お厚いのがお好き?


奇偶・山口雅也(講談社)

 推理作家である私、火渡雅は、神奈川県の原子力発電所で事故が起こった際、偶然にもその近くをドライブしていた。事故そのものが偶然の悪戯で起こったこともあり、「偶然」ということに思いを馳せる私。そんなとき、取材で見かけたカジノバーで、私は2個のサイコロで3回連続して6・6のゾロ目を出した男を見た。その後、そのカジノバーの看板である2つの巨大サイコロが落ちて人が死ぬという事故があったが、その落ちたサイコロも6・6のゾロ目だった。
 果たして偶然なのか、こんな偶然が有り得るのか、そう考えていた私は、夜中に突然目の病に襲われる。すぐに病院に行けばよかったものを、朝まで放置していたために、片目の視力を失うことが確実となった私は、とある老人と知り合って……。
 う〜〜〜ん、前半は、とにかく「こんなん出ました〜〜」と言わんばかりに、「これも偶然、あれも偶然、こんな偶然これまであった?」というエピソードがテンコモリ。そりゃ考えようによっちゃあ、人生なんて偶然の積み重ねですぜダンナ、と肩を叩いてやりたくなるくらいだ。その個々のエピソードの中には、幾つかはかなり面白いものや興味をそそるものもあるし、「私」を襲った目の病のくだりはなかなかに読ませるのだけれど、いかんせん、この時点では物語の方向性が見えず、何をどう楽しんでいいのか皆目見当がつかない。どうにも戸惑いながら読み進む。
 そして後半、新興宗教の教団を舞台に、やっとミステリっぽい展開が。密室殺人と思しき事件が起きるのだ。つっても、これが既に物語の終わり3割くらいのところ。いやあ、よくここまでやめずに読んだよあたしも、という気分になってしまったくらいだわ正直なところ。
 で、この密室だが……あのね、これ、この本でしか成立し得ない真相です。思わず「……はあ?」って声に出して言っちゃったものあたし。まあ、ここまで延々「偶然」について論じてきて、それにドップリ浸かっている状態だったからこそ、チカラワザで組み伏せられた気がしないでもないぞ。
 あ、いやいや、これは謎解きミステリそのものではなく、これまでミステリというジャンルの中で「忌避」されてきた「偶然」を真っ向から考察し、ある意味、挑戦的とも実験的とも言える手法で「偶然」を「ミステリ」というまな板の上で3枚におろそうとした、そういう趣向の物語だってことは、分かる。だから、その意義というのは凄いと思うし、それをこうして奥泉光ばりの幻想の中で収束させた手腕も見事だと思う。そこは、ホントに凄いと思うし意義のあることだと思う、のよ。でも、でもね。あたしはやっぱり、エンターテインメントとしてのミステリを期待してたのよねえ……。だから、「凄いか」と言われれば「凄い」のだけど、「面白いか」と言われると……。ま、あたしにはこれを楽しむだけの頭がなかったってことなんだろうな。(02.12.20)
《この本の詳細情報&注文画面へ》  

はじまりの島・柳広司(朝日新聞社)

 若きダーウィンが博物学者として乗船したビーグル号は、太平洋に浮かぶガラパゴス諸島に到着する。その島に上陸したのは、ダーウィンやアール氏の他、神父やコック、船長など、総勢10名。ビーグル号が仕事を終えて戻ってくるまで、この10人はここで暮らすのである。そして一行は、そこで漁をしていたアメリカ人から、この島には数年前、銛打ちの大男が船長を刺し殺して逃げ込んだという話を聞く。その犯人は今でも島のどこかで生きているのだろうかと話し合った、その最初の晩から奇怪な殺人事件が発生して──。
 最初は、名前だけは超有名とはいえ、時代にも国にもバックグラウンドにも馴染みのないダーウィン&ビーグル号、ガラパゴス諸島という設定に、少々戸惑いつつ読み始めた。果たして理解できるのか、妙な蘊蓄ばかりの情報小説なんじゃないか……ところが読み始めてすぐに、その心配が杞憂だったと気付かされる。いやあ、なんてエレガントで、そしてなんて伝統的な本格ミステリなの!
 絵に描いたような、奇怪な殺人。「誰も近寄らなかった」という証言。クローズド・サークルの中の限られた容疑者。そして第二の事件。ああっ、ビューティフルっ。ガラパゴスだダーウィンだってところで気がひけてる人は多いかもしれないけど、全然心配ないよ。ばりばりの国産ミステリしか読まない(読めない)あたしがこれだけ楽しんだんだから。事件が起こるに至った様々な事象も、滑稽だったり悲しかったり切なかったり──ドラマ性という意味でも充分堪能できる。特にフエゴ族の二人の心情のあたりなんて……うるうる。
 しかしこの著者、
「贋作『坊ちゃん』殺人事件」では漱石の文体模写をしつつ坊ちゃんに謎解きさせ、「饗宴〜ソクラテス最後の事件」では古代ギリシャのスコラを舞台に舞台劇のような謎解きを見せている。そこへ来て、今度はこれだ。ひとつとして同じタイプのものはなく、おまけに文体まで全部変えている。実に達者な書き手なのだろう。いったい次には何が出てくるのか、ワクワクしてしまう。「本体」はどこにあるのか、いつ出すのか、楽しみにしたい。とりあえずは1冊だけまだ読んでいない「黄金の灰」を読んでみよう。 (02.12.21)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

議論の余地しかない・森博嗣(PHP研究所)

 「君の夢 僕の思考」に続く、写真&語録パート2。写真の上にダイレクトで白抜き文字というのが、オシャレだけど、オバちゃんには時々読みにくいぞ。老眼かしら。どきどき。
 前の感想にも書いたけど、あたしはいわゆる「森ミステリィ」のトリックだのキャラなどよりも、文章そのもの、つまりは視点や描写の方に魅力を感じるクチなので、この手の本はとても気持ちがよい。無作為にページを開いて、そこの文章を読み、ちょっと考えてみたりする。コーヒーなんぞを飲みつつ。貪り読むのではなく、ゆっくり余裕を持って楽しみたいタイプの本。
 今回も、本を読んだときに印象に残っていたフレーズが幾つか収録されていた。例えば、「黒猫の三角」に出てきた、こんなセリフ。

 貴方は、言葉を駆使して、自分の歩いてきた道の舗装をされてるだけよ。
 貴方は、後ろ向きに掃除をしているだけ。

 或いは、「有限と微小のパン」に出てきた、こんな会話。

 「良い意見だ」
 「意見に良いも悪いもないだろう」
 「訂正します。私の思っていたことに近い、という意味」

 この二つは、本編を読んだときに手が止まり、しばし考え込んでしまったくらい印象の深いフレーズだった。それが前後のストーリーを排して収録されることにより、更に普遍性を増した感がある。さて、あなたの気になる(気にいる、ではない)フレーズはあるかな? (02.12.22)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

密閉教室 ノーカット版・法月綸太郎(講談社)

 このお薦めマークは、ノーカット版だからというわけではなく、この物語そのものに対する評価。コストパフォーマンスということを考えれば(例え初稿から大きく変わっていようとも)ノベルス版・文庫版に軍配が上がるのだけれど、そちらを読んだのはサイト開設前で書評が存在しないので、ここにお薦めマークをつけた次第。ま、ぶっちゃけていうと、ノベルス版を読んだのがあまりに昔なので、今さらノーカット版だと言われてもどこが違うのか分からないってのが正直なところなのだ。わはは。真相や犯人が違ってたらスゴいけど、あたしの記憶が確かならばそこは同じだった……筈、です。
 あ、あらすじ? ある日、クラスで一番早く登校してきた女子生徒は、なぜか教室の扉が開かなくて立ち往生。そこへやって来た担任教師が力任せに扉を開くと、そこは血の海だった。教室の中央には同級生の死体。そして何より不思議なのは、教室の中にあった筈のクラス全員分の机と椅子がキレイさっぱり消えてしまってきたこと──。ミステリマニアの高校生である僕・工藤順也は、刑事と協力しながらその謎を追う。
 いやあ、良くも悪くも「青いっ!」って感じですか。でも、普通はこういう青さ満開の小説を読まされるとコッパズかしくなるんだが、不思議と恥ずかしさは無かった。寧ろ、この「青さ」が嬉しくなってきてしまうのだ。これはおそらく、ここにある「青さ」が、この年代の頃の自分には眩しく感じられるであろう「かっこよさ」を含んでいるからではないだろうか。
 それに、何と言っても謎解きはエレガントよ。伏線がひとつに集まる快感、自分は謎解きを紙の上のミステリと一緒にしてるんじゃないかと悩む探偵(これがいいのよねえ)、ただ一片の余分もなくキレイに収まる美しさ。当時、新本格ムーヴメントで館だの猟奇死体だのが脚光を浴びたけれど、どっちかってーとあたしは身近でリアリティある舞台での本格ミステリ──例えば、栗本薫の「優しい密室」とか小峰元とか──が好きだったので、この本の登場は本当に嬉しかった。
 あ、ただ一箇所だけ。「あれ? こんな伏線、講談社ノベルス版にはなかった筈なのに……」と気付いたところがありました。(反転)端のめくれあがった床のタイルに足をとられてコケそうになる生徒の描写。既に真相を知ってる状態で読んだノーカット版なので「うわあ」と思ったのだ。こういうタイプの伏線、あたし結構好きなんだけど。でも、この部分、どうして最初はカットされちゃったのかな。 (02.12.23)
《この本の詳細情報&注文画面へ》  

銅像めぐり旅・清水義範(祥伝社)

 各地に建てられている、その土地にゆかりのある歴史上の人物の銅像を尋ね歩き、そこから歴史を考えてみようという、清水義範の旅行記集。
 ああ、こういうの好きっ。好きなのだけれど……うわはははは、読んでてどうにも《庶民的でスケールの小さい司馬遼太郎》という印象がどうにも強くて。あ、いや、貶してるんじゃないのよ。あたしは司馬遼太郎の歴史紀行文は大好きでよく読むけれど、やはり司馬大先生の考察だから、「ご高説を承る」というふうになってしまうのだ。思わず「へへーーっっ」と平伏してしまうというか。それが、この清水義範の場合は、極めて気楽に読める上に、「あっ、そう考えるのか」と膝を打ったり、「うわはは、こんな失敗してるよ」と笑ったりしつつ、司馬御大に勝るとも劣らないほどの「考察」に触れることができるのである。なんてお得な。そしてなんともったいない。三ツ星レストランの有名シェフの料理を立ち食いそば屋で出してるみたいなもんじゃないか。
 つまるところこれは、清水義範版「街道をゆく」なのである。
【伊達政宗と仙台】伊達政宗が秀吉に下った「理由」には膝を打った。なるほど、有り得る。
【坂本龍馬と高知】八人の幕末の志士の群像「維新の門」の存在は知らなかった。これ、見てみたいなあ。
【ティムールとサマルカンド】ウズベキスタンの場所と歴史をこれで初めて知った。
【織田信長と岐阜、安土】信長の都市づくりが見事だった分、今のさびれようが悲しい。
【ヘボンと横浜】ローマ字の父・ヘボンの話。聖書を訳すくだりは笑える。
【前田利家と金沢】大河ドラマで堪能しちゃったからなあ……ちょっと薄味かな。
【武田信玄と甲府】今の山梨県の「おくにがら」と信玄公との関係には、ちょっと考えさせられる。
【平清盛と神戸】う〜ん、なんかこのヘンで、飽きてきてないか作者(笑)。
【太田道潅と東京】半村良「江戸打入り」が読みたくなったっ!
【西郷隆盛と鹿児島】最終的には反逆者となった西郷隆盛。それでもヒーローなのは、考えてみれば不思議だ。
(02.12.24)
《この本の詳細情報&注文画面へ》  

ロミオとロミオは永遠に・恩田陸(早川書房)

 近未来、人類は汚染された地球を見捨てて、宇宙へと住処を変えていた。そんな中、地球に残って産業廃棄物の処理などの「後始末」に従事することになった日本。こんな灰色の生活の中で、エリートになるには「大東京学園」の卒業総代になるのが近道だ。そんな夢を抱いて、超難関であり体力を要する入試を勝ち進んだアキラとシゲル。しかし入学してみると、「大東京学園」はトンデモナイ学校だった。脱走を企てる生徒は後を絶たず、そしていつしかアキラも……。
 「恩田陸の学園モノ」というブランドイメージは何処へやら、20世紀へのオマージュテンコモリの、ナンセンス&ドタバタ青春活劇だ。い、いや、それでもやっぱり読まされてしまうんだけどさ(笑)。
 ただ……う〜〜〜〜ん、これは本書のせいではなく、完全にあたしの好みの問題なのだけれど。あたしには「SFを読む能力」が無い、ということを実感してしまった。この荒唐無稽な「大東京学園」を、わははと笑いながら読むことができないのよ。性分なんだろうなあ。あたしはとにかく《立場の弱い者が理不尽に虐げられる》という話がすっごく苦手なのだ。
 だから「アメリカ横断ウルトラクイズ」とか「今週のスポットライト」とか、あたしも大好きな20世紀ネタが使われてるにも関わらず、「ふざけてんのよかよ!」と腹が立ってしまうのだ。あ、著者にじゃないぞ、この大東京学園の教師に対して腹が立つのよ。なんでちゃんとした教育をしないの? なんでこんなヘンなシステムなの? 地雷原とか、橋が畳まれるとか、やりすぎでしょう? 椅子が飛び回るなんていうシステムを開発する技術と金があるなら、どうしてそれを生徒のために使わないの?──などと、設定そのものに腹を立ててしまうんだから、これはもう「読み方を知らない」としか言えまい? ま、あたしゃミステリ読んでも「どうして警察に届けないの?」と怒ってしまうようなタチですから。
 実は、
「バトルロワイアル」を読んだときも、あの教師が登場してきた時点で同じ嫌悪感を持ったのよね。これはもう、やはり性分なんだろう。すみません。ぺこりん。 (02.12.24)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

あしたのロボット・瀬名秀明(文藝春秋)

 2003年は、鉄腕アトムが生まれた年。それをモチーフにした【アトムの子】と、そこから派生した【WASTELAND】を間に挟みながら紡がれる、ロボットをテーマにした短編集である。なので、テーマとしては各作品に通じるものはあるものの、【アトムの子】【WASTELAND】以外の各編については、それぞれ単独の物語として読めるようになっている。っつ〜か、もともと独立した形で発表された短編ばかりだしね。
 各作品に通じるもの、それは「ロボットとの共存」である。それがある作品では、「ロボットの心」であったり、またある作品では「ロボットに対する人間の目」であったりする。しかしいずれも、とても悲しく、そしてとても優しい物語ばかりだ。使われ過ぎて手垢にまみれた表現だが「癒される」と言っていいと思う。ロボットという無機質なものを扱いながら、だからこそ人の思いを際だたせるという手法。そこには、ロボットは遠い日の夢ではないからこそ成立する叙情的なリアリティがある。
 そして何より特筆すべきことは。ロボットが「人間のドラマ」を描くための道具として存在してるのではなく、ロボット自身がドラマの一部になっていることだろう。これは著者の、ロボットに対する思いに他ならない。
【ハル】亡き妻が、生前に動きを記憶させたロボットの物語。主人公の心情の起伏に、何度かゾクリとさせられた。
【夏のロボット】思い出の中のロボット。ラストは素晴らしいっ。
【見護るものたち】地雷探査ロボットの物語。切なく、悲しい。科学者の苦悩が心を揺さぶる。
【亜希への扉】ある日、拾ったロボットを修理屋に持ち込んだ少女。前作【見護るものたち】とリンクしており、ラブストーリーとしても秀逸。
(02.12.24)
《この本の詳細情報&注文画面へ》  

迷宮逍遥・有栖川有栖(角川書店)

 これまで有栖川有栖が、他の人の作品につけた解説文を一冊にまとめたもの。国内本あり海外あり、新作あり古典あり。綾辻行人「水車館の殺人」の解説を書いてるのはナルホドだが、森村誠一作品を3作も解説してるなんて!
 困ったのは、あたしが未読のものに限って【このあとはネタバレしてるから本書を読んでから読め】というタイプの解説だったこと。おかけで鮎川哲也作品を初めとする数作の解説は読めなかった(泣)。
 それとちょっと困ったのは……、各解説のタイトルに、必ずしも本の名前が入ってないということ。たとえば「十代の日に読んだ森村ミステリ」というタイトルで森村誠一作品の解説をしてるのだけれど、自分が森村作品を読み漁っていた十代の頃の思いを縷々綴っており、最後まで読んでも、これが何の本の解説かわからない(笑)。巻末の初出一覧を読んで初めてわかる始末。まあ、最後まで読んでもわからなかったのはコレだけだったけど、「途中まで何の本の解説なんだかわからない」というのは結構たくさんあったぞ。ヤッフェのとか。章題の脇にでも書いておいて欲しかった。
 読みごたえがあったのは、やはり「水車館の殺人」か。この解説は前半で、新本格の書き手としての思い(これまでの本格バッシングに対する反論)を「十角館の殺人」の登場人物のセリフを借りて滔々と述べている。あらゆるところで読んだこの手の「反論」は、当時、こんなところまで出てきていたのかという思いと、これを書かなくては綾辻作品の解説は成立しなかったのだろなという思いが交錯する。
 そんな著者が、翻って「社会派」の代表選手である森村誠一を解説してるのも興味深い。社会派の御大を相手に、ここまで「トリック主導」の解説を書き上げる、その気概はなかなかに読みごたえがあった。
 自分も、僅かな冊数ではあるが解説を書かせていただいてる身だ。解説は、本文の面白さを伝えてナンボ、だと思っている。換言すれば、鑑賞の手引きだ。本書を読む前に解説を読んだ人に、これを読みたいと思わせることができなければ意味がない。そういう点で、この森村作品の解説は、本格マニアに森村作品を開かせる絶品なのではなかろうか。 (02.12.25)
《この本の詳細情報&注文画面へ》  

試験に出ないパズル・高田崇史(講談社ノベルス)

 千葉千波くんの事件日記シリーズ、今回は9月〜1月。「本格ミステリなんて、小説じゃない。クイズだ」という批判に対し、真っ向から「そうだよクイズだよ〜〜〜ん」とあかんべえをしてみせるかのようなこのシリーズ、ますますクイズの度合いがアップしていくなあ。川渡しクイズなんて、思わず机につっぷしましたわよあたしゃ(笑)。まあ、クイズを小説手法で紹介してると思えばいいのか。
 しかし今回のみどころは、クイズよりもミステリ色が強い作品が混じってること。最初と最後の2編はモロにクイズなんだけど、それに挟まれた3作は、ストーリィも謎解きもどうしてなかなか「小説してる」のではないかと。
 ところであたしの興味は、すでにぴいくんの本名に集中してるんですが。これこそ、メインのクイズとして「推理」してみせるぞっ。
【山羊・海苔・私】典型的な「川渡しクイズ」の応用。そんな往復する前に、ケータイで警察を呼びなさい警察を。
【八丁堀図書館の秘密】クイズよりミステリ色が強めの作品。ロジックだけで詰めるのは、なかなか。オチも実に気がきいている。
【亜麻色の鍵の乙女】これ、イチオシ! これは本書の中で最もクイズ以上にミステリ色の濃い一作。細かい部分が実にエレガントで、なるほどと膝を打つ快感は充分。
【粉雪はドルチェのように】話自体は嫌いではないのだが、子供の自己紹介部分がどうにも冗漫。
【もういくつ寝ると神頼み】最後でいきなり、正真正銘のクイズに戻ってしまった(笑)。これも有名なクイズの応用。
(02.12.28)
《この本の詳細情報&注文画面へ》  

しをんのしおり・三浦しをん(新潮社)

 ぶわっはっはっはっ。
 著者・三浦しをん氏がデビューしたとき、吉本ばななを引き合いに出した形容が多く、「ふ〜ん、ああいうタイプの作品を書く人なのか」と思った覚えがある。それっきり、特に手を出すでもなかったのだが、知り合いがハマってるという話を聞き、だったら何か読んでみようと思ったワケだ。ところがたまたま手にとったこれ、エッセイ集だったのよね。「吉本ばななばりのブンガク」しか頭になかったので、この「ぶっとびカットビエッセイ集」には衝撃を受けるとともに、かなり笑わせてもらった。いや〜、面白いっ!
 もともとはウェブマガジンに連載されたエッセイを集めたもの。著者の日常が描かれてるんだけど、それがまあ、面白いのなんの。決してドラマチックな出来事を描いてるわけではなく、ごくふつ〜〜〜の出来事や友人たちとの会話、自分の想像を書いてるだけなんだけど、その描写の仕方が絶妙なのね。話ってのはネタそのものではなく、その表し方・見せ方次第なんだということに今さらながらに気付かされる。
 例えば、友人との京都旅行の最中、ふとしたことから始まった「戦隊モノ」に関する会話。自分たちで勝手に「超戦隊ボンサイダー」という戦隊グループを考案し、そのバックグラウンドを練り上げる様には、もう腹筋がつるかと思うくらい笑った。また或いは、高倉健の日常を勝手に想像、いや、妄想するだけの章もある。この妄想がまた、半端じゃない。とにかく笑える、のだ。
 基本的に、マンガやバクチク(っていうロックグループがあるらしい)など自分が好きな分野に関する話も多いが、これもオタク特有の「自分の喋りたいことだけ喋って読者不在」という事態にはならず、あくまでも読者へのサービス精神に満ち溢れた構成になっているあたり、ううむ、天晴れ!
 個人的には、妄想がつっぱしるタイプの章が好きなのだが、どこをとっても楽しい。おまけに、話そのものの面白さよりも、自己ツッコミの手法や、比喩の方法など、文章的に目を見張る部分が大きいのだ。「ここでこういう語彙を持ってくるか!」と感心することしきり。「く〜〜、この表現を考えつかなかった自分が悔しいぜっ、修行せねばっ」と地団駄踏んだり。相手はプロなのにね(笑)。
 好きな人なら、文章や語彙の影響を受けちゃうんじゃないか、そんなふうに思わせる面白エッセイ集である。 (02.12.29)
《この本の詳細情報&注文画面へ》  


書評リストに戻る