都会のトム&ソーヤ(3) いつになったら作戦終了?・はやみねかおる(講談社)
1巻・2巻と引っ張っていた事件も一段落し、新たに始まる第3巻。最初が面白いと、わがままな読者としては続刊には「まえよりもっと面白く!」を求めてしまうので、単体としては相変わらず高レベルなのに、シリーズ前作と比べちゃうとちょっと小粒かなあなんて詮無い比較をしてしまうものよなあ。まあ、これも面白いシリーズものの宿命と言えましょう。
どういう設定の話なのかは、1巻・2巻の感想を読んで戴くとして。
昭和45年、プロ野球界を襲った八百長疑惑、通称「黒い霧」事件。多くの選手が暴力団から金を受け取り敗退行為に荷担したとして、処分された。最も重い処罰は球界からの「永久追放」。しかし、その永久追放処分を受けた選手の中に、「自分はやっていない」と言った一人の男がいた。西鉄ライオンズのエースピッチャー、池永正明である。
ビバ★いなかもん!・永浜敬子(講談社)
これはweb永浜商店の人気コーナー「ご当地の踏み絵」が書籍になったもの。各都道府県ごとの「あるあるネタ」が詰まってる、いわば県民性チェック本。例えば、愛知人のページでは「マクドナルドに行く感覚で寿がきやに行く」「鉛筆などがとてもとがっている様子をトキントキンと表現する」「ヤマサといえばしょうゆではなくちくわだ」など。
弥勒の掌・我孫子武丸(文藝春秋)
過去に教え子と過ちをおかしてしまったため、夫婦の仲が冷え切ってしまった高校教師。ある日家に帰ると、妻の姿が見えない。きっと自分に愛想を尽かして出ていったんだと放っておいたら、妻の知り合いが警察に届けてしまい、教師は疑われるハメに。一方、突然妻が殺され、出先から呼び戻された刑事。彼は自分の手で犯人を挙げようと行動を起こす。この二人の運命が思わぬ場所で交錯し──。我孫子武丸、13年ぶりの書き下ろし長編。
著者のフィールドである「金融業界」を舞台にしたノンシリーズのミステリの短編集。
聖者の行進 伊集院大介のクリスマス・栗本薫(講談社)
レズビアンバーを経営する樹のところに、以前、彼女(彼?)が勤務していたゲイバーのママが訊ねてきた。最近、身の回りにおかしなことが多いというのだ。店内でお金がなくなったり、昔の客や従業員のところに脅迫状が届いたりするという──。
戦国時代。諸国を旅している医師とその弟子が、行く先々で出逢う不思議な事件の謎を解く、連作短編集。
死亡推定時刻・朔立木(光文社)
山梨県で起こった誘拐事件。高校生の娘が誘拐され、自宅に身代金要求の電話が入った。被害者の父親が地元の実力者であり警察との繋がりもあることから捜査は迅速に行われたが、肝心の身代金受け渡しに失敗してしまう。そして娘の死体が見つかった──。
深夜、水族館で残業中だった片山は、水槽の異常に気付いて点検に行き、そこで不慮の死を遂げる。それから三年後、その水族館で再び事件が起こった。水槽に仕掛けられる微妙な悪戯、そして百万円を要求するメール。果たして犯人は誰なのか、その目的はいったい何なのか?
ドリアン助川こと明川哲也が、彫刻家の児嶋サコと組んだ絵本。親に虐待される幼い子供の視点で綴った、短い物語。
おかあさんに だっこしてもらいたい。
かわいくないから ぼくは ぶたれる。
おなかが いたいよ、おかあさん。
ぼくが かわいくないから いけないんだね。
涙がこぼれそうだ。悲しくて、辛くて、「どうして?」という思いがぬぐい去れない。読んでいる間ずっと、重くて熱い塊が喉を塞いでいた。どうしてこんなことになっちゃうのか。どうか、どうかもう、こんな悲しい子供が、こんな悲しいおかさんが、これ以上増えませんようにと祈らずにはいられない。
【S計画】内人クンが片想いの同級生をデートに誘うプロジェクト「S計画」発動。わはは、可愛い。いかにデートを成功させるか、男二人でシミュレーションしてるって時点で、あまりに可愛らしすぎる。で、その下見に出かけた内人クンと創也クン。たまたま見かけた小学生の可愛いカップルが、ヘンな男に狙われてることに気付いて──。わはは、これって大人の目から見るとけっこう「いや、社会ってもっと色々面倒ですから。許可とか、権利とかさあ」って部分もあるんだけど、そこらをスパっと切っちゃえるってのがジュブナイルの清々しさなんだろうなあ。
【ボウリング、やっほ〜!】【二階堂卓也、参る!】は幕間の掌編。でもけっこう大事。
【ミッション・イン・スクールフェスティバル】楽しい文化祭のさなか、なんと学校に銀行強盗が潜入した? その影には頭脳集団という謎の団体がいるらしくて──。おお、新たな敵の登場だ。ただ今回の敵は「栗井栄太」とは違って、なんかいっきにリアリティがなくなった(「栗井栄太」にリアリティがあったかどうかは別として、身近ではあったでしょう?)ような気が……。このシリーズには、もっと地に足の着いたヒーロー像を求めてたんだけどな。でもまあ、これは今後の展開次第でどうなるかわからない。それより、夜の学校に忍び込むシーンがイヤっ! 内人にやらせるのはまだしも、そのあとで内人にかける皆の言葉が気に入らない。創也が実は抜けてるってのも、最初は可愛かったけど、ここまで来ると単なる無責任でイヤなやつに思えてきちゃうよ。ああ、内人が不憫。
(05.5.26)《この本の詳細情報&注文画面へ》
復権 池永正明、35年間の沈黙の真相・笹倉明(文藝春秋)
永久追放処分から35年。池永の親族やファンは、ひたすら「処分解除」「名誉回復」のために運動を続けてきた。その一方で、池永本人も無実を訴え続けてはいたが、同時に池永は「反論より沈黙」を選んだことが何度かあった。著者はその「沈黙」にも注目し、本人と交流する中で、その沈黙の理由を探っていく。
本書はまず、35年前に何があったかの検証から始まる。これは、これまでもいろんな本やメディアでなされてきたことではあるけど、加えて、この不公平な処分に対し様々な人物が立ちあがった過程が記されているのがすごい。市井の一ファンからいろんなジャンルの有名人にまで、池永の名誉回復を目指す輪は、こんなに広がってたのね。
ここまでの大きなうねりになりながらも、「処分解除」の嘆願書はことごとく退けられた。いや、退けられたことは知っていたが、それ以上の驚愕の事実に目眩がしたよ。なんとなれば、復権運動が盛り上がってきて、弁護士を頼んで法的手段に訴えようとしたときには、それをやめるよう脅しの電話が池永宅に入ったというのだ。なんだそれは! しかし名誉回復を求める声は止まらず、国会議員からプロ野球機構への働きかけもあったが、それでも機構は首肯しなかった。いや、話し合いの場につくことすら拒んだ。思わず本を閉じて、怒りを沈めるため深呼吸しちゃったねあたしゃ。
けれど、「何があったか」だけでなく、池永自身の思いや本音に迫ろうとしている部分が、本書の最大の特徴であり読みどころだ。なぜ池永はもっと自分で声をあげないのか、先だっての処分解除のときも「許してやろう」的な見下した言い草に何故喜んでみせることができたのか、それが不思議でならなかった。本書を読んで、その「霧」がようやく晴れた思いがし、同時に、どれだけ池永が苦しんできたか改めて胸に迫ってきた。
今年(2005年)ようやく池永の処分解除が決定されたことは喜ばしいが、失った35年は戻ってこないのだ。決して「解決」ではない。こういうことがあった、という事実は忘れてはいけない。そのためにも、このノンフィクションが出版されたことを喜びたい。
(05.5.27)《この本の詳細情報&注文画面へ》
正直なところ、読む前までは「自分の住んでる県のネタなら笑えても、他の県はワケわかんないんだから、コストパフォーマンス悪いよなあ」と思っていた。他県の人には、上の愛知ネタはわからないでしょう? ところが! 住んだことのない、まったく知らない都道府県のページも妙に面白いのだ。もちろんCMネタや地域限定商品ネタ、方言ネタとかは全然わからないんだけど、中にいくつかわかるものがあって、それが妙に「わー、そうなんだ!」「やっぱそうか!」と納得できたり笑えたり。
例えば、青森の「日本語で表記不可能な発音がある」とか、新潟の「冬になるとどうせ毎日悪天候なので、天気予報を見なくなる」とか、高知の「尊敬する人は坂本竜馬」とかってのは、縁もゆかりもない土地ながら「なるほど、そうだろうなあ」と思っちゃうし、沖縄の「ゴキブリが道路を歩いているのを見ない日はない」には「なんじゃそりゃ!」とひっくり返ったし、徳島の「地鶏といえば阿波尾鶏だが、ネーミングがやや恥ずかしい」や鳥取の「鳥取駅の隣の駅がすでに無人駅なのはどうかと思う」にはしばらく笑いが止まらなかった。なまじ知ってるだけに大笑いしたのは、大阪の「1から10まで数えるのに音程が必要だ」ってやつ。わははは、ホントに大阪の人って独特の節回しで数えるんだよなあ。
逆にクイズにしても楽しいよ。以下の「県民性」は、いったいどこの都道府県のものでしょうか? 簡単なのばかり集めたので、答は書かなくても良いよね? 正解は本書を見てください。
「名産品を聞かれたとき、何も思いつかず、つい『薬』と言ってしまうことがとても哀しい」
「芝生には鹿の糞が落ちているのが普通なので、他県に行ったとき、なかなか芝生に座る勇気がない」
「最近の自慢は『スーパーカミオカンデ』だが、どういう施設かよくわからない」
「そろそろ、うどん以外の名産品が欲しい」
「体育の授業で、女子もサッカーがある。しかも、熱い」
「他県の人から『毎日カステラを食べるの?』と聞かれ少々苛立つが、実はちゃんぽんか皿うどんは週に一度は食べる」
「子供の頃、諏訪湖を見て『海だ』と喜んだことがある」
(05.5.27)《この本の詳細情報&注文画面へ》
読みやすくって、テンポが良くて、さくさくと物語に入っていける。妙な趣向に走らずに、物語の展開そのものの魅力で読ませるってのは、実は相当に難しいと思うんだよね。そこいらが巧いのは、これはもうサスガと言うしかないなあ。教師の章も刑事の章も、衝撃的でキャッチーな場面から始まり、読者の一手先でするりと予想を裏切ってくれる小気味よさ。「どうなるの? どうなるの?」と、どんどん先を読みたくなる吸引力は文句なし。
メインとなるトリックも、目新しさはないんだけど全く予想してなかったので、かなり虚を突かれてしまった。慌てて前に戻り、何カ所か確認してみて「ああ、ホントだ!」と納得。つか、これ、全然隠してないよな、最初から。だから気付く人はもっと早くに気付くのかもしれない。でも、生来の早読みが幸いして(?)気付かなかったが故に、本格ならではの騙される快感を味わえたよ。
とまあ、読んでる最中はどきどきワクワクだし、サプライズも充分だったんだけど、ただ──この読後感の悪さといったら!(泣) これはもう好みの問題とはいえ、こんな結末はイヤだあああああ。物語の展開も、真相の意外性も文句無しなのに、こんな収束のさせかたって……。
実はこの本格ミステリマスターズという叢書は、本格に馴れた(スレた)読者にはチト厄介な特性がある。巻末の解説とかインタビューとかのボリュームが結構あるために、「残りページがまだこれだけあるから、もう一回どんでん返しがあるぞ」みたいな予測が建てられないんだよね。でもさ、そういうメタな読み方って、もう習性になっちゃってるもんだから、今回も「ちょっとダークな展開になっちゃったけど、でもこれで終わるはずがない、だってこんなにページがあるから」と思ってしまっていたのさ。そしたら、そこで終わっちゃったもんだから、更にショック倍増。しゅん。
(05.5.30)《この本の詳細情報&注文画面へ》
銀行狐・池井戸潤(講談社文庫)
一話目の【金庫室の死体】を読んだときには、その真相に対して「××ってのが銀行業界の中でどれだけ悪いことなのかが分からないから、どう驚けばいいのか迷う」ってえ気分があったのよね。でもそれは最初だけで、2話目以降、ぐんぐん面白くなっていった。知らない業界の内幕(というほど大げさではなく、トリビアではあるんだけど)を知る驚きと、その業界ならではの謎解き、それが自分の身近なところで起きるというサスペンス。文章が読みやすいから馴染みのない舞台でもスンナリ入れる。トリックの妙味だけじゃなく、読んでてハラハラ・ワクワクする作品集。
【金庫室の死体】破綻し、残務整理が行われていた銀行の金庫室から死体がみつかった。その銀行と取引のあった老婆だと分かったが──。
【現金その場かぎり】銀行の一日の業務が終わったとき、行内にあるべき現金が200万円足りないことがわかった。行員の持ち物検査まで行ったが出てこない。いったいどこに消えたのか。──これはサスペンスフル! どこに消えたかってのは途中でわかるんだけど、手口や犯人が分かってからも物語から目が離せないインパクトがある。
【口座相違】アンソロジー「事件を追いかけろ」所収。このアンソロジーを読んで、本書を読んでみようとおもったきっかけの一編。行員のミスから発覚した思わぬ事件は、行き着く先がなんとも意外。
【銀行狐】 狐と署名された脅迫状が、帝都銀行頭取宛に届けられた。最初の狙いは新橋支店らしくて──。わ、なんかちょっとした映画になりそうな物語だな。主人公の悪に対するズバっとした対応が小気味いい。
【ローンカウンター】若い女性が被害者となった連続殺人事件。被害者達には何の共通点もないように見えたが──。おお、これはミッシング・リンクものとしてすごく面白いよ! なるほど、こういうことが可能だってのは、その業界にいなければわからないことだ。盲点を突かれる驚きと快感はサイコー。
(05.6.4)《この本の詳細情報&注文画面へ》
タイトルに「伊集院大介」とついていれば、「謎解きミステリかもしれない」という一縷の望みを持ってページを開くのだけれど、どうも最近はその望みも叶えられないことが多いんだよね……。事件も起きるし犯人を探すという点ではミステリにカテゴライズされるんだけど、読者が推理を楽しむようにはできてない。第一、物語の本分はそこじゃないもんなあ。
ここんとこの伊集院大介シリーズの感想を、そのまんまコピー&ペーストしたいくらいなんだけど(たとえば「水曜日のジゴロ」の感想とか)この夜の世界を根城にしている風俗な人々しか出てこないってのは、チト辛い。この樹の一人称視点がまた、ずーーーーーーーっと、自分はどんな恋愛・どんなセックスをしてきたか、自分がいかにその世界で恋愛・セックスを数多くこなしてきたか、ってなモノローグなのよ。なんかさ、そういうことって、言葉にして言えば言うほど値打ちが下がるってもんじゃありません? いや、脳内モノローグだから喋ってるわけじゃないんだけどさ、何かってえと自分の過去の恋愛話・セックス話・ゲイの人たちの性の話になるのが読んでてどうにも。そういうのって、殊更口にはしないけど、隠そうとしてもホンノリ滲み出ちゃうのよってのがカッコいいと思うんだけどなあ。
とはいえ、そういう生活をしている(してきた)人の気持ちや不安を描くのが主題のひとつでもあるわけで、そのためには、これくらいの描写があった方が良いのかしら。でもさすがにちょっと食傷。せめて、伊集院大介以外に、「その世界の人じゃない人」を出して、その視点で語って貰えると入りやすかったと思うんだけど。樹も、地の文に対して次第に食傷してきただけで、会話ならまったく気にならず楽しく読めるんだもの。
それにしても、もう、伊集院大介ものの「本格ミステリ」は、書かれないのかなあ。
(05.6.2)《この本の詳細情報&注文画面へ》
砂楼に登りし者たち・獅子宮敏彦(東京創元社)
これ、好きっ! かなり好きっ! 歴史好きなら絶対ツボにハマると思うなぁ。収録されてる4編の中には、(正直言って)ミステリ部分のトリックはちょっとムリムリなやつもあるのよ。そういう点では決して全てがエレガントってわけではないんだけれど、でも、歴史との絡め方が実に巧い。犯人が誰とか、トリックは何とかって問題より、「ああ、この人物があの人か!」とか「この時代のこの場所ってことは、ひょっとしてアレの話?」みたいな、フィクションと史実をテクニカルに融合させる手腕が抜群なのよ。
もちろん、歴史に興味のない人は、すべてをフィクションとして純然たるミステリを楽しむのもアリだと思う。でも、ちょっとでも歴史に興味がある人なら「これ、あれじゃん!」と分かった瞬間の快感は、ちょっとオツなもんですよ。
【諏訪堕天使宮】諏訪を舞台にした合戦。軍師・勘介は敗軍の姫を甲斐の武田に逃がそうとするが──。背後には甲斐の武田、そして軍師の名前が勘介と出た時点で、大河ドラマでこの人物を演じた西田敏行の顔が脳内に浮かびっぱなし。トリックはこの時代ならではで「なるほど」と感心。
【美濃蛇念堂】美濃の国で起こった、雪の庭の中央に倒れる刺殺死体の謎。足跡は被害者のものしかなくて──。これは犯行時の絵を想像すると、実効性という点ではかなり危なっかしい気がするなあ。彦太郎はわかったけど、もうひとりのメインが誰なのかわかったときは膝を打った。そう来たか! それにしても、すべてが終わってから(それも不幸な終わり方をしてから)謎を解いても、今更仕方ないじゃん、と思っちゃったよ。
【大和幻争伝】武将、筒井順興を狙う忍者軍団と、順興の影武者たちが織りなす不可思議な戦闘。なんかこれ、山田風太郎のくのいち忍法帖みたいになってないか? ラスト一行は蛇足。皆まで説明してあげるより、その前で終わった方が読者が「腑に落ちる快感」を味わえると思うんだけど。
【織田涜神譜】尾張の武将、織田信秀は今川の恩顧を受け、城にも自由に出入りしていた。それが後に大きな事件を呼び──。ああ、これは良いなあ。イチオシ。最後になっていろんなことがキレイに繋がる快感は、まさに本格ミステリの醍醐味。加えてそこに、歴史の「もしも」を見せてくれる。うん、これはステキ。このシリーズ、もっと読みたいぞい。
(05.6.3)《この本の詳細情報&注文画面へ》
二部構成からなり、一部は無実(というわけでもないが)の被疑者が「犯人に仕立て上げられていく」様子を、二部はその冤罪を晴らすべく弁護士が奔走するという構成になっている。小説というよりノンフィクションを見せられているような臨場感で物語が進む。著者が法曹界の人なので、そのディーテイルはさすが。最初は「警察にもパイプを持ってて政治力のあるワンマン社長の名前が渡辺恒蔵って!」なんてところで笑ってたんだが、すぐに笑えなくなった。
冤罪が作り上げられていく様がね、なんかリアルなのよ。ある事情から警察の上層部はちょっと証拠を操作するんだけど、現場では冤罪を作り上げていく意識がないのね。「もしかしたら違うんじゃ?」と取り調べ警官が思うシーンもあるんだけど、でも一度動き出した捜査方針は変わらない。ここんとこ、取り調べ警官の心理描写があまりないので隔靴掻痒なんだよなあ。彼は「冤罪かもしれん」と思いながら彼を犯人に仕立てたのかしら? それとも「こいつが犯人に間違いない」と信じて取り調べをしていたのかしら? そこが分からない。のちに公判のシーンでこの警官がしらっと嘘の証言をするんだけど、そのとき彼は証言台で何を考えていたのか──。そういったところが、どうにももどかしい。
もどかしいと言えば、検事も裁判官も証人ももどかしいんだけどさ、傍目にも「この審理はおかしいでしょ」と思うような状態を、なぜ裁判所が通そうとするのかが一番わからないんだよなあ。「こんないい加減な判事もいるんだよ」ということが言いたかったのかもしれないが、読者は腹を立てることしかできないんだもん。弁護士の論旨にはとても理があるように見えるのに、なぜそれが通らないのか? 傍聴席にマスコミ関係者がいたら黙ってないようなレベルなのに。そこが一番大事だと思うんだけど、「あの裁判官はそういう人だから」で終わられても、やたらとフラストレーションが溜まる。
しかし、それにしても──こんなところで話を終わらすか! この続きをこそ読みたいじゃないか! こんな中途半端なところで……。裁判所や、それにまつわる法曹界の杜撰さを暴くにはこれで充分過ぎるくらいだけど、小説としては、物語としては、読者の気持ちの落ち着く場所がないよ。
(05.6.8)《この本の詳細情報&注文画面へ》
水の迷宮・石持浅海(カッパノベルス)
わお、テクニカル! 何気ないほんの一文があとで効いてきて、久しぶりに「そうそう、本格の面白さってこういうことなんだよねえ」と思えた。あたしはそもそも、本格ミステリの何が好きって「ああ、そこにヒントがあったのか!」という爽快な悔しさなんだよね。ここが大事だったのね、これが伏線だったのね、これに気付いていれば真相があたしにも見破れたかも知れないのに、でも気づけなかった、いやあこれはおばさん一本とられちゃったな。とまぁ、そういう気持ちが味わいたくて本格ミステリを読み続けてるわけだ。でもって、本書はまさに「ああ、そこだったのかあ!」の気分を堪能させて貰ったわよ。
謎もまたいいんだよね。「犯罪」にはならないように、ものすごく微妙な線を突いてくる脅迫。でもって、この犯人は「この人じゃないの?」ってのが割合容易く見当がつくのさ。「ふふふ、見切ったぜ明智君」と薄ら笑いを浮かべながら読んでいくと、あれ? いやダメだよ、この人にこれはできないよ! てな展開になっていくわけさ。
まあ、難を言えば、事件の処理の仕方かなあ。真相がわかって、でもってそれをどう処理したかっつーと「えええ、そんなふうに処理しちゃうの? いいの? それでホントにいいの?」と戸惑ってしまったぞい。だってさぁ、被害者の家族とか恋人とかの気持ちを考えると──あ、でも、家族や恋人もこっちの方がいいのかな──でも恋人は──いや、それより法律は──でもみんなが幸せなら法律なんてどうでもいいのかしら──だけどちゃんと検視したら──なぞと、ミステリ部分とは関係ないとこで「ホントにいいの? 大丈夫なの?」と悩んでしまった。
いろんな動機が錯綜してる中、「そんなことで?」と思う部分もあるし、ラスト間際でいきなりみんな良い人になっちゃうのがちょっと出来すぎに思える部分もあるんだけれど、でも全体の完成度からみれば水に流せるってもんだ。水族館だけに。
(05.6.9)《この本の詳細情報&注文画面へ》
ぼく、あいにきたよ・明川哲也/児嶋サコ(文藝春秋)
ぼくはおかあさんが大好きで、おかあさんがいろんなことを教えてくれるたびに、ぼくの世界が広がっていく。けれど、いえにおじさんが来るようになってから、生活が変わった。おかあさんは、ぼくをぶつようになった。泣きながら、ぼくをぶつようになった……。
この絵本ができるきっかけは、著者の明川氏が偶然目にとめた記事だったという。子供を虐待して死なせてしまうという事件の報道は、親が何をしたかにフォーカスされることが多い。けれどその記事では、死んでしまった子供のことが書かれていた。その子は最後まで保育園で「おかあさんは優しい」と言い、身体の傷を親のせいにはしなかったそうだ。
明川氏はその記事を読んで「殴られても、蹴られても、おかあさんのことを愛している。そんな子供の気持ちを書きたい」と思ったのだという。そしてこの絵本は、その通りの子供が描かれている。子供の視点で、ぜんぶひらがなで、おかあさんへの語りかけが綴られている。これは絵本だが、子供用ではなく、おとなのための本だ。
せなかや おしりに だきついて ぎゅーってしてみたい。
ごめんなさい おかあさん。
どうしたら かわいく なれますか。
おなかが いたいよ、おかあさん。
ぼく、かわいくないから。
この絵本の朗読会に参加していた若いお母さんが、いてもたってもいられず家に飛んで帰って、息子を抱きしめたという。それはきっと、どのおかあさんも持っている気持ちなのだ。今、はからずも子供に手を上げてしまっているおかあさんだって、きっと。
(05.6.10)《この本の詳細情報&注文画面へ》
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