腕貫探偵 市民サーヴィス課出張事件簿・西澤保彦(実業之日本社)
その探偵が現れるのは、大学、病院、アーケード街など。櫃洗市一般苦情係の出張サーヴィスとして、腕貫をしたイカニモ公務員な男性が、行方不明や殺人、詐欺といった事件の相談に乗る。相談する側は最初はさしたる期待もしてないが、話を聞く内に次第に──。
お待ちかね、斎藤美奈子の書評集だ! と言っても、「こんな本がありますよ、こういうことが書かれてますよ」という「紹介」のための書評集ではない。いろんなジャンルのベストセラーを俎上にあげ、にやりんと笑いながら「なんか世間ではずいぶん売れてるらしいけど、どうなのよ」とぶった切っていく、斎藤節全開のスペシャルローリング書評集だぁ。
パンツの面目ふんどしの沽券・米原万里(筑摩書房)
ロシア語通訳にして、日露の異文化コミュニケーションをテーマに多くの著書を著している名エッセイスト、米原万里による「下半身肌着考察エッセイ」。さすがに目の付け所が違う。
こんちき あくじゃれ瓢六・諸田玲子(文藝春秋)
「あくじゃれ瓢六」(文庫版は「あくじゃれ」に改題)に続くシリーズ第2段。前回は牢に入って謎を解くという趣向だったけど、悪いこともしてないのにそう毎回牢に入るわけにもいかないからか、今回は瓢六が瓦版屋に荷担するところから話が始まる。ま、あとでちゃんと牢にも入るけどね。弥左衛門様のウブな恋も、焼き餅が千里を走るお袖姐さんも相変わらずで、というか、キャラがすっかり馴染んで、しっかりじっくり楽しませてくれる。やっぱ巧いなあ。
僕はニューヨークから日本に帰ってきた。「10年後に会おう」というヤオとの約束を果たすために。この10年は僕にとって決して平坦ではなかったけれど、この約束があるから僕は帰って来れたんだ。けれど、約束の場所にヤオは来なかった。代わりに来たのは──。
ロマンティスト狂い咲き・小川勝己(早川書房)
売れない作家・望月は、担当編集者との打ち合わせ中に喫茶店の美人ウェイトレスに気をとられていた。すると編集者は、そのウェイトレスが彼の妻に似ていると言う。彼の妻も別の出版社で編集をやっており、偶然にも望月の担当をしていたのだった。実は彼の妻と望月は、半年前のある事件を境に連絡を絶っていたのだが……。
この世で一番怖いのは、親が死ぬことだ。
この本は、リリー・フランキーが物心着いてからお母さんを亡くすまでの三十数年を描いた半生記だ。著者とあたしは同い年で、著者が中学までを過ごした北九州はあたしが学生生活を送った町で、著者が通った大分の高校はあたしの故郷に近いところで、つまりは、著者の書いている情景がまるで自分が体験したかのようにストレートに心の深いところに伝わってくる。
I LOVE YOU・伊坂幸太郎(他)(祥伝社)
今が旬の男性作家6人が紡ぐ、恋愛小説のアンソロジー。予想はしていたのだけれど、こと恋愛小説となると、女性作家より男性作家の方が数段ロマンチックで「良いとこ取り」だよねえ。おまけに流行なのか何なのか、自分では何もしない受け身の男ばっかりだ。たまたまこの6作がそうだっただけかしら?
うわはははは。漫談というだけあって、笑うブンガク入門というだけあって、ホントにそのまんま笑っちまったい。めちゃくちゃオモロイ。うわははははと一気読みして、そのあとにじっくりと、注釈も含めて味わうように再読。結果、目から落ちた鱗で足元が埋まった。
モーダルな事象 桑潟幸一助教授のスタイリッシュな生活・奥泉光(文藝春秋)
女子短大で文学を教える桑潟先生のところに、ある出版社の編集者が訪ねて来た。太宰が褒めたという無名の童話作家の遺作原稿が見つかった、ついては解説を書いて貰えないかというのだ。気軽に引き受けた桑潟だったが、その遺作原稿が盗まれ、その編集者の行方がわからなくなって──。
西澤保彦だもの、個々の話は面白いのよ。小さなヒントから思わぬ絵が出てくる、多少強引にもかかわらず納得させられてしまう、その手腕はさすがなのよ。でも、でもさ。これが「市民サーヴィス課出張所」である意味はどこにあるのかな。タック&タカチでも、チョーモンインでも、同じような話はできるじゃない?(<いや、チョーモンインはちょっとどうか) お役所らしいのは、意味のない順番待ちをさせるところと愛想がないところくらいで、話そのものにはあんまり関係ないような。一話だけだと突拍子がなさすぎるし、こうしてシリーズで読むと「腕貫探偵」の存在だけが浮いて見える。お役所「ならでは」の推理みたいなものを期待したんだけどな。
【腕貫探偵登場】「本格ミステリ03」所収。
【恋よりほかに死するものなし】再婚目前で幸せいっぱいな母、しかし最近様子がおかしい……。ミステリの展開としてはけっこう好きなんだけどさ。話の中核とは別のところで、母親の「思い出」に「父が浮かばれない」と感じた娘に共感。
【化かし合い、愛し合い】彼女の留守に浮気を企てた男は……。もちょっと読者が推理に参加できる伏線が欲しいにゃ。
【喪失の扉】引退した大学の元事務員が自宅で見つけたものとは……。うわ、この主人公、なんてイヤなヤツ! それだけに最後は溜飲が下がった。こういうブラックなの、上手だよなあ。
【すべてひとりで死ぬ女】レストランでオーダーせずに帰った女性の真意は? 一転、パズラー要素が前面に出た作品。
【スクランブル・カンパニィ】代役で出ることになった飲み会、しかしその裏では──。こんな計画するならもっと下調べするだろうに。ところでこれ、タカチとうさぎちゃんを彷彿しません?
【明日を覗く窓】絵画展の後片付けのボランティアの最中、絵の紛失が判明して──。謎は小粒だけど読後感がいい。
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誤読日記・斎藤美奈子(講談社)
タイトルからして「誤読日記」と書いてる通り、「正統じゃない読み方をしてまっせ」というスタンス。でもそれが、「ああ、なるほどそこを見るか」とか「わあ、こういうふうに評するのかあ」と目から鱗の連続よ。決して褒めてるわけじゃない作品も多いんだけど、でも書評自体がひとつの芸であり作品なんだということがよく分かるんだよね。そして手ひどく貶されてるものであっても、それゆえに、その本を読みたくなるのだ。
例えば、あたしがこのサイトで書いてる書評もどきは、まず簡単なあらすじを書いて、そのあとで感想というパターン。でもやっぱりプロの書評は違う。元代議士の鈴木宗男が書いた本を紹介するときには選挙演説風に、丸谷才一の本は旧かなで、あるときはタイトルにフォーカスし、あるときは著者に焦点を合わせる。その視点の多さ。切り口の豊富さ。そして、どんなアプローチでも、最終的にそれがどんな本なのかはしっかり分かる。プロの仕事です。
このサイトの読者には文芸書のファンが多いと思うが、本書には「阿修羅ガール」「ZOO」「葉桜の季節に君を想うということ」「半落ち」「クライマーズ・ハイ」「グロテスク」「砂の器」「DEEP LOVE アユの物語」なども収録されてます。文芸書以外でも、タイトルは知ってるようなメジャーな本ばかりなので、全編に渡って興味深く読めるよ。
ただ著者は、別の媒体で「自分はエンターテインメント系文芸書には弱い」みたいなことをおっしゃってたんだけど、確かに「ミステリ読み」ではないんだよね。だから、ミステリ好きの目で読むと「え、そんなところを見てるの?」と思うかもしれない。「葉桜の季節に君を想うということ」なんて、ミステリ読みが評価するような部分はずいぶんとあっさりいなされてる上に、かなりネタバレ気味。「阿修羅ガール」では、メフィスト賞というものを説明するのに「森博嗣、清涼院流水ら、若手が続々とデビューしている」と書かれている。うーん、森さんのことを何歳だと思ってるのかしら。ま、作家のキャリアという点では若手ってことかのかな。あ、「半落ち」を「挫折ミステリー、社畜ミステリー」と評してるのには笑った。まさに正鵠!
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著者がチェコのソビエト学校に通っていた小学校の頃、家庭科の時間に最初に習った裁縫が「パンツ(肌着)」だったという話から始まる。なんでそんな複雑な形のものを最初に作らされるのか。日本なら雑巾なのに。それがソ連(現ロシア)という国の事情に結びついていく。
戦時中、シベリアに抑留された日本人に、トイレでお尻を拭く紙が与えられなかった。それは敵国の捕虜に対する、いわば見せしめみたいなものだろうと思っていたら、さにあらず、ソ連には排泄後にお尻を拭く習慣がなかったのだ! わあ。じゃあどうしてるのか、ってのは本書を読んでね。排泄後にお尻を拭くってのは、全世界共通の行動じゃなかったのねえ。
また、第二次大戦後、東ドイツに赴任したソ連人の家族(妻)が、なんと下着姿(スリップ一枚とか、ブラジャー&パンツとか)で堂々と町を闊歩している写真が雑誌に掲載された。これはどういうことか? 実はソ連には「おしゃれな下着」というものが存在しなかったので、ドイツのレースだのなんだのをあしらったパンティやスリップを見て、まさかそれが肌着だとは思わなかったという。よそ行き着だと思って、嬉しそうにそれを着て出歩いたというのだ。わぁ。
肌着、というひとつのものから文化や歴史に大きく切り込んでいく、実に読み応えのあるエッセイ。ただ、上記のような著者の体験談だとか、実際にそれを体験した人から聞いたエピソードだとかの部分は驚きに満ちていてすごく面白いんだけれど、後半、話が学術的に広がっていくと、ちょっとコ難しくなっちゃう観は否めない。けれどそれらも、キリストが穿いてるのはパンツなのか腰巻きなのかとか、アダムとイブのいちじくの葉はどうやって留めてたのかとか、いちいちテーマが興味深いよ。
ところでこの本で驚いたのは、あとがきだった。癌の発見、手術、そして再発という話がさらりと書かれているではないか。嫌ぁぁぁぁ、どうか、ホントにどうか、お大事になさって。そしてもっと、もっと、たくさんの話を書いてください読ませてください。
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ただ今回は、前作のようにシリーズ全体を通した物語にはなっていないのが残念。もちろん前作も個々の短編は独立してるんだけど、瓢六は今度こそ解放されるのかとか、弥左衛門様の思いは通じるのかとか、そういうシリーズを通しての見所があったのに、今回はそこが弱まってるんだよなあ。強いて言えば、チームとして行動するようになったのと、「謎の母子」の話が全編に亘ってるんだけど、でも引きは弱いし。シリーズ短編として安定した証拠かもしれないけど、もちょっと前作みたいにハジけてくれても良いのに。あ、いっそ、次回は長編ってのはどうかしら。
【消えた女】持ちかけられた瓦版の出版には、実は消えた女浄瑠璃師を巡るある意図があった──。瓢六が真相に気付く伏線が欲しいにゃあ。
【孝行息子】惚れた女に店の金を貢ぐ若旦那。うわはははは、この若旦那、バカ!
【鬼と仏】瓢六に課せられた仕事は、牢に入って盗人からある茶碗の隠し場所を聞き出すこと──。ああ、この村、良いなあ。気持ちがほわっと暖かくなる。茶碗を見つけたくだりなんか、落語を思い出しちゃったよ。
【あべこべ】なんとお袖がお縄に! 濡れ衣はすぐに晴れたが、なかなか釈放して貰えない理由とは──。これ、辛い話だなあ。同じ嫉妬でも、お袖の陽性の焼き餅と対比が鮮やかで更に辛い。それにしてもお袖、かっこいいぜ。
【半夏】牢名主が病気になり、牢内の治安が乱れた。何とかしろと言われた瓢六は──。蟷螂のくだりは、実際にこういう手法で分かって貰える相手達かしらという疑問は残るんだけど、それを差し引いてもすごく良いシーン。なんか映像的で、無言で繰り広げられる蟷螂の争いが胸に迫る。
【こんちき】友人の濡れ衣を晴らして欲しいと頼まれた瓢六。ちょうどその頃、謎の母と子にも新展開が──。NHKの金曜時代劇あたりでやると面白そうな。
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HEARTBEAT・小路幸也(東京創元社)
10年前の約束を守るためにヤオを探す「僕」の物語と、死んだ母親の幽霊が出るという少年の物語が交互に語られる。なんつってもほら、本格ミステリなわけですから。そうなりゃ当然、この2つがどっかで結びつくんだろうと思いますわね。そんな気持ちで読んでたんだけど、いつしかそういう「見破ってやるわよぉ」という色気をすっかり忘れ、ただ、ただ、僕の物語にのめり込んでしまった。
高校時代の友人との再会。高校時代にあった出来事。ニューヨークで出逢った事件。そんな物語のひとつひとつに、驚き、入り込み、主人公と一緒に怒り、哀しみ、戸惑う。人が「動く」ということは、何に導かれるのだろう。それは誰かへの愛情かもしれないし、他人との約束を守るためかもしれないし、自分自身を裏切りたくないという思いからかもしれない。この物語に出てくる人たちは皆、愛する人のために自分の行動を律し、愛する人のために危険な思いをすることも厭わず、進んでいく。皆が誰かのことを思っている。それが純粋に、良い。
ただ、ミステリとしてのサプライズ、あるいはカタルシスという点からいけば、この構成と結末は賛否両論あるかもしれない。だって、そういう形で予想だにしなかった「真相」が呈示されるなんて、誰も思わないもの! 「僕」の能力は面白いが、本編の謎解きはすごくあっさりしてるし。「えっ、そういう話だったの?」と、最後の最後で思わず口を開けてしまったわいな。
どうなんだろうなあ、それならそれで、もちょっと伏線があった方が、本格ならではの「やられた感」は出たような気がするが。無論、細かく再読していけば「あ、ホントだ」という箇所は多々あるんだけど、それによって読者が推理できるような伏線ではないのだ。物語としてはあたしはこれ、大好きだけど、「本格ミステリ」の叢書として出すのならもちょっとフェアプレイでも良かったかもな。
(05.9.9)《この本の詳細情報&注文画面へ》
最初は話がどこへ向かうのかわからず、ただこの主人公の動きを追っているだけだったのだが、次第にどんどん引き込まれていった。いやもう、こいつがさぁ、確かに周囲に恵まれない部分はあって可哀想なんだけど、その可哀想な状態に自分で苛ついてる様がなんともネガティブで……。肩を叩いて、「もっと人生楽しく明るく生きようよ」と言ってやりたくなるようなタイプ──だと思っていた。途中までは。
途中から、「ぎゃっ、肩なんか叩かねえぞ、つか、関わり合いになりたくないぞ」と思ってしまうほどに、もう、どんどんどんどんどんどんどんどん破滅へと向かっていくのよコイツが。ある女と妙な関係になってしまったばっかりに。誰か止めてやれ。つか、自分で気づけ。今なら引き返せるぞ、やめろぉぉぉ、目をさませぇぇ、気をしっかり持てぇぇ──と本を握りしめましたねあたしゃ。女に目がくらんだ男の転落人生。
一旦歯車が狂うと、そこから先はドミノ倒しのように、すべてが悪い方へ悪い方へと進んでしまう。その様を、微に入り細を穿って描いてるのね。またこの主人公の男が、考えられる中で最も悪い──とは言わないが、2番目か3番目に悪いような方法を採ってしまうのよ。どうしてそこで、そんなことをするんだッ! 違うだろ、そこでちょっと冷静になれっ! いやもう、こっちが何を叫ぼうが小説の筋が変わるわけじゃないんだから、これ精神衛生に悪いわ。
どうにも納得できないのが、本の裏表紙の惹句に「欲望と犯罪に溺れる男女を、鬼才がリビドーを注ぎ込んで描いた純愛小説」と書いてるんですよコレ。純愛小説なの? これが? うーん、なんか恋愛経験の少ない中年男性が、たまたま手に入れた女に舞い上がっちゃって、道を踏み外した──というふうにしか見えないんですけど。純愛っていうのかなあ、こういうの。「経験の乏しい男性は女性の本性なんて見抜けないんだから、ヘンな欲をかかずに今の奥さんを大事にしようよ、地道に頑張ってればそのうち良いこともあるよ」という話に読めてしまったがなぁ。
(05.9.10)《この本の詳細情報&注文画面へ》
東京タワー オカンとボクと、時々、オトン・リリー・フランキー(扶桑社)
「その日が訪れる」ことを最も恐れるのは、親が死ぬ日だ。
ずっと見ないようにしていたそのことが、もうそんなに遠い未来ではないという事実を、眼前に突きつけられた。
──と書くと、同時代性や同郷という共通点がなければこの本の良さがわからないというふうに思われるかもしれないが、それは違うよ。読者と著者には、もっと大きな共通点があるから。それは「親に心配かけるようなことばっかりやってきたけど、それでも親は自分のことを何より大事に思っていてくれる」という実感だ。その思いを多少なりとも持っている人なら、この本を読んで心を揺さぶられずにはいられないだろう。
息子の大学の卒業証書を、自分の財産だというオカン。
息子の彼女に、自分の大事な指輪をあげるオカン。
息子のトモダチが家に来ると、食べ切れないほどの料理を作るオカン。
自分の葬式用に、一番安い葬儀プランを互助会に積み立てるオカン。
オカンが癌になり、東京に出てきてリリーさんと一緒に暮らし始める。わずかな蜜月。けれど、それまで「どうしようもなかった」リリーさんの生活が、そこで息を吹き返す。大きな病を持っている、それでも明るくて元気なオカンが、リリーさんを起こし、御飯をつくり、お風呂を沸かし、叱ったり笑ったり。時期を合わせて、それまで底辺すれすれな生活をしていたリリーさんが「社会人」になっていく。「オカンがいたから」とは書かれていない。書かれていないけれども、作中ではその時期が一致しているのだ。オカンが何をしたというのではなく、ただその存在の大きさが心に迫る。
だからこそ、オカンの癌が再発し、闘病をする段になってから、胸が潰れそうになる。涙がにじむ。喉に熱い塊がこみ上げ、なんどもそれを飲み下して読み続けた。
多かれ少なかれ、リリーさんのオカンは、あたしの母でもある。多分、あなたのお母さんでもある。
是非とも、読んで戴きたい。それ以外の言葉は、無い。
(05.9.12)《この本の詳細情報&注文画面へ》
もちろんロマンチックなのも受け身なのも、話が面白ければウェルカムですが。6作中5作が男性視点だったため、「ああ、この男がこんなヌルいことを考えてる最中に、相手の女は……ふっふっふ」とダークな大矢が顔を覗かせることしきり。……いやねえ、汚れた大人って。ふっ。
【透明ポーラーベア】(伊坂幸太郎):彼女と一緒にデートで動物園にきた僕。僕はそこで偶然、姉の元カレに出逢った。元カレの方も女性連れで──。どこに行き着くのかしらこの話は、と思いながら読んでたが、このラストは良いなあ。物語は一気にファンタジックになり、とてつもない広がりを見せて終わる。
【魔法のボタン】(石田衣良):失恋したての僕は、幼なじみの女友達を呼びだして愚痴をきいてもらう──。わ、この男、めちゃくちゃ鈍いな。ラストもなぁ……口でぐだぐだ言うより、もっとこう……うーん。
【卒業写真】(市川拓司):女性視点。スタバで声をかけて来た男性は、中学時代の同級生だった。懐かしくて思い出話に花が咲くが──。うわははは、これ、一番好き! この二人の恋がどうなるかなんて知ったこっちゃないが、話の流れの中での主人公の心理描写に大笑いしちゃった。
【百瀬、こっちを向いて】(中田永一):子供の頃から尊敬していた近所のお兄ちゃん。高校に入ってお兄ちゃんに頼まれたことは、本命の彼女を騙すため、二股かけているGFの恋人の振りをして欲しいということだった……。多分にベタな構成ではあるけど、話運びが巧いので読まされちゃう。
【突き抜けろ】(中村航):電話もデートもきっちりペースを守る僕と彼女の恋愛。ある日、友達に誘われて先輩の家につきあったところ──。こういうカップルって、どっちかが冷めると壊れるの早いぞぉ。
【Sidewalk Talk】(本多孝好):離婚前夜の最後のディナー。なんかすごく格好良く書いてるけどもさ。要は「僕は特に何もしませんでした」ってことだよな、これ。女を強く描くと、どうして男はこんなに情けなくちゃうんだろう。
(05.9.15)《この本の詳細情報&注文画面へ》
文芸漫談 笑うブンガク入門・いとうせいこう&奥泉光(集英社)
これは、ミステリもSFも書く純文学作家・奥泉光と、文筆も音楽も何でもやるいとうせいこうによる「文芸漫談」と称した対談集。これ、もともとお二人がライブでやってたものを文字に起こしたという趣向。渡辺直己の注釈もついてます。奥泉光のボケに、いとうせいこうのツッコミ。さぞやハイブロウな話になるのであろう──という予測はどこへやら。イロニーを語るのに飛行機に乗り遅れそうになった話を持ち出し(イロニーって何じゃ?と思った方、ご心配なく。わからなくても笑えます)、保育園の学芸会でのエピソード(ホントに声を出して笑ったよ>保育園での「桃太郎ズ」のお話)からユーモアとしての唯物論の話になる。
あのね、これ、ものすごいことが語られてるのよ。でもぜんぜん、ものすごくない語られ方なもんだから、そのものすごさが一度じゃわかんないのよ!<ダメじゃん。ただ普通に、二人の超面白い会話をうわはははと笑いながら読んで、でも読み終わると「あ、小説を書くって、こういうアプローチがあるのか」とか「物語で面白がらせるとか、癒すとかってのは、こういうことなんだな」とかの、すげえ学術的且つ実践的なことが深いところで腑に落ちてるのだ。小説書きたい、って人は読んで損ナシ。というか、「作家志望者のための実践的入門本」だと思う。
例えば、「小説は読者が作り上げる。じゃあ作者のぼくはなにをしてるんだ、ということになるんだけども……。とりあえず、読者の経験を可能にするテクストを作ったわけです。だから誰も読んでくれなかったら小説ではない」──こんなこと書かれちゃうと、「書評」なんてできねえよ、なぁ。他にも「『自分の中から湧き上がってくるものを書きました』って言ってるのを読むと『馬鹿だな』って思いません?」とか「泣いてあたりまえじゃないですか、物語なんてものは」とか──とまれ、ここには書ききれない名言至言指針がいっぱいですのよ!
(05.9.16)《この本の詳細情報&注文画面へ》
新しい作品が出るごとに「今度はこんなこと試してみました!」という遊び(或いは実験)が行間から出てきて走り回るような奥泉作品。どーせまた現実と非現実が錯綜するんだろう、でも待てよ文春の本格ミステリマスターズだから一応本格なのかな、でも奥泉光だからなー、と本を開く前から戦々恐々。挙げ句の果てに帯には「あっちからダサイおさむらいがくるよ」「ほう、さよう(斜陽)ですか」という腰砕けな駄洒落とくれば、期待と不安がひとつになって過ぎゆく日々などわからない大都会。意味不明。とまれ、上に書いたあらすじ(出だしだけですが)だけ見れば、話の発端は紛うかたなき本格です。いや、本格でした。が。
そこから先は、やっぱり奥泉光。いや、本格なのよ本格なんだけどもさ、この作家さんの本すべてに言えることなんだけど、なんつーか、話がどう進むかなんてことよりも、「奥泉光の文章芸」ってものにただただ浸っていたくなるのよね。いろんな文体を自由自在に操る奥泉光という作家の、その「技」だけあれば充分って感じ。週刊誌のパロディなんて、ホントに遊んでるよなー。「文芸漫談 笑うブンガク入門」のパロディまでやってるし。
怪しげな宗教団体は出るし、昨今の純愛小説ブームへの皮肉は出るし、アトランティス大陸まで出てきちゃうし(いや大陸は出ませんけどね)、元夫婦刑事(めおとでか)は出るし(刑事じゃないけど)、そして嬉しいことに「鳥類学者のファンタジア」のフォギーも出るし、もちろん夢か現か分からない章はたくさんあるしで、もうホントに盛りだくさんなんだけども──文章芸に魅入られて読んでると、ちょっと前のストーリーを忘れちゃうわよ!<こらこら。
それほど、物語の中の世界が錯綜してるんだよね。まあ、この「詰め込み過ぎ」こそが奥泉光なんだけどさ。丹念に追っていけば、奥泉作品の中では相当に《収束感》のある方の作品だし、本格ミステリでもあるんだけど、犯人は誰とか伏線はどれとか、そういうところに喜びを見いだす作品ではないのさ。それよりも奥泉光の「スタイリッシュ」な試みをこそ堪能したい。でもまぁ、本格ミステリマスターズという叢書に惹かれて手にとった、奥泉光バージンの読者は──やっぱ戸惑うかハマるか二つに一つだな。うわはは。
(05.9.17)《この本の詳細情報&注文画面へ》
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