幻影のペルセポネ・黒田研二(文藝春秋)
プログラマ兼ライターの来栖は、仕事としてネットの仮想世界「ヴァーチャル・プラネット」に参加することになった。ログインして、自分の分身となる「アバター」を設定し、仮想世界「ペルセポネ」に入った来栖は、そこで突然死体と遭遇し──。
消えた山高帽子〜チャールズ・ワーグマンの事件簿・翔田寛(東京創元社)
舞台は明治6年の横浜。開国した日本には外人居留地ができ、日本人との商業上での交流も次第に盛んになっていた。そんな中で起こる様々な事件に、イギリスの新聞記者ワーグマン(実在した人物だよ)が立ち向かう。日本文化と西洋文化が混じり合う汽水域ならではの怪事件の数々。
これ、いいっ!
お元気ですか・新井素子(廣済堂出版)
夫と猫、仕事に読書、両親や妹、毎日の生活──そんなことを綴ったモトコさんの日常エッセイ集。気楽に手軽にさくさく読めて、ほんわかのんびりした気分になれる。大笑いするようなインパクトの強い話はないんだけど、その代わりに「くすくす」ってのが散りばめられてて。悪口やネガティブな話題がない、というのもポイント高いよね。
硝子のハンマー・貴志祐介(講談社)
ある日曜日、介護会社の重役たちが休日出勤をしていたとき、殺人事件が起こった。しかしエレベータは暗証番号を入れなくてはそのフロアには停まらないし、廊下には監視カメラが設置され、同じフロアの別の部屋には人がいて、おまけに部屋のドアには鍵がかかり、高層階で窓ははめ殺し。何重もの密室はいかにして破られたのか?
うわはははははっ! ああもう、大好きよこの人のエッセイ。「Boiled Eggs Online」に連載中のエッセイ「しをんのしおり」を一冊にまとめたもの。これまでこの連載は、「極め道」「妄想炸裂」「しをんのしおり」「夢のような幸福」として出版されている。毎回思うけど、なんで出版社がバラバラなんだろう。文庫化の時期が読めないじゃないか。
私が語りはじめた彼は・三浦しをん(新潮社)
村川という妻子ある一人の大学教授が、浮気をした。その時、彼の妻は。相手は。息子は。相手の家族は。すべての「中枢」にいたはずの村川自身に語らせることなく、周囲の人の語りのみで浮かび上がる「村川」という人間。
狗・小川勝己(早川書房)
小川勝己描くところの「悪女列伝」──という惹句なのだけれど、悪女っていう表現より、単なるハタ迷惑な異常者じゃないか。狂ってるようなのが大半で、もう読んでる最中も読み終わってからも、気分悪いことこの上ない。つまりは巧いってことなんだろうなあ。何より巧いのは、「異常で狂ってて気分悪い女」を前面に出したものとそうでないのものを織り交ぜているところ。「そうでないもの」は読みやすくてちょうどいい感じにハラハラできて、楽しめた。でもそれ以外がなー。楽しめたの2作、気分悪いの3作で、多数決で気分悪いの勝ち。
私(作家の三津田信三)は、シェルターを舞台にしたミステリを書くための取材として、個人でシェルターを持っている大富豪の家を訪れた。他の見学者たちとともにシェルターに続く生垣迷路を通っているとき、突然空を覆った閃光。核爆発? なんだかわからないままに、一同はシェルターの中に逃げ込む。しばらくはシェルター内で暮らすことを余儀なくされた初対面の6人。ところが初対面で動機など発生しようのないはずなのに、連続殺人がおこり……。
狩野俊介の記念日・太田忠司(トクマノベルス)
久しぶりの俊介くん。4編読んで何に驚いたって、まだ俊介くんが野上さんところに来てから1年しか経ってないのか! んじゃあ、あれもあれもあれもあれも、全部一年以内に起こった事件なのか! すごい町だな、ここ。
コンピュータの中で(というかネット世界で)人が死のうがそれはゲームなのだが、殺されたキャラのマスター(持ち主)も現実世界で殺されているというリンクは魅力的。ペルセポネでのルールもしっかりしてるし、来栖が初めてペルセポネを体験したという設定になっているので、読者への説明ではなく来栖への説明として世界ルールが提示されるのもわかりやすい。ネットなので、会話も全部キーボードで入力されてるはずなんだが、なんだか妙に普通の会話になってるのはご愛敬かな。でもネット内での世界観がしっかりしてるので、ペルセポネ上での謎解きは実にキレイ。膝を打ちましたね。ややもすれば恣意的になりかねない仮想世界で、ちゃんと提示されたルールの中でロジカルに解けるというのは、「おお!」と感心してしまった。また例によって伏線が緻密でテクニカルなことといったら! ものすごく細かいところが後で効いてくるという……こういうのを書かせるとホントに巧いなあ。
ただ難点を言えば──PCファンの間では既に話題になっている一般公開された商用ネットで(ネタバレにつき反転)事件に関係したアバターのマスターは全部来栖の身近な知り合いばかりでした(反転ここまで)、というのは、あまりにご都合主義に過ぎないか? それに犯人の目的を考えると、ここまで迂遠な方法をとるってのが、まずオカシイと思えちゃうんだけどなあ。もっとてっとり早い方法がいくらでもあるんじゃない?
あと、これは謎解きには関係ないんだけど、いかんせん主人公に感情移入できない。ネットで知り合ったメグへの恋愛感情なんて恋愛経験の乏しい奥手クンが初めて女性に優しい言葉をかけてもらったので勘違いし一人で妄想を膨れあがらせてるだけだし。おまけに、その恋愛感情の描写がかなりステレオタイプ(それも古い)で、逆にリアリティがないから思いが伝わって来ない。「恋愛に悩む役どころなので、悩むシーンを入れてみました」って感じなのね。
とはいえ、これらの「難点」は本格推理にはつきもので、主人公の気持ちだの何だのってのはパズル部分を左右するものではないんだよね。「この謎解きだけを見て!」てのが本格推理の根幹なわけだから、気持ちがどうこうというのは的はずれな意見なんだろうなあ、多分。でも、事件の動機づけもドラマチックだし、ネット内での謎解きが実にキレイで感心させてもらっただけに、リアルの方のキャラクターももちょっと肉厚に書いて貰えるとグンと魅力が増すと思うんだけどなあ。
(04.9.22)《この本の詳細情報&注文画面へ》
おおおお、楽しい楽しい。なんかね、事件や謎解きそのものより、そのバックグランドが楽しい。この著者はデビュー作の「影踏み鬼」が和の趣溢れる絶品だったので「イギリス人が探偵ってのはどうなのかな」と思ってたんだが、杞憂でしたね。時代の香りも和と洋の対比も充分。謎解きそのものは、新味やインパクトは薄いんだけど、どれも端正。時代を見事に生かしてるし、事件背後の事情がドラマチックなのだ。
【坂の上のゴースト】日本の幽霊と西洋の幽霊が連続して目撃された。その真相は? うわあ、この「真相」には思わず膝を打つと同時に、背筋が寒くなったよ。
【ジェントルマン・ハラキリ事件】金貸しをしていたケチなイギリス人が死んだ。それも日本の死に装束で、腹に日本刀を突き立てて。本当に自殺なのか? この時代にしか成立しえない条件をみごとに生かしてる。巧いなあ。
【消えた山高帽子】歌舞伎役者が招かれた外国人の素人芝居の会場で、なぜか山高帽子が消えてしまった──。これイチオシ! 中にも出てくるけど、そのまんまロミオとジュリエットなんだよね。謎解きもキレイだし、物語にもドラマがあるし、歌舞伎とシェークスピアの両方を取り入れる趣向も見事。これはお勧め。
【神無月のララバイ】開通して間もない鉄道を見て、悲鳴を上げた女。彼女には悲しい過去があった──。うう、哀しい……(涙)。
【ウェンズデーの悪魔】教会で2人の男が死んでいた。現場は密室、しかし神父の様子がおかしい──。細かい部分が最後に大きく効いて来る伏線の妙。ワーグマン、風邪ひいてる場合かっ。
(04.9.29)《この本の詳細情報&注文画面へ》
幽霊人命救助隊・高野和明(文藝春秋)
大学の受験に失敗し、自ら命を絶った裕一は、なぜか断崖を上っている。頂上では、他に3人の自殺者が待っていた。そこに神様がパラシュートで(あはは)降りてくる。「命を粗末にした弁償として、49日間で100人の自殺志願者を助けなさい。それができれば4人とも天国に連れて行く」──なんだって? 幽霊レスキュー隊?
いや、どえりゃあ面白いわこれ。まず、キャラクターの妙。この4人は、生前の職業も死因もバラバラだが、もっとも違うのは死んだ時期なのだ。元暴力団の組長で、25年前に死んだ明治生まれの八木。86年に死んだOLの美晴。名古屋で会社を経営していた市川は、88年に40代で死んだ。彼らは、自分が死んで以降の日本を知らないから、話が通じない。2003年に死んだ裕一から、昭和天皇が崩御したと聞けば驚き、携帯電話を知らず、みなが茶髪にしてるのを見て「不良ばかり!」と驚く。バブルと言われれば「ガムのこと?」と問い返し、ソ連が崩壊したといっても信じない。一方で八木は「なんちゃってオジサン」の話をするし、美晴は「話が山手線だわ!」「話がスパゲティだわ!」と連呼するし、もう大笑いよ。自分が美晴とほぼ同世代なのを痛感したね。
それに設定の妙。彼らは幽霊だけど万能じゃない。自殺志願者の中に入り込んで心を読んだり語りかけたりすることはできるが、家屋などをすり抜けることはできないし(なのでドアか窓が開いてないと室内には入れない)、瞬間移動もできないので電車で移動<わはははは。人間には触れないから、自殺しようとしている人を力で引き留めることはできない。その代わり、自殺志願者が一目でわかるゴーグル持っている。つまり、その人物の中に入って自殺志望の原因までは突き止められるが、そこからの対応は「説得」しかないのだ。心を変えさせるしかないのだ。さあ、どうする?
彼らがどうやって自殺志願者を救っていくか──それはどうか本編を読んでくれ。自殺の動機は千差万別、同じような動機に見えても人が違えば対応も変わる。ひとつひとつの事例が身につまされる。なんとか助けて、と願わすにはいられない志願者もいれば、このまま放っとけよと思ってしまうような人物もいる。その一件一件に、懸命にあたる幽霊4人組。中でも、指揮者志望の9歳の男の子の事例は切なかったなあ。そして彼らは、自殺してしまった自分を顧みる……。これがまた、一人一人が自分の過去と向き合うところが、実に滲みる。
そして最後には──いや、言わずにおこう。これはお勧め。損はさせない、読んでみてくれい。
(04.10.3)《この本の詳細情報&注文画面へ》
それにしても、あたしはこの著者の作品を高校時代から全部読んできたが、驚くほど文体の変わらない人だよなあ。いつまでも若いのか、あるいは若いときからすでに完成されていたかのどっちかなんだろうけど、どっちであってもスゴいことだ。なんてったって、帯の言葉が「えっと、近況です」だぞ。もう、大笑いしちゃったわよ。この「えっと、××です」といえば新井素子になってしまってるんだなあ。
さて内容。個人的に印象が強いのは、なんといっても書庫について書かれているくだり。遺品となってしまったお父様の蔵書(このエッセイの連載中に亡くなったそうで、亡くなる前の介護の話なんかも出てくるので、そこらと読み合わせると他人のあたしでもしんみりしちゃうんだけど)を引き取る話はもう、お父様が亡くなるというご不幸があったことは重々承知していながらも、「どえりゃあコレクションだがや!」と声をあげてしまう。何ですって、周囲にその価値が分かる人がいないですって? ばばばばばばばかをおっしゃい、全国のミステリファン・SFファンが泣きながら跪いて「書庫を見せてください」とひれ伏すような宝物殿じゃありませんか! いいなあ、いいなあ、見たいなあ。書庫のある家。うっとり。でも、お父様も果報者だよね。自分の大事な蔵書を、分散させず喜んで大事にしてくれる娘がいるんだもん。
一番最初の【普通って素敵なことだよね】の人命救助(?)のエピソードが印象的。モトコさんが少年を評した「いい人なのは、あなただ」の一言なんて、なんか涙ぐみそうになっちゃったよ。【術後に苦闘! 全身麻酔】では、ダンナさんの可愛らしさに笑ったり。──と書いて気がついた。のほほん、と綴られてるから、「日常エッセイ」と冒頭に書いてしまったけど、こりゃずいぶんといろんな事件に遭遇してるよモトコさん。ぜんぜん「日常」じゃない。日常じゃなことを、ここまでのほほんと日常的に書けるって、すごいなあ。
(04.10.4)《この本の詳細情報&注文画面へ》
読みやすい文章で状況説明も巧みなので、すいすい読める。とにかくもう、この状況がめちゃくちゃファンタスティックで、不可能興味そのもの。強固なだけの密室ならいくらでもあるけれど、外から内へと何重ものバリアをクリアせねばならず、それがけったいな屋敷だの雪だの孤島だのじゃなくて、普通の町中で普通にあり得るレベルの密室だってのが嬉しいなあ。
特筆すべきは、やはりこの構成でしょう。この二部構成、人によっては二部構成にしたがためにフーダニット・ハウダニットの興味が薄れたと受け取る人がいるかもしれない。けど、あたしはこの構成に賛成だな。だって、この視点でしか描けないことがあるもの。この視点で説明しなければ、推理ではどうしようもないことがあるもの。推理の妙味・醍醐味は一部で充分堪能させてもらったし、第2部ではサスペンスフルなドラマを読ませてもらった。この構成にした効果は充分にあると思う。
ただ、「真相よりも、途中でボツになった推理の方が面白い」という気持ちがぬぐえないあたりが……。だってさー、監視カメラをくぐり抜けた方法があんな(反転)SFに出てくるステルス・スーツみたいな服(ここまで)だなんて! それよりは、途中で出されたいろんな推理の方が、実効性という点でも物語の盛り上がりという点でも、そして絵的にも、インパクトがあるように思うのよ。あ、それと、冒頭の秘書3人娘の会話や立ち居振る舞い! あからさまに伏線か、あるいはとてつもなく大胆なミスディレクションか、ってな部分がたくさんあるのよ。いくつかは、もちょっと引っ張って欲しかったかも。
ただ、この探偵役のキャラはいい味出してるし、謎解きだって面白いわけで、これはシリーズになるといいな。
(04.10.8)《この本の詳細情報&注文画面へ》
乙女なげやり・三浦しをん(太田出版)
とにかくこの絶妙な語り口調、自分自身をネタにして笑いをとっているにも関わらず、そこには自虐も自己顕示もなく、ただ「読んでる人が楽しくなるように」というサービス精神のみがある。エッセイってこうであって欲しいんだよなー。著者の自慢だの考えだのなんて、聞きたくないもん。楽しませて欲しいもん。そのあたり、この人のエッセイは読んでてホントに楽しい。「あるあるある!」と思うのだけれど、その誰でにも「あるあるある」ようなことを、こんなふうに表現してしまうのか、そんな比喩を使うのか、というそのブっ飛びさにすっかりトリコ。上で紹介した新井素子の「お元気ですか」が「非日常的な事件を扱ってるのに、のほほんと書かれてて日常エッセイに見える」の正反対だ。
本編の白眉は、冷静に自己分析するおばあちゃん・冷蔵庫と喧嘩するお父さん・骨折したお母さん・そして弟のホモ疑惑という家族ネタであろう。もちろん妄想は健在。というかパワーアップ。弟さんと次郎君はごく普通のお友達だと思うんだが、「車のシートが倒れ気味」というそれだけで一定方面への妄想が炸裂するのである。うわはははは、楽しい楽しい。
全体に、何か普通にはないようなスペシャルな体験があるわけでもなく(汗のせいで指に水ぶくれができるってのは、スペシャルといえばスペシャルだけど)、歯医者に行っただのテレビを見ただの漫画を読んだだの、あとはただ家族やトモダチとの日常を綴っているだけなのだけれど、それがここまで笑えるエッセイになるということは、つまるところ視点と文章力なのだろう。一方でこの著者の小説は、幻想的だったりドシリアスだったりして、とてもこのエッセイを書いてる人間と同一人物だとは思えない。まるで、「中島みゆきのオールナイトニッポン」のような、とても嬉しい落差なのである。
(04.10.9)《この本の詳細情報&注文画面へ》
ああ、巧いなあ。村川の半生が浮かび上がると書いたが、決して彼は主人公ではない。彼が自分の行為をどう思っていたかは最後までわからない。逆にわかるのは、そのことで周囲がどう感じ、どう変わったかだ。「村川」とは、言うなれば触媒なのだ。複数の家族の、それぞれの人間が、「村川」という一個の石が放り込まれたことでどう変化したか。それは既に村川の物語ではなく、その人物自身の物語である。村川を語ることにより、自分自身を語っていく。だからこそ「私が語りはじめた彼は」なのだな。グロテスクなまでにテクニカルな連作。
【結晶】村川が教え子に手を出した、そんな怪文書が大学に届けられる。解明を頼まれた講師の三崎は、その文書を手に村川の妻のもとを訪れたが──。どろどろした心理的な話なのに、「証拠の隠し場所」のリアルさが物語のよって立つところをしっかり押さえている感じ。
【残骸】政財界の大物の娘を娶った賢司。婿となった彼は、妻が生まれ育った家で生活していたが、ある日、妻と見知らぬ女性の話を聞いてしまい──。破綻させず「賢く」フェイドアウトさせるさまがリアル。
【予言】ある日、父と母が離婚し、父は浮気相手のもとへ行ってしまった──そんな高校生、村川の息子・呼人の視点。父の新居を尋ねたときの、父の相手である春美との心理戦がすごい。勝手な推測だが、相手の娘が呼人を責めた一件については、ひょっとして春美の自作自演じゃないのかな。
【水葬】村川は九州へと移動になり、春美と正式に再婚。春美の娘である綾子は、大学生となって一人暮らしをしていた。判でついたような規則正しい生活の中に、ある人物が現れて──。ここまで読んで、これってもしかしたら村川じゃなくて春美の物語なんじゃなかって思えてきた。
【冷血】化学教師の市川は、村川の実の娘・ほたるの婚約者。ある日、彼はほたるから「村川の今の娘が死んだらしいが、詳細を調べて欲しい」と頼まれる。この市川先生のキャラクタはいいなあ。
【家路】三崎は糸都と結婚して15年。子どもができないことが妻の悩みだが、それ以外はうまくやっていた。ところが、恩師である村川の訃報が入り──。複数の物語の終幕にふさわしい一編。
(04.10.10)《この本の詳細情報&注文画面へ》
【蝋燭遊戯】俺に手ひどい言葉を投げつけて別れた元彼女。しかし何故か彼女は、彼を結婚式に招待してきた。──うわああ、いやっ。もう読んでて腹が立つ腹が立つ。この女、サイテー。読後感悪いことこの上なし。
【老人と膿】タイトルで脱力。町で見かける老人は、どうやら家族から虐待を受けているらしい。そこで──。これは作品集の中にあって唯一ポップで、確かに悪女なのかもしれんが、同時に正義の味方でもある。カタルシスもあるし、楽しいし、こういうまっとうな頭と行動力のある悪女は読んでて気持ちいい。老人の家族の描写には腹が立ったけどな。
【You裡(ゆうり)】後輩に誘われて初めて入ったキャバクラ「ベイビーキッス」(おお、これじゃん!)。佐藤はそこで「ゆうり」というキャバ嬢に指名を入れるが──。ぐはあ、これも【蝋燭遊戯】と同じく、極めて読後感が悪い。そもそも、こんな動機でここまでやるということ自体が異常だよ。ただ、ラストの一文はちょっと滲みたぜ。
【代償】教え子の母親と不倫に走る男性教師。しかし、爛れた関係に教師は別れを決意したが──。いやこれ、悪女っつーより単なるワガママなガキじゃん。
【夢の報酬】高校を中退してバンドをやっている祐司。バイトも続かないし、大検の勉強も身が入らないしという、ふらふらした生活をしていた。ところが、バンド活動でようやく前が拓けてきたとき、殺人事件が──。おお、これイチオシ! ひっかけも伏線もオミゴト。そして何より、彼女の動機に納得させられる。納得させられるだけの描写と物語になっているから。つまるところ、この物語に出てくる女はみな悪いことをしてるんだけど、【老人と膿】と【夢の報酬】だけは、なぜそんなことをするか、というのが理解できるんだよね。そこが他の3作より楽しめた理由なんだと思う。
(04.10.11)《この本の詳細情報&注文画面へ》
シェルター 終末の殺人・三津田信三(東京創元社)
これ以上ないってくらいの、クローズドサークルもの。一人一人の描写も、状況の説明も充分で、けっこう長い話なのに飽きさせない(映画のタイトルがずらずら並ぶところだけはちょっと飽きたけど)。妙にテンポがいいんだよね。あれこれ推理合戦してはそれが否定され、というパターンはややもすれば「議論ばっかりして退屈」になりかねないところを、静と動をうまく組み合わせて読者をぐいぐい引っ張っていく。ラスト間際ではもう、怖い怖い。ポイントとなる一文が出てくるたびに、心臓が跳ね上がっちゃうくらい。さすがホラー作家だなあ。
特に好感を持てたのは、こういう推理合戦てなシーンになると「人が死んでるのに、趣味に走ってる」という嫌悪感がどうしてもつきまとうんだけど、そういう嫌悪感や不謹慎さをちゃんと指摘するキャラ──つまりは読者側に立ったキャラ──も配置されているということ。死者に失礼だ、人の死をゲームみたいに考えてる、と「一般常識人」に指摘されることにより、探偵役も「そうじゃないんだ、必要なことなんだ」という説明ができる。本格ミステリが持っている「人死にの上に成立するゲーム性」という不謹慎な部分を、ちゃんと読者に提示し納得させるってのは、読んでて「うんうん」と首肯してしまったわよ。
さて、お勧めマークをつけたけれど、実のところこの真相には、拍子抜けする人がいるだろうなあという懸念はある。こういうオチはアンフェアだ、あるいは「好きじゃない」「本格じゃない」と思う人は(特にパズラー好きの中には)けっこう多いんじゃないかな。実は、本来ならあたしも、この手のオチは好きじゃない。けど、この作品に限っては。それがフェアなんだよね。確かに普通に考えれば拍子抜けする真相なんだけど、でもこういう真相しかあり得ないという伏線が緻密なまでに張られてるから。「こういうオチは好きじゃない」と思いつつも、けど「ううわあ、そうか! ちゃんと伏線あったじゃん、フェアじゃん!」という「やられた感」をたっぷり味わえるのだ。そういう意味でも、これは希有な作品なんじゃないかな。
(04.10.12)《この本の詳細情報&注文画面へ》
さて、短編集ということもあって、謎解きそのものに大きなサプライズや凝った趣向はないんだけど、その分、事件の背景がじんわりと心に滲みるものばかり。太田作品の良いところは、事件を起こす動機をゆるがせにしない、というところなのよね。犯罪を犯すに至ったその経緯──悩みも葛藤も、ちゃんと前面に出してくる。誰が犯人かと、なぜやったか、というのを同義ととらえてる。謎を解いて、はい終わり、じゃない。だからこそドラマになるし、子どもである俊介君がそれを咀嚼していく様を読者に読ませることができるのね。
でもって、今回の共通テーマは「思い出」。さほどの思い出を持つトシでもないはずの俊介くんが、どう対峙するかが眼目。
【思い出の場所】死んだはずの妻から届いた電報。思い出の場所で待ってますと書かれていたが、夫には思い出の場所がわからない……。話そのものは、正直「よくある話」だし、その件そのものには謎解きの妙味は薄い。けど、メッセージは強く伝わってくる。
【ふたりの思い出】ホテルでのマジックショーの最中に紛失した首飾り。マジシャンが疑われたたが……。つーかさ、この歌手にはもちっとお灸を据えてやりたいぞっ。でもこの「犯人」も、自分の気持ちで手いっぱいで、自分の行為が何を呼ぶか周囲への気配りが出来てなかったという点では、決して同情されるべき立場じゃないと思うな。
【思い出を探して】昔、公園で一目あっただけの女の子を捜して欲しいという依頼は、いつしか思わぬ方向へ──。うわあ、辛い話だなあ、これ。それにしても俊介くんてば真面目過ぎ。肩を叩いて「楽にいこうや、な?」と言ってあげたいよ。
【そして思い出は…】俊介くんが野上さんのもとに来る日を、《猫の世界》を混ぜて描いたボーナストラック。
(04.10.13)《この本の詳細情報&注文画面へ》
書評リストに戻る