お厚いのがお好き?


赤絵の桜 損料屋喜八郎始末控え・山本一力(文藝春秋)

 損料屋というのは、鍋や釜など生活必需品を貸し出す商売、つまり今で言うレンタルショップ。上司の不始末の責めを負って同心を辞し、刀を捨てた喜八郎はこの損料屋を営んでいる。しかしそれは仮の姿、実は複数の配下を持ち、数々の難事件を解決する男なのだ──。
 時代は寛永年間で、棄損令が出たため一気に景気が悪くなった頃。シリーズ前作の
「損料屋喜八郎始末控え」では棄損令の被害をもろにひっかぶった米問屋を助けたり潰したりのコンゲームが展開されたが、今回はちょっとコンゲームの度合いが減ったのが残念。なんか普通の人情話になっちゃった。そういうのは著者の他の作品でもできるんだから、この損料屋喜八郎シリーズは大江戸コンゲームの風味を保って欲しかったなあ。
 それともひとつ、人物の紹介や関係の説明がほとんどと言っていいくらい無いので、「損料屋喜八郎始末控え」を読んでない人・読んだけど詳細は忘れた人にとっては、最初は人間関係がまったく掴めないと思う。本編に入れるのが野暮なら、翻訳ミステリみたいに登場人物紹介の一覧でもついてると良いのに。
 「ほぐし窯」という豪勢な風呂屋開業の影に隠れた悪事を暴く【寒ざらし】、今回はこの風呂屋の陰謀が全編を繋ぐ核になる。喜八郎の腹心・俊造の過去の出来事が描かれる【赤絵の桜】、その俊造の娘が巻き込まれる【枯れ茶のつる】なんて、ホントに人情モノだよなあ。そば屋のおかみさんなんか実にリアルで、話としてはすごくステキなんだけど、このシリーズでこれをやらなくても……ぶつぶつ。
 【逃げ水】ではなんと喜八郎と伊勢屋が騙りに遭ってしまう。これ、「おおっ、これぞ大江戸コンゲーム」と身を乗り出したが、その結末は(これ単体で見れば)なんだか尻すぼみ。そして【初雪だるま】は──まあ、初手から著者も隠す気はなかったんだろうけど、話の行き先が見え見えだよお。
 米屋政八とか伊勢屋とかのキャラが立って、それはそれでとても魅力的だし、「ハッピーエンドの騙り」というのにも文句はないんだが……最後まで「これってこういうシリーズだっけかなあ」と首を傾げつつ読んだのだった。 (05.9.27)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

お神酒徳利 深川駕籠・山本一力(祥伝社)

 「深川駕籠」に続く、駕籠カキコンビ・元相撲取りの尚平と元火消しの新太郎のシリーズ第2弾。おおお、第一弾より更に面白くなっているよ! 「深川駕籠」で出逢った尚平とおゆき。思い合う二人だったが、尚平は相肩(<これ、膝を打つ表現だよね)の新太郎に遠慮して、結婚はおろかおゆきに手を触れることすらしない。なんとかこの二人を夫婦にしてやりたいと思う新太郎、その新太郎に気を遣う尚平。ああもう、いじらしくて焦れったくてたまりませんわん。これが二枚目二人なら衆道方向な妄想も沸くってもんだが、この二人じゃなあ。わはは。
 駕籠かきという職業の持つ面白さは「深川駕籠」で出尽くした観もあったが、今回は職種そのものの興味よりも尚平&新太郎、そして二人をとりまく人々の方に上手に力点が移動していて、それが実に効果を上げている。気は優しいのにイジワルジジイを気取る差配の木兵衛、粋で頼りになる親分などなど、「ここはこの人でなくちゃならない」という役どころにキチっとハマっている。特に良いのはおゆきだよなあ。自分が拐かしにあって脅されるという目に遭いながら、矜持を保って真っ向勝負する強さ。そんな強さを持っているのに、恋人の尚平が自分より友人の新太郎のことを心配してることに気付いて焼き餅を焼く可愛らしさ。でも、なんとなく新太郎もこのあとムフフ……という気がしなくもないので、第3弾では尚平&おゆきも、ようやくなるようになるんじゃないかしら。ああ、早く続きが読みたい。
【紅蓮退治】火事はお江戸の一大事。それなのに、フザケ半分で半鐘を鳴らして面白がる手合いがいる。それを突き止めた新太郎だったが──。歴とした身分差のあるこの時代、どう決着をつけるのかと思ったが、これはオミゴト。蕎麦屋での出産シーンも心が温まる。
【紺がすり】飯屋に居合わせた怪しげな男達。彼らの話を聞くともなしに聞いていると、どうも気になることが──。行き倒れの親子のくだりと、サスペンスのくだり。色合いが違う話なのに巧く混じって落ち着く様は、まさに熟練。
【御神酒徳利】尚平と喧嘩したおゆきが、その帰り道、何者かに拐かされた! 慌てて捜索の手を尽くす尚平と新太郎だったが──。途中で出てくるある人物、伏線にしてはちょっと浮いていて「あ、この人、後で関わってくるぞ」てのがモロ分かり。そこだけもちょっとどうにかなると文句無しだにゃ。
(05.9.29)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

桃色トワイライト・三浦しをん(太田出版)

 《Boiled Eggs Online》で連載中の週刊エッセイ「しおんのしをり」単行本化の第……第……何弾だ? なんかこれ文庫で上梓されたり単行本になっても出版社が定まらなかったりでよくわかんないことになってるのだ。でもひとつ前の「乙女なげやり」から太田出版に落ち着いたのかな。
 さて今回は2004年後半からの分が収録されてるわけで、著者がオダギリジョーに傾倒していく様が縷々綴られており、実に楽しい。実際には「実家から出て一人暮らしを始めた」というのがイベントとしては本書のメインになるはずだと思うのだが、実際には転宅より何よりオダジョーの1年だったのだなということがよくわかる。うんうん、わかるよわかる、だって同じ時期にあたしもオダジョーファンになったクチですものぉおおお。あ、でもクウガは見てないけどな。
 以前に比べると、一回の中での話の転がり方が巻を追うごとに激しくなっていく。1〜2冊目のころは1回1ネタだったのに、今はもう、脳味噌の赴くままに文章が流れていく感じ。でもそれできっちり笑わせて読ませるからすごいんだけど、でもこれが中学あたりの国語の試験に出て「このエッセイのテーマを50字でまとめなさい」なんて言われたら、絶対に解答不能な項目が半分くらいあるよ。
 個人的に好きなのは、バレエを見に行った【シャイニングスター】。3編のバレエのストーリーを紹介してくれるんだが、情報としては極めて正しいにもかかわらず、笑いのツボがこれでもかというくらい刺戟されるのは何故? 著者自身によるストーリーへのツッコミのせいだよなあ。「白鳥の湖」ってこういう物語だったのか、と今頃になって目から鱗を落とされたよ。
 その他、オダギリジョーの交際するならきっとこんな感じになるという妄想爆裂の【反省会は毎夜開催中】、一度も見たことがなかった「仮面ライダークウガ」ってのはホントにこんな話だったのかしらでもこれなら見たかったかもと思った【時流に反していまさらへんしーん!】、Yちゃんの思いついた「面白い言葉」にあたしも悶絶した【真の贅沢のみがひとを真に幸福にする】などなど、今回も死角無しの妄想ぶっちぎりスペシャルローリングサンダーだぁ! 普段なら興味をあまりそそられない映画の話題も、オダジョーが絡んでるので食い入るように読む始末。でもオダジョーの話が多いので、逆にオダジョーにまるっきり興味のない人にとってはどうなんだろうこれ。 (05.10.1)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

ユージニア・恩田陸(角川書店)

 北陸の地方都市で数十年前に起こった事件。お祝い事に湧く医者の家に届けられたビールやジュースに毒が入っており、それを飲んだ家族や列席者が10人以上死んだという大量殺人事件だ。あの事件は何だったのか、真犯人は誰だったのか、「聞き書き」の形式で紡がれる、人々が見た「あの日」──。
 この形式は、
「Q&A」のそれに近い。誰か目に見えない聞き手がいて、そのインタビューに対して関係者が当時を語り、それによって起こったことの輪郭を表すという手法である。
 つまりこういうことだったのです、と最後に解説がついているようなミステリではないけれど、物語が終盤に近づくにつれて、「こうであった」という形が読者の中に形作られていく。どのように形作られるかは、著者の出したヒント(と言っていいのかどうか)をどこまで拾えてるかにもよるわけだけど──う〜〜〜〜ん。あのね、伏線はいっぱいあるのよ。けれどその持って行き場が整地されてない感じなのよね。パズルのピースはあるんだけど、パズルの台紙と枠が見つからない気分で、どうにも座りが悪い。その台紙と枠ってのが何かと言えば──人の思い、だ。
 読み終わった時点で「そういうことか」と見えてくる絵はあるし、そのトリッキーな趣向と言ったら読んでる間じゅうワクワクしっぱなしなのよ。どんどん明らかになっていく真相と、その真相がなぜ今まで隠れていたのかという理由、それが色んな人の話を通して見えてくる様子は快感ですらある。でも、行き場のないピースが多い。そしてその行き場のないピースとは即ち、犯人は誰でどう実行したかという事象ではなく、「この人はどういう人間だったの?」「何を考えていたの?」という、心象の部分なのだ。犯人に限らず、ここに出てくる全ての人たちが、どういう人間で何を考えていたのか、それに囚われてしまう。そこをこそ、知りたくなる。
 与えられたピースであれこれ考えて、「おおお、これは相当すごいことになるぞ」と待ってると、そのピースはそれぞれしまっておいてね、みたいな終わり方になっちゃう。掴んだと思ったものがホントにそうなのか保証されない不安。一番興味のあるところが、読者に委ねられてしまうわけよ。このあたり、恩田陸ぽいといえば、ぽい。逆にきっちり説明されて、余すところなく描き尽くされて終わられると、「こんなの恩田陸らしくないな」と思ってしまうかも。でも、この決着のつけ方(というか、つけなさ方というか)は、実は相当の手管と実績がいるよな。(05.10.2)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

蒲公英草紙 常野物語・恩田陸(集英社)

 明治中期の東北の農村。医者の娘の峰子は、旧家のお嬢様の話し相手を務めることになる。そのお屋敷に通って、体の弱いお嬢様・聡子と親しくなる峰子。ある日、そのお屋敷の離れに、当主の古い知り合いという一家が越してきた──。
 いやあ、いい。もう、そう言うしかないでしょ。いい。
 
「光の帝国〜常野物語」に続くシリーズ第2弾だが、物語としては独立しているので、前作を未読でも一向に差し支えない。連作短編だった前作に対し、今回は長編でじっくりとひとつの物語を読ませてくれる。《常野》それ自体の物語というよりは、明治という時代を舞台に、村の名家を襲った運命とそれを間近で目撃した少女の物語として捉えたいにゃ。《常野》という連綿と続く一族の断片を切り取って見せた、いわば「点」の「光の帝国〜常野物語」に対し、こちらは《常野》に関わった一人の一般人の視点で綴る「1本の線」の物語。点が集まって線になるだけではなく、その線が集まって面となる、その面を織る1本の線の物語だ。
 大きな引き出しを持ち、『しまう』ことが出来る《常野》の一族。彼らの能力はそれだけに留まらず、峰子の住む村でさえも、その昔に《常野》の恩恵を受けていた。そこらの物語は本編を読んで戴くとして──何と言っても胸に迫るのは、聡子の凛々しさと、《常野》の少年が彼の能力を発揮するシーンだろう。静かだけど激しい、これぞ物語という奔流を体験できる。
 もうひとつ印象に残ったのは、このエンディングだ。東北の寒村での出来事に心奮わせ、暖かなものに胸が満たされたその後に、このエンディング。正直なところ、終わらせ方は色々あったろうし、いくらでもハッピーエンドにできただろう。そこを敢えて、著者はこんな終わらせ方をした。視点を変えた、と言っても良い。峰子の視点で描かれた「聡子と《常野》の物語」が一応の決着を見たあと、読者は唐突に現実に引き戻される。今まで読んでいたファンタジー、あるいはメルヘンが、現実と地続きであることを思い知らされ、最後の峰子の「問いかけ」に、ただ頭を垂れる。あなたなら、最後の峰子の問いかけに、何と答えるだろうか──。幾らでもハッピーエンドにできたであろうこの物語の、このラストこそ、本編の最も重要なメッセージではないかと思えてならない。 (05.10.3)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

アナ・トレントの鞄・クラフト・エヴィング商會(新潮社)

 さあ、クラフト・エヴィング商會お得意の「無いモノ」の商品カタログだ!
 モチーフになっている「アナ・トレントの鞄」ってのは、どうやら映画の話みたいね。疎いので全然知らなかったんだけど。『ミツバチのささやき』っていう映画があるんですって。その映画の主人公を演じるアナ・トレント(そうか、人名だったのか、これって)が持っていた鞄。その鞄に、クラフト・エヴィング商會の人が憧れてて、あの鞄を手に入れ、その中にうちの商品を入れたい──という趣向なわけ。
 で、鞄の話はそこで終わって、そこからは商品カタログです。これはもう、
「どこかにいってしまったものたち」とか「ないもの、あります」とかの路線ですね。ただ今回は、これまでにも増してマニアック。おまけに、ポエティック。その上、品数が多い。多いだけに、ひとつひとつのコメントがとても短い。短いからこそ、逆に広がりも出るし、あれこれ自分で考えて味わう楽しみもあるんだけれど、個人的な好みで言えば、もちょっと『解説』があってもよかった気がするなあ。いや、これはもうホントに好き好きだからね。あたしは「どこかにいってしまったものたち」みたいに緻密に作り込まれているのが好きなので。今回はちょっと寓話的だから。あ、そうか、そういう点では「クラウド・コレクター」の世界の方に近いのかな。
 一匹で住むようにつくられたミツバチ用一戸建てとか、稲妻のさきっぽとか、ドーナツの袋に書かれた小説がびりびりに破かれてるその破片とか(全部で258話のはずだけど、現存するものはその半分に過ぎないって!<こういう作り込みが好きなのよあたしは)、軽業師の足跡とか、道化師達の鼻とか(ご丁寧に鼻拓までとってる)、胸に刺さる矢とか(ああ、「らしい」なあ)、全34品。
 笑ったのは「手乗り象の絵はがき」だな。小さな象を掌に載せてる女性の絵はがきで「手乗り象の絵はがき」と題されてるんだけど、説明の最後にさりげなく「ひとつだけ気がかりなのは、この図版を発見した研究者が『手乗り象』ではなく、『大女』を専門にしていたことである」って書いてるの! うわははは! (05.10.6)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

ビネツ 美熱・永井するみ(小学館)

 エステティシャンの麻美は、ヘッドハンティングされて青山の高級エステ「ヴィーナスの手」へと転職した。そこで頭角を現し、女性誌にも名エステティシャンとして紹介されるまでになる。しかしその店にはかつて、カリスマ・エステティシャンと呼ばれていた人物がいて、なんとその人物は殺されていたことがわかった──。
 てなふうに書くと犯人探しのミステリみたいに見えるけど、そこは眼目じゃないので注意。エステという業界サスペンスとでも言えばいいかな。エステティシャンどうしの嫉妬、エステに通う女性たちの「きれいになりたい」という欲望、そしてオーナーの夫や息子もそこに絡んできて、事態はどんどん複雑になっていく。
 同僚からの嫌がらせ、客同士のライバル心とそこから発した攻撃、麻美自身の野心。そういった人の心の中の問題に、エステティックサロンというひとつの業界内情報がふんだんに盛り込まれ、情報小説としても読み応えがある。あたしは熱中して一気読みしたけど、人によっては逆に詰め込みすぎて散漫に思えるかもしれません。
 ここに登場する女性達は皆、何かを求めてエステに来る(或いは、何かを求めてエステで働いている)。それが叶わないと知ったときに、彼女たちがとる行動が恐ろしい。と同時に、「敗者」に対して、そういう行動をとらせてしまう勝者の奢りこそ恐ろしいというべきか。例えば、キレイで男性にも人気のある同僚をねたみ、彼女のようになりたいと思って同じエステに行った舞。舞が辿った道というのは、女性なら誰でも一歩踏み出す方向を間違えたら、一気に辿ってしまいそうな道だ。それが高じてどんどん壊れていく舞も怖いが、それを潜在的には承知している上で挑発している綾乃も怖い。そして一番怖いのは、自分が綾乃であっても舞であっても、こうして客観的に読んでいるときは是非の判断ができても、当人になってしまうと、きっと自分のしていることがわからなくなるんだろうなあ、ってこと……。ふう。
 そして何より、文章がうまい! 女性同士のエステの描写ばかりで、(男性も出てくるけど)性的なラブシーンというわけではないのに、妙にエロティックなのよね。エステシーンを読んでいる間ずっと、なんだか直接肌に触れられているような、けれど決して不快ではない──それこそ、暖かなオイルでマッサージを受けているような気分になるのだ。最初は暖かく湿り気があってソフトで、「ああ、エステに行きたいっ!」と思ってしまった。けれど終盤には──。とにかく巧い。触感を持つ文章。文章芸に於いて、まさにテクニシャンだよ。 (05.10.8)
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写楽・考〜蓮丈那智フィールドファイルIII・北森鴻(新潮社)

 「凶笑面」「触身仏」に続く蓮丈那智フィールドファイルシリーズ第3弾。安心して読める。民俗学そのものに知識や興味がなくても、作中で上手にリードしてくれるので、なんとなく(小説を味わうのに差し支えないレベルには)わかったような気分になれるし。こういう、同好の士だけを相手にしたり知識をひけらかしたりするのではなく、民俗学がミステリに、小説に奉仕するためのモチーフとして使われてるってのが、このシリーズが人気のある理由のひとつなんだろうな。だからこそ、情報や蘊蓄にも素直に感嘆し興味を持って読めるってもんだ。あと、蓮丈那智の格好良さとミクニに可愛らしさか。あはは。
【憑代忌】「本格ミステリ04」所収。内藤三國の写真を撮ると単位が貰える──そんな伝説が大学内に生まれ、急に人気者になる三國。けれどその噂は次第にエスカレートして……。本編の謎解きより、最後に明かされるもうひとつの「理由」にうっとり。
【湖底祀】鳥居についての考察は、とても印象的。事件そのものより鳥居の解釈にに感動。けれど決して事件がしょぼいわけじゃないのさ。とってもロジカルよ! ほらね、こういうふうに民俗学なんて全然知らなくても、作中に描かれてる情報だけで膝を打つ解決を味わえるのさ。
【棄神祭】那智が院生だった頃に立ち会った祭祀で起きた殺人事件。おおおおお、数え歌だ! もうそれだけでわくわくしちゃうのがミステリ読みのサガ。しかも民俗学というフィールドだけに、数え歌なんていう小道具も嘘くさくならないのが良い。
【写楽・考】古文書の調査で訪れた家で、当主が失踪した。単なる家出かと思われたが、ある論文が事件の発端となり──。これ、すごいんだけどさ、驚いたんだけどさ、そりゃもうホントにひっくり返るくらい驚いたんだけどさ、シリーズを代表する佳作だと思うんだけどさ。なぜ初出時からタイトルを変えちゃったんだろう。それもこんな、ネタを割るような。言葉遊びの妙は確かにあるけれど、でもサプライズという点に於いては、タイトルはこれじゃない方がもっと驚けたような気がするんだけどな……。
(05.10.11)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

おまけのこ・畠中恵(新潮社)

 「しゃばけ」「ぬしさまへ」「ねこのばば」に続く若旦那シリーズ第4弾。わぁ、あたしこれまでのシリーズの中で、これ、一番好き! すっかりパターンが出来て、ついに妖怪達が主役になりはじめたよ。
 回船問屋兼薬種問屋、長崎屋の若旦那は体の弱いことにかけては筋金入りで、今日も元気に寝込んでます。彼にはちょっと人と違った特徴がありまして、なんと妖狐だった祖母の血を引くために、妖しの者の姿が見えるのだ。だから彼の離れはいつも陽気な妖怪で大にぎわい。おまけに彼をサポートするお店の手代も妖怪。それも超のつく過保護。はてさて今回の騒動は?
【こわい】誰からも好かれない、皆に恐れられる、そんな妖怪「こわい」。そんな「こわい」に若旦那はどう対峙するのか──。「こわい」より視野の狭くなった女の思い込みの方がよほど怖い。
【畳紙】頑として厚化粧を落とさないお雛。ひょんなことから「屏風のぞき」がそのお雛の人生相談に乗るハメになってしまって──。ああもう、すっかり妖怪キャラを主人公に据えて一編できるくらい、このシリーズは「確立」されたんだなあ。お雛の心を溶かすきっかけが、またなんとも切ない。
【動く影】まだ若旦那が幼かった頃の話。障子に映る「動く影」を探しての大冒険。ああ、このミニ若旦那は可愛いなあ。体の弱い子供が、その頭の良さで皆の輪の中に居場所を得る様子が微笑ましくて。
【ありんすこく】若旦那が、なんと吉原の禿と逃避行するという。いったい、いつそんな話に──? つか、最初からこうすれば良かったんじゃないのかって感じの解決策でしたが。吉原の話を聞く手代たちがキュート。けれど「邪魔をしたのは誰か」という点については、伏線があるともっと良かったかな。
【おまけのこ】「家鳴」が真珠に見惚れていると、なんとその真珠が盗まれた。あわててついていった家鳴はそのまま迷子になってしまって──。うわははは、なんかね、もう「ムーミン」読んでるみたいなの! 長崎屋はムーミン谷か!
(05.10.12)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

てるてるあした・加納朋子(幻冬舎)

 浪費癖の抜けない両親に育てられた照代は、高校に合格したものの家計が破綻、一家は夜逃げを余儀なくされる。照代に一人で遠縁のオバさんを頼るように言い、両親は雲隠れ。照代はこの世のものすべてに悪態をつきながら、そのオバさんが住んでいる佐々良へやって来た──。
 
「ささらさや」に続く佐々良シリーズ第2弾。前作のときは、夫を亡くしたばかりのサヤが主人公で、このサヤってのがあまりに煮え切らないっつーか自立してないっつーか、とにかく苛々するタイプのキャラだったので、そっちへの怒りが先に立って物語を素直に味わえなかったんだよなあ。今回は主役が変わっていたので一安心。
 けれどこの照代が良い子かってえとその逆で、とにかく素直じゃないしひねくれてるし僻んでる。ただ、「きっとこの町で人の優しさに触れて、心が溶かされていくのであろうよ」と見当がつくので(それは良いのか?)、このガキがどんなにクソ生意気なことをホザいても、「うんうん、そのうち分かるわよ」と大きな心で安心して読めた。主人公さえ受け入れられれば、うん、これは良いよ。加納朋子らしい、ほんわかした、けれどちょっと辛い話も盛り込み、だけど最後は元気が出るというタイプの連作ファンタジー。ミステリではなくファンタジーよ。
 【春の嵐】【壊れた時計】【幽霊とガラスのリンゴ】【ゾンビ自転車に乗って】【ぺったんゴリラ】は、照代自身の成長のためのあれこれなので、ストーリー自体はちょっとヌルい。ヌルいし甘いんだけど、そのヌルさ・甘さが、決してイヤじゃないんだよね。それは甘いだけじゃなく、描かれるエピソードのちょっとした部分がけっこうビターだから。誰もが思い当たるような、思い当たるんだけど正面からそのことを考えたくないような、人間の悪い部分・弱い部分ってのを掴みだして見せられてるような気がするの。それが正面から「優しい人々とのふれあいによって癒されました」みたいに書かれると「けっ」と思って終わりになるところが、「ふれあい」の手法がバラエティに富んでいて、ひとつひとつについ入り込んでしまう。ビターだったことが、いつのまにか甘いものでくるまれる心地よさ。
 そして終盤になると、ヌルさ・甘さはどこへやら、人物の動きが大きくなって一気呵成に読ませる。【花が咲いたら】から【実りと終わりの季節】にかけては、はからずも涙ぐんでしまったわいな。ありがちなのになー、なんで泣かされるかなー。やっぱ「語り」が巧いことと、エピソードのディーテイルが効いてるんだよなー。 (05.10.13)《この本の詳細情報&注文画面へ》  


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