お厚いのがお好き?


レイクサイド・東野圭吾(実業之日本社)

 4人の家族が湖畔の別荘に集った。目的は、子供の勉強合宿である。名門私立中学に子供を入れるため、塾の講師も一緒に泊まり込む。父親のひとりである俊介は、つきあいで仕方なく参加したものの、息子の章太と血のつながりがないせいか、どうも受験勉強に熱心になれない。この4家族の中にいると、何だか変な感覚がつきまとうのだ。ところが、そんな中である事件が起きてしまう。4家族は協力して事にあたるのだが……。
 ああ、いいなあ。やられたなあ。面白いなあ。映像化すると面白そうだなあ。
 読んでいる最中、ずっと違和感──「いや、状況はわかるけどもさ、でもいくらなんでも普通はこんなことしないでしょ」という、設定に対する違和感があった。ところが、ラスト近くなって示された《真相》には、思わず「なるほど!」と叫んでしまったのである。ああ、こう来たか。違和感は感じつつも、「大前提にケチをつけちゃいかんわな」という妙な理由で見過ごしていたことが、キッチリとはまる場所にはまってくれたカタルシスがある。
 大きな謎があってそれを解くというタイプのミステリではなく、サスペンスフルな出来事を描写していくうちに、実は意外な結末が待っていたというパターン。そういう意味では、一見「謎解きミステリ」の体裁とは違うようにも思えるが、実は緻密なまでに伏線が張り巡らされ、すべての手がかりがひとつところへ収束していく様は、本格ミステリそのままの最高の醍醐味がある。何が「謎」なのか──それもひとつの「謎」であることに間違いはないのだ。
 こういう《地に足のついたミステリ》を書かせると、東野圭吾という作家はホントに巧い。リアリティという言葉が、とても力を持って迫ってくる。しかし、それだけではない。リアルで、地に足がついているのみならず、そこにトリッキィな構成やアクロバティックな仕掛けを施す、そのバランス感覚とテクニックが見事なのだ。
 結末も秀逸。どういう結末にでも持っていける展開だったのに、敢えてこういう方向で話を終わらせたというところに、目を見張る。事件は謎解きが済めば終わり、では決してないのだ。そこにも《地に足のついた、且つアクロバティックな》物語がある。これはお薦めだ。 (02.7.13)
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クリスマスの4人・井上夢人(光文社)

 1970年のクリスマス。20才の4人──ジュン、塚本、絹枝、百合子は、深夜のドライブに出かけていた。車の中でマリファナを吸引し、無免許の百合子がハンドルを握る。と、いきなり車に衝撃が走り、道路には見知らぬ男の死体があった……。混乱の中、死体から服をはぎ取り、山中に遺棄する4人。ところが10年後、その死体の男が4人の前に現れた──?
 1970年、1980年、1990年、2000年のクリスマスを舞台に、10年ごとの4人が描かれる。その時代の風俗がわざとらしくなく散りばめられており、それも楽しい。会社員の初任給が3万円そこそこだったり、バブル真っ盛りだったり。20才から50才までの長い間が描かれているにも関わらず、4人の会話体に大きな変化はなく、「学生時代の友だちに会うと、学生に戻ってしまう」というのがそのまんま出ている気がして、だけど話の内容はその時代のその年齢のそれだったりして、それもまたリアル。
 死んでしまったあの男は何だったのか? どうしてあんな大金を持っていたのか? どうして身元が分かるようなものを持っていなかったのか? どうしてあんなチグハグな服装をしていたのか? そんな謎がいっさい解かれないまま、「死んだ筈の男が10年ごとの同じ日に4人の前に現れる」という不可解な現象が続く。実際、何も解かれないまま、どんどん謎が積み重なっていくので、その吸引力と言ったら。
 最終章になって一気呵成に《真相》が明るみに出るのだが、《真相》それ自体は、正直言ってなんら新味のあるものではない。むしろ、手慣れた読者なら、けっこう早い段階で(第2章くらいで)見当がついて然るべきネタと言えよう。無論、詳細を見切ることなど出来ようもないが「あ、これって、あのパターンなのでは?」というあたりは簡単に想像できるのだ。っていうか、想像できるように書いてある。ポイントはその《真相》ではなく、それに直面した4人の行動であり、その行動が呼び起こす精神的なカオスであることは論をまたない。ああいうラストになった結果、そこにはまた新たな物語が始まるのだから……。
 ただ、ふと思ったのだけれど。こういう話って、理に落ちた解決が示される謎解きミステリなのか、それともSFなのかという見極めを、読者はどこかでやらなければならないよね。それに失敗すると「はぁ?」ってなことになりかねない。 (02.7.13)
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本格ミステリ02・本格ミステリ作家クラブ(講談社ノベルス)

 厚! 殊能将之の密室本「樒/榁」と並べてみると、かなり笑える。そんなことはともかく。
 本格ミステリ作家クラブが贈る「年鑑」2冊目である。良いなあ、と思うのは、単行本未収録の作品ばかりで編まれていることだ。手にしたアンソロジーが既に読んだものばっかりだった、てのはホントに興ざめだもの。その点では、編む側は実に大変だろうとは思うが、このスタンスを今後も是非続けて頂きたい。
 収録されてるのは、小説が17作、漫画1作、評論3作。小説だけをとってみても、バラエティに富んだ顔ぶれである。有栖川有栖・折原一・霞流一・倉阪鬼一郎・柄刀一・若竹七海・鯨統一郎(今気づいたが、ここまでで7人中6人の名前に数字が入ってるぞ)・西澤保彦・芦辺拓・倉知淳・菅浩江・伊井圭・大倉崇裕・麻耶雄嵩・物集高音・山田正紀・加納朋子という錚々たるラインナップだ。
 こうしてみると、揚子江並に幅が広くなってしまった「ミステリ」というジャンルから、「本格ミステリ」という狭義の一分野が独立して編んだアンソロジーなのに、その中にもかなりの幅があることが分かる。クラシカルな謎解き、ホラーじみたもの、叙述トリック、日常の謎、などなど……。だからこそ、いろいろな趣味嗜好の「本格ミステリファン」が満足できるのだろうけど。
 あたしが最も気に入ったのは、【英雄と皇帝】(菅浩江)。ピアノ講師の女性を主人公とした、いわゆる《日常の謎》系統の作品だが、実にエレガント。と同時に、これだけでは終わらないぞという連作特有の《引き》もある。ああ、これ、はやく単行本にならないかなあ。
 それと【闇ニ笑フ】(倉知淳)もいい。これも《日常の謎》だが、シンプルな謎にシャープな謎解き。見せ方が巧く、本格ミステリ本来の「膝を打つ快感」が堪能できる。
 以上の二つがベスト2だが、他にも【やさしい死神】(大倉崇裕)のテンポのよさ、【交換炒飯】(若竹七海)の底知れぬ悪意の恐怖、【通り雨】(伊井圭)の映像的な描写など、印象に残る作品は多い。 (02.7.14)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

作家小説・有栖川有栖(幻冬舎)

 作家をテーマにして書いた作品を集めた短編集。作品を生み出す作家の苦労が、時には面白オカシク、時にはホラーじみて、時には皮肉めいて、そして時には悲しく描かれる。
 この手の話を読むと、ときどき感じてしまうのが「これって結局、読者や書評家、編集者に対しての私憤を書いてるだけじゃないの?」ということである。ところが、この短編集にはそういう印象をあまり受けなかった。これは返って難しいことなのではなかろうか。そういう意味でも「品のある」作品集だ。
【書く機械】イマイチ冴えない作家が、編集者に連れていかれた地下室とは──うわははは、筒井康隆や清水義範にありそうなテイストだけど、最後でちゃんと救いを作るあたりはアリスっぽい。
【殺しにくるもの】謎の連続殺人。女子高生が作家にあてたファンレター。こう繋がるとは。
【締切二日前】うわあ、やられたあ。実は(大抵の読者がそうだと思うが)、読み始めてすぐに「これって、母親の死体に話しかけてるってパターンじゃないのか?良くある手だよなあ」と思っていたのだ。それが、見事にうっちゃりを喰った。う〜む、さすがに一筋縄ではいかないなあ。
【奇骨先生】老作家にインタビューにいった高校生の話。
「だれが『本』を殺すのか」を思い出した。
【サイン会の憂鬱】義理で断れなかった故郷でのサイン会。うわあ、怖いけど面白いよなあ、これって。
【作家漫才】なんだこりゃ。どちらかというと、エッセイみたいな内容だけど。
【書かないでくれます?】タクシーの運転手から聞いた話をネタに使ったら……奇妙な味の短編ってところ。
【夢物語】ここまで、皮肉ありホラーありお笑いありで書いてきた「作家の話」が、最後になってひとつのところに昇華された気分。なるほど、「これを最後に読んで」という著者の思いが良く分かる。お話を語る、ということの、なんと素晴らしいことか。作る側が魂を削って生み出すのも、そこに目を輝かせ、両腕を大きく開いて全身全霊で受けとめようとする「受け手」がいるからなのである。
(02.7.14)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

狐闇・北森鴻(講談社)

 店舗を持たない骨董商・陶子。彼女の仕事は、注文を受けた骨董を探し出し、競りなどでクライアントに変わって落札したり、どこぞで見つけた骨董を、欲しがっているクライアントに売ったりすること。旗師、と呼ばれる商売である。ところが、ある競りで入手した鏡が、持ち帰ってみると別の鏡にすり替えられたいた。すり替えられて手元にあるのは、いわくあり気な魔境。その魔鏡をめぐって、陶子に魔の手が伸びる──。
 待ちに待った
「狐罠」の続編、シリーズ第2弾! 今回は更に嬉しいおまけつき。なんとなれば、「狐罠」の陶子・硝子だけではなく、「凶笑面」の蓮丈那智と内藤三國、「孔雀狂想曲」の雅蘭堂、「花の下にて春死なむ」のビアバー・香菜里屋まで登場するのだ。ちなみにこの4作、全部にお薦めマークがついてます。つまりは、北森ワールドのオールスターキャストである。なんて豪華なの。これにミケさんとさくら婆ぁと博多の屋台探偵が入ったらどうなることやら。特に蓮丈那智と雅蘭堂は、とても大事な役どころで登場。単なるファンサービスではなく、彼らでなくてはならない理由がある、というのが良い。
 もちろん、良いのはキャスティングだけではない。内容は期待を裏切らなかった、と言えよう。待たされた甲斐があったというものだ。「魔鏡」を巡るミステリと《戦い》の物語。それは、最初からは予想もしなかった「歴史ミステリ」へと変わっていくのだ。「歴史ミステリ」は大好きなので、もうワクワクしながら読んだ。むろん、単に過去の謎を解くだけではなく、それが現代にどのような影響を与え、現代で起こった事件は何だったのかというあたりも、文句無しの冴えである。
 陶子は、強い女性である。しかし、今回のみどころは、陶子がひとりで闘うと宣言しつつも、彼女をサポートする《グループ》の面々である。そのグループってのが、先に挙げた他の北森作品のキャラクターなわけで、そうなると、その中に悪人がいないのは自明なのだ。必然的に、犯人は絞られる。それはそれで構わない。犯人は分かっていようとも、その知力がぶつかる対決は非常に読みごたえがあるし、謎が解かれていく過程には何とも言えない昂揚感があるのだから。
 どちらかというと、探偵役が不可能興味の事件の謎を解くというタイプの話ではなく、「自らの調査によって次第に明らかになっていく事実」と「犯人との対決」のリンクを楽しむタイプの話である。しかし、そこかしこに「ああ、そうか!」と膝を打つ謎解きの妙もちりばめられている。贅沢にしてエキサイティングな歴史ミステリの誕生だ。
(後日付記:そうか、これって「凶笑面」【双死神】を陶子側から書いた話なんだ! うわぁ、もっと早く気付けよ>あたし。ただ作品がリンクしてるっってだけじゃない、すっごく面白い趣向じゃないか。それに触れずに偉そうに感想を書いてたなんて、メチャクチャ恥ずかしいよぉ) (02.7.20)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

文章読本さん江・斎藤美奈子(筑摩書房)

 論客・斎藤美奈子が、古今の《文章読本》をめった斬り! やっぱこの人はコラム的なものよりも、こうして一つのテーマをじっくりと論証した長めの評論の方が数段面白く、読みごたえがある。
 俎上に載せられるのは、《文章読本》の祖とも言える、谷崎潤一郎のものから、三島由紀夫、丸谷才一、本多勝一、井上ひさしなどの有名どころはもちろんのこと、「電脳版 文章読本」「課題読書感想文おたすけブック」のような最近のハウツーもの、「ちょー日本語講座」「乙女の教室」などのパロディ(?)もの、はては「書いて愛される女になる」のような、タイトルだけだと「はぁ?」としか言い様のないものまで、実に様々。
 作文の時間にはお題目のように唱えられてきた「あるがままに書け」「感じたままを書け」という教育が果たして正しいのかどうか。文章に芸術性は必要なのか。いい文章とは、どのようなものなのか。はたして「文章読本」はホントに役に立ってるのか。などということが、さまざまな「文章読本」を章ごとに紹介しながら、論じられる。とは言っても、斎藤氏本人が「いい文章」を提示したり、何らかの結論を出しているわけではなく、古今の文章読本を比較して「あんたら言ってることがメチャクチャじゃん!」と笑いとばしているという体裁。なので、著者の信念をゴリ押しするような押し付けがましさがなく、読んでいて非常に楽しい。そして、楽しいと同時に、いろいろと考えさせられるのだ。おまけに、「文章読本が引用している引用文の引用」がたくさんあって、これを読むだけで「文章読本」を数十冊読んだような気になれる。
 特に強く首肯したのは、巷間言われている「文は人なり」という言葉について。著者は、《「文は人なり」などというのは役立たずで、本当は「文は服なり」なのだ》という。文が人を表すのではない。文は、その人の思想が纏う服に過ぎない、と。公文書の没個性ぶりや、裁判所の記録などに見られる妙な言い回しは、警察や自衛隊の「制服」みたいなものなのだから、それをあげつらって悪文だ(=ファッションセンスがない)と責めても仕方ないのだ、と。
 書かれている文章のレトリックよりも、何が書かれているかの方が大事なのは論をまたない。三島由紀夫ばりの絢爛なレトリックを駆使した文章は確かに芸術的ではあるけれど、それを町内会の回覧板に書いたら単なる変わり者だ。新聞記事の文章は確かに簡潔で分かりやすいが、それをまんま小説に応用されたのでは、読んでて面白くない。つまりは、文にも「礼式」があり、TPOがあるという当たり前のことなのである。
 その上で、この斎藤美奈子氏の文章は、実に分かりやすく読みやすく魅力的だ。この本自体が、最高の「文章読本」なのである。 (02.7.21)
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メトロポリスに死の罠を・芦辺拓(双葉社)

 短編集「死体の冷めないうちに」に登場した、大阪市の《自治警特捜》が活躍する初のシリーズ長編。
 「仮想現実の暗殺者」事件で逮捕された筈の小野瀬一雄は、次なる策略を考えていた。町をまるごと消してみよう──そしてそのターゲットに選ばれたのは、惟康市長治めるところの《大阪市》環状線の内側だった。彼が「町を消す」ためにとった手段とは。そしてそれに対抗する自治警特捜の作戦とは。
 パラレルワールドの大阪市を舞台に繰り広げられる活劇。中央集権支配から自治体に権限が移行し、「廃県置市」が行われている。ここで言う《大阪市》とは、現大阪府と、和歌山・兵庫の一部が合併したもので、地方都市としては破格の経済力・自治力を持っているわけだ。おまけに、それを倒置する惟康市長のカリスマ的リーダーシップもあって、《中央》から見た大阪市はまさに目の上のたんこぶ。当然、大阪市が独自に設けた警察組織《自治警特捜》は、中央の《警察》から見れば苦々しくて仕方がない。そういう、中央対地方の構図もテーマのひとつとなっている。
 さて、物語だが。
 少年向け探偵小説、あるいはB級冒険活劇、というのが最も近いのでは。冗漫な箇所がなく、緩急のつけかたが巧い。雑誌連載されてただけあって、毎回毎回ちゃんと盛り上がる箇所があるように書かれたんだろうな、という印象。正直言って、「町を消すってどうやるの?」とワクワクしていたのが、こういう「物理的に遮断する」ということだってのは少々がっかりしたのだが、その後次々と繰り広げられる事件やアクションに、ガッカリ感も雲散霧消。あっという間にのめりこんで、手に汗握ってページをめくった。おまけに、このエンディングでの対決シーンと言ったら! B級活劇的とは言え、「うわあ、こういうことだったのかあ!」と仰け反ってしまう「真相」は、やはり本格ミステリのそれである。すごいすごい。
 キャラクターも、「知性を備えた野獣」である仇役・小野瀬一雄と、彼を信望する美少年・御子柴悟という構図は、栗本薫描くシリウス一派の例を引くまでもなく、こういう「正義の味方対悪のヒーロー」という物語には定番の配役である。そういうあたりでも、少年向けであり活劇であり──つまりは、乱歩的なのだ。こういうの書かせると、やっぱ巧いなあこの著者は。
 ただ、個人的に少々気になったのは、そこかしこに《中央への批判》がまぶされているところである。いや、それがテーマのひとつであることは明確だし、書かれている内容はどれも首肯するものばかりなのだけれど、その表し方が……「批判」というよりも「嫌味」に近いような出し方なのよね。この設定自体が《中央への批判》になってるんだから、作中で屋上屋を架すような皮肉をそう何度も出すと、かえってスマートじゃなくなるような気がするのだ。だもんだから、そういう「批判」部分になると、それまでのワクワク感にブレーキがかかってしまう。ああいう出し方をしなくても、読者には十分伝わってると思うのだが……。 (02.7.21)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

じつは、わたくしこういうものです・クラフト・エヴィング商會(平凡社)

 出ました、一風変わったコンセプトの本を作らせたら右に出る者はいない、クラフト・エヴィング商會の最新刊(と言っても出版から半年立っちゃったけど)。今回は、架空の職業を想像し、その職業に携わっている人から「こんな仕事なんですよ」「この仕事にはこんな苦労があって」「この仕事の一番の喜びは」という話を聞くという体裁。だけど、そこはクラフト・エヴィング商會。その「架空の職業」にも、ちゃんとその人の写真があり、小道具が準備されている。
 ああもう、これがすっごくステキなのよ。ファンタジー、と言ってもいいくらい。紹介されている職業が、なんといってもロマンチック。月の光を配達してくれる《月光密売人》、迷ったときにズバリ選択してくれる《選択士》、ワインボトルのコルクを修復する《コルク・レスキュー隊》、大事な時間を箱に入れて保存してくれる《時間管理人》などなど。
 あたしが最も好きなのは、何かがひらめいた時に頭の上に出る電球(笑)を交換する《ひらめき電球交換人》。使いすぎると電球が切れてしまうので、それを交換するんだって。それから《シチュー当番》もステキ。冬の間だけ営業する「冬眠図書館」で食べられる美味しいシチュー。そのシチューを作っている図書館の司書さんなのだ。この図書館がねえ……実在するなら是非、常連になりたいってくらいステキなの。夏の間に一生懸命働いて、冬になったら読む本を図書館に預けておく。そして冬になると、自分が預けた本はもとより、そこにある本を読んで過ごす……だったら架空の職業は「冬眠図書館の司書」でも良さそうなもんなのに、そこを敢えて「図書館で食べられるシチューの当番」にしたところが、これはもう華麗なるファンタジーよ!
 驚くのは、それぞれの職業人の写真が、「もう、この人しかいない!」というくらいハマっているということ。ちゃんと最後に、写真で登場した人々の正体は明かされるんだけど──クラフト・エヴィング商會の関係者や出版社の人が多い──でも、たとえ正体を聞いたとしても、「違う! この人は筑摩書房の元編集者なんかじゃないわ、絶対に月光密売人よ!」「ええっ、この人ホントはアート・ディレクターなのお? 《白シャツ工房》の方が絶対に似合ってるのにぃ」などと思ってしまうくらい、ハマっているのだ。
 もしも、自分が何か《架空の職業》につくことができるなら、どんな仕事がいいかな……という夢想が膨らむ。果たして、自分はその職業につくだけの「気持ち」を備えているかしら、と考え込んだりもする。想像が想像を読んで、これ1冊で何時間も楽しめる。とってもステキな時間をプレゼントしてくれる1冊。 (02.7.25)
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