ぼくは、はせがわくんが、きらいです。
昭和30年、被害者1万3千人、乳児の死亡者133人を出した森永砒素ミルク事件を題材にした絵本。
なあ おばちゃん。なんで はせがわくん、あんなに めちゃくちゃなんや。
そう訊いてきた少年に、おばちゃんは長谷川君が昔、砒素の入ったミルクを飲んだという話をする。それで少年は得心する──かと思ったら、「ようわからへんわ」。そりゃそうだよなあ。ようわからへん、だから今日も長谷川君はかっこわるいし、足手まといだ。しかし、疲れた長谷川君を、少年はおぶって帰りながら語りかける。
はせがわくん もっとはように走ってみいな はせがわくん 泣かんときいな
初版は1977年。何度も絶版になり、その度に読者の強い要望で復刊してきたこの絵本。インパクトの強い白黒の絵、子どもの文字(の体裁)で書かれた関西弁の文章。ラストシーンは心に滲みると同時に、子どもの世界の弱者への目が温かく描かれている。ずっと伝えたい一冊。
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「お約束」考現学・泉麻人(実業之日本社)
エレベータに乗ると、最初に乗った人が「何階ですか?」などとエレベータ・ガールの役目をすることになる。居酒屋に行くと「とりあえず、ビール」である。などなど、憲法や条例で決まっているわけでもないのに、なぜかそういうことになっている「暗黙の了解」について、あーだこーだ論じてみようという主旨のエッセイ集。
時は元禄。江戸の「厄介事よろず引受業」のメンバーは、定斎売りの蔵秀・絵師の雅乃・文師の辰次郎・細工職人の宗佑。これに渡世人の猪之吉が力を貸すことも。ターゲットはたいていが大店の商人だ。江戸を舞台のコンゲーム、4人集まれば怖いものなし。
魔・笠井潔(文藝春秋)
「三匹の猿」「道(ジェルソミーナ)」に続く、私立探偵・飛鳥井シリーズ。笠井氏には矢吹駆や大烏安寿などのシリーズ探偵があるけれど、あたしはこの飛鳥井シリーズが一番好きなのだ。とは言え、この飛鳥井と、原リョウ氏描く沢崎との違いを延べよと言われたら、困ってしまったりするのだけれど。わはは。だって、先代の名前を冠した探偵事務所を1人でやってるってところからして同じなんだもん。
月の扉・石持浅海(カッパノベルス)
沖縄・那覇空港を飛び立つ寸前の飛行機がハイジャックされた。犯人グループの目的は、逮捕・拘留されている彼らの仲間を空港に連れてくること。制限時間は2時間。ところが、ハイジャックされた機体の中で殺人事件が起こる。誰も手を下せた筈はないのに、さっきまで生きていた女性が死んでいる──この謎は解けるのか。そしてハイジャックの顛末は──?
FINE DAYS・本多孝好(祥伝社)
【FINE DAYS】舞台は高校。喫煙が見つかり居残りで反省文を書いていた僕。同じ教室でもう1人、反省文を書いている女生徒がいた。彼女は教師に侮辱され、その教師を殴ったという。その女生徒は「祟る」ことで有名だった。そして彼女を侮辱したという教師は──。うわ、さわやか版「魔性の子」みたいな話だな(笑)。理に落ちないようで落ちるようでやっぱり落ちない、その浮遊感も心地よい。
フリーのゲームデザイナー、ステップ・フレッチャーは、かつてはベストセラーのゲームをデザインして金まわりもよく、大学で博士号を取得する余裕もあった。だが、不景気の到来とともに印税収入は激減、仕方なくコンピュータ・ソフト会社に就職する。会社のあるノースカロライナ州のストゥベンに、妻と3人の子どもとともに引っ越したのだが……。
枯葉色グッドバイ・樋口有介(文藝春秋)
両親と次女が何者かに殺されるという一家惨殺事件が起こった。第一発見者は、外泊して難を逃れた高校生の長女。遺留品は多く、解決は時間の問題かと思われたが、意に反して容疑者すら絞れないでいた。そんな中、刑事の吹石夕子は、かつての先輩だった敏腕刑事の椎葉が、退職して代々木公園でホームレスになっているのを知る。夕子は椎葉を日当2千円で雇い、一家惨殺事件の捜査に協力してもらうことにした。ところが第二の事件は椎葉がねぐらにしている公園で起こった──。
北海道のホテルの一室から、フロントに内線電話がかかった。「人を刺したので、救急車を呼んで欲しい」──驚いたフロント係が駆けつけると、絶命した男のそばに女が1人立っていた。その女は男を刺した事実は認めたものの、それ以外は一切黙秘。いったい何が起こったのか。物語は数年前に遡る──。
天正マクベス・山田正紀(原書房)
時は天正、織田信長の時代。信長の甥である織田信耀は、琵琶湖横断中に嵐に見舞われ、島へと流れ着いた。幸い、彼の側仕えである修道士にして劇作家のシャグスペアと、猿楽師の猿阿弥も無事だったが、そこで彼らは不思議な老人と出逢う。その老人は自らを織田信治と称し、魔法で船を消してみせると豪語するのであった──。
はせがわくんきらいや・長谷川集平(ブッキング)
はせがわくんと、いたら、おもしろくないです。
なにしてもへたやし、かっこわるいです。
はなたらすし、はあ、がたがたやし、てえとあしひよろひよろやし、めえどこむいとんかわからん。
主人公の少年は、幼稚園のときから同級だった「長谷川くん」が嫌いだった。何してもヘタだし、体は弱いし。親切にしようとしても気持ちは通じないし、一緒に遊んでても足手まといだし。いっそのこと彼を仲間に入れない方が、遊んでても楽しい。でも、彼のことは気になる。どうして彼だけ「あんな」なのだろうか。
はせがわくん もっと太りいな はせがわくん だいじょうぶか はせがわくん
の、筈だったのだけれど。
お約束について書いていたのは最初だけで、なんだか次第に「著者が気づいたちょっと面白いこと」だの「著者の思い出話」だのに徐々に移行してないか? いや、まぁそれでも文章が上手なので楽しく読めるからいいんですけど。
印象に残ったのは「ケータイまわりの掟」の章。手紙文のクセが抜けない世代の著者が驚いたのは、メールのはじまりがいきなり「あのさ」とか「ってことで」などという言葉で始まっているという事実。うん、これはあたしも慣れないのよねえ。慣れないっていうか、かなり抵抗がある。でもケータイなんていう小さい画面で時候の挨拶なんかしてらんない、ってのもわかるし。だからあたしゃケータイメールは使わないわけだが。これについて著者は「『脳』ではなく『口』を親指の先に持ってくる、みたいな意識」が必要と分析している。なるほど。
「痴漢と痴女をめぐる話」は笑った。著者曰く「『私って、ホントに蚊に食われンのよ』と語る女がいるけれど、あれと同じようなニュアンスで『私って、ホントに痴漢に……』と、得意気に語るのがいる。(中略)いずれも、よく食われたり遭ったりすることが、嬉しくてしょうがない、ように見える」だそうで、ここには思わず頷いてしまったなあ。全部ではないが、確かにその傾向はあるように思う。
感心したのは「テレビ番組タイトル考」の章。著者が調べたところによると、最近流行っているのは「概ね4文字からなる呪文のような言葉」なのだそうだ。うるぐす、あいのり、ガチンコ、ぷっすま……。これが連載されていた当時には、サタ★スマだのイマドコだのアヤパンだのってものあったそうな。それと「名詞!」を頭に持ってくるパターン。「開運!何でも鑑定団」「発掘!あるある大辞典」「回復!スパスパ人間学」「絶品!地球まるかじり」……なるほどねえ。まあ、こういうデータを見ても「なるほどねぇ」としか思えないのだけれど、こういうことを真剣に調べてあれこれ考えてる軽めのエッセイ、ってのは、ちょっとした合間の読書には丁度いいんじゃないかな。
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深川黄表紙掛取り帖・山本一力(講談社)
いやあ、これは面白い面白い! 誤って大量に仕入れてしまった大豆を、損しないように裁く方法だの、阿漕な新参商人を騙す手法だの、つまりはコンゲームを生業にしているチームなのだけれど、その方法は決して違法ではなく(ま、時として違法だけどさ)、思わず膝を打つような緻密な作戦と、つい「よっ、粋だね!」と声を上げてしまいたくなるような洒落っけに満ち満ちて、なんとも爽快だ。
一話完結の連載ではあるけれど、前の話があとになってぶり返すことも多いし、前の話が伏線になって後に別の事件が展開することもあるので、ここは順番に読んで戴きたい。そして……一日も早く続編が出ますように!
【端午のとうふ】毎年五十俵仕入れる大豆を、誤って五百俵仕入れてしまった丹後屋。なんとか損をせずに売る手だてはないものか。それで大豆を売る「いい方法」を考えた始末屋の面々だったが、話はそれで終わらなかった──。商人ってのは、こうでなくちゃね。
【水晴れの渡し】雅乃に縁談が来た。見合いに行ってはみたものの、その後、雅乃は手ひどい侮辱を受けることに。これには仲間が黙っていない。その雅乃の相手というのが実は──。まさに大がかりなコンゲーム。これはこの時代、この場所ならではのトリック。巧いなあ。
【夏負け大尽】なんとあのお大尽、紀伊国屋文左右衛門が材木を全部売りたいと言い出した。条件はひとつ、手形ではなくすべて小判で払うこと。その目的は何なのか──? うわあ、これも、この時代ならではの真相だ。こういう史実は知識としては知っていたが、なるほど、これがこういう推理小説になるんだなあ。感心。
【あとの祭り】ここからは、前の話を読んでいないと意味がわからなくなる。今までの話にでてきた主要人物が互いに関わり合うことになる。ここで主眼となる「仕掛け」も、前の話にひっかかって来るのでもう何も言えません。読んでくれ。とにかく巧くて痛快で爽快だから。
【そして、さくら湯】エピローグ的な位置づけになるのかな。紀伊国屋が取り入っている当時の老中・柳沢吉保がついに登場。始末屋連中が柳沢様に目通りだ。さあ、これは続編がいっそう楽しみ! あるよね? ね?
(03.10.29)《この本の詳細情報&注文画面へ》
尚、私立探偵が主人公でハードボイルドではあるけれど、これはやはり本格だと思うな。事件の調べ方や処理の仕方がハードボイルドであるってだけで、伏線のあり様や意外な真相、そして何よりフェアプレイ精神は、まさに本格の醍醐味。
収録作は以下の二つだけれど、それ以外に、著者による長めのエッセイやインタビューなども充実。
【追跡の魔】サイコ・セラピストの鷺沼晶子がクライアントのことで相談に来た。クライアントが悪質なストーカーに付け狙われているというのだ。昔からストーカーをしていた男に違いないというのだが……。登場人物が少ないので、パターン分類していけば、「ありがちな真相」というのが比較的簡単に見えてくる。しかし、そこにたどり着くまでの演出はさすが。本格ミステリというのは、ただ単に意外な真相を出せばいいというものではなく、それを如何に効果的に見せるかというのが大事なのだ。それがよく分かる一編。
【痩身の魔】鷺沼晶子の2度目の依頼は、摂食障害のクライアントのこと。そのクライアントの父親が事故か他殺かわからない状況で殺された後、クライアント自身も失踪してしまったというのだ。彼女には莫大な財産があったことも分かって──。なるほど、本格ミステリはさまざまな手法でこの(反転)入れ替わりのパターンを使ってきたけれど、こういう方法があったか! それの決めてとなる証拠が少々回りくどい気もするけれど、充分納得。ただ、物語の展開がサプライズを主眼に於いた本格のそれではなく、飛鳥井の調査によってひとつずつ手がかりが拾われていくハードボイルドであるために、「うわあ、びっくり!」というふうには、なりにくい。演出次第によっては、ばりばりのパズラーになるネタなのだけれど。まあ、この物語に於いては、あたしはパズラーより、この設定の方が好きだけどもね。
(03.10.30)《この本の詳細情報&注文画面へ》
うわあ、これは面白い! 読み始めてからすぐ、話にのめり込んだ。ページをめくる手が止まらないというのはこのことだ。ハイジャック犯たちが空港に入るところから描写されているのだか、武器を持ち込む方法に始まり、乗り込むときの作戦、人質の取り方など、「うわあ、なるほど」と逐一感心してしまった。それがまた説明的でなく、臨場感溢れる筆致で描かれている。達者だなあ。映画にしたいくらいだ。
いきなり転がり出てくる死体、というのもいい。どう考えても不可能状況だ。ワクワクするじゃありませんか。そこでハイジャック犯から「自分たちはハイジャックで手一杯なので、君、この事件を解いて下さい」といきなり任命された青年。うわははは。警察との駆け引きも手に汗握る展開で、ホントに目が離せない。
──とまあ、読んでる最中はホントに面白く、はらはらどきどき、頷いたり感心したりの繰り返しだったのだが。この真相、この結末は……。いや、動機もオミゴトだし、機内での殺人の方も納得できたのだけれど……。そもそも、いくら犯人たちが(反転)石嶺の人間性やその魅力に心酔していたとしても、こうまでオカルトじみた話を真っ向から信じてるという状況に納得がいかないのだ。石嶺があらゆる場面で超人的に描かれており、警官までがなびいてしまうというあたりも不思議。彼が何かマインドコントロールしてるとか薬物を与えてるとかではなく、本当に彼の人間的魅力として書かれているのが逆に胡散臭いのである。それなのに、それを当然の前提として話が終結してしまうので、どうにも納得できない部分が残るのである。「え、これで終わりなの? ここから更にもうひとつ、しっかり腑に落ちる解決があるんじゃないの?」と、疑ってしまったくらい。
あと、機内で死体が出たときに、ハイジャック犯が固まって長時間相談してちゃいかんだろ。機内に死角はいっぱいあるぞ。おまけにまだ飛び立ってないわけだし。乗客の中には勇敢な人も賢い人もいるだろうに、人質を抱えてるとはいえ、少々油断が過ぎるんじゃなかろか。
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【イエスタデイズ】末期癌に侵され、余命いくばくもない父親に呼び出された僕は、どこかにいる、父の昔の恋人とその子どもを捜して欲しいと頼まれる。当時、その彼女が住んでいたというアパートを訪ねると、そこで出逢ったのは──。うわ、さわやか版「トキオ」みたいな話だな(笑)。<そんな感想ばっかりか。今の世で二人が再会するシーンが印象的。映像の浮かぶ一編。
【眠りのための暖かな場所】法学部の博士課程で学ぶ私は、教授に頼まれゼミのコンパに顔を出すことに。そこで、二年生の結城という男性と知り合う。結城に好意を持っている別の女子学生が彼の部屋に行きたがるが、彼は頑としてそれを拒んだ。何かわけありのようで──。この「私」のキャラがいいな。女性なんだけども、クールで、大雑把で、かなり中性的に描かれている。その対局にある明美、そして結城の姉。結城を囲むこの3人の女性の関わりが物語の主眼。しかし明美って、最初はありがちな「イヤな女の子キャラ」かと思ったけど、ラスト間際ではいい味出してる。それにしても、この終わり方は……ここから先の話が知りたいんじゃないかあ。
【シェード】骨董品屋で見つけたランプシェード。ずっと気になっていて、ついに決心して店に行くと、ちょうど売れてしまっていた。がっかりした僕に、店主はあのシェードにまつわる話を聞かせてくれた──。オチは読めちゃうなあ。店主の話は独立した物語としてそれはそれで含蓄があるのだけれど。
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消えた少年たち・オースン・スコット・カード(ハヤカワ文庫)
テーマは連続少年失踪事件なのだが、そこに到達するまでが長い。全体の7割は、この家族の生活を描き出すことに費やされ、物語が大きく動き出すのは、終盤近くなってからである。おまけに、初出が「ファンタジィ&サイエンス・フィクション」という雑誌だったにも関わらず、とてつもなく現実的な話なのだ。ファンタジーっぽくなるのはラストだけなのである。
それなのに、その家族の日常に引き込まれる。新しい仕事、新しい近所づきあい、新しい学校──そこで出逢う、いろいろな問題。この「家族の日常」がすごいのだ。リアルのひとこと。特に、夫婦のちょっとした口げんかのシーンがもう、夫婦ものなら「うわあ、あるある」と叫ばずにはいられないほどの、微に入り細を穿った描写なのである。妻も夫も、お互いを深く愛していて、家族を守っていこうとする。さまざまな難問に、彼らは喧嘩をしたり協力したりしながら立ち向かっていく。新しい学校で辛い思いをしている長男を救うシーンは圧巻だ。
しかし、夫婦がいくら頑張っても、解決できない問題があった。転校した小学校に慣れない長男は、沈みがちになって、弟や妹の相手もせずに空想の友だちとばかり遊ぶようになっていくのである。まるで、その友だちがそこにいるかのように名前を呼び、ゲームに興じる長男。そしてその「空想の友だち」が、だんだん増えていくのだ。夫婦は心配して精神科医に相談するところまでいくが、家庭内には他の問題もあり、なかなか長男だけに目を配ることができない。そして、ラスト間際──全15章のうち12章に入ってようやく「連続少年失踪事件」が絡んでくる。
ここからの物語の転がり方といったら! 前半のあの家族のさまざまな描写があったればこそ、このラストが生きて来るということがよく分かる。これは、すごい。このラストには総毛立った。感動した。溜息が出た。涙が出た。なんて悲しい、なんて切ない、そしてなんて暖かい!
「長すぎるよ」なんて思わず、どうか手にとってみて欲しい。前半はステップ一家の《日常の愛と戦い》に、後半は《長男の空想の友だちと連続少年失踪事件》に、目が離せなくなること請け合いである。
(03.11.1)《上巻の詳細情報&注文画面へ》《下巻の詳細情報&注文画面へ》
おお、樋口有介ひさびさのミステリだよ! ストーリーテリングはさすがに一級品、お得意のこじゃれた会話もぽんぽん出てきて、いやあ読ませる読ませる。はりきりすぎる若い女性刑事、斜に構えてクソ生意気な美少女、ってのもイカニモ樋口有介で、積年の読者には嬉しい限り。それにしても、なぜホームレスがこんなにモテるかね。つか、樋口作品の主人公ってのは、ホントにモテるよなあ。いや、いいんだけど。
ただ、ミステリとしてはね……一家惨殺事件の真犯人の決めてとなる再重要の手がかりが、あんな後になって出てきちゃイカンだろ。わかるわけがなかろう。それに、公園での事件の方も、伏線なさすぎ。椎葉がいきなり「犯人」に向かって話し出したときには「えっ」と思っちゃったわよ。この「えっ」はサプライズではなく、「そんな、こっちに推理させずにいきなり真相暴露かよ!」という「えっ」ね。どうも、事件の真相で驚かそうという気がないらしい。
ってことはつまり、この一家惨殺事件や殺人事件の方は物語の主眼ではないということだ。じゃあ何か。一家惨殺事件を追いかけるうちに次第に露になってくる、美亜の家庭の問題だよな、やっぱ。いやあ、こっちはビックリした。かなりビックリした。しかしこれも、「推理」はできないなあ。パズラーじゃないからアンフェアだという非難は的外れなんだろうけれど、それにしてもカタルシスが薄い。好みで言わせて貰えば、「あっ、そうだったのか!」と膝を打つ快感がもちっと欲しいところ。ドラマ性で引っ張るのなら、こういう「いきなりオチ」も良いけれど、ミステリとして読み進んでいると、どうにももったいない。もっと伏線を!
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Pの迷宮・深谷忠記(角川書店)
裁判所の判事である夫を持つ佐紀子は、夫を送りだしたあと、娘・弥生の家に向かった。弥生が病院にいくので、その間、孫の面倒を見るためだ。弥生は、いきなり呼吸困難になり強い不安感に襲われるという原因不明の発作に苦しめられていた。その治療のために通院していたが、その日、通院先である女性と知り合う。弥生は彼女から、あるセラピストを紹介された──。
序章で北海道のホテルでの事件を描き、次の章からはまったく別の話が展開されるという手法である。だから、この時点では序章で男を刺した女が佐紀子なのか弥生なのか、それとも他の人物なのかは分からないし、被害者が誰なのかも分からない。しかし、次第にそれらが明らかになっていく過程は実に読みごたえがある。
特に、弥生の病気にパニック障害という病名が与えられ、セラピストにかかるようになってから展開は、これはもうホラーと言ってもいいくらいの怖さがある。パニック障害の原因は幼児期のトラウマにあることが多いと言われ、子どもの頃のことを件名に思い出そうとする弥生。そこから先の展開は、「こんなことが可能なのか」という驚きと、「確かにこういう状況でこういう方法をとれば、充分可能だ」という得心が相俟って、すっかり話に取り込まれてしまった。
体裁としては、サスペンスに分類されるだろう。しかし、読者に「こうと思わせておいてひっくり返す」という趣向がふんだんに盛り込まれている。つまりは、どんでん返しの連続なのだ。「そういうことだったのか」と納得させ、しかししばらく読み続けると、「そうではなかった」ことが明らかになる。一筋縄では行かないプロットが、最後まで読者を引っ張るのだ。
《幼児期のトラウマ》がきっかけで、壊れてしまった家族。それが招いた殺人事件。物語の後半は、その裁判が中心になる。裁判の過程で新たに明かされる新事実。う〜ん、あらすじ(というか真相というか)は数行でまとめられるほどシンプルなのに、物語の展開のさせ方が絶品だ。サプライズも、説得力も、訴求力も文句なし。「なぜこんなことになってしまったのか」という全ての根幹にある「悪意」には、体が冷えるような怖さを感じた。これはお薦め。
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織田信耀やシャグスペアのキャラクタの魅力もさることながら、シェークスピアの「テンペスト」「真夏の夜の夢」「マクベス」のパロディとして楽しんだ。その中で、密室だの人間消失だのが登場するわけで、このあたりは、タマリマセンなあ。
この物語の主眼はやはり、《時代背景+シェークスピアのパロディ》という二つの舞台の中で起こる《パズラー》という部分だろう。この時代、この状況でしか成立し得ないトリック。【颱風(テンペスト)】はただ人物配置を原典に倣ったというだけで、ストーリーにさしたる工夫があったようには見ないが、【真夏の夜の夢】での人間消失と、それを成立させた《真相》に関しては、まさにシェークスピアの「真夏の夜の夢」が目眩ましになっている。こっちは「真夏の夜の夢」が頭にあるもんだから、おお、ディメトリアスとライサンダーなのねなんぞとノンキに読んでいたら……きゃあ、そう来たか。(でもこれって原典を知らずに読めばミスディレクションにも引っかからないってことなのかな?) ただ、パック……じゃなくて花草のくだりの処理が、なんとも宙ぶらりんな気がするのだが。次の話に持ち越されるとばかり思ってたんだけどなあ。
終章に至って、シェークスピア自体の「真相」や本能寺の変について一応の収束を見るわけだが──う〜ん、ここで少々冷めてしまった。まあ、シェークスピアにまつわるいろんな謎も、はたまた織田信長暗殺に関するいろんな謎も、どっちももう「これでもか」というくらいあちこちで語られており、関連本だけでちょっとした本屋が開業できるくらい出版されているわけで、そういうのと比べてしまうと、《歴史の謎を解きあかす》的な面白さには欠ける。かなり、欠ける。そういう意味では、体裁としては「歴史上の謎を解く」という形になっているにも関わらず、歴史ミステリとしてはヌルいと言わざるをえない。でも、まぁしょうがないわな。そこがメインではないわけだし。スパイスにはなっているけれど、これは歴史ミステリではなく、テクニシャン山田正紀による時代パロディパズルなのだろう。(03.11.3)《この本の詳細情報&注文画面へ》
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