お厚いのがお好き?


百年の誤読・岡野宏文&豊崎由美(ぴあ)

 「ダ・ヴィンチ」に連載されていた対談を大幅加筆したもの。二十世紀の百年間に日本文学史上で話題となったベストセラーを、この2人があーだこーだと斬りまくるという趣向。とてつもないビッグネームに対しても、ダメなものはダメと言っちゃうあたりが痛快だよね。しかし、この対談のために好みにかかわらずこれだけの本を読んだのかと思うと……何よりそれがすごいよ。
 最も印象的だったのは、1960年を境に、読書傾向が「だらしな派」にシフトしているという指摘。ああ、そうだ、確かにそうだよ。つか、1964年生まれのあたしにとって、もう既にベストセラーというのは「別に読まなくてもいいような本ばっかり」という印象が強いのだ。いや、もちろん全部が全部じゃありませんよ。W村上のような、ものすごく衝撃的なベストセラーもありますもの。でもさ、ノストラダムスとかさ、気くばりのすすめとかさ、いわんやタレント本とかさ……ねえ?
 そもそも、ここ10〜20年のベストセラーだけ見てみても、文学が極めて少ないのよ。2000年以降は「セカチュー」くらい。1990年代だと、「マディソン郡の橋」に「失楽園」と来たもんだ。ま、それらがお好きな方には申し訳ないけど、でも、なぁ? それ以外のラインナップなんて、ヌルめのハウツー本かタレント本ばっかり。どういうことなんだろうなあ、この傾向。
 そんなことを考えながら読み始めたが、しかし実際に読み始めてみると、そういう大上段に構えたことはどっかに行ってしまって、ひたすら2人の評価に没頭。考えてみればベストセラーだもの、有名な本ばかりだもの、こと小説に関しては大部分を読んでるもの。それを2人がどう読み解くか。「砂の器」のトリックへのコメントに吹き出し、「赤頭巾ちゃん気をつけて」への評価に頷き、「徳川家康」であたしが挫折したところと同じところで著者が挫折してるのに大笑いし。もちろん、あたしの感想や評価とは180度違うものもたくさんあったけど、それは当たり前。これは小難しいことはさておき、「あたしの知ってるあの本を、この人たちはどう読んだかな」という興味と、「この本読んでないけど、この人たちがこういうなら読んでみようかな」という興味で読むのが一番じゃないかしら。
 その上で、やわらか系のものしか売れなくなった現代を、ひっそり考えてみるもよし。でも、ベストセラーにならずとも、自分にとって面白い本をコンスタントに読んでいけるのが一番いいよね。  (04.12.4)
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新選組 幕末の青嵐・木内昇(アスコム)

 ああ、これはいいなあ。新選組を舞台にした物語が浜の真砂の数ほどあるけど、これは極めて真っ当であり、真っ当であると同時に《青春小説》としての色を前面に押し出している。大河ドラマ「新選組!」で新選組を知った人や、あの大河ドラマで描かれた新選組が好きな人には、もっとも違和感無く読める長編だ。特にもう、沖田のキャラなんてあのままで、藤原竜也の顔を思い浮かべながら読んじゃったよ。
 描かれているのは、江戸の試衛館時代から、鳥羽伏見に負けて江戸に戻る直前まで。そこから舞台は一気に飛んで、佐藤彦五郎(土方の義理の兄)による回想という体裁で、甲府から流山、板橋、宇都宮、会津、仙台、函館などがざっと語られるという作り。
 血なまぐさい話の多い新選組なのに妙に爽やかなのは、この緑の装丁と節々に挟まれる四季の風景写真、そして何より速いテンポで語り手が変わる多視点という技法のせいだろう。いろんな人の視点で順に物語が綴られるので、いろんな人に感情移入できる。例によって近藤は若干バカに書かれてるし、甲子太郎は若干卑怯に書かれてるけど、それも他の新選組の本に比べればあたりが柔らかい。
 そして秀逸なのは、その章ごとの語り手の選び方だ。その事件のど真ん中にいて「揺らぎ」のない者は選ばない。いいんだろうか、どうしてなんだろうか、と迷いながらも何かを選んで進んでいくものを語り手にしている。例えば、芹沢暗殺の場では山南敬助。芹沢の葬儀の場では、暗殺のことを知らされていなかった永倉新八。永倉が長州の間者たちと島原に行く一件では斎藤一。枡屋の探索では武田観柳斎(ここは笑える!)。池田屋は近藤でも沖田でもなく藤堂平助。山南の脱走から切腹にかけては、沖田と土方。龍馬暗殺は藤堂。油小路は永倉。そういうふうに、ちょっとずつちょっとずつ語り手と主人公をずらしている。これがいいんだなあ。本流に巻き込まれるか巻き込まれないがぎりぎりのところで感じるいろんなことが、そのキャラならではの価値観や言葉で描かれる。芹沢暗殺に手を染める山南の切なさなんて、あのシーンでは本来なら脇のエピソードのはずなのに、それをメインに持ってくる。けれど全体の歴史の流れはゆるがせにせず、きちんと語られる。これはすごい。会津での斎藤と土方の会話のシーンなんて、胸に迫るよ。
 言葉もほとんど現代語だし、装丁もオシャレだし、テンポもいいし、心情移入もできるので、時代物に慣れてない人でも大丈夫。青春物語、青春群像として、この疾走感とほろ苦さはサイコー!  (04.12.6)
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新選組アンソロジー(上)〜その虚と実に迫る・清原康正(編)(青雲社)

【試衛館の青春】(中村彰彦)ノンフィクション。近藤勇が4代目を襲名した天然理心流道場・試衛館のなりたちと、そこの面々の紹介。基本情報といったところかな。
【浪士組始末】(柴田錬三郎)小説仕立てではあるが、ほぼノンフィクション。清河八郎が浪士組を結成し、近藤たちが離反し、そして暗殺されるまでの物語。文体がさすがの重々しさ。
【芹沢暗殺さる】(子母沢寛)ノンフィクション。「新選組始末記」からの抜粋。芹沢暗殺から一気に池田屋前夜に至るというテンポのよさ。さすがバイブル。
【虎徹という名の剣(シナリオ)】(結束信二)昭和40年に放送され大ヒットしたドラマ「新選組血風録」のシナリオ。これで土方を演じていたのが、2004年の大河ドラマで土方の盲目の兄を演じていた栗塚旭、沖田総司を演じていたのが、同じく大河で沖田が世話になる植木屋さんを演じていた島田順司さんなのね。原作はもちろん司馬遼太郎。
【私説・沖田総司】(三好徹)小説仕立てのノンフィクションと言っていいかな。いきなり冒頭から「推理小説のトリックの一項に『意外な凶器』というのがある」なんていう文で始まってビックリするが(ヴァン・ダインやクイーンのネタバレ気味の記述もあるし!)、これは沖田が新選組の「凶器」なのではないかという考察を通して沖田を描いたもの。芹沢暗殺から山南の介錯までの話で、確かに沖田は「哀しい凶器」だったのかもしれない。
【千鳥】(森満喜子)小説。沖田が医者の娘に淡い恋心を抱く話。ああ、こういうのが入るとほっとするなあ。
【散りてあとなき】(早乙女貢)小説仕立てのノンフィクション、かなあ。山南を主人公に、芹沢暗殺から脱走まで。山南の葛藤が切ない。
【山南と沖田の死にかた】(福田定良)ちょっと変わったエッセイ。脱走した山南に追いついた沖田、2人が一晩何を話したのかを想像する。
【死に損ないの佐之助】(早乙女貢)フィクション。原田佐之助が切腹して死にかけたという逸話を脚色して紹介。
【原田佐之助のエロ話】(福田定良)原田佐之助が永倉・島田・斎藤相手にエロ話をして盛り上がっていたところに、真面目一徹の吉村貫一郎が入ってきて……。お勧め! イチオシ! フィクションなんだけど、始め大笑いしてラストは切なくなるよ。
【豊玉発句集】(土方義豊)趣味で俳句を詠んだ土方歳三の、その句をまとめたもの。どーみても駄句だろうと笑っちゃうが(こらこら)、二、三、妙に後をひくものもあるんだよなあ。新選組副長の句だって知ってて読むせいかな。
 (04.12.8)
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新選組アンソロジー(下)〜その虚と実に迫る・清原康正(編)(カッパノベルス)

 新装カッパノベルスから出された推理作家協会のテーマ別アンソロジー第2弾。
【新選組隊士の一日】(今川徳三)ノンフィクション。新選組隊士の生活を、さまざまな資料をもとに検証していく。
【隊士絶命記】(子母沢寛)これは「新選組始末記」の中でも出色の一編。後年、どうやら多分に著者の創作が入ってるらしいことが分かったが、複数の隊士の末期を描いたその素晴らしさは変わるモノではない。妻子に金を遺して死んだ吉村貫一郎、使途不明金の詰め腹を切らされた河合奢三郎、間男に斬りつけられたのを士道不覚悟とみなされ切腹させられた田内知、そして谷三十郎の最期に居合わせた斎藤と篠原の会話。これはお勧め。
【『壬生義士伝』の新しさ(対談)】(浅田次郎&佐藤雅美)と書いた直後に、「隊士絶命記」は創作らしいと喝破する浅田次郎ってどうよ(笑)。佐藤雅美の「大君の通貨」は探して読んでみようっと。
【斎藤一の訓話】(福田定良)これまたちょっと変わったフィクション。平隊士たちに訓辞をすることになった斎藤一が、訓話の中にちくちくと土方へのメッセージをこめる様が笑える。
【祇園石段下の血闘】(津本陽)新選組に間者として入り込んだ薩摩藩士・指宿藤次郎の物語。こういう事件があったこと自体は事実みたい。さすが津本陽、剣の描写がすごい。
【鳥羽・伏見の戦 甲陽鎮撫隊】(平尾道雄)さー、ついにここまで来たよ。「もう刀の時代は終わったんだ」というのがヒシヒシと伝わってくる。
【波】(北原亞以子)近藤勇の妾だったおさわを主人公にした小説。
【忠助の赤いふんどし】(中村彰彦)近藤勇の馬丁だった男の物語。実在の人物だけど、話自体はフィクションだろう。ふんどしっていうディーテイルがいいなあ。
【薄野心中 新選組最後の人】(船山馨)斎藤一が明治に入ってから北海道開拓に関わっていたという設定で書かれた短編。この設定自体はフィクションだけど、ストーリーそのものは哀切。
【北の狼】(津本陽)永倉新八が明治の世をどう生きたかを描いたもの。剣術指導をしていたことは事実だけど、このエピソードはフィクションにしてもかっこいいなあ。
【明治新選組】(中村彰彦)新選組の最期を預かった相馬主計の物語。函館戦争のあと、新島に流されたんだよなあ。
 (04.12.9)
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マネー・ボール 奇跡のチームをつくった男・マイケル・ルーイス(ランダムハウス講談社)

 MLBのチーム、オークランド・アスレチックスは貧乏球団だ。選手の年俸も多くは払えない。だから有力選手はFAで放出するのでスターもいない。それなのに、強いのだ。ここ6年でプレーオフに4回出場している。金持ち球団が金にあかせて高額の有名選手を集めてもなしえなかったプレーオフ出場を、貧乏球団が無名選手ばかりでこともなげにやってのける。その秘密はどこにあるのかを追ったノンフィクションである。
 すっげえ面白いっ! 巨人のフロントに読ませたいよ。いや、読ませるとマネされるからダメだ。やっぱり読ませないでおこう。それにしても、高額有名選手を金の力でずらりを揃えたくせに3位に終わった巨人と、補強はいっさいせずに2004年の優勝を勝ち取った中日ドラゴンズの関係に、どことなく似てるではありませんかふっふっふ。
 アスレチックスが強い秘密は何か。それはGMであるビリー・ビーンと、彼のブレインを務める人物(野球の経験は皆無)の徹底したデータ主義の賜だ。金がないから、高い選手は買えない。だから他の球団が目をつけない、競争相手のいないような「安い選手」を探すのだ。もちろん安いだけじゃダメ、ちゃんと働いてくれる選手じゃないと。その際アスレチックスは、元メジャーリーガーだったスカウトたちの「目」や「勘」や「経験」を信じない。過去、選手発掘において正しいとされてきた「経験に基づく基準」をすべて捨てた。代わりに取り入れたのが徹底したデータ分析だ。それも打率だのホームラン数だのといったわかりやすいデータではない。あまりばらすのも興を削ぐので書かないでおくが、「え、そんなデータを見るんだ!」と目から鱗だったわよ。
 無論、旧弊な世界に生きる「元メジャーリーガー」にとっては面白くない。しかしビーンの方法は結果をしっかりと残した。まるで映画か小説のように、弱小球団が甦る。その手順ときたらあなた、どーして今まで誰もこんなことに気付かなかったのよ、と呆れてしまうくらい。アメリカってのは野球が国民に根付いているから、さぞや色んな面で進んでいるんだろうなと思っていたけど、《長年の習慣を脅かす外部からの新しい助言》は一切認めないという旧弊さは、どこも同じなんだなと思わされた。それがビーンの方策により次第にうち崩されていくさまは、いっそ痛快だ。これは誇張でもなんでもなく、MLBに於ける革命なのだろう。
 翻って日本に当てはめるならば。いろんな状況を考えると、このビーン方式を一番巧く取り入れられそうなのって、東北楽天ゴールデンイーグルス(長いな)なんだよね。楽天が(別のチームでいいんだけど)この方式を取り入れ、旧悪はびこる日本プロ野球界に風穴を開けてくれることを願わずにはいられない。  (04.12.22)
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春期限定いちごタルト事件・米澤穂信(創元推理文庫)

 高校入学を期に、小市民として目立たず無難な日々を送ることを第一目標に掲げた 小鳩君と小佐内さん。彼らは恋人どうしではなく、いわば互恵関係だ。小市民たれ、という目標のために、お互いを利用し合い、今日も元気に小市民街道まっしぐら。けれど、どうしてわざわざ「小市民」などを目指すのか。それは本来の彼らが、まったく小市民ではないから。そしてやはり、小鳩君のもとには事件が集まってしまうのだった──。
 小鳩君と小佐内さんという奇妙なカップルを主人公に据えた連作ミステリ。個々の短編でそれなりの《日常の謎》系ミステリが描かれるが、眼目は主人公ふたりのあり方だ。小市民たりえない二人、果たして彼らが必死に矯正しようとしている「本性」とは何なのか。まあ、小鳩君が「名探偵」なのはすぐに分かるんだが、小佐内さんにはちょっと笑ってしまった。
 うん、可愛いよ、これ。それはここに描かれてるキャラクタが可愛いということよりも、「強すぎる個性が自分に及ぼすマイナス面に気づき、それを矯正しようとしている」という設定が可愛い。それは見方を変えれば「自分がスペシャルだと思いこんでいる、自意識過剰なやつら」なんだけど、当人たちが(少なくとも小鳩くんは)そこに気付かないまま自分を律しようとしてるのが、なんともティーンエイジャーらしくて。自意識のありかたには目を向けず、ただ表面に出さないことで解決しようという、その発想が子供っぽくて可愛い。けれど彼らは徐々に気付き始めるんだろうな。それが決して「正解」ではないことに。ああ、謎解きより何より、今後の彼らの意識変化の方が楽しみだわ。
 ってことで、ミステリ部分はやや軽め。それは仕方ない。瞠目するような事件に関わっては、彼らの「小市民たれ」という目的は一気に瓦解しちゃうもんな。【羊の着ぐるみ】は校内で起こったちょっとした紛失事件、【For Your Eyes Only】は美術部に遺されたOBの絵の謎、【美味しいココアの作り方】は機材の足りない状態でどうやってココアを入れたのかという謎、【はらふくるるわざ】はテスト中に起こったある事件。これらはどれも、読者に向けて「さあ解いてみろ!」と大上段に構えたミステリではなく、どれもシンプルなものばかりだ。けれど、謎を解いたあとの小鳩くんの行動にこそ意味がある。名探偵って何?というミステリの根幹を考えさせてくれるよ。そしてそれらが収束する【孤狼の心】が本書の白眉。
 ……てなふうに書いてきたけど、これってあたしがオバサンだからで、ホントはキャラに対して「萌え♪」って感じで読むのが正しいのかしら。どきどき。  (04.11.29)
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漆黒の王子・初野晴(角川書店)

 だーーーーー、このプロローグで早くも読むのが辛くなっちゃったよお。それは「つまんない」てことじゃないので誤解なきよう。文字通り「辛い」の。弱者が底なしに虐げられていくんだもの。しくしく。
 で、気を取り直して本編に。あるヤクザの組織で、「眠っている間に突然死する」という事件が続けて起きる。その組織を統べる紺野と、彼の片腕である高遠のもとには、その事件の関係者と思われる人物からの、脅迫とおぼしき謎のメールが届いていた。彼らは病死と診断されたが、果たしてこれは殺人事件なのか? 殺人だとしたらどのような方法で? 一方、その街の地下にある昔の暗渠には、世を捨てた数人の人物が暮らしていた。「王子」「時計師」「楽器職人」などの名前で呼び合う彼らのコミュニティに、ある日、新参者がやってくる──。
 上の世界と地下の世界の物語が交互に綴られる。上の世界はヤクザの抗争というノワール系、地下の世界は一転、どこかダークファンタジーの香りがする寓話っぽい世界。相対するこの二つの物語が、次第に絡み合っていくさまは何とも圧巻。「眠りながら死に至る」とい魅力的な事件も、その正体が知れた時点では「そりゃアンフェアでしょう」と一瞬思ったが、じゃあそれをどうやって当人に施したのかというハウダニットには脱帽。ああ、なるほど!
 ただ、クライマックスでこのメールの謎解きをする段になると、ちょっと腰が砕けた。だってさあ……謎を解いた人物が、その謎を出したであろう人物に向かって話しかけてるのよ? つまり、基本情報は分かってる者同士のはずなのよ。それなのに、なぜ前提条件や基礎知識を、ここまで詳しく説明する必要がある? 答だけポンと言えば、少なくともこのシーンにいる登場人物間では話は通じるはずなのに。つまり、ここでは相手に対してではなく、読者に対して説明してるんだよね。それがなんか冷めちゃうんだよなあ。もちろん、そういう問題はどのミステリにも多かれ少なかれ存在するんだけど、モロに対決シーンでそれがなされているので、違和感が大きくなっちゃった。
 つかそれ以前に、物語の展開がどうもちぐはぐな気がするんだよなあ。読み終わったあとで話を時系列に整理すればとてもキレイな流れだし、ドラマチックな物語なんだけど、それが物語の中で巧く噛み合ってないように思える。例えば、本編とプロローグとの兼ね合いはけっこうストレートで深読みしがちなミステリ読みにはちょっと物足りない。「ガネーシャ」の過去の物語が出た時点で「ああ、そうだったのか!」とは思うのだけれど、随分唐突に思える。総じて物語のどの段階で何をどれくらい明かすか、という手順がしっくり合ってないような……つまるところ「この情報の出し方では、読者は推理できないよ」という不満なのだ。本格ミステリでないのならそれも当然だが、道具立てが本格なだけに戸惑わされちゃった部分が大きいんだな。  (04.12.24)
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泳いで帰れ・奥田英朗(光文社)

 2004年8月、アテネオリンピック。作家・奥田英朗が自らアテネに飛び、いろんな競技を観戦した紀行エッセイである。いや、紀行エッセイというより、著者一流の軽妙な面白語り口調でアテネの日々が綴られていて、クスクスと笑ってしまう箇所がテンコモリのお笑いエッセイと言った方がいいかも。
 これを読んでつくづく思ったことは、いろんな競技をちゃんと見て、その結果がどうなってるというような情報は、現地より日本でテレビを見ていた方が数段早く確実にわかるんだなあということ。《見所を見逃さず、結果をきちんと知りたい》という人にはテレビ観戦の方がお勧めってことだ。
 じゃあ、現地に行く意味は? いやもう、それはこのエッセイを読めばわかるよ! 臨場感ってのはこのことだ。女子マラソンのゴールで野口みずき選手のあとをヌデレバが追うのを現地で見たかと思えば、ホテルに帰ってから新聞で「え、また柔道の金が増えたの?」とびっくりしたり。そして自国の選手を声を枯らして応援する楽しさ。てなことを書くとナショナリズムの発動みたいにとられる向きがあるけれど(そして著者もそう考えていたようだけど)実際に現地に行ってみると、そうではないことが分かったという。国は誰のものでもない、選手だって誰のものでもない、と。ああ、なるほどなあ。ナショナリズムだなんだとヒステリックになるのは、スポーツ観戦本来の楽しさを知らずに、表面だけ見てるが故かもしれない。
 しかしこうしてみるとオリンピックってのは、大きなテーマパークなんだなあ。遊園地だよ。次はどのアトラクションに行こうか、と迷うのと同じだ。もちろん選手は大変だし一生懸命なんだろうけど、それは客がいようがいまいが変わらないんだもんね。
 この著者がアテネに行った最大の目的は、野球である。野球が大好きな作家さんなのだ。そして日本の試合を見て──怒る。タイトルの「泳いで帰れ」は、《長島ジャパン》に向けられた言葉である。ああ、この気持ちはわかる。ホントにわかるよ。あたしも同じことに怒ったもの。何に怒ってるのかは、読んで下さい。
 それはそれとして、関係ない感想ひとつ。高橋由伸に「高橋!」と声援を送る応援団を見て「こいつらプロ野球ファンじゃないな、ヨシノブと呼ぶのが正しいんだ」と考える著者。うん、これは確かにそうだ。けれど著者は中日ファンで、中日ファンなら福留ではなく孝介だろう。それを敢えて地の文では福留と表記している。これってつまり、由伸は由伸で通用するけど、孝介じゃ読者は分からないっていう気遣いだよね。……しくしく。頑張れ孝介。  (04.12.26)
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6ステイン・福井晴敏(講談社)

 市ヶ谷―防衛庁情報局の諜報というかスパイというか工作員というか──まあそんな仕事(そんなテキト〜な説明でいいのか)に携わる人々を主人公に据えた短編集。というとハードでマニアックなイメージがあるかもしれないが、この短編集はチト毛色が違う。《工作員in普通の生活》てな切り口なのだ。工作員なんていうと、自分とはまったく関わりのない別世界のサスペンスドラマに思えるが、この短編集を読むと、日常の中に潜んでこその仕事なのだなあと思わされる。喩えていうなら、毎朝挨拶してるお隣の旦那さんが、そのスパイだったような。それだけでぐっと物語に入りやすくなるし、新鮮だ。
【いまできる最善のこと】田舎を走る列車の中で偶然出逢った因縁の相手。けれどそこには無関係な小学生が──。正直、工作員の話だってことを言うだけでネタバレになるんじゃないかというような構成。前半と後半の急激な色の変化がスリリング。
【畳算】
「ザ・ベストミステリーズ2000」所収。九州の片田舎に「スーツケース」を追ってきた工作員の話。あたしの故郷に近いところが舞台なので、一際違った思いで読む。タクシー運転手の方言が変だよぉ。しくしく。まあきっと運転手さんも地元の人じゃないんだろうな<そんなとこに注目してどうする。
【サクラ】「事件現場に行こう」所収。意外な真相を堪能。
【媽媽】えーーーーっ! 物語の展開云々より、この設定にノックダウン。育児と仕事の両立に苛立つ主婦、てのはよくある構図だが、その主婦の「仕事」が工作員って! アクション映画並の立ち回りや捕縛者への尋問のあと、自宅に帰って子供を叱りすぎたかと反省したり、呑気な夫に苛々をぶつけたり。わーー、すっげーー。なんてすごい造形なの。感服。
【断ち切る】引退したスリが、あるきっかけでもう一度そのワザを使うことになるが──。わ、切ない話だなあ。これだけのワザを持ち、こんな仕事を頼まれるような人物が、家庭では息子の嫁に頭が上がらないってのが何とも。
【920を待ちながら】ある人物の監視中に、突発事態発生。にわかコンビの二人は任務を遂行すべく行動を開始するが──。ちょっとややこしい部分はあるけど、逆転に継ぐ逆転の面白さはピカイチ。
 (04.12.28)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

笑酔亭梅寿謎解噺・田中啓文(集英社)

 トサカ頭を真っ赤に染めた不良少年の竜二が、ある日、落語家・笑酔亭梅寿の家に連れて来られる。竜二のことを心配する教師が、ツテをたどって竜二を弟子入りさせようとしたのだ。最初は嫌がる竜二だったが、次第に落語の面白さに惹かれ始める。内弟子として修行を始めた竜二は、何度か不可思議な事件に遭遇し──という連作ミステリ。
 ああ、これは面白い! 落語に造形の深い著者ならではの「本格落語・ミステリ」だ。<ナカグロの位置に注意。事件は起こる。謎解きもある。探偵役もいる。題目になっている落語と本編のリンクもキレイ。だからこれはミステリである。ではあるが。ミステリ部分は《脇役》である、と言ってしまおう。「落語の本格ミステリ」ではなく「本格落語のミステリ」だよ。
 なんかね、「おお、そんな意外な真相が!」と驚くよりも、自分の才能に気付かない一人の青年が、悩み迷い焦り躓きながらも、いつしか自らの道を歩き出すという《物語》を堪能しちゃうんだよね。。確かにミステリ部分は本格として端正で、「おお!」と唸らされるものもあるけれど、物語の眼目はそこにはないように思える。だって読み終わったときの感想が、「ミステリって面白いな」じゃなくて「落語聞きたいな」だったんだもん。
【たちきり線香】囃子の最中にいきなり切れた三味線の謎。短い中に、人物紹介と事件をキレイにはめ込んでいる。
【らくだ】横暴なゲスト落語家が密室で殺された。その真相は?──この真相を明かすシーンで、いかにも田中啓文らしい箇所があるのよ。もう大好き!
【時うどん】ベテラン漫才コンビがテレビ出演を拒む理由とは?
【平林】竜二の初舞台にいきなり邪魔が。濡れ衣で責められる竜二だったが、なぜそんなことに? 事件と落語のリンクは見事で、これがイチオシ。でもこの段階では既にミステリより竜二の初高座の首尾の方が気になったり。
【住吉駕籠】新作落語で人気の兄弟子。しかし彼の評判は悪くて──。このあたりから、竜二の焦りが表に出始める。古典より創作落語に惹かれる気持ちもよく伝わってくるし。その上で訪れるこの結末の見事なことといったら。
【子は鎹】師匠の孫が誘拐された。そして竜二は破門されるのだが──。もう、誘拐なんかどうでもいいしっ<こらこら。どうするんだ竜二! しかし周囲の人々の厳しい暖かさがいいなあ。切なくも幸せな気分になれる。
【千両みかん】ついに大舞台を踏むことになった竜二。けれどその舞台の裏ではいろいろあるようで──。もう事件そのものより、その落語を聞かせろ落語を、という気分になったよ。落語を聞かせろっ! そして続編を読ませろっ!  (04.12.30)
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