セキュリティ用品の会社で働く僕は、ある日、しばらく行方がつかめなかった先輩から呼び出された。会社が商品として作った高原のシェルターにいるから、食料を持ってきて欲しいというのだ。わけもわからず、シェルターに向かった僕は、そこで何者かに襲われてしまう。崖から落ち、病院で目が覚めたとき、僕は頭を打ったショックからか「動くものが見えない」という障害を負っていた──。
偽りの館〜叔母殺人事件・折原一(講談社)
殺人事件が起こったまま、借り手のつかない洋館。ノンフィクションライターを目指す私は、そこに住んで、加害者の心理を探ろうと思った。そんなある日、私は洋館の中で、犯人の手記を見つける──。
ある日、突然かかってきた電話。「今から一時間後の午後五時四十五分に地震が起きます」──そしてその通り地震が起こったあとで、大学生の毛利は再度電話を受ける。実は、過去へ行くことができるのだ、と。それは過去の特定の日時に、意識だけが戻れるというもの。現在の記憶を持ったまま、過去の肉体に入れるというのだが──。
魔王城殺人事件・歌野晶午(講談社)
探偵クラブ「51分署捜査1課」を結成した、小学校5年の翔太たち。リーダー格のKAZは、町のはずれにある謎の屋敷にまつわる数々の怪しいウワサの真相を確かめる事を提案。おそるおそる潜入してみると、庭にある小屋の中で女が消えた! そして後日、さらに驚くべき「消失」がその小屋で起こる──。
観光客の溢れるお台場で、身元不明のアラブ人が倒れて死んだ。病死だったが、ベイエリア分署には公安が来て、テロの可能性を告げた。なんらかの病原菌を持ち込み、その拡散を狙ったおそれがあるというのだ。現場は封鎖、行き倒れの通報を受けて当人を病院に運んだ刑事も感染の可能性があるとして隔離された。そんな中、第一発見者であり、そばで介抱していたホームレスの行方を突き止めることが至上命令となり──。
藍の悲劇・太田忠司(NONノベル)
宿敵(だか何なんだか)桐原男爵の誘いで、なんと霞田志郎が見合いをすることに! 場所は藍染めのギャラリー。お相手もなかなか良さそうな女性とあって、妹の千鶴はなんだかヤキモキ。ところが、藍染めの工房を志郎が訪ねたとき、そこには口の周りを藍に染めた死体が──。「紫の悲劇」「紅の悲劇」に続く、シリーズ第2部第3作。
レイニー・レイニー・ブルー・柄刀一(カッパノベルス)
介護士の真理江は、就職した育英センターで車いすの青年・熊谷斗志八に出逢う。カラーコンタクトにスポーツタイプの車いす。鋭く人を斬るその舌鋒と名前から「熊ん蜂」と呼ばれるこの風変わりな青年は、実は名探偵だった──。「熊ん蜂」の推理を堪能できる、シリーズ短編集。
「遊び」をテーマにした短編集。サブテーマは「家族」。てなことを書くと、なんか教訓的だったり感動おしつけ路線だったりするようなイメージだけど、そこは山口雅也だもの、そういう方向にはいきませんのでご安心を。シャープで切れ味があって(同じ意味かな?)面白い。ぞくぞくするようなホラーの面白さと、構図がくるりと反転するミステリの面白さが融合して、高いレベルのエンターテインメントになってる好例。とても密度の濃い「奇妙な味の作品」ばかりです。
「花の下にて春死なむ」「桜宵」に続く、ビアバー香菜里屋シリーズ第3弾。とはいっても、他のシリーズにもちょこちょこ香菜里屋は(名前は出さずとも)出てくるので、実際の登場作品はもっと多いんだけどね。「凶笑面」に収録されてる【双死神】とか、「狐闇」とかね。
暗黒館の殺人(上下巻)・綾辻行人(講談社ノベルス)
江南孝明は、熊本の山の中に建築家・中村青司が関わったという館「暗黒館」があると聞き、そこへ向かっていた。ところがその道程で地震に遭遇、車は大破してしまう。一方、暗黒館当主の息子である浦登玄児は、友人「中也」を暗黒館へ招待していた。そこで玄児と中也は、地震のとき塔から人が墜落するのを目撃して──。
霧の迷宮から君を救い出すために・黒田研二(ジェイノベルス)
この、動くものが見えないという障害は本当にあるらしくて、コマ送りのような状態で見えるという。例えば、カップに紅茶を入れても、まったく紅茶が増えない。と思ったら、次の瞬間にはカップから溢れているといったような。これはそういう実際の障害を下敷きに、さらに「視覚データ更新は6秒間隔」「静止部分はそのまま、動く部分だけ白く切り抜かれて見える」というフィクショナルな設定を加えている。設定がわかりにくいのはいつものことだし、今回もこの「前提ルール」の部分がちょっと複雑なんだけど、どのように見えているかという例をいろいろ出してくれるのでちゃんと理解しよう。この話が楽しめるか否かは、ひとえに、この視覚障害がどのようなものなのかをちゃんと理解したかどうかにかかってるのだ。これが理解できてないと、話にも入り込めないし、サプライズも何もあったもんじゃないからね。
で、理解してみると──なかなかサスペンスフルで面白いんだよな、これが。あんまり期待せずに読み始めたので(こらこら)、その分差し引きで評価が高くなったのかもしれないけど。無茶なルール設定ではあるけれど、そのルールの中できちんと理に落ちた結末を提示してくるのはさすが。「ああ、なるほど!」と膝を打つよ。前提条件だと思っていたことがひっくり返る快感、でもそれもちゃんと伏線があるという本格ミステリの醍醐味。書き方ひとつでバレてしまうようなところも、巧くかわしてるし。この障害が、謎解きのきっかけになるだけではなく、逆に生かしてピンチを脱するというのもエキサイティング。
それにしても、岸野くん……。気のいいポッキー少年だと思っていたら、こんな過去があったとは。あ、いや、逆か? 確か「ウェディング・ドレス」では原付に乗っていたはずだから、そのあとで中型免許をとったと考えれば、時系列ではこっちの方が後だ。ってことは、あれ以降、岸野くんがこんなふうになってしまう出来事が、なにかあったのかしら。「笑殺魔」の火事がいけなかったのかな。どきどき。
(04.10.30)《この本の詳細情報&注文画面へ》
出た出た出た出た出たっ! 著者名を隠したまま読んでも、数ページで「折原一でしょ」と断言できてしまうこの作風。ある意味すごい。読者としては、著者の作風はもう熟知しているわけで、最初から「そのつもり」で読むわけよ。人称代名詞に気をつけてみたり、頭の中で登場人物の配置を換えてみたり──だもんだから、物語に張り込むなんてことはできません。ええ、できませんとも。なんせ初手から「かかってらっしゃい!」という気分で読んじゃうもんなあ。
まあ、それがなくても、感情移入はできないよ。つか、感情移入できるような人物が一人もいないよ! これもいつものことだけど、折原一の書く人物ってのは、どうしてこうも、気色悪い人ばかりなんだろうなあ。「嫌な人」とか「悪い人」とかではなく、「気色悪い人」なのだ。こんなのばっかり揃ってたら、そりゃ殺人の1件や2件は起こるってもんよ。これで何も起こらなかったら、その方が不可解だわ。とにかく、読んでる間じゅう気色悪い。みんな、もっと真っ当に生きようよ!
トリックの方は、あれだけ気をつけて読んだつもりなのに、それでも全部は見通せなかった。細かい部分では「これは、あれだな」という見当がつくんだけど、それが最終的にどういう絵を見せるのかまでは、さすがテクニシャンだけあってそう易々とは見破らせない。最後まで読むと、伏線がいっぱいあったことに気付かされて、いつも臍を噛むんだよね。ただ、ストーリーそのものに入り込めてないから、真相がわかる快感や驚きというよりも、「わあ、それは見破れなかったなあ」「ふふふ、そこは思った通りだったわ」というよう答合わせの感覚が先に立ってしまう。
この手のトリックは好みだし、騙されるのは間違いないんだから、あとはもちっと「まともな人」を「まともな舞台」で描いて、その上で騙して欲しいなあ。でも、まともじゃない人をまともじゃない舞台で描くことこそが折原一の個性でもあるから、それはないものねだりなのかしら。
(04.10.31)《この本の詳細情報&注文画面へ》
リピート・乾くるみ(文藝春秋)
おお、これは面白い! 時間旅行の設定は(作中でも触れられている通り)グリムウッドの「リプレイ」と同じなんだけど、読み出したら最後、中断できずに一気読みだよ。過去へと「リピート」した10人。その10人に次々と降りかかる災禍。警察は当然、独立した事件だと思っているが、その8人にだけは被害者の共通点が分かってるわけで、いわば「逆ミッシングリンク」だ。そして、前提条件を逆手にとるようなこの真相は、もう見事としか言いようがない。トリッキーな謎解きミステリとしても、サスペンスとしても、文句無しだよ。ただ、ラストはもっといろんなパターンがあったろうに、なんでこれにしたのかな。個人的にはもっとどっか〜んと終わって欲しかったんだけど。
これって実際に「リピート」が始まるまでが長いんだよね。でもそれが、ぜんぜん退屈じゃない。果たしてこの勧誘はホントなのかどうなのか、という流れだけでぐいぐい引っ張られる。この部分でリピートのルールや、登場人物の造形などが全部紹介されるわけで、それが説明的にならずに物語の展開の中で興味深く語られる。これはすごいことよ。
ただ、物語の内容とは別のところでちょっとどうかなと思ったことが。その「前段階」を読んでるときは、読者も「ホントかな、それとも詐欺なのかな」とドキドキしてるんだよね。でも実は、「ホントにリピートしちゃうんだよ」ってことが、帯を読むとわかってしまうのだ。いや、実際のところは、どちらともとれるように捻った書き方をしてるんだけど、素直に読むと「ホントなんだ」ととらえてしまうような書き方なのね。逆叙述トリック。<帯に? 確かにリピートという設定はすごく魅力的で、魅力的だからこそ内容紹介の前面に出したい気持ちはわかるんだけど、半分ネタバレだよなあという気もする。
ところで、冷静に考えるとこの主人公って魅力もないし、けっこうイヤなヤツ。ところがたまたま本書の前に読んだのが折原一の「偽りの館」だったもんだから、すっっっっごくマトモな人物に思えて(あれに比べれば誰だってマトモだ)、読んでる最中はイヤなヤツ加減がまったく気にならなかった。偶然とはいえ、それも本書に対する印象アップに一役買ったことは否定できないのだった。あはは。巡り合わせだなあ。
(04.11.1)《この本の詳細情報&注文画面へ》
うわあ、「これぞ本格!」ではありませんか。ジュブナイルとして、このトリックはいいなあ。小学生の知識では「なかなか考えつかないだろうけど、でも言われればするっと理解できる」というちょうどいいレベルじゃないかしら。いや、大人の知識でも考えつかなかったけどさ。程良いおどろおどろしさ(あの死体はちょっとどうか)と、物理的に納得できるトリック(動機的にはちょっとどうか)というのも、いかにも本格ミステリちっくでステキ。
キャラクタも魅力的。特にこの小うるさい女の子──あはははは、いたいた、こういうタイプ! それにちゃんと乗っかるKAZみたいなのも、いたいた! 今もこういうのって変わらないのかな。なんかホントに小学生って感じで、妙に懐かしかったよ。こういう女の子みたいなキャラって、すごくリアルなんだけど(リアルだから、かな)あたしが子供の頃に読んだジュブナイルには、あまり出てこなかった気がする。ああもう、そっと後ろから、「ねえねえ、ホントは好きなんでしょ、おばちゃんには分かってるのよ」とからかってやりたい。<イヤな大人だなあ。
それと、この刑事さんもいいな。子供が読んだときに、別世界の大人とは感じないような造形になってるから、彼のお説教は「大人の説教」ではなく、もっと近いところで大事なことを教わってるように感じるんじゃないかな。読んでる間じゅう気になっていたことを、ちゃんとこの刑事が叱ってくれたので、その点はかなり好感度が高くなった。
ただ、実際には、アリ美ちゃんとアリ子ちゃんのクイズが一番印象に残ったんだけどね。人間消失とかアリバイとかの謎より、そっちの方が真剣に考えちゃったよ。
(04.11.1)《この本の詳細情報&注文画面へ》
半夏生〜東京湾臨海署安積班・今野敏(角川春樹事務所)
待ってました、ベイエリア分署シリーズ最新刊だ! キャラが立ってストーリーもエキサイティングで、どうしてこのシリーズがドラマにならないのかが不思議なくらいよ。「踊る!大捜査線」が放送されるずっと前から、あれにごく近い(またはあれ以上の)モチーフで書かれてきたシリーズで、あたしゃこれがこのまま「踊る!大捜査線」の映画に使われても驚かないね。
お馴染み安積班のメンバーは、安積以下、村雨・桜井・須田・黒木。そして忘れちゃいけない交通機動隊の速水(きゃぁ!)。出てくるのがオヤジばっかりってあたりが、それだけでツボなんだけど、かっこいい・シブいオジサマではなく、ものすごく人間くさい。特に主人公であり安積班の長でもある安積が、もう、かなりウンコ細いだろと言いたいくらいケツの穴の小さい男なんだよなあ。推理力も行動力も判断力も人並み以上で、充分ヒーローの器なのに(そして実際にヒーローなんだけど)、やたらと人の顔色を気にするのだ。自分の言ったことについて「やつはどう思っただろう」と心配し、部下が何かを話していれば「俺の悪口か?」と思うような、被害妄想気味の気の小さい男なのよ。なんでこんな小せえ男がヒーローなんだと思うし、時にはそれの度が過ぎてイライラしちゃうけど、その小ささが安積班の個々の魅力を引き立ててくれるんだよね。
今回は、「病気が感染してたらまずいから」という理由で追われるホームレスが、とある勘違いから「自分が警察につかまる」と思って逃げ回るくだりも面白い。ホームレス視点で書かれてるので、読んでておかしかったり、切なかったり。ディーテイルがリアルで、彼のつらさや焦りがダイレクトに伝わってくるし。
一言でいえば、「大山鳴動して鼠一匹物語」と呼ぶのが最もふさわしいストーリーなんだけど、それをここまで面白く気持ちよくドラマチックに読ませてくれるんだから、やっぱこのシリーズは見逃せない。
(04.11.2)《この本の詳細情報&注文画面へ》
前作から随分スパンがあいてしまったけれど、この兄妹はホントに十年一日だよなあ。まあ、それはともかく。舞台となった有松(名古屋市緑区にあって、藍染めで有名な町。昔の家並みが残されてて、白壁の蔵があったりポストが丸かったりで、散策するのに良いよ!)は何度も言ったことがあるので、情景が目に浮かんだよ。
口の周りが、あるいは顔が「藍」で染められる、という共通点を持った殺人。ただ猟奇なだけじゃなく(といっても、ぜんぜん猟奇じゃないんだけど)、ちゃんと納得させてくれる理由があるのがいいなあ。それも無理なところがまったくなくて、「なるほど、そういう理由ならあたしでも藍で……」というくらい自然なこと。ときどき、まず設定ありき・トリックありきで、その理由付けがあまりにムリムリな作品があるけれど、あれって興ざめじゃない? その点、本書の「理由付け」はリアルで膝を打つ。藍で顔を染めた理由にしろ、志郎がゴミ出しを調べる(章タイトルになってるからネタバレじゃないよね?)くだりにしろ、ひとつひとつが身近で地に足がついていて、ホントに「隣のお兄さん」が事件と対峙してる感覚。それが何とも魅力なのよねえ。
ただまあ、第1部の都市名シリーズに比べると、この第2部の色シリーズになってからは、謎解きミステリとしての色合いは薄れてきたよな。志郎と千鶴のかけあいの妙や、ブラコン千鶴の成長などなどは第1部から変わってないんだけど、やはり「男爵」の存在が大きい。男爵がいるがゆえに、事件の謎解き自体が「男爵vs志郎の対決のための道具」になっちゃうのね。例えば著者の他の作品群だと、俊介シリーズも涼子シリーズも、謎をとくことによって探偵役も傷を受け、結果として読者にも切なさを与えるんだけど、このシリーズはそこから男爵と志郎の対決が始まるわけだ。終盤の2人の対決を読んでると、事件の謎解きそのものが持つ悲劇性や物語性、あるいはサプライズやカタルシスなどをだんだん忘れちゃうのよ。男爵vs志郎の対決は確かにミモノだしとても大事なテーマだし今後が気になるんだけど、そのため事件自体が駒になっちゃうのがチト残念。
(04.11.2)《この本の詳細情報&注文画面へ》
収録作のうち3編を先にアンソロジーで読んでたんだけど、そのとき、この探偵ってどっかで読んだなあと気になった。それが、本書のカバー折り返しを見て気がついたよ。「ifの迷宮」に出てきてた人だったのね。
車いすの探偵ってことで、そこかしこに、障害者問題が盛り込まれている。時には直裁に、時にはほのめかすように。同じような設定の国産本格ミステリでは(海外作品にはもっと多い)、例えば天藤真の「遠きに目ありて」あたりが名作だと思うけど、テーマの表し方がぐっと今風になった感じかな。また、そういうテーマが前面に出過ぎず、さらっとドライに描かれてるのもスマート。さらっと描いても、それがちゃんと残るもの。
もちろん、そういった人道的部分はさておいても、パズラーとしても平均以上。ミステリとしては探偵が別に身障者じゃなくても成立する話ばかり(トリックが成立するかどうかは別として)だし。身障者ケアは大事なことだけれど、そればかりが前に立って、パズラーとしてつまんなかったら、本格ミステリとして書いた意味ないもんね。
【人の降る確率】屋上から人が落ちた。しかし落下した筈の場所に死体はなくて──。トリック云々より「看護士失格の自殺」のくだりが印象的。「本格ミステリ02」所収。
【炎の行方】育英センターが立ち退きでもめているとき、地主の家が火事になり──。これって今の科学捜査ならわかりそうな気がする。
【仮面人称】神事の最中に起こった事件。ずいぶん綱渡りな計画だな、これ。
【密室の中のジョゼフィーヌ】「ザ・ベストミステリーズ2003」所収。
【百匹めの猿】「21世紀本格」所収。
【レイニー・レイニー・ブルー】行方不明になった車いすのアメリカ人。残されたメモには──。このメモの意味は、けっこう分かりやすいんじゃないかな。
【コクピット症候群】アパートで起こったガス漏れ事故。被害者はその部屋の住人ではなく──。ちょっと説明的なところが気になるけれど、真相にはなるほど納得。
(04.11.2)《この本の詳細情報&注文画面へ》
play・山口雅也(朝日新聞社)
【ぬいのファミリー】腕の立つ外科医は、夫婦仲がうまくいかず、妻と別居していた。ところが妻が浮気のために夫の別荘を使ったとき、あるものを見つけ──。クールな外科医がぬいぐるみマニアというだけでも取り合わせの妙があるのに、更にそこを掘り下げるあたりが。話の展開は予想がつくんだけど、その見せ方が巧い。
【蛇と梯子】インドに赴任した一家。ある日、幼い息子がまるでサルのような行動を取り始めた。あるゲームが原因ではないかと姉が言うのだが──。うわあ、これ、ドキドキするなあ。物語にもドキドキするけど、このボードゲーム自体にドキドキしちゃうよ。手に汗握って展開を見守り、そしてオチを読んだときの衝撃といったら!
【黄昏時に鬼たちは】ネットで知り合ったひきこもり達と、彼らを応援するNPO、そして大学生の3チームに分かれて隠れ鬼ゲームをしていたとき、死体が発見されて──。これ、イチオシ! とてもトリッキーな本格ミステリ。巧緻な伏線と、シンプルなのに意外な真相。この一編だけでお勧めマークをつけるね。「驚天動地の新トリック!」という感じではまったくなくて、むしろ、ストリーテリングの巧さと設定の巧さで、オーソドックスなトリックを効果的に見せている部類。筆力がなければ、こうはいかない。
【ゲームの終わり始まり】秘密裏に手にいれた殺人ゲーム。しかしそれが──。うわあ、これまた練りに練った構成だなあ。めくるめく展開。あっという間に引き込まれ、翻弄される快感がある。タイトルだけ見ると、歌野晶午「世界の終わり、あるいは始まり」を連想するが、実は中身も……。
(04.11.3)《この本の詳細情報&注文画面へ》
螢坂・北森鴻(講談社)
もう大好きよ、このシリーズ。滋味豊かで、その上トリッキーで。ミステリ云々以外の箇所でも、この料理の美味しそうなことといったら。料理を描かせると北森鴻は当代一だと思う。もう、読みながらお腹がすいてお腹がすいて。ここに出てくる料理、誰か作って。<自分で作ろうとは思わないのか主婦のくせに。
【螢坂】久しぶりに日本に帰ってきた、もとカメラマン。彼は昔、日本を発つまえに恋人と「螢坂」で別れていた。しかし──。くぅぅ、なんて哀しい真相。
【猫に恩返し】猫にまつわる美談がタウン誌に掲載されたところ、思わぬ反響が。猫の顕彰碑まで建てようという話が出るが、その裏には──。ラストを読んだとき「いや、それはやめといた方が」と思ったのは、中年女の余計なお世話かしら。
【雪待人】ある画材店が店を閉めた。しかしその店は、10年以上前の都市再開発のときに一軒だけ立ち退きを拒否した店だった。そのため周囲の店も再開発の波に乗れなかったのだ。閉めるのなら、どうしてあの時に閉めてくれなかったのか──。立ち退きを拒否した動機はわかるんだけど、でもこれってずいぶん自分勝手で傍迷惑な動機だよなあ。
【双貌】リストラされ求職中の男が、ある浮浪者に話しかけられた。彼は恐怖を感じて逃げたのだが──。これ、イチオシ! めちゃくちゃ凝っててトリッキーで、おまけに読後感が最高にいい。ラストはもう、心が温かくなるというか、顔がニコニコしちゃうというか、なんだか嬉しくなっちゃうのだ。凝った仕掛けと物語性ってのは、ちゃんと両立するという好例。
【孤拳】病気になった叔父のために、祖父の焼酎「孤拳」を探し出したい。でもそんな焼酎はいくら探しても見つからなくて──。真相はさほどたいしたことない(失礼)だけど、それより、その周辺の物語でぐぐっと読ませる。
(04.11.3)《この本の詳細情報&注文画面へ》
2500枚ってアンタ! 上下巻重ねた厚さが7.5cmって!<思わず測っちゃったあたりが。おまけに、あたし自身の嗜好として幻想味の強い話は苦手ときてるもんだから、話に入り込むまでに少々時間と労力を要したのは事実。話に乗れるようになったのは《ダリアの宴》からかな。けれど実はその前に、まったく別の観点から話に乗れるきっかけがあったのよね。
ネタバレにならないように書くので隔靴掻痒な表現になるだろうけど、そこは我慢してください。
そのきっかけってのは、第2部第3章で玄児と中也が会話しているところ。あるくだりを読んだとき、「あれ? もしかしたら××って、××××なんじゃないのか?」と感じてしまったのよ。まだ3章なので、推理の結果導き出した答ではなく、「それって、あり得るよな」というだけだったんだけど。で、自分の中で「ホントにそうだとしたら、じゃあこれは××が違うんだ」と決め打ちし、その前提で読み進めていったわけ。そしたら──ハマっちゃったんだよな、それが。なので、初読時から伏線の回収ができて、すごく楽しかったのだ(でも、これはけっこうあからさまに分かるように書かれてる気がする)。だから、その仕掛けについては残念ながらサプライズはなかったんだけど、幻想モノが苦手な読者としては、逆にそれが分かったために読む楽しみができて、イライラせずに(幻想風味の脳内モノローグは読んでるとイライラするんですあたし)読めたのはケガの功名。
それに、そういう大枠の仕掛けではなく、暗黒館で起こった事件の謎解きの方は、「そうか!」というサプライズと、「なるほど、やられたぁ!」というカタルシスが充分だった。前提条件がくるりと反転して真相を示す快感が、どんどんやって来るんだもの。これぞ本格ミステリの醍醐味よ。特に人間消失の謎解きなんて、もう! ひとつやふたつ、物語に先んじて真相を見抜いたからといって、それが全てじゃないっていう構成の深さはサスガだわ。そしてその頃には、苦手なはずの幻想味にもだいぶ慣れて、物語を五感で味わってる自分がいたし。特に、家族が持つ大小の奇形や、「中也さまあ」「中也さまあ」という双子の声や、《ダリアの宴》の奇妙な料理の味などは、ホントに見えたり聞こえたり味わったりしてる気がしたよ。感覚の全てに訴える描写ってのは、綾辻行人の真骨頂だよなあ。
あと、個人的な好みでいうなら、《視点》の問題がチト不満。全部、完全に、100%、理に落ちて欲しかったんだけどな。そして──謎解きミステリというジャンルとしては、やっぱ長えよ、これ。著者が「綾辻行人」というブランドだったから手にとったけど、たとえ同じ内容の小説であっても、名前を知らない作家さんのだったら厚さだけで敬遠しちゃってたろうな。
(04.11.5)《この本の詳細情報&注文画面へ》
書評リストに戻る