お厚いのがお好き?


臨機応答・変問自在2・森博嗣(集英社新書)

 「臨機応答・変問自在」に続くパート2。前作は、助教授・森先生が自らの講義で学生に課している《質問》と、それに対する自らの《答》を載せたものだったが、今回は一般読者を対象に《質問》を公募したもの。
 ノリとしてはパート1と同じなのだけれど、今回はちょっと変わった楽しみ方ができた。言うまでもなく、このシリーズは、質問の答を期待するものではなく、森博嗣という教官(或いは作家)の思考パターンを味わうところにこそ面白味がある。パート1でそれを堪能した読者は、パート2で、「お、こういう質問には、きっと《定義返し》で来るぞ」とか「あ、これは答の前に文章をつっこまれるだろうな」とか「こういう一般論を問うような質問には、斜めから返すんだよな」など、《答を予想》しながら読めるのだ。クイズ本のような面白さが味わえる、と言ってもいいだろう。当たった時は素直に嬉しいし、想像の埒外の答が出たときには「そう来たか!」と膝を打つし。もちろん、真っ当に答えてるのもたくさん(パート1に比べると、比率としてはかなり多いのでは)あって、ぷぷっと笑ったり「ふんふん」と頷いたり。
 今回は、質問を出した読者の方が、「狙いすぎ」のものがあったり予防線を張ったりしてるのがあって、そこは逆に興ざめしてしまった。寧ろ、「森先生、歌は得意ですか?」みたいな、普通の質問の方が(答も含めて)面白く読めたかも。ミステリ関連の質疑応答には、目からウロコの答や「なるほどね」と思える答がたくさんあって、なかなかに興味深い。笑ったのは、「ご自分を戦闘機に例えると何でしょうか」という質問に対する答や、「先生の秘密を教えて下さい」に対する答かな。
 蛇足ながら、「腿に頭を乗せるのに、なぜ膝枕なのか」という質問があったけど、これは腿の部分までホントは「膝」という部位だからです。一般に「膝」と読んでる箇所は、正確には「膝頭」なのね。 (02.10.14)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

蓬莱洞の研究〜私立伝奇学園高等学校民俗研究会その1・田中啓文(講談社ノベルス)

 ぶわっはっはっは、く、く、くだらねええええ!(←誉め言葉)
 あたしはこれを待ってたのよ。田中作品は、ホラーも面白いしSFも読ませる。ミステリだってもちろんレベルは高い。でも、そんなものより(そんなもの?)、あたしはやっぱりこの手の駄洒落モノを待ってたのよお。そんなこと言われて作者が喜ぶかどうかは疑問だが、少なくともあたしはこれを待ってたのよ。
 と言っても、もちろん駄洒落だけの作品ではありません。伝奇ものであり、学園ミステリでもある。私立伝奇学園(おいおい)に入学した諸星比夏留(父親の名前は諸星弾次郎<おいおい)は、ブラスバンド部に入ろうと部室を捜していた。ところが、間違って民俗研究会に入ってしまう。そこでは、学内にある「常世の森」で起こった事件が話題になっており……。
 もう、小ネタ炸裂。ばかばかしいまでのキャラ設定にも笑えるが、そこここに散りばめられた微妙なパロディや駄洒落が、あたしの心を掴んで放さない(笑)。伝奇ミステリなので、一般的に理に落ちた解決というのとはチト違うのだが、それでも特殊設定の中のルールに則った本格であることに間違いがない。と言っても、そんなところに着眼して読む人はいないだろうけどね。それより駄洒落よお好み焼きよ古武道《独楽》よ。わはは。
【蓬莱洞の研究】常世の森で行方不明になった生徒たちは、皆、妙なメールを受信していた。メールの発信者《シーナ》とは何者か。そして生徒たちは──。あああ、99ページ下段の最後を見た瞬間、体中の骨が軟骨になるほどの脱力感が(笑)。
【大南無阿見洞の研究】文化祭でお好み焼きを焼くことになった比夏留だが、どうも様子がおかしい……。これね、絶対にあたしが見落としてる駄洒落があのあたりに潜んでる筈なのよ。<着眼点が違うだろ。
【黒洞の研究】民俗研究会が合宿で出かけた先の旅館で起こった連続殺人。オシラ様の祟りなのか? 凶器にまつわる推理は、思わず腰くだけになるくだらなさ(誉め言葉)。なんせ謎解きが殆ど全部駄洒落なのよ! 前代未聞だ!<当たり前です。
(02.10.15)
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魔神の遊戯・島田荘司(文藝春秋)

 ロドニー・ラーヒムは精神的に問題があるとされ、長年施設で過ごしてきたが、ある時、天啓を受けたかのように絵筆をとった。彼が描くのは風景画。キャノンという村だという。そんな村はイギリスには存在しないので、人々は「架空の村だろう」と考えていた。ところが、まさに彼の描く風景通りの村が実在したのである。そして、その村では、おそるべき事件が起こりつつあった……。《未来》を予言したかのような絵はなぜ描かれたのか、猟奇的な連続殺人はなぜ起こったのか。御手洗潔シリーズ。
 いやあ、やはり根本的なところで、この著者はストーリーテリングが抜群に巧いのだと思う。だって、事件が起きるまでの前振りは決して短くないのに、まったく飽きさせないのだから。そして一旦事件が起こったら最後、そのすさまじさと言ったら! いきなり、死体の首が犬の胴体に縫い合わされての登場だあ。うげえ。
 実はこの時点で、読者の手元にはかなりの手札が揃っている。だもんだから、登場人物は誰も気づいてないけど、読者は分かっているという状態で──つまりは、倒叙モノを読むかのようなノリで進めるわけだ。もちろん、全部が分かっているわけではく不可能興味はたくさんあるし、そのままスンナリ行くほど甘くはないのだけれど、それでも多少の優越感とともにワクワクしながらドラマを楽しめるのだ。
 そして、終盤に差し掛かり──うわあ、ビックリしたあ! いや、決して目新しい手法ではないのだけれど、ストーリーテリングが巧いせいで見事に背負い投げを食らわされた。そして、《真実》が明らかになったとき。えもいわれぬ衝撃を受けたのである。くどくどと説明するのではなく、《それ》を見れば、全ての謎が一目瞭然という、その、構成としての美しさ。そして、その《それ》が持っている、なんとも言えない悲しさと切なさと鋭さと──そして、絵としての美しさ。
 畢竟、これは「美しいミステリ」なのだと思う。これほどまでに残酷で猟奇的な殺人を描いたその結末が、冷たいまでに美しい、とあるシーンによって、一枚の絵に仕上がる。それまで読者や登場人物が頭の中で構築してきた絵が一転して崩れ、そこに前よりもっと美しい絵が現れる、その快感と感動。それを本格ミステリの醍醐味と呼ぶなら、ここには明らかに、その醍醐味が存在するのである。 (02.10.16)
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Vヴィレッジの殺人・柴田よしき(祥伝社文庫)

 山梨県自治郡V村は、政府からも認められた《ヴァンパイアたちの村》である。そこに、自殺願望の人間や不死を願う人間が不法侵入するという事件は後を絶たない。「息子がV村に行ってしまったらしい、探し出してくれ」という依頼を受けた私立探偵・メグはV村へ乗り込む。彼女はV村出身者なのだ。そして彼女は、そこで何とも不可解な事件に遭遇した──。
 祥伝社400円文庫「競作・吸血鬼」のひとつ。吸血鬼のもつホラーな部分はバッサリと切って捨て、特殊状況での本格というスタンスに徹している。大きな十字架を胸に打たれた死体。死体はあっと言う間に風化したので、被害者は吸血鬼であることがわかる。しかし、加害者は? 加害者が吸血鬼なら、こんな十字架を凶器に使える筈がない。ということは、一般の人間が犯人なのか? しかし現場の周囲には吸血蝙蝠がたくさんいて、一般の人間は近寄ることもできない──うわあ、けっこうワクワクする不可能興味じゃありませんこと?
 V村出身者というメグの造形がまず面白い。どうして彼女がV村を出奔したかというと、嫁・姑問題だってんだから笑える。折り合いが悪かった原因が吸血鬼ならではの理由ってのがまた面白いのだ。おまけにV村の餃子屋には大蒜が入ってないとか、特産物はトマトジュースだとか、そういう細かい設定が楽しいのよね。
 謎解きそのものも、とっても綺麗で、巧いのだけれど。ただ、謎解きのヒントになったとある昔話ってのは、あまりに出し方が露骨なのだ。謎解き直前になって、ヒント──というよりも、そのまんま答と言ってもいいような《伝説》がいきなり出てくる。構成としては、すごく不自然なのよね。トリックそのものはとっても巧いし膝を打つものなんだから、この《伝説》を、もっと違う段階でさり気なく出してくれてたら、驚けたのになあ……。そこ以外は、キャラも物語も設定も小技もエピソードも、ホントに良くできた話なんだもの。もったいない。 (02.10.17)
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トキオ・東野圭吾(講談社)

 宮本夫妻は、今まさに、息子・トキオの死に立ち会おうとしていた。長年、難病で苦しんできた息子だった。病気の遺伝があることを知りながら出産した自分を責める妻。そんな妻に、宮本はある昔話をする。「俺は昔、あいつに会ってるんだ」──宮本が23才、独身の頃、彼の前に突然現れた青年は、のちに彼の息子として生まれるトキオだったのだ……。
 一種のタイムトラベルものである。放蕩の限りを尽くすいい加減な若者・宮本の前に、ある日突然現れた謎の青年。青年は宮本の放蕩を諌め、彼が疎んじていた産みの母親に会わせようとした。誰にも話していない筈の出生の秘密を知っていた青年を、宮本は母親が寄こした使いだと思いこむ。
 ここ最近の東野作品の系譜で言えば、
「秘密」に連なる路線と言える。設定の妙と読み易さでぐいぐい引っ張って飽きさせないのは、さすがだ。しかし、同時に物足りなさも覚えてしまう。他の作者がこれを書いたのなら「おお、すげえ」と素直に思えたかもしれないが、なんせ天下の東野圭吾なのだ。「秘密」「白夜行」「片想い」に続く文芸路線の作品として見ると、驚くくらい真っ当でストレート。ラスト近くでは、やはりジーンとはするものの、それでも、どうにも食い足り無さが残る……というのは、ファンの贅沢な要望、単なる我侭なのかなあ。でも、東野作品にしては、あまりにもヒネリがない。結末でのサプライズもない。無論、「分かり切ってる展開なのにやっぱり泣いちゃう」的な良さはあるのだけれど、でもそれって東野圭吾に求めているものとはチト違う。なんだか浅田次郎が書きそうな話なのよね、これ。でも、その場合はもっと泣かせが入るだろうけど。
 若い自分の宮本に、どうにも感情移入できなかったのも入り込めなかった一因か。だって、この男、すっげえ腹立たない?(笑) 恋人にお金たかって、恋人が世話をしてくれた仕事の面接もすっぽかして、それで開き直って「こつこつ働くのはしょうに合わない、俺はもっとでっかいことがやりたいんだ」なんて言う男。うわあ、やだやだ。こういう男の視点で物語が進むもんだから、もう、読んでてイライラして(笑)。
 いずれにせよ、文芸書として充分高いレベルをクリアしてることは間違いないのだ。でもファンってものは、自分勝手なまでに貪欲なものなのよ。 (02.10.18)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

コールドゲーム・荻原浩(講談社)

 高校三年の夏。最後の甲子園挑戦も夢破れ、かと言って受験勉強も始める気にならずにいた光也のところに、中学時代の同級生であり幼なじみの亮太から呼び出しがかかった。中学2年のときのクラスメイトの身に、不可解な事件が連続して起きているのだと言う。事件の前には予告状めいたメールや手紙が届くらしい。亮太は、中学2年の時にクラスの殆どのメンバーから《いじめ》られていたトロ吉の仕返しに違いない、と言うのだが……。
 デビュー以来、一貫してコメディ路線のホノボノ話を書いてきた著者。
「誘拐ラプソディ」「ハードボイルド・エッグ」のようなミステリタッチのものもあるが、いずれもコメディの要素が強かった。しかし、今回は違う。「噂」に続く、2冊目のシリアス・ミステリーだ。
 犯人は分かっているのに、大人や警察に訴えることができない。なぜなら、「仕返しされる」に足る「身に覚え」があるから。大人に泣きついたとき、或いはマスコミに知れたとき、悪者にされるのはトロ吉ではなく自分たちだから。「俺、あいつを虐めたことなんかないよ」という者ですら、眼前で繰り広げられるいじめを止めなかったという事実に苛まれる。
 虐められていた者が、力を持つという構図。これはある意味、読み手にとってもカタルシスを伴う設定である。トロ吉には、こいつらに仕返しする正当な理由がある、こいつらが怯えるのもいい気味だ、やっちゃえやっちゃえ──どこかそんな気持ちを抱きながら読んでいた。しかし、次第にエスカレートする仕返しに、次第に「やられる側」へと意識がシフトする。それはつまり、虐めていた者が、虐められる側に完全にシフトしてしまったことを意味するのだ。
 また、変わったのは、虐められていたトロ吉だけではない。クラスきっての悪だった亮太は、何度も補導されながらも、18にして所帯を持とうとしていた。中学時代、トロ吉と唯一交際のあった堀井は、ひきこもりになっていた。クラスの女王として振る舞っていた香織は、クスリにはまってプチ家出。俳優を目指す者、就職が決まって保身に走る者、常に優等生の委員長。クラスメイトの一人一人がなおざりにされず、きちんと書き込まれていることが、物語に厚みとリアリティを与えている。
 結末は、あまりに激しく、そして切ない。クライマックスは息が止まる。最後まで読めば、実はちゃんと伏線も張られていたミステリ小説だったことが分かるのだが、読んでる最中は、そんなジャンルなんか何でもいいと思えるほどの、圧倒的なストーリー。これは、お薦めだ。 (02.10.19)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

凍るタナトス・柄刀一(文藝春秋)

 死亡と同時に遺体を冷凍し、脳のニューロンを損なわないままにすれば、医学が進歩した未来に蘇生できる──そんな技術が確立され、希望者は処置を受けられるような法整備もなされた。そのシステムを一手に賄うのはクライオニクス財団。ところが、余命僅かで入院中だったその財団の設立者が、何者かの手によって殺害された。直ちに冷凍保存の措置がとられたが──。
 近未来SFのような設定だが、実際は「生き続けられる選択肢があるのなら、それを利用しないでいられるか」という極めて普遍的なテーマを孕んでいる。それが端的に表されているのが、主人公とも言える刑事の造形である。不幸な生い立ち、ようやく巡り会えた伴侶と築いた暖かな家庭。しかし一人娘は、臓器移植しか生きる道のない難病に冒されていた……。そのような事情を持つ刑事が《難病でも、その病気を治療できるほど医学が発達した時代に蘇生させることができる》というのを生業とする財団での事件に立ち向かうのである。
 正直なところ、警察側の人物がかなり厚く書き込まれているのに対し、それ以外の人物が妙に類型的で顔が見えず、今一つ物語に入り込めなかった部分がある。《手配師》のくだりはサスペンス(或いは冒険小説)のような風合いが強いし、国会議員やその周辺にまで捜査の手を伸ばす描写は、硬派の社会派っぽさもある。おまけに設定はSFっぽい。そのあたりが、印象が一本化しなかった原因かも。そもそも主人公が一癖も二癖もある刑事だというあたりで、すでに《本格ミステリの持つパズル的稚気》は、あまり感じられない。最後になれば、「やっぱバリバリの本格だあ」と唸ってしまうが、この《謎解き》は、ラストで主人公がああいう行動をとるための「理由」もしくは「きっかけ」に過ぎない気がする。つまりは、謎解きが小説の中でちゃんと意味を持っているということで、そこは好きなのだけれどね。
 連続殺人、アリバイ崩し、バラバラ死体など、本格ミステリとしてのお題目はふんだんにある。がしかし、この刑事のおかれた環境と、刑事の心理変化がこの物語の眼目であることは明らかだろう。 (02.10.20)
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触身仏〜蓮丈那智フィールドノートII・北森鴻(新潮社)

 「凶笑面」に続く、蓮丈那智民俗学シリーズ第2弾。今回は前にも増して、業界ならではの知識無しには解けようのない謎が多い。これは、例えば東野圭吾の「探偵ガリレオ」と同じで、知っている人には自明のことだが知らない人には解説されても分からない、という危険を孕んでいると言えよう。しかし、「そんな専門知識、わかんねーよ!」と思わせず、「へぇ、そうなんだぁ」と感心させ、民俗学そのものに興味を持たされてしまうあたりは、やはり著者の手腕なのだろう。
 尚、今回のみどころの一つは、「狐闇」で展開された《北森鴻ワールド》のクロスオーバーが、ちらほら垣間見えるところ。《税所コレクション》なる言葉や、蓮丈と三國が待ち合わせに使うビア・バーなど、北森読者が思わずニヤリとしてしまうシーンがある。そう言えば、このビア・バーやあの女性は、「凶笑面」にもチラっと出てきてたよね。
 もうひとつのみどころは──《狐目の男》が、存外いいヤツで、おまけに大活躍!
【秘供養】五百羅漢が、供養しにくい場所に風化しやすい石で掘られた理由は何か。殺人事件の謎解きより、この民族学的謎の解明に膝を打った。
【大黒闇】学内サークルで行われている新興宗教に帰依した学生が死を遂げたが──これは《業界用語》だもんなあ。ちょっと分からない。三國を頼る女子学生の変貌が怖い。
【死満瓊】死体が飲み込んでいた曲玉は何を意味するのか? 狐目の男、大活躍。
【触身仏】生きたまま木乃伊になるという即身仏が奉られていると聞き、見に出かけた蓮丈と三國は──。何が怖いって、扉の絵が一番怖い(笑)。
【御陰講】三國の論文を手伝ってくれた新しい助手を巡る事件。これも事件の謎解きより、わらしべ長者の成り立ちの方が面白かった。
(02.10.22)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

沙高楼綺譚・浅田次郎(徳間書店)

 とある高層ビルの最上階。「沙高楼」と呼ばれるラウンジに集まる人々は、順に「誰にも言えない、墓の中まで持っていくしかない秘密」を語る。語ったことは、その場限りで皆忘れるというルール。女主人は言う。「けっして口になさることのなかった貴重なご経験を、心ゆくまでお話し下さいまし。──お話しになられる方は、虚構や飾りを申されますな。お聞きになられる方は、夢にも他言なさいますな。あるべきようを語り、巌のように胸に蔵うことが、この会合の掟なのです──」
 そこで、順に話される「秘密」を、一話ずつの短編にしたのがこの本。
【小鍛冶】刀剣の鑑定家が出会った、《本家を凌ぐ贋作》の話。滋味豊かで、しっとりした風合いのある静かな佳作。ただ、全般に、これまでの浅田次郎の本に比べると、ケレンが少ないような気がする。もっとブチあげてくれてもいいのに。
【糸電話】小学校の同級生だった凛ちゃん。ところが、転校してからも何年かに一度、出会ってしまう──。う〜ん、怖さという点ではチト物足りない。もう一歩先に行って欲しかったのだけれど。
【立花新兵衛只今罷越候】幕末の池田屋事件を描いた映画を撮っている最中。エキストラの中に見知らぬ男がいて……。男の「正体」は、読者は皆分かっているのに、その場の人達がなかなか気づかないのが返って不自然なような。でも、こういう話をかかせると実に巧い。
【百年の庭】ガーデナーとして著名な音羽妙子の話す番だが、彼女はいない。どうして来ないのか? 音羽に変わって、彼女の老庭番が語り出す──。うわあ、これ、乃南アサとか今邑彩とかが書きそう。いや、そうしたらミステリ的にもっと凝った構成にするかな?
【雨の夜の刺客】今や三千人もの傘下を持つ、ヤクザの大親分となった辰。しかしヤクザとしての第一歩は──。ああ、これよこれ! イチオシ。浅田次郎ならではの世界。それは別にヤクザの世界だからというのではなく、こういう《男》を書かせると、ホントに巧いのよ。
(02.10.23)
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館という名の楽園で・歌野晶午(祥伝社文庫)

 学生時代、探偵小説研究会のメンバーだった4人が、卒業後20年以上経ってから再会した。場所は三星館。「奇妙な殺人事件は、奇妙な構造の館で起こるの定説」という、当時のメンバー・冬木からの招待だった。そこでメンバーは、とあるゲームをやることになる。あらかじめ決められたシナリオ通りにミステリ劇を演じ、犯人を推理しようとするゲームだったが──。
 今回出版された祥伝社400円文庫の中では、(あたしが読んだ中では)屈指の出来ではなかろうか。予めルールの決められた舞台設定。奇妙な構造を持つ屋敷。その屋敷にまつわる伝説。「あ、ここが怪しい!」と、思わず脳内にメモを取りながら読んでしまうような、そんな趣向と仕掛けに満ちた「いかにも!」なパズラーである。
 実は、読んでる途中で「見切った!」と思ったのよね。あたしは(反転)中央の大広間が回転して、3つの塔の場所が入れ替わるという仕掛けだと思ったのよ(笑)。もう、謎解きされるまで、そうに違いないと自信を持ってたんだけどなあ。いやあ、剛腕・島田荘司あたりだと、そういうトリックもありだと思うんだけど、さすがにそこまでの大技バカトリックは使わなかったか。うわははは。で、そういう推理をしながら読んだのだけれど、いやあ、参りました。なるほど、こっちの方がキレイだし実現性も高いわ。(反転)Mの塔は、実は存在しないというところまでは合ってたんだけどなあ。そこから先は、みごとに1本とられました。完敗だあ。
 いろいろな伏線が実に上手に張られていて、思わぬところにキレイにヒントが隠されていたりするあたり、謎解きパズラーの醍醐味と言えよう。これはキレイ。おまけにフェアプレイ。作者相手に真っ向勝負ができる。で、負ける。わはは。
 そこまでパズラーとして完成させておきながら、最後が妙に切ないってのも、これまたしてやられたという感じ。何もこんなラストにしなくても……。でも、これがあったからこそ、設定自体に説得力が出たのも事実。これがないと、「いくらミステリマニアだからって、ここまではしないでしょ。設定自体にリアリティがないよ」という印象を持ってしまったと思うのよね。そういう意味でも、全体に無理のない佳作。 (02.10.25)
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