蜃気楼・13の殺人・山田正紀(光文社文庫)
東京での生活に疲れた健一は、妻と子供、そして妻の父とともに、N県山間の栗谷村へ越してきた。排他的な村人たちに会い、なんとか溶け込もうと努力する健一。そんな中、青年団が中心になって、村興しのためのマラソン大会が開催された。健一も参加したが、その途中で、具合が悪くなって倒れている人を発見。スタッフに知らせに戻ったが、その間にその人物が姿を消していた。姿を消したのはその人物だけでなく、大会が終わってみれば、なんと8人もの人間が山中のコースからいなくなったという。周囲に逃げ場のない10キロのコースから、いったいどうして8人は消えたのか?
好きよ・柴田よしき(双葉社)
先家菫子は、恋人との別れを身近に感じながらも、半ば諦めていた。そんなとき、仕事上で菫子に対する嫌がらせを受ける。犯人を示す手がかりは、FAXに残された指の跡。しかしそれは、2年前に自殺した同僚、愛果を指し示すものだった──。
蛇行する川のほとり(1)・恩田陸(中央公論新社)
毬子は高校1年生。夏休み、美術部でやっている舞台の背景を描くために、先輩の家で合宿をすることになった。その先輩は、毬子の憧れの女性・香澄と芳野。憧れの二人に誘われて有頂天になる毬子だったが……。
L文学完全読本・斎藤美奈子(編・著)(マガジンハウス)
L文学とは何か。LOVE,LADY,LIVE。今、日本を席巻している「女性を元気にする文学」のこと。そう言えば、いるぞいるぞ。今をときめく江國香織・角田光代・鷺沢萠・梨木香歩・よしもとばなな。文学賞だってとってしまう唯川恵・中山可穂・川上弘美。大人の世界の山田詠美・姫野カオルコ・斎藤綾子・谷村志穂。ミステリ界だって枚挙に暇がない。こんな「L文学」はどこから来たのか。どんな物語なのか。それを論説し、ジャンルによって紹介・解説したブックガイドがこの本。なんと俎上に乗せたL文学250冊、詳しく紹介された作家26人。
ショッキングな本だ。そして、考えさせられる本だ。
舞台は近未来。人類は時間遡行技術を実現し、国連主導のもとに歴史の「改善」に着手した。ところがその代償として、感染能力の高い奇病・HIDSに襲われ、人類は滅亡の危機に曝されてしまう。その打開策として国連は、いくつかの「歴史の転換点」を「再生」させて歴史を確定させることになった。日本では、「2・26事件」がその「再生・確定」対象として選ばれる。事件の首謀者数人に国連機関との連絡機を持たせ、「再生」がスタートした。史実との不一致が発生したら再生は強制的に中断され、再び時間が戻されてのやり直しになる。ところが、史実とは大きく異なる事象が起こったのに、なぜか中断されない。いったい何が起こったのか。そしてそんな中、このチャンスに、今度こそ昭和維新を成功させようとする者が出てきて……。
水曜日のジゴロ〜伊集院大介の探究・栗本薫(講談社)
六本木で女性専用のバーを営む樹は、年季の入ったレズビアン。ある夜、その店に二人の女と一人の男がやってきた。ホストと見まがうばかりに美しい男・千秋。樹はあぶれた方の女と一夜を過ごすが、翌日、その女が遺体で発見される。そして昨夜の千秋が再び樹のもとを訪れ……。
ファンタズム・西澤保彦(講談社ノベルス)
印南野(いなみの)市で、女性連続殺人事件が起こる。まるで何の工作もしていないかのように、ふんだんに残された遺留品は、どれも同一人物が犯人だということを指し示していた。しかし、殺し方も不統一だし、現状に不可解な点も残る。何より、被害者となった女性達の共通点が分からない。警察はその共通点を躍起になって探すが、彼女らの側にいながらも深い関係ではなかった有銘継哉(ありめ・つぐや)の名前は、なかなか捜査線上に浮かばなかった……。
牛乳の作法・宮沢章夫(筑摩書房)
宮沢章夫の最新エッセイ集だが、例えば新潮文庫三部作(「牛への道」「わからなくなってきました」「よくわからないねじ」)のような、日常の小ネタ拡大再生産的お笑いエッセイとはちょっと、いやかなり違う。過去の著書の中で近いものを挙げれば、「考える水、その他の石」が最も近いのではないだろうか。つまり、演劇(著者の本業だ)に題材をとった真面目なものと、いつものお笑いとが、ランダムに並べられているのだ。
「タマちゃんラーメン」で有名な食品会社、珠川食品に中途入社した佐倉涼平は、広告代理店にいたという経歴を買われて、新商品のネーミングを決める会議に出席した。ところが、そこで彼を待っていたのは、旧態依然としたどうしようもない上層部。思わずブチ切れた涼平は、社内のリストラ要員が集まる「お客様相談室」へ異動させられてしまった。そこにいたのは、一癖も二癖もある連中ばかりで……。
ようやくの文庫化。これの初出は1990年のカッパノベルスだから、実に13年目にしての文庫化だ。どうしてこれまで文庫化されなかったかは、巻末の新保博久氏の解説に詳しい。著者である山田氏本人が出来に満足しておらず、文庫化を拒否していたのだという。で、今回、手を入れての再刊となった次第。その手を入れた箇所というのが、ノベルス版では登場してなかった名探偵・風水林太郎の登場である。が、風水は特に何かをするってワケじゃないんですが(笑)。
さて、内容だけど、これがまた何ともオーソドックスにして王道ともいうべき、真正面からの本格ミステリ。排他的な山村、イベントの最中に消えた複数の人物、それも「10キロに及ぶ密室」から! それだけじゃなく、湿地に跡を残すことなくトラクターが宙を飛ぶし、死体は消えるし、おまけに燃えるし、妙な古文書は出てくるし、その古文書の通りに事件は起きるし! 決して目新しさはないが(13年前ですから)、でもこういうのが一番、本格好きのストライクゾーンに来るのよねえ。それもど真ん中に。150km/h台の直球でストライク。
トラクターの一見は、実現性という点で少々首を傾げるが、それ以外は実にスマート。王道すぎてサプライズは薄いけれど、逆に言えば、まだあまり本格ミステリを読み込んでない、すれてないピュアな読者には格好の一冊なんじゃなかろうか。
物語に絡んでくる時代背景の取り込み方も秀逸。ただ、著者がこの作品を気に入らず、今回は風水林太郎を出したということだけど、個人的には、そんな必要なかったんじゃないかと思う。逆に風水林太郎のシーンって、浮いてる気がするんですが。確かに名探偵不在で、健一の行動と岳父の推理で小出しに謎が解ける過程はカタルシスを得にくいけれど、それでも充分エレガントだと思うし。
(03.1.30)《この本の詳細情報&注文画面へ》
うわ、しまった。これってホラーだったのか。そう言えば帯に《死の影に潜む"邪悪な存在"との戦慄の戦いの果てにある真実とは?》って書いてある。そうか、ホラーか……いや、読んでる最中からね、妙にオカルトがかってるなぁとは思ってたのよ。でも、2年前の同僚の自殺の真相を探るミステリだとばっかり思ってたもんで。
という思いこみがあったために、読み進めるうちに「……あらら?」となってしまった。いや、これはもう完全にあたしのミス。まあね、物語の始まりがまたミステリっぽくて……いや、それも思いこみのなせるワザか。あ〜あ。
とまれ、ストーリーテリングは抜群に巧い著者だけのことはあって、ミステリじゃなかろうがホラーだろうが、読ませることに代わりはない。いろんな人間関係が入り乱れているのに、スッキリと読者に届ける手腕はさすが。キャラクターも、等身大のリアルな女性を書かせたら天下一品だ。冴絵なんて、途中から出てきてこんな役どころですか、とビックリしてしまったが、それがぜんぜん嫌じゃなくて、むしろドラマチックなのよね。それに引き替え男性キャラって……どうもこの物語、戦う女性に情けない男性という構図がハッキリしてて、なかなかに小気味良い。
で、ホラーだという認識を持って読むと……このラストはどうなんだろう。ぐわっと盛り上がっては来たものの、相手がこういう「何でもできます」みたいな相手だと、戦う側としてはどうしようもないじゃない? 決着のつけかたも、なんだか拍子抜けだし。どうも最後になって、一気にドタバタしたような観は否めない。展開が唐突過ぎるっていうのかな、ホラーとは言え、ここに到達するまでは結構理詰めで来た筈なんだけど、いきなり理も何もなくなっちゃって、これまでの経過がすっとんじゃった気がするのよね。
この物語がはらんでるテーマはシビアなものだし、登場人物には充分に感情移入できるだけの魅力があるし、前半で起こった事件はそれこそミステリ読みのツボにはまるような不可思議興味なんだから、たとえ理に落ちないホラーであっても、ホラーなりのスジというか「理」の部分を最後まで残してくれたら良かったのに。
(03.2.4)《この本の詳細情報&注文画面へ》
帯に「待望の書き下ろし三部作 第一弾」とあったので、なんとなく一話完結の話が3つ、オムニバス風に出てくるんだとばかり思って読み始めた。……全然違った。これ、三部作っていうより、完全に続きモノじゃん! まだ導入部よ導入部。それっぽい登場人物が出そろって(美少女に美少年ってあたりがイカニモ)、とある夏の日々が始まって、その最初の夜に、「えっ!」というような事件の《兆し》があって──そこで、終わり。ぐわあああ、こんなとこで終わってるよ。まだ何も起こってないじゃん何も始まってないじゃん! 完全に導入部だけじゃん! おもわせぶりテンコモリな「ショッキングな一言」で終わってるよ!
でもって、2冊目は4月発売、3冊目は8月発売なんだそうだ。ああ、「グリーンマイル」や「真・天狼星ゾディアック」のパターンでやるのなら、せめて月刊にしてくれ。でないと忘れちゃうよおお。
ということで、まだ何も始まってないので、感想らしい感想も無し。勿論、期待通りの恩田カラーで「引き」は充分。とにかく思わせぶりなんだから。4月の2巻が待ち遠しいが、これは3巻まで出そろってから感想を書いた方が良さそう。お薦めマークがつくか否かも、最後まで読んでからってことで。
(03.2.4)《この本の詳細情報&注文画面へ》
まず、どうしてこんなにL文学が受けるのかの洞察から始まるが、これが面白い。「女の子」の読書遍歴の話である。《「あしながおじさん」「赤毛のアン」「若草物語」にハマった少女時代》→《コバルト文庫で育った中高生時代》という流れにあった女性が、大人になって発見したのがL文学だというのだ。そして、今話題のL文学が、いかに《名作少女小説》の要素と、《コバルト文庫》の要素を受け継いでいるかが語られる。もう、膝を打っちゃったわよ。
この本のひとつの売りは、メイン著者・斎藤美奈子だけではなく、児童文学のカリスマであるひこ・田中による少女小説論あり、L文学の開祖とも言える田辺聖子のロングインタビューあり、女性書店員の対談あり、現役女子中学生・高校生へのアンケートありで、多角的にL文学を捉えていることだ。そこから更に、時代ごとのヒットドラマとの関係、少女漫画との関係、ヒット音楽との関係などを、それぞれの分野に造詣の深いプロが解説している。
ブックガイドとしても、ジャンルに偏りがないのがいい。学園モノ、仕事をテーマにした働く女性の話、恋愛、性愛、家族、大河ロマン、ミステリ、男などなど、28のテーマ別にお薦めL文学が紹介されている。中には男性作家の本もあるけれど、女性向きというのが大前提。
あ、そうか。「ミステリ」の項で何が紹介されてるかを言えば、ここの読者にはL文学の何たるかが伝わりやすいよね。「毎日がミステリ」というコーナーでは、加納朋子・近藤史恵・光原百合(なんと推協賞受賞作の方ではなく、デビュー作の方が紹介されてる)・恩田陸・宮部みゆき・北村薫・赤川次郎の作品が紹介されてます。一方、「探偵な女・犯罪な女」というコーナーでは、小池真理子・柴田よしき・乃南アサ・桐野夏生・山本文緒、そしてこちらにも宮部みゆきというラインナップ。ね、ちゃんと押さえるところは押さえてるでしょ? これらの人のどの作品が紹介されてるかは、本書を読んでみてね。
(03.2.10)《この本の詳細情報&注文画面へ》
ジロジロ見ないで〜“普通の顔”を喪った9人の物語・高橋聖人(撮影)&茅島奈緒深(構成)(扶桑社)
顔に修復不可能な傷やアザ、病気を持った人が9人、登場する。生まれついてのアザ、重度の火傷による傷やひきつれ、血管やリンパ管の病気による腫れや変形、そして無毛。そんな人々が、真正面からアップで写真に収まっている。顔の写真。そして、その人のふだんの生活の風景など、4〜6枚の写真のあとに、当人の話。
正直言って、人間の顔というものは、病気やケガでここまで変形するものなのかという衝撃。そして、それに衝撃を受けている自分に対する、後ろめたさ。果たして自分は差別しないでいられるかどうか──無論、悪意のある差別なんか絶対にしないつもりでいるけれど、でも、もしも往来で彼らを見かけたら、無意識のうちに「ジロジロと」見てしまうんじゃないだろうか? 或いは「見ちゃいけない!」と強く意識して目を逸らしてしまうかもしれない。彼らが自分の知り合いではなく、まったく無関係な人だからこそ──無意識のうちにも絶対しないとは言い切れない、そんな後ろめたさ。
読み進むうちに、この9人が背負ってきた苦労や辛さに感動するより前に、お前はどうだ、お前はどうなんだと、自分が試されているような気がしてくる。
実際の所、彼ら個々の話の中には、素直に「たいへんだったんだなあ、偉いなあ」と思えるものもあれば、「ちょっとその言い方は腹立つなあ」と思うものもある。でも、それはそれでいいのだ。障害(敢えてそう表現する)を持つ人はみんな努力家で天使みたいに良い人、という発想の方が怖いと思うから。中身で「こいつ嫌い」と思うならアリだと思う。しかし彼らは中身で判断される前に、別のもので判断され、扱われてきた。この事実は、はっきりと認めるべきだ。
こうして写真を出すことに、どれだけの勇気が要ったか、想像を絶する。「可哀想」と言うのは簡単だ。しかし、「可哀想」では話は進まない。色の白い人がいて、黒い人がいて、背の高い人がいて、低い人がいることは「当たり前の違い」として普通に認めるのに、顔の「傷」は「違い」ではなく「異常」と捉える現状がある。顔だけでなく、身体の欠損、行動傷害などを、まだまだ「異常」としか見ない現状がある。「異常」ではなく「違い」なんだということを認識しなければならない。日本人はそれが苦手だ。でも、やらなくてはならない。
最後に登場する、円形脱毛症が高じて全身無毛になってしまった女性は、実に美しい。しかし彼女の章のラストは、本当にショッキングだ。
尚、この本は、小学校4年以上で習う漢字にはふりがなが振られ、子供でも読めるようになっている。
(03.2.1)《この本の詳細情報&注文画面へ》
ねじの回転・恩田陸(集英社)
うわああ、これは面白いっ! 「あのとき、こうしていれば歴史はどう変わったか」というのはこれまでも何度も使われてきたテーマだが、この扱い方は実に巧いなあ。「2・26」を史実通りにやり直す──それなのに、なぜか巧く行かない。殺さない筈の相手を殺してしまう、陸軍発表の文章がちょっと違う、そんなことで大きくズレていく未来。その度に、青年将校達は焦り、自らの使命と、当時の理想の間で揺れる。何しろ彼らは知っているのだ。この決起が失敗することを。そしてこの事件がきっかけとなって日本が軍国主義の道を進むことを。──そしてあかされる、意外な《真実》。
ラスト近くになって、思わず息を呑んだ。断章のように綴られてきた部分が、一本の線で結ばれた瞬間の、なんとも言えない驚き。複雑な構成が、最後になって見事な絵を描いてくれるカタルシス。やっぱこうでなくちゃ!
そして何より。この物語は読んでる最中以上に、読み終わってから後を引く。ここで提示されたラストシーンが持っている意味。これに触発され、もしも2・26の時、もっと海軍が早く動いていたらとか、生き残ったのが岡田ではなく高橋是清だったらとか、この物語には出てこなかった「もしも」を考え始めてしまうのだ。歴史好きにはたまらない。読んだあとも数時間楽しめる。これはお薦め。
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ああ、もう《伊集院大介》シリーズだからといって、ミステリだと思っちゃいけないのね。ハナっからミステリを書こうとは思っていない話の作りだ。確かに人は死ぬし、犯人探しがまったく無いわけじゃないし、最後には真犯人も分かるんだけど……でも、そんなの全然主眼じゃない。だいたいこれなら犯人誰だっていいじゃんてなもんで。そういう謎解きの醍醐味ってもんは、一切無し。
じゃあ何かっていうと……風俗小説であり恋愛小説であり、という要素の方が強いのね。クサい言い方をすれば、樹や千秋の《自分探し》、否、《自分を探そうとしたけど何だか違う方向へ行っちゃった》みたいな話。女には不自由していないカッコイイ二人が「でもホントの俺を見てくれる人はいないんだ」と拗ねまくる、という話だ。拗ねた結果、なんかおかしなことになっちゃいました、みたいな。
う〜ん、これはどう捉えればいいんだろうなあ。なんせ、自意識過剰な二人の会話が延々と続くので、読んでて辛い。頼みの綱の伊集院さんは最初と最後にちょこっと出るだけだし。無論、主役二人のジレンマや悩みは伝わるし、そこに殺人事件がからんでスリリングな展開にはなるんだけども、結局のところ「六本木という名の刹那の街をさまよう僕たちの、よるべない旅は続く」という、浮き草描写だけが残った気がする。
ああ、栗本薫の《本格ミステリ》が読みたいよお!
(03.2.10)《この本の詳細情報&注文画面へ》
う〜〜〜〜ん、何て言えばいいんだろうなあ、これは。いや、仕掛けは分かる。「ああ、そういうことなのね」とは思うんだけれど、そしてその仕掛けはなかなかに巧妙で魅力的なものなんだけど、でもその後の着地が……。こんな着地では、「おおっ!」とは思えないのだ。ファントムの正体がこれなばっかりに、せっかくの仕掛けが生きてこない──と思うのは、すべてが収まるところに収まってくれなきゃイヤという狭量なパズラー読みの欠点なのか?
この話の感想をネタバレ無しで書くのはとても難しいので、反転しますが(ここより反転)有銘継哉による「リサ」や「ナオミ」の殺害シーンが実はアメリカが舞台だった、というのに気付いたときには「おお、なるほどそうか」と思ったのよ。でも、だからといって日本でも同じ事件が同じ日に起こってるという事実は変わらない。じゃあ、日本での事件は誰の仕業なの?という謎は引き続き残る。それが、別人格だかドッペルゲンガーだか知らんが、つまりは「僕は同時に二箇所に存在できて、日本の事件の犯人も僕なのさ」というような超常的なオチなワケだ。ねえ、だったらこの「日本と見せかけてアメリカだった」という叙述トリックは、何のためにあるの? 普通はこの手の叙述トリックが解明された時点で、《実はこの二つは別の話でしたあ》みたいなことになるのが常だが、これはそうじゃない。だったら、「叙述トリックはわかりましたが、で、それがどうしたの?」としか言えないじゃないか。この叙述トリック自体はとても魅力的で騙されたけれど、それだけが浮いていて、物語の中でどんな役割を果たしているのか、このトリックを仕掛けることによってどんな効果があるのか、まったく分からない。
それとも、あたしはまだ何かを見逃してますか? やっぱり、「なんだかんだ言ってミステリの読み方で読んじゃった」のが最大の間違いなのかな?
(03.2.14)《この本の詳細情報&注文画面へ》
それも、お笑い系の比率はかなり低い。しかし、「考える水、その他の石」に比べると、真面目系の文章の中にも《宮沢節》が織り込まれているのが特徴か。それが巧い具合に真面目な話題へと結びつく。「迷う」の章など、出だしが著書の「サーチエンジン・システムクラッシュ」のタイトルが他人に通じなかったというツカミから入って、これがまたいつもの《宮沢ネタ》というか《小ネタ拡大再生産》方向だったものだから嬉しくなって読み進めたら、いつの間にか「都市と犯罪」というところにまで話が進んでしまい、それもしっかり(それも自然に)読まされてしまっていた。なんか、うまくのせられたような。筆力だなあ。
中でも「逍遥する」の章などは、これはもう立派な坪内逍遥論である。いつしか宮沢章夫のエッセイ集であることを忘れ(それが良いことなのかどうかはさておき)、坪内逍遥と、そこから派生する戯曲論にどっぷり浸かってしまった。まさか宮沢章夫のエッセイで、こんな評論が読めるなんてなあ。
また、「立つ」の章は舞台劇論だ。いつもの軽いノリでページをめくっていたら、いきなり横っつらを張られた気分である。これは、心して読まねばならない本であったか。しかしだったら、このタイトルはないよなあ。これって明らかに、従来のお笑いエッセイ系のタイトルなんだもん。
(03.2.17)《この本の詳細情報&注文画面へ》
神様から一言・荻原浩(光文社)
うわははははは、やっぱ面白いなあ荻原浩。とにかく「お客様相談室」──要は消費者からのクレーム処理係──の面々がキャラ立ちまくり。ギャンブル好きでさぼり魔ながらクレーム処理の腕は天下一品という篠崎や、コンピュータおたくの羽沢、業務のストレスから失語症になってしまったのに電話をとろうとする神保、そしてグラマー美女にして素っ頓狂なしたたかさを持つ宍戸が後に加入する。
クレーマー処理ってのが果たしてホントにこういうふうに為されているのかは分からないが、素人が読む分にはとても説得力がある。ほどよい荒唐無稽さと、ほどよいリアリティがミックスされ、最初は単なる「業界の裏側的面白さ」だったのが次第にエンターテインメントになっていくのはオミゴト。細かいクレーム処理のひとつひとつに面白さがあり、キャラの一人一人に変化がみられ、そして全員で一致団結して暴力団からの強請に立ち向かうあたりなんて、もうブラボー! そして話は、そこから更に大きく動くのだ! わお! なるほどこんな秘密があったとは!
この物語の巧いところは、「お客様相談室」のキャラ立ちメンバーによる《お笑いプロジェクトX》みたいな部分と並行して、涼平の恋愛問題が描かれている箇所だと思う。これは下手にやると「余計な装飾」になりかねないのだが、この物語においては、涼平の「私」と「公」が上手に折り合いながらゴールを目指すのだ。「公」において、とあるゴールに達したとき、「私」のゴールも見えてくる。それはその二つが直接関わっているということではなく、「公」の中で培った涼平自身の変化や成長が「私」をも変えていくのである。
そして「公」のゴールの前には、辛く悲しい出来事がある。「お客様相談室」のキャラ立ちメンバーそれぞれに、思いがあり事情がある。そこで一旦深く沈み込んだ反動が、ラストでの大きな跳躍に繋がっていく様は実に感動的にして爽快。そしてラストシーンは絶妙だ。思わず「ああ、よかったあ」とニッコリしてしまった。
うん、これはお薦め。毎日のお勤めに疲れてるあなた、これを読んだら元気がでること間違いなしよ!
(03.2.20)《この本の詳細情報&注文画面へ》
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