沖縄のとある村。その中央にある小高い丘から、村の繁栄を見守っているのは「キャノン様」――旧日本軍が据えつけた九六式十五センチカノン砲だ。キャノン様は村人の信仰の対象となっている。信仰を統率するオバァはマカト。泥棒のチヨと、汚れ役を一手に引き受ける樹王の存在も忘れてはならない。オバァらの力で、村は沖縄でいちばん豊かになった。だが、実は絶対に知られてはならない大きな秘密があったのだ──。
ロボコン〜Robot Contest・大崎知仁(小学館)
葉沢里美は16歳の女子高専生だ。成績もよくないし、特にやりたい事もないし、何の目的もなく毎日を送っていた。そんな時、ロボット工学の担当教官・図師からの呼び出しが。出来のわるかった課題のロボットを作り直す代わりに、あの「高専ロボコン」への出場しろと言われてしまう。振られた役目はドライバー(操縦士)。試合は明後日。チームメイトの男子3人は全員変なヤツ。そんなの、できるわけないじゃん!
これはいいっ!
もっとコロッケな日本語を・東海林さだお(文藝春秋)
丸かじりシリーズの食べ物エッセイが人気のショージ君だけど、これは別系統のエッセイ集。「オール読み物」に連載されていた「男の分別学」を一冊にまとめたもの。エッセイあり、対談あり。全体にライトでサクサク読めるが、「あははは」と笑ってしまうような面白い視点もテンコモリで、なかなか刺戟的だ。そうそう、それ、あたしも前から思ってたのよね、ということをズバリ文章にしてもらえる快感とでもいうか。
妻子を殺した犯人は未成年だった。そのため死刑にはならず、無期懲役に。夫はそれ以降、仕事をする気にもならず、7年もその日暮らしの荒れた生活を送っていた。一方、刑事である夫の家庭内暴力に悩む妻は、ついに息子を連れて出奔を決意する。妻子を亡くした夫と、夫から逃げた妻と子が、偶然も手伝って同じ職場で働くことになったある日、その妻子を殺した犯人が仮出獄していることを知り──。
ポチ&コウの野球旅・ツルシカズヒコ/文 ワタナベコウ/絵(光文社知恵の森文庫)
マニアという言葉では生温いくらい野球好きの雑誌編集者ポチと、野球ってぜんぜん興味ないんですけど……のイラストレーター、コウ。そんな夫婦二人で、プロ野球のキャンプ地を巡ったり、高校野球を見に行ったり。その様子をほのぼの系の漫画で描いたイラストエッセイ集。
文学刑事サーズデイ・ネクスト1〜ジェイン・エアを探せ!・ジャスパー・フォート(ソニーマガジンズ)
舞台はイギリスだが、パラレルワールド設定。こちらの世界では、クリミア戦争は終わってないし、時間を飛べる警察はいるし、小説の中に入り込むしという、ミステリというよりはミステリ風味の強いSFといった感じ。
ああ、これは好きだなあ。かなり好き。だけど相当読者を選ぶ気がする。あまりに気に入ったのでお薦めマークをつけたけど、無責任に誰彼ともなく「お薦め!」とは言いづらい。旧かな旧漢字使いってだけでも「読みにくい」と思う人がいるかもしれないし。でも、源氏物語をはじめとする古典に少しでも興味を持ってる人なら、きっと気にいると思う。
希望・永井するみ(文藝春秋)
老人が一人でいる家に上がり込んで殺し、死体の髪を剃って、腕には「よくできました」という判子を押していくという連続殺人事件が起こっていた。3人目の被害者が出たところで、逮捕された容疑者はなんと14才の少年だった。それから5年。犯人の少年は19才になり、少年院を退院することになる。少年の母親はプレッシャーと恐怖に耐えきれず、カウンセリングに通っていた──。
イギリスに留学していた水野理瀬は、祖母の死を契機に、帰国して祖母の家に住むことになった。そこは理瀬が子供時代を少しだけ過ごした家だ。しかし、そこには今、血の繋がらない叔母が二人、住んでいた。梨南子と梨耶子。タイプの違うこの二人に加え、死んだ祖母も個性的な人だったため、近所ではこの屋敷は「魔女の家」と呼ばれていた。しかし理瀬は、この家でどうしてもやらなくてはならないことがあったのだ──。
ぼくのキャノン・池上永一(文藝春秋)
ファンタジーである。この著者は日本ファンタジーノベル大賞から出た人なので、ファンタジーなのは当たり前かもしれないが、そんな出身を鑑みれば、逆にかなり現実的な話とも言える。つまるところ、設定はリアル、ディーテイルはファンタジーな物語。
こまかいクスグリがたくさんあって、大笑いできる箇所がそこかしこに。全体を覆う、スコーンと抜けた感じが何とも心地よい。キャラも漫画的なまでに立ちまくり。隻腕で女にモテモテのオジィとか、色気で情報を盗んでくる「コトブキ組」とか、もう大笑いさ。ところが読み進むうちに、この物語の孕んでいるとてつもないテーマが浮かび上がってくるのだ。それが分かったときの、戦慄。いやもう、ホントに戦慄。
戦争でズタズタになった沖縄。そんな沖縄にあって、この村が特別復興が早かったのには理由があった。それは村の長老しか知らないヒミツで、男衆も、美女軍団も、自分は村の一員で村の役に立っているという自覚があるにも関わらず、教えてもらえない。そこから入る亀裂。そして村にリゾート開発の「魔の手」が忍び寄って──。
沖縄戦を描いた話はたくさんあるけれど、著者は、戦後の沖縄出身者である。物心ついたときには、沖縄はもう日本に返還されていた世代である。その世代が沖縄戦を描くとこうなるのか、という感動。哀しみや怒りを通り過ぎたところにある、「前向き」な人々。この物語の中枢を担っているのは、「世代交代」である。世代交代に躊躇するが故に起こった悲劇、世代交代の結果見えてきた新しい考え。マカトや樹王のあとを、あの子供たちが継いだとき、この村に爽やかな風が吹くのを感じた気がした。
新しい戦争ファンタジー。新しい神話。それは笑えて、抜けてて、爽やかで、でも強くて、何かを噛みしめて、夢があって、そして前を向く物語なのだ。お薦め。
(04.4.1)《この本の詳細情報&注文画面へ》
同名映画のノヴェライズである。映画のコピーだったかな、「理系の甲子園」という言葉が冠されていて、なるほどと思った。おまけに個人的にあたしはこの「高専ロボコン」のファンで、毎年毎年録画してまでチェックしているくらいなのだ。これは読まなくちゃね。
──ところが。う〜ん。話はまあ、極めてありきたりな青春もの。オチコボレのロボット部が、ぶつかったりケンカしたり(同じ意味か)、でも最終的には協力しあって、これまで自分たちをバカにしてきたエリートなやつらを下すというタイプの話だ。ロボコンの代わりにサッカーでも野球でもバレーでも、そのまんま使えるストーリー。
んじゃあ、この物語ならではの魅力はどこにあるのかってえと、それはやっぱり「ロボット製作にまつわるアレコレ」なわけだ。ところが、これは映像無しでは辛い。せめて挿し絵が欲しい。あたしはまさに、このモデルになった回の高専ロボコンを見ているので、どういうルールでどういう戦いが行われるのかも、里美たちのチームのロボットがどういう仕組みなのかも、他のチームのロボットがどういうものなのかも、「知って」いるのである。だから、おおよそのところをイメージできるのだ。が、そういう前知識がなかったら。実際のロボコンも知らず、映画も見ていない人がこの小説を読んで、いったいどこまでロボットやロボコンそのものをイメージできるか。正直、これはかなり辛いんじゃないかと思うんだけどなあ。
このノヴェライスを読むなら、実際のロボコン(それもこのルールで行われた回)か映画か、どちらかを見ておくことをお薦めします。
(04.4.3)《この本の詳細情報&注文画面へ》

ツ、イ、ラ、ク・姫野カオルコ(角川書店)
これは2003年の年間ベスト級の小説でしょう。年に一度出るか出ないかの、お薦めマークダブルだ!
隼子という一人の女性を中心に、小学校2年から大人になるまでの人生を断片的に綴った物語。初めて男子と「噂」され、相合い傘を書かれたこと。テレビの中のアイドルに本気で恋をしたこと。リーダー格の女の子の命令に逆らうのが怖かったこと。ほのかな、でも確実な、性への興味と憧れ。そして中学生になり、「墜ちてしまった」恋。本物の恋。
最初は、「ちょっとエロの入った「永遠の出口」みたいな感じかな?」なんて思いながら読んだのだ。ところがどっこい、全然違うよ! 中学に入ったあたりから、物語は加速度的に濃密になっていく。隼子の恋の話もさることながら、クラスメートたちの、なまなましいまでのリアリティが、懐かしくも痛い。中学生の恋って、どうしてこんなに不器用で視野が狭いんだろう。中学生の恋って、どうしてこんなに身勝手でナイーブなんだろう。傷つけたくない人を傷つけてしまう、でもそれで自分も返り血を浴びる、そんな恋。そんな複数の中学生たちを囲むように、教師にもまたそれぞれに人生があり、性がある。子供だけの話にしなかったところに奥行きが出た。
濃密で、ホントに濃密で、読んでる間ずっと、ねっとりとした熱い何かを感じていた。出てくる人々それぞれが持っている、それぞれの思い。三ツ矢が、その後ずっと後悔し続けることになる「事件」のシーンは、最大のクライマックスだ。そして一気に時間が「今」に飛んで──。
鳥居くんが「アッ……」と言ったとき、読者は本を手に、大きな溜息を吐くことだろう。それまでずっと詰めていた息を、大きく吐き出すことだろう。なんて恋愛小説なんだ。これはなんて恋愛小説なんだ。
合間合間に挟まれる、新選組の比喩がなんともブっ飛んでるのに、不思議に似合っている。文章も文体も構成もストーリーも、これぞ姫野カオルコの代表作となるに相応しい一作。これは読め。こんなしょーもない書評を読む暇があったら本編を読め。
──え? 「これ、中学生のときに読みたかった」だと? 馬鹿モノ、これはあの時代を客観的に見られるようになった大人こそが読むべき物語なのだ。渦中にあっては、この物語の良さは分かるまい。これぞオトナの恋愛小説よ。
(04.4.4)《この本の詳細情報&注文画面へ》
ただ、あまりに話題が広すぎて、ついていけるエッセイとそうでないエッセイがハッキリしている。面白かったのは、最初の【ドーダの人】3部作かな。世の中には「自慢」したがりが多いという話に始まって、自慢らしい自慢から、一見自慢には見えないけど実はかなりの自慢というものまで、いろんな例を出して笑い飛ばす。巷間よく指摘される「東大の人は、なぜ『一応』東大です、という言い方をするのか」という問題に始まり、「作家が百冊出版記念パーティなどを開くのに対して、農家が大根5万本出荷記念パーティを開かないのはなぜか」とか、「ナカタをサッカー場で見た」と「ナカタをホテルのロビーで見た」というのはどっちが自慢できるかなどなど、自慢というトピックひとつをとっても惜しげもなく面白い話題提起をしてくれる。さすがだなあ。
その他、歌声喫茶・鞄・スローフード・蕎麦打ち体験などについてエッセイが書かれてるんだけど、実際に体験した話より、自慢論みたいな思考だけのエッセイの方が面白いなあ、という印象。
ただ、最後に【青春の辞書】と題して、広辞苑と新明解国語事典で、「エッチな言葉」を引いてみる、というコーナーがあったのにはマイッタ。中学生じゃないんだからさあ。まあ、個々のツッコミがいかにも東海林さだおっぽく、笑える巧いコメントになってるのが救いだが、ホントに「あ」から「わ」まで、全部浚うんだもの。面白いものだけのピックアップだけで充分なのに、と思うのはやはり女だから? 男は面白いのかなこれが。なんだか、男性社員がオフィスであっけらかんと猥談を始めてしまって、そこにいる女性社員は反応に困った、みたいな気分になったよ。
(04.4.7)《この本の詳細情報&注文画面へ》
ユニット・佐々木譲(文藝春秋)
少年法とか、被害者の遺族から加害者への復讐とかは、最近のミステリでも取り上げているものが多い。しかし、例えば東野圭吾「手紙」とか、真保裕一「繋がれた明日」とか、はたまた貫井徳郎「殺人症候群」とかってのは、犯罪被害者と加害者を多面的にとらえ、問題の複雑さと奥深さを描いてきたのに対し、本書はもうあきれるくらい善玉と悪玉をしっかり分けてくれている。「そんな単純なものでもないだろう」と思わないでもないが、これはあくまでも犯罪被害者の心情がメインテーマであるが故の構成だ。その分、被害者にどっぷり感情移入。カタルシスも大きいし。
といっても勧善懲悪の薄っぺらいものでは決してない。この物語のテーマは、復讐の可否云々ではなく、「被害者がいかにして立ち直るか」という点にある。二人を雇う配管工務店の社長の家庭問題も交えながら、「家族の在り方」を考えさせるあたりの重み。家族とは、ただ血が繋がっているというだけではなく、お互いに家族たらんとする意識と努力のもとに形成される「ユニット」なのである。それは、主人公の二人だけのユニットではない。工務店の社長も、このユニットを結ぶ、あるいは包み込む役割を果たしている。それは自分の家族をユニットにできなかったという自省からなのかもしれない。
犯罪被害者の復讐心と立ち直り、そして癒しという骨太のテーマに、スピーディでスリリングな展開を絡めた、まさに「一気読み本」だ。
この、妻子殺害事件のくだりを読んで、数年前に実際に起こった事件を思い出した。犯罪被害者の思いは、想像するに余りある。本書には、そんな犯罪被害者の遺族たちに対する、立ち直って幸せになって欲しい、という願いが込められているような気がしてならない。
(04.4.7)《この本の詳細情報&注文画面へ》
漫画はコウさんの視点で描かれているので、野球に熱中し熱く語るダンナを醒めた目で見ているという状況が多い。確かにこの方が読者の共感を得られるのかなあ。う〜ん、あたしは野球好きだから、「ううう、そういう個人的な日常生活の描写じゃなくて、もっと野球のことを書いてくれ」と思ってしまった。西武や阪神のキャンプ見物に行っても、実際の選手がどうだったとか練習がどうだったとか、そういうのが殆ど出て来ないんだもん! 高校野球だって、見に行った場所とカードと結果しか言ってくれないし。どういう試合だったのさあ(泣)。──まあ、はなから、そういうスタンスのエッセイじゃないんだから仕方ないんだけどね。そういうことが知りたいんなら、他の本を読みなさいってことなんだろうな。
巡った場所(キャンプ地とか)周辺のグルメ情報とか、そういうのも網羅されてて、読んでいくうちに「タイトルには野球旅と書かれてるけど、野球より旅の方がメインなんだな」とわかる。丁度、担当していた雑誌を辞めることになって失業中だったポチさんの話とか、野球そのものにはあきらかに関係ない(ポチさんの中では関係あったんだろうけど)エピソードもエッセイには出てくるし。うん、これは「野球エッセイ」ではなく、野球という小道具を使って夫婦エッセイを書いてるといった方が正確かも。
ということで、「野球」に惹かれてこの本を読むと、ちょっと食い足りないのは致し方ない。だけど逆に、野球好きではない読者の方が、ある一組の夫婦がダンナさんの趣味を通してどう「ペア」として歩いていってるのかというテーマを汲み取れるかもしれない。
(04.4.10)《この本の詳細情報&注文画面へ》
文学にまつわる事件を担当する27課所属の女性“文学刑事”(リテラテック)、サーズデイ・ネクスト。彼女は今も続いているクリミア戦争に従軍し、そこで兄を亡くし、恋人と別れた。帰還してからは警察の仕事に精を出していたが、ある日、ディケンズの生原稿が盗難にあった。現場に向かったサーズデイは、犯人が大学時代の教官だったアシュロン・ヘイディーズであることを知る。ヘイディーズはいまや、前代未聞の凶悪犯として、警察のいろんな部署で手配されている重要人物だ。サーズデイはその捜査に加わるが──。
正直、前半はなかなか入り込めなかった。設定に慣れないんだよね。翻訳ものにありがちな不親切さは仕方ないとしても、とにかくSFにしたって特異な設定。どこまで「常識」が通用するのか判断がつかない。ヘイディーズって、ほとんど魔法使いだし! 白状しちゃうと、読むのを止めようかな、とチラっと考えたくらいなのだ。
でも、伯父のマイクロフトが「本の世界に入っていける機械」を発明してから、物語は俄然面白くなる。その機械を使って、ヘイディーズが「ジェイン・エア」の中に入ってしまったのだ。そして主人公のジェインを誘拐し、こっちの世界にジェインを連れてきてしまう。するとどうなるか──世界中の「ジェイン・エア」から、物語の途中でジェインが姿を消し、登場人物は途方にくれてしまうのだ! うわはははは!
そこでサーズデイは、「ジェイン・エア」のとある重要人物とタッグを組み、ジェインもろとも本の世界に再度入ったヘイディーズを追いかける。その都度変わるストーリー。混乱する読者。そうならないために、どうするか? 「ジェイン・エア」はジェインの一人称の物語なので、ジェインに気づかれないように動けば、物語には影響しない! おおおお、ナイスアイディア!
というわけで、後半はめちゃくちゃ面白い。これでようやく設定と人物関係がわかったので、2冊目からはもっと楽しめそうだな。ただ、テーマになってる作品を知ってる、というのは必要条件かも。「ジェイン・エア」を読んだことなくてこれを読むと──う〜ん、どうなんだろう。わかるのかな?
(04.4.14)《この本の詳細情報&注文画面へ》
輝く日の宮・丸谷才一(講談社)
主人公はバツイチの国文学者・杉安佐子は、19世紀の国文学が専門で泉鏡花の研究をしている。ところがあるとき、ちょっと源氏に興味を持って調べてみると──。安佐子の恋愛や社会年譜なども織りまぜながら描かれる、歴史ミステリにして恋愛小説。源氏物語の一帖と二帖の間には、なくなった一帖があったのではないかとされる国語学上の大問題に、丸谷才一が挑む。おまけに、泉鏡花風作中作あり(プロローグでいきなり出てくるので、腰が引けてしまうかもしれないけど、我慢して読んでね。あとでキイてくるから)、脚本風ありと、各章ごとに毛色を変えての「業師ぶり」も丸谷才一ならでは。源氏を知らなくても大丈夫、ちゃんとストーリーを教えてくれます。
「輝く日の宮」の謎というと、ミステリ者なら森谷明子「千年の黙(しじま)」を思い出すでしょ。あちらが、源氏が書かれた平安時代のリアルタイム謎解きであるのに対し、本書は現在の国文学者が謎を解くわけで、まずそこが違う。違うのはそこだけじゃない。「輝く日の宮」は存在した、というスタンスは同じなんだけど、そこからが全然違うんだよなあ。本書で出された「仮説」は、実は「千年の黙(しじま)」を読んでるときに「あれ? あっちの説は採らないんだな」と思ったヤツなので、これが出てきたときには快哉を叫んだね!(<あたし自身が、こっちの説に与する部分が大きいので)。むろん、あちらはフィクション仕立て・ミステリ仕立てでドラマが前面に出ているから、こちらとガチンコで比較するわけにはいかないけど、「千年の黙(しじま)」を面白く読んだ人には、是非本書も読んで、比べてみて欲しいなあ。
もちろん、お堅い文学論議だけでなく、杉安佐子の恋愛話がひとつの読み所でもある。中学生時代に手すさびで書いた小説が後に引き起こした波紋については、ミステリ的な趣向もある。批評とは、文学論とは何かを考えさせられる。脚本仕立てのパネルディスカッションシーンには笑える。そして何より、丸谷才一の美しい日本語! なんとも優雅で、絢爛で、そして知的で。「声に出して読みたい日本語」てんこもり。これぞ「匠の技」である。
(04.4.16)《この本の詳細情報&注文画面へ》
それぞれの思いが交錯する。息子が重大な犯罪を犯した、その母親が苦しみ悩むのは可哀想なのか、それとも仕方ないことなのか。マスコミが彼らを担ぎ出し、金が動くのはひどいことなのか、それとも商売として当たり前なのか。少年院に5年いた彼は、すでに罪を償っているのだから新たなスタートを邪魔せず切らせてやるべきなのか、それとも遺族が赦せないのは当たり前なのか。答は出ない。出る筈がない。出口のない迷路を、どんどん追いつめられていく気がする。そして新たに起こる事件。
とにかくストーリーテリングは抜群に巧いし、小さな登場人物まで肉厚に書き込まれ「駒」が一人もいない。著者は様々な視点から事件を掘り下げることによって、読者をぐいぐい引っ張って(追いつめて)いくのだ。事件の展開も早く、読み出したらとまらない。どんどん読まされ、手に汗握り、どんどん辛くなり、悲しくなり、腹立たしくなり──そしてその辛さ、腹立たしさが最高潮に達したまま、物語は終わる。被害者と加害者の家族、誰が悪くて誰が正しいなんて一言で言えるわけがない。しかし、これだけは言えるぞ。マスコミは悪い! 下品なマスコミに嬉々として載せられる無関係な「一般人」も悪い!
読み終わってしばらく、ずーーーーんと重い読後感が残った。あああ、カタルシスがカケラもないよ(泣)。材料だけたっぷり出されて、生殺しで終わった気分。テーマに対してのカタルシスがないのは仕方ないけど、謎解きミステリとしてのカタルシスが弱いのは残念だな。せめてそちらだけでもスカっと驚かせてくれると良かったのになあ。もちょっと「おお、そうか!」と思わせてくれる仕掛けが欲しかったなあ。確かに意味深ではあったけど、この犯人・この動機はちょっと唐突な感じ。
それにしても、このラストは。このラストを、主人公は「希望」と呼んだ。あれだけの経験をしながら、それでもこれが「希望」なのだろうか。「希望」と思えるのだろうか。そこに一番考えさせられた。
(04.4.17)《この本の詳細情報&注文画面へ》
黄昏の百合の骨・恩田陸(講談社)
どうも最近、「出だしはいいんだけど、話が進むにつれて失速することが多いなあ」という印象を抱いていた恩田作品だったのだが、いやあ、失礼しました。これは久々に恩田ミステリ・恩田ワールドにどっぷりハマらせて戴きましたわいな。
理瀬、という名前だけで、分かる人には分かるね。「麦の海に沈む果実」の続編だ。これと、アンソロジー「殺人鬼の放課後」所収の「水晶の夜、翡翠の朝」を読んでおくと(特に人名の点で)話に入りやすいが、でも、独立した話になっているので、こちらが先でも別に大丈夫。
限られた人物しか出てこないんだけど、いやあ、ひっくり返ったね。そういや伏線もあるじゃん! 前半はいつもの恩田節で雰囲気満点。ノスタルジックで絵的で透明で、漫画ちっくなまでにキャラを構築された登場人物による舞台劇のような顛末を楽しんでた。特に、登場人物の腹のさぐり合いといったら。そんな中に登場する雅雪クンはまさに一服の清涼剤だ。いろんな危険の種を孕みつつ、「何か起こりそう」な準備だけが着々と進んでいくのがわかる。
そして。後半になるともう一気呵成だ。思わず、「ええええっ」と声を出してしまった。特に4章の終わりから5章にかけて。「えええええっ」「ええええっ」と心の中で叫びながらページをめくってしまったよ。うわあ。もう、このクライマックスといったら! パチパチと音を立てて手がかりが繋がっていく快感。まあ、細部まで推理できるかというと、ちょっと厳しい部分もあるんだけど、この文章の吸引力はタダモノじゃないよなあ。しかしそれだけではなく──おっと、あとは読んで下さい。
謎解きミステリとしても、少女小説っぽい雰囲気の中に毒を忍ばせるテクニックも、交響曲のように幾重にも押し寄せてくるクライマックスも、すべて満喫。堪能。 (04.4.17)《この本の詳細情報&注文画面へ》
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