お厚いのがお好き?


建築屍材・門前典之(東京創元社)

 建築中のビルに忍び込んだホームレスが見つけたバラバラ死体。折しも、行方不明になっている3人の人物の家に、切断された指が届くという事件が起こっていた……。慌てて逃げ出したホームレスが後に語った内容を受けて警察が踏み込んだが、そこには死体は存在しなかった。近所の住人によって見張られていたこのビルから、どうやって死体は消えたのか?
 いやもう、この見取り図は一見の価値有り。見取り図のあるミステリは多いけれど、これはかなり凝っている上に、おまけに「さすが本職」な出来である。建築が専門の家族に見せたら感心していたくらいだ。防火区画がちょっとヘンらしいんだけど、それにしたって、ツッコミどころの少ない見取り図ってそれだけでも珍しいぞお。
 個人的には名古屋が舞台というのが何とも嬉しいが、それはまぁ本編とは関係ない評価だな。死体消失・人間消失の謎は、この舞台ならではの趣向を凝らしてくれていて「なるほどっ!」と膝を打つ。セメントについた足跡ってのも新鮮で、道具建ては完璧だ。パズルとしてもとっても高度で凝っていて、思わず腕捲くりをしてかかりたくなるくらい魅力的である。
 惜しむらくは──事が動き出すまでが妙に冗漫に思えるのだが……これはどうしてかなあ。別に余分な描写が多いわけでもないし、登場人物の輪郭を明確にしようとしたらこれくらいの書き込みはむしろ必要だろうと思うんだけど、どうも「早く事件を進めてよっ」と気が急いて仕方がない。つかみが弱い、ということなのかな。中盤からは俄然面白くなるのだけれど。あと、この探偵の造形は──これはまあ、好き嫌いの問題だけれど、印象深いキャラにしようとして「ありがち」になってしまったような感が無きにしもあらず。探偵のキャラは様々なエピソードで肉付けされてるものの、そのベースとなる芯が掴みきれず、魅力そのものに乏しい気がするのだが。でも、こういうのが好きな人も、きっと多いんだろうな。
 全般にこなれていない印象は目立つものの、真っ向勝負のパズラーといった雰囲気で、これからに期待。 (02.3.20)
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黄昏という名の劇場・太田忠司(講談社)

 著者初の(だよな?)幻想小説集である。これまで著者の作品と言えば、俊介君や霞田志郎シリーズのような本格推理、阿南シリーズ・涼子シリーズのようなヒューマンミステリばかりを読んでおり、この手の短編集は初めてだった。
 それなのに。「この著者によるこの手の小説は、出版されるのも読むのも初めて」だったにも関わらず、なぜか「ああ、これが太田忠司の原点なんじゃないかな」という思いに囚われてしまったのだ。多分それは、この著者が「物語の世界を紡ぐ」というタイプの作家であるからではないだろうか。
 命題が提示されそれが順を追って解かれるという本格推理や、核となるテーマを持ち人物の行動によってそれを示すというヒューマンミステリでは、どうしても「目に見えない、なにかフワリとしたもの、なにかドロリとしたもの」を、その「なにか」のままで終わらせることができない。その「なにか」は読者の身近な社会に引き寄せられ、正体は暴かれ、白日の下に曝される。それは読者にとって快感であると同時に、それ以外の読み方を許してくれないという枷でもあるわけだ。同時に、もしかしたら、「物語の世界を紡ぐ」作家にとって、大きな制約になってしまっているのではないだろうか。
 あたしには、どうも著者が、文章ではなく絵を描くようにしてこれらの物語を書いたのではないかという気がしてならない。理に落ちた説明を排除して、問題を書くのでも答を書くのでもなく、世界を書いた。「なにか」を「なにか」のままにして、ただ、その感覚だけはクリアにして、読者に届けた。これはそういう物語なのではないか。ま、そう見せるように「計算」してるってのは勿論あるだろうけれど。それでも、これだけの「世界」を紡いでくれたんだから、充分じゃないか?
 収録作は8編。特にお薦めは【赤い革装の本】だけど、数学的なエピソードと噎せるような情景描写の融和が見事な【鎌の館】、メタミステリと分類されそうな【憂い顔の探偵】など、佳作が多い。ただ、物語ごとに世界が飛びすぎてしまい、それぞれの読後感が持続しないのが残念。 (02.3.21)
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うつくしい子ども・石田衣良(文春文庫)

 新興住宅地の中学校に通うジャガことミキオは、両親と弟・妹の5人家族。ところがある日、彼の住むニュータウンで、小学校3年生の女の子が殺されて遺体が捨てられるという事件が起こった。数日後、逮捕されたのは何とミキオの弟だった!。
 どうして弟がそのような凶行に及んだのか、知りたい、調べたいと思う兄。それと同時に、周囲からの責めや嫌がらせが彼を襲う。クラスの中に味方はいるものの、それにしても陰湿な嫌がらせ。「身内があんな犯罪をおかしたんだから当然だ」と耐えるミズキだったが、そのうちに、あることに気づく。それは事件の根を根底から覆す仮説だった……。
 ああもう、辛い。読んでいて、本当に辛い。つまりそれだけ「悪意」がリアリティを持って描かれているという証左に他ならないのだが、それにしたって何度途中でやめようと思ったかしれない。とにかく、設定が、ストーリーが、登場人物の思いが、もうなにもかもが辛くて仕方ないのである。
 少年が、自分より更に年下の子供を殺すという事件は、まだ記憶に新しい《現実の事件》が存在する。その現実とオーバーラップするのを止めることができない。これが正しい読み方なのかどうかは分からないが、「あの事件の犯人の家族はどうだったろう」「あのときの報道はどうだったろう」「被害者については」などと、物語の《外》に思いが向いてしまう。
 主人公の少年が「真相」に気付き始める頃から、「フィクション」として何とか読めるようにはなったが、それにしても、子供という「純真であってほしい存在」にこれほどの悪意が存在したら、という恐怖と辛さがヒシヒシと染み込む。ただ、善玉はあくまでも健気で正しく、悪玉はどこまでも悪いという色分けが多少気になるところ。
 ここに登場する新聞記者の《職業倫理》と、ミキオの親友の存在が救いだ。しかし、現実はこうはいかない。こうはいかないからこそ、小説は現実と闘う価値があるのかもしれない。 (02.3.25)
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真実の絆・北川歩実(幻冬舎)

 ある資産家の「隠し子」を巡る、連作短編集。余命幾ばくもない資産家が、自分の遺産の行き先として「若い頃の恋人に生ませた子供がいる」と弁護士に告げた。その子供とは誰なのか、どこにいるのか──探す側だけではなく、探される側や、なんとかその幸運を自らのものにしようと画策する側など、それぞれの視点で描かれた連作である。どろどろした欲の争いだけではなく、科学テイストをふんだんに盛り込んで「読ませる」ミステリに仕上がっている。親子鑑定ミステリ。
【親子鑑定】あなたの実の母親よ、と言われて会ったのは知的障害者だった。どんでん返しが秀逸。
【二人が出会った夜】練りに練った「騙し」の計画。実際にはここまで巧く運ばない気もするけど。
【誕生日のない母】冷凍精子から、その子供を「作ってしまおう」とする計画。このアイディア、すごいね。
【彼女が消えた朝】出産直後に、産婦が消えた。小粒ながら、実にエレガントな謎解き。
【血染めのハンカチ】DNAはこんなものからだって鑑定できる。「あっ、これか!」と膝を打つ仕掛け。
【再会】便利屋を訊ねてきた少年の依頼は、便利屋自身も巻き込んで……後半がサスペンスフル。
【突然の別離】このあたり、既に物語の主人公は決している。資産家と息子の、過去の話。
【うつろな緑】そして決着。う〜ん、なるほどと思いつつも、読後感は今ひとつ重い。
 最初の4作は独立した短編として読んでも充分成立する。特に【親子鑑定】【彼女が消えた朝】なんてのは、かなり「きれいな謎解き」を堪能できるスマートな短編。翻って5話目以降は、それ以前の登場人物が入り乱れ、一気に物語は混迷を極める。策略や人の動きも複雑になるんだけど、それ以前に相関図がワケわかんねえよって感じが(笑)。一編一編、日を置いて読んだら混乱すること必至。でも、相関図さえしっかり掴んでおけば、さすがに構成は巧くて唸らされる。読後感がもっといいとよかったんだけど……それを求めるのは贅沢なのかなあ。こういう話って、「大団円!」で終わってくれる方が好みなんだけど。 (02.3.28)
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Dear My Ghost 2〜幽霊は身元不明・矢崎存美(角川スニーカー文庫)

 「Dear My Ghost〜幽霊は行方不明」に続く守護霊探偵シリーズ第2弾。つっても、いったい誰が探偵なのかは微妙なんだけど。
 自称占い師の咲子のところに依頼が舞い込んだ。20年の失踪の後に見つかった息子が記憶喪失になり、自分はこの家の息子じゃないと言い張っている。霊視で真相を調べて欲しいというのだ。しかし咲子には、実はそんな能力はない。あるのは弟の真人なのだが……。
 和服刑事の金山とともに依頼主のところへ行ってみたら、そこはかなりの旧家で豪邸。しかし肝心の息子には、得体の知れない女の霊が取り付いていた。おまけに、誰だかわからない青年の幽霊が、ことあるごとに真人に嫌がらせをする。いったいどういうこと?
 なんかもう、笑ってるうちにいつの間にか術中にはまっている。細かいディーテイルは「いかにも!」というくらい妖しさテンコモリなんだけど、それが巧く繋がらないもどかしさ。真相が近づくにつれ、ああそうか!と膝を打つ快感。ちょっと読者に対して親切すぎる気はするけれど、それはヤングアダルトというジャンルを意識してのことなんだろう。
 ただ、謎解きよりも、今回はこの息子にとりついてる幽霊が、悲しいなあ。こういう役どころって、薄幸だけど健気で献身的なキャラと相場は決まってるんだが、ところがどっこい、こう来ましたか。今の世の中、こういう幽霊になってしまいそうな予備群がうようよしてる気がする。妙にリアルで、ちょっとゾクリとしたり。
 それにしても、あとがきを読んでひっくり返った。この話、モチーフが「犬神家の一族」って……そりゃわかんないよ矢崎さん!(笑) だったらせめて、真人が川に落ちるシーンで逆立ちして足だけ出すとかしてくれないと。 (02.3.30)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

スカイ・クロラ・森博嗣(中央公論新社)

 カンナミ・ユーヒチは飛行機乗りだ。彼が配属になった基地の上司は、草薙水素という女性。ユーヒチは命令を受けて飛行機を飛ばし、偵察したり、時には銃撃戦をこなして基地へと戻ってくる。基地には同室のトキノの他数人のパイロットや、エンジニアの笹倉がいた。新しい同僚に次第に馴染むユーヒチだったが……。
 誤解のないように最初に断っておくけれど、ミステリではない。「ヒコーキノリ」の物語。どこか「紅の豚」を彷彿とさせるような、でもあれほど「わかりやすい勝負」の話ではなく、むしろ物語は主人公のカンナミ・ユーヒチの内面にのみ存在するといったタイプの話。ユーヒチと、飛行機と。無論、他にも登場人物はたくさん出てくるし、トキノや草薙水素などはかなり深くユーヒチと関わってくるのだけれど、それでもやはり、これは、ユーヒチと飛行機の物語なのだ。
 いや、言い換えよう。ユーヒチと飛行機のラブストーリーなのだ。
 ユーヒチをとりまく環境であるとか、草薙水素の実態であるとか、もちろん物語は一定のバックグラウンドと方向性を持って展開されるのだけれど、そしてそれは充分に驚きと示唆を与えてくれる物語なのだけれど、しかし、それ以前に、ユーヒチ自身の心とそれに呼応する飛行機の描写が何よりも物語の真骨頂である。別に飛行機が擬人的に描かれているわけではないが、ユーヒチが飛行機を操縦し、被弾し、そして海に不時着したときの話など、なんだかセクシュアルな印象すら受けるのだ。無機質で硬質なエロティシズムとでも呼びたいような。
 他人とは礼儀を失しない程度に交わるが、あくまで自己完結の傾向が強い登場人物たち。彼らには「飛行機」があるから、「飛行機」と心の奥底で交わっているから、空という大きな空間で「二人きり」の世界を「飛行機」と構築しているから、他人と深く関わることに淡泊になるのかもしれない。しかし、その自己完結は時として危うく、臨界点ぎりぎりのところでセルフコントロールをしているに過ぎない。だから、他人と深く関わろうとする三ツ矢のような存在が出てくると、途端に均衡を失う。
 これは、パイロットの飛行機のラブストーリーである。でも、その思いは最終的にはパイロットの片想いであり、永遠に飛び続けることはできないのである。 (02.4.9)
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ハリウッド・サーティフィケイト・島田荘司(角川書店)

 ハリウッドの有名女優が、拘束され惨殺された。その一部始終が犯人によってビデオに撮られているという猟奇的な事件だ。被害者の友人でもあり、次のターゲットとも目される人気女優・松崎レオナは、自ら犯人探索に乗り出すが──。
 海外が舞台の物語はどうにもスンナリと入り込めないことが多いのだが、島田氏の手によるものは別である。ここまでカタカナが氾濫しているというのに、何の抵抗もなくスンナリ世界に没頭できた。いや、没頭させられた。とにかくリーダビリティが高いというか、ぐいぐい引き込まれる。途中で止められないのだ。話が面白いかどうかというよりも、その展開のさせ方が巧いということだろう。スピーディで、スリリング。主人公はもちろんのこと、読者をも立ち止まらせない。物語に振り回される心地よさとでも言うべき、話運びの巧さだ。
 ラストまで読んでしまえば──いや、ラストまで読まずとも「あ、これはあのパターンなのでは」というのは、手練れた読者には見当がつくのではないかと思う。そういう意味では、さほど新鮮味や驚きは薄い。ただ、中で扱われている医学的ファクターは充分驚嘆すべきものなのだけれど、幸か不幸か同じネタのものを最近読んでいたため(それも、当の島田荘司氏監修によるアンソロジーで読んでいたため)、「えっ、またこのネタなの?」という戸惑いの方が先に立ってしまった。これは単に、そのアンソロジーを読んでいたか否かということにのみ左右される感想なので、初読であれば充分すぎるほどの驚きが得られるのではないだろうか。
 レオナが主人公ということで、きっと僅かでも出てくる筈だぞと睨んでいた「彼」はやはり登場して、相変わらずの雰囲気で──いや、ちょっと丸くなったかな?──巧い具合にレオナをリードしてくれる。
 謎解きの醍醐味というよりは、レオナ版のハードボイルドといった体裁の強い一冊だが、それはやたらとレオナが自分で動くせいであって、伏線だの仕掛けだのはれっきとした本格である。息をも吐かせぬスピーディな展開と、次々とレオナを襲う危機に惑わされれず(それが最大のミスディレクションになっているわけだが)、じっくりと伏線を拾っていって頂きたい。 (02.4.12)
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黒と茶の幻想・恩田陸(講談社)

 大学時代の友人だった利枝子・彰彦・蒔生・節子。それぞれが社会人となり、結婚して家庭を持ち、学生生活を終えて十数年が経ったが、ひょんなことから「皆でどこかに旅行しよう」という話が持ち上がる。家庭とも会社とも関係ない、旅。行き先は鹿児島の南に浮かぶY島。J杉で有名なY島へ、4人はフェリーで向かう。
 この旅にはとある趣向があった。「美しい謎」を持ち寄ること。旅の途中で、各々が体験した不思議な出来事を語り合い、それに「美しい解決」を提示しようと言うのだ。ミステリ好きな彰彦の提案である。しかし参加者それぞれには、心に秘めた過去の「謎」があった──。
 4人それぞれの視点を順番に語るという形式で、この旅の様子が描かれる。学生時代、恋人同士だった利枝子と蒔生。蒔生の謎めいた行動を目撃してしまった節子。美しい姉を持つ彰彦。4人の封印された青春時代が、この旅で白日の下に曝される。
 何というか、実に巧い、のである。4人の過去を少しずつ露にしながら、それぞれの内包している問題を少しずつ露にしながら、物語は雄大にして荘厳な自然の中でひとつの流れを持つ。しかし、それだけではない。読者の眼前に提示されるのは、これでもかといわんばかりの、《安楽椅子探偵の謎解き》である。
 彰彦と節子は、どっちも時間通りに待ち合わせの場所に行ったのに、なぜ会えなかったのか? 隣のテーブルで食事をしている3人の婦人は、なぜ食事中にひとことも喋らないのか? なぜ自分は紫陽花が苦手なのか? 新横浜駅のホームにいた老婆と寸分違わぬ同じ格好をしたよく似た老婆が、名古屋駅のホームにもいたのはなぜなのか? 受験前、クラスの十数人の家庭で一晩のうちに一斉に表札が盗まれたのは何故か? ──日常会話の中で交わされた、そんな「日常の謎」が、4人の会話の中で思わぬ解決を見る。それは、ミステリマニア的な「推理合戦」では決してなく、この旅の途中で、自然に解けてくるのだ。思わず膝を打つ解決、美しくはないけれど妥当な提案、意外な真相、思わず笑ってしまうような想像、そして思わずゾクリとしてしまうような、思いも寄らなかった真実。
 そういう、数え切れないほどの《日常の謎》《安楽椅子探偵の謎解き》を経るうちに、4人は互いに心の奥底に隠していたものに気づく。それをさらけ出して、膿を出してしまうものもいれば、また再び心の中に戻して正面から対峙するものもいる。旅の持つ意味を、ことさら大仰にせず、それでも前とは確実に何か違うものを得て、日常に帰っていく4人。
 やはり、恩田陸は、巧い。 (02.4.14)
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巫女の館の密室・愛川晶(原書房)

 刑事の桐野は、美少女代理探偵・根津愛のお供で彼女の友人の別荘を訪ねる。その別荘には山の急斜面を削って立てられた「離れ」があり、そこで昔、人死にが出たという。警察は自殺で処理したというその事件、当時の関係者は密室殺人だと言って譲らない。前代未聞の「騙し絵」の密室に、インカ帝国の謎も絡まり……。
 乱暴は承知でミステリ作家を「トリックメーカー」と「ストーリーテラー」に分けるとするなら、愛川氏は間違いなく「トリックメーカー」に入るだろう。これまでも短編・長編を問わず、思わず「おおっ!」と声をあげてしまうような秀逸なトリックを披露してくれたし、今回のトリックも(特に二つ目の)とてもインパクトがあると同時に、ああ、ここに繋がるのか、というカタルシスを与えてくれる。一言でいえば、「このひとはいつも、ヘンなことを巧い具合に考えつくよなあ」というところ。めちゃくちゃ誉め言葉なのよ、これ。
 だから、終盤の謎解きの段になってからは、もう一気呵成である。伏線が繋がる快感、ケレン味たっぷりの演出、怪しい怪しいと思っていた箇所が、想像以上の形で一枚の絵になる驚き。やはり巧い。実はあたしは、密室のトリックをずっと(反転)実は天井に屋根の裏側の騙し絵が描いてあって、天井は無いと思わされており、実は犯人は天井裏に潜んでいたのではなどと思っていたのだ。それもかなりの自信を持って。うわははは。そんなもん、警察が現場検証した時点でわかるっちゅーねん。
 ただ、その怒涛の謎解きに至るまでが、少々つらかった。前段はもう、説明に継ぐ説明なんだもん。もちろんその中に伏線は隠されてるし、必要な情報ばかりだし、キャラの楽しい言動や思わせぶりな2種類の別章を入れたりして、飽きさせない工夫はしてるんだけど。あまりに動きがないし、結局は説明のためのパートだというのがハッキリしてるものだから、物語に没入できないのだ。そこが惜しい。
 尚、蛇足ながら書いておきたいことがひとつ。本文中に、会津の鶴ケ岡城が唱歌「荒城の月」のモデルだという記述が出てくるけれど、これは土井晩翠による詩のモチーフが鶴ヶ岡城だということであって、滝廉太郎による曲の方は、大分県竹田市の岡城がモデルです。歌碑も、会津と竹田の両方にあるのよ。いや、けっして本作品の記述をあげつらってるわけではなく、大分出身者としてはどうしても「荒城の月はウチだいっ!」と言いたかったもので(笑)。 (02.4.16)
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赤い蝋燭と人魚・小川未明(絵・酒井駒子)(偕成社)

 誰もが知っている、小川未明の悲しい童話である。絵本である。が、これはチト違う。
 とにかく、途方もなく美しいのだ。偕成社と言えば子供向けの良書をたくさん出しているところだけれど、この本は子供なんかに読ませるなモッタイナイっ! 子供にこのすごさ、この良さが分かってたまるかっ!──と、叫んでしまいたくなるくらい。いや、もしかしたら、最初から実は大人向けに作ってないかコレ。「蝋燭」も漢字だし。おまけに「蝋」の字のツクリは「鼠」に似た旧字体だし。
 まず、ヘタに文章に手を入れていない。フリガナと漢字仕様を統一し現代仮名遣いに直しただけの、小川未明の文章そのまんまである。子供向けだと訂正されるような「差別用語っぽい」フレーズもそのまま残してある。それが何とも言えない情感溢れる、たおやかでひそやかな、絵本にしては小さい字体で紡がれる。
 おまけに、全ページにつけられた絵の素晴らしいことといったら。人物は、どことなくいわさきちひろ氏に似たタッチの、でも儚さや悲しみ、寂しさ、そして幻想風味がより前面に押し出された、切ない画風。風景や海の生き物を描いたページも、その切なさと幻想味は同じだ。
 表紙を開く。普通なら、タイトルが書かれた扉がある。しかし、この本は違うのだ。いきなり黒バックだ。黒一面のページの下方に、小さな貝殻が3つ、描かれている。それだけの黒いページに、たった一行、白い文字で「人魚は、南の方の海にばかり棲んでいるのではありません」とだけ書いてある。
 ページをめくる。またしても黒いページだが、右ページには2頭の海獣と、人魚と思しき裸の女性の顎から下が描かれている。夜の海だ。そして左ページには、同様に黒バックに白い文字で「北の海にも棲んでいたのであります。」
 そして映画のオープニングのように、そこで初めてタイトルが出るのだ。「赤い蝋燭と人魚」──その文字だけ、赤い。この見開きで、唯一、赤い。なんだかBGMか効果音が聞こえてきそうな、きれいな映像を見て、いい声で朗読を聞かされているかのような、そんな絵本。
 これは、買いだよ。 (02.4.17)
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