うわあ、面白い! 「fun]ではなく「intersting」の面白さだ。
発火点・真保裕一(講談社)
子供の頃、父親が殺されるという体験をした俺。周囲の好奇心に耐えられず、グレた俺は、それでも高校だけは何とか卒業した。しかし仕事も長続きせず、人間関係も巧くいかない。そんな中、ようやく出来た恋人と束の間の安楽な生活をしていたとき、週刊誌の記者が、父親を殺した犯人が仮出所したと知らせてきた。父を殺した「あの人」。12歳だった俺は、あの人が大好きだった──。
太閤秀吉が逝去し、家康が天下を狙い、日本中の大名がおろおろしていた頃。豊後の国は臼杵にオランダ船・リーフデ号が漂着した。興味を持った家康は、大阪まで乗組員を呼ぶ。やってきたのはウイリアム・アダムス。家康は彼から聞いた世界の話にいたく感動する。その話を、家康の傍らで聞いていたのが、まだ幼い家光だった。二代将軍・秀忠の時代になると、秀忠は日本を鎖国一歩手前まで進めてしまう。しかし、ウイリアム・アダムスと家康の話を聞いていた家光は、これではいけないと考えた。そして自分が将軍になったとき、日本の開国路線を打ち出すのである。日本は広く海外と付き合っていくのだ、キリスト教も禁じない、と──。開国ニッポン、これは《鎖国をしなかったニッポン》の歴史物語である。
虚空の逆マトリクス・森博嗣(講談社ノベルス)
短編集。バラエティに富んでいるというか、バラバラというか。方向性が放射線状とでも言いたくなるくらい、いろんな風味の短編がアソートキャンディのように詰め込まれている。
WEBダ・ヴィンチで連載されている、森助教授と3人の研究室メンバー(隣の研究室の助教授・秘書・助手)による対談──というより「わぁわぁ言うとります」形式のエッセイ。50回までが1冊にまとまった。文字が小さい上に多くて、ミッチリ森博嗣。それを和ませ読みやすくしているコジマケン氏のイラストがとってもキュートだわ(はぁと)。一項目はとても短いので、どこからでもサクサク読めるし、どこでも中断できるのが良いですね。
100人の森博嗣・森博嗣(メディアファクトリー)
これまでに、著者があちこちに書いてきたエッセイや解説を一冊にまとめたもの。「森博嗣のミステリィ工作室」の続編、とでもいった造作かな。
日記シリーズ第5弾。2000年の日記を集めた一冊で、本自体の感想は1冊目の「すべてがEになる」に書いたことと重複するのでそっちを読んでくれ──というのはあまりに不精ですかそうですか。信玄とか謙信とか。それは武将。書評でまでボケなくてよろしい。日記じゃないんだから。
影ぼうし・岡田秀文(双葉社)
火災現場から助け出された男は瀕死の重傷。命をとりとめた時には、記憶を失っていた。福祉事務所の手助けで住まいと職場と仮の名前を得たものの、火災と彼の関わりは分からないままで、彼自身が犯人の可能性もあるとして警察は捜査を続けていた。そんなある日、彼のもとに「おまえはワカナマコトだろう」という謎の電話が入る。ワカナマコトとは誰なのか、彼は本当にその人物なのか──?
滅びのモノクローム・三浦明博(講談社)
広告代理店勤務の日下は、出張先で立ち寄った骨董市で、ビンテージもののフライフィッシング用リールを見つけた。売り手の女性、月森花はどうもリールの価値がわかっていないらしく、リールの入っていた行李ごと1万円でいいという。 その時、おまけで貰ったスチール缶には古い16ミリフィルムが入っていた。日下はそのフィルムを復元しようとするが、その頃、 月森家では祖父が缶がなくなったことを知り、ショックで発作を起こし倒れてしまった。祖父はどうしても取り返さなくてはならないというが、その理由は何なのか……。
1960年、父親の仕事の関係でチェコスロバキアに住んでいる10歳の弘世志摩は、チェコのソビエト人学校に通うことになる。その学校にはダンスの授業があり、その担当講師であるオリガ・モリソヴナ女史は、学校の名物先生だった。当人は50歳と言い張っているが、どうみても70歳は越えている容貌。しかし一度舞い始めると、その迫力と魅力と技術は天下一品。そして何より彼女の特徴は、《反語法》を駆使した罵倒の数々だった。
運転〜ジャンボジェットからアシモまで・下野康史(小学館)
「月刊NAVI」という車の雑誌に連載されていた企画を一冊にまとめたもの。ジャーナリストである著者(余談だが著者の名前は、下野と書いて《カバタ》と読む。珍しいなあ)が、とにかく《運転》する人を片っ端から取材し、そのノウハウや技術、体験談などを聞いたもの。
とにかく《運転》するものが、こんなにあるとは。電車や路線バスに始まり、ジャンボジェット、地下鉄、SL、巨大タンカー、ホバークラフト、ヘリコプタ、雪上車、潜水艦、馬運車、トロリーバス、モノレール、軽飛行機、ジェットフォイル、競艇ボート、リニアモーターカー。運転と言えば自動車かバイク、せいぜい電車しか思い浮かばなかったが、いやあすごいすごい。世間にはこんなものを《運転》してる人が、確かにいるのだ。人力のものもある。レース用の車椅子、シーカヤック、グライダー、熱気球、ヨット、保津川下りの和船。乗り物だけではない。産業用ラジコンヘリ(確かに運転だ)、胃カメラ(運転か?)、アシモ(運転なのか?)、スキージャンプ(運転じゃなかろう!)、馬(おいおいっ!)まで。
おまけに、どれも《運転の仕方》まできちんとインタビューしている。ジャンボジェットの発進から離陸までの操作と注意点なんて、そんなもんあたしが知ってどうするんだ。一生試す機会はないぞ。でも、ただ乗ってるだけでは知り得なかったことが色々分かり、何だかあたしにもジャンボジェットが操縦できるような気になるのである<気のせいです。
雪上車の方向転換の仕組み、潜水艦のファン・トウ・ドライブ、レース用車椅子のメカ、路線バスの《停車案内》テープの仕掛け、長さ333メートルの巨大タンカーを秒速2センチで接岸させるプロの技……驚きの連続である。馴染みのあるものから無いものまで、いろいろなところにいろいろな人智が満ち溢れているのだと、感動すら覚える。おまけに著者の文章が軽妙で、妙に笑えるし。
《はたらくのりもの》にはあまり興味のないあたしを、ここまでエキサイトさせてしまったこの本。オトコノコにはたまらないのではなかろうか。今度大分の実家に帰ったら、大分空港のホバークラフトに乗ってみようっと! そしてこの本で得た知識を駆使し、こっそり運転してみるぞ!<だから無理だって。
残念なのは、戦車がなかったことだな。軍事関係は潜水艦がやっとなのかしら。
(03.4.1)《この本の詳細情報&注文画面へ》
正直言って、最初は読み進むのに抵抗があった。というのも、「世界で俺が一番不幸」というタイプのトガリまくった主人公が、うまくいかないのを何でも周囲のせいにして拗ねてるというふうにしか見えないのだ。そんな主人公の一人称モノローグだもの。腹は立つしイライラするし、キサマもうちょっとオトナになりやがれ!と叫びたくなることこの上ない。
ところがこの主人公、次第に成長するのである。だもんだから、物語の冒頭と最後の方じゃまるで別人。一人の人間の変化の様を一緒に体験できるという点において、すっかり術中にはまってしまった。おまけに、その変化(或いは成長)が自然なのだ。一歩間違えれば「なんかキャラが一定じゃない」と取られ兼ねないくらいの変化なのに、何が原因でどうなったというのが丹念に描きこまれているせいで、まったく抵抗がない。おまけに、その変化への分岐点となる箇所では、「いや、確かにあたしもこいつには腹が立ったが、何もここまでの目に遭わせなくても」と思うくらい、可哀想なハメになったりするのである。そのため、あれだけ抵抗のあった一人称主人公に、いつの間にかすっかり感情移入しちゃってた次第。
過去の事件を調べ直す、というミステリ趣向はちゃんとあるし、それが物語の核になっていることは間違いないが、この物語はそこよりも寧ろ、それに関わる主人公そのものに着眼したい。逆に言えば、過去の事件において、あっと驚くような奇をてらった趣向があるわけではない。ラストなど「あとこれだけのページで、どう決着させるんだろう」と心配になるくらい駆け足だ。引っ張った割には予想の範囲内で、そこが物足りないと言えば物足りない。
エピローグは秀逸。リドルストーリーめいた結び方は、何度も読み返してしまう魅力がある。手垢で真っ黒になったフレーズではあるけれど、これはやはり《人間を描いた》物語という以外にないのである。
(03.4.6)《この本の詳細情報&注文画面へ》
開国ニッポン・清水義範(集英社文庫)
あああああ、面白いっ。ホントに面白い。もう、「すげえ、すげえええ」と唸りっぱなし笑いっぱなし。何がすごいって、《三代将軍家光は開国した》という前提が違うだけで、後は全部史実をなぞってるのよ。でも、前提が違うから、当然歴史は変わってくる。キリスト教弾圧をしないなら、島原の乱はどうなったか? 既に海外から電気という技術を輸入しちゃったら、平賀源内のエレキテルはどうなるの? 幕府を転覆させようとした由井正雪の計画は? 鎖国のせいで日本に帰れなかった山田長政やジャガタラお春は? そして何より──鎖国しないんだったら、ペリーは来ないの? 明治維新は起きるの?──ああ、もうご託はいいや、とにかく読め。そして唸れ。そして笑え。ホントにすごい、SF歴史小説。
ただ、これが楽しめるかどうかは、一重に「江戸時代の事件をどれだけ知ってるか」にかかってくる。これは、知っている人ほど面白い。5知ってる人より、7知ってる人の方が面白い、10知ってれば更に面白い、そういう物語なのである。江戸時代の歴史に関する知識があればあるほど、著者がいかに細かいところまで整合性をとってなおかつテクニカルに話を作っているかが分かるのである。ホント、感服するよ。でも全然勉強臭くなく、清水氏ならではの軽妙でコミカルな筆致で、とても楽しいエンターテインメントになっている。そしてよくよく考えると──現代社会にも通じる、とても大事なメッセージが込められているのだ。
歴史好きを自認するあなた、是非読んでみよう! これは文句無しに、歴史好きのアナタにお薦めだぁい。
(03.4.10)《この本の詳細情報&注文画面へ》
【トロイの木馬】SFミステリ。「21世紀本格」所収。
【赤いドレスのメアリィ】途中、一気に絵柄が変わる快感はなかなかのミステリ仕立て。ただ、味わいは別のところにある。中島らも氏の「白のメリーさん」を彷彿。
【不良探偵】設定は魅力的だが、ヒネリそのものはシンプルで、謎解きの妙味は薄い。この手の《登場人物相関図》にありがちなジットリしたところが欠片も無くて詩的に仕上がってるところは好感。
【話好きのタクシードライバ】わははは、名古屋弁だよ。オチとしては別の方向を想像していたが、ずいぶんアッサリしたものだった。
【ゲームの国】リリおばさんの事件簿シリーズ。クイズみたいだけど、このダイイングメッセージは結構好きなのよね。
【探偵の孤影】これ、この短編集の中でイチオシ。決して目新しくはないんだけど、最後まで読んで、もう一度ラストのシーンを読み返してしまったくらい。
【いつ入れ替わった?】S&Mシリーズの短編。《本格ミステリィ》の遊びの部分だけを拡大再生産したみたいなつくり。ラストのエピソードには脱力したなあ。それにしても、謎の解決のためとは言え、徹夜明けの刑事を夕食の時刻まで拘束するなと言いたい。忙しいんだからちゃっと済ませて早く休ませてあげなさい。
(03.4.11)《この本の詳細情報&注文画面へ》
森博嗣の浮遊研究室・森博嗣(メディアファクトリー)
話題も実に多岐に渡る。《この日本語、ヘンじゃない?》《最近流行のあれ、おかしくない?》という日常のツッコミから、《前から不思議に思っていたこと》《こんなふうに思うのって、私だけ?》という素朴な疑問、《本格ミステリィって何?》というミステリィ論などなど。メンバーが複数いるだけあって、これまでの森氏のエッセイにはなかなか登場しなかったテレビ番組の話や芸能方面のネタ、女性の視点やそれにつっこむ森氏など、かなり新鮮な会話が展開されている。まるで、コーヒーでも飲みながら普通に森さんと(そしてメンバーと)会話している雰囲気そのものなのだ。それが本書の最大の魅力といえよう。
これ、従来の森ファンにしてみると、森色は薄まってるように感じられるかもしれない。けれど、メンバーとの対比で、より《森ロジック》のシャープさが際だっているようにも見える。これまでの森さんからのワン・ウェイ・コミュニケーションのエッセイだと、ともすれば《ご高説を承る》だけになりかねなかったところを、上前津助手による掘り下げ、車道助教授による補足や転換、御器所秘書による素人視点などが相俟って、「あ、そう言って貰えれば分かる!」「そうそう、そこがあたしも疑問だったの」という《参加意識》がより感じられるように思えるのだ。そういう意味でも、これはとても希有な企画だと思うし、質問が発展するという点に於いて「臨機応答・変問自在」の進んだ形とも言えるのではないか。ミステリィ特集なんて、読みごたえ満点だ。
今回のオマケは、メンバーによる対談とクイズの答。この対談であかされたとある《事実》は、まだWEBの方には書かれていないのよね。今後もWEBでは書かれないのかな? だったらやはり本を買うしかないわけで、これはもう商売上手という他はあるまい。
(03.4.12)《この本の詳細情報&注文画面へ》
Vシリーズ以降の「自著のためのあとがき」に始まり──自分が書評に何と書いたかを思い出すと、少々赤面モノだったりもする。うわ、あたしかなり凡庸な読み方をしてたんだなあ──他の作家さんの作品に提供した「解説」も収録。本編を読んでないものの方が多いのだが、読みたくさせるあたりはこれぞ「解説」だろう。
エッセイの方は、項目ごとに章が分けられている。本の項では、実際の書評や本に関するエッセイを数本(解説の項に近い)。趣味の項では、ミステリィと犬とライト兄弟。
そして、考え方の項(これぞ森思考、この本の白眉と言ってもいい)にはランダムにいろいろな話題が取り上げられているが、中でもあたしが最も感銘を受けたのは、「子供には新聞を読ませない」の項である。これは森氏が新聞社からエッセイの依頼を受け、「新聞は読まないし書いたら悪口になる」と言って断ったところ、「それでもいいから」と言われて書いたものだという。結果、どうなったか。やっぱりボツになったのだ。そのときに出した原稿が掲載されている。これはボツになるだろうなあ、という思いと、これを載せられないってのは新聞社もケツの穴が小さい、という思い。ここに書かれているようなことは、公然の秘密(矛盾した言葉だ)であり、誰もが気付いてるけど黙ってる、という部類のことだ。みんな気付いてるのに、当の新聞社だけが「気付かれてない」と思って取り繕う。実にみっともない。
ただ、気をつけなくてはならないのは。「こういうことって、あるよね」と読者が認識してるのは、寄稿された原稿だったり、商売が絡んだ文章だったり(読売系は巨人の悪口は書かないとかの類)、差別発言としてクレームがつきそうな話題の予防線だったりとかだけはないだろうか。実際は、戦争のニュースも、内閣改造のニュースも、国際問題も通り魔殺人も裁判の報道も、報道と名のつくものは全部、このようなフィルタがかかっているのである。と同時に、新聞だけではなく、例えばこの「100人の森博嗣」にしても、著者と出版社が各々のフィルタを通したものが載せられているということも、読み手は認識すべきだろう。
ところで、この本であたしが一番気に入ったのは、「前書き」なのよね。ひとしきり笑いましたわよ。
(03.4.15)《この本の詳細情報&注文画面へ》
ウェブ日記レプリカの使途・森博嗣(幻冬舎)
いや、日記である。森さんの。クールにしてシャープで、でもコミカルでどこかスットンキョーな持ち味が全開だ。とにかく、《自分にはなかった視点、気付かなかった切り口》に触れる刺戟というのは、いっそ快感めいたものすら感じてしまう。7月2日記載の《書店のあり方》なんて、本好きなら皆が「どうにかしてくれ」と思ってることなんだけど、こう斬りますか、という嬉しさがあったり。とにかく、そんな快感の連続本だ。
文庫派の大矢が、この分厚い日記シリーズを単行本で買ってしまうのは、ひとえにオマケのせいである。これまでのオマケ最高傑作は「封印サイトは詩的私的手記」の「トーマ新聞」だったのだけれど、今回のもすごく面白いの。ジブリ博物館ならぬ、「森博嗣の百年美術館」。これ、ちっちゃいし、造作が文庫なんかに挟まってる新刊案内に似てるから気付かずに捨てちゃう人もいるんじゃないかな。気をつけましょう。すごくチャーミングだから。これ、是非実現させて遊びに行きたい。やっぱすごい才能だなあをかべさんって。
尚、この年は、大矢が実名で(前の年まではO矢氏だった)何度も登場してくるあたりがミモノです。誰にとってミモノかというと、あたしにとってなんだけどさ。それだけでもお薦めマークをつけるに充分じゃないか? ただ、最初はあたしの書評のスタンスを誉めて下さってるような文脈で紹介されたのだが、なんかだんだん扱いが変わっていってるような……気のせいかしら?
(03.4.19)《この本の詳細情報&注文画面へ》
なかなかに引き込まれる導入部である。実はこの本編に入る前に、プロローグのような形で、とある病院に通っていた患者が急に来なくなった、という会話が医師と製薬会社社員の間で交わされるのだ。その患者のイニシャルも登場するため、読者はその患者と記憶を失った彼との関わりを色々想像しながら読めるという設定。
彼の同僚である女子社員や、その友人の助けもあり、次第に彼が自分の過去に近づいていく様は、細かいところまでよく書き込まれている上に、手がかりの出し方が絶妙で、まさに読み手としては隔靴掻痒。これは途中でやめられない。なんだかミエミエの展開のようでいて、ときどきそれをふいっと裏切り、「え、違うの?」とドキっとさせ、また引き込む。う〜ん、巧いなあ。登場人物が少ないので推理の幅が限られてしまい、経過はさておき「あと怪しいのって、こいつしかいないじゃん」というところまでは誰でも到達すると思うのだが、そこからあと一歩が分かるかどうか。それが、驚けるかどうかの境かな。
ただ、ここで大きな要素として扱われているあるコト──(思いきりネタバレなので反転)骨髄移植により血液型が変わってしまう──ということについて。あたしはこれを知っていたので(ドラマとかミステリとかで、何度も聞いたぞ)、物語半ばにして「あ、あれだ」と気付いてしまった。そのため驚きはかなり削がれてしまった観がある。単なる彩りのひとつとしてコレが使われているのならまだしも、「この問題があるばっかりに、真相に到達できない」という箇所で使われているので、これを知っている読者にとっては結構ツマンナイ展開になってしまうのだ。それが残念だなあ。
それと、最後になって一気にドタバタしてしまうのも少々興ざめか。好みの問題なんだけど、人質を前にして犯人が長々と自分のしたことを語り出す、というパターンは、「そんなこと喋ってる間に早いところ殺しちゃえばいいのに」という思いが先に立ち、結局《真相を読者に知らせるためと、最終的に人質を助けるため》の作者の都合を見せられてるようで、どうもシラけてしまうのである。
とまぁ、少々辛口なことを書いたけど、不満はこの2点だけ。換言すれば、その「あるコト」を知らない人と、犯人の独白に抵抗がない人にとっては、これはメチャクチャ面白いサスペンスだと思うよ。一読の価値有り、でしょう。
(03.4.17)《この本の詳細情報&注文画面へ》
ものすごく詰め込んだなあ、というのが読み終わってから最初の印象。序章はいきなり長崎の原爆投下シーンである。そこから現代に飛んで《謎のフィルム》が現れた時点で、これはきっと戦争時代に何かヤバいものを録画しちゃったのね、という見当はつく。しかしそこからの展開が──日下側では広告代理店という業界内のアレコレが描写され、実に個性的な《フィルム復元担当者》が表れ、社会派テイストに話が運ぶ。一方、月森側では、フィルム探しの過程でまるでプロの殺し屋のような謎の男が現れ、劇画調ハードボイルドもしくはヒーローもののような展開なのだ。この落差は何なのだ。
根底を貫くテーマはとても大事なことだし共感もする。結末には思わず息を飲んだほどの驚きもあった。しかし、そこに至るまでの道筋が多岐に渡りすぎて統一感がない。せめて、あの殺し屋だけはどうにかならなかったのかなあ。大事な部分を担っているのは分かるんだけど、どうにも造りモノ臭さが抜けない。その他がディーテイルにまで拘って厚みのある人物描写をしてるだけに、「なんでいきなりこんなキャラが?」と戸惑ってしまうのだ。彼の登場で一気に《推理小説》の醍醐味が薄れてしまった。おまけにそこから彼自身の生い立ちが語られてしまうと、その話自体の面白さはさておき、どうにも物語が散漫になってしまうのである。この物語はいったい、結局のところ何がやりたかったのだ?というのが、ボケてしまうのね。
しかし、日下方面だけに限っていえば、サスペンスという点では文句なし。クライマックスと、その後に用意された《真相》は、もう兜を脱ぐしかないってくらい。総じて構成が洗練されていないために損をしてるが、テーマも小道具もしっかりとしたものを書き込めているので、今後、とてつもない骨太の大作を読ませてくれるのではないかと期待させられるのであった。わくわく。
(03.4.21)《この本の詳細情報&注文画面へ》
オリガ・モリソヴナの反語法・米原万里(集英社)
その後、志摩は日本に戻り、ソ連という国もなくなった。大人になった志摩は、ふとしたことからオリガ女史について調べ始める。するとそこには、ソビエトという国の怒涛の歴史に翻弄された女性の、すさまじい生涯が浮かび上がってきたのだった──。
うわあ、面白い面白いっ! あっという間に引き込まれ、一気読みさせられてしまったよ。個性的な登場人物に加え、チェコのソビエト人学校という異色の舞台(著者自身が小学校時代チェコのソビエト人学校に通っていたため、ディーテイルが抜群)、ソビエトという国の辿った歴史それ自体の興味深さ。そして重厚なところは重厚に、息を抜くところは軽妙にというメリハリの効いた文章力。これらが相俟って、実に迫力満点の《女の一生》が描かれている。
社会主義の国、ソ連。スパイ容疑でもかけられようものなら、ほんとは無実だろうが、女だろうが、容赦ない地獄の監獄暮らしが待っている。アウシュビッツや文化大革命などの例を引くまでもなく、日本の特効警察を引き合いに出すまでもなく、どの国も持っていた過去。しかし、その中に放り込まれた個人個人には、それぞれの生活があり事情があり意地がある。ソ連という国のシステムに翻弄され、しかし生き抜いたオリガ・モリソヴナの話は、もう圧倒的という他はない。
「ソ連の歴史なんてわかんないし〜」という人でも、この物語なら抵抗はないと思う。背景描写だとか歴史説明だとか、そんな堅苦しいことを考える前に、ドラマそのものに引き込まれてしまうこと請け合いだから。それに、現代の日本人の中年女性が、友人の助けを借りながら謎を探るという設定なので、視点は日本人である。おまけに、この主人公とその周囲の人がどれも魅力的で、且つ会話が楽しくて、ちゃんと物語に緩急をつけてくれている。いつの間にか、ロシア文化やロシア料理までちゃんと紹介してくれちゃったり、ロシアでのいろんなエピソードに笑えたり。
ドラマチックなロマネスクにして、ロシアの生の《楽しい市井の生活》も垣間見え(なんせ著者はロシア語通訳の第一人者だった人だ)、なんとも贅沢でお得な一冊。いやもう、どこをとっても文句なし。昨年の10月出版だが、もっと早く読んでいたら間違いなしに年間ベスト5に入れたであろう作品だ。とにかく読むべし!
(03.4.22)《この本の詳細情報&注文画面へ》
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