お厚いのがお好き?


日暮らし(上下巻)・宮部みゆき(講談社)

 南町奉行所同心、井筒平四郎が甥っこの弓之助(13才で超美形&頭脳明晰だけど、おねしょのクセが治らない)とともに様々な事件にあたるシリーズ。岡っ引き政五郎、抜群の記憶力を誇る「おでこ」こと三太郎、気っ風のいい煮売り屋のお徳、伝書ガラスの官九郎など馴染みのメンツが活躍する。第1作の「ぼんくら」で語られた事件が下敷きになっているが、未読でも大凡のことはわかるようになってます(でもこっちを先に読むと、「ぼんくら」のネタを割っちゃうので注意)。
 いやあ、面白いなあ。しみじみと面白い。短編を4つ配したあとで、真打ちとも言うべき中編(長編といってもいいか)の【日暮らし】がどーんと出てくる。この構成も「ぼんくら」と同じ。江戸情緒、叙情、いきいきとした江戸の人たち。そんな、世界をまるごと掌に差し出して目の前で見せてくれるようなストーリーテリングもさすが。
 【おまんま】では、おでこが寝込んでしまい、周囲が心配する。恋わずらいか、母親恋しさか。けれど事件のことになると、彼の特技がものを言って……という話。悩み事もその解決も、ミステリというジャンルの中では決して目新しい構成でもないのだけれど、宮部みゆきは小さな事を丹念に丁寧にわかりやすく描くので、あっという間にとりこまれてしまう。なんとも余韻のあるエンディングがいい。
 【嫌いの虫】では、植木職人佐吉と妻お恵の生活が描かれるが、お恵の一人語りなんてほれぼれしちゃう。当時の女性なのでボキャブラリーは限られている。その限られた語彙で説明されるお恵の心情は、百万言の現代語を費やしてもここまでストレートに伝わるかどうか。それはともかく、か、官九郎が!(ショック!)
 【子盗り鬼】には「ぼんくら」での馴染みが登場してちょっとにやり。「ザ・ベストミステリーズ2003」にも収録された【なけなし三昧】は日常の謎的ミステリ色が強い。妙な商売敵の出現に腹を立てるお徳が可愛いんだよな。江戸時代の市井の魅力はこれが一番。
 そしてこれらで描かれたひとつひとつの事象がひとつの殺人事件へと繋がっていく【日暮らし】。宮部みゆきの現代モノは、人間のダークな面やグロテスクな面を事件の真相にからめることが多い。翻って時代モノは、確かに暗黒面はあるのだけれど、それと併せて、人情や暖かみや救いといったものをより前面に出しているように思える。「真っ当」とはこういうことか、と、読んで心地よくなれる。だからこそ、宮部みゆきの時代小説は人気があるのだろう。今更言うまでもなく、お勧め。帯に書いてある惹句がすべてだ。曰く「ああ、読み終えるのがもったいない」  (05.2.17)《上巻の詳細情報&注文画面へ》《下巻の詳細情報&注文画面へ》  

NR(ノーリターン)・川島誠(角川書店)

 俺が病院で目を覚ましたとき、これまでの記憶をすっかり失っていた。最初は言葉もよくわからないくらいで、ずーっとぼんやりしてたんだけど、どうやら事故で両親を一気に失ったらしい。俺って誰? そんなとき、俺の身元引受人としてスペインから叔母さんがやって来たのだが、なんとこの叔母さんは年下の可愛い女の子で──。
 最初に設定が出てきた時点で、記憶喪失になった青年のノンフィクション
「ぼくらはみんな生きている」を思い出し、あんな感じの話かしらと思いながら読んだのだが……うわははは、ぜんぜん違ってました。語り口調がライトで、全体的に軽快なのね。で、主人公に降りかかる様々な出来事ってのが、すごく漫画ちっくなのよ。ヤクザが出てきて、お金をかせぐためにあんなこと・こんなことさせられて、そこに15才の美女がモトクロスバイクで颯爽と駆けつけて──みたいな。おいおい、そのバイクはどっから調達したんだいお嬢さん。リアリティははなっから捨てて、若者エンターテインメントに徹したって感じかな。展開が早くて、でも主人公のあり方はその展開の表層だけをすくってぽんぽん進んでいく。これはこれで、さくさく読めて、「ありえね〜」と笑いつつ、無邪気に楽しめるんだけど。
 ただ、テンポの良さを重視したせいか、登場人物の立脚点みたいなものが、どうにも見えてこない。例えば、退院した主人公が自宅に帰ったとき、そこはルームサービスもあるような、めちゃくちゃ豪華なコンドミニアムなのね。なんで彼はこんな生活をしてるのか、主人公が記憶喪失なだけにそれがすごく謎なんだけど──最後までわからないのよ! いや、両親のことなんかは判明するんだけど、それでどうして彼がこんな贅沢な暮らしをできてたのかはわからないままなのだ。また、彼は優れたアスリートだったというのも、15才の叔母さんのこまっしゃくれた賢さも、うさん臭い医者も、ヤクザも渡辺組も、どうにもデフォルメされた記号くささが抜けないんだよなあ。わざとかなあ。
 「記憶喪失の人間は、過去を選べる」というくだりは、書こうと思えばかなり掘り下げられる形而上的なテーマだと思うが、著者は敢えて深入りせず、さりげなくそこらへんに放り出している。放り出したままエンターテインメントに作り上げている。これが曲者だ。さくさく読んでアハハと笑って済ませるも良し。でも、放り出されたこのテーマが、妙に後をひくのも確か。  (05.2.19)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

スポーツ批評宣言あるいは運動の擁護・蓮實重彦(青土社)

 フランス文学者にして映画評論家の蓮實重彦氏のスポーツ評論。主として、野球とサッカーがテーマ。が。
 あらかじめ断っておきますが、スポーツ評論を読むには、そのスポーツに対する基本的な知識と、何より愛情が必要だと思う。特に蓮實重彦氏の文章ってのはとても挑発的且つ扇動的で、人によっては本気で怒るってくらいなのよ。でもそのベースは、スポーツに対する深い愛情と強固な美意識なのね。ところが自分が愛着を持たないスポーツについての氏の評論を読むと、氏の愛情や美意識をきちんと読みとれない恐れがある。それどころか、表層だけ読んで誤読してしまう恐れすらある。
 だから。ここでは本書についての感想を書くんだけど、上記のような理由で、サッカー部分については言及しません。ただ、興味のある人もいるだろうから、サッカー関連の章題だけ書いておくね。【スポーツ批評宣言あるいは運動の擁護について】【サッカー・プロレタリアート宣言!―渡部直己との対話1】【「たかがサッカーごとき」にこれほどの熱量を給備させるものは何か―渡部直己との対話2】【またやってしまいました―オリヴァー・カーンの失態とパリュウカの救い】【あえていまこそ正論を―渡部直己との対話3】などです。
 で、野球だ。
 ああ、この思いもつかない視点。この文学的なレトリック。断定する挑発的な物言い。読んでるだけでうっとりしちゃう。勝ち負けでも技術でもなく、美しいか否か、感じるか否かで野球を論じるのだ。時々反対したい箇所はあっても、この文章を読んでるだけでいいやって気にさせてしまう、希有なスポーツ評論集。なんか人間歪みそう。<こらこら。
 でも残念なのは、かなり昔の原稿の再録なのよね。20年ほど前に書いた【ディヴ・ジョンソンは素晴らしかった】なんて、いや確かにその通りですが、そんな昔の話をされても。覚えてる? 巨人のジョンソンよ。ジョン損なんて書かれてた。覚えてる人は、かなり楽しめると思います。
 【どうしたってプロ野球は面白い】と題された対談は野球ファン必読。草野進との対談なんだけど──つまるところ一人二役なのね。でも草野進の皮をかぶると(女性になるせいか)コメントは数段辛辣になる。でも言ってることは極めて正しく、野球ファンかくあれかしと喝采したくなるよ。でもこれも初出は20年前なので、出てくる選手名の古いことったら。
 新しいのは1997年に書かれた【私は長島さんのやることならほとんど予言できます】と書き下ろしの【MLB2003年のポストシーズンはドン・ジマーの一人勝ちで終わった】の2編だけ。20年経っても立脚点がぶれてなく、蓮實節健在は嬉しかったけど、もっともっと今のプロ野球界について書いて欲しいな。ここに載ってるような評論は、ファンは既に初出時に読んでるんだから。まあ、それがまとまったのは喜ばしいけど、本の半分がサッカーじゃねえ。  (05.2.22)
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ゆめつげ・畠中恵(角川書店)

 時代は幕末。上野の貧乏神社の神官兄弟、弓月と信行は、のんびり屋の兄としっかり者の弟という兄弟だ。兄・弓月には夢で未来を見る「夢告」の能力があった。しかしこの能力、どうにもいい加減でとんと役に立たない。そんなある日、8年前の地震で迷子になった大店の一人息子の行方を占ってほしいとの依頼が舞い込んだ。しぶしぶトライしたものの、予想通り占いに失敗して謝る弓月。ところが依頼主は諦めない。よくよく話を聞いてみると、実は既に3人の息子候補がおり、本物が誰なのかを占って欲しいというのだった──。
 わ、これ、面白い! 中途半端な見え方しかしない「夢告」の意味をあれこれ推理しつつ、3人の子供から本物を探そうとする弓月。そこで事件が起きるんだけど、とある理由で登場人物たちは神社から出られなくなるんだよね。ってことは、クローズドサークルです! おまけに神社の4つの門には敵方の見張りがいます! ますますクローズドサークルです! 本格です!(はぁと)
 まあ、実際にはクローズドサークル部分は本格らしからぬ手法で破れてしまうんだけど、本物の息子は誰だという推理は実に本格。それも「夢告」にからめてのロジカルな謎解きだ。思わず「来たっ!」とガッツポーズをしましたねあたしゃ。なるほどねー、いやあ、この謎解きは堪能堪能。おまけにどんどんスケールがでかくなっていって、手に汗握る作戦もあるのよ。読み進めれば進めるほど、尻上がりに面白くなっていく。
 そして、この時代背景と舞台が活きてることと言ったら。幕末。江戸。神官。札差し。大店が店を閉めようとする理由には膝を打った(実は作中でこれに一番感心した)し、神官達の思惑にも強く納得させられた。まさに、この時代でなければ成立しない動機。成立しない事件。そこに「夢告」というファンタジックともオカルティックともとれる要素を入れた最大の効果は、ラスト間際にある。ラスト間際で弓月が見た夢の、その壮大にしてスペクタクルなことと言ったら! この小説がもしも映画化されたら、この夢の部分はきっとこういうふうに映像化されるだろうというのがリアルに目に浮かぶ。
 いやあ、実に巧い。こういうスケールの大きなラストにしてしまうとシリーズ化は難しいかもしれないけど、もちょっと呑気なテーマの短編で、この兄弟の活躍を見てみたいな。うん、これはお勧め。  (05.2.25)
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模像殺人事件・佐々木俊介(東京創元社)

 木乃家の長男・秋人を名乗る男が、八年ぶりに帰ってきた。大怪我で顔が包帯に覆われているため、確証はない。そしてその二日後、包帯を顔に巻いたが到着、自分こそが秋人であると主張する。果たして本物はどちらなのか? 車のトラブルでたまたまそこに居合わせた推理作家・大川戸孝平は、はからずもその争いの一部始終を目撃することとなる。そして後に大川戸が書いた手記が、新たな展開を呼んで──。
 
「繭の夏」で鮎川賞佳作を受賞して以来、実に10年ぶりの新作。これがまた、文章といい道具立てといい、おどろおどろしくも耽美な探偵小説の造りなのよね。舞台は現代でパソコンやメールが出てくるんだけど、基本舞台は森の奥深くに建つ、周囲との交流を断った館し住まう謎めいた家族。包帯で顔を隠した二人の怪しい男。吊り橋が爆破され、陸の孤島となった現場。助けを求めるハガキ。過去の因縁。精神を病んだとおぼしき若い娘。きゃぁ(はぁと)。
 ただ、これがどうにも複雑! 木乃家で起こった事件と、ハガキを貰ってその館をある人物が訪れたのと、その手記を読んだのとが、どういう時系列なのか、最初はさっぱりわからず混乱しちゃったくらい。何度も読み直して、ああそうか、まずこれがあって、次にこれで、今はこうなのねというのを理解する。
 事件の真相は、「おお、そうか!」と驚くし、その巧緻且つ大胆なことにひとしきり感心もする。するんだけど。……これがまた輪をかけてややこしいんだよなあ。あのね、紙に登場人物一覧を書いて、それぞれの行動のタイムテーブルを書いて、相関図を書いて、ひとしきり呻吟して、ようやく分かった感じ。人物を肉厚に書き込むというタイプの作品じゃないので、登場人物も「駒」であり「記号」であり、それがややこしさを促進してる。「この人だったんです!」と言われても、「この人」がどういう人なのか、顔も見えなければ感情移入もできてないので、インパクトを受け損ねちゃう。キャラクタ造形にもっと膨らみがあって、個性があれば、それだけでかなり分かりやすくなると思うんだけど。
 犯人、そして事件の結末は、かなり唐突。ほのめかしはしてるんだけど、アンフェアぎりぎりの観がある。サプライズやカタルシス、もしくはショックを受けるためには、その物語の中に読者が取り込まれてなければならないんだけど、あたしにとっては、ちょっと入りにくい作風だった。相性の問題だな。でも、設定も謎もトリック(と言っていいのかどうか)もすっごく魅力的なだけに、がーーーっとドラマに入り込めなかったのは残念。  (05.2.27)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

ソナタの夜・永井するみ(講談社)

 恋愛小説、それもいわゆる「不倫」の恋愛を集めた短編集。
 一般に、不倫小説ってのは不倫をしている主人公は良くても、その夫あるいは妻ってのはいい面の皮だよなあという思いが拭えない。そりゃ自分は良いわよね、遅れて来た恋に身を焦がして、スリルを楽しんで。でもあなたが裏切っている家族の気持ちや、家族の人生を考えてみてよ、と言いたくなるものも多々ある。その夫または妻、あるいは子供を主人公にしたらどんな小説になるか考えてみればいい。つまり、不倫てのはいくらドラマチックに書かれようが、自分勝手の誹りは免れないのである。が。
 だがしかし。この短編集はちょっと違う。「不倫」にまつわる「自分勝手」な部分が薄いのだ。最初はありがちな不倫に見えても、実はある事実が明るみに出た時点で、その絵はくるりと反転する。ああ、そういうことだったのか、と納得する。或いは、夫の不倫がわかったときの、妻の心情が抑えたタッチで描かれるものもある。ここに描かれているのは「恋愛」ばかりでは決してないのだ。その背後にあるもの、そしてそれを毅然として受けとめる女性達、そこにこそ魅力がある。
【ミルクティ】二十代の頃にあこがれていた上司。結婚退職し、10年以上経ってから、その上司が海外に引っ越すという話を人づてに聞いた──。最後の逆転にはビックリ。それもしっとりした落ち着いた驚き。
【秋雨】私が彼と会うのは、年に一度だけ。8年続いた関係だが、まだ8日しか会ってないとも言える。この奇妙な逢瀬には、ある理由があった──。これがイチオシ。皆が皆、自分の心を抑える。なんて切ない。
【緑深き淵】学生時代につきあっていた画家の個展に出かけたら、実はその画家が亡くなったと知らされ──。奇妙に捩れた人間関係。何がわからないって、この弟の考えはまったくわからんっ!
【彼女の手】夫が浮気している。ネイルサロンを経営している私は、その女性がどんな爪をしているのか気になって……。
【隣の公園】夫と離婚を決意した私。ところが離婚直前になって、ある理由で離婚が伸びて──。わあ、辛い。前面には出てこない夫の心中いかばかりか。登場するのは、妻とその不倫相手だけなんだけど、影の主役は夫だ。
【唐草といふもの】陶芸作品のプロデューサーをしている多紀は、二人の男と付き合っていたが……。
【ソナタの夜】翻訳家の主人公は、仕事を依頼に来た男性と関係を持つようになる。しかし次第に……。
 (05.2.28)
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やさしい死神・大倉崇裕(東京創元社)

 「三人目の幽霊」「七度狐」に続く、落語シリーズ第3弾。落語雑誌の編集長を探偵役に、編集部員の緑をワトソン役に据えた本格ミステリ。それぞれの短編が落語をモチーフにしている。ただ、まぁ、縛りがきついせいもあるだろうけど、パターンが近い作品が多くなっちゃうのは仕方ないかな。総じて「そんな理由でここまでやるか」と感じる話も多い。
 このタイプの話は、アンソロジーみたいな形で1編だけ読む分には何の問題もないんだけど、まとまると、シリーズの波という、物語に動きが出ないのもちょっと辛いなあ。次の巻では大きな変化があるといいんだけど。
【やさしい死神】高齢の師匠の世話をするため、弟子が持ち回りで師匠の家に泊まり込んでいたとき、その師匠が転倒して病院に運び込まれるという事件が。いったい何が起こった? 
【無口な噺家】芸の腕はそこそこあるのに、あと一皮が剥けない二人の弟子。ところがこの二人が急に巧くなっていて、緑は驚く。ただ、高座の最中に救急車の音が聞こえたことが気がかりで──。これ、イチオシ。きれいだし後味もいいし、伏線もきっちり回収されるし。仕掛けそのものより、ラストの趣向が粋じゃありませんか。まあ、救急車のくだりはね、「よい子は真似しちゃいけませんよ」ってなもんなんだけど。
【幻の婚礼】小学校時代の同級生から結婚式の司会を頼まれた噺家。ところがその同級生は、実はもう死んでいるという……。これこれ。「そこまでやるか?」の最高峰。お金払ってプロに頼む方がよほど確実だと思うけど。
【へそを曲げた噺家】こともあろうに高座の最中に客席で携帯電話が鳴った! 怒った話家はそのまま高座を降りてしまって──。うーん、確かに伏線は張ってるんだけどさ。手間かけすぎというか、ここまでして……という印象は拭えない。穏やかな方法は他にもありそうなもんだけど。動機があれだから、現実味が伝わってこないのかも。いっそ、もっと卑近な動機だった方がよほど納得できるもの。
【紙切り騒動】師匠の自宅で見つけた見事な「紙切り」に惚れ込み、落語をやめて紙切りの修行を始めたいという落語家。その「紙切り」の作り手である伝説の紙切り師を探して、緑は京都へ飛ぶが──。
 (05.3.5)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

参議怪死ス 明治四年、広沢真臣暗殺異聞・翔田寛(双葉社)

 明治四年、新政府太政官参議・広沢真臣が自宅で賊に襲われ、暗殺された。刑部省逮部局(今でいう警察ですね)の谷岡がその惨状を確認、その夜の当直だった副長の佐伯謙太郎が現場へかけつけた。見るも無惨な死体と化した政府の要人。犯人は誰で、目的は何なのか。ところが、佐伯が捜査を開始して間もなく、弾正台(という別の捜査機関があったんです。公安と考えれば関係が分かりやすいかも)から横やりが入った。捜査権を弾正台に引き渡せというのだが──。
 うっわー! 広沢真臣! 第二次長州征伐で長州代表として勝海舟と休戦協定を結んだ人物ですよ局長! なんてシブイところを突いてくるのか。この時代を舞台にした歴史ミステリはたくさん書かれてるけど、真正面から広沢真臣を扱ったのなんて例がない。戊辰マニアが読まずに済ませられるはずがない。そして読んでみたら──わ、これはめちゃくちゃ面白いよ。新政府になってからの広沢真臣と言えば、民情を顧みない急進的な改革に反対し、長州出身でありながら木戸孝允と対立したことで知られてる。その分、大久保利通に近かった。なので、暗殺が腐るほどあったこの時代でも、広沢の暗殺とはどこの手によるものか、なかなか断じがたいのだ。
 この物語は、史実である広沢暗殺に、当時の時代背景を重ね合わせ、ひとつの絵解きを見せてくれている。ある重要な小道具の名前を実物と一文字変えてるのは、ここは史実と違うよというアピールかな? とまれ、その小道具を使った本格ミステリ的でフィクショナルな謎解きも秀逸だし、フィクション部分をどけても、似たような動機と経緯でこの暗殺が行われたのではという説得力は充分だ。佐伯謙太郎の謎解きも、弾正台対刑部省の対立もサスペンスフル。意外な真相までついて来る。歴史小説と呼ぶにはややフィクション色が強い気もするが、本格ミステリとしてもドラマとしても実に高レベル。
 けれど。それでも、この小説のテーマは、ミステリとは別のところにあるように思える。
 ここで本当に語られるべきは、「戊辰とは何だったのか」である。換言すれば、この物語は反戦小説だ。それも、昨日までの幼なじみや親戚が敵味方になって殺し合う内戦の愚かさだ。弾正台の大井も、刑部省の佐伯も、そしてこの事件の背後にいた人物も、被害者ですらも、皆、「戊辰」を引きずっている。新しい時代が来て、自分たちの手で時代を作れるときが来て、希望とやる気に満ちあふれているべきこの時代に、登場人物たちは皆、「戊辰」を引きずっているのだ。人生を変えてしまうほどに。「戊辰」がなければ、広沢暗殺は起こらなかったほどに。
 物語の最後近くなって、佐伯は思う。「戊辰の戦とは何なのだ。生きられたはずの無辜の命を、数限りなく死に追いやる戦だったのではないか。『戊辰の戦に参画した我らは、ひとり残らず人殺しなんじゃ』」と。「戦うのは、人を生かすためだったのに」と。これが、この物語の全てだ。これはお勧め。明治初期を舞台にした歴史ミステリの中でも、屈指である。  (05.3.2)
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100%の闘争心〜全日本女子バレーの栄光、挫折、そして再生・吉井妙子(文藝春秋)

 全日本女子バレーがアテネ行きを決めてから、アテネが終わるまでをまとめたドキュメンタリー。「甦る全日本女子バレー〜新たな戦い」の続きだと考えればよいでしょう。
 でも。書かれているのは、選手vs柳本監督の確執が中心。
 うーん、あたしはこういう世界レベルのアスリートってのは無条件にリスペクトするタチだけど、でもアスリートが人格者だとは決して思わないし、むしろ我が強すぎるくらいでないとアスリートとしては大成しないだろう。アスリートってのは決して爽やかでもおおらかでもない。それは分かってる。分かってるけど……残念だよなあ、こういうことは。
 別にね、良いことばっかり書いてくれって意味じゃないのよ。でもなんだか、ゴシップ記事を読んでるみたいな気になるんだもの。もちろん、悪いことは悪いとはっきり声を上げるのがジャーナリズムの仕事なので、著者が書いたことは正しい。バレー協会はこの実体を知るべきだ。ファンも知るべきだ。報道されて初めて改善されることもあるんだから。でもやっぱり……後味悪い。
 女子バレーは、昔からガタガタが多い。ホントに多い。それが強くなれない一番の理由なんじゃないかってくらい多い。今回のアテネレポートでも、西武の松坂投手のトレーナーがボランティアでバレーの選手の体を見て、そのあまりのひどさに驚いてる描写があった。あたしもテレビ観戦していて、木村選手のジャンプの着地がおかしいなあとは思ってたのよ。テレビでもわかるくらい体がおかしかったわけ。なのにバレーボール協会は、専属トレーナーの通行パスを採ってないのだ。アナリストは4人も入れてるのに。なんだかなあ。本来のバレーの能力以外のことに足を引っ張られてる感じで、可哀想だなあ。無論、じゃあ他の監督の方が良かったのかと言われると、今は柳本監督以上の結果を残せる監督はいないわけで。「アテネ決定」からおかしくなっちゃったのが、これを読むとよくわかる。もったいないなあ。
 本書で一番印象に残ったのは、女子バレーが負けた翌日、野球の応援に行った選手たちのエピソード。彼女たちは日本の報道陣から隠れるようにしていたのに、柔道で惨敗した井上康生が堂々と応援していたことに圧倒されたという話。そしてもうひとつ、女子ソフトボールの全日本監督・宇津木氏が、バレーのキャプテン・吉原に言ったという言葉だ。「あなた、監督やりなさい。女子チームなのに女性の監督がいないのはおかしい。あなたがやりなさい」
 いつか、吉原監督が見られるかな。見られるといいな。  (05.3.3)《この本の詳細情報&注文画面へ》  


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