お厚いのがお好き?


曠吉の恋〜昭和人情馬鹿物語・久世光彦(角川書店)

 舞台は昭和始めの巣鴨。曠吉は、水道配管工事を請け負っている職人の家の次男だ。子供から大人へと変わる年頃の曠吉が出逢った女性たちとのアレコレが連作で描かれている。──のだけれど。
 これがなんともまあ、14歳から17歳くらいまでを描いてるから仕方ないんだけど、もう笑っちゃうくらいスケベなことしか考えてないのだこいつは。サブタイトルの「昭和人情馬鹿話」ってのが実に内容をよく表してるよ。だけど鷹揚な時代で、鷹揚な家族で、鷹揚なご近所で、曠吉は女でいろいろしくじりながらも、ちょっとずつ大人になっていく。人情に篤い東京下町の「昔」を描く、「馬鹿だなぁ、曠吉」とつっこみながらもニヤニヤしちゃう連作短編集。
【つまずきお妻】妹の夕子が、見知らぬ女にいきなり剃刀で切りつけられるという事件が起こった。けれどこの加害者の女、どうやら曠吉の父親と訳ありのようで──。雨の中、外で女が用を足すシーンなんか、そのあまりの映像にインパクトにくらくらしちゃう。こういう映像的な表現はさすがに巧い。今では使うのにはばかられる「差別的」な表現もこの時代を表すのには効果的だし、なにより自然。
【人に言えない】四六時中、女のことばっかり考えて「勃ちっぱなし」の曠吉(おいおい)。ついに、兄嫁にまで欲情してしまう始末。いくらなんでもそれは拙いと、自分を抑えた曠吉だったが、兄嫁の秘密めいた行動を知ってしまい──。素麺をすするシーンが実にいい。まだまだ子供の曠吉に、お涼というブレーンがついてるあたりが構成の妙。
【九尺二間】読者もお涼もご近所さんもみ〜〜〜〜〜んな「あんた騙されてるよ!」と曠吉につっこみたくて仕方ない一編。しかし金払い良すぎ。
【侘しすぎる】傷心の曠吉は、とりあえず実家を離れて一人暮らしをしてみることに。住処と決めたアパートには、お藤という女性がいて──。曠吉、あんた全然学習してないよっ!
【紙人形春の囁き】ひょんなことから、お涼に子供がいるのではと思いついた曠吉。その子供を捜そうとするが──。う〜ん、この結末はちょっと拍子抜け。もっと複雑な人間関係を想像してたんだけど。  (05.4.3)
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窓際の死神(アンクー)・柴田よしき(双葉社)

 2編のシリーズ中編に、プロローグと中入りとエピローグをつけた形の連作集。悩みや焦りを持っている女性を主人公に、会社で窓際に座っている《死神》が彼女の運命に関わってくるという形式。死神なので、当然そこには死が絡んでくるんだけど、その絡み方がストレートじゃない。結果的に主人公が「試される」という結果になるというパターンですね。あ、これって、何かに似てると思ったら、「笑ウせえるすまん」だよ! でも「笑ウせえるすまん」みたいに邪悪でもブラックでもなく、最後には「救済」が描かれる。ああ、これ、好きだなあ。これは是非シリーズ化して欲しいっ。
 この2編に出てくる二人の女性。これはもう、女性読者なら「わーーー、この気持ち、わかる!」「きゃあ、同じ思いを体験したことある!」という、あるあるモードに突入しちゃうようなエピソードなんだよね。そういう、あるあるモードの日常の中に、いきなり飛び込んでくる「死」の選択。自分ならどうするか、読者も考えずにはいられない。そしておそらくこの主人公達は、悩み苦しみながらも、どこか深いところでちょっとばかり、強いのだ。だからこそ、ハラハラしながらも、最後には快哉を叫べる。
【おむすびころりん】会社の男性に片想いしていた多美。ちょっとでもキレイになろうと無理なダイエットを始める。しかし片想いの相手は、こともあろうに同じ会社の女子社員と婚約してしまった。傷心の多美のところに、同じ部署の窓際にすわってるオジサン社員・島野がやってきて、自分は死神だ、実は多美が片想いしている恭助が間もなく死ぬ運命にある、と告げる──。後半に出てくる多美の幼なじみのタイムがなんともカッコイイ。やっぱ運命を切り開くのは、こういうパワーなんだよなあ。皆がそれぞれ自分の居場所で頑張るラストは実に元気が出る。
【舌きりすずめ】OL業の傍ら、作家になることを夢見て投稿を続けていた麦穂。ところが自信を持っていた作品は一次すら通過せず、その上、ひそかにライバル視していた投稿者のひとりがなんと会社の同僚であることがわかる。ショックを受けた麦穂は別の生き方を探すが、そこに前の会社で同じ部署にいた島野に偶然出逢って──。何かに拘泥し、それに引きずられることがどれだけ人生を無駄にすることになるか。それがひしひしと伝わってくる。何が幸せか、何が勝ちなのか、その定義を今一度考えさせられる佳作。  (05.4.4)
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UMAハンター馬子 完全版(1)(2)・田中啓文(ハヤカワ文庫)

 学研M文庫から出た「UMAハンター馬子(1)〜湖の秘密」と学研ウルフノベルスから出た「UMAハンター馬子〜闇に光る目」に、新たに書き下ろし2編を加えて上梓された完全版。1巻には【湖の秘密】【魔の山へ飛べ】【あなたはだあれ?】(以上M文庫版に収録)と【恐怖の超猿人】が途中まで収録。2巻には【恐怖の超猿人】の続きと【水中からの挑戦】【闇に光る目】(以上ウルフノベルス版に収録)と書き下ろしの【ダークゾーン】【史上最大の侵略】が入っている。もちろん、【ベストヒットUMA】も全部再録されてる上に、新作もついてるよん。ここはやっぱ、判型揃えて完全版で持っておきたいってもんだ。
 感想については、すでにM文庫版とウルフノベルス版で個別に書いてるので、ここでは書き下ろしの2編について。
【ダークゾーン】馬子とイルカは愛知県知多半島にやってきた。この地に伝わる浦島伝説に不老不死の秘密が隠されていると馬子は睨んでいるらしい。しかしちょうど、知多の海には正体不明のUMAが出没していて……。わあ、イルカちゃんの初恋がなんとも胸キュンですぅ。でも胸キュンに騙されてると、大事な伏線を読み落とすのであった。ところで、作中で展開されるコテコテの名古屋弁は、力不足ながら大矢が監修をお手伝いするという光栄に浴しました。果たして非名古屋人にどこまで通じるものやら。
【史上最大の侵略】ついにヨミカヘリの時は来た! 山野一族と馬子の壮絶なる戦い。もう、「うわー、そういうことだったのか!」とノケゾリまくりです。実は馬子の正体って×××××なんじゃないかなと勝手に想像してたんだけど、すっかり作者の思うツボにはまってたのねアタシ。そんな素人考えを一蹴する、すごい(そして極めて緻密な伏線に支えられた)真相に思わずブラボー! イルカちゃんのアレも、山野千太郎のアレも、そしてもちろん馬子のアレも、ぜ〜〜〜んぶ伏線だったなんて! もう文句なし。エンディングもナイスです。……え? そこまで誉めて、なんでお薦めマークがついてないのかって? いや、だって、あのクライマックスの戦いのシーンがさあ……何もわざわざあんな姿に変身しなくても……そりゃダジャレは大事だけど(そうか?)、女性読者としてはちょっとヒイちゃう部分がその……ごにょごにょ。  (05.4.6)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

天岩屋戸の研究・田中啓文(講談社ノベルス)

 大食いヒカルちゃんともこれでお別れなのかあ……しくしく。という感じの私立伝奇学園民俗研究会シリーズ第3巻にして完結編。ついにここまで引っ張りまくっていた「天岩屋戸」が登場だ! しかしそんなことより(そんなこと?)、今回も炸裂するダジャレパワーに、もう大矢は骨抜きです。1巻の「蓬莱洞の研究」でも2巻の「邪馬台洞の研究」でも、大矢のポイントは「如何にミステリをダジャレで落とすか」にあったのだから、今回もダジャレ主眼で読みました。
 が、最終巻だけあって、展開がヘビーよ! ダジャレが少ないわよ! きぃっ。まあねえ、ここまで身近で悲劇が連発すると、研究会の面々もこれまでみたいに脳天気でいられないのは分かるけどさあ。
 それにしても、「UMAハンター馬子」と同じ時期にシリーズ完結というのは……どっちも日本の神話ネタだし、おんびき祭文と古武道・独楽という特技があるし、UMAも出るし、ラストは激烈な対決シーンがあるしで共通点の多い2シリーズだっただけに、同時に終わるってのも淋しさも倍だよ(泣)。
【オノゴロ洞の研究】ヒカルが学校帰りに遭遇した奇妙な事件。下半身血まみれになった女性と真っ赤な赤子の正体は? 何がすごいって、ヒカルの名前の由来が……だはぁ。
【雷獣洞の研究】フィールドワークで訪れた山寺で、ヒカルたちは不思議な殺人事件に遭遇し──。これよこれ! このダジャレによる怒濤の謎解き! エピローグ2の馬鹿馬鹿しさにはスタンティング・オベイションだ。これぞ田中啓文よ。
【天岩屋戸の研究・本論】ここまで「序説」という形で引っ張りまくっていたが、ついに本論登場。伝奇学園の「常世の森」の洞窟を開けば、世界はよきものへ一変するというのだが──。謎だったあの人の正体も判明。こ、このクライマックスは! 「そんなのあり?」と悲鳴をあげた後で、思わずダジャレを忘れて固唾を飲んでしまったわい(酔いしれる前にワザの名前で一回腰が砕けたけど)。ここまであちこちに出てきてた「思わせぶり」な伏線がバタバタと音を立てて収束する快感。でもちょっとバタバタし過ぎで、その上ラストが妙にほのぼのしたラブコメの定番で終わってるのがちょっと消化不良だなあ。それに、謎もまだ残ってません? どうせなら全部ダジャレで──てのはさすがに無理ですかそうですか。
 (05.4.7)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

BG、あるいは死せるカイニス・石持浅海(東京創元社)

 流星群を見るために、夜の学校に出かけていった天文部の姉。ところが翌日、姉は校内で殺されているのを発見される。誰からも慕われていて、成績も良くて、男性化の筆頭だった姉が、どうして? それに姉は誰かにレイプされかかったような姿だった。女が男にレイプされるなんて、そんなことあり得ないのに──。
 はい、このあらすじを読んで「は?」と思いましたね? ええ、思うでしょう思うでしょう。この物語の成功は、ひとえに「こんな世界」を作ってしまったそのアイディアの素晴らしさに立脚すると言っていい。本格ミステリとしても、実に良く出来てるんだけれど……う〜ん、どこがどう素晴らしいかを説明しようとすると、この物語の特殊な世界設定を詳しく説明せざるを得ないのよね。だけど、それはしたくない。なんとなれば、「わぁ、そういう世界なのかあ」「ああ、あの不可解な言葉は、そういう意味だったのかあ」と、逐一驚いたり納得したりする楽しみを奪いたくないのよ。できることなら、予備知識は必要最小限にとどめて読んで欲しい。それほどまでに、すごくよくできた設定だから。つまり、この物語の設定を理解する段階からして、立派なエンターテインメントになっているということ。
 で、設定を隠したまま無理に感想を書くとするなら──まず、この特異な設定からしてもっとSF色が強くなってもいいはずなのに、そうはならず、「学園ミステリ」としてとても高い完成度を持っているところに注目したい。SF設定とは、ややもすれば、恣意的な設定を作れるということなんだよね。それが全然恣意的にならず「なるほど、こういう世界ならこういうことは充分あり得るわな」という、世界の中のルールがしっかりしてる。その中で、ティーンエイジャーならではの友情や夢や不安、社会への怒りや憧れ、そういったものがあますところなく物語に関わってくる。もちろん、謎解きにも関わってくる。
 設定が設定だけに、女性の身で読むとときどき「カチン」と来るところもあるんだけど、読み進むうちに、実はそこがすごくよく作られていたことがわかる。それすらも、ある意味伏線だったことがわかる。そして、この、真相は。状況がSFだけに「何でもあり」になってしまいそうなところを、著者は完璧な伏線とロジックで読者を納得させるのだ。
 いや、真相というよりも──この終章の素晴らしさといったら! ゾクリとした。ゾクリとしたと同時にニヤリとしたよ。ああ、もう! 設定を隠したまま魅力を語るなんて、やっぱ無理だよ! とりあえず、これは読め!  (05.4.8)
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事件を追いかけろ・日本推理作家協会(編)(カッパノベルス)

 「名探偵を追いかけろ」「暗闇(ダークサイド)を追いかけろ」に続くアンソロジー3部作の最終巻。わっ、前2巻を読んだときはさして強い印象もなかったけど(失礼な!)この巻はすっごくレベルが高いよ!
【立ち向かう者】(東直己)娘の傷害事件の公判に証人として出廷した父親。「そんなに騒ぐような大きなケガじゃないんだけどな」と思いつつ出廷すると、実は被告というのが──。これ、ラストはもう、うるうる。
【蚊取湖殺人事件】(泡坂妻夫)問題編と解答編に分かれている、読者への挑戦形式のパズラー。
【口座相違】(池井戸潤)銀行員のミスから発覚した大きな事件。お、これ面白い! 親本「銀行狐」を読んでみよう。
【バンク】(伊坂幸太郎)「チルドレン」所収。
【ジョーカーとレスラー】(大沢在昌)プロレス事務所で働く息子を連れ戻して欲しいという依頼。「真相」にはあっと思ったが、これって伏線なくない?
【天使の歌声】(北川歩実)久しぶりに呼ばれた祖母の家。そこにはもうひとり、女性がいて──。二転三転する度に「おおっ」と思わされる、その手腕はさすが。
【偽りの季節】(五条瑛)日本語学校に通う韓国人学生に取材を申し込んだら、その人物がいきなり消えた。この前後の手紙の意味がいまひとつ分からないぞ。
【死人の逆恨み】(笹本稜平)正月休みが開けて事務所に行くと、そこに首つり死体が──。
【名誉キャディー】(佐野洋)ゴルフ場で年輩のキャディーが殺された理由とは。本格ではないので注意。
【雪模様】(永井するみ)「隣人」所収。
【リメーク】(夏樹静子)夫が宝石店に出入りしたことを知った妻は──。あり得ない偶然だけどドラマチック。
【拾ったあとで】(新津きよみ)破産宣告の準備のため弁護士事務所を訪れた女の話。著者お得意のパターン。
【花をちぎれないほど…】(光原百合)「最後の願い」所収。
【密室の抜け穴】(横山秀夫)「第三の時効」所収。  (05.4.10)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

春風落月・阿川弘之(講談社文庫)

 いろんな媒体に書かれた阿川弘之の随筆(エッセイと呼ぶより随筆と呼びたいやねこの人のは)を集めたもの。だいたい、ここ10年くらいの内のものが多い、かな。滋味豊かで気が利いてて、目にも耳にも気持ちいい文章。巧い、てのはこういうことを言うんだろうなあ。
 いろんな媒体のものを集めただけあって、論語の話で始まったかと思えば、受勲時のドタバタが入り、鉄道旅行記があり、娘(阿川佐和子)の話があり、亡くなった知り合いへの追悼文があり、結婚披露宴の仲人挨拶がありで、ホントに幅広い。ここまで幅広いとエッセイ集としての色合いが統一されずに印象が散漫で終わることが多いんだけど、さすが文章に芸のある人は何を書いても同じ色で統一されるものだ。
 印象に残ったのは、ご夫人と一緒に寝台特急カシオペアで旅行したときのことを書いた【くらやみ阿房列車】。夜中に目が覚めて眠れず、最後尾のラウンジカーに行って本でも読もうとした著者、列車内を歩きながら「一号車は多分マイネ、もしかするとスイテ、二号車はイネ……(中略)ところが案に相違して、食堂車以外全部スロネであった」などと考える。あたしはここで大笑い。これはまぁ、車両の形式などを鉄道の用語で表現してるんだけど、こんなのいきなり言われてもマニア以外は混乱するだけだよ。それなのに阿川御大、何か説明するかと思いきや「こういうことは、分かる人ならすべて分かってくれるし、分からない人には少々説明しても分かってもらえない」と切り捨てる。説明無しかよ! うわはは。友人の鉄道マニアに電話をして「何も言わずに『春風落月』の128ページを読め!」と言いたくなったってもんだ。
 著者が文化勲章を貰ったときの周囲の大騒ぎと、その中で心を和ませてくれたスットンキョーな電話の話が面白い【叙勲異聞】、長年連載されてきた山藤章二の「アタクシ絵日記」が最終回になったのを労った【至人ハコレ常】、ゴールデン・レトリーバを飼おうと思ったら娘の友人の壇ふみから御注進の手紙が来た【馬鹿犬賢太郎】(これ大笑い)なども、何度読んでも楽しいし味がある。
 ただ、本書の最大の功績は、字を大きくし、行間も広くとったということだよな。これは編集者の知恵だなあ。中の【「七十の手習ひ」について】で著者が語る通り、阿川弘之の本なんてのはどうしたって年輩の読者が多いわけで、「字を大きくする」という簡単なことで大きな読者サービスになるのであった。これは他の本にも取り入れて欲しいものよのお。  (05.4.13)
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もう切るわ・井上荒野(光文社文庫)

 夫が浮気していることになんとなく気付いている妻。しかし、その妻自身も仕事仲間にちょっと気持ちが流れている。一方、その夫が現在恋愛中の若い女性は、けっこう真剣に彼のことが好きなのだけれど、相手が妻子ある人ということで自らをセーブしていた。ところがある日、その夫が余命わずかな病であることがわかり──。
 妻と愛人の一人称で一章ごとに交互に綴られる。一応「私」と「あたし」で使い分けられてるんだけど、最初は語り手が変わったことに気付かず「え、この語り手って挿絵画家じゃなかったっけ? あれ? なんで店員やってるの?」とちょっと混乱してしまった。あとがきを読んで、その読者の混乱も折り込み済みだったと分かったときには、うーむと唸りましたね。なるほど。趣向、意図はなるほどと思うが、混乱した一瞬で物語から引き剥がされちゃうのは残念。まあ、すぐに戻れますが。
 冒頭が「今日はミルフィーユの日」と来たもんだから、てっきり最近流行の「ほわほわ・ふわふわ」系の恋愛小説家と思いきや。内容はけっこうシビア。筆致がしっとりしてるので、どろどろ加減は大分緩和されてるけれど、それでもかなりハードな話なんだよね。特に愛人の章がさあ……いきなり彼から連絡が来なくなるわけよ。で、彼女は「嫌われちゃったかな、もう会いたくないってことかな、でもこっちから電話もできないしな……」なんていう、愛人ならではのごく普通の発想をするわけだけど、実は不治の病で緊急入院していたという──。これ、怖くない? 知らされずにいる立場の怖さっていうのかな……。浮気するときは、万が一の場合にちゃんと相手に連絡が行くような方法を考えてなきゃダメだ、と痛感。主婦がそんなこと痛感せんでよろしい。
 この物語がいいな、と思ったのは。妻と愛人の対決シーンがないこと、なんだよね。まえの愛人との対面はあるんだけど、それも過去のことだし。夫が不治の病ってことで、ただでさえ心労も苦労も増える妻。でもどこかで、他の男性のことを考えてみたり、看病に休みをもらって自分のためだけにご馳走を作ってみたり。そういう、自分でもコントロールできない揺らぎの描写が見事。愛人の方も、乗り込むでもなく主張するでもなく、ただ自分の中で葛藤と折り合いをつける。この二人が「会わない」というのがいいんだよね。静かな、けれど静かだからこそ直接心に響いてくるものがある。
 それと、タイトルだ。「もう切るわ」──作中では別の意味として説明されるが、でもこれは、妻と愛人と(もしかしたら夫)のそれぞれの心の叫びだ。いや、叫びというような外向的なものじゃないな。心の底で、ずっと小さくささやき続けている声だ。実に秀逸なタイトル。  (05.4.14)
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 慶次郎縁側日記・北原亞以子(新潮文庫)

 おお、面白いっ。「慶次郎縁側日記」シリーズの文庫5冊目で、ここまでの中ではこれが一番かも。江戸情緒溢れる短編集……と言ってしまえば簡単だけど、江戸情緒だけじゃなくて、なんかこう、人の顔が見えてくるような、笑い声が聞こえてくるような、そんな深みがあるんだよねえ。単なる人情話ではなく、シビアなものも「粋」と「意地」に包んでしまうような江戸の人たちが、物語ごとに趣向の違う手管で語られるのも見事。
 一話完結なのでどこから読んでもいいんだけど、レギュラーメンバーの紹介は特にない上に、いきなりファーストネームだけで出てくるから、主な人物名と相関関係だけはシリーズ1冊目の「傷」を読んでおいた方がわかりやすいかも(NHKでドラマ化されたのを見てれば大丈夫)。つかさ、主な人物はカバー折り返しかどっかに、まとめておけばいいのになぁ。
【綴じ蓋】娼婦に恋をした真面目な男。ところがこの娼婦は──。現象だけ見ると大笑いなんだけど、なんとも粋な話。
【権三回想記】二枚目でジゴロが権三の一人語り。ちょっとしたサイコサスペンスだねこりゃ。
【おこまの道楽】お喋りな女中を襲った災難。このおこまのお喋りキャラが何とも秀逸! ホントに行間からぺらぺらぺらぺら喋るおこまの声が間断なく聞こえてきそうなんだもの。にこにこしちゃうラストもいい。
【意地】イチオシ! 木工職人が意地をかけて鏡台を作る。職人への、親方の娘の静かで強い愛情が何とも涙を誘う。
【蜩】蝮の吉次が所帯を持った? 驚く慶次郎たちだったが、そこには犯罪の匂いが──。ミステリタッチの一編。
【天知る地知る】逆美人局で金を稼いでいた男女が、逆に相手の女に感化されてしまう。落語の人人情話みたい。
【夕陽】これもいい! 好きな人をとるか、なさぬ仲の家族をとるか。優しすぎる女の過去。ああ、いい話だー。
【箱入り娘】煙草屋の娘が殺された。用心深い娘がなぜ下手人を家にあげたのか? おお、ミステリだ。
【逢魔ヶ時】茶屋「花ごろも」に飛び込んできた客が忘れていった簪は──。わぁ、これはサスペンスだなあ。
【不老長寿】長屋に横行する泥棒の正体は。ああ、切ない。なんて哀しい真相なんだろう。悲しさNO.1。
【殺したい奴】もちかけられた交換殺人。冗談だと思っていたら──。つか、弟妹に甘すぎだよ。
【雨の寺】ぼろ寺で寝起きしてる男が、仏像の側に置かれた小判を見つけ──。わはは、オチが落語のサゲみたい。
 (05.4.15)
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最後の願い・光原百合(光文社)

 ある小劇団に関わる(関わることになる)人々を主人公にした、ミステリの連作短編集。その劇団のリーダーが探偵役で、ひとつ謎を解くごとに劇団員が増えていくという趣向が楽しい。その殆どが、話を聞いただけで謎を解いてしまう安楽椅子モノだってのも好み。日常の謎系と犯罪系が半々ってとこかな。
 それにしてもストーリーテリングの巧い作家さんだ。今回は登場人物も多いし、各編によって主人公が異なるんだけれど、その個性はちゃんと出しながらも物語全体を覆う色は損なうことなく、極めて自然に読みやすく描かれている。
 正直なところ、大部分はミステリの謎解きとしては弱いものばかりなんだよね。読んでる読者の側が「いや、そんなもん誰でも気付くがな。なんてアンタは気付かずにいられるんだ、そっちの方が不思議だよ」と首を傾げてしまうくらいよ。特に 【風船が割れたとき…】【写真に写ったものは…】【…そして開幕】の三編は、ミステリとしての(マニア向けの)サプライズとか意外性とかを重視してない作りと言える。もちろん伏線はちゃんとあるしフェアだしそういう意味では本格ミステリなんだけれど、真相を隠そうミスディレクトしようという部分がないのだ。だから手慣れた読者は「それしかないでしょ」という真相に、一歩先に到達してしまう。なので、「意外な真相」を期待して読むと、ちょっと肩すかしを食うかも。でも、ここで注目したいのは、真相が見えちゃっても、それでも読んでる間が楽しいってことなんだよね。それは即ち、ストーリーテリングの巧さなんだよな。
 ただ、【最後の言葉は……】に代表される、風見のキャラクタだけはどうにも苦手なんだよにゃー。いわゆる「猫丸先輩」タイプなのだ。だから猫丸先輩が好きな人は好きかもしれないが、率直に言えば、他人の感情を忖度しないタイプ(のように見せているタイプ)。更に腹が立ったのは、【写真に写ったものは…】では風見はごく常識的な礼儀を弁えているということで、つまり【最後の言葉は……】では彼は、わざと橘の神経を逆撫でするような真似をしてたってことなんだよね。そういうキャラクタはチト腹立たしい。どうせなら彼の一人称も読んでみたい。そしたら印象が変わるかも。
 その一方で、【花をちぎれないほど……】の響子の一人称は読んでいて楽しいし、【彼が求めたものは……】の真相の持つ悲しさもいい(あの解決はかなり甘い気もするけど)。ラストの【最後の言葉は……】のオーラスなんて、なんて芝居がかってるんだと思いつつ(だって劇団だもん)ジンとしちゃったし。サプライズより物語が好きな人に向いてる一冊かな。  (05.4.16)
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