お厚いのがお好き?


方舟は冬の国へ・西澤保彦(カッパノベルス)

 うん。とっても素敵。──と、新井素子が帯に書いている。このイカニモ新井素子100%なフレーズに、「《えっと、推薦です》って加えたいな、あははは」と呑気に笑っていたのだが、読み終わったときにはあたしも新井素子になっていた。うん。とっても素敵。
 会社を辞めた十和人は、ハローワークである男から声をかけられる。破格の値段で引き受けて欲しい仕事があるというのだ。それは、初対面の人物と一緒に疑似家族として一夏を過ごす、というものだった。舞台となるのは、ある別荘地。その別荘の中には隠しカメラや盗聴マイクが仕掛けられているため、疑似家族の3人は24時間ずっと自然な演技が必要とされ──。
 実際に生活が始まってみると、章ごとに西澤氏お得意の「トークで謎解き」が登場し、それはそれで充分面白いんだけど、やはりメインは疑似家族となった彼らの生活でしょう。どうすれば自然な夫婦に見えるか、自然な家族に見えるか、一挙手一投足に気を遣う十和人。もちろん「新婚気分の抜けない仲のいい夫婦」なんだから、やることもやらなくちゃいけない。でもなあ……ってあたりも、リアルで笑っちゃった。
 そして別荘で過ごすうちに起こる、ある不思議な現象。うん、物語のスットンキョーさでいけば、これは西澤ミステリの中でも最もスットンキョーだ。けれどそれは西澤ミステリとしてとらえるからであって、SFとしてみればあーた、実に王道ではありませんか。やたらと大がかりな秘密組織が出てくるかと思えば、過去の思い出話は高校時代の恋愛のこと。そのアンバランスさが絶妙なんだよね。けれど、ミステリだのSFだのというジャンル分けは、あまり意味がないかも。だってこの物語の魅力は、ミステリだのSFだのという部分ではなく、やはり疑似家族の心情の変化と繋がりにあるんだもの。
 この疑似家族の目的は何なのか。疑似家族として暮らしていくうちに、彼らに起こった変化とは。ロマンチックで、ミステリアスで、でもなんだかとっても家族的で暖かい。サスペンスなんだけど、とてもドメスティック。そりゃそうだよね、だってメインストリームだけでなく、起こる事件も過去の謎解きも、ぜんぶ家族の話なんだもん。
 そしてなんとも素敵なエンディング! 心から喜べる、気持ちよい幸せな読後感に酔えるよ。  (04.11.26)
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名探偵を追いかけろ・日本推理作家協会(カッパノベルス)

 新装カッパノベルスから出された推理作家協会のテーマ別アンソロジー第一弾。まずはシリーズキャラクター編。数々の有名な名探偵がそろい踏み。既読のものが多いのは仕方ない。お勧めは【筆合戦】【ハブ】かな。
【三毛猫ホームズの遺失物】(赤川次郎)新幹線の中で出くわした売り子とヤクザ、実は親子だった……。どのあたりが名探偵なのかよくわからないけど、まあ、この雰囲気がいいんだろうな。
【名探偵エノケン氏】(芦辺拓)昭和初期の大阪を舞台にした「モダン大阪」の一編。えーっと、この真相はちょっとムチャな気も……エノケンならいいのか。そうか。
【201号室の災厄】(有栖川有栖)
「暗い宿」所収。
【燃える女】(逢坂剛)わあ、久々に読んだよ岡坂シリーズ! 古書市で買った版木を、言い値で買い戻すと言ってきた売り主。そのワケは? シンプルなんだけど深いなあ。
【サインペインター】(大倉崇裕)「ツール&ストール」所収。
【血を吸うマント】(霞流一)紅門福助シリーズ。雪の上の足跡という典型的密室。バカミスの帝王と呼ばれる割に、これはなかなかに鮮やか。
【虹の家のアリス】(加納朋子)「虹の家のアリス」所収。
【カラスの動物園】(倉知淳)「猫丸先輩の推測」所収。
【筆合戦】(高橋克彦)「いじん幽霊〜完四郎広目手控」「本格ミステリ04」所収。
【龍之介、黄色い部屋に入ってしまう】(柄刀一)「殺意は青列車(ブルートレイン)が乗せて」所収。
【鬼は外】(宮部みゆき)わぁい、回向院の茂七親分だぁい! 早く単行本にならないかなあ。この話はNHKでドラマ化されたのを見ていたのでネタは承知してたんだけど、それでもやっぱり面白い。テレビよりもあざとさがなくて良い。
【いつ入れ替わった?】(森博嗣)「虚空の逆マトリクス」所収。
【ハブ】(山田正紀)「風水火那子の冒険」所収。
 (04.11.27)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

暗闇(ダークサイド)を追いかけろ・日本推理作家協会(カッパノベルス)

 新装カッパノベルスから出された推理作家協会のテーマ別アンソロジー第2弾。ぎゃーっ、ホラーだあ。推理作家協会っつーから、てっきりミステリのアンソロジーだと思ってたのに、思い切りホラーじゃないかああ。怖いのダメなんだよお苦手なんだよおおでも読み出したちゃったから最後まで読んだ。ああああ怖かった。時々混じる、北森鴻や西澤保彦、鯨統一郎の普通のミステリに救われる。
【古井戸】(明野照葉)離婚して実家に戻ってきた主人公。でも家族は歓迎してくれず……。ミステリのアンソロジーだとばかり思って読み始めたので、もう、どえりゃあおそぎゃーっ! 夜中に読んでたので泣きそうになったじゃないかあっ。
【人こひ初めしはじめなり(飯野文彦)】真っ当な生活を捨て、廃人同様に過ごしていた主人公のもとに現れたのは……。ぐぅう。気持ち悪い……。
【ぽきぽき】(五十嵐貴久)女を遊び道具としか思っていない、プレイボーイの恐怖の末路。エロチックな風合いがホラーテイストと絡んで、雰囲気は絶品。だけどこの恐怖は男じゃなきゃわからないんだろうな。
【ラストコール】(石田衣良)
「LAST」所収。
【夢想の部屋(岩井志麻子)】ショートショート。ちょっとつかみにくいような……。
【刺青の女(小沢章友)】出だしがいきなり太宰治。でも雰囲気はあるなあ。幻想的なものを多く書いてる人ならでは。
【closet】(乙一)「ZOO」所収。
【憑代忌】(北森鴻)「本格ミステリ04」所収。
【アトランティス大陸の秘密】(鯨統一郎)おおお、「邪馬台国はどこですか」のシリーズだ!
【昭和湯の幻(倉阪鬼一郎)】銭湯を舞台にした、ノスタルジー溢れる幻想ホラー。
【印字された不幸の手紙の問題】(西沢保彦)「謎亭論処」所収。
【DRIVE UP(馳星周)】芸能スキャンダルが意外な展開に。おお、ちょっとイっちゃった探偵役がなかなか魅力的!
【すまじき熱帯(平山夢明)】東南アジアを舞台にした物語。ねっとりした空気と話運びがなんとも。
【不登校の少女(福沢徹三)】父親の急死後、無気力になった少女。理由を尋ねると、幽霊が出るという……。
【疥(物集高音)】時代もので雰囲気満点。あとはこの文体に乗れるかどうか。
【妬忌津】(森福都)「琥珀枕」所収。
 (04.11.28)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

船宿たき川捕物暦・樋口有介(筑摩書房)

 小野派一刀流の道場で「青鬼」と呼ばれる剣術使い、真木のもとに、故郷・白河の旧友が訪ねてきた。真木が亡父と一緒に故郷を出奔したのはかなり昔だが、最近になってようやく探し当てたという。その旧友は驚くべきことを言い出した。真木が白河の先の殿様の落胤であるというのだ。今の殿様から会見したいと言われ、しぶしぶ出かける真木。ところがその途中、女性が襲われる現場に出くわしてしまう。自慢の剣で彼女を助けた真木だったが、この女性は、江戸で名高い岡っ引きの元締め・米造の娘だった──。
 わぁーい、樋口有介、初の時代物だあ!
 上記のような展開なので、てっきり「殿の落胤と、それにまつわる跡目争い」みたいな話になるかと思いきや、そっちはサクっといなして、そういう手蔓があるということだけを物語の中で生かしている。でもって真木は、岡っ引きの米造親分と、事件の捜査にあたるのさ。だもんだから、武士の上の方の事情から、市井の風情まで、実にバランス良く物語の中に出てくるのよね。同じ長屋に住んでる隣の奥さんと、井戸で洗濯しながらバカ話してたかと思うと、お殿様の前で意見を言上する、この落差が妙にカッコイイぜ。
 樋口有介の個性であり特徴といえば、こじゃれたアイロニカルなモテ系キャラクター造形にあった。スマートで大人びた高校生だったり、気の強い美人だったり。けれどこれまではそれも現代が舞台。舞台が江戸ってことになると、ちょっと勝手が変わるのは当たり前。けれど、それが良い方に転んだ観があるなあ。真木のキャラは、はしばしがコジャレてるしモテ系なのだけれど、長屋住まいで道場通いの身分だから、コジャレるにも限度がある。米造の娘・お葉は、確かに気が強い美人なんだけど、江戸時代の女性だからその時代ならではの習慣や教育はしっかり持ってる。そのあたりが、コジャレ系のキャラを巧く相殺して、とても魅力的なキャラになってるんだよね。その分、樋口有介らしさは多少減ったかもしれないけど、あたしは好きだな。キャラといえば、同じ道場の「赤鬼」と、道場の娘がサイコー。
 なぜ岡っ引きの娘が襲われなければならないのか、その謎がどんどん大きくなる。その真相のスケールのでかさにも圧倒されるし、クライマックスのチャンバラはもう、これぞ時代もの! そしてラストはもう、文句なし。これを大団円と言わずして何という。おまけにこのラストって、いかにもシリーズが続きますって感じじゃない? 楽しみだなあ。今回はひとつの大きな謎を追いかける長編だったけど、続きは連作短編の捕物帖を期待。  (04.11.27)
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火天の城・山本兼一(文藝春秋)

 熱田神宮の近くで宮大工をしてる岡部又衛門は、田楽狭間に今川義元を討ちにいく途中の織田信長から「今川の首を載せる御輿を造っておけ」と命じられる。それが縁で信長の大工頭になった又衛門。そんなある日、いきなり信長が言い出した。「安土に城を建てる。南蛮風にせよ──」 南蛮風って何でゃあ、おみゃあ、わかるきゃ? 信長の破天荒なリクエストに答えつつ、前例のない城の建築に取り組む親子の物語。松本清張賞受賞作。
 おおおおおおおお、面白い! 年間ベスト級!
 帯に「天下一の棟梁親子が挑んだ前代未聞のプロジェクトの全貌」とあり、宣伝惹句には「前代未聞の建築物を作った大工集団の戦国版プロジェクトX」とある。もう、まさにその通り。プロジェクトXだよこれは。それも極上の人間ドラマを内包し、戦国時代ならではの障害も入る中、突拍子もない城を築き上げた人たちのすごいことといったら。
 なんせテーマは安土城だ。安土城ってことになれば、天下に比類無き戦国のヒーロー・信長がいるのだ。こっちが物語の主人公であっても一向におかしくない。けれど著者は、あえて信長を「施主」にとどめた。「施主」が気に入るような城を造る、けれどそれは戦国の世の天守としての機能と強度もきちんと備えてなければならない。奇を衒いながらも、城というものの本分はゆるがせにしない。時には施主の信長に異をとなえる又右衛門。又右衛門だけではなく、石工の頭目も、木曽から檜を切り出す伐採人、すべてがプロフェッショナルで、相手が誰であろうができないものはできない、という。相手が信長であっても、プロである自分の矜持には背かない。その代わり、できるとなればとてつもないプロの仕事をする。きゃーーーー、かっこいいいいいい!(身悶え)
 又右衛門が息子に「棟梁の仕事」を教えていく様もいい。口ではなく、すべて態度で示すのだ。それがわからず、うぬぼれたり癇癪を起こしたりする息子。けれど息子はいつしか父の偉大さに気付く。このあたりも感動的だったなあ。
 とにかく、築城のプロジェクトを描いた物語なので、ホントにこのとおりにやればあたしでも城が造れるんじゃないかと思うくらい、築城の描写が細かく順を追って語られている。そのプロセスのひとつひとつに苦労があり、ドラマがあり、喜びがある。忍者が妨害工作に走り、信長に取り入ろうとするライバル業者がしゃしゃり出る。でも真のプロは、その仕事ですべてを凌駕する! 壮大にして繊細、テクニカルにしてドラマチック。
 とにかく、これは面白い。面白いよ。絶対のお勧め。とくに歴史小説が好きな人は絶対に見逃すな!  (04.11.28)
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ミステリ十二ヶ月・北村薫(中央公論新社)

 北村薫が読売新聞に、小中学生向けに連載したミステリ本紹介コラムを収録。それが第1部。2部では、そのコラムに挿絵をつけていた画家の大野隆司さんとの対談。第3部は、その連載を月ごとに振り返って補足したり思いを述べたりのエッセイ。そして第4部は、有栖川有栖との対談、という構成。
 第1部で紹介された本は、まぁミステリ好きなら全部知ってて当然という定番ものばかり。あ、いや、ちょっと違うか。冒頭で紹介された絵本「きょうはなんのひ?」(
詳細)や、白菜がどのように日本で栽培されるようになったかを謎解きした「白菜のなぞ」(詳細)なんて、さすがに知らなかったし。もちろん本格ミステリではないけれど、面白そう。とくに「白菜のなぞ」はいきなり注文しちゃったよ。これだけで、この本を読んだ甲斐があったというものだ。井上ひさしの「十二人の手紙」(←なまもの書評にリンク)が紹介されてるのも嬉しかったなあ。これはもっとミステリファンの間で読まれていい作品だと、つねづね思っていたもの。
 でもまあ、1部はやっぱり子供向けですから。北村薫ならではの巧い表現は堪能できるけど、情報としては、やはりユルい。ところが2部で、挿絵を描いた大野氏との対談を読むと、大野氏の挿絵は全部判じ物になってるっていうじゃありませんか! 慌てて最初から見直しちゃったわよ。芸が細かいなあ。
 大人のミステリ読者に読み応えがあるのは、やはり3部でしょう。ここは情報が濃いよー。それをあの優しくも的確な語り口調で教えてくれるので、未読の本なんか出てきた日にゃあ「おおお、これ読むぞ!」と心の中で拳を握る。ここでも数冊、そのまま買い物カゴへ。
 そして4部の有栖川有栖との対談。2人の本格観が似てるようでズレてる部分もあって、実に興味深い。
 でもこの本の一番の楽しみ方は──ブックガイドとして使うのももちろんいいんだけど、「じゃあ自分なら何を選ぶ?」と考えることじゃないかな。それも北村薫と同じテーマで。これはなかなか楽しいぞお。  (04.11.29)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

俯いていたつもりはない・永井するみ(光文社)

 緋沙子が経営する就学前の子供のための私営キッズスクール、ラウンドテイル。何かの教育を施すのではなく、ただ好きなことを好きなように楽しむという方針が時代に受け、十数人の子供が通ってきている。ところがある日、預かっている子供の母親が時間になっても現れない。母親の行方がわからないまま数日過ぎたある日、海外赴任していた父親がラウンドテイルに現れた。その人物は、緋沙子が以前、関係したことのある相手で──。
 
「青い繭の中で見る夢」(山之内正文)と似たような話かな、と思って読み始める。事件の始まりはまさにミステリのそれだし、素人が探偵まがいの活動をしてみたりという部分もあるのだけれど……う〜ん、ミステリ色はもっと薄くても良かったんじゃないのかなー。ミステリとして読むと、あまりに真相が唐突でサプライズもカタルシスもないんだもの。なまじミステリっぽい行動があちこちにあるので、そのつもりで読んでたら、ときどき「あれ? ひょっとして謎解きミステリのつもりで書いてるわけじゃないのかな?」と不安になるのだ。
 そして読み終わってみると。わー、これ、ミステリじゃないよ恋愛小説だよ。いや、広義ではミステリなんだけど、事件が起こってそれが解決するまでのドラマがメインじゃないのね。メインはあくまで緋沙子の恋愛。事件も謎も、緋沙子を主人公にした恋愛小説のための小道具なのだ。わー、読み方間違えたなあ。だったらこんな思わせぶりな事件にしなくても! そもそも、この恋愛がらみでだって充分謎もあるし意外な真相も周到な伏線もあって、きれいな恋愛ミステリに仕上がってるんだもの。かえすがえすも、「犯罪」を絡めたのがもったいないなあ。
 でも、ストーリーテリングが巧いので、読んでるときはぐいぐい引っ張られる。ブリュッセルでの緋沙子の生活と出会い、そして再会してからの彼女の気持ちのゆらぎなんてもう……。ミステリなら「わあ、なんでそんな無防備なことするのよ!」と腹が立つような行動も、恋愛小説なら「ああ、やるせないよねえ、危ないと思ってても、やっぱりどこかで期待しちゃう女心よね(溜息)」と共感できるんだから不思議。
 キッズスクールの子供や親の描写も厚みがあるし、エピソードも魅力的。そして何より、読後感がサイコーにいいのよ、これ。読み終わったときの、なんともいえない幸せな気分。ああ、ミステリ部分とのアンバランスさが実にもったいない。でも、これって、あたしがマニアックな「ミステリ読み」だからこそ起こったことで、つまり自分のせいなのさ。さほどミステリに傾倒してない人は、恋愛も事件も両方のめり込めるっていう可能性は高い。あたしも「え、なに、このいきなりの真相は!」という部分までは、相当に楽しんだしね。  (04.11.30)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

夜のピクニック・恩田陸(新潮社)

 貴子の通う高校は、修学旅行の代わりに「歩行祭」が行われる。それは朝の八時から翌朝八時まで、仮眠を挟んで、全校生徒でずーーーっと歩くというイベント。辛いだけのように思えるイベントだが、仲間とひたすら歩くというこの24時間には、いろんな思い出が生まれる。そして3年生となった貴子は、この最後の歩行祭で、自分自身にある賭を課していた。それは、はからずも同級生になってしまった異母兄妹の西脇融に関することで──。
 父親が浮気をしてできた子と、本妻の子。その2人の子供が同い年というだけでも事態は厄介なのに、何の因果でか、その2人は同じ高校の同じクラスになってしまう。本妻の子・融と、庶子の貴子は、意識しすぎるあまり、クラスメートだというのにまったく口をきいたことがない。けれど2人の間に流れる独特の雰囲気は、仲のいい友人に「好きなんじゃないか」と勘違いされてしまうほど。真実を言うこともできず、相手への怒りや罪悪感でがんじがらめになる2人。
 20年前の少女漫画みたいな設定だけど、恩田陸はそういう設定を実に自然に巧く描いちゃうんだよなあ。この2人と、彼らをとりまく数人の友人達が過ごす、歩行祭の24時間をただ描いただけの物語なのに、これが実にいい。実に、いい、のだ。かわいくて、じれったくて、恥ずかしくて、懐かしくて、いとしくて──自分の高校時代に同じ経験をしたことなんかないのに、それなのになぜか「こうだったなあ、あの頃って」としみじみ懐かしくなってしまう。
 リアルか、と問われれば、違う、と答える。おそらくは、実際の高校生より彼らはずっと大人だ。自己分析ができ、性格にゆらぎがない。強い者は強く、明るい者は明るく、意地悪な者は意地悪に。そういう意味では、ここに描かれている人物はみな、それぞれの役割が与えられた「キャラクター」だと言える。けれど、そのキャラクターの言動ひとつひとつに、実がある。キャラがリアルでないのに、エピソードやディーテイルが妙にリアルで、24時間のうちに、そのリアルが積み重なっていく。それがゆえに、現実世界を舞台にしながらもどこかファンタジックで、けれど地に足のついた、独特の世界が生まれるのだ。
 読者は、いつしか貴子たちと一緒に歩いている。足が痛いなあ、眠いなあとつぶやく彼らの隣にいて、何十キロもの道のりを一緒に歩いている。貴子と融の関係というメインテーマに絡むように、クラスメートたちの恋愛話が語られ、他愛のないジョークが交わされ、いつしかそれらの全てが貴子と融を包み込んでいく。そのとき、読者もまた、登場人物たちと一緒になって、貴子と融を包み込むのだ。こんな読書体験、ちょっとない。これはお勧め。今年を代表する青春小説の傑作である。  (04.12.1)
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太陽と戦慄・鳥飼否宇(東京創元社)

 導師と名乗る男に拾われたストリート・キッズたちが結成したロックバンド、ディシーヴァーズ。導師が大のロック好きだったせいもあり、彼らは懸命に練習に励んだ。ところが、彼らのデビューライブでいきなり事件が起きる。そしてそれから10年の月日が流れた。彼らの住んでいた町で、列車の脱線やデパート火災など、大惨事が相次ぐ。これらの事件の根はすべて過去に──。
 いきなり導師だのなんだのと宗教がかった言葉が出てきたので、ひょっとして苦手なジャンルかしらと身構えたのだけれど、ロックバンドの一人が語り手なので、言葉が平易な上にフランクで、すすっと物語世界に入っていけた。前半は登場人物とバックグラウンドの紹介といったところで、謎らしい謎はライブハウスでの密室殺人くらい。けれど、人物がみな一癖も二癖もあるので、彼らの過去や日々を描写しただけの箇所も飽きずに読める。
 とはいえ、物語が大きく動き出すのは後半。つまり前半は、長い長い「前日譚」という位置づけなわけだ。ところがこの前日譚が侮れない。もう伏線がミッチリ詰まってますから、心して読むように、だ。後半になって、ある箇所を読んだときには「ああっ」と思ったわよ。
 ただ惜しむらくは、その一番「伏線の妙」と「意外な真相」だった部分が、物語の本筋をなす謎&謎解きと、あまり有機的にからんでこないっていう点かな。本格ミステリとしての小道具は満載されてるんだけど、メインの謎はけっこう早めに解けてしまって、あとはその答合わせで驚くというパターンなのよ。だから、かなり派手で大きな事件を扱ってる割には、なんだか小粒な印象になっちゃうんだよなあ。最後のサプライズであるべき箇所も、消去法でいけばそれしか残ってないし。
 ただまあ、派手ならいいかってえと、そういうワケでもないよね。むしろ、こういう「小粒だけどピリリと辛い」ような謎解きがみっちり詰まってるものの方が好み、という人も多いかと。実はあたしもそのクチ。なので、マニアックな部分でのポイントは実に高いのさ。小ワザはホントに「ほおおお」と唸っちゃうくらい巧いしね。
 不満といえば、最大の不満が「えええええ、こんなとこで終わるのおおお?!」という点。こりゃないよこりゃないよこりゃないよお。確かに巧いとこで終わったと言えなくもないが、これじゃあストレス溜まりまくり。すかっとさせてよお。  (04.12.2)
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震災列島・石黒耀(講談社)

 舞台は今から数年後の(ちょっとだけ)未来。あらゆるデータから気象庁は「東海地震予知情報」を発表した。名古屋近郊では一時パニックになりかけたが、幸いにもそのときの地震は小規模で済んだ。しかし政府は様々な対応を迫られることになる。そんなある日、名古屋の西部で地質調査業を営む明石は、近所に犬の死体が遺棄されている現場に立ち会う。近所に越してきた暴力団事務所の嫌がらせだ。抗議に向かった明石は、仕返しというにはあまりにひどい目に遭い、復讐を決意。色々な思惑が、来るべき大地震の日に向けてカウントダウンされていく──。
 実は、あたし自身が阪神淡路大震災を経験してることと、おまけに発売が偶然にも新潟中越地震の前日という、なんかもう、そういう《状況》だけで気が重くなってしまって、正直なところはじめは読む気にならなかったのだ。
 ところが! わわっ、これはすごい、面白い! これだけの厚さの本を途中で止めることができず、一気読みだあ。これは読んで良かったなあ。確かに地震の描写は経験者にとっては(経験者でなくても、か?)怖いんだけど、それ以上に、物語が面白いのよ。大地震は必ず起こる、その大地震を利用して「ある完全犯罪」を実行しようとする、政府、ヤクザ、そして主人公。二転三転する事件。地震という怖いモノを上手にエンターテインメントの中に折り込みながら、けれど根底では、日本政治の危機管理能力の欠如を鋭く突いている。その骨太のテーマ性と、クライムノベルとしてのエンターテインメント性が見事に融合して、ハラハラドキドキしながらも問題意識を残してくれる佳作に仕上がっているのだ。おまけに地震そのものにも詳しくなれるというオマケつき。
 地震を計画の中にとりこんで、明石が「ある完全犯罪」をやろうとする。それってもう、めちゃくちゃミステリだがね! その当日までのドキドキ感。いざ地震が起こったときの、その描写のすさまじさ。交錯する人の心。疾走するストーリー。どこを切っても読み応え充分。おまけに、とてつもないパニック小説のはずなのに、なんだかどこかにスラップスティックコメディみたいなおかしみがあって。
 ただ、舞台が名古屋ということで、登場人物が名古屋弁なんだよね。でもってその名古屋弁の会話に、標準語でルビがついてるんだよなあ……。なんかもう、苦笑してまったがね。こんなベタな名古屋弁を使うとる人が、いまどきおらすか。もう全編が山田昌。まあ、そのあたりの「くすぐり」が、重すぎるテーマを巧く緩和した──と言えなくもないけど。
 とにかく、これはお勧め。神戸や新潟の震災のPTSDが続いてる人には勧めにくいけど、それ以外の人にとっては、ノンストップ・リーディングのどえりゃあ面白さだぎゃあ! 年間ベスト級だがねおみゃーさん!  (04.12.3)
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