森のなかのママ・井上荒野(集英社)
大学生のいずみは、60歳にして美人のママと二人暮らし。還暦を過ぎた伏見さんが離れを借りていて、いずみは伏見さんに恋してる。ある日、意を決して伏見さんに告白したいずみ。しかし、伏見さんはママが好きなのだった……。
122対0の青春〜深浦高校野球部物語・川井龍介(講談社文庫)
1998年夏。甲子園を目指す高校球児たちの県予選が、全国で繰り広げられていた。そんな中、青森県予選で歴史的なスコアが生まれる。なんと「122対0」! このすさまじいスコアでボロ負けしたのは、青森県立深浦高校野球部。本書はその記録的大敗を喫した一戦から、その後の球児たち、そして深浦高校野球部を追ったノンフィクション。
このシリーズも遂に最終巻。結局4冊全部にお薦めマークをつけちゃったなあ。ま、面白いんだからいいか。
図書館の神様・瀬尾まいこ(マガジンハウス)
中学・高校とバレーボール選手だった清(女性)は、ある不幸な出来事を境にバレーをやめてしまう。しかし、思い断ちがたく「バレー部の顧問になりたくて」高校の講師の職についた。なのに任されたのは文芸部。それも部員はたった1人。3年男子の垣内と、新米顧問・清の二人だけの文芸部がスタートする──。
知らない町の図書館で暮らす──そんな小説をいつか書きたいと思っていた作家の甲町岳人(あははは、アナグラムだ)は、『海辺のカフカ』を読んで愕然とする。先にやられてしまった! そのままふらりと旅に出た岳人は、昔の自分を思いだしながら西へ向かう。一方、美容師と客という出逢いをしたナズナとワタルは、デートを重ねるうちに、『海辺のカフカ』に出てきた四国の讃岐うどんを食べにいこうと計画した。2組の主人公の旅が、四国で交叉する──。
禁じられた楽園・恩田陸(徳間書店)
大学生の平口捷(さとし)は、同級生にして世界的な天才美術家・烏山響一と、ふとしたきっかけで言葉を交わすようになる。ある日、彼から届いた招待状。捷の姉は、響一が美術を担当した映画を見て「不吉な人だ、関わらない方がいい」というが、捷は招待に応じることに。目的地は和歌山県の山中だった。そこで捷は、もうひとりの招待客・彫塑家の律子と知り合う──。
昔はお家芸とまで言われていたバレーボールは、ロス五輪の銅メダルを最後に、バルセロナ、アトランタではメダル無し、シドニー五輪はついに出場権をも逃すというどん底の状態だった。そんな女子バレーの代表監督に選ばれた柳本監督。彼のもとに集った個性的な12人はワールドカップで予想以上の善戦を見せ、アテネへの期待を膨らませてくれた。何が女子チームを変えたのか。これは全日本女子バレーチームのドキュメンタリーである。
不思議じゃない国のアリス・沙藤一樹(講談社)
幻想ホラー短編集、というジャンルになるのかな。なんとも奇妙で、でもそれが居心地がいい。だけど、どうして居心地がいいのかわからない。そういう不思議な感覚のある作品集。
パイの物語・ヤン・マーテル(竹書房)
作家の私は、インドのポンディシェリを訪れたとき、神を信じたくなるようなひとつの物語を聞いた。その物語の主人公の名前はパイ・パテル。1977年6月、当時16歳の彼と、ポンディシェリで動物園を経営していた家族は、カナダへ移住することになった。しかしその途中、太平洋上で船が沈没。パイはたった一人で救命ボートで漂流することになる。いや、一人ではなかった。救命ボートには何匹かの動物が入り込んでいたのだった──。
感動的なまでにくだらない(嬉)!
てなふうに書くとまるで修羅場系ドラマみたいだけど、全然そうはならない。なぜから、ママが脳天気だから。脳天気で、買い物好きで、いつもとりまきの中年男たちに囲まれている、ノホホンとしたママ。パパが旅先で亡くなったとき、他の女と一緒にいたことなんか忘れたかのように、脳天気なママ。いずみは、そんなママと、ママのとりまきを見つけ続ける。
いずみの視点で、淡々と描写される日常。ママのとりまきは三者三様で、とても巧くバランスを保っている。そこに性は介在せず、マドンナとグルービーに過ぎないのだが、中年から初老にかけての面々にいやらしさはなく、どこか寓話的にすら見える関係だ。人物描写は現実と非現実のギリギリのキャラクタなんだけど、小さいエピソードがリアルを補ってる。
しかしその寓話は、ルールの上になりたっている。ママの苦しみを知っているとりまき達は、お互いにどこまで入っていいかを熟知しており、それぞれの領分をきっちり守る。そのルールの上で、ママは脳天気に振る舞う。そして、そのルールを外側から壊されたとき……ママは行動を起こすのだ。
なんだろう、これ。淡々としてるようでいてドラマチックで、いずみの大学生活の方もなんか切ないんだけどほのぼのしてて。でも、いずみはこの一件で、少なくとも確実に(陳腐な言葉だけど)成長を見せる。淡々としている内側にはとても激しいものが秘められていて、でもその激しさをスマートに自然に昇華していくような、そんなママが実に魅力的なのだ。
本書の巧さは、なんといっても小道具の使い方だ。ガラスの器、くさやのパエリヤ、洋品店のスカーフ。そういった普通のもの、でも少しだけいびつなものを、上手にエピソードに絡めていく。それらがキーワードになって、人物の心情を浮かび上がらせてくれる。
辛い、切ないくだりもあるけど、読んでて気持ちいい。ヘンな表現だけど、インパクトの無さがいい。うん、ステキな大人の物語、だね。
(04.5.27)《この本の詳細情報&注文画面へ》
いやあ、この試合のニュースは覚えてるわよ。122対0って。これだけ見て、何のスポーツか当てられる人はいないだろ、と言いたくなるようなスコア。相手は確かに強い高校ではあったんだけど、それでもとんでもないスコアだ。こんな結果になった理由は3つある。
1 当時の規定として、コールドゲームは7回終了時。つまり7回までやめられない。
2 相手の高校が、手を抜いては失礼だからと、最後まで真面目に戦った。
3 当の深浦高校が放棄試合を宣告することもできたが、誰も「やめる」と言い出せなかった。
うわはははは。いや、笑っちゃ失礼なんだけどさ。曲がりなりにも、汗と青春の高校野球、手を抜かないという相手の気持ちも分かる。その一方、誰も自分からやめると言い出せないってのも分かるなあ。
なにがおかしいって、スポ根ものだったら、ここで一念発起して翌年は見違えるようなチームになったりするのが定番なのに、翌年もやっぱりコールド負けを喫してしまうのだ。それも「54対0」で。でも前年より、失点が半分以下になってるんだから、進歩だよ……ね? そしてその後は──それはまあ、読んで下さい。
こんなへっぽこぶりが、なんとも可愛くておかしくて。でも、それと同時にこの高校のある深浦町というのはどういう町なのかという背景や、122対0が報道されたことで起こった良いこと・悪いことが綴られる。「相手は手を抜くべきなのか否か」「ここまで弱いなら出なくても」などなど、様々な論議も巻き起こる。道徳の教科書にまで載っちゃう。ここまで話題になると、予選の組み合わせ抽選で深浦を引き当てた高校は「悪者になっちゃうよお」とびびったり。わはは、そりゃそうだ。
ちょっとした感動もある。深刻な問題提起もある。当時の球児たちのその後、深浦野球部のその後は、なんだかとても示唆に富んでいて、でも示唆はさておきやっぱりおかしくて。ただ、過疎の町の問題点とか球児や教師のその後をレポートするくだりになると、ノンフィクションとしてちょっとダレる気がした。構成のせいか、掘り下げ不足の観もあるけど、これは単にへっぽこ球児たちの笑い顔をもっと読みたかったってことかもな。
(04.5.28)《この本の詳細情報&注文画面へ》
小説スパイラル 推理の絆4 幸福の終わり 終わりの幸福・城平京(エニックス)
今回は歩が主人公ではなく(マンガではもともとサブキャラだったらしいが、小説版ではずっと歩が主人公だったのだ)、本編通り、鳴海清隆がメイン。しかし、彼のところに持ち込まれた事件を、歩に解かせるという、今までとはちょっと変わった形式で綴られている。これによって、清隆の小日向家婿入り問題も同時に決着をつけられるってわけか。なので、ここに出てくる歩は、まだ小学生。ひよのちゃんも出てこないし、2巻の鋼鉄番長ほどの大笑いできる箇所もないけれど、その分、全体的に実に端正なのだ。「うまい!」とでもいうか。
ミステリ部分の巧さだけでなく、小学生の歩を出したことで、この舞台に一本スジが通った気がする。なので、これ一冊だけ読むと、ちょっと地味かもね。過去3冊の後で読んだ方が堪能できると思う。
しかし4巻通して読んで思ったけど──ここに出てくるトリックって、もちっと対象年齢層の高い小説でやると「作りすぎ」「リアリティがない」って言われると思うのね。だけど、それをこういうヤングアダルトというジャンルでやることによって、「こういうのが《アリ》の世界なのさあ〜」と前提として納得しちゃう。これはひとつの方法だよなあ。
【近況報告】死体の胃から、警視庁に勤務する鳴海清隆の電話番号を書いた紙が見つかった。ダイイングメッセージなのか、それとも……。うわあ、掌編だけど、これってロジカルなだけじゃなくて、随分と切ないなあ。
【くだんを殺せ】不幸を予言するという牛の化け物「くだん」。その「くだん」の置物を購入した夫に、妻は不気味だと文句を言うが……。うわ、これってシンプルだけどすごく「巧い」やり方!
【幸福の終わり 終わりの幸福】祖父の言いつけで、鳴海清隆と結婚させられそうな女子高生・小日向くるみ。それを回避する条件は、「鳴海より先に事件を解決すること」だった。しかし推理能力では適う筈がない。くるみ同様、結婚する気のない鳴海清隆は、自分の弟の歩をくるみのサポートにつけた。事件はアリバイ崩しだが……。これね、すっごくフクザツなように見えて、でも盲点をついた巧いミステリなんだよねえ。感心しちゃった。歩の初恋話も可愛いわん(きゅん)。
(04.5.29)《この本の詳細情報&注文画面へ》
バレーと聞いただけで、垣内クンの頭に「中」をつけたくなるが、まぁそんなこたあどうでもいいや。この清ってのがもう、カンに障りまくり。「スポーツするより本を読む方が楽しいなんて、あり得ない」「一度スポーツで流す汗を体験してしまえば、本の方がいいなんて思うはずがない」「高校生なら、スポーツをやるべきだ」などなど、女だてらに思いきり筋肉バカなんだもん。いや、筋肉バカ自体は決して嫌いじゃないけど、それ以外の価値観を認めようとしない──否、それ以外の価値観が存在するなんて疑ってもみない、その狭量さがイヤだっ。それが一人称主人公なんだもん、もう苛つくことといったら。
でもってこの清は、ただいま不倫の真っ最中と来たもんだ。それがまた、ちょっと微妙に繊細な不倫。う〜ん、暗い過去を背負った体育会系狭量女が微妙で繊細な不倫……何なの、この座りの悪い人物設定は!
ところが不思議なことに。この座りの悪さが、次第になんともいい味を醸し出して来るのだ。たった1人の文芸部員・垣内クンと、さり気なく清を気遣う弟・拓実。この二人の造形に負うところが大きいんだけど、この二人によって、次第に清は「解放」されていく。それは、先の見えない不倫からの解放であったり、彼女を苦しめていた過去の事件からの解放であったり、「スポーツしなくちゃ」という凝り固まった価値観からの解放であったりするわけだ。「本を読むって意外と楽しいじゃん」と清が気付くくだりなんて、なんかもう、新しいおもちゃの遊び方がわかった子供よ子供。でも、それが妙にいいんだよねえ。細かいエピソードも魅力的で、ぐいぐい引き込まれた。清のキャラクタがもう少し感情移入できれば文句ナシだったかも。
これは解放の物語であると同時に、「本なんか読まない新米女性教師」が、本好きの文芸部員に次第に洗脳されていく話と言えよう。そこが本好きの心をくすぐってくれるよ。特にラストでの垣内クンの言葉は本好きの心ににジャストミートだ。
ただ、考えすぎかもしれないけど、「本を読む=賢い」「本を読まない=バカ」みたいな図式が伺えるのは、ちょっと気になった。スポーツ一辺倒でも決して悪くはないし、「スポーツも読書も、どっちもやらない」という選択肢だってある筈だよね。
(04.5.30)《この本の詳細情報&注文画面へ》
図書館の水脈・竹内真(メディアファクトリー)
うわあ、これはいいなあ。
『海辺のカフカ』という、つい最近のヒット作がいきなり作中に登場して、ちょっと戸惑う。でも読み進むうちに、『海辺のカフカ』は物語を構築する大事な小道具であると同時に、小道具以上の、この物語の動機付けというか出発点というか、そういう大事なものなんだというのが分かってくる。これは、四国を舞台にした何か架空の小説をでっち上げたのではダメなのだ。『海辺のカフカ』じゃなきゃ成立しないのだ。
それだけじゃない、この物語には、いろいろな小説が顔を出す。『スプートニクの恋人』などの村上作品のみならず、芦原すなお、徳富蘆花、国木田独歩、夢枕獏、さくらももこまで、実に多岐に渡るのだ。源氏物語も、アーヴィングも、サリンジャーも、「恐るべきさぬきうどん」まで、ばんばん出てくる。そして主人公のひとり、ワタルってのは「カレーライフ」の子だったりするのだ(ちょっとイメージ変わってるけど)。
そういう本好きにはたまらない魅力的な小道具を溢れさせつつ、岳人の少年時代の思い出(実際に図書館で寝泊まりしたときのワクワク!)が次第に現在へと繋がっていく様にどきどきさせられる。ナズナとワタルの章は、図書館がらみの章に比べるとちょっとパワーダウンの感があるんだけど(ナズナの造形もちょっとチグハグだしね)、それでもいろんなことが滲みてくるのよ。これはいい。これはすべての本好きに読ませたいぞ。今、図書館は貸与権がらみでいろいろ揉めてるけれど、でも、こういうのを読むと、何はなくとも「図書館ってステキな場所」だよなあという原点に戻れる気がする。
この清涼な物語は、竹内真から村上春樹作品への、いや、中に登場したすべての愛する先行作品へのラブレターであり、オマージュであり、トリビュートなのだ。うわあ、先に『海辺のカフカ』を読んでおけばよかったよ! いや、今からでも遅くない。読もうっと(わくわく)。
(04.5.31)《この本の詳細情報&注文画面へ》
恩田作品は大抵、先行作品へのオマージュになっているんだけど、これはやっぱり「パノラマ島奇談」だよね。
ホラーなんだけど、いやあ、これは怖い。さすがの恩田節がぐいぐいと読者を引っ張る。この怖さといったら、本を読みながらときどき後ろを振り返ってしまうくらい。いや、振り返りたいんだけど怖くてできない、という感じか。とにかく怖い。
和歌山山中での冒険(?)と平行して、東京を舞台にした失踪事件が起こるのね。こちらの進行も実に魅力的で、タイプの違うふたつのスリルが平行して語られる、その緩急の巧さといったら! それがひとつところに収束していくとこなんか、「きたきたきたきたああ!」と背中をゾゾ気が走っちゃったわよ。巧い。怖い。すごい。
ただ、どんどん話が大きくなってって、残りページが少なくなってって、「あとこれだけの厚みしかないのに、どやって話を終わらせるんだろう」と次第に心配になってくる。そんなの読者が心配しても仕方ないんですけどね。で、この解決。──うううう、ここまで盛り上げて、ここまで怖がらせて、それで最後にいきなり(反転)「愛は勝つ!」(ここまで)みたいにまとめられるのって……少々拍子抜けしちゃったんだけどなあ。いろんなところに、いろんな種がまかれてたり、いろんな伏線が仕込まれたりしてたのに、それらもスパっとまとめて「細かいことはさておき、一気にこれで解決!」みたいな……。ちょっと、あっけなくない? 最近、こういう決着の付け方、多い気がするんだけど。風呂敷を広げて広げて広げて、畳むのかと思ったらそのままサッと引き抜かれちゃうみたいな終わり方。まあ、好き好きですが。読んでる最中は間違いなく面白いし。というか怖いし。
ところで、捷のお姉さんの婚約者の名前が気になったのは、あたしだけじゃないよな?
(04.6.2)《この本の詳細情報&注文画面へ》
甦る全日本女子バレー〜新たな戦い・吉井妙子(日本経済新聞社)
章は大きく6つに分けられる。まず、2003年ワールドカップを見た著者の印象。そして、個々の選手の章だ。「求心力」と題されたキャプテン・吉原の章。「大輪開花」というメグ・カナ・サオリの章。「地殻変動」の章はシドニーリベンジ組の4人、竹下・高橋・杉山・成田。そして「バックアップ」──佐々木・大村・宝来・鈴木・辻・佐野の章。
一度は崩壊とまで言われた日本バレー。これを読むと、柳本監督の再建計画がいかに冒険であったかよくわかる。しかしそれ以上に唖然としたのは、「吉原・竹下・高橋は代表入りさせるな」と言ったというバレーボール協会の態度だ。吉原はトシだし使いにくいから、竹下と高橋は背が低い上にシドニーを逸した張本人だから──。しかし柳本は真正面から協会にたてつく。吉原・竹下・高橋こそが、新生全日本の中心になるんだと。かと思えば、経験のない高卒ルーキーのメグ・カナをいきなりスタメン起用する。う〜ん、確かにこれには、頭の固い協会ならずとも度肝を抜かれたけどさ。
ひとりひとりの選手が詳しく細かく書かれているのも魅力。決して過剰なお涙頂戴にならず、テクニカルな面をちゃんと紹介してくれている。アイドルとして持ち上げるのではなく、アスリートとして長所も短所もレポートされている。そんな中に、たとえば佐々木みきの酔っぱらいエピソードや、木村沙織の天然ボケをまぜて笑わせ、杉山はモデルのオーディションに受かったことがあるという裏話や、ママさんセッター辻がなぜ呼ばれたかなど、「へえ」という箇所も盛りだくさん。そしてシドニーを逸したメンバーの箇所は、目頭が熱くなる。とにかく読み応え満点。
ワールドカップや世界最終予選で女子バレーに熱中した人には、是非読んで欲しい一冊。尚、これが書かれたのは、2003年のワールドカップの後。まだ世界最終予選が始まる前なので、その後に行われた大変革(リベロの交代、宝来・鈴木の代表落ち、大友愛の再加入)は反映されていない。その点はちょっとズレを感じるかも。でも、ちゃんと成田の章があるってのがすごいなー。スポーツジャーナリストってのは、やっぱ見てるんだな。
(04.6.3)《この本の詳細情報&注文画面へ》
正直なところ、最初の2作は読んでてあまりピンと来なかったのだ。むしろ「あんまり相性良くないかな?」と感じてたくらい。ところが3作目から俄然良くなった。そこからはもう、一作ごとに評価が上がる。どれも子供が主人公、もしくはキーパーソンになってる物語。趣向が勝ちすぎてるように思えた箇所も、読み進むうちにそこが魅力になり、独特の世界観を作り上げている。うん、これは今後も要チェックかも。
【不思議じゃない国のアリス】信用金庫に勤める由起子は、子供時代、バス事故でクラス全員が死亡した修学旅行を欠席して助かったという「奇跡の少女」だった。しかし、今となってはそれが重い。そんなある日、高架下に佇む一人のヘンな少女と出会って──。幻想的でホラーちっくで、おまけに「アリス」というメルヘン100%の設定なのに、関西弁。
【青い月】彼のもとを去っていったはずの彼女が戻ってきた。記憶を消されて──。一作目もそうだったんだけど、中途半端に理に落ちる、その「半端感」がなんとも居心地悪くて、でもそれがこの著者のテイストなのかとも思えるんだよなあ。
【飛行熱】夢に出てきた女性がいった。この世の人間はニセモノばかり、ニセモノに騙されるな。少年はホンモノの人間を捜そうとするが──。最初はシニカルな話だと普通に読んでたんだが、ラストでひっくり返った。なんだこれは! いや確かに伏線はあったけどもさ。でもものすごい展開。ものすごい終わり方。なのに淡々と、飄々と描く。インパクト最高。
【空中庭園】夜な夜なネット世界に集うゲームの国の住人。RPGでパーティを組んだ4人は次第に親しくなって──。大部分がチャットの体裁で進む物語。イチオシ。これって、ミステリとしても年鑑収録級じゃない?
【銃器のアマリリ】すべてが箇条書き(ともちょっと違うんだけど)で語られるという異色作。でも、他人には見えない銃殺少女&苛められっ子のペアのエスカレート加減は、たいしたド迫力。淡々とした箇条書きが逆に醒めた感じを演出してて、印象が強い。
【旅をする人】掌編。ボーナストラック、かな。
(04.6.7)《この本の詳細情報&注文画面へ》
大きく3部に別れている。1部では、パイ・パテルのポンディシェリ時代。2部ではその漂流の様子。そして3部は漂流の後の話。1部でいきなり、成長した当のパイ・パテルが出てきて体験談を始めるわけだから、2部の漂流も結果的には救出されることがわかっている。それがちょっと興を削ぐんだよなあ。
なんせこの2部がすごいのだ。1部でちょっとダレ気味だったんだけど、2部に入って俄然おもしろくなる。太平洋上227日のサバイバル。あるときは知恵と勇気で乗り切り、あるときは涙で夜を明かす。ある程度の設備や準備の整った救命ボートが彼の命を救ったのはもちろんだが、ここで圧巻なのは、はからずも彼と一緒に救命ボートに乗り込んだ数匹の動物たちだ。あ、あなた今、動物たちに囲まれた心温まる物語を期待したでしょ。それが違うのよ。なんせその中の1匹はトラよトラ! それも飢えたトラなんだもの。救命ボートの上で繰り広げられるのは、動物メルヘンではなく、生きるか死ぬかの壮絶な戦いなのだ。
このトラとの駆け引き、生き抜くためのあれこれ、何日も海上にいることによって起こる体の変化、死を前にした諦観、そのどれもがすごい迫力で、思わず息を止めてしまうこともしばしば。でもその度に「だけど結局助かることは1部でわかってるんだよね」とちょっと醒めてしまい、でもその数分後にはそんな事は忘れて漂流中の冒険に固唾を飲む。
そして3部。う〜〜〜〜〜ん、これがなあ……。パイの載っていた船がパナマ船籍の日本船ツシマ丸だったことで、日本人二人が彼のもとにインタビューに来るという体裁なんだけど……人によるのかもしれないけど、なんだかあたしには、2部のスリルと高揚が一気に台無しになっちゃったように感じたんだよね。ここにこそ著者の意図が込められてるんだけど、2部が最高に面白かっただけに、なんか足下をすくわれたような。ただ、時系列的には1章の方が後に来るわけで、それを考えれば確かにハッピーエンドなのだ。そこらがとても凝ってて実験的で、なんだけどなあ〜〜。う〜〜〜ん。
ヘンな勧め方だけど、これ、2部だけ読むとすっっっっっっごく面白いのよ。著者の意図するところとは大きくズレちゃうんだけど、掟破りながら2部だけ読むってのもあり……かな?
(04.6.9)《この本の詳細情報&注文画面へ》
蹴りたい田中・田中啓文(ハヤカワ文庫)
あの傑作短編集「銀河帝国の弘法も筆の誤り」に続く、企画物・ダジャレ物・総ざらえ作品集である。田中啓文という作家が41歳の時に「蹴りたい田中」で茶川賞を受賞したものの、その後失踪、杳として行方はしれず、2014年に遺稿集として出版されたという体裁の一冊。
だいたい何なのこのフザけたタイトルは! 大丈夫なのか綿矢サイドは。怒ってないのか。でも、装丁が「戦時中の少年雑誌風」なので、タイトルも右から左に書かれてるんだよねえ。なのでぱっと見「中田いたり蹴」と読んでしまって、「蹴りたい背中」のパロディなんだということがすぐには分からない。これはちょっと残念。
しかし中身はもう、これでもかこれでもかというくらい、ダジャレ・お笑いで押しまくり。でもそれだけじゃなくて、ストーリーが面白いってのがすごいよなー。まあ、どっちが印象に残るかっていうとストーリーよりはダジャレなんだけどさ。<いいのかそれで。
とにかく、これは読むべし! 眉間にシワ寄せて小難しいことを考えてるあなた、そのシワが消えること間違いなしよ。なんかもう悩んでるのがバカバカしくなるくらい、くだらない。そのくだらなさが魅力。とにかく笑える。爆笑、憤笑、にやにや笑い、脱力笑い、いろんな笑いが盛りだくさんさ。おまけに決して読者に迎合しない著者らしく、「分かる人だけ分かれ」「これは誰も気づかないだろう」と思うようなダジャレもたくさん。実は、巻末の「田中啓文文学賞設立のお知らせ」ってのが、ある漫画家さんのダジャレになってるとは、あたしゃ著者本人に教えてもらうまで気づかなかったわよ!
尚、寄稿陣もめちゃくちゃ豪華。北野勇作・浅倉久志・山岸真・山田正紀・恩田陸・月亭八天・塩澤快浩・大森望×豊崎由美・菅浩江の寄稿が入って、おまけに田中啓文の作品を満喫できて大笑いできて、それで700円は安すぎ!
尚、収録作の中でも特にお薦めなのが、【茶川賞受賞記念インタビュウ】から【吐仏花ン惑星〜永遠の森田健作】に至る流れ、本格ミステリ【赤い家】(「蚊コレクション」参照)、超ショートショート【トリフィドの時代】、腰が砕けっぱなしのハイパー時代劇【地獄八景獣人戯】あたりかな。とにかく、買って損無し、読んで幸せの一冊なのだ。
(04.6.11)《この本の詳細情報&注文画面へ》
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