お厚いのがお好き?


ロンド・柄澤斎(東京創元社)

 画家の三ッ桐威が事故死した。彼には「ロンド」という代表作があったが、それは20年前にわずか3日間公開されただけで、写真すら残っておらず、今では在処もわからない。その幻の傑作が発見されたという知らせを受け、美術館学芸員の津牧は喜んだ。ところが、ある日、津牧のもとに「ロンドPart1」と銘打った不思議な個展の案内状が届き、その場へ赴いた彼は殺人事件へと巻き込まれていく──。
 文章がもう、なんというか、美辞流麗の極み。流麗すぎて、文章ではなく絵をみているようだ──と書くと「さすが画家が書いた小説」というふうにとれるが、そこに出てくる絵は抽象画である。もう、ホントに細かいとこまで、日常的なシーンまで、「もっと普通に書いたらええやん」というくらい、メタファ使いまくりレトリック凝りまくり。もちろんこういうのは個人の好みだから「この文章がステキなのよお!」という読者もたくさんいるだろうが、あたしにとっては、逆に読みにくくなってる気がするんだけどなあ。
 この流麗な文章と、ふんだんに盛り込まれる絵画の蘊蓄、そして殺人を「絵」という芸術として捉えている犯人像など、小道具はかなり幻想的なミステリのそれである。が、その実、ここに描かれている事件と謎解きは、かなり堅実というか、地に足の付いた、真っ向勝負の本格ミステリだ。幻想風味が強いのは苦手なので、ちょっと安心。
 そう思えば、殺人事件の道具建ても、そこここに散らばる伏線も、なんともまぁ魅力的なことよ! 真相もなるほどと膝を打つ。これだけのボリュームを飽きさせずに読ませるだけの、物語の緩急のつけどころ、キャラクターの造詣、退屈にならない蘊蓄などなど、この筆力はたいしたものだ。何ともいい具合に事件が起きて、話が進むのよねえ。引きが巧いんだな。
 ただ、予想外に早い段階で犯人が割れ、犯人の語りが始まってしまうのよね。これだけまだ厚みが残ってるんだから、きっとどんでん返しがあるぞと思って読んだのだが……(<そういうメタな読み方をするなよ)。そのせいで、真相解明のシーンはなんだかずーっと説明が続く感じで、サプライズやカタルシスはあまり味わえなかったのが残念。
 それにしても、この息子の造詣は……こういうキャラ、一番イライラするのよねえ(笑)。一度、自衛隊にでも入れてみたらどうだ、と言いたくなるんだけど。 (03.2.26)
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旅行者の朝食・米原万里(文藝春秋)

 ロシア語通訳として活躍中の著者による最新エッセイ。タイトルの通り、《食べ物》をテーマに小気味よい文章が楽しめる。食べ物ネタとは言っても、チェコで育ち、ロシアを始め海外に何度も足を運んでいる著者なので、珍しい食べ物にまつわる話がワンサと出てきて、「へえ」と思うことしきり。
 例えば、ロシアで有名な小咄。ある男が森の中で熊に出くわし、こう訊かれる。「お前さん、何者だい?」「わたしは旅行者です」「いや、旅行者はこの俺様だ。お前さんは旅行者の朝食だよ」──こんな子供だましのような他愛もない小咄に、ロシア人は大笑いするのだそうだ。もっと秀逸な小咄はたくさんあるのに、どうしてこれがそんなにウケるのか。そこには、ロシア人しか知らない《旅行者の朝食》があるから。その正体は……とか。
 また、キャビアを密輸しようとした男の話や、子供の頃に一度だけ食べたロシアのお菓子《ハルヴァ》に魅せられ、ずっと探し求めている話など、思わずロシア料理店をネットで探して食べに行きたくなるくらいだ。
 笑ったのは、いきなり電話してきた在露邦人から恨み言を言われた話。ロシアに住むその夫婦は、著者が前回訪問したときに置いてきたとある日本の本を読み、激怒しているのだ。その本に出てくる日本の食べ物が実に美味しそうで、食べたくて食べたくて、でもロシアでは手に入らない。どうしてくれるんだ! ──さて、その本とは?
 最も印象に残ったのは、ヨーロッパやロシアでジャガイモが根付くまでの歴史の話。悪魔の食べ物とされていたジャガイモは、それがどれほど美味しくて栄養があるかを統治者がいくら説いても農民は聞こうとしない。罰されても作らない食べない。それが今のようにロシアの主食になるまで、どのような紆余曲折があったのか。エカテリーナまで出てきて、なんとも壮大なジャガイモ史が展開されるのだ。これは実に面白かった。
 後半はロシアに限らず、著者の身の回りで起こった食べ物ネタが中心となる。人間は「生きるために食べる」人と、「食べるために生きる」人に二分されるそうだが、「私は絶対に後者!」と断言する著者だけあって、さすがにどの食べ物も描写がリアルでまるで一緒に食べてるような気分になるほどだ。重めの話は上述のジャガイモくらいで、あとは気楽に楽しくサクサク読めます。 (03.2.28)
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a piece of cake・吉田浩美(筑摩書房)

 クラフトエヴィング商會の片割れ、吉田浩美氏による《いろいろな本、作ってみました》という一冊。「らくだこぶ書房21世紀古書目録」同様、実際にその本を作り、その中身(の、さわりだけ)と装丁を紹介するという趣向。もう、どれだけ手間と金がかかってるかを考えたら、感服するしかない。
 ここで作られた本はどれもステキで、例えばいろいろな活字(や彫り文字)の「A」や「a」ばかり集めた本。犬のちょっとした表情と物言いがやたらと可愛い絵本「ゆっくり犬の冒険」、合間にほうじ茶をいれて休憩するところまで入っているパン焼きレシピ「夜更かしのためのパン焼きレシピ」、旦那様である吉田篤弘氏によるファンタジックでステキなショートストーリーを収めた「ものすごく手のふるえるギャルソンの話」「夜遅くの客」「眠い文鳥」(パン焼きレシピとこの3冊は中身の話が全部読めます)、バイエルの8小節だけを一冊の本にした「BEYER No.53」などなど、側に置いておきたい本ばかり。ホントに出版してくれないかなあ。
 あたしが最も好きなのは、「誤字標本箱」。クラフトエヴィング商會が本を作ったとき、印刷所が間違ってしまった活字ばかりを集めたもの。この字がどんな文脈でどう間違われたのかの解説つき。誤字は26文字なのだけど、この26文字が最後に──どうなるかは、読んでのお楽しみ。遊び心満点で、すごく楽しい。
 特筆すべきは、3人のゲストかな。漫画家・フジモトマサル氏による寄贈本は、セリフや説明が一切無い、絵だけで話が進む13ページのショートマンガ。このマンガは後を引くよ〜〜。セリフが無いだけに、より一層後を引く。そして、コルク人形作家である片倉まみこ氏による「283番目のコルク人形」。これ、ワインなどのコルク栓を使って人形を作ってるその過程が出てるっていうそれだけなんだけど、もう異様に可愛らしい。そして坂本真典氏による写真集「明鳥」。朝の東京の風景写真なんだけど、見入っちゃうのよね。この3冊いずれも、本にしたのはクラフトエヴィング商會。市販はされていない(してくれ!)この本の中だけに存在する、本たち。この本一冊が、様々な宝石の入った宝箱みたいなものなのです。 (03.3.1)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

敬虔な幼子・エドワード・ゴーリー(河出書房新社)

 本を開くといきなり「ゴーリーTシャツ特別限定販売のお知らせ」なんていうチラシが挟まっていて、おおお欲しいっ!とノタウチ回りながらページをめくった。カバー折り返しに書かれた惹句は「あまりに純粋で清らかな魂が、汚れたこの世から昇天するまでを、独自の手法で描いた傑作」とある。
 独自にも程があるわいっ。
 主人公の少年は、確かに「純粋で清らか」だ。しかし、そこはゴーリー。一筋縄ではいかない。不信心者が邪心にひれ伏さぬよう、小銭をめぐんでやるために自分はおやつを食べない、とか。日曜日に遊んでいる男の子たちに、安息日に聖書を読まないとは何事だと窘めるとか。挙げ句の果てに──うわあ、押し付けがましい! 「純粋で清らか」な魂ってのは、こうも押し付けがましくてはた迷惑なものなのか。だいたいどうして「何かできることはないかと、両親に朝に夕に訊ねる」ときに金槌を持ってるんだこのガキはっ!
 表面だけ見れば、「純粋な魂が自己犠牲の果てに神に召された、神に召されることをこの清らかな子供は喜んだ」という、良い話(なのかな?)の筈なのだけれど、とてもそうは思えない。無論、上に書いたような「純粋って迷惑ね」というのもビシバシ伝わるんだけど、それだけでもない。この少年は果たして本当にこんな自分が好きだったのかな。いや、好きで信じ切ってるからこそ、こういう行動がとれたんだろう、だったら本当に彼は幸せだったのかもしれない。「人のために自分にできることを」と言っていた少年が、実ははた迷惑な子でしかなくて、だけど自分はこれで良いと信じたまま死んだというのは果たして良かったのか悪かったのか。この子は幸せな子なのか可哀想な子なのかイヤな子なのか……読む度に違った感想が心に浮かんでくる。単純なストーリーなのに、後を引くことこの上な。この時点で、ゴーリーの術中にはまっているのだけどね。
 またゴーリーのイラストが……(笑)。これも見る度に、同じ絵が可愛らしく見えたり、憎たらしく見えたりする。この奥の深さ(それも深いだけじゃなくて捻れている)と、「後を引く」のが、ゴーリーの醍醐味なんだよね、やっぱり。 (03.3.4)
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趣味は読書。・斎藤美奈子(平凡社)

 「月刊百科」に連載されていた書評コラムをまとめたもの。ベストセラーは数々あれど、なんとなく読む気がしない。そんなあなたのために斎藤美奈子が代わりに読みます感想書きます、ってな主旨の本である。ああ、助かる(笑)。
 しかしそこはそれ、斎藤美奈子ですから。日本中が感動した本だろうが何だろうが、もう斬りまくる斬りまくる。いっそ気持ちがいい。おまけに彼女特有の視点が新鮮で「あ、なるほど!」と思わせること多々あり。俎上にあげられている本は(帯に背表紙がズラリと並んでて壮観)、「大河の一滴」「老いてこそ人生」「プラトニック・セックス」などのエッセイ、「永遠の仔」「模倣犯」「鉄道員」「冷静と情熱の間」「海辺のカフカ」などの文芸書、「声に出して読みたい日本語」「光に向かって100の花束」「空想科学読本」「世界がもし100人の村だったら」「買ってはいけない」などの企画本、「ハリー・ポッター」「五体不満足」「だからあなたも生き抜いて」「チーズはどこへ消えた?」などの超ベストセラー本、などなど、全部で41タイトル。
 最初は感心したり笑ったりしながら読んでいた。前書きにかかれた「読書とは非常にマイナーな趣味である」という解説には膝を打った(「本」というものに信仰めいた気持ちを持ってる人は、マジでこの前書きだけでも立ち読みして下さい)。本編に入ってからも、まず「大河の一滴」「日本語練習帳」というような、まぁあたしにとって「どうでもいい」本が対象だったので、わはははと笑いながら読んだわけだ。
 しかし。これが「自分が感動した本」が俎上にあげられると、そうも言ってられなくなるのである。具体的には、「永遠の仔」「模倣犯」「鉄道員」「ハリー・ポッター」のあたりである。斎藤氏自身「自分はエンターテインメント小説には弱い」「斎藤はミステリをわかっていない、とお叱りを戴いた」などと書いているくらいで、確かに「弱い」分野ではあるのだろう。ただ、それにしても、反論したくてしかたないぞ。だってね、「永遠の仔」がアダルトチルドレンの小説であることを、なぜ誰も表だって指摘しないのかとか、「鉄道員」は怪談だという事実を、なぜ今日まで誰も教えてくれなかったのだろう、なんて書いてるんだもんッ! アダチルも怪談も、飽きるくらい指摘されてたっつーの!
 もちろん、自分の好きな本が貶されたからと言ってそのことに不満を持つほどバカではなし、それ以外の文章には「そうだよなあ、わはは」と頷いていたのだが、それでもやっぱりこの2文だけは「違うの、違うのよおおお」と頭を左右にブンブンと振ってしまうのである。
 ということは。文芸書以外の「あたしには読む気の無かったベストセラー」も、それを読んで感動した人は、それなりの反論があるのだろうな。たとえ相手が大好きな斎藤美奈子であっても、名もないネット書評であっても、やっぱり本の感想は自分で読んでナンボだ、という思いを強くしたのであった。 (03.3.2)
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四日間の奇蹟・朝倉卓弥(宝島社)

 事故で薬指の先が欠けてしまったピアニスト・如月。彼は失意のうちにも、その事故で知り合った、身よりのない少女・千織を自宅に連れ帰る。両親と相談して千織は如月家に引き取られたが、彼女には知的障害があった。しかし彼女は音楽には抜群の才能を見せ、一度聞いただけで、その曲をピアノで寸分違わず再現してみせたのである。如月は彼女にピアノを教えるとともに、彼女と老人ホームなどの慰問にまわるようになった。ところが、とある慰問先で事件が起きた──。
 宝島社が鳴り物入りでデビューさせた《「このミステリーがすごい!」大賞》受賞作である。(ミステリなのか?)
 あまり好きな言葉ではないけれど他に言いようがないってくらい「癒し」の物語だ。登場人物は皆、なにがしかの不幸な事情を抱えている。冷静に考えればかなり悲惨な状況での物語なのだ。その一方、出てくるのはみんな良い人ばかりで、主人公は金銭的にも恵まれ、よくよく考えれば「こんなキレイゴトで済むかよ」と言いたくなるような大甘の話でもある。それなのに、思わず引き込まれてしまうんだよなあ。キレイゴトが許せてしまうというよりも、キレイゴトを現実味あるものとして成立させてしまった筆者の力だ。これは物語自体が持つ吸引力の他に、ディーテイルまでないがしろにしない描写、余計なレトリックに走らない文章力、そしてただ単に「良い人」というだけではないリアルな肉付けが登場人物に施されていることが大きい。ファンタジックな癒しの物語だが、地に足がついている堅実さが読み手の心を掴むのだろう。
 物語中盤で事件が起こってからは、もう一気呵成である。真理子の思いが胸に痛い。終盤でとある人達が現れたときには、胸が震えた。ええいっ、甘いといわば言え、しっかり感動しちまったんだよッ!
 尚、選評でも触れられているが、メインのネタは「あ、これって、アレと同じじゃん!」と誰でも思う類のものだ。でも、それが瑕疵だとは思わない。だって、設定が同じってだけで、その持っていきかたやテーマへの結び付けは別物だもの。これが「先行作がある」ってことになるなら、孤島モノも、吹雪の山荘モノも、全部先行作があるってことになってしまう。これはこれで、既にひとつのジャンルなんじゃないかな。ただ、そのせいで、総じて新味に欠けるきらいがあって、どうも最後まで「良くある話」「どっかで読んだような話」という印象が抜けきらないのは事実。それでもこれだけ読ませてこれだけ感動させてくれれば、そんなこたあもうどうでもいいやって気になるのである。 (03.3.9)
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顔(FACE)・横山秀夫(徳間書店)

 平野瑞穂は小学校時代、交通安全キャンペーンで学校を訪れた婦人警官に憧れ、将来の夢は婦警さんになること、という作文を書いた。その夢を叶えて婦警になり、得意の絵を活かして鑑識課の似顔絵捜査官を拝命する。ところが、とある事件で瑞穂は不本意な仕事を強要され、そのショックで休職するまでになってしまった。復帰後は似顔絵捜査官の職を解かれ、広報室へと転属させられたのだが……。
 瑞穂が個人で事件に立ち向かい、謎を解いていく連作短編である。さすがに、今、警察小説を書かせるなら横山秀夫と言われるだけのことはある。組織や登場人物の持つリアリティ、そしてそのリアリティの影に隠れてあまり目立たないが、巧緻な謎解き。しかし単なる「警察小説」ではなく、警察という設定を舞台に「人間」そのものを描いているのは明白である。これがまた、舌を巻くほど巧い。
 ただ、組織の暗部が浮彫になる描写もあるし、登場人物に結構イヤなヤツが多いので、瑞穂に感情移入して読むとけっこう不愉快になるのが辛い。カタルシスが無いというか、女の身としては読んでてストレスが溜まっちゃうのだ。それはつまり、リアリズムや人物描写という点で成功してるということなのだろうけど。
【魔女狩り】記者に内部情報を流しているのは誰か。謎解きの醍醐味。
【決別の春】電話相談室にかけられた一本の電話。真実はなんとも胸に迫る。
【疑惑のデッサン】この真奈美のような女を、男の作者がどうしてこうも描ききるかなあ。
【共犯者】防犯訓練に乗じて行われた犯罪。これはしかし、スタンドプレイが過ぎるような。
【心の銃口】なんともトリッキーな一編。意外な真相はこの短編集随一だ。
(03.3.10)
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呪い亀・霞流一(原書房)

 新規オープンを控えた映画館。ところが、そのオーナーの周囲で、不吉な事件が起こっている。不安に思ったオーナー・那須は、探偵・紅門福助に調査と阻止を依頼した。しかし起こり続ける《縁起の悪い》事件。そしてついに、殺人事件までも起こってしまう。しかし何故か死体の周囲は亀づくしで……。
 今度はカメかよ!
 いやもう、霞作品への感想は↑この一言ですべてが集約されると言っても過言ではないぞ。
 とまれ、カメである。カメづくしである。またかよ。いや、いいんですけど。カメの連続技に並行して起こるもうひとつの事件、それは「猛スピードで走る謎の爺さん」……くらくら。
 しかし、毎度のことながら、この設定の荒唐無稽さ、フザけた文章、そういったものに気が向けられてしまうと、思わぬところにこっそり仕掛けられた伏線をものの見事に見落としてしまうのだ。「うわ、これ、伏線だったのか!」と、あとで臍を噛む。例えば、こんな犯行が可能かどうかとか、いくらなんでもこれは無理だろとか、そういうツッコミはもう無数にできるのだけれど、そういうのはさておいて「あ、そうか、気付かなかったぜチクショー!」と思わされてしまうのである。つまり、リアリティとか物理的可能不可能とか、そういうものはさておいて(さておくのもどうかと思うが)、この霞世界の中では、きっちり伏線もあるし、それに対応する意外な真実もあって、けっこう論理的で(霞世界の中だけでは、だからね!)、要するに妙な部分だけしっかり本格ミステリなのである。だから始末が悪い……のか、良いのか。どっちだ。
 しかしなあ……「謎の爺さん」の正体が××って……き、きもちわるッ! ものすごく現実味がなくて、その上、ものすごく気持ち悪いのに、それをチカラワザで感動モノに持っていこうとするあたりが、逆に何とも笑えてしまうのだった。 (03.3.2)
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緋友禅〜旗師・冬狐堂・北森鴻(文藝春秋)

 陶子シリーズ。他のシリーズにゲスト出演したものを覗けば、これでシリーズ3冊目となる。3冊目にして初の短編集だ。最初の「狐罠」は、エキサイティングなストーリーもさることながら、陶子に感情移入してハラハラしながら読んだ。2作目の「狐闇」では、他のシリーズキャラたちとの連係プレーの楽しさと、歴史ミステリのスケールの大きさに度肝を抜かれた。そして短編集──うん、もちろんレベルは高いんだけど──陶子って、こんな女だっけ?
 なんだろう、作を追うごとに、陶子がどんどんハードボイルドになっていってるような気がする。いや、最初からかなりのセンでハードボイルドではあったのだけれど、今回一層それに磨きがかかったような。短編ということもあって、陶子自身の心情描写にあまり枚数を使っていないってだけなのかな。なんだか《行動派の蓮丈那智》ってイメージ。おまけに帯の惹句もすごく和風ハードボイルドっぽいぞ。「騙しあいと駆けひきの骨董業界を生き抜く美貌の一匹狼」……美貌の一匹狼って、あんた。
 しかし、骨董・古美術を扱ったミステリとしては、さすがの出来。素人にもちゃんと骨董界の匂いや温度が伝わってくるような文章は、もう北森氏の技と言ってもいいだろう。これをドラマにしたら見応えあるだろうなあ、と思わせるような演出の見事さも随所にある。さっき、「陶子自身の心情描写にはあまり枚数を使ってない」ってなことを書いたが、それ以外の人物は凄絶なまでに描き込まれているし。
【陶鬼】陶子が昔、師と仰いだ男が死んだ。その男が生前にとった不可解な行動とは?
【「永久笑み」の少女】陶子のもとに持ち込まれた埴輪。ところが、これが殺人事件を読んで……。
【緋友禅】ふらりとたちよったギャラリーで目にした染め物。それに陶子は一目惚れして大枚を叩いたが……。シンプルな話なんだけど、実はこれがイチオシ。ラストに向かうにつれて立ち登ってくる《執念》のようなものに圧倒される。
【奇縁円空】陶子の作戦が光る一編。結局、ここに収録されている4編すべて、共通して描かれているのは《執念》なのかもしれない。
(03.3.2)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

覘き小平次・京極夏彦(中央公論新社)

 小平次は芝居小屋に出る役者だった。しかし、芝居は下手だしセリフもトチる。どうにも才能がない。舞台を降りても無口で、いるかいないのかも分からない。しかし彼にはたったひとつ、誰も適わないワザがあった。それは幽霊役。そこに立っているだけで、小細工無しで、本物の幽霊を見たかのような恐怖を客に味わわせることができるのだ。
 そんな小平次は、家庭ではもっと存在感がなかった。妻と子をなくしたあと、ずっと押入に篭もっているのだ。そして押入の襖をちょっとだけ開き、その細長い隙間から部屋の中をじっと見ているのである。後添えのお塚は、そんな小平次が気味悪くて仕方がない。ところがある日、小平次に仕事の依頼が舞い込んだ……。
 なんてこたあない幽霊譚なのだが(いや、そうとも言えないんだけど)、この著者の手にかかると、どうしてこうも一種独特の世界があっと言う間に出来上がってしまうんだろう。小平次当人は何もしていない。ただ、周囲が彼の中にいろいろなものを見るだけである。それは往々にして、自分自身の姿だ。相手が無なら、そこに映ったものは自分自身の鏡像──うわあ、怖い怖い。
 結局、小平次という変わった男を通して、その周囲の人を描いている物語である。彼に関わった人が何を思い、どう変わっていくか、そこに読ませどころがある。それぞれの業を背負った登場人物達の、ふと見せる恐ろしさや、垣間見せる情などが、この歌うような筆致で紡がれる様は、やっぱり抜群なのよねえ。ただ、あまりに流れが良すぎて、すうっと読めてしまう口当たりの良さが、逆に印象を薄くしているきらいはあるかな。
 しかし、この独特な漢字の使い方って。慣れたっちゃあ慣れたけど、別に普通に書いても良いんじゃないのかな。それじゃこの雰囲気は出ないのかな? おまけに地の文やセリフが妙に七五調になってたりして(笑)。もちろん構成も巧緻なんだけど、やはり文章の人なんだなあ、という印象が残る。 (03.3.2)
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