お厚いのがお好き?


子どもの王様・殊能将之(講談社)

 ボクは団地に住んでいる。同じ団地のトモヤは親友だけれど、でもあまり学校には来ないんだ。ある日、トモヤが「子どもの王様って知ってる?」と言い出した。子どもなのに無精ひげを生やして、トレーナーとジーンズで、そして子どもをさらって家来にしてしまうんだって。またトモヤの作り話が始まったよ……。子供向け「ミステリーランド」第1回配本。
 「子どもの王様」からトモヤを守るために、主人公がとったある行動は、なるほど本格ミステリっぽい面白味満点。「おお、なるほど!」と膝を打ってしまった。ただ、子供向けということで、ヒントや伏線などもかなり易しく書いてくれているので、「子どもの王様」の正体や動機に関しては、オトナが読むとけっこう早い時点でバレバレ。でもまあ、オトナにバレたところで、それは何の瑕疵でもない。子供向けの本なんだから。
 で、子供向けってことで考えると──なんかハードなテーマだなあ。あたしらの時代だと、例えば松谷みよ子の「直樹とゆう子の物語」5部作なんてのは、かなり深刻な社会問題を俎上にあげていたが、ミステリーというエンターテインメントでここまで深刻な社会問題を取り上げた例は思い浮かばない。こういうのが「動機」として成立し得る社会、そしてそれが子供向けの本に書かれる社会に、既になってしまったということなのだろう。イヤだなあ。
 おまけに、読後感がめちゃくちゃ悪い。主人公のショウタがとった行動、それに対するトモヤの思い、子どもとは言え、その双方を汲み取るだけの想像力や洞察力が必要とされるわけだ。おまけに、読んでる最中も気分が悪い。バラエティ番組を見ているときの、子どもならではの残虐性だとか、ちょい役でしか出てこない女子小学生二人の奇妙な主従関係だとか、団地に住むイヤなオトナだとか──そういったマイナスの描写が、特にそれが解決されるとかいうオチもなく、そのまま(つまりは極めてリアルに)描かれているのも、ジュブナイルとしては異質じゃないかな。それとも、今日日の子どもはこれくらい普通なのかな。 (03.10.5)
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透明人間の納屋・島田荘司(講談社)

 僕はお母さんと二人暮らし。でも淋しくはない。隣で印刷工場をやっている真鍋さんのことが大好きだからだ。真鍋さんは僕に、いろんなことを教えてくれる。宇宙のこととか、外国のこととか。そして僕は、真鍋さんからすごい秘密を聞いたんだ。なんと、透明人間はホントにいるんだって! そして僕の町で、ある事件が起こった。それは透明人間でなくちゃ不可能な事件だった──。子供向け「ミステリーランド」第1回配本。
 感想は
「子どもの王様」と殆ど同じになってしまうなあ。つまりは、子供向けってことで分かりやすく書いているせいか、ネタは割れやすい。いや、人間消失の物理的トリックはさすがに分からなかったけれど、ほら、真鍋さんの正体なんてさ、物語の時代背景と彼の「外国」に関する発言を読めば、その「外国」がどこなのか、オトナなら早々に見当がつくと思うのよね。だってこのご時世だもの。ただ、あたしはそのアイディアを一回捨てた。なんとなれば、「いや、いくらなんでも子供向けミステリにそれは書かんやろ」と思ったから。ところが──うわあ、ホントにそうだったのか! もうびっくり。
 子供向けでこれかよ──と戸惑ったのだが、でも、これってホントに「子供向け」として書かれたのかな? 語彙が難しいとかテーマが難解だとかってのはね、子どもだってそれを咀嚼できる子はいるだろう。ただ、この叢書がいったい何を子供たちに与えたいのかが良くわからない。あたしの想定している「児童文学」と、この「ミステリーランド」のコンセプトが、もしかしたら全然違うのかもしれないぞ。
 子どもが読む、という大前提を捨てて、ただ単にあたしが読んでどう感じたかというと。前述したように、真鍋さんの正体はすぐに分かるので、残りの興味は「人間消失トリック」と、将来事実を知ったヨウイチがどう感じるか、という2点に絞られる。消失トリックの方は、もう「剛腕」と言われる島田御大らしいもので、「そ、そんなことできるかッ?!」などどいうオコチャマのような疑問は腕力で吹っ飛ばされてしまう(笑)。そして、事実を知ったヨウイチの方は──。うん、これは「読まされて」しまったな。ヨウイチもだけれど、母親の方がもう、なんとも切ない。っつか、もちっと早い段階で気付よヨウイチ、という気がしないでもないけれど。 (03.10.2)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

重力ピエロ・伊坂幸太郎(新潮社)

 春は僕の弟。だけど血は半分しか繋がっていない。春は母がレイプされて出来た子どもだからだ。でも、両親は妊娠が分かったとき、産むことを決意した。そして僕たちは兄弟になった。僕らは最強の兄弟、最強の家族なんだ。
 長じて僕は遺伝子産業の会社に就職、春は街のグラフィティアート、つまり落書きを消す仕事を始めた。そんなある日、春から電話があった。「兄貴の会社、放火されるかもしれない」──果たして春の予言は的中。いぶかる僕に、春は、最近頻発している放火事件にあるルールを発見したと言うのだが……。
 いいっ! 実にいい。兄弟の関係、親子の関係、いろいろなエピソード、どれをとっても魅力的。まるで寓話のような暖かさやおかしみ(寓話と言えば、
「オーデュポンの祈り」の登場人物も出てきてた)と、その暖かさに覆い隠されている冷たく激しく禍々しいものの対比が見事だ。厚みがあるのに透明。そんな感じの物語。
 これをミステリに分類するのは、もしかしたら著者としては抵抗があるかもしれないけれど、細かい伏線の妙味とフェアプレイは、まさに本格ミステリの醍醐味である。小さなサプライズが波のようにヒタヒタと押し寄せるのよね。無論、それだけではなく、いや、それ以上に、小説として魅力的なのは言うまでもない。これまで4作、すべて違う作風の作品を発表してきた著者だが、これまでの中では、あたしはこれが一番好きだ。
 挿入される回想シーンのひとつひとつが持っている切なさや深さ、スピーディに展開される現在の事件、その兼ね合いが次第にひとつの絵を形作っていく。魅力のひとつひとつを上げていくと切りがないのだが、ひとつだけ言えるのは、相当に辛く切ない話でありながら、読んでいる最中も読み終わってからも、とてもステキな気分でいられるということ。これはすさまじい筆力があってこそ為せるワザである。これはお薦めだあ!
 尚、自分が女性ということもあるのかもしれないが、あたしはもともとミステリで安易にレイプを扱うのが大嫌いなのだ。しかし、これくらい真摯に「描くべきテーマ」を持って向き合ってくれれば、もう文句のつけようがない。「レイプものは手を出す気になれない」という読者は多いが、これは大丈夫ですよ。寧ろ、安易にレイプを扱う作品が嫌いな人こそ、是非、読んでみて下さい。 (03.10.6)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

OZの迷宮〜ケンタウロスの殺人・柄刀一(カッパノベルス)

 これぞパズラー!と行間から声が聞こえてきそうな、イカニモな設定の連作短編集。【密室の矢】は、密室の中で矢で射殺されるという謎。用具室に監禁されている間、同じビルの中で殺人が起きたという【逆密室の夕べ】、弟の冤罪を晴らすために細かい証拠を吟味する【獅子の城】、水のない部屋で溺死する【絵の中で溺れた男】、わら1本を残して密室を構成した【わらの密室】、半人半馬の骨が見つかる【ケンタウロスの殺人】、死体の手に握りしめられていた硬貨が意味するものを探る【イエローロード】、少女の足跡が消えた【美羽の足跡】などなど。ね、こうしてざっとラインナップを見るだけでも、もうかなりの本格でしょ?
 個人的には、【獅子の城】に驚いた。ただこれは(読んだ人なら分かると思うけど)、トリックそのものに驚いたわけではない。無論、細かい伏線は実にテクニカルで感心したのだけれど、それ以上に驚いた箇所があるわけだ。その驚きというのは、更に連作を読み進む上で増幅される。そして【本編必読後のあとがき】を読んで、ストンと落ちる趣向になっている。
 そういう仕掛けは楽しいし、なるほどと思わせてくれる。個々の短編も、「よくこんなトリック考えつくなあ」というような──奇を衒った、どちからといえばクラシカルな本格ばかりで、これはお好きな人にはタマラナイかも。
 ただ、個人的には、説明に始まり説明に終わるというこの連作の文章は、どうにも馴染めなかった。物語じゃなくて、ただ文字を読んでいるという感じなのよね。もう、なかなか頭に入らない。目が文字を素通りしちゃう。その結果、確かに真相を読めば驚きも感心もするんだけど、でもそれだけ(パズラーってのは、そもそも「それだけ」が全てなのかもしれないけど)なのだ。人間を描けなんてことは言わないけど、せめて登場人物に感情移入できるだけの厚みだとか、物語の展開自体の面白さだとかが欲しい。状況説明、証言、証言、状況説明、真相の説明──それが順に並んでいるだけってのは、チト辛い。趣向が面白いだけに残念。 (03.10.7)
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陰摩羅鬼の瑕・京極夏彦(講談社ノベルス)

 長野の旧伯爵家の屋敷に招かれた榎木津。病気のため一時的に失明していた榎木津の付き添いに、関口も同道する。その日、その屋敷では当主の婚礼が催される。過去4回、婚礼の翌朝に新婦が死亡するという事件が起こっていたため、新婦を守って欲しいという依頼だったのだが……。
 二段組749ページというボリューム。最後の150ページは面白い。──え、なんか失礼な言い方ですか。だってそこまではもう、話が全然進まないんだもの。半分過ぎて、まだ何も起こらないのよ。マジで。400ページ読んで、まだ話の最初から数時間しか経ってないと気づいたときには、もうクラクラしちゃったわよ。ただ、何も起こらないのにぐいぐい読ませてしまうってあたりは、やはりトンデモナイ筆力なのだと思う。だって「何も起こらない」まま、普通の長編2冊分の量を読ませちゃうんだもの。ホントにつまんなかったら、そんなもん、途中でやめるって。
 謎解きの方は──これはもう、極めて読者に優しいミステリ。わざと分かるように書いてくれてるとしか思えないくらい親切。何も起こってないのに犯人だけは見当がつくってのもどうかと思うが(笑)。ってことは、真相を見抜くことそれ自体が主眼ではないのだ。「なぜそんな事態になってしまったか」を、読み進むうちに読者をして思考せしめるための趣向なのだろう。逆に見当がついているからこそ、読みながら感じるものは多い。
 それに、何と言っても。真相の見当がつくとは言え、それでもこの謎解きシーンは実に圧巻だった。「多分こうだろう」と想像して、その想像の通りになっているのに、読みながらゾクゾクしてしまうのだ。犯人の心情を思うともう……「ああ、それを言うな京極堂!」と拳を握りしめてしまった。そういう意味では、これは「再読できる」ミステリである。ただ再読するにはチト長すぎるけどな。
 終わり3分の1でようやく話は大きく動き出すんだけども、そこまでは、関口の章があったり伯爵の章があったり、木場を介して登場する退役刑事の伊庭の章があったり。蘊蓄も会話も例によって読みごたえがあるが、関口の章だけは我慢できない。もう、うじうじぐだぐだと……ああイライラするっ! しゃきっとしろ! こんな男、目の前にいたら踏み潰してくれるわと思うくらいイライラするぅ。こんな巨大な自意識の塊に一人称やらすなよ。頼むから関口の一人称の章だけはもうやめてくれ。腹が立って腹が立って……もしかしたら、あらゆる小説の中で3番目くらいに嫌いなキャラかもしれない。 (03.10.8)
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Angels〜天使たちの長い夜・篠田真由美(講談社ノベルス)

 「青春ミステリ」がお好きな方への限定でだ!
 とある高校の、夏休みの登校日。教師達が集団食中毒を起こしてしまったために、生徒にも即刻帰宅が促された。残っていたのは、生徒会役員、図書委員、そしてブリッジをして遊んでいた連中や、屋上でよからぬことをしていた連中などなど、総勢14名。そして彼らは校内で、見知らぬ人物の死体を見つける。警察に通報するか、それとも犯人がこの中にいるのか──議論しているうちに、下校時刻の午後6時となり、門が自動的に閉鎖されてしまった。もう出られない。14人は校内で夜明かしをしつつ、犯人を見つけだそうとする……。
 「蒼」が本名の薬師寺香澄で登場する、高校時代の物語。時代背景は1997年である。蒼が出てくるとは行っても、京介も深春も出てこない(姿だけはチラっと出るけど)し、一人称主人公は蒼の同級生なので、シリーズからは独立性の強い話である。しかし、蒼の過去の問題なんかがチラっと出て来るため、本編を知らない読者が読むとその部分だけは随分唐突に感じるかもしれない。
 あの死体は誰なのか、いつ校内に入り込み、いつ死んだのか。リーダー各の嶺生を中心に、14人がそれぞれのアリバイや目撃談を述べる。そして始まる推理合戦。と同時に、各生徒が抱いている個々の問題。個々の抱えている問題が、謎解きにきれいに関わってきて、と同時に作中で次第に彼ら彼女らが変化を見せていく様などは、「一夜の成長物語」と称してもいいくらいオミゴト。
 それに、普通14人もいれば混乱しちゃうもんなんだけど、その14人がそれぞれ類型的なほどの「わかりやすいキャラ」に描かれているので、実に入りやすいのだ。それがミステリの中で生きている。その分、「意外な真相」だの「どんでん返し」だののサプライズよりも、個々のキャラクタの心理や成長の方に読書の主眼が向いてしまったのは良かったのか悪かったのか──ミステリとしても充分高レベルな出来なのに。いや、逆に、謎解きと青春小説を両立させたというべきかもしれない。そういう点では、久々の「青春ミステリ」のヒットかも。
 ただ、1997年という設定の割には、高校生像がちょっと古いような気がした。黒須のヒネた感じなんかは特に、20年くらい前に流行した高校生像のようにも見えるのだけれど。まあ、校風ってのもあるし、ここはきっとこういう高校だったんだろうな。第一、じゃあ1997年の高校生ってどんなのよと問われれば、あたし自身、実際の姿は知らないわけだし。  (03.10.9)
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桃源郷の惨劇・鳥飼否宇(祥伝社文庫)

 「幻の鳥」を撮影するために、タジキスタンまでやってきた4人の撮影隊。現地の村長は撮影隊を歓迎したが、ただひとつ条件を出した。それは「神の領域を侵してはならない」ということ。神とは何かと問うたところ、通訳はそれを「イエティ(雪男)」だと訳した。幻の鳥ならぬ、雪男までここには存在するのか? そして始まった撮影。そこで撮影隊の1人が惨殺されることになる──。
 中編ということもあって、話のテンポがとてもよくサクサクと読める。殺人の真相、そして「神」の真相のあたりは、実にエレガント。特に「神」に関しては、思わず笑ってしまった。<いや、貶してるんじゃなくてね。巧いなあ、という感じ。テーマといい謎解きといい、「ものすご〜〜〜〜〜く真面目に本格ミステリをやってる
UMAハンター馬子」みたいな感じだ。<そうか?
 しかし、ラストのこのオチは……。いや、すごいと思う。キレイだし、とてもよく練られているし、それが分かったときには「へぇ〜〜〜、こりゃすごいや」と思った。思ったのだけれども、それは趣向に対しての感心であって、「こんな形で真相を教える必要がどこにあるんだ?」という疑問の方が先に立つ。趣向のための趣向というふうに見えてしまうのよね。そもそもこの「真相解明」シーンでは、探偵役とワトソン役の二人しかいないのである。それなのに、どうしてわざわざ探偵役は、口頭で説明せずにわざわざワープロを打ってみせる必要があるのか。いや、わかるわよ、ワープロで打たないとあの趣向はできないものね。でも、そもそもこんな状況で、「あの趣向」を探偵役がワトソン役に向けて行う必要がまるでわからないのよ。
 趣向自体は、とても面白いしすごいと思うんだけどなあ。  (03.10.10)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

千年の黙(しじま)〜異本源氏物語・森谷明子(東京創元社)

 平安時代、藤原氏の権力が日増しに強まる都で、「源氏物語」という物語を書いている女性がいた。おそばに使える少女・あてきは、主への文を預かる。その文を持ってくるのは、藤原氏のもとで働いている少年・岩丸だ。ある日、主の夫が困り果てて帰ってきた。帝が大事にしている猫がいなくなったというのだが──。
 おお、これは傑作! 本年度の鮎川哲也賞受賞作。
 いやあ、これは面白い。源氏物語を読んだことのある読者なら、一度は考えたであろう3つの謎──物語に欠落があるんじゃないか? 雲隠れはどうしてこんな趣向なの? なんで「源氏」物語を藤原氏は許したの?──これらの解答が、見事にここに(フィクションとして)提示されている。いやあ、これはキレイな、実にエレガントな、そしてドラマチックな解答ではないか! いやもう、これだけで嬉しい。これだけで楽しい。
 「平安時代の日常の謎」などと銘打たれているけれど、とんでもない。これは実に堅実な歴史ミステリだ。第1部こそ「日常の謎」っぽい趣向がたくさんあるけれど、その中には2部に続く伏線がある。そしてその2部では、実際に「歴史上の謎」とされていたことに、納得できる解釈が与えられてるんだもの。これを歴史ミステリと言わずして何といおう。
 特に、藤原氏との政治的関わりの描写が見事。それを説明するのではなく、それこそ「日常の謎」的な興味を引くエピソードを積み重ね、その中で自然に、当時の権力構図や主要人物の力関係などを読者に分からせてくれる。と同時に、それが物語の核になる部分へと繋がるわけで、そこには怒涛の人間ドラマがある。構成もエピソードも文章も、もう文句なしだ。登場人物も魅力的で、現代ドラマを読んでいるのとまったく変わらない。それなのに雰囲気は十二分に伝わる。
 源氏物語をよく知らない人でも、これなら大丈夫。逆に源氏に興味を持つかも。熟達した文章は、歴史ものが苦手な人でもすんなり入っていける、いい意味でケレンの無い読みやすい文章だ。おまけに、当時の文化の描写の仕方も、決して学を衒ったものではなく、実に平易に描かれするすると読める。つまりは、実に現代風に書かれているのだ。登場人物の成長もリンクさせて、時代を分かりやすくしている。自分の書きたいことを自慢げに書いているのではなく、あくまでも読者を楽しませることを第一義にして書いている証拠。実にきめ細やかで、そして贅沢な1冊なのだ。これはお薦めだぁい!  (03.10.10)
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ぼくらはみんな閉じている・小川勝己(新潮社)

 うわああ、読後感、悪! というより、読んでる最中からとてつもなく気分悪! 「堕ちていく」話がテンコモリで、またその堕ち方に救いがない。中にはコミカルな結末のものや幻想的な風味のものもあるのだけれど、いやもう、総じて、殺伐たる雰囲気の短編集だ。精神的な気持ち悪さから物理的な気持ち悪さまで、もう……。
【点滴】横暴な父に振り回されて婚期を逃した中年女性。その父がボケて入院したのを機に、付き添いの名のもとに嫌がらせを始めるが──。設定からして暗いっ。でもこの結末は、かなりゾクリとさせてくれる。人間はここまで悪意を持てるものなのか。
【スマイル・フォー・ミー】俺はヤクザ。妻の智美はシャブ中。でも俺は、智美にはいつも笑っていてほしいから──。絵に描いたような破滅。そこにいたる状況が悲しい。
【陽炎】四十代の主婦に話しかけてきた中学生。そして二人は──。う〜ん、この主婦の描写がなんとも痛々しい。それより、このダンナに腹が立って腹が立って。逆らえよ、主婦。
【ぼくらはみんな閉じている】見知らぬ男にいきなり監禁され、いたぶられる俺。理由は──? 深みがあるようなないような。ストーリーそのものより、出だしからしてまず気持ち悪いし。
【視線の快楽】留守中の妻の浮気を偶然知ってしまった夫は、自宅に盗撮の仕掛けをするが──。ぎゃあ、ラストの気持ち悪さと言ったら! そこに至る夫の精神のありようもなかなかのイヤさ加減。
【好き好き大好き】酔った勢いで関係を持ってしまった相手は気持ち悪いオバサン。その日からストーキングが始まった。コミカルな設定なのかもしれないけど、気分の悪さが先に立つ。
【胡鬼板心中】羽子板の押し絵職人のところに、兄が訪ねてきた──。おお、唯一落ち着いて読める作品。幻想的にして壮絶。
【かっくん】妻が拾った奇妙な人形。その夜に──。なんじゃこれは。ただ「はぁ〜、かっくんかっくん」という音だけが残る奇妙な話。
【乳房男】前から憧れていた美女。ある日、誘われるままに彼女の部屋を訪れた。その日から僕は、彼女の犬になった──。いやあああ、気持ち悪いぃ(泣)。単なるSMだけならまだしも……(泣)。
 (03.10.11)
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火の粉・雫井脩介(幻冬舎スタンダード)

 判事・梶間勲は母親に介護が必要になったため、裁判官を退官した。退官直前に担当した公判は一家惨殺事件だったが、証拠不十分とみて無罪を言い渡す。そして2年後、勲の家の隣に越してきたのは、そのとき無罪となった被告、武内だった。武内はとても親切で、梶間家に出入りするようになったのだが……。
 もう、一気読み。とても途中でやめられない。今年のベスト級。
 この梶間家は介護を必要とする姑、その姑に懸命に尽くす主婦・尋恵、司法試験を目指している息子、その息子の嫁・雪見と孫のまどか、そして判事を辞したあとは大学で教鞭を執る夫・勲という4世代家族構成。主として尋恵の視点と雪見の視点で物語は進む。このため、介護や子育てのストレスに悩むお互いが、当人の気持ちと家族の気持ちという両面で描写されており、読者にも感情移入と客観的データの両方が与えられるというわけだ。序章では思慮深い判事に見えた勲が、家では介護を妻に任せきりにしていたりという事実もわかったりする。
 はじめは、梶間家の家庭内の問題だけが綴られているように思える。介護、子育て、小姑との確執、非協力的な父親、そんなどこの家庭にもあるようなイライラ。この描写がまず素晴らしい。その上、武内が越してきてから、梶間家の中で奇妙なことが起こり出すのだ。その「奇妙なこと」が次第にエスカレートする。次第に武内を怪しいと思う者も現れ、武内を擁護する家族との間で亀裂を深めてしまう。そして勲は初めて悩むのだ。自分の判決は正しかったのか。もしかしたら、自分は殺人犯を無罪にしてしまったのではないのか──。
 梶間家の人々が個々に悩んでいる問題のリアリティと重さ。そこに加わる、次第にエスカレートしていくサスペンス。司法の限界。「だったら、動機や方法は何なのよ」という謎解きの妙味。思わず息を止めてしまうクライマックスの迫力。思わず溜息をついてしまう読後感。いやもう、文句無し。今年のベスト級。これは読め。
 次第に歯車が噛み合わなくなり、一個の幸せだった家庭が崩されていく、そしてその犯人像というのがまたすさまじいという、とても怖い物語。でも怖いだけではない。そんな中で救いになったのが、嫁姑の二人だ。雪見と尋恵は、互いを労り、心配しあう。これだけいろんな「家庭内問題」を描きながら、一番ありがちな嫁姑の確執を盛り込まなかったところがとても効果的なのだ。この二人が互いを信じ合い、労り合っているからこそ、こんな怖い話でも読者は救われる。家庭から孤立しそうになったときにも、家庭の中に味方がいる。それが夫や息子ではなく、嫁と姑だったところが、実はこの物語のスマッシュヒットなのである。  (03.10.11)
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