伊良部総合病院の神経科は、ちょっと変わっている。注射フェチのデブ医者・伊良部に、露出狂の看護婦・マユミ。そこにやって来た患者は戸惑い、呆れるものの、次第に自分の病が癒されていくのを感じるのだ……。
僧正の積木唄・山田正紀(文藝春秋)
「僧正殺人事件」の舞台となったバートランド・ディラード邸に、それまで欧州にいた事件の関係者の一人、数学者のアーネッソン教授が戻ってきた。ところが、そのアーネッソン教授が届いたバースデイプレゼントの包みによって爆死したという。おりしも時代は1930年代、排日運動が盛り上がっていた時代である。マーカム地方検事は、使用人であった橋本という男を犯人として拘束したが、そこへ現れたのは金田一耕助だった──。
高村昴は定時制高校をやめて、暴走族ルート・ゼロの幹部になっていた。ある日、障害と窃盗の現場に財布を忘れたことに気づいた昴は、取りに戻ろうとして謎の男に話しかけられる。「今戻ったら逮捕されますよ」──芥と名乗るその男は、昴のことを余すところなく調べ上げていた。そして、ある頼みを聞いてくれたら金を払うという。その頼みとは、脳死状態にある若い女性の臓器を、本当に必要としている人に運んで欲しいというものだった。そして、誰に臓器を譲るかは、昴に決めて欲しいのだという──オスカー・ワイルドの名作童話「幸福の王子」をモチーフにした、今年の横溝正史ミステリ大賞受賞作。
初秋の下北沢。わたしは愛犬・スパイクをつれて散歩に出かけた。いつも通るカフェの近くまで来たとき、むこうからやってくる男性と犬にぶつかりそうになった。そっくりな犬を飼っていることに共感を覚え、わたしとその男性──幹夫はカフェでしばしの時間を共に過ごし、初対面なのにどこか懐かしく惹かれてしまう。再会を約束して別れたが、しかしその約束の日、彼はそこに来なかった。落ち込むわたしに、いきなりスパイクが話しかけた。え、犬がしゃべってる? え、彼はパラレルワールドの住人で、こちらの人間ではない?──踏む込むことのできないパラレルワールドの事件を、こちらの世界にいたまま何とか解決しようと、わたしとスパイクは奔走する……。
ダイニング・メッセージ・愛川晶(原書房)
美少女代理探偵・愛ちゃんのシリーズ。まずは個別の感想から。
どろぼうの神さま・コルネーリア・フンケ(WAVE出版)
母親を亡くしたプロスパーは、弟のボーを連れてドイツからヴェネツィアまで逃げてきた。ボーが嫌なおばさんに引き取られることになっており、離ればなれになりたくなかったのだ。プロスパーたちは、他の3人の孤児・ヴェスペ、リッチオ、モスカと共に、つぶれた映画館の中で生活を始める。かれらを養っているのは、どろぼうの神様・スキピオだ。一方、おばさんは私立探偵ヴィクトールに子供の捜索を依頼する。果たしてプロスパーとボーの運命は──?
エンドコールメッセージ・山之内正文(双葉社)
【風の吹かない景色】「享楽」は酒を出さない定食屋で、アルコール依存症だった者たちが集まる店。ところが、アル中と思しき男が「享楽」に現れた。店主の白井は彼が素面の時に話をしてみたが、どうも事情があるらしく……。展開が巧妙ですんなり物語り世界に入れる。ただ、伏線の出し方があからさますぎて、その伏線の箇所を読んだ瞬間に大凡の真相が分かってしまうのが残念。
大旦那にのれん分けをしてもらい、深川に料理屋「ふね屋」を出した太一郎と多恵の夫婦。ところが開店直前になって、十二歳の一人娘・おりんが高熱を出し、生死の境を漂う。おりんは三途の川の近くまで行ったが、そこで不思議な老人が覗き込んでいた水たまりの水を舐めてしまったおりんは、生き返ったあと、幽霊を見るようになっていた。
イン・ザ・プール・奥田英朗(文藝春秋)
なんともトンデモな精神科医。結局患者は自分で治癒してるのであって、医者はいらないじゃん、という気もしないでもない。でもホントにそうなのか? もしかしたら伊良部は、すっごい名医なのではないか?──と思わされてしまうのだ。とにかく誰も、症状がどんどんエスカレートするのである。そしてそれがマックスに達したとき……というパターン。
ここにやってくる読者は皆、「狂ってる」とまではいかない、誰にでも身に覚えがあるような神経症患者ばかり(さすがに2話目だけは、身に覚えはないけど)。なのに、それが「現代の病理を鋭くえぐった問題作」にはならずに(笑)、うわはははと笑わせながら、「こういうのあるある」とちょっとゾクっとさせながら、ラストでは気持ちの良い読後感を残してくれるオモロイ短編集になっている。うん、一言でいうと《ビョーキの話なのに、気持ちいい》なのである。それにしても、作品の幅の広い人だなあ。
【イン・ザ・プール】どうも体調が悪い編集マン。運動不足を指摘され、水泳を始めた。その気持ちよさに、どんどん水泳にのめり込んで行き、泳げない日は体調を崩すまでになり……。
【勃ちっ放し】陰茎が勃起したまま治らなくなってしまった男。仕事中は膝掛けや背広で隠していたが……。こ、これ、さすがに分からないけれど、分からないまでも辛そう(笑)。
【コンパニオン】いつも誰かに見られている、ストーカーに狙われている、でも私のこの美貌ならそれも当然……。自意識過剰のコンパニオンが落ちた陥穽。滑稽にしてもの悲しい。
【フレンズ】ケータイ依存症の高校生。これ、イチオシ! ケータイが使えないと、その間に大事なメールが入ってるんじゃないか、誰かが俺に連絡できなくて困ってるんじゃないか、とパニックを起こしてしまう。こんなもので繋がってなくちゃトモダチじゃないの? これは、いいなあ。看護婦・マユミの魅力的な一面も出てきて、お薦め。
【いてもたっても】煙草の火は消しただろうか、もしかしたら今頃俺の家は燃えているのでは……そう思い出すと、いてもたってもいられない、家まで帰って灰皿を確かめてしまう。そのため、仕事にも支障が出て……。
(02.11.14)《この本の詳細情報&注文画面へ》
排日運動が盛んな頃のアメリカで冤罪を被った日本人。そんな時代背景・舞台設定がとても効果的に描かれている。フェアプレイの本格ミステリとしても、とてもエレガントだし、舞台効果もあるし、犯人が分かる瞬間には「おおっ」という驚きもある。──のだけれど。良くも悪くも「古き良き探偵小説」を踏襲しているような感じ。だから、黄金期ミステリが好きな人にとっては、これはもうタマラナイんじゃないかなあ。逆に、昨今の本格にスレてしまっていると、「きれいなんだけど、確かにそうなんだけど、でも何かひとつ物足りない」というふうに思えてしまうのだ。いや、別にミステリにインパクトを求めているワケではないのだけれど、この話の場合、まず趣向第一なわけでしょう。その趣向がどっちかってえと「マニア向け」なものだから、マニアじゃない読者にとっては、トリックも物語も新味に乏しいものに思えるわけで。もちろん承知の上で、読者を選んでるんだろうけど。そのためか、読んでる最中はとても面白く読んだのに、終わってみるとさして残るものがないのだ。いや、きっと「探偵小説ファン」にはトテツモナイものが残るんだろうけど、あたしごときの薄いファンには、それが残念ながら伝わって来ない。
それにこれ、ファイロ・ヴァンスと金田一という豪華なコラボレーションの割には、その醍醐味がほとんど無いような気がする。だってあたし、この二人の対決シーンを期待してたんだもん。せっかくの設定なのにもったいない。どうせなら、もっともっと「僧正殺人事件」そのものの謎解きを中心において、他の登場人物も出して──あ、そうすると「僧正殺人事件」のネタばれになっちゃうのか。う〜ん、でも、そういうのを読みたかったなあ。「あなたの推理は間違っていたんです」とヴァンスに宣言する金田一とか、当時の関係者に話を聞いてまわる金田一とか。ま、勝手な思いこみですが。
(02.11.15)《この本の詳細情報&注文画面へ》
水の時計・初野晴(角川書店)
最初は、昨今流行の不良少年(死語か? 何て言うんだ?)を主人公に現代風俗を描いたミステリなのかなと思って読み始めたのだが、脳死状態にある少女・葉月の登場から物語は一気に寓話的側面を持ち始める。機械に繋がれ、生きることも死ぬこともできない葉月。せめて臓器移植のドナーになりたいが、生前にその意志を表示してなかったために、今の法律では彼女はドナーになれない。だったら、秘密裏にでも困っている人に臓器をあげたい。
彼女は都合12の臓器を提供するのだが、本書ではそのうちの3例がオムニバス方式によって語られる。第一話では目を病んだ少女のために角膜を。第2話では人工透析が欠かせない女性に腎臓を。そして第3話では、突発性心筋梗塞の持病を持つ昴の恩師に心臓を。そしてそれぞれの話の主人公は、その患者当人であったり、家族であったりして、昴はあくまでも《届け人》としてちらっと出てくるだけだ。それぞれの話は独立性が強く、それぞれに小粒ながら《謎》があり《謎解き》がある。そのさりげなさは見事だ。特に第一話は、実に印象深い。
連作短編と言ってもいいような作品。しかし、昴当人の問題と、彼と暴走族の関係、警察との関係は、それぞれの話の中にも登場し、いつしかそれはひとつの大きな過去の出来事へと結びついていくのだ。いったい葉月はどうして昴にこんなことを頼んだのか──。
これは、いい。これはいい話だ。地味だが、洗練されている。小粒だが、味わいがある。臓器移植という社会性の強いテーマを扱いながらも、全体を寓話のように仕上げ、本格ミステリのスピリットにも溢れ、そしてラストは切ない。なんせ「幸福の王子」だもの。自分の宝石や金箔を燕に運ばせ、最後は燕ともども倒れてしまう「幸福の王子」だもの。この物語の王子と燕がどうなるのか、最後まで目が離せない。
強いて文句を言うなら、最初の方に出てきた調査機関の報告書が、なんだか小説のような修辞に満ちた書き方をしてたってことかな。調査報告なのに。調査員がよほどの文学趣味なのかよ、って感じ。でも、そこくらいしかアラが見つからないのであった。これはお薦めだあ。
(02.11.16)《この本の詳細情報&注文画面へ》
スパイク・松尾由美(光文社)
ああ、いいわあ、これ!
SF(ファンタジー)とミステリーのハイブリッドという、松尾由美のお家芸である。が、それだけなら他にもたくさん書き手はいるわけで、他のハイブリッド作品と何が違うかというと、SFでありミステリーであると共に、いや、それ以上に、とぉっても切ない恋愛小説なのだ。SFとミステリーと恋愛小説が、互いを食わず邪魔せず、高め合ってる好例。
SFをあまり読まないあたしにとって、「パラレルワールドで……」などといきなり言われても、普通なら「はぁ?」と思ってしまうところだ。しかしこの著者は、日常に立脚しつつもSFに一歩踏み込ませる、そのテクニックが抜群に巧い。「ブラックエンジェル」しかり、「おせっかい」しかり、である。犬がパラレルワールドの説明をするなんざあ、こうして書くとスットンキョー極まりないのに、読んでいるとスンナリその設定に入ってしまい、主人公と一緒にハラハラしてしまうのだ。
とにかく、あちら側に直接関与することはできない。でも、幹夫は約束の場所に来られない何かの理由があった筈だ。ではこちら側で出来ることは何か──それからの彼女の行動がミモノなのだ。けっこうサスペンスフルなのに、この著者特有の飄々とした語り口調が雰囲気を和らげ、独特の世界を作っている。そしてラストには──解かれた謎が、どれほど切なかったか。どれほど悲しかったか。パラレルワールドという壁を挟んで立つ二人の真実の、そのやるせなさ。SF要素とミステリー要素と恋愛要素が過不足無くきれいに終結する。透明感あふれる読後感。
ハラハラドキドキでホンワカで論理的で胸キュンの、とってもステキで贅沢な一冊なのだ。これは読め。とにかく読め。SF好きもミステリー好きも恋愛小説好きもこぞって読めえええ!
(02.11.16)《この本の詳細情報&注文画面へ》
【Kaiseki Lunch】新田靖香の見合いの席で、相手のシチューにビー玉が入っていたという。見合いを邪魔しようとする甥の仕業だと思った靖香は、申し訳なさで交際を断れなくなるのだが……謎解きにはちょっと気になることがあったのだが(それも後で払拭されたが)、なるほどと思わせるワンアイディア。
【Packed Lunch】匂いをかいだだけで弁当の中身を当てるOL。課長の加瀬は、ひょんなことからそのOLに恐ろしい告知を受ける……。これはかなりのセンで「賭け」だよなあ。
【French Dish Dinner】桐野のもとに届いた妙なメール。これは食人鬼からのメールなのか? 想像するだに痛い(泣)。でも、そんな状態でよく、こんな長いメールを打てたものだと、妙なところに感心。
【Celebration Lunch】これは単独の事件というよりも、「ふりだしに戻る」という感じかな。後日談、とでも言うか。ある推理について、根津愛の仕組んだこととは……。なるほど、ひとつひとつの要素の中は最初に読んだときに気づいてしまうものもあるけれど、こうして並べられると実に周到に用意されていたことがわかる。オミゴト。こういう「ひっくり返し」ってのは、地味ではあるけれどとてもエレガント。麗々しい大トリックよりも、こういうのの方があたしは好きだな。
尚、この連作で作者が試みたある趣向。なるほど、それがしたかったのかと膝を打った。こういう趣向は、短編でなら過去にもたくさん例はあるけれど、連作の全てをそれで統一したっていうのは、確かに初めてかも。なるほどなるほど。
ところで──これだけは言いたいぞ。キリンさんの行動、男としてはかなりポイントダウンだ。事件の謎解きとは関係しないが、ストーリーの妙味を損なうので反転するけど、愛ちゃんの行動に思い至った途端、プロポーズしようとまで思っていた相手と別れるってのは、靖香さんに対してメチャクチャ失礼である。別れを告げたことが、ではない。その程度の思いでプロポーズしようとしていたことが失礼なのだ。当て馬、あるいは補欠扱いではないか。これが結婚した後だったら、どうするつもりだったんだ? とは言え、靖香さんも靖香さんだよなあ……。この登場人物達の行動基準は、いったいどうなってるんだあ?
(02.11.20)《この本の詳細情報&注文画面へ》
とてつもない吸引力。孤児たちに塒と食べ物とお金を与えてくれる《どろぼうの神様・スキピオ》の正体が分かる顛末や、ヴィクトールとのおっかけっこには手に汗を握るし、ピンチになるとはらはらするし。次から次へと事件が起こり、息つく暇も与えない。あくどい故買屋・バルバロッサからの依頼で受けた《ライオンの羽》にまつわる仕事が後半の中心となり、それはそのまま物語へのテーマと直結する。「子供は早く大人になりたがる。でも大人は、自分が子供の頃にそう思ったことを忘れて、子供に返りたがる」……うん、ホントにそうかも。
ただ、話が広がりすぎて、後半はどうも散漫になってしまったように思える。あたしにとっては、スキピオの正体が割れるシーンが最大の山場で、そこから先はなんだか別の話になってしまったような印象すら受けるのだ。正体がばれてしまったスキピオが今からどうするか、そこに注目してたんだけど……。
子供の心理、大人の心理については、確かにその通りだと思うし、それを巧く物語に収めていると思う。ただ、こういう《ファンタジー》の展開になるにしては、前半があまりにも現実的な話なのだ。リアルな世界で繰り広げられるおいかけっこであり、リアルな世界で「大人になりたい」と歯がみする子供の話であった筈が、後半でいきなり《ファンタジー》になってしまった。それが良いのかもしれないが、残念ながらあたしにとっては「そりゃないよ」と思えてしまったのである。早く大人になりたい、でも自分はまだ子供だ、この現実とどう戦っていくかという所に物語の見所を据えていたので、戦わずに済ませたこの展開はあまりに「ズルい」と思えてしまったのである。
でも、ファンタジーが好きな人には、これ、かなり面白いと思う。人物も魅力的でストーリーもスリリングで、そして感動的だし。
(02.11.22)《この本の詳細情報&注文画面へ》
【エンドコールメッセージ】小説推理新人賞受賞作。レンタルビデオ店で借りたビデオの最後に録画されていた謎の映像。その映像が示すものは……。テンポが良く、ディーテイルにまで行き届いた話運びで引き込まれた。後半の加速はオミゴト。短編にして、長編並の濃さがある。
【便利屋稼業 猫捜索顛末記】便利屋に持ち込まれた猫探し。うわあ、これ、シリーズにしたいような楽しさ。便利屋の3人のキャラクターもいいし。あれだけ頑なだった母親が、こんなことで気を許すかなあ──というあたりがちょっと疑問だったのだが。心の底では気にかけていたというのがあとで分かって、納得。
【明日に囁く声】注文した本が入荷したから取りに来るように書店から連絡。しかし、注文した覚えはなく、しかも結婚前の旧姓で注文されている……いったい誰が? おお、テクニカル。構成上、少々冗漫に思える部分もあるのだけれど、話自体の持っている面白さでカバーしている。巧い巧い。この展開には思わず唸ってしまった。ただ、個人的にはこのラストがなぁ……幸せになって欲しいのになぁ……。
こうしてみると、この著者の作風ってとっても広くて達者だということが分かるのだけれど、と同時に「実はすべて仕組まれたことだった」というパターンが好きなんだな、ということも分かる。構成がこなれてなくて、ちょっと不格好なところはあるけれど、これが洗練されてきたらすっごく面白いミステリを著してくれそうで、今後がとっても楽しみ。
(02.11.24)《この本の詳細情報&注文画面へ》
あかんべえ・宮部みゆき(PHP研究所)
なんだかイワクのありそうな場所にあった建物を、居抜きで買ったがために、そこに溜まっていた幽霊と暮らすはめになったおりん。幽霊は、陽気な若侍に粋な姐さん、按摩の老人、猛り狂った落ち武士、そしておりんをみれば「あかんべえ」しかしない女の子。彼らはどうしてここに憑いているのか。どうすれば成仏できるのか? おりんの調査が始まるが、そんなおり、料理屋の初めてのお客さんの前で幽霊の一人が大暴れしてしまう──。
いやあ、やっぱ時代小説は宮部みゆきの真骨頂だねえ。特に江戸時代の下町の、こういう市井の人々を主人公に据えた物語は天下一品だ。語り口調がいいのよね。時代小説というと、言葉が分からないとか文体やセリフに馴染めないという若い人もいるだろうけど、宮部みゆきの作品ならそんな心配はいらないんじゃないかな。宮部みゆきから入って、佐藤雅美や平岩弓枝、藤沢周平あたりに入っていくと、江戸の市井を舞台にした時代物への扉がグンと広くなるように思う。
そしてもちろん、話自体が面白い。幽霊騒ぎと人情もののハイブリッドなので、怪談のような怖さやおどろおどろしさはない。なんせ幽霊自身が一番人情に厚かったりするんだもの。おまけにミステリーの謎解き要素もきちんと入って、それが大きな核になっている。《霊が見える》という触れ込みで有名な女性が二人「力比べ」のためにふね屋を訪れるのだが──クライマックスはもう、手に汗握る迫力。クライマックスからエンディングまでの怒涛の展開は、もうページから目が離せない。
そして忘れてはならないのが、こういう人情話であっても──いや、人情話であるからこそ「悪意」というものがしっかりと描かれていることだ。優しそうに見えた人の心の奥に潜む悪意のおそろしさは、背筋が寒くなる。その恐怖は、別の人物の「真心」に触れたときの感動を倍加してくれる。うん、やはり宮部みゆきは稀代のストーリーテラーだ。
(02.11.25)《この本の詳細情報&注文画面へ》
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