一の富〜並木拍子郎種取帳・松井今朝子(角川春樹事務所)
芝居小屋の人気狂言作者・並木五瓶のもとに、並木拍子郎という弟子がいる。もともとは武士なのだが、芝居の道にはまってしまい、五瓶にも気にいられて弟子になったのだ。狂言作者の修行として、町で聞いた面白い話を拾い集める「種取り」をしていた拍子郎、ところが毎回、それが思わぬ事件に発展して──。
東京で小料理屋「ばんざい屋」を営む吉永悦子。彼女の店には、毎夜いろんな人がやって来る。そして、女将さん自身も実は何だかワケありのようで……。端正にして暖かい、本格ミステリの連作短編集。
死んでも治らない〜大道寺圭の事件簿・若竹七海(カッパノベルス)
大道寺圭は刑事だったが、今は退職してライターで生計を立てる日々。その大道寺圭が巻き込まれた事件の数々をまとめた短編集なのだが、新たに書き下ろしで、各編の前後に【大道寺圭最後の事件】という《繋ぎ》が挿入されている。この《繋ぎ》は、大道寺圭が刑事を辞めるきっかけとなった事件について書かれたものなので、他の短編より時系列としては昔になるわけだ。
東京から車で3時間足らずという地方都市。特に何の特徴もない平和なこの町に、いきなり事件が起こった。男が3人、立て続けに失踪したのである。共通点は48才という年齢だけ。そこへ、アメリカで成功したこの町出身の資産家が帰って来た。500万ドルという彼の資産を狙って、多くの人がそれぞれの胸中で作戦を練るが……。
21世紀本格・島田荘司(編)(カッパノベルス)
アンソロジーの目的自体が、特に「科学」という分野を重視した「21世紀本格」だったから仕方がないのだけれど、次は「社会」「文化」「人間関係」の観点からの「21世紀本格」が読みたいな。
ヤクザに袋叩きにされた「俺」は、入院した病院で昔の恋人に再会した。彼女からの頼まれ事を軽い気持ちで引き受け、とある田舎町へと向かう。その町は、ちょっと前に高校生による金属バット同級生撲殺事件が起こり、その犯人の高校生はいまだ逃亡中ということで話題になった町だったが……。
残響・柴田よしき(新潮社)
そこで交わされた「過去の会話」「過去の音」を聞くことの出来る能力を持つ杏子。彼女がこの不思議な能力に目覚めたのは、ドメスティック・バイオレンスを繰り返す元夫への恐怖が引き金だった。そして彼女は反強制的に、警察の捜査に駆り出されることになる。
人形はライブハウスで推理する・我孫子武丸(講談社ノベルス)
【人形はライブハウスで推理する】睦月の弟が上京して来た。彼は一人で東京見物に出かけたが殺人事件に巻き込まれてしまい、挙げ句の果てに容疑者にされ──。謎解き自体は頭の中に現場を映像化するのが面倒で、ちょっと分かりにくかった。でもそんなことより、おお、ついにプロポーズですか。でもまあ、睦月が怒るのは分かるよなあ。
真面目で朴訥、純情な拍子郎。男と見間違えるような下町のバラガキ娘・おあさ。そして関西出身で一筋縄ではいかない並木五瓶と、その妻・おでん。このキャラクターの組み合わせが、実に絶妙である。各編とも、江戸の雑多な賑やかさが香り立つような雰囲気がある。それに、何と言っても、毎回出てくる「季節の食べ物」がやたらと美味しそうなんだよなあ。キャラクターと、物語と、文章とが、実に巧い具合に合わさった時代ミステリ。願わくば、もうちょっと謎解きの要素が強ければ。
【阿吽】大店の不義密通事件。まずは登場人物の紹介といった小手調べだけど、推論を重ねるあたりは謎解きの醍醐味充分。
【出合茶屋】出合茶屋に幽霊が出る? おあさ大活躍の巻。
【烏金】阿漕で有名だった金貸し老婆の家の前で、首吊りがあった。金を返せず腹いせの自殺だろうと思われたが……。設定としては本格テイスト。もちっと伏線が欲しいなあ。
【急用札の男】芝居の最中に急用札で呼び出された大店の旦那が、そのまま誘拐された。一番ミステリ色の強い一編なんだけど、推理じゃなくて聞き込みで真相が出ちゃったい(笑)。
【一の富】辻斬りが出るという物騒な噂の中、なんとバラガキ娘・おあさに縁談が舞い込んだ! 求婚してきたのはあの……。これがイチオシ。いろいろな要素が詰まって、それが「一の富」という富くじのエピソードに集約される。巧い。
(02.2.24)《この本の詳細情報&注文画面へ》
ふたたびの虹・柴田よしき(祥伝社)
例えば北森鴻の香菜里屋シリーズを和風・京風にしたような──と言えば近いかな。一つ一つに出てくる謎も、それを解く過程も実に魅力的。謎解きの醍醐味だけでなく、何て言うのかな、その処理の仕方が暖かくて感動的なのだ。ただ謎を解いて終わり、じゃない、謎を解いた先に何があるか、というのをちゃんと見据えたところがいい。客の持ち込む謎を解きながら、後半は女将自身の謎が前面に出てくるわけだけど、そのあたりは少々唐突な感じがなきにしもあらず。でも、派手さに走らずに押さえ気味のハッピーエンドが、実に気持ちいいのである。
【聖夜の憂鬱〜ばんざい屋の十二月】クリスマスが嫌い、というOL。その理由を聞いた女将は……。ああ、好きだなあこういうの。謎を解くというのは人の傷を暴くことに繋がるわけで、過去の傷を暴いても仕方ない、それより今は何が大事かを考える。そういうスタンスの「探偵」って好ましいよね。
【桜夢〜ばんざい屋の三月】緑の桜が見たい、というOL。ところがその話をした後で、ばんざい屋の常連が殺され……。これまさに謎解きミステリ。日常の盲点をついた面白さがある。
【愛で殺して〜ばんざい屋の七月】子供が毒を飲んだ、でもどうして? 「ばんざいや」と並んでこの連作を彩る骨董商の清水が大活躍。アンティークではない日用雑貨の古物に込められた思いというのが、物語に味わいを加えている。
【思い出ふた色〜ばんざい屋の十月】養子に貰った4才の少女が「パンダちゃんのお茶碗」が欲しいという。何のことか分からない養父母は……。ああ、こういう小さな謎が皆を幸せにする結末って、最高! 最後の子供のセリフは、読んでて涙が出そうになった。
【たんぽぽの言葉〜ばんざい屋の四月】女が結婚した相手は、昔、母親を殺した容疑者として疑われた男だった……推理というより行動が先に立った一編。シリーズの中では珍しく動きが大きい。
【ふたたびの虹〜ばんざい屋の六月、それから……】女将自身の話。これまでと趣を異にして、女将の過去が語られる。清水のスタンスがなんとも暖かい。
【あなたといられるのなら〜ばんざい屋の九月】女将自身にも転機となる大事な日に、よりにもよって常連がストーカー騒ぎに巻き込まれ……ドラマチックに過ぎる気もするけれど、このストーカー騒ぎの処理は見事。派手なお涙頂戴の結末にしなかったところも秀逸。茄子のエピソードが実に効いている。
(02.2.26)《この本の詳細情報&注文画面へ》
しかし、最初から計算してたのかどうか、見事に各編を繋げている。各編はまったく独立した物語で、別に他のを読まなくても単体で成立するものばかりなのだ。各編どうしの共通項は、大道寺圭とその著作だけで、それ以外は何もない。それなのに、こうして【大道寺圭最後の事件】を接着剤にして、ちゃんとひとつの長編になっちゃうんだもんなあ。《繋ぎ》を一つ読むたびに、ああこう繋がるのか、すごいなあ、と感心してしまう。
ということで、この作品に対しての最大の評価はその《繋ぎ》の部分になってしまうわけだが、以下、短編ごとの感想もちょっとだけ。
【死んでも治らない】講演の帰り、いきなり車に乗り込んできた不審な男に拉致された大道寺は──。これ、イチオシ。伏線が実に巧い。動機の部分は少々いきなりな気もしたが、それが……ふふふ。
【猿には向かない職業】スリ・窃盗の常習犯《お猿のジョニー》が大道寺のもとに娘探しを頼みに来たが──。この女子高生の造形は「悪いうさぎ」を思わせる。類型的にならないよう、表現の工夫が実に巧い。
【殺しても死なない】大道寺のもとに素人から、ミステリの原稿が送られてきた。妻殺しの話なのだが──。原稿のオチは想像がつくものの、そこからの一歩が巧緻。
【転落と崩壊】噴火しそうな山の裾野に立てられた山荘へ、資料探しにやってきた大道寺だが──。謎そのものはいたってシンプル。でも、伏線もシンプルにして効果的。
【泥棒の逆恨み】講演を依頼され、葉崎へやって来た大道寺だが、迎えに来た市の職員が──。でました葉崎シリーズ! 謎解きまで引っ張ったけど、その後が少々あっけないか?
(02.2.28)《この本の詳細情報&注文画面へ》
焦げた密室・西村京太郎(幻冬舎ノベルス)
西村京太郎がデビュー前に書いたという、幻のデビュー作。昭和34年の作品だそうで、元原稿ではまだ新幹線も通ってないしドルも固定相場だし、現代と合わないところが多いとかで、少々手を入れての発刊だそうだ。う〜ん、でも勿体ないなあ、それならそれで、昭和30年代という設定のままでいいじゃんと思うんだけど。細かい部分だけ現代に合わせようとしても無理があるよ。ドルの為替レートは訂正したものの、話の流れでどうしても必要な《五右衛門風呂》はそのまま残ってたりするわけで、だったら全部古いままの方が、雰囲気も良さも出ると思うんだけどな。
それにしても、帯に「十津川警部の原点」とあるが、これは鵜呑みにしない方がいい。っつ〜か、十津川ものとは全く違う。著者の初期の作品群で言えば、「名探偵が多すぎる」を思い出させるような、かなり趣味に走った本格テイスト。探偵役のミステリ作家(志望)・江戸半太郎はかなりのミステリマニアで、やたらとクィーン、ヴァン・ダイン、アイリッシュ、カーター・ディクスンなどの作品の話を出す。有名な古典だからいいようなものの、ネタバレすれすれの話も多い。このあたり、なんだか、そういう本格ミステリが好きで好きでたまらず、自分でもそういう話を書きたいんだ、という若き日の西村京太郎が見えるようで、なんだか嬉しくなっちゃう。それが今では十津川警部だ。誰が想像したろう。多分、本人も想像してなかったんじゃなかろか。大きなお世話か。
密室トリックは、今となっては目新しくもないけれど、それでも充分楽しませてくれる。探偵と犯人の対決も、読みごたえがあるし、クライマックスでは「ああ、そうか!」と膝を打った。エンディングも効果的。何より、著者がホントに好きで書いてるっていう感じがして、すごく読んでて楽しかった一冊。ミステリそれ自体の出来がどうこうより、西村京太郎という作家に対して十津川警部の印象しか持ってない本格ファンの読者には、是非読んで欲しいな。
(02.3.1)《この本の詳細情報&注文画面へ》
【神の手】響堂新:ヘレン・ロイズマンは、先端医療研究者の沢渡譲を取材するが、そこであるものを目撃し……。情報と物語がきれいに融合して、その上ゾクゾク巻まで味わえる。とても練れた一編。
【ヘルター・スケルター】島田荘司:病院で目を覚ました俺は一切の記憶を失っていたが、女医と話している間に……。ほとんど全部が会話で構成されているというのに、飽きさせない手腕はさすが。
【メンツェルのチェスプレイヤー】瀬名秀明:児島教授のもとを訪れたレナとぼくは、教授の作ったロボットとチェスの対局をすることに……。なるほど、未来の「モルグ街」だ。でも主眼はそこではない。その《主眼》は少々見当がつきやすいものの、でもとってもステキ。
【百匹めの猿】柄刀一:とある屋敷に《名探偵》が集まる。そこで行われたのは、過去の事件の論証だったが……。謎解き自体には膝を打つモノの、このスッキリしない読後感は何なんだろう。
【AUジョー】氷川透:世界中の人口が激減した21世紀。同い年は皆知り合いという状況の中で、知らない「同い年」が起こした事件は……。ロジックはさすが。舞台設定は「説明」ではなく物語の中に取り込んで描写して欲しいと思ったのは、好みの問題かな。
【原子を裁く核酸】松尾詩朗:紫外線による研究をしている施設で発見された、驚くべき死体……。う〜ん、そんな理由でこんなことをするか、という思いの方が先に立つ。
【交換殺人】麻耶雄崇:酔った勢いで交換殺人の約束をしてしまった男。すると翌日、自分が殺す予定だった人物が誰かに殺されていて……。最も素直に楽しめた本格モノ。ただ、どのあたりが21世紀?
【トロイの木馬】森博嗣:不正アクセスを調査する過程で行き着いたのは、とある新薬についての情報で……。ああ、こういうオチに持っていきますか。ある意味、これも「百年密室」なのかも。
(02.3.3)《この本の詳細情報&注文画面へ》
探偵は吹雪の果てに・東直己(早川書房)
ああ、やっぱいいなあ。ススキノ探偵「俺」シリーズももう5冊目。短編集や、他のシリーズへのゲスト出演も入れたら7冊目かな? どんどん洗練されてくる。特に今回は(いや、今回も、か)田舎町の人々の描写がタマリマセン(笑)。タクシーの運転手との会話なんて、笑い死ぬかと思った。コントじゃん。
タクシー運転手だけじゃなくて、東作品っていうのは、登場人物のひとりひとりをなおざりにしないのよね。キャラが立つ、というのともチト違う。とにかく、強烈なリアリティ。そのリアリティが行きすぎた面白さとでも言うのかな。あざとくなく、「ああ、いるいる」と思わせながらも、鮮烈な印象を残す「普通にカッコイイ」登場人物たち。一人一人に顔がある。北海道弁っていうのも、いい小道具になってる。
人物描写以外にも、とにかく読ませる。何ということはない風景の描写、ただ考えたことの描写、そういった、クライマックスでも大事な情報でも何でもない部分ですら、面白くぐいぐい読ませてしまう。こういうのを、筆力と言うのだ。一応、ハードボイルドの筈なんだけど、地の文で笑わせにかかるハードボイルドなんて、珍しいよ(笑)。
そして、その筆力に引っ張られてワハハと笑いながら読んでいくうちに、いつの間にかすっかり取り込まれてしまうのだ。展開の早いストーリー、意外なところに仕掛けられた伏線、怒涛のクライマックス、ちょっとホロ苦くて切ないエンディング、無関係だと思っていたものが繋がる快感。そりゃご都合主義な部分はあるけれど、このストーリーと設定なら、それも許容範囲じゃない?
読んでいて楽しく、ハラハラし、ページをめくる手が止まらず、最後ではあっと驚いて、そして快哉を叫び、胸キュンのラストを味わう。どこに文句があろうか。ごちそうさま。
(02.3.5)《この本の詳細情報&注文画面へ》
単なる超能力モノではなく、そこに杏子自身の自己との戦いを絡めたところが、物語を骨のあるものにしている。各編の謎解きとは別に、杏子自身の変化というものもみどころのひとつ。
【呟き】ビルの空き室で起こった殺人事件。ところがそこに、時効間近の事件の犯人の指紋があって……。短編ではしょうがないんだけど、人物の登場のさせ方がちょっと不自然で、犯人の見当はすぐについてしまう。でも、そこに至るまでの「状況の読み解き」は圧巻。
【来なかった、明日】震災で娘を失った父親は、地震前に既に娘は何者かに殺されていたのだと言い張り──。阪神大震災を扱った話はいまだに辛いのだけれど、それでも、ここで杏子が聞いたものは、なんだか救いになった。
【薔薇の烙印】浴室で殺された主婦。強盗かと思われたが……最も「事件」がメインに来た一編。手がかりはダイレクトに杏子が示してしまうので謎解きの醍醐味はやや薄いか。
【気泡】杏子の持つ能力をかぎつけたジャーナリストが、彼女にしつこくつきまとう。そんなある日……。人間の「悪意」というものをまざまざと見せつけられる。心にズンと重石を置かれたかのような一編。
【残響】殺された男は前夜痴話喧嘩をしていた──その相手が容疑者になったが……。事件そのものよりも、挫折と自分の職への恐怖を味わってしまった咲枝の、自らとの戦いが圧巻。ずっと敵役だった人物の最期が意外な驚きに満ちており、とても印象深い。
(02.3.4)《この本の詳細情報&注文画面へ》
【ママは空に消える】「名探偵で行こう」所収。「ママは空の上のおばちゃんのところへ行った」という言葉を最後に、保育園に出てこなくなった少女。睦月は心配になって……。謎解きはワンアイディアなんだけど、あたし、このラストの野坂先生のセリフが好きなんだよねえ(笑)。
【ゲーム好きの死体】殺人現場からなくなっていたゲームソフト。その理由は?──これはゲームをやらないんで、まったく分からなかった。へえ、そういう仕組みになってるんだあ。
【人形は楽屋で推理する】保育園の子供たちを連れて人形劇を見に来た睦月。ところが子供が一人いなくなって──。これは実によくあるネタなんだけれど、そうとは悟らせずに話を運ぶあたりはサスガ。もともと、こういうちょっとしたヒッカケってのは、大好きなのよ。
【腹話術志願】朝永のところに弟子入り志願してきた青年。ところが、彼が事件の容疑者にされてしまい──。トリックは全編の中でピカイチ! なるほど、これは騙された。とても切れ味のいい一編。それなのに印象が大河原君の特異なキャラの方に奪われるのが惜しいぞ。
【夏の記憶】睦月の故郷へと向かう電車の中。睦月は子供時代に諍いをしたままの友だちを思い出して──。謎自体はとってもシンプルで、それくらい親が気づいてやれよ、とか、たとえそういう状況であっても手紙はちゃんと届くもんだぞ、とか、ツッコミところも満載なのだけれど、それでもこの話が一番好き。安楽椅子探偵が存在する理由ってのは、こういう謎を解くところにあるんじゃないのかな。
(02.3.4)《この本の詳細情報&注文画面へ》
書評リストに戻る