人になりたいと思っていた。おりしもそこへ舞い込んだ洋館調査の仕事。いいチャンスとばかりに一人で那須へと向かうことになったのだが、その前に出会った不思議な少女は「那須へは行くな」という。果たして那須の屋敷に隠された秘密とは……建築探偵・桜井京介シリーズ。
 いわく因縁のある寂れた屋敷、書き手の分からない手記、昔、人が死んだ家、アリバイトリックに密室、そして限定された登場人物、謎めいた少女、そして意外な犯人──と、本格ミステリの道具建ては完璧だ。あちらこちらにオカルトじみた色合いを持たせ、サイコっぽい彩りを加え、読者をミスリードするテクニックもさすがである。そしてそれが、きっちりと論理的に解明された時のカタルシスと言ったら! おまけに、京介対犯人のドラマチックな対決シーンまで準備してくれて、サービス満点である。うんうん、ステロタイプと言わば言え、やっぱ本格はこうでなくちゃ。
 ただ、京介の視点で話が進むってのは初めてだと思うんだけど、うわははは、こういうクールな二枚目に狂言回しをさせるのは限界があるよなあ(笑)。これが蒼クンなら読者の目線で描写してくれるんだろうし、深春なら読者に感情移入させることもできるんだろけれど、いかんせん京介ってのは「無口でクールで皮肉屋で、何を考えてるか分からない」というところが魅力だったわけだから、考えてることを出してしまうわけにもいかなし、出したら出したで内省的でうざったいし(笑)。まだ三人称でよかった。これが一人称主人公だとどうなっていたか、想像するだにオソロシイぞ。わはは。 (01.10.5)
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貸本小説・末永昭二(アスペクト)

 昭和三十年代。現代のコンビニと同じ数の貸本屋が全国にあった。「非学生のティーンエイジャー」を対象とした貸本屋。そこには、貸本屋で貸し出すために書かれた、一般には流通しない《貸本小説》と呼ばれる本が存在したのである。今となっては入手が極めて難しいこれら《貸本小説》を集め、分類し、多くの書影とともに紹介した貴重な一冊である。
 いやあ、すごいなあ。よくぞこれだけ集めた、よくぞこれだけ調べたと、立ち上がって拍手したくなる。まずミステリ・SFの項には、木戸禮・宮本幹也・九鬼紫郎・園生義人・栗田信・野村敏雄・保篠龍緒。時代小説には瀬戸口寅男・井上孝・高樹純之(=水野泰治)・風巻紘一。現代小説には若山三郎・三橋一夫・竹森一男・鳴山草平・太田久行(=童門冬二)・太田瓢一郎(=太田蘭三)・和巻耿介・南美穂(=南美穂子)・萩原秀夫・中野俊介。目次の章題を見ただけでも、これだけの名前が並んでいるのだ。半分も分からない。おまけに中を読むと、もっと多くの名前が──メジャーからマイナーまで──書影や作品紹介と共にザクザクと出てくるのである。恐るべき資料価値だ。
 そして何より、個々の作品紹介がどれも「うわ、読みてえっ!」という気にさせるものばかりなのである。映画になったものもたくさんある。日活のヤクザもの、美空ひばりの主演もの。ドラマでは森繁の社長シリーズなどが、《貸本小説》から生まれたものなのだという。
 読者が「非学生のティーンエイジャー」やサラリーマンが中心だったために、基本的に明るくて楽しめる娯楽小説ばかりなのだが、そのあまりのキッチュさや破天荒さに思わず笑ってしまう。時代とは言え、タイトルがすごいぞお。「お色気笑学校」とか「腕まくり女子高生」とか(笑)。絶対に捜して読んでみたくなる本格ミステリ「カッポウ先生行状記」は、ストーリーが以下のように紹介されている。《謎の西洋館で幽霊が夜な夜なマンボを踊っているという噂を聞いて、解決に乗り出すカッポウ先生。そこには、見世物にするためトルコ人によって蜘蛛男に改造された男が住んでいた》……ぶわっはっはっは\(^o^)/。よ、よ、読みてええっ! カッポウ先生は仕事仲間の日下君と一緒に蜘蛛男と戦うのだけれど、日下君は戦いの最中に気絶してしまう。ところがカッポウ先生が日下君のお尻に懐中電灯をくっつけると、日下君は元気を取り戻すのだ。何故なら、日下君は肉体が強靭頑健なため「鉄男」というあだ名で呼ばれていて、鉄は電気に反応するからだって。ぶわっはっはっは。どっちが怪人なんだ(笑)。読みたい。絶対読みたい。誰か捜してくれえええっ。 (01.10.14)
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ミステリオペラ・山田正紀(早川書房)

 どうやってあらすじを纏めろと言うのだ、というくらい分厚い。重厚長大とはこのことだ。重くて厚くて長大。でも、それをしっかり読ませてしまうのだからサスガである。
 昭和十二年の中国・南京。とくれば南京大虐殺だが、その南京にある宿命城で事件が起こった。時を前後して、走行中の列車から一両まるごと消えてしまったり、密室での殺人が続いたり。相次ぐ謎には、どんな関係があるのか。それらを結びつける鍵は何なのか。そして時は飛んで平成十年、一人の夫の転落死から別の物語が始まる。夫が自殺したと知らされ、ショックを受ける妻。彼女は手元に残された夫のメモに暗号を見つけるが……ああもう、複雑過ぎてあらすじなんて書けないよぉ!
 とにかく、現在と過去、東京と南京。ふたつの時代と場所が、謎という糸によって縦横無尽に繋がるのである。密室あり、暗号あり、列車消失あり、首のない死体あり、ダイイングメッセージあり、不可能興味あり、見立て殺人あり、クィーンやカーへのオマージュあり、おまけに××トリックまであって、まるで本格ミステリ見本市である。まさしく「ミステリ・オペラ」だ。
 過去と現在が交互に登場し、前半はちょっとダレるところがないではない。特に過去の事件の方は入り組み方が半端じゃないので、少々注意が必要である。しかし、中盤から物語は俄然面白くなる。本格ミステリならではの道具建てが揃ったことが、読者にも分かる。《伏線》《謎解き》がバンバン出てきて、その度に「おおそうかッ」「でも残りページを考えると、これじゃあ済まないぞ」「ええっ、そう来たか」と興奮させてくれる。そしてラストの第4部。過去と現在の事件がひとつところに収束した時、この壮大なオペラの回り舞台が白日の下に曝されるのである。ブラボー! アンコール!
 ──しかし。トリックや謎解きの面白さとは別のところに、この「オペラ」の本懐があるのではなかろか。オペラの主旋律を奏でるストーリーと登場人物。そこにはトリックがあり探偵がいて謎解きがある。しかし、オペラ歌手の歌うアリアだけでは、オペラは成立しない。オケピにはオーケストラが居て、常に最高の伴奏を奏でているのだ。その伴奏こそが、全編を通じて奏でられた伴奏こそが、「探偵小説でしか語れない真実がある。探偵小説としての昭和史はまぎれもなくそこにあったのだ」という言葉なのではないか。歴史の転換点にあって、多くの人々の苦しみと涙を一身に引き受けた《検閲図書館》は、そしてこの物語は、「慟哭する昭和を探偵小説として遺す」ためのものであった気がしてならないのである。 (01.10.18)
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死にぞこないの青・乙一(幻冬舎文庫)

 小学五年生のマサオは、気が小さくて恐がりで、人の目が気になってビクビクしてしまうが、それでも内気なだけの普通の少年だった。新しい先生が来た時も「仲良くなれるといいなあ」と思っていた。ところがある日、クラスの係を決める時のちょっとした誤解がもとで……。
 ちょっと迷っている。お薦めマークをつけてはみたが、そして確かに読んで欲しい物語ではあるのだが、とにもかくにも読んでいる間が辛すぎるのだ。クラスメートだけではなく、担任教師にまで苛められる少年。否、担任教師が先導して苛めている少年。家族に心配かけたくないが故に、その事実は誰にも言えない。こう書くと、極めてありがちの話のように思えるが、そこはホラーの旗手・乙一ならではの展開と演出があるわけだ。それにありがちな話だからこそ、そうして実際に起こっていても不思議のない──いや、どこかで起こっているに違いない──題材だからこそ、読んでいて本当に辛い。
 最後まで読めば、救いはある。安心できる。しかしだからと言って、読んでいる最中の辛さは如何ともし難い。何なのだろう、この辛さは。ただ、理不尽に虐げられる子供が可哀想で溜まらないのか、それともマサオの中に自分に通じる何かを感じて自分が苛められているような気分になるのか。いや、それならまだいい。生徒をスケープゴートにして虐める教師の中に、自分に通じる何かがあるのではないか。周囲の流れに何の疑いもなく乗って、昨日までの友だちを虐めるクラスメートたちの中に、自分に通じる何かがあるのではないか。だからこそ、読んでいて辛いのではないか。そう考えて、愕然とした。
 いや、しかしそれでも、これを読んで、ワクワクしたり面白がったりしなかっただけ、まだ自分は《健全》なのではなかろうか。「読んでいて辛い」と感じた自分を良しとしよう、というのはあまりに身贔屓が過ぎるのかもしれないが。
 辛い分だけ、マサオが最後にとった行動や「これから」の暗示には救われる。ただ、喜ぶ気にはどうしてもなれない。今、こうしている間にも、日本の各地で、いや、世界の各地にたくさんのマサオとアオが存在しているのだから。。乙一にしてはホラーテイストが薄いとか、ミステリ的醍醐味がないとか、通俗的な話だとかの評価が出るかもしれないが、うん、やはりこれは、多くの人に読んで欲しいお薦め本なのだよ。 (01.10.18)
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蜜の眠り・明智抄(他)(光文社文庫・廣済堂文庫)

 女性作家による恋愛小説のアンソロジーなのだが、バラエティに富んだ豪華執筆陣に目を奪われる。特にマンガ家のお三方なんぞ、すっかり本職のお株を奪っている感あり。どれも恋愛がテーマなのだが、かなり官能的なモノからピュアなものまであって、それぞれに胸キュンな物語ばかりなのだ。2000年4月に廣済堂文庫で出版された折り、全て書き下ろしだったので、この本でなくちゃ読めない話ばかりというのも買い。
【ハンサムウーマン】明智抄:あたしゃこの人のマンガが大好きで。「サンプルキティ」なんか、いつか
「なま楽」で紹介しようと思ってるくらいなんだけれど、小説もまた明智テイストてんこ盛りで嬉しいったら。人妻の恋をカラッと描いた短編だが、最後は胸にジンと来る。
【テイスティング】横森理香:友人がセックスプレイの楽しみを自慢する中、自分だけは愛のないセックスはしまいと決心していた主人公。ところが昔なじみとのセックスがとてもよくて……性描写が多い割には嫌らしさのない、明るいポルノという感じか。タイトルが効いてる。
【睡蓮】恩田陸:兄とは本当の兄妹じゃない。危ういバランスを保ちながらも、きれいなままではいられない少女の揺らぎを描いた作品。兄が妹に向かって「源氏物語を知っているか」と訊ねるのがキーになっているが、女を自分の好みに育てたい・自分の理想のままでいて欲しいという男性心理と、ひとつところに止まっていられない少女の描写は、さすが恩田陸だ。
【二〇〇〇年三月九日】水樹和佳子:言わずとしれた人気マンガ家。この話、好きだなあ。なんだか童話みたいにフワフワした恋愛小説で、冷静に考えれば《出来すぎ》なんだけれど、それをスンナリ受け入れて感動してしまうのだ。見せ方が巧いという他あるまい。読み終わったら、何だか自分がいい人になれたような気がする。
【性遍歴】松本侑子:一人の少女が性に目覚め、変化していく様子を「イタ・セクスアリス」的描写で綴った作品。巧いなあ。好奇心から罪の意識を経て享楽に走り、そして暖かな日常になる。良い。
 その他、姫野カオルコの掌編【「見かけの速度」の求め方】、中村うさぎ【幽霊】、島村洋子【ツインズ】、柴田よしき【化粧】、榎本ナリコ【少女と少年】を収録。
(01.10.20)  《光文社文庫版の詳細情報&注文画面へ》《廣済堂文庫版の詳細情報&注文画面へ》  


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