迷宮百年の睡魔・森博嗣(新潮社)
ジャーナリストのサエバ・ミチルと、ミチルのパートナであるウォーカロンのロイディがやって来たのは、一夜にして周囲の森が海に沈んでできたという伝説の島、イル・サン・ジャック。ここの宮殿モン・ロゼは、長いこと外部との公的な接触を拒否していたが、なぜかサエバ・ミチルには取材の許可がおりた。それでやって来たのだが、そこでサエバ・ミチルとロイディは宮殿の中で不可解な事件に出逢う。
仔羊の巣・坂木司(東京創元社)
「青空の卵」に続く、連作《ひきこもり探偵》シリーズ第2弾。
夜中に犬に起こった奇妙な事件・マーク・ハッドン(早川書房)
自閉症の少年が、隣家で起こった犬の殺害事件を調査する物語。早川書房が「ハリネズミの本棚」という名前で出しているジュブナイルの叢書である。
笑う月〜レンテンローズ・太田忠司(富士見ミステリー文庫)
「レンテンローズ」に続く、不思議な花屋・アカンサス様シリーズ第2弾。今度は長編。
僕は御子神衛。両親から離れて、5人の同級生や先生たちと一緒に「ファシリティ」と呼ばれる学校で暮らしている。どうやらここは僕が生まれ育った神戸ではなく、アメリカらしい。僕たちは寮の食事に不満を覚えたり、お小遣いが成績で決まることに文句を言ったりしながらも、規則正しい生活を送っていた。それにしても、この「学校」はいったい何なんだろう。ここへ来た記憶が僕にはないのだが……。
笑う怪獣・西澤保彦(新潮社)
京介、正太郎、アタルの三人組は、暇さえあればナンパに励んでいる。でもなかなか巧くいかない。何故って、彼らがナンパを画策したり恋愛しようとしたりすると、いつも怪獣や宇宙人や幽霊が現れてメチャクチャになってしまうんだもの……。いや、比喩じゃなくて、ホントに怪獣があらわれるんだってば!
愛知教育大学を卒業し、教師の資格も持っている清水義範氏による教育論。当たり前のことを当たり前に言っているだけなんだけれど、語り口調が平易で親しみやすいので、主題がスッと頭に入ってくる。すべて、言われるまでもなく、皆がわかってはいることだと思うのね。でも、忘れている。あるいは忘れさせられている。それを思い出させてくれるような教育論なのだ。
K・Nの悲劇・高野和明(講談社)
著作が二十万部のヒットとなった夏樹修平は、それまでのボロアパートを出て、3LDKのマンションを購入。結婚して2年になる妻の果波とともに、新居で新たな生活を始めた。幸せの絶頂にいたそのとき、果波は妊娠。しかし、マンションのローンもある上に、確定した収入が保障されないライターの修平は、中絶を提案する。一旦は中絶に同意したかに見えた妻だったが、次第に彼女の様子がおかしくなっていった。まるで別人格が彼女に憑依したかのような行動。精神の病なのか、それとも……。
無言劇・倉阪鬼一郎(東京創元社)
囲碁、将棋、麻雀などの道場やプレイルームが集まっている胡蝶ビル。作家の黒杉鋭一郎はそこへ通ってゲームに興じるのが趣味だった。ところが、この中の雀荘のメンバーが二人続けて失踪するという事件が起こる。そして死体が発見され……。
誘拐の果実・真保裕一(講談社)
大病院の孫娘が誘拐された。犯人の要求は金ではなく、入院患者の命。株の不正取引で裁判を控えた容疑者が入院しているのだ。その患者が死ねば、娘は返すという。家族は、警察と協力してある策をとる。一方、同時期に別の誘拐事件が発生。二つの誘拐は、何か関係があるのか──?
「女王の百年密室」のシリーズ第2弾。前作を読んでおいた方が「話がわかる」と思う。
閉鎖状況の中で起こった殺人という謎と、舞台や設定そのものが孕んだ謎の2つがあるのは前作に同じ。前作はその2つの兼ね合いが妙にちぐはぐに感じられたが、今回はそれがキレイに融合している。おまけにストーリーがスピーディでサスペンスフルだ。これって、ともすれば観念的な方向でたゆたっていることの多い森作品にしては、珍しい流れかもしれない。おまけに「おおっ」と思わせるような意外な展開があちこちに散りばめられ、読み始めたらそのまま一気呵成に最後まで引っ張る魅力は充分。このため前作より数段、物語世界に入り込みやすくなっている。その上、ミチルとロイディの会話は相変わらず面白いし。
誤解を恐れずに乱暴に書いてしまえば、「殺人事件のトリック解明以外の部分は相当に面白い! お薦め!」なのである。トリックはね……善し悪しではなく、かなり間口が狭いと思うのよ。万人が「ああ、なるほど!」と膝を打つタイプのものではない。ただそれでも、前作よりは、周囲の状況がそのトリックの成立を補佐してくれているので、まだ納得しやすいとは思うし、何より前作の存在が強力な補佐になってはいるので、この物語世界にきっちりハマってしまえば気にならない。──それでも、「この類のトリックはダメ」という人は、このシリーズは森ミステリィではなく森ファンタジィだと思えば良いのさ。
ただ、この類のトリック(反転)つまり、《他者による「主観」への介入》という、ある意味、同じ趣向のトリックが2作に共通して使われているということは、これがこのシリーズそのもののテーマへ直結する要因なのではないかしら。まあ、まだ解かれていない部分もたくさんあるし、そのあたりはシリーズが完結したときに分かるんでしょう。
それにしてもロイディ、進化してるじゃん!
(03.7.31)《この本の詳細情報&注文画面へ》
生い立ちのせいでひきこもりになってしまい、親友の坂木以外には心を開かない鳥井。そんな鳥井を何よりも大事に思っている(と自分では思っている)坂木。相変わらず、相互依存でべったりの鳥井と坂木の、このなんともいえないナルシシズムとヒロイズムには正直マイッタ。おまけに作中で「ホモじゃない」や「大人が泣くことのどこが悪い」などと説明されちゃったし。
前作に比べるとミステリ部分の謎や謎解きが弱いせいで、この二人の(特に坂木の)相互依存の状況が前面に出てしまうのだろう。ただ、注目すべきはそんな自分の歪みを坂木が自覚し始めた点か。「このままじゃいけない」というのは分かっていながら、相互依存と独占欲は止められない歪んだ関係をどう変えていくのか、或いはいかないのか。このシリーズの今後は、どうやらこの二人の成長と変化が中心になるんだろうな。謎解きによって彼らと知り合った人達が、逆に二人を変えていくのかもしれない。ああ、無理矢理引き離したくて仕方ないぞ(笑)<鬼畜。
ま、こんなふうに考えてしまうこと自体、作者の術中なんだと思う。最初に「げえ」と思ったキャラが見事な成長を遂げたりすると、普通以上に感動してしまうものだし。この二人が一人立ちした暁には、あたしゃうれし泣きしてしまうんじゃなかろか。
キレイごと過ぎる展開も前作と変わらず。「人は皆わかり合える」というスタンスは決して嫌いではないが、それにしても《犯人》はアッサリと改心しすぎ。暖かいというよりも温い。しかし、そのリアリティのない温さが心地よいと感じる読者もいるのだろうと思う。
【野生のチェシャキャット】坂木の同期の佐久間の話。佐久間の様子がおかしい、その理由は──。これって謎でも何でもないのでは。【銀河鉄道を待ちながら】は、地下鉄ホームにたたずむ少年の謎。これだけの情報でこの推理が可能とはどう贔屓目に見ても思えない。無理あり過ぎでは。【カキの中のサンタクロース】では、坂木が思わぬ災難にあう。物語のリンクは好みの展開。前の章から続いている利明の家族の問題の方が印象的。これは膝を打った。
(03.8.1)《この本の詳細情報&注文画面へ》
ここでまず断っておきたいのは、今、この書評を読んでいるあなたが「自閉症」という障害を誤解していないか、ということ。「自閉症」を「何かショックなことがあって自分の殻に閉じこもり、他人との接触を拒否している心の病気」だという誤った認識を持っていたら、まずそれを改めて下さい。自閉症とは、外界からの言葉や刺戟をうまく認識することができない脳の障害の一種です。
この主人公の少年・クリストファーは、抽象概念が理解できない一方で映像記憶に優れているとされる自閉症の中でも、特定分野に並外れた才能を持っているアスペルガー症候群。彼の得意分野は数学と物理。暗算なんて簡単だし、頭の中だけで複雑な数学パズルや証明問題を解いてしまう。この本は、その少年が自分で書いたという設定なのだけれど、章が素数だけで構成されたりしている。
物語の内容も飛びまくり。犬の話を書いたかと思えば、数学の命題が示される(モンティ・ホール・ジレンマが解説されている!)し、主人公が書いた、あるいは認識したとされる絵もたくさん。著者のハッドン氏は自閉症者と一緒に働いた経験があり、この物語を著したそうだが、あたしが過去に読んだ自閉症関係の書物に通じるものもあり、断言はできないまでも「なるほど、彼らはこういう世界にいるのかもしれないなあ」と頷かせてくれる。
物語は、ホームズが好きなクリストファーが隣家で起こった犬の殺害事件を調査しようするところから始まるのだけれど、犯人探しのミステリではない。あくまでも、クリストファー自身に起こる「冒険物語」である。調査の最中で判明した、犬の一件とは無関係なある事実。その事実はクリストファーに衝撃を与え、彼をある行動に走らせる。その様は、彼の「感情描写」が無い分、自分のことなのに現象面だけを述べることになり、かえって迫力が増している。
感動的な物語であるのは確かなのだけれど、安易に感動するのもはばかられる気がする。高機能自閉症者であるドナ・ウィリアムスの世界的ベストセラー「自閉症だったわたしへ」「自閉症だったわたしへII」を読んだときにも思ったのだが、自閉症者の視点で書かれているために、周囲の人の思惑や苦労はダイレクトには表現されないのだ。しかしそれが彼らにとっての真実である。下手な感動が果たして正しいのか──考えさせられてしまった。
尚、ホームズの「バスカヴィル家の犬」が細大漏らさずキッチリとネタバレされてますので、未読の方は注意。
(03.8.2)《この本の詳細情報&注文画面へ》
中学2年の伸弥は、叔母の純子が心配だった。純子の息子であり伸弥のイトコだった健嗣が自殺してからというもの、純子は仕事もやめて家に閉じこもってしまったのだ。気にしながらも、伸弥自身は進学のためのクラス選別を控えていた。「選別」されれば、受験に向けた高度な教育が受けられるのである。そんな中、彼のクラスメイトが行方不明になった。ある童謡に沿って行われたかのような見立て。思わぬ事態に揺らぐ伸弥の前に、その「花屋」は現れた──。
ちょっと手慣れた読者なら、「私が犯人です」と看板背負って出てきたんじゃないかってくらい、すぐに犯人の見当がつくんじゃないかな。いや、論理的にどうこうじゃなくてね、(反転)主人公とはさほど近い関係じゃないのに、人物描写が具体的で登場シーンも意味ありげなのよ。この位置って、普通なら探偵役になりそうな位置だけど、シリーズ探偵が存在するわけで、ってことはコイツが犯人だろみたいな。だけど、それは著者が承知の上で配したんだと思う。なんとなれば、富士見ミステリー文庫というレーベルの読者層に、奇をてらわないベーシックな本格ミステリを提供しようとした結果のように思えるのだ。だからスレた読者にとっては、どうしてもサプライズは薄くなってしまうが、換言すれば、本格ミステリらしい本格と言える。
ただ、それとは別個に、読み手に迫ってくる部分がある。エピローグだ。この結末、雑誌連載時とは変わっているらしく、あとがきによると連載時は「ちょっとマイルドな」ものだったらしい。さもありなん、この結末は、ヤングアダルトという読者層を考えると少々辛口である。いや、辛口に考えたくなる。事件を乗り越えた伸弥が強く逞しく生きていくというエンディングにするのは簡単だったろうに、あえてこういう終わらせ方を選んだところに、《暖かなハーブティーを入れる優しい花屋さん》が《実は背中に鎌を隠し持っている》かのような、著者の思惑があるのだ──ってのは穿ちすぎだろうか?
それにしても今回、アカンサス様もプリムラも、出番少なかったねえ。1巻のような連作形態の方がいいんじゃなかろか。
(03.8.2)《この本の詳細情報&注文画面へ》
神のロジック人間のマジック・西澤保彦(文藝春秋)
うわあ、こ、これは……。困ったなあ。基本的な仕掛けが、ある作品と同じなのだ。いや、そういう発想がかぶるというのは本格ミステリの世界では珍しくはないし、問題はその料理の仕方であって仕掛けそれ自体ではないってことも分かってる。実際、仕掛けとテーマの絡め方はまったく異なるのだから。それでも、この「かぶり」は問題だ。何故なら(その「かぶっている作品」が何なのか分かった人──つまり、そちらも読んでいる人だけ反転してお読み下さい。双方にとってネタバレになりますので)同じ仕掛けを扱った作品が、間をおかずに、本格ミステリマスターズという同じ叢書から出版されたという事実は、これはある意味、トンデモナイぞ。出版社側でなんとかならなかったのかよ、おい。
何より困るのは、もう一つの「同じ仕掛けの作品」を先に読んでなかったとしたら、あたしは本書をものすごく高く評価していたであろう、ということなのよね。今年のベスト級だと思う。本格としてはこっちの方がより「本格」だし。だからこそ(考えた揚げ句に)お薦めマークをつけたわけだが。でも、あっちを先に読んでしまった。あれに比べるとなあ……う〜ん。これはもう、なんか不当に西澤さんが可哀想。ってことはつまり、読む順番が逆だった読者にとっては、不当に××さんが可哀想ってことにもなてしまう。
それはそれとして、内容。事件が起きるわけではないが、「ここって何なの?」「僕たち、どうしてここにいるの?」という謎が次第に形を取り始める。そこで繰り出される妙な仮説の数々(このあたり、西澤さんぽい)。そして真相が分かったときには、「あれも、これも、みんな伏線だったのか!」と膝を打つ巧さ。ホラーやSFっぽい描写が理に落ちる快感。そして何より、全編を貫いて読者に、そして主人公に提示される「どうして自分の見ているものが真実だなんてわかるの? あなた以外の全員が《それは違う》と言っても、あなたは自分が正しいと言えるの?」という問いかけが、密接にテーマと結びついているその美しさ。巧い。
強いて文句を言うなら「あの《実習》の意味は何だったのよ!」ってとこと、チト設定が荒唐無稽かなぁってとこくらい。ホントに巧いし、サプライズも充分。つくづく、「あの作品」とのかぶりがもったいないのよねえ。
(03.8.3)《この本の詳細情報&注文画面へ》
……という「アチャラカにも程がある」という設定での連作ミステリ。「本邦初・本格特撮ミステリ小説」と帯にある。いや、ミステリじゃないのも混じってるけどもさ。収録作は、【怪獣は孤島に笑う】【怪獣は高原を転ぶ】【聖夜の宇宙人】【怪獣は密室に踊る】【通りすがりの改造人間】【書店、ときどき怪人】【女子高生幽霊綺譚】。
これを読み終わったあたしが友人に「怪獣が邪魔。怪獣部分さえなけりゃ、キレイなパズラーなのに」というと、その友人は「ミステリ部分が邪魔。ミステリ部分がなければ、面白い怪獣モノなのに」と言い切ったのであった。まぁ、それほどまでに、怪獣部分とミステリ部分が乖離しているのである。怪獣だの怪人だのが、もっと謎解きに絡んできてくれれば良かったのに。怪獣が謎解きに絡んでいたのは、冒頭の【怪獣は孤島に笑う】と【怪獣は密室に踊る】だけなんだもの(これはちょっと感心した<感心したのか!)。そんなことはさておき、「うわはは、バッカでぇ」と笑って読むべきものだったのかしらん。
【怪獣は孤島に笑う】の、《島で怪獣が寝転がってしまったために、クルーザー停泊地まで行けずに、結果としてクローズドサークルになってしまう》という設定には、脱力を通り越して笑ってしまったし、【怪獣は密室に踊る】の何とも無理矢理な解決と見せかけて実は相当にトリッキーな仕掛けが施されていた点には驚いた。しかし、どれもこれも、ミステリ的趣向よりも「なんなんだよこの設定は!」という方向に意識が流れてしまい、とても真っ当に謎解きを堪能できないのである。
だいたい、こんな事があり得る世界で、どうして謎解きだけはキッチリとリアルで論理的なわけ? もう、何でもありの世界になってるんじゃないのか。……あ、そうか。考えてみれば、「論理を無視した設定での論理的謎解き」が西澤作品の真骨頂なのであった。今回はそれの「度が過ぎた」ってヤツなのかな。
(03.8.10)《この本の詳細情報&注文画面へ》
行儀よくしろ。・清水義範(ちくま新書)
若い子の学力が落ちているという指摘があるが、ホントにそうか? 仮にそうだとしても、他の能力が伸びてないか? 昔の子ども(あなたが子どもだった時代)と比べて、音楽センスやユーモアのセンス、自己表現のセンスなどは格段に上昇している。コンピュータだって当たり前に使える。何より、我々の時代より、随分カッコいい若者が増えているではないか。あなたはもしかしたら、「自分の世代の方が優っている」という優越感に浸りたいだけではないのか?
マナーがなってないというが、本当にそうか? 今の若い人は、電車の中で当然のように濡れた傘を束ねる。濡れたまま半開きで人の服を濡らしているのは大人ばかりだ。阪神大震災で多くの若者が手弁当でボランティアに駆けつけた。日韓共催のサッカーW杯では、若者は日本以外のチームも歓迎し、応援して国際的に株をあげた。道頓堀に飛び込んだ若者もいたが、誰も飛び込んでないうちからテレビカメラを設置し、「飛び込むな」とテレビで流し続けたのは大人だ。飛び込めと言わんばかりに。
子どもがキレやすい、イライラしているという。ではどうしてか? 大人がイライラしてるからではないのか。社会のイライラが子どもに伝播しているだけではないのか。それは──いや、この先は本書を読んで下さい。
著者は言う。若者を庇っているわけではない。確かに悪くなったこともある。それは「行儀」だ。大人も子どももマスコミも、行儀が悪くなった。人に迷惑をかけること、自分が良ければという行動、これは醜く行儀の悪いことである。もっと行儀よくしよう、と。
奇をてらった教育論や、「日本はどうなる」と脅すような教育論に辟易している人に読んで欲しい。「今どきの若い子って、ホントにダメよね」「怖いしね」と言ってる人にも読んで欲しい。「親の責任」「教師の責任」と言い、そのどちらでもない自分には関係ないと思っている全ての大人に読んで欲しい。そして、マスコミにも読んで欲しい一冊。
(03.8.11)《この本の詳細情報&注文画面へ》
と書くとサイコホラーのようだが(いや、実際にホラーなんだけど)かなり硬派な社会的テーマ──中絶問題──を扱っているために、読書の焦点がそっちに移ってしまって、ぜんぜん怖くない。心霊現象ではないかと案ずる修平に、産科医から精神科医に転身した磯貝は「これは心の病気のせいで起こっている現象だ」と逐一説明する。データや症例もふんだんに出てくる。もんだから、読んでる最中は、これがホントに心霊ホラーなのか、それとも全てが理に落ちる話なのか見当がつかない。
ただ、ストーリーテリングについては抜群に巧いので、読んでる最中はもう、のめり込んで一気呵成。スピーディな展開と、妊娠という産むにせよ堕ろすにせよタイムリミットが存在する状況下で、真相を探り打開策を見つけようとする修平と磯貝の行動から目が離せない。そう言えば、「13階段」も「グレイヴディッガー」もタイムリミットものだったっけ。そのあたりは、うまいなあ、やはり。読み終わってみると、つっこみどころは山ほどあるのだけれど、読んでる最中にはそんなこと気付かせもしないパワーがある。<誉めてるのか? 読んでる最中は、間違いなく熱中できるし面白い。
で、読み終わってから冷静に考えてみると──これって全ては修平の無計画さが原因じゃないか。子どもは欲しくないのに避妊はしない。おまけに、作品がひとつヒットしたからといって、第2作のアテもない状態で、印税の大部分を使って、おまけに高額のローンまで組んで、マンション買うか普通?
その上、それにまったく異を唱えない妻ってのも如何なものか。この妻、最初から最後まで自分では何もしやしない。困って泣いてるだけである。妊娠までは夫に、妊娠してからは憑依人格に守って貰っているのだ。なんか腹立つなあ。自分で動けよ。それにこの憑依人格の行動にも破綻があって、そもそもなんでこんな事になったわけ?というのがスッキリしないで残ってしまう。
とまあ、文句はあるのだけれど、読んでる間はそれに気付かせない勢いと面白さがある。読むなら一気読みするのがお薦めだ。
(03.8.12)《この本の詳細情報&注文画面へ》
淡々と物語が進むので、なんだかこっちも淡々と読んでしまい、淡々としたまま読み終わってしまったよ。あまりにもすっと流してしまったために、《誰も気付いていない、前代未聞の隠された仕掛け》てのには気付けず終いだった。気になるなあ。日をおいて再読してみよう。
密室とかトリックとかも趣向を凝らしているのは分かるのだが、一番印象に残ったのは、やはり「名前」に関するお遊びの部分。将棋や囲碁の使い方もそうなんだけど、つまりこの作品は、「物語」というよりも「仕掛け」の集大成といった感じなのだ。事件が起き、伏線が散りばめられ、第二の事件が起き、犯人指名があり──という構成だけみれば本格ミステリのそれなんだけれど、話そのものの不可能興味だとかスリリングな展開だとかで読者を引きつけるのではなく、各章に施された(妙な表現だが)「小ネタ集」が集まって一つの話を作っているのである。
「小ネタ」の中には「おおっ」と膝を叩いたり、「くすっ」と笑えたり、或いは「ちぃ、ミスディレクションかよ!」と臍を噛んだりするのもあって楽しめる。が、それらが集まって何か大きな驚きやカタルシスがあるかというと──小ネタそのものの面白味を凌駕するところまでには達さなかったような。各小ネタがもちっと有機的に結びついてくれると良かったのにな。というより、《真相》それ自体も、小ネタのひとつとして楽しんでしまったといった方が正確かも。
ああ、それにしても《誰も気付いていない、前代未聞の隠された仕掛け》が気になる。もしかしたら、それが何なのか気付いた時点で、ここに書いた感想の全てが反古になる可能性もあるんだものなあ。この手の「読み切れてない」作品の感想を書くってのは、実に両刃の剣であることよ。
(03.8.15)《この本の詳細情報&注文画面へ》
さすがは真保裕一、いきなり読者を引き込んでぐいぐい読ませる。ものすごく長くて厚い本なのに、一気読みさせる面白さ。誘拐事件を扱ったミステリは多いが、こういう《身代金》っていうのは初めてなんじゃないかな。これなら犯人が直接出てくる必要がないので、犯人にとっての危険性はぐっと減る。逆に確認が難しいからこそ、互いに騙し合おうとするコンゲーム的な面白さも生まれるわけで。
緻密な構成はオミゴトだし、警察や被害者の対応もリアルでサスペンスフル。おまけに、この院長一家の各キャラの持っている葛藤や懊悩も丁寧に書き込まれ、物語が立体感を持って迫って来る。さすがだ。ただ、それだけの「魅力」を隅々までビッチリと埋め込んでしまったがために、スピード感が減じてしまった観は否めない。それぞれの「魅力」が同じ重さで描かれており、目の前のエピソードにのめり込んでしまうため、ヘタをすると何が最重要テーマだったのかわからなくなってしまう。
「犯人の意外性」は、残念ながら薄い。でも、これは著者も敢えて隠そうとはしていないように見える。つまり、これはフーダニットではなく、ホワイダニットの物語なのだ。「なぜこんな誘拐事件が起こったのか」が分かった途端に、全ての絵が解ける快感がある。
ただ──この動機に対して、起こした事件が大きすぎるように思えるのだ。もっと現実的な方法がいくらでもあるだろうに。彼らの目的が「誘拐のその後」にあったとしても、それは誘拐なくしては成立しないという目的ではない。誘拐の目的自体は、他の手段で賄えるのだ。例えば(反転)恵美は病院の娘なんだから、その人物の髪の毛なり何なりを入手して、民間企業にDNA鑑定の依頼を出すという方法だってあるじゃないか。本当の狙いは、その後で仕掛けられることなのだから。
抜群のストリーテリングと緻密な構成、スリリングな展開に魅了されて一気読みしたものの、読み終わってみると、どうも大山鳴動して鼠一匹の観が拭えないんだよなあ。すごく面白いのは事実なんだけど。著者に実績があるだけに、多くを求めてしまうんだろうな、きっと。
(03.8.16)《この本の詳細情報&注文画面へ》
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