お厚いのがお好き?


駆けてきた少女・東直己(早川書房)

 ススキノ探偵「俺」シリーズ。スナックから出てきた俺は、ビルの階段に座り込んでいるカップルの脇を通った。嫌がる女の子に迫る男──ところが、注意した途端、俺は男に刺されてしまった。命に別状はなかったものの、どこから見ても立派な傷害事件だ。なのに、どうも警察はマジメに動いてくれない。その背景には、北海道警のある事情があった……。
 相変わらず会話は面白いしテンポはいいし、「俺」の能書きも小気味いい。ケータイを嫌い、イマドキの青少年を真正面から叱る「俺」は、もしかしたら世のオトナの代弁者なのではなかろうかと思ってしまうくらい。こんなふうに若者を斬れたら面白いだろうなあ……と詮無い夢想をさせてしまうよこのオヤジは。扱うテーマも、警察と政界と財界の癒着という、それも北海道警だってんだからめちゃくちゃタイムリー。それを、この著者ならではの軽快な文体で読ませてくれるんだから、面白くないわけがないのだ。
 ただ今回は、ちょっと拡散して終わった観があるなあ。警察の腐敗、それを斬る謎のライター、秘密裏に用意されているあるショー、知り合いのヒーラーのところに出入りする怪しい女子高生、家に帰れない少女、「俺」を刺した少年の背景などなど、いろんな問題が起こってるんだけど、決着を見ずに(あるいは解決せずに)終わってるものが多いのだ。というか、ほとんどそうじゃん。東直己の作品にしては、ここまでカタルシスがないものも珍しいなあ。このラストなんて、急ぎすぎというか、「えっ、こんなあっさり終わっちゃうの?」「これって、話は終わってるの?」ととまどってしまった。やけに中途半端な気持ちで放り出されてしまったよ(泣)。
 尚、
「ススキノ・ハーフボイルド」とのリンクが多々あり。ストーリー自体は独立してるから未読でも大丈夫なんだけど、「ススキノ・ハーフボイルド」を読んでた方がよく分かる箇所が多い。何より、ラストの一文だよな。これの意味は、「ススキノ・ハーフボイルド」を読んでるかどうかで、印象が全然違って来る。もしかしたら、今回は話がまだ終わってないんじゃなかろうか。「ススキノ・ハーフボイルド」と、これまでの「俺」シリーズと、もしかしたら他のシリーズまで絡んでくるんじゃないかという予感すらしてしまうよ。今回ちらっと、畝原の話や榊原の話も出てきたしな。うん、それを期待しよう。  (04.6.21)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

無法地帯〜幻の?を捜せ!・大倉崇裕(双葉社)

 元ヤクザの大葉久太郎は、大の怪獣マニア。そんな彼の恩人の借金を棒引きにして貰う交換条件として引き受けたのが、市場価格300万は下らないと言われる「怪獣・ザリガニダー」のプラモデルだった。同じ頃、探偵にして食玩コレクターの宇田川も、同じザリガニダー探しの依頼を受けていた。二人ははからずも、同じターゲットに向かって進み始めたのだったが、その背後には──。
 なるほど、オタクアクション小説(そんなジャンルはなかろう)の名にふさわしい一編。最初は「コレクターが主人公のオタク小説?」と聞いて、ちょっと二の足を踏んだのだが、読み始めてみるとこれが面白いのだ。考えてみれば、ターゲットが怪獣のプラモデルだというだけで、例えばこれが末端価格数億という純度の高い覚醒剤だったり、大量の改造拳銃だったら。舞台が中野や秋葉原じゃなく、歌舞伎町だったら。もう、そのまんま、普通のノワール小説になるのである。情報屋も売人も同じ。つまるところ、舞台設定そのものは、何ら目新しいところはない。ただターゲットがプラモデルで、主人公がコレクターだってだけだ。装丁(とくに帯)があまりにオタク色・コレクター色を前面に出しているので及び腰になってしまったが、よくあるノワール(あるいはハードボイルド、アクション)、ただし小道具がちょっと個性的、と考えれば恐れるに足らずなのだ(恐れてたのか?)。なんかこの帯、読者をかなり限定しちゃってる気がするなあ。もったいない。
 とは言え、探すのが覚醒剤でも改造拳銃でもなく、怪獣のプラモデルだというところが、さらに物語を面白くしているのも事実。どこかが妙に脳天気なんだよね。コレクターズ・アイテムのカードを人質にとられてあっさり投降するってのも面白いし。コレクターならではの因縁が物語に大きく関わってくるあたりなど、思わず唸ってしまった。
 おまけに! そんな中に、しっかり本格色が光ってるのが嬉しいじゃないか。アクション小説を読むノリでさくさく読んでいたのだけれど、思わぬ展開に「あっ」と声を出してしまったよ。う〜ん、油断できない。オタクでなくても、コレクター気質なんか皆無でも、これは楽しめる。いやあ、面白いわ。  (04.6.23)
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鉄棒する漱石、ハイジャンプの安吾・矢島裕紀彦(日本放送出版協会)

 明治〜昭和初期の文豪といえば、肺病っぽかったり、神経質だったりというイメージはない? 実は意外と皆さんスポーツマンだった……。そんな逸話を集めた本。器械体操の名人と評された夏目漱石、ハイジャンプの全国大会で優秀した坂口安吾、射撃の名手で、自称オリンピック候補の横光利一などなど。へえ、あの安吾がハイジャンプをねえ。
 まあ、中には、「サッカー好きでハットトリックを決めたこともある太宰治……の友達」みたいな、「本人じゃないのかよ!」というツッコミどころ満点なものもあるし、椋鳩十のバレーボールに至っては「いや、それ、得意とは言わないし」ってなもんだけど、それはもう後半ネタにつまった(失礼)苦肉の策だったのではないかと。だって前半はホントに「おおお、この人がこんなスポーツマンだったのか!」と感動したし。
 正岡子規やサトウハチローの野球好きや富田常雄の柔道は、三島由紀夫のボディビルは有名だけど、夏目漱石が器械体操の名手だったとか、尾崎士郎は本気で相撲取りになりたがっていたとか、坂口安吾はハイジャンプの選手でインターミドルの全国大会で優勝したこともあり、オリンピックだって夢ではないレベルだったとか、もう「へえ」のオンパレード。文士がひ弱だったなんて、イメージだけのことなんだなあ。
 個人的には志賀直哉と自転車の項が印象的。明治三十年代に160円(一ヶ月の生活費がたいだい10円の頃)もしたという「デイトンの自転車」とは、おそらく今のデイトナのことだろう。東京から横浜まで乗ってたってんだから、すごい。ツールドフランスを見せてあげたいよ。ビリヤードが得意だった(実家が撞球場だったらしい)梶井基次郎が「文士っぽいから肺病になりたい」と言ってたってのには苦笑。ホントになっちゃったときには、どう思ったろうなあ。
 しかし、やはり田中英光にとどめを刺す。なんてったって、オリンピック選手だもん。でも、太宰に傾倒して後を追うように自殺したのは返す返すも残念。考えてみれば、三島由紀夫も自殺か。いくら体を鍛えてても、死んじゃダメだよやっぱり。  (04.6.25)
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文学的商品学・斎藤美奈子(紀伊国屋書店)

 庄司薫から浅田次郎までのべ70人82作品を、小説内に登場するファッション・料理・音楽などに注目して斬りまくった文芸評論。「そんなところから来ますか!」の斉藤美奈子節炸裂、ファン待望の文芸論だ。まったく小説ってのは、いろんな楽しみ方があるよなあ。映画の賞には照明賞だの音響賞だのがあるんだから、小説だってストーリーやキャラクター以外の部分に注目してみるってのも、確かに「あり」なのだ。
【アパレル泣かせの青春小説】まずはファッションから。太陽族を生んだ「太陽の季節」には意外にもファッションの描写は殆ど無いし、「なんとなく、クリスタル」ではファッションではなくブランド名を描写することで記号化を図っている。そもそも一人称小説では、自らのファッションに言及する主人公が少ない(当たり前)のだ。そんな中、みごとに一人称でファッションを取り入れた小説がある。それが「薫君四部作」!
【ファッション音痴の風俗小説】青春小説がファッション描写に制約があるなら、風俗小説はそうだ。俎上にあげられるのは渡辺淳一、丸谷才一、金谷美恵子など。
【広告代理店式カタログ小説】なるほど、こんなジャンルがありましたか! 五木寛之の「雨の日には車をみがいて」、森瑤子の「ドラマティック・ノート」など。車だの香水だの、テーマとなる小道具を前面に出して、毎回違った商品を絡めるシリーズ方式。ミステリの連作でもときどき見かけるね。
【飽食の時代のフード小説】料理の描写から小説を論じる章。当然これを扱うよね、いう感じの「村上龍料理小説集」から江國香織や川上弘美、もちろん出て来る辺見庸。う〜ん、エンターテインメント小説には弱いと著者本人が別の本で言ってるくらいだから仕方ないんだけど、ここに北森鴻が欲しかったなあ。
【ホラーの館ホテル小説】あはははは! かなり好きな章。だって浅田次郎の「プリズンホテル」が扱われるんだもの。おまけに、おどろいたことに平岩弓枝「花ホテル」との隠れた類似性まで教えてくれるよ。
【いかす!バンド文学】タイトルに20分笑う。文字だけで音楽を表現することの難しさ。でも確かに「青春デンデケデケデケ」はそのハンディを逆手にとった手法で成功してる。
【とばす!オートバイ文学】片岡義男です。もちろんそうです。他に誰がいる?
【人生劇場としての野球小説】扱われてる本全部が既読だったのはこの章だけ。なるほど、読んでると更にうなずける。ただ、「瀬戸内少年野球団」の映画に出ていたのは田原俊彦ではなく郷ひろみだよ。トシちゃんが出たのは、パート2の方だもん。
【平成不況下の貧乏小説】「蟹工船」から「ダンボールハウスガール」まで!
 (04.6.25)
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パーフェクト・プラン・柳原慧(宝島社)

  代理母で生計を立てている小田桐良江は、かつて出産した子供、三輪俊成が母親・咲子に虐待されていることを知り、発作的に俊成を三輪家から連れ出してしまった。それを知った仲間は、とんでもない誘拐計画を思いついた。身代金ゼロ、せしめる金は5億円。誰も殺さない、誰も損をしない。第2回『このミステリーがすごい!』大賞大賞受賞作。
 うわあ……なんか、流行モノを片っ端から取り入れてないか? ネット・トレーディング、ハッカー、幼児虐待、瞬間映像記憶、崩壊家庭、などなど。
 勢いがあるので読まされてしまうんだけど、要素のバランスの悪さが気になる。クラッキングや、それをつきとめるくだり──要はネット絡みの部分はとても面白くて引き込まれたんだけど、それ以外の部分の収まりが悪いのだ。なんだろう、ストーリーも脚本もいいんだけど、演じてる俳優が下手、みたいな感じなんだよねえ。例えば鈴村刑事の突拍子もない行動。警察サイドの主人公なのに、なんか薄っぺらい。そもそも、警察の組織捜査がまったく描き込まれていないので、本来なら犯人グループ(Enigma)×クラッカー(Joshua)×警察、という三巴の戦いになるところが、いまいち噛み合わないのだ。間抜けな警察の中で一人気を吐く美人ネット刑事、みたいな造形にしたかったのかもしれないけど……単なる駒なのかヒロインなのか分からないような描き方なんだよね。なので、感情移入しにくいのよ。
 ストーリーは本当に魅力的で、ここまで実際に巧く行くかどうかの実効性は別にして「ああ、こんな誘拐があったか!」と感心したし、代理母、児童虐待、という流れが別のところに行き着くラストにも感動した。とにかく、ストーリーもエピソードもホントによく練られててて勢いがあって面白いのだ。特にクラッキングのあたりの描写は(知識がないので正確かどうかの判断はできないけど)手に汗握るサスペンスがある。
 うん、やはり「ストーリーも脚本もいいんだけど、演じてる俳優が下手」というところに落ち着くのかな。描きたかったこと、伝えたかったこと、読ませたかった部分、というのはわかるんだけど、それは「わかる」のではなく、「感じさせ」て欲しかった。アイディアはすごい、だけど筆力がそのすごさに追いつかない、という印象。でも、デビュー作だもんね。これからに相当の期待が持てそう。  (04.6.29)
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ドアの向こう側・二階堂黎人(双葉社)

 ハードボイルドな幼稚園児、渋柿シンちゃんのボクちゃん探偵シリーズ第3弾。あはははははっ、もう、このシリーズ大好きよ。ハードボイルドってのはちゃんと描くとすっごくカッコいいんだけど、幼稚園児とハードボイルドっていう、とてつもなくかけ離れたところにある二つを結びつけることによって、こうも面白くなるのかという好例。
 これはもう設定の勝利みたいなところもあるし、なんせ幼稚園児なので、いくら父親が刑事という設定であっても関わり方には限界がある。だから謎解きという面からいくと、ちょっと食い足りないものも中にはあるんだけど、それにしたってシンちゃんの魅力が充分カバーしてくれてるのだ。
【B型の女】おお、時刻表トリック!(かな?) 時刻表の方はそのあたりの地理を知らなければ推理のしようもないし、真犯人にいたっては更に推理しにくい話なんだけど、でもこのオチ「どうしてあの人物は真犯人ではないと言えるか」というシンちゃんの洞察に大笑い。
【長く冷たい冬】シンちゃん版「9マイルは遠すぎる」ってところかな。でも、そっちの推理もさることながら、連続轢き逃げ(?)事件の方が面白い。しかし、今日日マンガにだって出てこないような「絵に描いたような」デフォルメ・キャラクタだなあ。
【かたい頬】うわーー、シリアス! ある別荘地でおこった幼児失踪事件。それから8年、その別荘を買ったゴリさんのために、失踪事件の謎を解こうとするルル子。これはオミゴト! この本の中ではイチオシだな。悲しい物語、キレイに収束する伏線。どこをとっても文句なし。
【ドアの向こう側】幼稚園友達のひな祭りパーティに招待されたシンちゃん。その家で飼っているウサギが逃げたという。一方、警察に殺人の通報があって……。おお、謎を解くだけではく、事後処理までやるシンちゃん。カッコイイぜ。それにしても、こうしてみるとけっこう殺伐とした事件に絡んでるよな、この園児は。
(04.6.30)
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二人道成寺・近藤史恵(文藝春秋)

 二人の女形がいる。名家に生まれ、本人の努力もあって日の当たる道をあるいてきた岩井芙蓉。家柄も後ろ盾もなく、実力ではい上がってきた中村国蔵。この二人が犬猿の仲なのは、歌舞伎界でも有名な話だった。ある日、岩井芙蓉の自宅が火事に遭う。彼の妻、美咲は火傷を負い、意識が戻らない状態が続いていた。そんなとき、中村国蔵は、名優・瀬川菊花の付き人である小菊に「知り合いの探偵を紹介してくれないか」と持ちかけてきた。どうやら火事に疑念があるようなのだが……。
 
「ねむりねずみ」「散りしかたみに」「桜姫」に続く、歌舞伎シリーズ第4弾。
 現在と半年前が交互に語られるという構成で、サスペンス色が増している。が、それより印象深いのは、岩井芙蓉・美咲夫妻のあり方だ。岩井芙蓉を敬愛する番頭(世話係みたいなものかな)・実の視点で語られる過去の章は、梨園の縁の下での働きを読者に紹介するとともに、梨園という一種独特な世界生きる人々に対する驚きを読者にストレートに伝えてくれる。
 過去の歌舞伎シリーズを読んだときにも同じことを書いたのだけど、このシリーズ、本格ミステリとしてはあまりトリッキーじゃないし目新しい部分もない。今回も、事件の真相だけに限っていえばとてもシンプル。読者を騙そう・何かを仕掛けようとするのではなく、このドラマを味わってもらおうとしている気持ちの方が強いんじゃないかと思えるくらい。その分、梨園という伝統芸能の世界を舞台とした人間模様という点では実にしっとりと、温度と湿度を味合わせてくれる佳作だと思うのよね。真犯人は誰だとか、どこが伏線だったとか、そういうのは彩りであって、あくまでも梨園という世界で起こるドラマが描かれている、という印象なのだ。
 だからこそ。何もこれを、文春の本格ミステリマスターズで出さなくても、と思っちゃうんだよなあ。だってさ、この叢書といえばアナタ、「これぞ本格ですよ!」と言わんばかりの、ばりばりに力の入ったトリッキーなものばかり出してる(今のところ)じゃありませんか。そのラインナップの流れで来るんだから、あの歌舞伎シリーズとはいえ、今回はもっとミステリ部分に凝ったものが出てくるのかしら、と期待半分心配半分で読んだのだ。心配半分、っていうのは、あまりミステリ色が強くなって、このシリーズが本来持ってる歌舞伎界の色や温度が減っちゃうとイヤだな、と思ったから。それは杞憂でしたが。杞憂でよかったのかどうなんだか。 (04.7.1)《詳細情報&注文画面へ》 

誰もわたしを倒せない・伯方雪日(東京創元社)

 プロレス団体の中で起きる事件を、連作風に描いた本格ミステリ。正直なところ各闘技にはまったく興味がなかったので、果たしてどこまで物語に入れるか心配だったのだが──読み出したら、そんな心配はすぐに忘れた。格闘技に興味がなくても、まったく問題ない。基礎知識は作中で上手に描写されるし、謎そのものは格闘技の知識がなければ説けないものでもない。ただ、プロレス界ならではの心理やドラマ性、そして舞台の持つ魅力が、実に巧く謎解きに絡んでくる。プロレスファンである刑事の城島が読者とプロレス界の橋渡しをしてくれるのも魅力。いや、それより何より、プロレスの世界を描くことと本格ミステリとして読者を騙すこと、この二つが見事に融合されている様に脱帽だ。業界ミステリは多々あれど、ここまで本格としての体裁をちゃんと保ってくれてるのは、なんとも嬉しいじゃないか。
【覆面(マスク)】 後楽園のゴミ捨て場で発見された他殺死体は、なぜか襟足から後頭部にかけての髪が切られていた。プロレスファンの刑事・城島は、場所と体つきから覆面レスラーではないかと考える。まずは導入部ということもあり、とんでもない「含み」を持たせたまま物語は終結。ただ、ここで使われるトリックは実に盲点をつかれた気分。それは登場人物に感情移入してればしてるほど盲点になる部分じゃないかな。
【偽りの最強】ビッグマッチの前に、プロレス団体の職員が自殺。いや、自殺に見えたのだが──。動機や方法論よりも、消えた金がどう使われ、どうなったかという部分が圧巻。
【ロープ】1年の休養ののち、ジムに帰ってきたレスラー。しかしそこでは、相変わらず理不尽なしごきが横行していた。1年前には人死にも出たというのに──。うわあ、これはビックリした! これは騙された! 物理的な部分は「こんなに巧くいくか?」という気もするんだけど、そこ以上に……これはイチオシ。でも、単体として読むんじゃなくて、やはり前後のつながりの中でのイチオシなので順番に読んでね。
【誰もわたしを倒せない】ビッグマッチ開始直前、『世界最強の男』がリングにあがれなくなった。「俺が倒した!」とリングに乱入してきたのは──。悲しい動機。
【エピローグ】ここまで読んできた人が当然感じる「解決されてないじゃん」という疑問が、ここで氷解。
(04.7.2)
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動物園の鳥・坂木司(東京創元社)

 鳥居のところに老境の相談者がやってきた。シルバー・ボランティアで働いている動物園で、最近、ケガをした野良猫が多いというのだ。どうやら誰かに虐待されているのではないか、と。鳥井は坂木といっしょにしぶしぶ動物園へ出かけていった。そこで坂木は、二度と会いたくなかった人物に出くわしてしまう──。「青空の卵」「仔羊の巣」に続く、ひきこもり探偵・鳥井&坂木シリーズ完結編。
 もう興味は「こいつらの歪んだ相互依存関係はどうなるんだ!」というところにすっかりシフトしてしまっている。ミステリなんでどうでもいいわ、ってくらいだ。もしかして著者の術中ってヤツですか。でも実際のところ今回の事件は、推理するとか伏線を張るとか読者を騙すとか、そういうレベルのものではなく、あくまでも鳥居・坂木の二人の関係を描きテーマを語るための「小道具としてのエピソード」に過ぎない。そういうふうに、謎がストーリーやテーマに密接に絡んでくるというのは大好きだし、ミステリとはそうあって欲しいとすら思っているが、それにしたって、もちょっと噛み応えのある謎でもよかったんじゃないかなあ……。<なんて勝手な読者なのか。
 まあ、謎も謎解きもあくまで添え物。今回の主眼は「なぜ鳥井は引きこもってしまったのか」「なぜ坂木はすぐ泣くのか」の理由にあたる過去の事件が語られるところ。そして、その張本人との対決と、そこに付随する「自分の中に確固とした価値観と道徳を持て!」というテーマだ。これはね、うん、実に正しい。ホントに正しい。正しいだけに、そんな真正面から語られてもオバちゃんこっぱずかしくなっちゃう。……と書いて気がついた。そうだ、これって、ヤングアダルト向けなんだ!
 そう考えれば腑に落ちる。いやさお薦めとまで言ってしまえる。小さな優しさに感動して泣いてしまう坂木だとか、いじめのトラウマで引きこもってしまった鳥居だとか、そんな彼らが持っているまっすぐさというのは、要は「汚れていない」ということだ。これを読んで「恥ずかしい」「ちょっと気色悪い」と感じてしまったあたしは、つまりは汚れた大人なのよ(しくしく)。一見「良い人」のように見える人物について、その評価を裏返すような会話があったりもするんだけど、これも汚れた大人(しくしく)には、最初に出てきた時点で「こいつ嫌なヤツ」と分かってしまうような造形なのだ。ここまでキャラクターをはっきり作り、ここまでストレートにテーマを語り、真正面から説教してくれる物語、それはもう、ヤングアダルト向け青春小説そのままじゃん。
 もちろん、ここに書かれているテーマは大人にだって共通する大事なことなのだけれど、表現手法として。これは若い人向けのシリーズなのだな。おお、3冊読んでようやくわかったよ! うん、それなら迷いなしにお薦めとさせて貰おう。 (04.7.5)《詳細情報&注文画面へ》 

清談佛々堂先生・服部真澄(講談社)

 平成の魯山人。芸術家のパトロン。金に糸目をつけない数奇者。佛々堂先生はあの手この手で《書画骨董》を楽しむ。西に売れない書家がいれば、行ってその書を買ってやり、東に行き詰まってる画家がいれば、行って素材を渡してやる──なんてことは、しない。佛々堂先生と芸術との関わりは、もっともっと手が込んで、もっともっと「粋」なのだ。ミステリ的な趣向あり、人情話あり、どんでん返しあり、わびさびあり。これは面白い。静かで、洒落てて、粋で、そして痛快。読んでると、竹林を抜けて涼しい風が吹いてくるような気がする。どこからか、鹿威しの音が聞こえてきそうな気がする。ひな祭りの宴、七夕の催し。ああ、日本人、かくあれかし。
 そうそう、北森鴻の作品が好きな人は、きっと気に入ると思うよ。このシリーズは今も連載が続いてるのかな。ぜひ、続けて欲しいんだけど。
【八百比丘尼】日本画家関谷次郎の出世作は、計八十八種の椿を描いた屏風。しかし、その掉尾を飾るのは八十八とは食い違う「白寿」という椿だった。それは佛々堂先生への抵抗──。最初は、細かい料理や家事、花の描写に「ほおっ」と溜息をついて感心するだけだったのだが、最後まで読んでひっくり返った。な、なるほど、そんな真相が!
【雛辻占】火事に遭い、つぶれかかった菓子屋に佛々堂先生がやって来た。この店の名物である、辻占蛤を八千個作って欲しいというのだ。ただし条件は、納品に店の者が来ること──。ああ、このひな祭りのイベント! こういう金の使い方、一度でいいからしてみたい。
【遠あかり】飛騨高山のとある料亭に現れた佛々堂先生。料亭の主人に、粋な酒の飲み方を伝授する。先生に心酔した主人は、手持ちの着物について先生に意見を求めたところ──。今回は七夕。いい話だなあ。「チーム」としての面白みも満点。ああ、このチームのあり方、何かに似てると思ったら「水戸黄門様ご一行」だよ!
【寝釈迦】秋になると毎年送られてくる上質の松茸。しかし楽しみはそれだけでなく、その松茸の梱包に緩衝剤として秋の紅葉が詰められていること。ところが、今年は新聞紙で包まれていた──いつも送ってくれる親父さんに何かあったのか? 佛々堂先生が現地に向かう。なんたる見事な結末。この細かい伏線の収束のさせ方は、実に巧く、心地よい。読後感も最高。
(04.7.6)
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