お厚いのがお好き?


死神の精度・伊坂幸太郎(文藝春秋)

 俺は死神だ。俺の仕事は、死ぬ予定の人間に近づいて調査し、その人物の死が「可」かそれとも「見送り」かを決めること。とは言え、人類発祥から繰り返された退屈な仕事で、大抵の場合は「可」なんだけどな。相手に警戒されず近づけるように、その都度、状況に合わせた人物設定で送り込まれる。あるときは二枚目の若い男、あるときはくたびれた中年のおじさん──。さあ、今回の調査対象は?
 わあ、いいなあこれ。6編の物語が収められてるけど、どれも趣向が違って、でも根底に流れる色合いは同じで。テクニカルなもの、本格ミステリっぽいもの、恋愛小説っぽいもの、サスペンスっぽいものなどなど、実に贅沢な1冊。おまけにハズレがない。どれを読んでも「あ、巧い!」と唸らされる。さすがだなあ。
【死神の精度】対象は電機メーカーの苦情処理係の女性。彼女はすっかり生活に倦んでいて──。推理作家協会賞短編賞受賞作。ちょっと伏線が分かりやす過ぎる気はするが、シリーズの出だしとしては文句なし。
「ザ・ベストミステリーズ2004」所収。
【死神と藤田】対象は暴力団の幹部。設定を逆手にとった仕掛けに、思わず「あ、そうか!」と膝を打つ。
【吹雪に死神】洋館に集められた人々、そして吹雪で外界との連絡が途絶える。そして死体が──。イカニモな設定に伏線の妙。あれが伏線だったとはなぁ。
【恋愛で死神】今回の対象者は、ある女性に片想い中。その女性は厄介事に巻き込まれていて──。ストーリーもさることながら、女性の自宅が突き止められた理由に驚き。つか、助けてやりたいなぁ、これは。
【旅路を死神】人を殺して逃げている若者が対象。わざと人質になった俺は──。若者の心の揺れがいい。
【死神対老女】老婆が一人でやっている美容室。客のふりをして訪れた俺を、老婆は「人間じゃない」と見破った──。物語の思わぬリンクに驚き、そして嬉しくなる。
(05.8.16)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

下妻物語(完) ヤンキーちゃんとロリータちゃんと殺人事件・嶽本野ばら(小学館)

 注・この小説の中に、クリスティの有名作品のネタバレがあります。

 「下妻物語」のイチゴとモモコが帰ってきた! 茨城県は下妻、見渡す限り田んぼ田んぼ田んぼ牛田んぼ田んぼヤンキー田んぼ田んぼなこの町を舞台に、天上天下ロリータ独尊のモモコと、喧嘩上等ヤンキー見参なイチゴ。この二人の出会いだの関係だのは「下妻物語」を読んで戴くとして(本書の中にも、これまでのあらすじはあるけどね)、今回はなんと殺人事件だ! モモコとイチゴが二人で東京に出かけた帰り道、水海道行きの長距離バスの中、トイレから死体が! 果たして犯人は──?
 「下妻物語」が爆裂的に仏血義理に御意見無用(無様、じゃないよ)に面白かったもんだから、ちょっと期待し過ぎちゃったかなあ。相変わらず二人の会話はすっごく面白いんだけど、一旦事件が起こってからは、殺人事件のアリバイ崩しだの物理的なトリックだの、そういう脳味噌使う方向に流れちゃってイマイチ勢いが削がれちゃうんだけど。もちろん(と言っては失礼だが)ミステリとしてはゆるゆるで、そりゃそんなとこには期待してなかったけども、どうも全体のバランスが悪い気がする。とはいえ、標準レベルは軽くクリアしてるわけで、これはもう前作の評価が高かったことによる相対的な印象なんだろなあ。
 しかしモモコ、けっこうミステリを読んでることがわかったぞ。まさかモモコの口から「(黒死館殺人事件を書いた)虫太郎の場合はミステリというより、アンチミステリの手法を使った衒学小説ですけど」だの「(アンチミステリとは)推理小説としては成立しないことを条件にして書かれた究極の推理小説です」だのの台詞が出てくるとは! のみならず、西村京太郎や赤川次郎まで読んでるよこの子は! おまけに捕物帖も知ってる! わからん、モモコの読書傾向がわからん。それに捜査会議@貴族の森のシーンもなかなか。スットンキョーな推理には素で笑ったわいな。
 でもあたしはやっぱり、ミステリ以外の部分──BABY,THE STARS SHINE BRIGHTでモモコがまたまた才能を発揮するシーンや、磯部社長とのやりとりを堪能したなあ。なんだかんだ言いつつも、やっぱ続編を期待しちゃう──が、タイトルも(完)だしこのエンディングだし、それは無理かしら? 否、「リターンズ」があることを信じよう! (05.8.16)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

ワーキングガール・ウォーズ・柴田よしき(新潮社)

 墨田翔子、37歳独身、一流企業の係長。周囲からは疎まれ恐れられ嫌われ、嫌な事だらけ。若いOLは仕事ができないし、叱るとむくれるし、ホントに近頃の若い子ときたら。けれど課内でちょっと気になる事件もあったりして──。
 くわぁ、いいなぁコレ。うん、すごくいい。実を言うと、第1章を読んだときはあんまり高評価ではなかったのだ。女性の中間管理職で、疎まれてて、心の中は僻み根性100%の──つまりは絵に描いたようなお局様。読んでてウンザリしちゃうようなアグレッシブでネガティブなキャラ。この僻みっぷり・イジワルぶりは読んでて嫌な気分になるなあ……とまで思っていたのだ。第1章では。でもね、そう思っていた──いや、そう「思わされていた」わけですよ。それが著者の狙いだったわけですよ。いやあ、やられたぁ。
 第2章で、翔子はケアンズへ旅行に出る。そこで知り合った現地ツアコンの愛美(これも最初は鼻持ちならない女に見えた。翔子ほどじゃないけど)となんだかんだあって友達になり、第3章では日本に戻った翔子に新たな課内トラブルが降りかかり、第4章ではケアンズから日本に帰省した愛美がちょっとした出来事に巻き込まれ──というふうに、この二人の女性を主人公に物語が進む。で、章が進むにつれて、最初に感じた「嫌な女だなぁ。本人がちょっと変われば解決する問題ばかりなのに」という気持ちが急速になりを潜め、代わりに「かっこいいぞ、このお局様」と思えるようになるのだ。と言っても、彼女たち自身が大きく変わるわけではない。部下へのちょっとした目線とか、ちょっとした一言とかに、最初の章ではなかった変化が見られるのだ。「あれ? 実はこのお局様、けっこう普通に頼れる人なのでは?」と気付く。それはつまり、読者が彼女たちを知れば知るほど好きになっていくということ。そして、「知れば知るほど好きになる、自分から垣根を作っては良いところも見えない」というのは、普通の社会でも当たり前の真理なのだ。
 二人が巻き込まれるそれぞれの事件が、多分にスパイスが利いてて、ちょっとゾクっとするような「悪意」があるんだよね。だからこそ、それに立ち向かおうとする二人を応援したくなる。頑張れ、と言いたくなる。
 これは働く女性に向けての、いや、すべての女性に向けての、応援歌なのかもしれない。もしかしたら、翔子はあたしかもしれない。愛美はあたしかもしれない。そう思わされる。頑張れ翔子、頑張れ愛美、あたしの代わりに。そこにいたかもしれない、あたしの代わりに。 (05.8.17)
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神様ゲーム・麻耶雄嵩(講談社)

 芳雄は小学校4年生。町内の仲間と少年探偵団を作り、近所で連続している猫殺害事件の犯人探しをしている。ある日、芳雄は転校生の鈴木君と掃除当番が一緒になり、彼から「僕は神様だ」と言われた。神だから何でも知っている、猫殺害事件の犯人も──と言うのだが……。
 わぁ……(沈黙)。
 おそらく本書はあちこちで「話はスゴいんだけど、でも子供向けとしては如何なモノか」というコメントが出るんだろうなあ。ただあたしは、子供向けとしてどうかって問題より、あたし自身が「こんな話、いやだーーーーっ!」と蹲ってしまった。読後感、悪すぎ。救いが無さ過ぎ。もちろんそれが麻耶雄嵩。ジュブナイルという体裁でそれをやってしまう、そのこと自体が麻耶雄嵩であり、麻耶雄嵩の魅力でもあるわけで。それは、わかる。わかるんだけどさ……。
 あたしは、登場人物に感情移入して登場人物になりきって読むタチなので、本書を読んでる最中は、あたしは芳雄自身だった。つまり芳雄の目の前で起こったことを、自分自身の体験として読むわけよ。そしたらあーた、これは……立ち直れないよ。特に中盤で起こる事件。芳雄の目の前で起こったある事件。これを目の当たりにしたら、小学校4年生でこんなものを目の当たりにしたら……心が、壊れる。そして更に追い打ちをかけられるわけで、最後まで救いがなくて。
 ミステリとしての構成は、すごいと思う。プロットとしては、おそらくこのミステリーランドという叢書の中ではナンバーワンだと思う。実際、辛い・嫌だと思いながらもページをめくる手が止まらず、予想外の展開にすっかり熱中してしまった。それだけの魅力と吸引力はたっぷりある。すごい話だと思う。おそらくミステリ読みからは絶賛されるだろうし、絶賛されるに足る構成だということは間違いない。特に最後のアレなんて、「ええっ!」と叫んでもう一度伏線を確かめなおし、「ああっ!」とノケゾル、そんな本格ミステリの醍醐味だって充分だもの。
 それでも。
 子供が自分に謂われのないことで不幸な目に遭い、それが最後まで救われないという物語を読むのは、やっぱり辛いよ。 (05.8.18)
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銭売り賽蔵・山本一力(集英社)

 賽蔵は深川の銭屋。金貨・銀貨を、町民が普段使う鉄銭に交換するのが仕事だ。もちろんその交換レートは日々変わる。ある時、公儀が貨幣改鋳を行うという噂が飛び込んできた。御金蔵のストックが心許なくなると、金貨の質を落として実質の値打ちと計数貨幣としての差益を稼ぐ方策だ。貨幣改鋳には町民は何度も痛い目に遭っているのだが──。
 市井の人々、特に職人さんを描かせるとピカイチだよねえこの人は。今回も銭売りの他に、水売りや大工、漁師、飯屋、くず鉄屋、三井などの大手商家などなど、いろんな職に就いている人々が登場する(騙り屋なんてのも出てくるよ!)。みんなプロフェッショナルとしての気概を持ち、そのプロの気概に加えて「江戸っこ気質」なんだから、こりゃもう格好良くないわけがない。中でも、公方様に白魚を献上する佃島の漁師が、世間でひどく評判の悪い新造銀貨を何故買おうとするのかと問われて曰く「おれっちは、御上のおかげで美味い飯が食えているのよ。その御上が、銀が売れねえで困ってるてえんだ。島の漁師が先に立って買うのは、あたりめえの恩返しさ」……かっけえ──っ!(うっとり)
 そして何より心地よいのが、いかに成功しようと賽蔵はいろんな人と出会うたび、謙虚に相手の良いところを讃え、取り入れる。だから最初はけんか腰だった相手も(だって江戸っこだもん)、賽蔵を認めてつきあいが始まるのだ。うん、商人ってのはこうでなくちゃなあ。そして、そんな商人たちがそれぞれの持ち場で精一杯頑張って暮らしている深川という町、その町が災禍に見舞われたときの団結力はそりゃもうスタンディングオベイションものだ。
 ただ、いかんせん、江戸経済の仕組みが難しいぞおおお。銭売りの仕事についてはちゃんと分かりやすく説明してくれてるんだけど、どうして隣町に銭座ができちゃいけないのかとか、この役職の人は銭売りにとって敵なのか味方なのかとか、そのあたりが読んでる最中ですんなり入ってこないんだな。いろんな策略を彼らは立てるんだけど、それがどうなればどういう効果があるのか、頭の中で「えーっと……」としばし考えてしまう。ま、これはあたしの知識不足のせいです。それに本書は江戸経済云々を語る物語ではなく、あくまでも江戸っこのカッコイイ気概を楽しむものなんだから、難しいところには拘泥せず、ただ「かっけーっ!」と拍手してればそれで充分なのかも。 (05.8.19)
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天切り松闇がたり(4) 昭和侠盗伝・浅田次郎(集英社)

 「目細の安」一家で、子供の頃からプロとしての泥棒稼業についている松蔵ももう二十代後半。時代は昭和になり、俄然軍国主義の色合いが濃くなった。そんな時代に松蔵が経験した、5つの物語。明治の頃から名をなした大親分「目細の安」、掏摸のおこん姐さん、詐欺師の書生常、説教強盗の寅、そして松蔵に天切りの芸を仕込んだ黄不動の栄治。彼らの粋と心意気が炸裂するシリーズ第4弾。
 かっこいい。もう、かっこいいとしか言えない。他に何の言葉があろうか。粋で、プロで、自分の寄って立つものをしっかりと持っている「目細の安」一家。巻を追うごとに時代が現代に近づくってことはシリーズも終わりに近いんじゃないか、次の巻あたりからメンバーの死が書かれるんじゃないかっていう、それだけが心配だよ。ずっと彼らを見ていたいという気持ちと、これから大転換を遂げる日本で彼らがどうなるのかを見たい気持ちとの二律背反だよぉ。
【昭和侠盗伝】寅が面倒をみている青年に、召集令状が来た。彼の家は母一人子一人。そんな家の子を戦場に送るだんて、お偉いさん方は何を考えているのか。召集を断ることはできないが、せめてやつらに思い知らせてやりたい。そうして書生常が考えた、ある突拍子もない作戦とは──。おこん、常、松のそれぞれの「技」が光る傑作。松とターゲットとの対面シーンは震えが来たね。盗んだモノをどうするか、その使い方には快哉を通り越してなんだかシンミリ。
【日輪の刺客】安と寅が鰻屋で出逢った軍人。彼は財布を掏られたらしく困っていた。彼を助けた安と松だったが──。実際にあった事件を浅田流に組み上げた一編。当時の軍国主義をすべて非とするのではなく、中にはこんな人もいたのだという部分を汲み入れるのが実に巧い。
【惜別の譜】軍部内で反乱を起こした軍人が処刑されることになった。その処刑前夜、彼を妻と会わせてやるために奔走した松だったが──。この軍人が最後に残した言葉と、それを噛みしめる妻のくだりは、まさに浅田節。
【王妃のワルツ】満州を傀儡政権にすべく、軍部は清朝皇帝・溥儀の弟である溥傑に、日本女性を娶せることにした。その「人身御供」となったの嵯峨宮家のご令嬢。その嵯峨宮家に忍び込んだ松を待っていたのは──。うわははは! 思わぬ展開に大笑い。でも彼女は最終的には幸せになると歴史が証明してるので、とても読後感が良い。
【尾張町暮色】おこんが偶然銀座で見かけた昔の掏摸仲間。足を洗って嫁いだ筈なのに、どうして──? 当時、女性は公民扱いされてなかった。だからこそ男は女をかばわなきゃならなかった、というくだりに色々考えさせられた。
(05.8.20)
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真夜中の五分前 side-A side-B・本多孝好(新潮社)

 広告代理店で働く僕は、学生の頃に恋人を事故で亡くすという経験をしていた。以来、どうも恋愛にのめり込めない。そんな僕がプールで出逢った一人の女性。二度目に会ったとき、彼女は僕に買い物につきあって欲しいと言ってきた。「かすみ」と名乗った彼女は一卵性双生児の片割れで──。
 side-Aはある恋愛が始まるまでの物語。そしてside-Bは、その恋愛のその後の話。時期もテーマも違うから別の巻にしたんだろうけど、話は続いているので、A→Bの順番に読みましょう。いわば上下巻みたいなものでで、順番を取り違えるとワケわかんなくなります。
 で。
 うーーーーん、何なんだろう、主人公のこの男は。「飄々として、感情の振り幅が小さく、他人にあまり影響されず、能動的な行動も起こさない」という造形は、「最近の流行なの?」と聞きたくなるくらい、「またかよ」とつっこみたくなるくらい、あちこちで目にする造形だよなあ。とにかく主人公が周囲との関わりに無関心なので、感情移入のしようがない。かといって、かすみちゃんに感情移入できるかってえと、これがまた……。絵に描いたような恋愛悲劇のヒロインってな設定がなぁ……。
 物語は、良いのだ。とても綺麗な文章を書く人だし、物語は透明感を持って、しっとりと進む(ただそれがセリフになると、コッパズカシイくらいコジャレてる印象になるのがナンなんですが)。実はけっこう生臭いシーンがあったりもするんだけど、そういう場面ですら綺麗に描かれる。ちょっとしたエピソードやセリフがとても印象深かく、自然に、上手に、情景を映し出してくれる。
 でもさ、なんかそれがさ、読者を傍観者にしちゃうんだよね。出てくる人が皆、自己完結しちゃってるんだもん。読者の入っていきようがないよ。自己完結した、というより自分にしか興味のない人たちの恋愛模様だから、読んでてイマイチ乗り切れない部分があるんだよなあ。こういう話を「綺麗」ととるか「乗っかりどころが無え」と見るかで、感想が分かれそうよ。 (05.8.23)
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扉は閉ざされたまま・石持浅海(NONノベル)

 学生時代に仲の良かった7人のグループが久々に集まった。メンバーのひとり、安藤が兄の経営する高級ペンションに皆を招待したのだ。伏見亮輔にとっては千載一遇のチャンスだった。彼には、メンバーである新山和宏を殺す計画があったから。そして伏見はその計画を実行、まったくぬかりは無い筈だったが──。
 のっけから殺害シーンである。いわゆる倒叙モノだ。だからここでポイントとなるのは、犯人と探偵役の心理戦である。これがね、もう、すっごいの! コロンボだの古畑任三郎だのを犯人視点で描くと、こんなにドキドキハラハラするんだなあってことを痛感したよ。万全な計画を立ててその通りに動いたんだから大丈夫なはずなのに、探偵役の一言に「どきっ!」としたり、思惑通りに物事が進みそうにないと心の中では焦りつつも自分にとって良い方法はなにかを懸命に模索したり、でもそういうことを一切表面に出さないよう努力したり。犯人に感情移入しちゃうので、「えっ、俺何かミスった? 何が問題だった?」と、犯人といっしょにドキドキしちゃう。
 つまりこれが倒叙モノの最大の魅力なんだよね。犯人はわかってる。その方法もわかってる。じゃあ読者は何を楽しむ? 探偵役は犯人を見破るわけで、即ち「俺はどんなミスをしたのか?」という問いに対する推理だ。これが実に巧い。そして本書ではもうひとつ、倒叙モノでありながらその動機は黙して語られない。動機が語られないことにより、読者にはもうひとつの謎が生まれる。「犯人はわかってる、方法もわかってる、でもそのあとこの犯人はどうしてこんな行動をとってるんだろう?」という謎だ。つまりこの物語は倒叙モノとしてのサスペンスを充分演出しながら、本格ミステリとして読者が挑戦する論理ゲームの余地もふんだんにあり(読み終わってみれば、不自然なほど伏線があからさまなんだよなぁ)、且つ、意外な真相が待っているという実に贅沢な本なのだ。細かい部分があとになって利いてくる、「あっ、そんなとこが!」とその都度のけぞる快感てば、たまんないよ。
 個人的に最も惹かれた箇所は、最後に見せた探偵の「一捻り」だな。単なる探偵対犯人の構図ではないものが、そこにある。このあと犯人はどう出るか、このエンディングはもう、文句なしに最上の終わり方でしょう。 (05.8.24)
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本格ミステリ05・本格ミステリ作家クラブ(講談社ノベルス)

 毎年恒例の本格ミステリ年鑑。女性作家率が毎年低いこの年鑑だが、今年はついにゼロよ!
【大きな森の小さな密室】(小林泰三):借金に苦しむ男女数名が、貸し主の家に集められた。そこで起こった密室殺人、全員が容疑者。果たして犯人は? ああ、これは分からなかった! なるほど、ヘンだな、ここに何かあるんだなとは思っていたが、そう結びつくとは。つか、手形詐欺の方法に「へえ」と感心しちゃったけどな。
【黄昏時に鬼たちは】(山口雅也):
「play」所収。何度も書くが、これはいいわ。読み終わってみれば「ああ、この手だったか」と思ってしまうほど新味のない手なのだが、それでもしっかり騙される。作品の途中であれこれ裏を読む暇なく話にのめり込むからだよね。それが最大のミスディレクションなのだ。
【騒がしい密室】(竹本健治):放送室を舞台にした密室事件。牧場智久くん、お元気そうで何よりです。ただこの話、挿絵は余計だよなあ。この挿絵のせいで(少なくともある部分については)簡単にネタが割れてしまう。これは文章だけで表現した方が騙せると思うが。
【覆面(】伯方雪日):「誰もわたしを倒せない」所収。この物語は連作短編集の最初のひとつなんだけど、これだけピックアップするより、まとめて「誰もわたしを倒せない」を読んで欲しいな。全編通すことで、別の驚きがあるんだから。
【雲の南】(柳広司):マルコ・ポーロが同室の囚人たちに語る過去の事件。ああ、この理屈は好き。ただ、どこぞで聞いたような論理パズルだなぁという部分がなきにしもあらずだけど。でもベースとなってる思想文化とのリンクはオミゴト。
【二つの鍵】(三雲岳斗):探偵役はレオナルド・ダ・ヴィンチ。これもトリックっていうよりレトリックのような印象があるけれど、こういう「論理で絞っていく」手法は読者参加型ミステリとしてけっこう好き。
【光る棺の中の白骨】(柄刀一):密室の中の白骨死体がテーマなんだけど……わぁ、なんていうかこれ、ギリギリだよ。理屈としては「あり」だけど、実効性としては、うーーーーむ。
【敬虔過ぎた狂信者】(鳥飼否宇):最後に明かされるダイイングメッセージの意味がさぁ……それ、多分、放って置いても普通は誰も気付かないと思うんだけどなあ。
その他、漫画【木乃伊の恋】(高橋葉介)や、評論 【密室作法(改訂)】(天城一)を収録。 (05.8.30)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

2005ザ・ベストミステリーズ・日本推理作家協会(講談社)

 毎年恒例の推理小説年鑑。今回びっくりしたのは女性作家の作品がひとつも入ってないこと! まあ、たまたまそういうこともあるだろうけど。ただ、通読した印象としては、同傾向のっつーか似通った印象の話が多いなあ。編んだときの並び順のせいもあるのかもしれないけど、特に後半は「またこの手の話?」と思っちゃった。もちろん個々のレベルは高いんですが。それと例年になく、単行本での既読率が高かった。個人的にはそれも残念。
【伝説の星】(石田衣良):
「反自殺クラブ 池袋ウエストゲートパークV」所収。
【マイ・スウィート・ファニー・ヘル】(戸梶圭太):地獄を舞台にしたコメディ。テンポがすごくいい。
【黄昏時に鬼たちは】(山口雅也):昨日読んだ……。「本格ミステリ05」「play」所収。
【死神と藤田】(伊坂幸太郎):「死神の精度」所収。
【貧者の軍隊】(石持浅海):テトリストのアジトで起こった密室事件。「月の扉」のあの人が登場。
【犬の写真】(池永陽):母の遺品の中にある犬の写真の意味は? これイチオシ! 切なくてゾクっとさせて。
【東山殿御庭】(朝松健):幽霊モノって、仕掛けを解くのか本物なのか、どこで見極めれればいいのかしら。
【二つの鍵】(三雲岳斗):これも昨日読んだ……。「本格ミステリ05」所収。
【ゼウスの息子たち】(法月綸太郎):ホテルで起こった殺人事件。なるほど、双子ネタとしてはこれは盲点!
【子は鎹】(田中啓文):「笑酔亭梅寿謎解噺」所収。
【愛書家倶楽部】(北原尚彦):亡父の蔵書が引き取られた先とは? げえ。気持ち悪っ!
【ディープ・キス】(草上仁):このオチは見事! ただ、そこに行くまでが猟奇だし気持ち悪いし。
【プロセルピナ】(飛鳥部勝則):塔の中で消えた死体はどこに? 気持ち悪くてきしめん食べられなくなるよ!
【DECO−CHIN】(中島らも):フリークスたちの音楽に魅入られた記者。わ、またこんな……。
【光る棺の中の白骨】(柄刀一):またまた昨日読んだ……。「本格ミステリ05」所収。
【虚空楽園】(朱川湊人):だから気持ち悪いってばぁ(泣)。なんでこんな話ばっかり……。
【お母さまのロシアのスープ】(荻原浩):これはちょっと易し過ぎ。すぐにオチが分かる。話の並びのせいもあるな。
【大松鮨の奇妙な客】(蒼井上鷹):ちょっと都合良く運び過ぎ? 「謎の行動」自体にもっと意味が欲しかったな。
(05.8.31)《この本の詳細情報&注文画面へ》  


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