お厚いのがお好き?


スペース・加納朋子(東京創元社)

 「ななつのこ」「魔法飛行」に続く、駒子シリーズ第3弾。前作の出版から既に10年以上経ってるんだが、本書は「魔法飛行」の数日後から話が始まるってのに、まずのけぞったぜ。まあ、そのまま10年経ったところから始めるわけにもいかんわな。駒ちゃん、三十路になっちゃうし。
 【スペース】では、駒子が瀬尾さんに十四通もの手紙を送りつける。大学に入り、一人暮らしを始めた女性が、妹に向けて書きつづった手紙。駒子はなぜ、この手紙を瀬尾さんに読ませたのか? 正直、ちょっと読むのに労力が要った。この何気ない手紙にきっと伏線が詰まってるんだわ、とわかっているからこそ読めたけど、そうでなければ極めて退屈な手紙なんだもの。だけど最後まで読めば、「ああ!」と納得させられちゃうのである。巧いなあ。
 そして【バックスペース】は、前章を踏まえた上で別の角度から語られるひとつの物語。小さなことがひとつところへ収束していく、ロマンチックなラブストーリー。ちょこっと少女趣味な風合いもあるけれど、素直に「ああ、ステキだな」と感じてしまう。特に、百人一首の話が出たときには「にやりん」としてしまったよ。
 ただ、ただですよ。この物語、どーーーーしても素直に「良いなあ」と思えない引っかかりがある。いや、それは物語の瑕疵ではないし、ミステリとしての欠点でもないのよ。ただ単に、あたしの性分の問題。謎解きの上での「解答」に触れてしまうので反転させるけど、(ここから反転)駒子は、この姉妹と共謀して、彼女たちの母親を騙してるんだよね? ロマンチックなラブストーリーも、親に黙って男のところに引っ越しちゃってるんだよね? 誠実に思える彼氏も、その母親も、最初は彼女の母親を騙してたんだよね? もし、急遽連絡をとらなくてはいけない不測の事態が起こったら、どうするつもりだったんだろう。騙されてたことを知ったときの母親の気持ちは、どんなだっただろう。(反転ここまで)
 これがね、あたしはどうしても是とすることが出来ないのよ。終わり良ければすべて良し、とは思えないのだ。そして何より、そこには触れずに「良かったね」で済ませ、駒子に至っては「瀬尾さん、この謎わかる?」なんて自分の恋愛の道具に使ってるのが、どうにも引っかかるんだよなあ。  (04.7.12)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

百万の手・畠中恵(東京創元社)

 14歳の音村夏貴は、父親を亡くして今は母親と二人暮らし。ところが、日に日に亡き父に似てくる夏貴に、母親は異常なまでの過干渉を表すようになった。そんな母親にウンザリしていたとき、なんと夏貴の親友・正哉の家が火事に。正哉は引き留める夏貴の手を振り払って、家族を助けるため炎の中に飛び込んだ。夏貴の手に、携帯電話を残したまま──。
 結局、家族全員が焼死という痛ましい結果になり、悲しみにくれる夏貴。ところが、形見となってしまった携帯電話から、死んだ正哉の声が! 声は言う。この火事は放火ではないか、と。いまや声だけになってしまった親友と二人、夏貴は謎に立ち向かう。
 うわあ、これはけっこう好みが分かれるかもな、という印象。物語に感情移入して読むタイプにはお薦めだけど、冷静に分析しながら読むタイプにはアラが見えちゃうかも。
 あたしは前者なので、ぐいぐい引き込まれてしまったよ。冷静に見るとね、話の経路がかなり突拍子もなくて、「えええ、そ、そんな話になっちゃうの?」というような、とっちらかったところがあるのよ。でも、時代ファンタジーから出てきたこの著者ならではの心地よい文章と、夏貴&母親の婚約者という味のあるコンビのキャラクターの魅力に引っ張られ、おまけに展開はすっごくサスペンスフルで、すっかり物語世界に入ってしまうので、「とっちらかり」がさほど気にならないのだ。構成としては本岡類氏の作風を思い出した。
 携帯電話に声だけ残った親友、というファンタジック(あるいはホラーか)な要素と、夏貴が直面するSFまがいの科学的展開、加えて夏貴の家族の問題から派生した「新しいオヤジのかっこよさ」みたいなキャラ部分、この「アンバランスのバランス」が何とも心地よい。特に、ファンタジー要素やSF要素を絡めながらも、謎解き部分はしっかりと地に足がついている。地に足をつけながらも、手に汗握るハラハラドキドキのサスペンスに満ちている。なかなかに贅沢なミステリ。
 そして何より。夏貴が直面した問題と、どう対峙していくかというのも読みどころのひとつ。ネタを割ってしまうので詳しくは書けないが、この母親の婚約者と次第に気持ちを通じ合わせていく過程が、もう抜群なのよ。夏貴にとっては、彼の存在が大きな救いになるんだよね。最初に登場したときは、絶対に悪者だと思ったのになあこのオヤジ。  (04.7.13)
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ミカ!・伊藤たかみ(文春文庫)

 活発で男勝りの小学校6年生・ミカは、自分が女の子であることが大嫌い。スカートなんか穿きたくない、おっぱいが大きくなるのもイヤ。学校では男子ととっくみあいのケンカをする。そんなミカと双子のユウスケは、ミカを見るたびにハラハラ。そんな二人が見た、両親の離別、姉の家出、クラスのともだち──。小学館児童出版文化賞受賞作。
 小学校6年生の双子が学校や過程で見聞き体験し感じたことが、ユウスケの視点で綴られる、静かな(そう静かでもないか)日記のように物語は進む。それがなんだか心地よい。自分をとりまく環境に反抗し続けるミカ。なんとなく流されながらも巧くやっていくユウスケ。いろんなことを体験しながら、でも確実に変わっていく二人。
 特に、ミカの造型は印象的。女であることが嫌なミカが、クラスメートの男の子から告白されたあとの描写なんて、「うわああ、あるある、わかるわかる、すごい、リアル!」とノケゾッテしまった。ミカも、ユウスケも、クラスで煙たがられている安藤さんも、おとなしいアケミも、ユウスケの親友のコウジも、なんていうのかなあ、大人が想像して書く子どもじゃなくて、「そうそう、忘れてたけど子どものときってこうだったよね!」と、心の深いところに収納されてた小さなリアルをほじくり返してくれるような描写なのだ。作者が何かを子どもにやらせようとして作ってるキャラなんじゃなくて、ほんとに自分の小学校6年のときのクラスを書いてるんじゃないかというような、ナチュラルさ。
 あたしが最も共感したのは、こないだまで対等に遊んでいた男の子が、ドッジボールで「女の子のミカ」にたいして手加減するようになり、それにミカが怒るくだり。ああ、これ、わかるなあ。まったく同じ経験があるよ。
 物語を一貫するような大きな事件があるわけでなく、何か「オチがつく」というわけでもない。いろんな日常のリアリティの積み重ねなので、「盛り上がり」という点は欠けるから、カタルシスはないし、人によっては消化不良の部分があるかも。けれど、なんだかひたすら愛おしいんだよね。子どもって、なんてバカで不器用なんだろう。でも、そのバカで不器用なところが、すごく愛おしい。
 この物語には、
続編があって、それは二人が中学に入ってからの話。本書のラストで、ちょこっと中学に入った二人の話が出るんだけど、それが「予告編」みたいな位置づけになってるよ。  (04.7.15)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

だれかのいとしいひと・角田光代(文春文庫)

 恋愛に不器用な人たちを描いた、ちょっとシュールで、ちょっと切なくて、ちょっと元気の出る、ちょっと変わった恋愛小説の短編集。総じて、「うわあ、よくこんな設定を、読者にも登場人物にもすんなり受け入れさせるもんだなあ」と感じてしまう。なんかね、すごくスットンキョーなのよ。それなのに、すごく自然なの。おまけに、ものによってはけっこう不幸だったり不運だったりするんだけど、でも、どこか風通しがいいんだよね。不思議に心に残る短編集です。
【転校生の会】転校したことのある人と、その経験のない人は、絶対に分かり合えない──そんな理由で振られてしまった女子高生。彼女は「転校生の会」というものがあることを知り、自らは転校の経験がないにもかかわらず、その会に参加してみた──。
【ジミ、ひまわり、夏のギャング】男と別れたばかりのフリーライターは、彼の部屋にお気に入りのポスターを貼りっぱなしで出てきたことに気づく。こっそり取り返そうと、合い鍵をつかって彼の部屋に入り込んだが──。まぶしい白が網膜にいつまでも残るような情景。
【バーベキュー日和(夏でもなく、秋でもなく)】なぜか友人の彼氏を好きになってしまう。今日、一緒にバーベキューをする2人の女友達とその彼氏達。彼氏の両方と、私はデートしたことがある……。こんな状況なのに、どろどろにせずに淡々と描いていく様が素晴らしい。
【だれかのいとしいひと】別れかけているカップル。いつもの習慣で、幼い姪っ子を連れてのデート。その姪っ子を通した、二人の静かな通い合いが滲みてくる。
【誕生日休暇】イチオシ。そんな気はまったくなかったのに、なぜか成り行きで誕生日をハワイで過ごすことになってしまった主人公。それも、ひとりきりで。仕方なく、ハワイの片田舎のホテルに滞在したものの、退屈で仕方ない。そんなとき、レストランで出会った男性が──。これ、いいなあ。とにかく最初から最後まで主人公が受け身なんだけど、たまには流されるのもいいじゃんという気にさせられる。元気が出る。
 その他、【花畑】【完璧なキス】【海と凧】を収録。  (04.7.19)
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簡単に断れない。・土屋賢二(文藝春秋)

 お馴染み、ツチヤ先生のエッセイ集。週刊文春の連載コラム「棚から哲学」を集めたもので、この連載が本としてまとまったのは「棚から哲学」に続いて2冊目かな? 時期としては、2001年の11月から2003年の1月までってことで、狂牛病とかサッカーのワールドカップとかノーベル賞なんてな話も出てきます。
 ここんとこ、「ツチヤ学部長の弁明」みたいな、ちょっとこれまでは趣向の変わったエッセイ集が出ていたので、今回はどんなかなと思ったのだが──あはははは、これまでとまるで同じでした。いや、面白いのよ。もちろん面白いんだけどさ、レトリックで笑わせる書き手だから、書いてるテーマが頭に残らないこと残らないこと。そりゃもう、読み終わった2日後に「この話は、ツチヤ先生のどの本にあった?」と訊ねられたら絶対にわからない、というくらい残らない。それほど、「どれを読んでも同じ」なんだよな、このヒトは。
 ところが、「どれを読んでも同じ」なら一冊読めば事足りるわけで、それなのにこうして新刊が出るとそそくさとページをめくるんだから、これはもう、何か中毒になってるんじゃいかとすら思えてくる。そして何に中毒してるかといえば、やっぱこの、畳みかけるような・足下をすくうような・思わず脱力するような・でもシャープな、スチャラカお笑い哲学的ジョーク、なんだろなあやっぱり。
 今回印象に残ったのは、表題作にもなっている「簡単に断れない」かな。飲みに誘われたときに断る理由が「いきたくないから」ではどうしていけないのか? 「読みたいミステリがある」というのは、どうして理由として認めてもらえないのか?など。そのほか、「買い替えるべきか」の項にあった「処理速度の速いパソコンでも、今使ってるのと同じ速さでしか文章は書けなかった」というのには、ひとしきり笑った。
 そしてもちろん、「まえがき」と「著者紹介」もね。どんな本なのか興味を持ったひとは、とりあえず「まえがき」と「著者紹介」を読んでみるといいよ。  (04.7.20)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

鬼神伝(神の巻)・高田崇史(講談社)

 「鬼神伝(鬼の巻)」の続編。というより、前後編。なので、前作を読んでないと話が分からない上に結末を知っちゃうことになるから注意が必要です。
 平安時代での戦いのさなか、現代へと送り返されてしまった純は、あれからずっと戦いの行方が気になっていた。そしてついに、純は六道珍皇寺に現れた小野篁によって再び平安時代に呼び戻される。貴族達は、鬼を封じ込めるために、「最後の手段」に打って出るらしい。果たして鬼たちは、貴族に勝つことができるのか?
 「鬼の巻」同様、エキサイティングにして蘊蓄も楽しく、おまけに考えさせられる物語。ジュブナイルなりの歴史観を提示するのに加え、いろんな鬼たちのキャラクタの魅力、さらには裏切り者の存在──うん、このあたりは「あ、そうか、考えれば分かったことじゃん!」という謎解きの面白さもちゃんとある。それに、歴史上のアレをこう使って、ほんでもってアレをこう使うとは、というその発想にひたすら驚き。すごいなあ。面白いなあ。
 本格ミステリの趣向は「鬼の巻」の方が強いけれど、本編は物語が佳境に入っていく面白さがある。そんな中にも妙なクイズがあったり、かと思えば悲しい出来事があったりと、緩急があって読んでて飽きない。楽しくて、エキサイティングで、ほお〜〜と感心して、頭を使って、読み終わったときにはハッピーでいられる。うん、これは面白いや。特に歴史好き・民俗好き・伝奇好きにはたまんないものがあります。
 あ、妙なクイズってのはね、ろうそくを1時間つけて、30分消して、15分つけて、7分30秒消して……というふうに、半分の時間ごとに点滅を変えていくと、最初から数えてちょうど2時間後にはろうそくはついてるか否か?というもの。──でもこれ、答えは書いてくれてないんでやんの! これ、永遠に2時間に到達しないような気がするんだけどなあ。
 あ、クイズといえば、またまたあとがきの暗号があります。確かに「鬼の巻」よりは、ちょっと難しくなってるけど、でも丹念に見ていけば気がつくよ。  (04.7.22)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

いつか、ふたりは二匹・西澤保彦(講談社)

 菅野智己は小学六年生。なぜか、睡眠中は猫に乗り移れるという特技を持つ(なんだそれは!)。彼は自分が乗り移った猫をジェニィと名付け、近所の飼い犬・ピーターと会話を交わしたりしていた。その頃、智己の学校の女の子たちが車に轢かれそうになるという事件が。彼女たちの証言によれば、その犯人は、昨年起こった女子児童誘拐未遂事件の犯人に似ているらしい。姉が被害者の家庭教師をしていたという縁もあり、ジェニィになった智己はピーターとともに調査に乗り出した──。
 「ものすごくリアルでよく居るイヤなヤツ」を書かせると天下一品の西澤保彦だけど、子ども向けでもその筆は鈍らない。いや、子どもだからこそ、自分の欲求に素直なのかもしれないな。欲求に素直であるがゆえに、何が起こっても、自分の欲求第一に考えてしまう。う〜〜〜ん、細かいエピソードが実にリアル。おまけに、動物虐待や子どもを狙う犯人像を分析して、「人間には支配欲があるから」と説明するピーターにいたっては、ああ、そんなドロドロした、でもホントのことを真正面から書かいでも、と勝手にのたうち回ってしまう。図星を指されて慌てる、という感覚。もしくは、取り繕って隠してたものが遠慮無く白日のもとにさらされた、という感覚。その強烈さ故に、読まされてしまうんだよねえ。自分の欲求第一の女の子、ピーターの話す犯罪者の心理、この二つの印象が強すぎて、あたしの中ではミステリ部分がかすんでしまったくらいだ。
 犯人とジェニィの対決、被害女児とジェニィ、といったあたりが白眉。じっくり考えさせるというよりも、物語そのものはとてもテンポよくスピーディでなおかつサスペンスフル。それでいて、さっき書いたような「人間が持っているネガティブな面」については、立ち止まってゆっくり考える時間をくれる。その緩急のつけ方がミゴト。完全なハッピーエンドではない、切ない幕切れも、ちゃんと救いがあっていい気持ちで読み終われる。いつもの西澤保彦らしいダークサイドを出しながらも、「救い」となるべきカードを読者に渡して終わってくれるんだよね。巧いなあ。
 ただ、智己がジェニィになれるってことは……と考えると、一部話の展開は見当がついちゃうのが残念。そこがメインじゃないので、見当がついても大丈夫といえば大丈夫なんだけど……やっぱ、もちょっと驚きたかったな。あと、こんな状況に於いて、先生マヌケ過ぎだよ。
 あ、そうだ、もひとつ「いつもの西澤保彦」があった。登場人物の苗字、やっぱり難読苗字ばっかりなんだもん。あはは。主人公が普通の名前だったので安心してたら、それ以外がもう軒並み……。手を抜かないなあ。いろんな部分で。  (04.7.25)
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いつか白球は海へ・堂場瞬一(集英社)

 海藤は、プロからの誘いがくるほどの野球の腕を持ちながら、大学卒業後は東北のノンプロ間島水産に入社する。社長直々に勧誘に来るという熱意にほだされたことと、12年前に見た都市対抗野球での間島水産の優勝が忘れられなかったからだ。ところが野球部にはすでに往年の強さも輝きもなく、グランド整備はされてないし、メンバーもまるでやる気がない。最近は都市対抗どころか、地方予選一回戦敗退ばかり。おまけに海藤の入社と同時に、社長は心臓発作で急逝してしまう。もともと社長の道楽と言われていた野球部は、一気に廃部の危機に。海藤は野球部の建て直しを図るが──。
 最初はわからなかったのだが、読み進めるうちに、この舞台が現代ではないことに気づく。なんせ、後楽園球場だ。おまけに会話の中に出てくるプロ野球チームが国鉄だ。巨人の抑え投手が宮田ってあんた。いつの話よ。そして、海藤のところにやってきたプロのスカウトの言葉。「今年からいろいろ厳しくなる。ドラフトってのが始まるんだ」──こと、ここに至って、ようやくわかった。これは昭和39年の話なのか! そしてわかった途端、いろんなことに一気に納得した。
 こういう時代が舞台だからこそ、生きてくるヒューマニズムがある。なんかね、よそ者と言われながらも、ひとりひとりのメンバーに真摯に向かい合い、ときには体を張って、ときには誠意を尽くして、ときには感情のままに、「勝とう、強くなろう」と叫ぶヒーローって、一時代前の熱いヒーロー像でしょう? 応援してくれる地元の荒くれ者、おまけにその娘が可愛らしい、なんてのもお約束。今だと、とても通用しないシチュエーション。だけど、それが全然不自然じゃないんだよね。むしろ、野球のディーテイルの書き込みが巧いせいか、とても説得力があるのよ。
 それ以外にも、ピッチャーは先発完投してナンボだとか、揺れる船の上で素振りをするとか、そういうエピソードもなるほど40年前の話なら納得がいく。後半、彼に説得されて悪い仲間からチームメイトが足を洗ったことを逆恨みし、チンピラが海藤にからんできて重大なケガをしてしまう──なんて、んまあ、なんて王道!<あ、悪口じゃないよ。なんかね、すごく懐かしい野球漫画を読んでる気分だったのさ。それに、脇役にもドラマチックな肉付けがされてて、実に感情移入しやすく、のめり込めちゃうのさ。ラストシーンの、なんて感動的なこと! 大団円からちょっとハズす、このなんとも絶妙な処理! 青空に吸い込まれる白球が見えるみたい。
 ただ、各章の冒頭に、東京に残してきた恋人への手紙が出てくるんだけど、これの効果が今ひとつわからないんだけど……。あんまり本編にも関わってこないし。まだ読みが足りないかな?  (04.7.27)
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銀輪の覇者・斎藤純(早川書房)

 舞台は昭和9年。実用自転車を使用した前代未聞の本州縦断ロードレースが開催された。多額の賞金を狙い寄せ集めチームを結成した響木、越前屋、小松、望月。しかし彼らにはそれぞの事情、思惑、秘密があった。その場で初めて出会った4人が次第にチームとして形をなし、有力チームと死闘を繰り広げる。しかし、この自転車レース自体に、大きな影があったのだった──。
 うおおお、面白いっ、面白いぞおお! あたしが自転車競技に馴染みがあるからここまで楽しめたという可能性は否定できないが、けれど競技を知らない人でも充分にルールと競技の醍醐味は味わえると思う。味わえるように書かれている。
 当時、日本は東京オリンピック誘致のため、自転車競技のアマチュア化を図っていた。そこに、賞金をかけたレースを開催するってんで、各方面からも睨まれたり妨害があったりする。その、大会開催に関しての面白さ(妨害をかいくぐってミゴト成功、なんていうありきたりのスジじゃないのよこれが)。個性的な4人が出会ってチームを組み、次第に成長していく姿の面白さ。また、彼らの事情が少しずつ分かっていく面白さ。そして何より、数日間に及ぶ自転車ロードレースの駆け引きやテクニック、作戦など、スポーツそのものの面白さ。レーサーのみならず、記者だの女性サイクリストだの昔の因縁の知り合いだの、キャラクタの肉付けも豊かで引き込まれる。時代性も活きている。エンディングの泣きたくなるような切なさ。そういう色々な面白さが混じり合って寄り合って、ひとつの大きな物語を作っているのだ。
 レースが進んでいくにつれて、いろんな事件も進んでいくわけで、そのクライマックスといったらアナタ! 政治的な思惑も、親の代からの恨みも、悲しい恋愛も、ゴールが見えた瞬間すべて霧散し、ただひたすらにペダルを漕ぐのさ。ああ、なんてエキサイティングな物語なの。いろんなレーサーがいて、いろんな事情があって、でもみんな、目指すゴールは同じなのさ。
 素人さんでも、自転車競技に魅力を感じてしまうであろうくらい書き込まれているけれど、サイクリストが読めばもっとハマることは間違いないね。ちょっとマニアックな箇所を紹介しましょうか。日本の参加者はサイクルシューズなんか持ってないわけよ。そこで、どうやら競技自転車の経験があるらしいメンバーがチームメイトに教えるわけ。靴は勤め人が履くような革靴を履け、底が固い方が漕ぎやすいから──そして、その革靴の爪先に、錐で小さな穴を幾つかあけるのさ! ね、「おお」と思うでしょ。その他、革ベルトや縄で靴をペダルに固定し、「引き足」を使うように教えたり、チームの一人がアタックをかけて他のチームを撹乱したり──サイクルレーサーにとっては「おお、わかるわかるぅ」とノケゾッテしまうような描写がテンコモリ。それを昭和9年にやるわけだから、今とは違うディーテイルがたくさん出てくるのさ。自転車友人よ、これを読まなくちゃサイクリストとしてもったいないぞ!  (04.7.30)
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自転車少年記・竹内真(新潮社)

 わずか4歳の昇平が、初めて補助輪をはずした自転車に乗ったとき。乗れた、と思う間もなく、下り坂を滑走した自転車は、同い年の草太の家の庭に突っ込んだ。それが昇平と草太の出会い。二人は一緒に小学校に入り、海までのサイクリングを決行する。中学校では伯父が自転車店をしているという伸男と親しくなる。高校では、これまでなかった自転車部を新たに設立する。そして草太は大学、昇平へ専門学校を経て、草太のある体験をきっかけに大がかりな自転車ラリーを主催するようになる……。これは、常に自転車とともにあったふたりの少年の、爽快でちょっと切ない青春物語だ。
 自分がやってたから言うわけじゃないが、自転車競技なんてものすごくマイナーなスポーツなのだ。なのに、まさかランドナーだのトウクリップだのという単語が出てくる小説が読めるなんて。もう、それだけで感動よ。
 おまけに、ありとあらゆる自転車の楽しみ方が、この小説では網羅されている。ツーリング、ヒルクライム、ダウンヒル、輪行、チームTT(タイムトライアル)、ロードレース、バンク、そしてラリー。ランドナーやマウンテンバイク、それにハンドサイクル(車いすの自転車)も出てくるし、メカニックの話も出てくる。それらが、決してスポ根ではなく、趣味の中で、生活の中で、友情だの恋愛だのと絡めながら、いきいきと描かれる。
 おまけに、乗ってた人なら「わかるわかる!」という箇所もいっぱいだ。サイクリング車を初めて買って貰った中学生の草太がシフトチェンジをするとき、シフトレバーはフレームのダウンチューブについているから身をかがめなければいけない、なんて言うのよ。うわあ、Wレバーか! そっか、STIはまだ無いのかー。なんか懐かしー。初めて海まで走った日にこむらがえりを起こしたりするのも、実感として分かる。実際には足より別のところが痛くなると思うけど。あはは。
 とまあ、ついつい熱くなってしまったが、そういうマニアックなところは一部なのでご安心を。自転車に疎い人でも取り込んでしまうだけの、青春物語としての深さとリアリティも充分なのだ。細かいエピソードが実にいいんだよね。青春モノなので、もちろん胸キュンの恋愛もあるし。で、それぞれのエピソードのどこかに自転車があって。ラストシーンなんか感動しちゃうよ。登場人物たちと一緒に成長しながら、いつの間にか彼らを応援してる自分がいる。終盤のラリーのシーンでは、サイクリストがいて、メカニックがいて、オフィシャルがいて、伴走車がいて、給水スタッフがいる。皆が自分の役割を果たす。これは、ラリーだけではなく、人生だって一緒。
 この本は自転車友人に読んで欲しいのはもちろんだけど、それ以外の人にも自転車の楽しさや奥深さを知って貰えると思うな。  (04.7.31)
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