お厚いのがお好き?

2004年1月に読んだ新刊雑感文

四季 秋・森博嗣(講談社ノベルス)

 あの「F」から4年。犀川と萌絵が最後に四季と会ってから10ヶ月が過ぎた。儀同世津子は四季についての記事を書くべく情報を収集しようとするが、そんな儀同に椙田と名乗る男が接触して来る。そして、更にその2年後、博士課程に進んだ萌絵に、ある劇的な展開が訪れた──。
 つまりは、「F」から7年後の話である。7年経った事件に新展開だ。いや、これは新展開というよりも「これぞ真相」という話である。何がすごいって、別の作品の結末を、他のシリーズで「どんでん返した」んだもの。ありか、こんなの。前代未聞じゃないのか。
 あ、いや、前例としては、東野圭吾「密室宣言」
「名探偵の掟」所収)の真相を「本格推理グッズ鑑定ショー」「毒笑小説」所収)でひっくり返したというのがあったけど、マジな本格ミステリでこれをやったのは初めてでしょう(東野圭吾はマジじゃなかったとでも?>あたし)。
 おまけに、この「真相」が示唆してるものと言ったら! ということは「冬」では……わくわく。
 とまあ、個人的にはこの作品のミステリ的趣向と、今後への布石に注目したいところではあるんだけど、でもそれはさておいて。本書がS&MシリーズとVシリーズの「大答合わせ大会」になっているのがまた楽しい。「四季 春」「四季 夏」でもチラホラとは書かれていたんだけど、ここに来て一気に傍証が噴出。Vシリーズ最終巻である「赤緑黒白」を読んだとき、「あれ? シリーズ通しての仕掛けの方は、結局明らかにしないの?」と疑問に思い、「そうか、ほのめかしだけで説明しないってのもオシャレよね」と勝手に納得したものだったが、ほのめかすとかオシャレとかの問題ではなく、まさかそれを、また他の作品で明かすつもりであったとは! いやはや、テクニシャンというかムダが無いというか商売上手というか。 (04.1.11)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

ローズガーデン・桐野夏生(講談社文庫)

 村野ミロシリーズの短編集。私立探偵なんだから、短編ってもっとあっても良さそうなものだけど、意外と少なかったのね。その上、表題作は「私立探偵・ミロ」ではなく、自殺したミロの夫の視点で描く昔語りだし。
【ローズガーデン】ミロの夫・博夫は仕事でジャカルタに来ていた。ジャカルタの川の上で博夫は思い出す。ミロと付き合い始めた、高校時代のことを──。ここで語られるミロと博夫のつきあいは、すべて博夫の思い出の話だ。だから、この中でミロが何を言っても、それが事実であるかどうかはわからない。ミロが博夫に嘘をついただけかもしれないのだから。でも、ここでミロが明かしたミロと善蔵の父娘関係は、本当だとしたらかなり……。この父と娘の確執は、この先、「ダーク」へと繋がっていく。
【漂う魂】ミロの住んでいるマンションで幽霊騒ぎが起こった。三ヶ月前にこのマンションに住んでいた女が自殺したが、その幽霊が出るのだという。「祟られる覚え」のある人は、みな戦々恐々とするのだが……。「あ、この人、怪しい」というのがあからさまにあって、それはけっこう「そのまんま」。でもこの話の巧いところは、「正体はこれこれでした、解決しました」ではなく、その結果、いろんな人の思いが浮き彫りになっていくことだと思う。犯人探しが問題解決にはならないのだ。
【ひとりにしないで】「ホステスの彼女が、客である自分を本当に愛してくれているのか、それとも商売なのか、調べて欲しい」という依頼人が来た。彼が疑念を抱いたキッカケは、一匹の犬だった──。おお、これはミステリとしてもキレイだしトリッキー。隣人のトモさんも大活躍で、ファンには嬉しい一編。
【愛のトンネル】ホームに転落し、電車に轢かれて死んだ女子大生は、SMクラブでアルバイトをしていた。それを知った父親はミロに、母親が娘の部屋を片づけに来る前に、仕事に関係したものを見つけ処分して欲しいと依頼するが──。SMクラブの女王様や客が、なんともディーテイルに細かくてリアル。ただ、客に聞き込みに行ったとき、こうも素直に話してくれるかという疑問は残る。
(04.1.12)
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夢のような幸福・三浦しをん(新潮社)

 「Boiled Eggs Online」に連載中のエッセイ「しをんのしおり」を一冊にまとめたもの。これまでこの連載は、「極め道」「妄想炸裂」「しをんのしおり」として出版されている。どうでもいいけど、なんで出版社がバラバラなんだろう。
 それはともかく、やはり面白い、のである。この妄想系エッセイは心底面白い。コーヒーを飲みながら読んでは噴き出してしまうことがわかっているので、喫茶店では読めないのだ。
 三浦しをんの手腕ってのは、たとえ読者が興味のない話題であっても引きずり込んでしまうところに現れている。例えば、あたしは映画には小指の爪の先ほども興味がないんだけど、ここで三浦しをんが語っている映画の話は、とても面白く読めたのであったよ。ただ、果たして彼女の紹介文が「情報として正しい」のかは大いに疑問なんだけどね。
 今回、印象に残った章を幾つか。まずは「萌えポイント」の話。ハーレクインばりの設定に「萌え」てしまうしをん、墓場のエッチで妊娠する看護婦に「萌え」る友だち。でも、もう一人の友だちの「萌え」ポイントは更に不可解! でも何が興味深いって、「女はストーリーに萌えるのに、男は《猫耳のメイド》のようなキャラに萌える」という考察かな。
 また、「ブラック・ダリア」というエルロイの警察小説を読んだ感想が書いてるのだが、これがもう、本編はさておきしをんの脳内では警察官二人のホモ話に仕上がってしまう。その様が実に秀逸。翻訳ものは殆ど読まないあたしが、これは読んでみたいと思ったもの。でも、ホントは犯罪を追う警察小説であって、ここでしをんが書いてるような話ではない……んだよな?
 あたしの故郷である大分を旅行したときの「B温泉」の描写はまさに正鵠で、ここは地元民が大笑いできる章でしょう。 (04.1.13)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

猫田一金五郎の冒険・とり みき(講談社)

 このサイトには珍しく、コミックである。雑誌「メフィスト」に連載されていた「猫田一金五郎の冒険」に、他の媒体の同一キャラのコミックを合わせた、いわば「完本・猫田一金五郎」だ。明智小五郎と金田一耕助を足して2で割りすぎたようなキャラの猫田一金五郎。彼の片腕である、小咄少年。(ほんとに小咄をするシーンがあって、かなり笑った)。そして宿敵、怪人2001面相。相当にマニアックな小ネタも満載で「ついてこれる人だけついてらっしゃい、おーほっほっほ」のノリ。いいなあ、こういうの。
 いやもう、何が好きって、COMIC CUEに掲載された【美容院坂の罪つくりの馬】よ。これは前にたまたま知り合いから雑誌を見せて貰ったことがあって知っていたのだが、その当時から「本になったら買う!」と決心していたほどの秀作。とり みきと京極夏彦の合作なのである。
 京極の文章から始まり、そして漫画になるんだけど、そこから2ページずつ交互にネームを書いたという。スチャラカなミステリではあるが、実はかなりマニア受けするメタな構成。特に、とり みき担当ページのラストで猫田一が「犯人はお前だ!」と指さすシーンがあり、ページをめくった最初のコマ(京極担当)に描かれたシロモノを見たときには……真夜中だったのに声をあげて大笑いしちゃったわよ! この作品だけ限定でお薦めマークをつけたい気分。
 とにかくシュールでマニアック。パロディとしても秀逸で、【本人殺人事件】のオバカな真相の影にかくれた絶妙な伏線とか、【百八つ墓村】の怒涛の小ネタ、トリックアートを駆使した【錯覚館の恐怖】など。冒頭の【悶々島】なんて、しょーもないんだけどシミジミとおかしい。
 猫田一のチューリップハットを巡って展開されるシリーズ小ネタも、読みどころの一つ。個人的にはウミウシが好き♪ 一般受けするかどうかはチト疑問だけど、マニアにはお薦めだな。 (04.1.14)
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博士の愛した数式・小川洋子(新潮社)

 1992年3月、数学者の博士のもとへ家政婦の私が派遣された。博士は‘75年に事故に遭って以来、ちょうど80分間の過去しか蓄積できないという障害を持っていた。私が毎朝、博士のもとに通う度に、繰り返される《初対面》の儀式。博士は体中にメモを貼り付けて生活している。どうにか慣れた頃、10才になる息子の話を出すと、「子供を一人にしておいてはいけない、明日から連れて来なさい」と言われ──。
 博士が《初対面の人》と出逢うときの習慣。君の歳は、足のサイズは、などなど数字で答えられる問いを出す。それに返事をすると、「良い数字だ」「その数字は……」と説明してくれる。こういう会話というのは、例えば森作品には頻繁に登場する。何か数字を言うと「素数ですね」とか「××の倍数だね」なんて犀川や萌絵が言ったりするわけだが、それと似ているようで全く違う。博士は、そこからしか会話が始められないのだ。それが自分と外界を繋ぐたったひとつの世界なのだ。だから、博士が「私」の数字にいろいろ説明をしてくれるシーンは、暖かく、そして切ない。それに答えようと、「私」が友愛数について調べるシーンは、暖かく、そして切ない。そんな数学の問題を考えてるシーンがこんなに暖かく描かれている小説は、他にない。数字について語り合う、その瞬間は、博士と「私」の間には確かに何かが繋がっている。しかし、80分後には、博士の中からそれは消えてしまう。「私」が家に帰ってから友愛数を調べる、その時には博士はもう「私」のことを忘れている。こんな哀しい付き合いがあるだろうか。
 前向性健忘症といえば、ミステリの世界ではもうお馴染みだ。北川歩実
「透明な一日」、黒田研二「今日を忘れた明日の僕へ」、映画でも「メメント」などがある。これらミステリ作品では、記憶の障害が事件や謎解きにどう結びつくのかといった点に興味が集中するため、本書のような、記憶障害を持った人と自分がどう関わっていくかという点は描かれない。けれど、北川作品でも黒田作品でも、本人の周囲の人は、こういう思いを持っていたんだよなあと、忘れていたことを教えられた気分だ。
 「私」の息子が登場し、博士も息子もタイガースファンだということが分かってから、「自分と外界を繋ぐたったひとつの世界」がもうひとつ増えることになる。このあたりがまた良いんだなあ。息子の存在によって、数学だけの世界にいた博士の意識が、外に向かうようになる。でも、それも80分で消えてしまう。
 博士の中には何も残らない。しかし、「私」と息子の中には、永遠とも言える大事なものが残される。ラストシーンは実に感動的だ。中で博士が説明してくれる数字の話も、実にすんなりと詩のように心に入ってくる。頭に、ではなく、心に入って来るのである。いい話だ。本当にいい話だ。これはお薦め。こんな書評を読むより本編を読め。 (04.1.15)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

飛びすぎる教室・清水義範/西原理恵子(講談社)

 清水・西原コンビもこれで最後らしい(そうなの?)が、これまで理科・社会・算数・国語とやってきて、最後は「総合教育」だ。先生の雑談風に、歴史・料理・幽霊・暦・奴隷・墓・天使・聖書・旅行・宇宙などに関する清水義範のエッセイ。例によって西原の漫画がつくけれど、まぁ内容は全然エッセイと合ってないのもいつものこと。
 幽霊に関する考察が印象的。怖いと思うのは死への恐怖のみならず、死が「こちらの世界」へ関与してくることが怖いのだ、と。例えば、大好きなおじいちゃんが死んだら、哀しい。生き返って欲しいと思う。でも、死体がむっくり起きあがってホントに生き返ったら、それは怖い。「死」と「生」がはっきり分けられなくなる、そのことが怖い。おお、なるほど! なんかすごく腑に落ちたよ。
 それと、長年疑問だったことがスルリと解けたのが天使の章。キリスト教文化圏では、天使ってのはごく普通に出てくる発想なのね。それも、「ちょっと足りない、ピュアな人物」ってのが天使ってことになるらしい。映画にそういう人が出てくると、アメリカ人は「あ、天使だ」とすぐに分かるんだって。例えば、フォレスト・ガンプ。あれは天使が人々に教えを与えてまわる話なのね。だから、映画の冒頭に羽根が舞ったりするわけだ。それに、
「グリーンマイル」のコーフィー。彼がああいう能力を持っているのは不思議でも何でもない、だって天使なんだから、というふうに考えるんだそうな。こういう理屈を知っていると、確かにアメリカ映画の見方が変わるかも。
 暦の項では、2月だけ日数が少ないワケや、8を表すOctがどうして10月なのかといったような話。これも「へえ〜〜〜〜」とへえボタンを連打してしまうよ。太陰暦から太陽暦にしたとき、最初は奇数月が31日・偶数月が30日とキレイにわかれていた。ジュリアス・シーザーの名前をとったジュライ(7月)は31日。ところが8月に自分の名前を関した皇帝オーグスタスは、シーザーが31日なのに自分の月が30日なのが気に入らない。そこで無理矢理1日増やして8月を31日にしちゃった。その1日をどこから持ってきたかというと、2月なんだってさ(笑)。で、31日の月が続き過ぎるのもナンだから、9月を30日にして、そこから順序を逆にした次第。うわははは、そんなバカな理由で、夏休みが増えたわけだ。面白いねえ。権力者って歴史と暦をいじりたがるってのがよくわかる。
 とまあ、例によって楽しい(でもちょっと難しくなったかな)清水博士の蘊蓄話。たんなる蘊蓄じゃなくて、そこから考察を発展させるのを読むと、ホントに頭のいい人なんだってのがわかる。 (04.1.16)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

アンダンテ・モッツァレラ・チーズ・藤谷治(小学館)

 世界を放浪し、全身への入れ墨&赤ん坊とともに帰国した由果、由果と愛し合っている道を踏み外したインテリ健次、ストリートミュージシャンの京一、京一をストーキングしつつ新興宗教にはまっている金持ちのお嬢様・千石さん、そして執行猶予中の浩一郎。医学文献情報サービス会社SISに勤務する僕たちの、バカ+ラブなお笑い青春小説。世界はちょっぴりの愛と、97%のバカ話でできているのだ!
 うわはははは、これは拾い物だあ。面白い面白い。最初は独特の文体にちょっと入りにくさを感じるかもしれないけど、そんな入りにくさなんて、一章の冒頭で由果が歌う「秘密のアッコちゃん」の替え歌で吹っ飛ぶね。このアッコちゃんの替え歌、声に出してみるとまたゴロが良くて(特に2番!)、すっかり覚えてしまったよ。
 バカ話に興じる僕たちの日常、ちょっとばかりの個人のドラマ、そして由果と健次に襲いかかる野茂部長のしょーもない陰謀。テンポのいいストーリー展開と、魅力的な会話と、かなりな変化球の文章で、あっというまに物語に入り込んでしまう。クライマックスは実にスリリング!
 正直、クライマックスで「あれ」が出てきたときには、そこまでの興奮が一気に覚めて、いきなり冷たいものが背中に押し当てられたような気持ちがした。そういう意味では、「あれ」は、一度は物語のテンポを削いでしまうかもしれない。でも、そこからの、猛助(由果の息子ね)のセリフとか、健次の行動とかってのは、「あれ」を踏まえた上で、とても元気の出るものだった。そういう意味では「あれ」を巧く物語に活かした──というより、物語を巧くそういうメッセージに結びつけたとも言える。
 「あれ」ばっかりでイライラしてると思うけど、こればかりはバラしちゃうと展開は読めちゃうからね。読んで「ああ、これのことだったのか」と納得して下さい。バカで、笑えて、そして元気の出る小説です。読み終わったときには「ブラボー!」と笑いながら拍手したくなる感じかな。うん、これはお薦め。 (04.1.17)
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アヒルと鴨のコインロッカー・伊坂幸太郎(東京創元社)

 大学に入学するため、アパートを借りて一人暮らしを始めた僕。引っ越し当日に、隣の部屋に住む、河崎と名乗る男と知り合った。「一緒に本屋を襲わないか」と持ちかけられ、断ったものの、何だか成り行きで本屋の裏口を見張る役目を引き受けてしまう。どうしてこんなことになってしまったんだろう。
 その2年前。ペットショップで働く琴美は、恋人のネパール人・ドルジと同棲中。ショップから行方不明になった柴犬をドルジと一緒に探している最中で、近頃頻発しているペット殺しの犯人たちの会話を聞いてしまう。琴美はそれため犯人たちに狙われるハメになり──。
 う〜〜〜〜〜〜〜ん、世間の評判は高いんだよなあ。うん、確かに読まされちゃうし、エピソードは魅力的だし、仕掛けが分かったときの驚きもある。それは分かるんだけどさ。ど〜〜〜〜にも納得がいかないぞ。
 だって、これって、どう考えても琴美が、自分のせいでどんどん状況を悪くしてるだけじゃないか! もっと早い段階で、警察に駆け込むチャンスはたくさんあった。これだけの状況があれば警察が充分動いてくれるだろうという傍証もある。それなのに、なぜ警察に言わないのさ。その理由が全然わからない。まあ、一般市民がいきなり警察に相談するってのは敷居が高い気もするが、とてつもなく危険な目にあって、その都度、ドルジや河崎が《勝手に気を利かせて》助けてくれる。琴美本人は何もしてないのだ。証拠能力ばっちりの脅迫電話の録音を消去するなバカっ! 何が大丈夫じゃアホっ! 読みながらもう、腹が立って腹が立って。何があっても自業自得じゃボケ。それで、《後々まで》ドルジや河崎を巻き込むんじゃないっ!
 そのボーイッシュなキャラクタのせいでごまかされているけれど、どうもこの琴美の行動は、相当に《自分では何もせず、いざというときは王子様が助けてくれる》バカ女のそれである。あたしのフェミコード(何だそれは)にビシバシ引っかかってしまった。自分ではそういうタイプじゃないと思ってるあたり(同業者の女を悪し様に非難するヘンとかね。同じだっつーの)が更に腹の立つ。
 エピソードは魅力的だし、仕掛けの驚きも充分だし、「3人の物語に飛び入りしただけ」というくだりは「巧いなあ」と心から感心したし、キャラクタの造形もしっかりしてるんだけど、琴美に腹が立った分マイナスされてしまった。警察に行かなかった理由が納得できれば良いだけなんだけどなあ。ああ、もったいない。 (04.1.28)
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磨の酩酊事件簿 花に舞・高田崇史(講談社ノベルス)

 勧修寺家には代々伝わる「婚姻家訓」なるものがある。見合い厳禁、手助け無用、独力発掘……これだけでも笑えてしまうが、嫡男・文磨は31才、いまだに独力で嫁を見つけることができないでいる。おばあさまに叱られつつ、今日も未来の花嫁を捜す文磨。ところが、彼が好きになる人物は、何か事件を抱えている(お約束)。そして、その事件を文磨が解きあかす!──ただし、酔っぱらったときだけ。そう、文磨は、酔っぱらったときだけ名探偵になり、酔いが覚めるとそのことをキレイサッパリ忘れてしまう酩酊探偵だったのだ!
 うわはははは。漫画のノベライズというだけあって、文字どおり《絵に描いたような》お約束の設定である。でも、そういうもんだと割り切って読めば、なかなかに面白いぞ。なんだかんだ言って、水戸黄門が人気のお国柄なのだ。ワンパターン万歳。
【ショパンの調べに】ピアノ教室の先生は、音大時代の事件をずっと引きずっていた。自分が学友を殺してしまったのかもしれない、と──。ああ、これはキレイ。死の真相より、その前のことの方が魅力的だな。
【待宵草は揺れて】旧家の茶会の席で起こった毒殺事件。しかし、同じ茶碗を回し飲む濃い茶の席で、どうやって被害者だけを殺すことができたのか? 頭の中で絵を描いていかないと、ちと分かりにくかった。
【夜明けのブルー・マンデーを】バーテンを務める若い女性には、前の店で哀しい出来事があった。自作のカクテルのアイディアを、先輩に盗まれたというのだが──。いや、これはさ、事態がこうなる前に本人がなんかアクション起こしなさいって。
【プール・バーであなたと】プールバーで起こった毒殺事件。しかし被害者は自動販売機で買ったビール以外、何も飲み食いしていない。どうやって体内に毒が入ったのか? ここで正体が明らかになったある登場人物が今後どう文磨と関わっていくのか──まあ、見え見えではあるんだけど(笑)、それも楽しみだ。
(04.1.29)
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黄金蝶ひとり・太田忠司(講談社)

 小学校5年の夏休み。ぼくは初めておじいちゃんの家に行った。ところがお父さんの描いてくれた地図はいい加減で、二手に分かれる筈の道が三つに分かれてるじゃないか。そこへ、それぞれの道から男の人がやって来て……あれ? でもなんかヘンだぞ?
 おおおおおおおおお面白いっ! この講談社の叢書ミステリーランドは、(現時点では)第1回の配本分だけしか読んでないのだが、その3冊を読んだ限りでは、あたしの想定するジュブナイルとはちょっと違う気がしていたのだ。なので、この叢書はもしかしたら「子供向け」というワケではないのかもしれないぞ、とまで思っていたのだが……そういう迷いは、これを読んで吹っ切れたね。ええ、吹っ切れましたとも。
 この物語の印象を一言で言うなら、こうだ。「あたし、これ、子供のころに読みたかった!」
 「はじめに」で提示される、魅力的な謎と、ちょっとメタがかったお遊び。はじめての田舎、はじめてのおじいちゃん、という小学生ならではのわくわくする設定。3人の男が出題する論理クイズと、それに腰砕けモノの返事をするぼくの、おかしさ。洞窟という未知の世界に足を踏み入れる、探検シーン。なにやら村の平和を乱す《陰謀》の匂いがする、悪者たちの軍団との戦い。隠された秘密のスケールの大きさと、意外なほど重いメッセージ。それも、子供に伝えたい、伝えなくてはならないメッセージ。そしてあとがきであかされる、思わず拍手したくなるような大団円のハッピーエンドと、子供のミステリ心をくすぐる仕掛け。
 こういったすべてのものが、本の最初から最後まで、みっちりぎっしり詰まっているのだ。大人の今読んでも楽しいけれど、これはやっぱり、子供の頃に読みたかった。なんていうのかなあ、文章のひとつひとつ、仕掛けのひとつひとつの、細かい細かいところまで、「ミステリは面白いよ、ミステリは楽しいよ、さあ、おいで!」と作者が子供に向かって手招きしているような、そんな物語。子供にミステリの面白さを伝えたい、という著者の思いが行間から溢れているのだ。
 スレて汚れた大人のミステリマニアとしては、《初心に帰れる》一冊。親戚の子供に贈る絶好の本として、この先ずっと店頭に並んでいて欲しい本である。いやあ、ミステリって、ほんとにいいもんですね。 (04.2.14)
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