お厚いのがお好き?


金田一耕助に捧ぐ九つの狂想曲・京極夏彦(他)(角川書店)

【無題】京極夏彦:歩いている途中、眩暈を感じて座り込んだ、その時に出会った老人は──。なんということもないワンシーンをここまで読ませてくれるのは筆力あってこそ。でもこれ、「陰魔羅鬼」の一節なの?
【キンダイチ先生の推理】有栖川有栖:電話ボックスの中で何やら一方的に喋る男──。金田一でなくてもいいじゃん、という気もするのだけれど、あたしの未読の金田一作品が何か下敷きになってるのかな?
【愛の遠近法的倒錯】小川勝己:ある村で起こった陰惨な連続殺人事件。2軒の家の対立は何を意味するのか?──ああ、これ面白い。そのまんま横溝正史、金田一耕助の世界を読んでいる気分。《金田一耕助に捧ぐ》というテーマに真っ正面から向き合ってる作品。
【ナマ猫邸事件】北森鴻:タイトルを見ただけで「黒猫亭」のパロディだとすぐわかる。遊んでるなあ、という印象。こういう、例えば折原一描く黒星警部を想起させるような「タチの悪いミステリマニアの刑事」っていうキャラ造形は、あたしの最も苦手とするところなので、チト辛かった。
【月光座〜金田一耕助へのオマージュ】栗本薫:良くも悪くも栗本薫だ伊集院大介だ。伊集院大介じゃなくて栗本薫がしゃべってるよ(笑)。でも、ここで言及されている金田一耕助の事件、あたし未読なんですけど。力一杯ネタバレされちゃったような。しくしく。
【鳥辺野の午後】柴田よしき:大学時代、劣等感を刺戟する存在だった同級生と、再びあいまみえ……。う〜ん、なんかスッキリしないなあ。
【雪花 散り花】菅浩江:京都に住む学生三人──金・田・一の三人が始めた探偵事務所。事件も物語も著者らしく、風情とサスペンスの両立はさすが。でもこれ、有栖川作品同様、金田一である必要はあまり感じないのだが……。何か下敷きになった話があるのかな。
【松竹梅】服部まゆみ:風邪を引いた金田一耕助、訪れた病院の院長から歌舞伎のチケットをもらったのだが……。これも老境となった「その後の金田一」が登場するパターンだが、雰囲気が実に自然。よくよく考えるとけっこう無茶なトリックだけど、「わーい、今の金田一だぁ、轟警部だぁ」と素直に読めてしまう。
【闇夜にカラスが散歩する】赤川次郎:どっか微妙にアンフェアな気がするんだけどなあ。それに、これも金田一でなきゃならない理由が薄いし。
(02.10.26)
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声が聞こえたで始まる七つのミステリー・小森香折(アリス館)

 児童向けにかかれた短編集。どれも「声が聞こえた」という一文から始まっている。「ノックの音が」みたいなもんですね。中身はミステリーというよりも、《ちょっと不思議な話》というものが多い。ホラー、あるいはファンタジー、またはソフトなSFと言った感じか。シンプルなものが多いけれど、でも、児童が読むとかなりワクワクしたり驚いたりするんじゃないかな。朝倉めぐみさんのイラストもよく合っている。
【呼んだのは誰?】主人公の少年が《冒険》をした後の描写が、実にハッピーでニコニコしてしまう。似たようなテーマのSFは多いけれど、やっぱシンプル&ハッピーが一番よね。
【ウは噂のウ】子供社会の描写が、なんだか大人社会みたいで、でもホントにありそうで。ラストシーンはかなり後をひく。
【ワンダフル・ライフ】収録されてる中で、唯一にしてバリバリの本格ミステリ。児童向けに、こんなの載せますか! でも、子供は驚くだろうなあ、これ。
【僕とシャベリータ】よくある題材だけれど、後半の展開が巧い。
【もとむ・座敷わらし】現代の家庭に甦った座敷わらし。ラストのお父さんとの会話は、意外にしてオミゴト! この短編集の白眉と言ってもいいくらい。
【メリーゴーラウンドに乗って】姪のお守りで遊園地に行ったら、突然少年に戻ってしまった男性の話。ラストでメリーゴーランドに乗るシーンはステキだなあ。
【向こうの国の電車】うわあ、これってもっと膨らませて、ジブリで映画にして欲しいような作品。読み終わって眼前に広がるのは、一面の桜の映像だ。
(02.10.28)
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延長戦に入りました・奥田英朗(幻冬舎)

 ぶわははははっ! 「最悪」「邪魔」のような硬派な社会派小説で知られる著者が、作家デビューする前にMONOマガジンで連載していたスポーツお笑いエッセイ。これがメチャクチャ面白い。何度ぷぷっと吹き出したことか。著者には他に「ウランバーナの森」のようなファンタジックな話や、「東京物語」のような小林信彦ばりのノスタルジック青春ノベルもあり、実に作品の幅の広い人だなあと思っていたのだが、エッセイがこんなに面白いなんて!
 なんせ著者自ら後書きで「『最悪』『邪魔』の隣りに本書が並ぶというのも、内心忸怩たる思いがある」「マジメな人にとって本書は、落とし穴のような本である。その代わり、冗談の通じる人には最良の爆笑本であると信じている」と書いているくらいなのだから。あ、そうだ、東野圭吾の「あの頃ぼくらはアホでした」を、スポーツネタに特化したら、まさにこの本みたいになるんじゃないかな。それほど面白い。
 レスリングのユニフォームは、乳首を出すのか出さないのかハッキリしろ。
 ノルディック複合は、2種目で複合などと言ってはいけない。フィギュアスケートとか、いっそのこと勉強のテストなども入れたらどうだ。そこまでいくなら、お裁縫も入れろ。体力・知力・生活能力が揃って初めて『複合』じゃないか。
 スピードスケートのスタートはエリマキトカゲみたいで格好悪い。
 などなど、面白いネタを書いていてはキリがない程。スポーツ好きな人だけをターゲットにしているのではない。寧ろ、無知なところから「このスポーツって、どうしてこうなの?」というツッコミが多く、スポーツにあまり興味のない人でも思わず笑ってしまえるような作りになっている。
 とにかく面白いぞお。あたしは高校野球地区予選のスコアの話で、10分笑いが止まらなかったわよ。 (02.10.26)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

シルヴィウス・サークル・迫光(東京創元社)

 1930年代の東京。二人の女性先鋭的芸術家、通称『さかしまの娘』が世間の話題を浚っていた。『さかしまの娘』は、死ぬ直前に見るという走馬燈をイメージし、シートが回転しながら上昇する『プルーストマシン』を造る。上昇の途中で、周囲に描かれた様々な絵が走馬燈のように見られるという仕組みだ。そして、『娘』の片割れ、葉子自らそのマシンに乗り、上昇。ところが、降りてきた葉子の胸には銃で撃たれた痕があり、既に彼女は息絶えていた──。回りながら上昇・加工するエレベータ。衆人環視の中で、彼女はどうして殺されたのか? 高等遊民探偵・神野怜弐が謎に挑む。
 もう、派手で話題の女性コンビというだけで、『さかしまの娘』の脳内イメージが叶姉妹に固定されてしまった(笑)。イメージとしては決して間違ってないと思うのだけどもね。
 とにかく、初手から独自の物語世界を構築する手腕に長けていると言えよう。1930年代あたりを舞台にした物語は多く、中でもこういう『ハイカラ』な部分に焦点を当てたものは珍しくはないけれど、それでもすっぱり見事に当時の社会情勢や卑近な生活描写は無視して、ゴシック的絢爛さや『モダン』だけを前面に押し出している。かなり軍靴の音が高くなっていた時代の筈なのだけれど、そこを敢えて描かなかったことで、全体を大きなロマンで覆うことに成功した例だ。まぁ、好き嫌いはあるだろうけれど。
 ただ、そのロマンが時としてかなり厚いベールになり、読者が読者として事件そのものに入り込むことを拒否されてるように思える部分がある。読者が物語世界に没頭するというよりも、薄皮一枚通した向こうで演じられる会話を、ぼーっと聞いているだけのような読書になってしまうのだ。そのため、構成上の緩急やメリハリに乏しくなっている観は否めない。読者はどこにいればいいの?と思ってしまうのだ。
 幻想的なら幻想的でいいのだが、も少し読者が世界に入れる余地があるといいなあ。すごく「書ける人」だと思うし。 (02.10.27)
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写本室の迷宮・後藤均(東京創元社)

 大学で教鞭を執る主人公は、旅先のチューリッヒの小さな画廊で、気になる絵をみつけた。日本人画家のものだが、他の作品とタッチが違う。店の主に聞いたところ、主はとある手紙を持ってきた。画家から、この絵に興味を持った日本人が来たら渡してくれと言われていたという。中身は、とある殺人事件について書かれた手記だった。手記の中には更に推理小説が入っており──。三層構造の入れ子式によって書かれた、鮎川哲也賞受賞作。
 誤解を恐れずに書いてしまえば、途中まではメチャクチャ面白い。旅先で偶然見つけた絵、そこから手にした不可解な手記。手記で語られているのは、戦後間もない頃、雪の中で遭難しかけた執筆者が助けを乞うた館には、ミステリマニアたちが集まっていた一夜のこと。メンバーの一人が書いたミステリの犯人当てを皆で行うという。戦争のために中断していたこの集まりも、戦争が終わって再会したのだとか。そこに混ぜてもらった執筆者だが、当然、この雪の館で事件が起こるわけだ。そしてその事件を解決するには、前夜、皆に配られた『イギリス靴の謎──問題編』を解くことが不可欠で──うわあ、わくわく。『イギリス靴の謎』について、メンバーが順に推理を述べるシーンなどは、さながら毒入りチョコレート事件。
 でも、でもね……こういう解決、あんまりキレイとは言いがたいんじゃなかろうか。おまけにクリアされない部分もかなり多い。で、そこには目を瞑ったとしても(瞑りたくないけどさ)。その外側にある手記の中の事件に関しては……いかんせん、ムリヤリの観が強い。まあ、本格パズラーならではの稚気ということで、納得できなくはないけど。
 そして何より、最も外側の「謎」については。そういう事情があったにしても、普通、そんなことしないでしょ、と突っ込みたくなるのよね。リアリズム云々なんてことは言わないけれど、これだけの手間暇を掛けるのなら、「いくらめんどくさくても、この方法をとるしかなかった」ことを読者に納得させてもらわないと。前半がすごく面白かっただけに、後半の展開はホントにもったいないなぁ。パズラーとしてビシっと決めて欲しかったのに。 (02.10.29)
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GOTH〜リストカット事件・乙一(角川書店)

 残虐な猟奇殺人が好きな高校生二人が主人公の話だと聞いていた。「せつなさ」が売りの乙一にしては、少々路線が違うとも聞いていた。ドラマ性よりもミステリ性を重視したとも聞いていた。この3つの情報全てが、あたしにとっては「そんなの嫌!」と思わせるに充分で、絶対に嫌いなタイプの話だ、と思っていたのだが。
 いやあ、とんでもなかった。確かに、これまでの作品に比べればミステリ性が強い。それも本格ミステリの手法がバチッと入っている。おまけにそれが、巧い。どれも一定の方向性を持ったトリックなのだけれど、それでも騙されるし驚かされる。騙し方が、他に例を見ないほどエレガントで──特にミスリードの手法が鮮やか。
 巧いだけでなく──確かにこれまでのような「切なさ」とは違うのだけれど、怜悧にして透明感溢れる物語群である。確かに、このような思考形態の若者が主人公というのは好きにはなれないのだが、それでも読まされてしまい、そしていつの間にかその魅力にからめ取られてしまう。それは畢竟、《猟奇殺人が好き》という高校生を主人公に据えつつも、そういう考えや嗜好を物語自体が決して是としてはいないからに他ならない。「猟奇好きの高校生の話だってえ? やだやだ」と思っていたあたしこそが、物事を表層だけで判断していたのだ。
【暗黒系】謎解きがいきなり始まり、「えっ」と思ってる間に納得させられてしまう。
【リストカット事件】ミスリードが実に巧い1編。最後まで読むと伏線の妙がまた一層鮮やか。
【犬】最後になって、思わず「あっ」と声を出してしまった。やられた。これはやられた。この短編集一番の本格ミステリ。これはお薦めだ。これだけでも読む価値あり。
【記憶】細かい情報が最後にまとまる快感。おまけに、これが少女の話だっていうのが……。
【土】うげえ、これはダメ……。ラストはとっても悲しくて、映像的でもあるのだけれど、こういうのって、あたしマジ怖いのよ。想像するだけで苦しそうで。
【声】これも、同じような手で何度も騙されてるってのに、また騙されるんだもんなあ。
(02.10.31)
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青葉の頃は終わった・近藤史恵(カッパノベルス)

 学生時代からの友人、瞳子が自殺した。いったい、なぜ……。仲の良かったグループのメンバーは戸惑う。瞳子の美しさを崇め、手の届かない存在として憧れていた弦。現在は弦の恋人となっている法子。マンガ家になったサチ。見合いで結婚を決めたばかりだった加代。学生時代には瞳子を口説いていたものの、ダメだと分かるとグループのいいメンバーになった猛。そして彼らのもとには、なんらかの形で、瞳子の死後に彼女からのメッセージが届く。瞳子はなぜ死を選んだのだろうか?
 ミステリーの形式をとってはいるけれど、これは恋愛小説であり青春小説と言った方が似合っている気がする。瞳子という、キレイで魅力的ではあるけれど、ちょっと厄介で困ったマドンナを中心に集まった5人。その5人は、瞳子という存在を通して自らを見つめ直す。
 瞳子の死の真相を探ろうとする、弦と猛。直接は触れずに、でも心の中になんらかのわだかまりを持っている法子、サチ、加代。このあたりの、男女の二分化が何ともオミゴト。マドンナが理由不明で自殺したときって、もしも仲良しグループがあったとしたら、まさにこういうふうに分かれるのではないかしら。女たちにとってこれは嫉妬ではなく、嫉妬する自分の醜さが嫌なのだ。
 話が進むに連れて、瞳子が如何にイヤな女だったかが浮彫になる。女性の視点で動く章にそれが顕著なのは当然だ。しかし、そのイヤな瞳子を、イヤなりに好きだった。そんな気持ちをベースに、女たちはそれぞれ異なる生き方を選ぶ。男は男で、自分が瞳子をどう捉えていたか、その思いや言動が瞳子や他の女性にどう写っていたかを考えさせられる。
 それが、瞳子の死をもって《青葉の時代》は終わりを告げるのだ。
 どうしても、ミステリという頭で読んでしまうと、けっこう消化不良が残ってしまう。構成のひとつひとつが《ミステリ的繋がり》に於いて希薄だからだ。ミステリとして見た場合、パーツのおさまりが悪いからだ。しかし、再度言う。これはミステリというよりも、恋愛小説であり青春小説なのである。おさまりが悪いのは、恋愛や青春の特徴ではないか。 (02.11.2)
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非在・鳥飼否宇(角川書店)

 植物写真家・猫田夏海は、沖縄の海岸で密閉容器に入ったフロッピーディスクを拾う。東京に戻ってきて読んだその中には、無人島に取り残された学生の日記とSOSが! 学生たちは、人魚を探しに尖閣諸島の中にある小さな島に上陸したという。慌てた猫田は警察に届けると共に、先輩や仲間とともに南西諸島に向かった──。
 孤島での出来事を手記から推理するというのは、黒田研二
「嘘つきパズル」と同じ手法である。けっこう細かいゴチャゴチャした謎解きってのも、似てると言えば似てる。が、タイプは全然違う。言わば、「嘘つきパズル」に知識と良識が加わればこうなるんじゃないか、といった感じ。わはは。あ、いや、あんなスットンキョーな話じゃないのでご心配なく。フェアで真面目な本格推理です。
 手記に込められた手がかりってのは、見ようによってはチト弱い気もするし、死体を特定するにあたっての(反転)骨の組合せを変えるというトリックも、あたしのようなバカは図でも書かないとワケわかんなくなるのだが、総じて細かいところまで良く練られている。よく考えたなあ、と感心。物語も緩急の使い分けが巧く、サスペンスフルな場面も続出するので、まったく飽きない。あとになって、「あ、これが伏線だったんだ!」と唸ってしまうことしきり。特に、島を特定するくだりと、仙人のくだりは拍手しちゃったわよ。小さいことだけど、(反転)船長が義足だったこととその使い道については、非常にあたし好みのネタだったし。<どんな好みだ。
 難点と言えば、前述したように大事なところが少々煩雑なので、それを告げられたときの驚きが薄い。「え、え、そうなの? どゆこと? えっと、ちょっと待ってね、落ち着いて考えるから」と慌ててしまい、頭の中がゴチャゴチャになってしまう。だもんだから人魚の正体に関しても、(反転)あれ、明美の骨はあの中にはなかったんだっけか、などということを考えてしまい、素直に驚けないのよね。まあ、あのトリックをすぐに理解できる人には何の問題もないわけだが、あたしの脳味噌ではちょっと……ええ、メモとりましたとも(笑)。 (02.11.4)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

ハッピー・バースデイ・新井素子(角川書店)

 5月、後藤あきらは幸せの絶頂にいた。愛する夫、きーちゃんが書くように薦めてくれた小説が、なんと新人賞を受賞したのだ。神様、きーちゃんと出会わせてくれてありがとうございます。きーちゃん、あたしと結婚してくれてありがとう。あたしって、本当に幸福者です……。ところが、あきらのちょっとした油断が、とある人物の恨みを買ってしまうことになり──。
 夫への依存度が異常に高い妻。夫から「右を向いてろ」と言われたら、365日、ずっと右を向いてるような妻。そういう妻の造形は、これまでも「おしまいの日」や、「ひとめあなたに……」にも登場してきた。新井素子が描く《壊れた女性像》の、ひとつの典型と言えよう。
 これまでは、「あの人が好き好き好き、あの人の幸せがあたしの幸せ、あの人の希望があたしの希望」という、かなり重たい勘違い女をそのまま書いてきたが、今回は、そこに更に外的要因が加わった。あきらの幸せのとばっちりを受け、ひねくれてしまった浪人生だ。彼はあきらに嫌がらせの電話や手紙を送り続ける。軽い気持ちで。ところが、それが思わぬ不幸を招いてしまったとき──あきらは、とある手段に出るのだ。
 新井作品の感想を書くたびに同じことを書いてるが、今回もやっぱり、あきらがどうの裕司がどうのではなく、《新井素子がしゃべってるのを聞いてる》という気分になった。あ、それはぜんぜん嫌じゃないのよ。喫茶店かどこかで新井素子が「そんでね、そこで裕司はこう言ったわけよ、そしたらあきらは……」と一生懸命喋ってくれてるのを、「うんうん、それで?」と身を乗り出して聞いてるような。話す方も次第に熱が入って、それで思わずこっちも「そ、それでどうなるのッ!」と立ち上がってしまうような、ね。《新井素子がしゃべってる》のが前面に出てるのに、話に引き込まれてしまうのだから、これはやはりストーリーテリングの才なのだろう。読んでる最中はワクワクして、ページをめくる手がとまらない。
 ただ……一番、読みたかったところをスットバされた気分なのよねえ。読者が主人公と一緒になって盛り上がったところで、突然主人公一人で自己完結されちゃったような感じ。一緒に盛り上がってきた読者の思いの行き場がないのよ。確かに、裕司クンにとってはこれが一番良かったのだろうけれど……。あきらの当初の計画が非常に「納得」できるものだっただけに、この結末は……う〜ん、スッキリしないなあ。まあ、裕司クンも反省して成長したことだし、ま、いっか。 (02.11.9)
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最後の記憶・綾辻行人(角川書店)

 母が、若くしてボケの症状を呈し始めた。早発性アルツハイマーと診断されたものの、少々気になる所見もあり、入院することに。この記憶障害は、最近の記憶から次第に失われていき、最後にはもっとも強烈な記憶だけが残るという。息子の顔も分からなくなった母は、ひたすら何かに怯えていた。いったい、母の記憶にある恐怖の正体は何なのか。そして、この病気が遺伝性のものだとしたら、いつか僕もこうなってしまうのだろうか……。
 ほんっっっっっとに久しぶりの綾辻長編。本格ミステリではなくホラーだというので「ちっ」と思っていたのだが、どうしてどうして、本格テイストはかなり高い。むしろ、あたしの恐怖のツボとはズレていたために怖さはなく、本格テイストがより強く感じられた次第。特に、母の恐怖の記憶の正体がわかったときには、「あああ、巧いっ!」と声を出してしまったくらい。キチキチバッタというのが、まさかコレだったとは……なるほどなあ。<そこに一番感心したらしい。全編通して幻想風味を色濃く出しながらも、ちゃんと謎解き部分は理に落としてくれる(現実になるという意味ではなく、この世界の中で理に落ちるという意味)ので、カタルシスが大きいのだ。
 あたしが恐怖を感じなかった原因はただ一つ、主人公・森吾にイラついてしまったからに他ならない。だってさあ、考えたって仕方ないことでビビってるでしょうこの人。いや、心配なのは分かるよ。コワイのも分かる。だからって、後ろ向きすぎるじゃないか。記憶障害にかかる可能性があるのなら、そうなる前に、自分は忘れても他の人に覚えて貰えるような研究成果を残すとか、のちのためにこれまでのことを書き記すとか、いろいろやることがあるだろうに。それに、もしも自分が発症したら、誰かにケアしてもらうしかないわけだから、その日のために何か手をうっとかないとダメでしょう。やることはたくさんあるのに、なにをグジグジ言ってるんだこいつは、と腹が立ってきちゃうのよ。ええいっ、1ヶ月くらい自衛隊に体験入隊してこい、アフガニスタンで井戸掘って来い、そしたらその甘い考えも少しは治るだろうっ!──とまあ、怒りが沸いたために恐怖が沸く隙間がなかったわけだ。わはは。 (02.11.10)
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