お厚いのがお好き?

2005年11月に読んだ新刊雑感文

丑三つ時から夜明けまで・大倉崇裕(光文社)

 人間が出入り不可能な状況で行われた殺人、即ち密室殺人。どんなトリックが使われたのかと考えるのはもう古い、実は警視庁では既に「幽霊」の存在を科学的に証明しており、「幽霊」に人を殺す力があることも分かっているのだ。幽霊には物理法則なんかカンケーなし、即ち密室状況や不可能状況での事件は幽霊の仕業! そこで幽霊専門の部署、捜査5課の出番となる──。
 とまあ、幽霊も容疑者になり得るという設定で書かれた、半SF仕立てな連作ミステリ。幽霊かもしれないけど、幽霊ではないかもしれず、そこからまず問題になる。そして幽霊なら幽霊で、幽霊にもできることできないことがきちっと設定されているため、設定ルールも明確で分かりやすい。
 幽霊なんて信じない、刑事には刑事の仕事ってもんがあるんでい、というたたき上げの捜査1課・米田警部補の下についてる「私」は、実は幽霊もときどき見えちゃう霊感体質。それで捜査5課の七種警部補に付くこともあり、やたらと張り合う米田と七種の緩衝材の役目まで負うことに。この二人の警部補の子供じみた意地の張り合いで笑わせ、けれどパズラーとして決めるところがビシっと決める、決して設定の奇抜さにアグラをかかず、レベルの高いパズラーを揃えているのはなかなかのモノですよ。
 シェルターでの密室殺人を扱った表題作はまだ設定紹介の色合いが濃いけれど、雪国の旅館を舞台にした2作め【復讐】で伝統的なまでの大ワザに嬉しくなる。けれどトリッキーさだけじゃないのが良いんだよなあ。マンションの駐車場で真上から落ちてきたナイフに殺される【闇夜】のクライマックスにはゾクリとし、休暇を取った米田警部補と一緒に「私」が夏山に出かけた【幻の夏山】は、まるでこれだけで上質なスリラー&パズル&ファンタジー映画になりそうなほど。本書のイチオシ。そして【最後の事件】では、おそらく手慣れた読者なら最初から「おや?」と思っていた箇所に合理的なオチがつけられる。
 設定の奇抜さと、コミカルな米田警部補のキャラのせいで、ライトでさくさく読めるタイプの短編集に見られるかもしれないが、読み進むにつれて尻上がりにこの物語の味わいも増してくるのだ。【最後の事件】で終わっちゃうのはモッタイナイ、これは続けて欲しいシリーズだなあ。 (05.10.27)
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ツチヤの口車・土屋賢二(文藝春秋)

 文藝春秋に連載されているツチヤ先生のエッセイを一冊にまとめたもの。
 あのね、通読して思ったんだけど(というかこれまでのツチヤセンセーの本をすべて読んできて、その都度思ってることなんだけど)、これ、雑誌の一コーナーとして1話ずつ連載されてるから良いんだよ。まとめて読むと、いやもう、同じネタが出ること出ること。あはは。<笑ってるよ。同じようなテーマ、似たような切り口が頻出するだけに、一気読みし終わったあと2日も経つと、ミゴトなほどに「あのツチヤセンセーのエッセイは過去のどの本に入ってたものだったかな?」ってことがまるっきり分からなくなるよ。だって全部一緒なんだもの。周囲がオカタイ記事で埋められている文藝春秋(オカタイばかりでもないけどな)の中にあってこそインパクトが強いのであって、取り出してまとめられると、食事の最初から最後まで全部デザートみたいな気分になっちゃう。
 だもんだから、この本の感想を書こうとしても、このサイトの
著者別書評リスト「つ」のところからツチヤセンセーの本をどれでも1冊クリックして貰えれば、そこと一緒です、てなもんよ。
 けれどそれではあんまりなので(いや、実をいうとあんまりでもないんだけど)、この本の中から印象に残ったフレーズを出してみようか。こういうアフォリズムっつーか箴言集みたいなものには向いてるよな。たとえば【男と別れる方法】から。
   男と女では別れ方が大きく違う。男は、「自分の気持ちが変わったのではなく
   状況(病気、長期出張、長期服役など)のせいでやむをえず別れざるをえなく
   なった」という形に持って行きたがるが、女が別れたいときは、自分の気持ち
   が変化したことを伝えようとする。

 これ、「なるほど!」と思ったなあ。このあとに続く解説にも、例によってギャグがたくさん入るんだが、こころなしかその数が少なく、普通に「そうそう、そうなのよねえ」と感心しながら読んだ。なんか普通のエッセイみたいだよ! ──あれ? これって褒め言葉になってる? (05.10.27)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

そして今はだれも・青井夏海(双葉社)

 笑子が教師として就職した名門お嬢様高校。ところがその高校では、ある教師に秘密を握られ脅迫された女生徒が、退学を余儀なくされたという事件が過去に複数起きていた。果たしてその教師とは誰のことなのか。笑子は学生に協力を頼まれ、同僚を調べ始めたのだが──。
 初手から容疑者限定のフーダニットで、こっちもその気で臨んだんだけど──ええええ、この人が犯人なの? いや、誰が犯人でも良いんだけどさ、もうちょっと凝ってくれても良かったような……。犯人がわかるときのカタルシスが無いっつーか、犯人がわかるときの展開がいきなり過ぎるっつーか。うーん。そもそもさ、動機がぜんぜん解明されてないよ。冒頭に犯人が関係した3つの脅迫事件と、あと断章の形で挿入される別の脅迫事件で、物理的な目的はお金なんだろうとは思うものの、ここまでの「暗い情熱」がどこから出るのか、それこそを知りたかったのに。
 犯人たりえる条件を挙げ、それによって容疑者を絞り込んでいく過程はとても面白かったし、一風変わった学園生活を送る男女それぞれの生徒の関わりもとても読ませるものがあったしで、「解決編」の直前まではとてもエキサイティングに読めただけに、どうにも尻切れトンボに終わった観のあるラストが残念。つか、もったいないよ! 真犯人に到達する直前にもちょっと「引き」が欲しかったのと、あと1章、いや、数ページ、犯人の内側に踏み込むような部分があれば──。
 ただ、これまでの作品に比べて一気に、数段、「巧くなったなあ!」とビックリした。冒頭の脅迫事件、第2章から登場する笑子と彼女が就職した学校の様子。その二つを結びつけるのは、ある少年の存在なんだけど、そこの描写に第1章を読んだあとだと「あれ?」と思う齟齬がある。登場人物には知らされてない情報が、そこに何かあるぞ、と読者にだけ思わせる。読者にだけ与えられる手がかりと、笑子たちが探っていく手がかりのバランスが見事で、読んでいてまったく飽きさせないんだよね。展開に緩急があって、ホントに目が離せないの。「ほのぼの」だけじゃない誰もが持ってる人間のダークサイドもかいま見せて、それでもやっぱり最後には前向きで。
 だからこそ、解決編が急ぎすぎたのがつくづくモッタイナイ。でも、これは次作にかなり期待できるぞお。 (05.10.28)
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天の前庭・ほしおさなえ(東京創元社)

 事故がきっかけで意識を失い、9年間眠り続けた柚乃。9年目に目を覚ましたとき、彼女は事故より前の記憶をすっかり失っていた。そんな彼女が見つけたのは高校生のときの、事故の前日まで書かれていた日記。その日記にも登場する当時の親友達とも再会したが、なぜか日記にでてくる仲良しグループだったはずの一人については、友人たちは皆「そんな人は知らない」という──。
 本格ミステリとしてフェアかアンフェアかと問われれば、そりゃもうアンフェアですとも! 幻想ミステリというよりは、もうはっきりSFと称してくれたまえ、てなもんです。でもこの物語はそれで良いのだ。
「ヘビイチゴ・サナトリウム」を読んでいたので、「きっと理に落ちた解決のつくパズラーではあるまい」と予想して読んだのも良かった。そういう話を書く人なんだ、という基礎知識があるのとないのとじゃあ、受ける印象が全然違うんだな。
 それに、やっぱり「世界」を描くのが巧いよこのひとは。呈示される謎がすごく魅力的なのでぐいぐい引っ張られるし、高校生の男女のなんとも甘酸っぱくも背伸びした青さがまた愛おしくて。いろんな要素が盛りだくさんに詰め込まれてるんだけど、今回は「この日記に書かれてることはホントなのか?」という中核となる謎が全編を通して底流にあるため、読者も振り回されずに柚乃と一緒に謎に対峙できる。
 物語の前半は地に足のついた現実的な「謎の呈示」とその調査で進み、後半になると物語がどんどん拡散していくというのも「ヘビイチゴ・サナトリウム」に同じ。だけど今回は前と比べてその拡散の仕方が思い切り「あっち」に行っちゃってるので、逆に受け入れやすかったのね。その「あっち」への行き具合が不自然じゃなくて、物語という大きなものにくるまれたまま連れて行かれるので抵抗がない。これは筆力によるものだろうなあ。
 「ヘビイチゴ・サナトリウム」の書評の最後で、あたしは「あまりミステリに拘らずとも──という気もする。カタルシスより揺らぎの方が似合っているような」と書いた。本書はまさにそれよ! おそらく好みは別れると思うけれど、たとえアンフェアでも、ミステリとしての解決が緩くても、あたしは「世界を持つ物語」としてこれが好きだ。恩田陸の描く学園ファンタジーが好きな人は、きっと気に入るんじゃないかしら。 (05.10.28)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

千日紅の恋人・帚木蓬生(新潮社)

 時子はバツ2の38才。最初の夫とは死に別れ、二人目の夫とは離婚して、今は老人ホームで介護の仕事をやりつつ、母を手伝ってアパートの管理人をしている。アパートの住人には問題のある人も多く、管理人業もなかなかタイヘン。そんなある日、空き部屋に一人の若者が入ることになった。時子より10才も若い青年・有馬は、持ち前の明るさで時子の心に少しずつ入ってくる──。
 帚木蓬生が描く(もしかしたら初めての)市井恋愛小説。けれど物語の中核は「扇荘の人々」であり、時子と有馬の恋愛は焦れったいほどにゆっくりとしか進まない。物語の前半の殆どが扇荘の住人の紹介とエピソードに費やされるので、「いったいこの話はどこに向かってるんだろう?」と戸惑ってしまうこともしばしば。有馬が登場してからようやく、「この流れを追えば良いんだな」という線が見えてくる。
 でもなあ。何にびっくりしたって、この著者の描く38才のあまりにフケていること! これ、どうみても50才くらいの女性の描写だよ。例えば小旅行に行くときの服装が、「下がアップルグリーンのスパッツ、上は(Tシャツで)藤色の地に横文字が大胆に描かれている。気に入っている一枚だ」──今の38才のセンスじゃないってそれ! そういえば連城三紀彦の
「秘花」を読んだときも、描かれている38才の女性がとても老けてるのに驚いたっけ。帚木蓬生は昭和22年生まれ、連城三紀彦は昭和23年生まれで同世代。この年代の男性著者は、38才という年齢の女性はこういう感じだと捉えてるのかなあ。なんかショック。今の38才はもっと若いわよ。そのせいなのか、恋の会話もエピソードも、なんかちょっと古めかしいんだよなあ。カラオケ教室って……まあ、いいんだけど。けど最大の疑問は、非の打ち所のない好青年である有馬が、なんでこれまで一人だったのか、挙げ句なんで時子に惚れるのか、そこがまったく分からないってことだな。
 あと、久々に帚木蓬生の市井小説を読んだせいか、会話文体がものすごく気になった。ですます調で話すのは良いんだけど、なんだか一様に、「日本語を習っている外国人が喋るような、正しいんだけど妙に説明的な文」なのよ。「これは××です、××は値段が高いです」みたいな。翻訳みたいな会話文。こんな文章書くひとだっけ? (05.10.29)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

私という運命について・白石一文(角川書店)

 大手メーカーに総合職として入社した冬木亜紀は、27歳のときに恋人からプロポーズされ、悩んだ挙げ句にその申し込みを断っていた。その亜紀の、それから10年に亘る生活を描く。人を好きになるということ、運命の相手とは何なのか、エピソードのひとつひとつが心を打つ物語。未婚者も既婚者も、同じ時代を生きた女性はこれを読み逃すなっ! 恋愛小説というジャンルでは、文句なしに今年のベストでしょう。
 この10年という時代背景の移ろいが見事なんだよなあ。プロポーズを断ってから2年後、亜紀が29歳のときはまだバブルがはじけて数年。最終章では亜紀は40歳になんなんとする。29歳の女性が働きながら40歳になるまでの間に体験した、いろんなできごと。それによって彼女の何が変わり、何が変わらなかったのか。その間、彼女が探し求めていたものは何だったのか。もう、たまらないくらい胸がぎゅうぎゅう締め付けられるよ。
 第一章の【雪の手紙】は、携帯電話も普及してないし政権は細川連立内閣という時代。亜紀が後輩の女子社員の披露宴に招かれるシーンから始まる。披露宴出席を迷う亜紀、なぜなら、後輩は知らないが、新郎は2年前に亜紀がプロポーズを断った相手だったから──。
 第二章の【落葉の手紙】は、福岡に転勤した亜紀の生活が描かれている。時代はペルーで日本大使公邸占拠事件が起こった1996年と、それが膠着したまま迎えた97年。赴任先で「運命の相手」と出会った亜紀は幸せいっぱい。けれど、そんなときに事件が起きる。運命の相手と思っていたはずの男性の、思わぬ行動。それに対して自分がとった行動。その時点ではあたしも亜紀が正しいと思ったが──どうするのが「愛」なのかは、難しいなあ。
 第三章【雷名の手紙】は、1998年。東京に戻って来た亜紀の新しい生活。そんなとき、弟の妻が発作を起こした。彼女には心臓に持病のあって──。弟の同僚が、「運命の人を逃しちゃったかも」という亜紀に向かって「その人が運命の人だったら、何があっても最後には必ず結ばれる」というシーンが印象的。
 そして終章の【愛する人の声】。すべてはここに繋がるのか、と、ただひたすら溜息しか出ない。そして各章とも、ここまで実際の時代の流れに添って書かれているのだから、当然、ここで起きるある事件も予想できるはずだった。でもできなかった。うわー、そう来たかあ、と思わず天を仰いだね。もう、何も言うことはない。これは読め。とにかく読め。人を好きになるというのは、こんなにも素晴らしく、そして気高いものなのだ。 (05.10.29)
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優しい音楽・瀬尾まいこ(双葉社)

 なーんかちょっと風変わりな人々の恋愛を描かせると、やっぱ巧いねこの人は。楽しめるかどうかのポイントは、読者がその風変わりなキャラを許容できるかどうかの一点にかかっている。感情移入して読む──つまり、自分がこの主人公と同じ立場にあって同じ行動をとったとしたら、という観点で読んでいると、ともすれば「風変わりキャラ」ってのは腹の立つものなのよ。けれどいつの間にか、すべてひっくるめて気持ちよく読み終えている、そういう魅力があるんだよね、この著者の作品って。
【やさしい音楽】駅で偶然であった女性。一面識もないその女性・千波は、なぜか僕の顔を見るなり近寄って来て自己紹介をした。それから同じ駅で良く会う──というより、明らかに待たれているので、自分のことを好きなのだろうと思ったのだが……。読者はおそらく、主人公よりほんの少し早い段階で、「真相」を知る。すると千波の不可解な行動にも納得がいくのだけれど(ホントのことは言いにくいよね、確かに)、そこから先が切ないんだよなあ。真相を知った後、こういう行動に出られる男性ってすごい。ホントに優しいのだなあ、としみじみ。
【タイムラグ】不倫相手の男の娘を、何の因果か2日間預かることになってしまった深雪。幼い娘には親の恋など関係ないので、普通に歓迎して一緒に遊ぼうとするのだが──。いい話なのよ、すごくステキな話なのよ。でも、ステキな話であればあるほど、不倫してる男が腹立たしいわよ! こんな娘がいて、あんな奥さんがいて、よくもよくも浮気なんてっ!
【がらくた効果】同棲してる彼女が、いきなり見知らぬおじさんを連れてきた。いわゆるホームレスのおじさん。けれどもともとは大学教授だったそうで、浮世離れしたおじさんに次第に二人は影響されていく──。ちょっと落ち着け、と二人に言いたい。このご時世に、何を無防備なことやってるんだ。おまけに主人公の男、気が弱すぎ。彼女、自分勝手過ぎ。でも、そういう「ちょっと待てコラ」という設定がなければ、この結末には至らないという、なんともジレンマが。 (05.10.30)
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新撰組捕物帖 源さんの事件簿・秋山香乃(河出書房新社)

 新選組を書かせたらハズレ無しの、この著者。これまでの新選組モノは史実をもとにドラマを膨らませるといったタイプだったけれど、今回は「新選組という舞台と人物」を使ったフィクションだ。新選組が舞台のミステリと言えば南原幹雄の「新選組探偵方」(だから本書の帯にある「新撰組、初めての捕物小説」というキャッチは間違いだね)で、あちらは実際に起こった新選組内部の事件に沖田が探偵となって別の解決を導くというもの。翻って本書は、事件そのものはまったくのフィクションなので、その分、気楽に(?)登場人物たちのエピソードを楽しめる。
 捕物帖といっても、謎解き色は薄め。どちらかといえば時代劇によくある人情物路線。けれど、それが新選組という舞台、及び幕末の京都という時代背景と絡み合って、新選組ならではの捕物帖になっているあたりが見事。そういう点では、やはり史実とフィクションの絡め方が絶妙と言えましょう。井上源三郎を主人公に、「捕り物」のパートナーとして出てくる監察の尾形俊太郎のキャラが実に良いのよ。べらんめえの源さんと四角四面な尾形の掛け合いは、一種の漫才だよ。ここらあたり、新選組ファンにはちょっとタマラナイものがあるのさ。
 それにしても、井上源三郎が主人公になるなんて、大河ドラマ以前には考えられなかったよなあ。
【仇討ち】市中見回りの最中に見つけた死体。辻切りかと思われたが、被害者には幼い息子がいて──。
【二人総司】新しく入隊した男、剣の腕は立つはずなのに知り合いが相手となると急に弱くなって──。
【新撰組恋騒動】源さんが恋をした! きゃぁ。そんな中、遊廓の女と心中を考えてる隊士がいるらしく──。
【怨めしや】幽霊を見て、狂ったように自害する隊士たち。どうやら壬生村時代に事件の根があるようで──。
【源さんの形見】鳥羽伏見の戦いに敗走し、大阪城にやってきた土方が、沖田に源さんの死を告げる──。いきなり死んでるし。もちょっと引っ張ったらどうかってくらい、容赦なく初手から死んでるしっ。けれど、これは泣いた。既に捕物帖でも何でもないんだけど、読んでてじわじわ来た。ここまでのすべてが、この一編に収束する。珠玉。
(05.10.30)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

しかたのない水・井上荒野(新潮社)

 フィットネスクラブを舞台に繰り広げられる、オムニバス風の連作短編集。同じクラブに通う人々の、いろいろな恋愛模様を描く──んだけどさ、どういう集まりであれグループができれば恋愛が生まれるのは当然としても、こうやってそこだけピックアップすると、「なんとも生臭いフィットネスクラブだなあ」と思えちゃうよ。大半のひとは、ただ普通に、シェイプアップや体力つくりや友達付き合いのために通ってるはずなのに。
【手紙とカルピス】女をたらしこんでは彼女の家に転がり込んでいる男。今の彼女にも飽きてきて、次のターゲットはフィットネスクラブの受付に座っている女──。あのね、フィットネスのプールに赤だの黄色だののビキニパンツで来るってあたりが、既に終わってるよコイツ。ひっかかる女がバカとしか言えない。
【オリビアと赤い花】娘を託児サービスに預けてフィットネスに向かう人妻。水泳は真剣に練習しているが、その一方で──。ベランダに植え替える花を玄関に置きっぱなしにしてるあたりのエピソードがリアルにして象徴的。
【運動靴と処女小説】壮年を過ぎてから会社を辞め、通販専門の古本屋を開業した男。フィットネスクラブで知り合った受付嬢と不倫中。ところが──。不倫のくだりより、新米古本屋としての第一歩でコケるあたりが一番読ませる。泳いでる場合じゃないって!
【サモワールの薔薇とオニオングラタン】体の不自由な母親と一緒にプールに通う娘の話。滅入るなぁ……。
【クラプトンと骨壺】フィットネスクラブで受付を務める美女は、娘の幽霊と同居していた──。このまえまでは「なんかイヤな人ばっかり出てくるなあ」と思いながら読んでいたのだが、これと次作(つまり最後の2作)で一気に評価が変わる。うわ、これ、すごいよ! ラストで絵がくるりと反転するサプライズと、それが分かった瞬間に膝を打つ快感。
【フラメンコとべつの名前】クラブの水泳コーチが主人公。同じクラブでフラメンコ教室を開いていた妻が失踪したとして、会員の間では噂になっている。しかし実際は失踪ではなく──。真相を明かさないあたりに想像の余地があって深い。うん、このラスト2作は良いなあ。
(05.10.31)
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心のかけら・広谷鏡子(角川春樹事務所)

 出勤の途中、ある男性と運命的な出会いをしてしまった「私」。何かに導かれるようにホテルへ向かい、体を重ねたあとで、私は会社へ向かった。ところがその30分後、彼が私の務める会社の新スタッフだったことがわかる。そのまま周囲に隠して交際を続ける二人だったが、彼にはある問題があって──。
 とにかくダメダメな男と、ダメダメなのはわかってるのに離れられない女。もうね、一頁読むごとに、いや、一行読むごとに、心の中で叫んだね。
 そんな男は、こちらから捨てておやりなさい!
 とにかくこの男がもう、腹が立つことと言ったら! 幼い頃の母親との関係がトラウマになってるのは致し方ないとしても、それを理由にあーだこーだぐじぐじと愚痴を垂れ流した挙げ句に、優しく接してくれる女なしではいられないという……目の前にいたら蹴り倒してしまうであろうほど、情けない男なのだ。
 主人公の「私」は最初そんな男だと気づかずに付き合い出し、気づいたときには捨てられなくなっていて、だったら厳しく接してあたしが彼をなんとか立ち直らせようという発想になる。それはそれでちょっとどうかとも思うけれど、分からないでもないよなあ。けれど男の方は厳しくされるのがイヤで、他に逃げて、同じことを繰り返すのよ。あのね、何に腹が立つって、この男がぐじぐじ言う最大の項目が「こんな僕ではあなたに迷惑がかかるから」なのさ! これ、アッタマ来ない? 絶対本心じゃないんだよね。単なる逃げ口上。自分を変えるつもりはさらさら無いわけ。「今の僕をそのまま受け入れてくれる人じゃなきゃ、イヤだい」というだけの話。むかっ。
 じゃあこの本はつまんなかったのかというと、逆だから面白い。この男が主人公なら怒髪天を突いたろうけど、「こいつ、ダメだ」と分かっていながらもなんだか気になって見てしまう年上の女が主人公ってあたりが良いのよ。「私」はちゃんと分かってる。一度は惚れた男とうまくいかないのは悲しいし寂しいけれど、でもちゃんとそれを自分の中で処理しようとする。思いがあふれてみっともないこともしちゃうけど、けれどそんな自分にちゃんと客観的になれる。だからこそ、読者も主人公に感情移入しちゃうのよ。
 ダメダメ男との恋愛で、ここまで主人公に感情移入できるのは珍しいよ。おまけに読後感が良いのだ。恋愛小説好きの人は一読の価値有り。 (05.10.31)
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