中学校の修学旅行。班行動の最中にクラスメートの一人が行方不明になった。彼女はそのまま消息を絶ち、そして二十年が過ぎた。当時の同級生はそのことを心の底に沈めたまま大人になり、それぞれの生活に追われていた。一流企業に入ったものの離婚した男。出版社に入って実績をあげたものの離婚の危機にある女。誠実な男に嫁いでセレブな暮らしにこだわる女。ミュージシャンとして、そして作家として、成功と没落を一度に経験した女。そして刑事になった男。そんな彼らの中の二人に、二十年前に行方をくらませた当時のクラスメートを名乗るメールが届いて……。
陽だまりの偽り・長岡弘樹(双葉社)
小説推理新人賞を受賞した著者のデビュー短編集。あれ、受賞作は載ってないのね。いかにも小説推理新人賞らしい手堅さ。新鮮さや派手さはないけれど、ひとつひとつがしっかりまとまっていて読み応えがある。ううむ、巧い。
ニューヨークの36階建ての古いビルに暮らす往年の名女優が、病気で息を引き取った。その間際、彼女は1921年に自分自身が関わったある殺人事件の話をし、御手洗にこの謎を解いてみろと言い残した──。
「そうだ」
最初の「そうだ」は何でもいい。そうね、たとえば"Right"とかかな。けれどそれに対する相手の説明を聞いて、次にくるのが「正確にその通りだ」ですよ。日本語の会話としては、なんかちょっと不自然。普通なら「その通りだ」とか「まさしくそうだ」ってところじゃない? けれどここを、島田荘司は「正確にその通りだ」と書く。それはおそらく、英語で会話をしているはずの彼らにとっては、ここに入るべき最も自然な表現が"Exactly right (correct)"(あるいは"Certainly")だったからだ。こういう細かいところがね、すごいのよこの文体は。日本語の文字で書かれているのに、英語の会話が聞こえてくるような表現。うっとりしちゃう。
セリヌンティウスの舟・石持浅海(カッパノベルス)
石垣島でのダイビング・ツアーで遭難し、ともに生死の境を彷徨った6人。それがきっかけで、救出された後、堅い友情を育んでいた。しかしその6人で集まって飲んだ日の夜、メンバーの一人が青酸カリを飲んで死んでいるのが発見された。警察の捜査では自殺とされたものの、その現場にいたメンバーには納得できぬことがあり──。彼女は本当に自殺だったのか、だったとすれば「自殺では説明がつかない」ある事象をどう判断するか。残された5人が議論によって真相を探る、議論型探偵もの。
主人公は「結婚したくない」と思っている、二十代後半から四十代前半までの男性5人。「できない」ではなく「したくない」人たち5人のオムニバス小説です。結婚したくない理由はそれぞれ異なってて、「もっと遊びたい」だったり「同性愛者」だったり「彼女はいるんだけど、なんか踏み切れない」だったり「母親がなんでもやってくれるから、必要性を感じない」だったり「アニメの二次元の女の子の方がいい」だったり。彼らはそれぞれ知り合いでもなんでもなく、だから小説もオムニバスとして彼らの生活を順繰りに描いて行くんだけど、彼らの行き着く先には、思いがけない事件が!
フェティッシュ・西澤保彦(集英社)
直井良弘の密かな趣味は、タイツに包まれた女性の脚を鑑賞することだ。そんな脚が最も多く拝めるのは葬儀会場。直井は新聞で葬儀の予定を調べ、隠し撮り用のデジカメを持って縁もゆかりもない人の葬儀会場へ赴くのが日課だった。そんなある日、直井はこれ以上ないというくらいの美脚の持ち主に会う。それは、ある殺人事件の被害者の葬儀会場だった──。
目次を見て、にやりと笑った人はどれくらいいるかな? 「あ、辻真先だ!」と気づいた人とは話が合いそうな気がする。辻真先の名作「仮題・中学殺人事件」(<リンクは合本の書評です)をもじった目次構成から、すでにわくわくが止まらないよ本格好きの血が滾るよぉ。
そして名探偵は生まれた・歌野晶午(祥伝社)
中編3つが収められてるけど、うちふたつは祥伝社400円文庫で出されたもの。そういう意味では、どれもミステリとしてのレベルはとても高くて真っ当に評価すれば十分お薦めなのだけれど、400円文庫2冊分+中編1作で1700円ってのはコストパフォーマンスがなあ……。まあ、単行本と文庫を比べてコストパフォーマンスを云々すべきではないのだけど。「一冊にまとまった」という点では確かに嬉しいしな。3分の2は既に読んでる上に安く買える、ってのがなければ文句無しにお薦め。ってことはつまり、この本がそのまま文庫になれば諸手をあげてお薦めってことです。
逆説探偵 13人の申し分なき重罪人・鳥飼否宇(新潮文庫)
綾鹿警察署・五龍神田刑事は公園に住むホームレスのたっちゃんと親しくしていた。たっちゃんはときどき情報をくれたり、五龍神田が考えをまとめるための話を聞いてくれたりするのだ。そしてたっちゃんの知り合いであるもうひとりのホームレス「じっとく」こと十徳次郎の鋭い一言が、事件解決のきっかけになることもあって……。
売れないライター寺坂真以が仕事場にしているファミレスは、いつもなんだか覇気がない。それもそのはず、そこは《幸薄いひとばかり》が集まるイワクツキのファミレスだったのだ。真以はそこである名探偵のおばあちゃんに出会い、いろんな謎を解いて貰うという趣向の連作短編集。
激流・柴田よしき(徳間書店)
タイトルの「激流」がまさにぴったりな作品。元クラスメートからのメールをきっかけに、彼らは皆、自分ではどうしようもない運命の奔流に飲み込まれていく。それぞれがそれぞれの立場で出会う事件や問題は、何らかの形で「読者の身の周りにあってもおかしくないような」ものばかり。けれどそのグレードが高いというか程度がひどいというか、つまり事件の背景や種類はとてもよく理解できるものでありながら、なおかつその内容は実際には身近にはないくらい激しいわけよ。
だもんだから、もうのめり込むことのめり込むこと。どうなるの、どうなるの、この先いったいどうなるの、と一気読みしてしまった。分厚いのに。二段組なのに。それだけの吸引力があるのです。人物描写とエピソードが、とにかくリアルなんだよね。そのリアルさも、とても肉厚というか、温度と質量を持ったリアルさなんだよね。顔が見えるというか。だから感情移入もするし、その情景がすごく具体的に目に浮かぶ。彼らの言動が直接胸に響いてくるのさ。う〜ん、巧いなあ。
ただ、ミステリとしては不満がないわけじゃない。とにもかくにも、重大な手がかりが出るのが遅すぎる! 大事な人物はもっと前の方から出してくれよおお。だもんだから終盤になっての展開がやや唐突なんだよね。「そんなこと言ってなかったじゃん!」みたいな。謎解きミステリではないから、フェアだどうだって議論にはならないんだろうけど、それでも帯にサスペンス・ミステリと銘打っているからには、もうちょっと伏線があってくれれば良かったのになあ。まあ、このあたりは好みの問題であって、本書のドラマの魅力を損なうものではありませんが。
(05.11.1)《この本の詳細情報&注文画面へ》
【陽だまりの偽り】郁造は最近記憶が飛ぶことが多く、ボケ始めているのではと不安に苛まれている。嫁に頼まれて孫への仕送りを郵便局まで持っていくのが郁造の毎月の習慣で、金の扱いを任せるくらいだから嫁にはばれていないと安心していたのだが──。おお、巧い。ただ、自分がボケかかっているのを誤魔化すために、どんどんのっぴきならないところに年寄りが追い込まれていくってのは、痛々しくてツライよ。
【淡い背のなかに】女手一つで育てた息子は、どんどんグレていき、今日も万引きで呼び出しが来た。ところが、息子を車で引き取りに行った帰り道、なんと葉子は人身事故を起こしてしまう。そのとき、息子が意外な一言を──。うわぁ、親としてどうなのか、この対応は。けれど話はとても良くできてる。最後の展開には「そう来たか!」と膝を打った。
【プレイヤー】役所はそろそろ人事異動の時期。今年は昇進が予想される主人公だが、管轄の駐車場の柵が壊れていたことを失念し、そこから転落者が出てしまった──。わぁ、けっこうトリッキーかも、これ。
【写心】借金に追われてにっちもさっちも行かなくなった守下は、ついに誘拐を決意。まえから目を付けていた子供を誘拐し、脅迫電話をかけたところ「子供は返してくれなくていい」と言われ──。これ、主人公ももちょっと早く気づけよ、という気がしないでもないが。主婦達の日常の一コマが、あとになって効いてくるあたりが実にいい。
【重い扉が】息子が友達と一緒に歩いていたとき、不良少年達に襲われ、財布を奪われた。一緒にいた友達はケガをさせられ、意識不明の重体だ。警察で証言した息子だったが、いざ容疑者が捕まり、顔を確認してくれと言われた途端に拒み始め──。う〜ん、これはちょっと分かりやすすぎるかな。でもミステリとしてはネタが割れやすくても、それが瑕疵にならないくらい物語そのものが良い。ただ「これが真相でした」で終わらず、そこから一歩進んだ「解決」があるのが良いなあ。
(05.11.2)《この本の詳細情報&注文画面へ》
摩天楼の怪人・島田荘司(東京創元社)
これぞ、ザ・島田荘司! もう、嬉しくなっちゃうくらい、隅から隅まで島田荘司の「奇想」だよ。不可能興味は盛りだくさん、手に汗握るアクション(?)もあるし、実在の建築物を実際以上に大きく(物理的なサイズじゃなくてね)描く、その手腕といったら! 小難しい理論もぐいぐい読ませてしまうストーリーテリングの巧さ、あっという間に70年前のニューヨークに読者を引っ張り込み、「これでもか!」と言わんばかりの映像的なクライマックス。そしてもちろん、伏線に次ぐ伏線、その伏線が収斂する先のドラマの見事なこと。まさに「剛腕」という呼び名が相応しい。細かいトリックがどうのか、よくよく考えると無理がないかとか、逐一挙げるのも面倒くさいくらい、すべてが島田荘司だ。これを書いたのが島田荘司ってだけですべてOK。ああ、ニューヨークに行きたい!
本編とは別に、いたく感心したところ。文体がね、英語なの! いや、日本語なんだけどさ、舞台がアメリカなわけよ。だからここで御手洗たちがかわしている会話は、ホントはすべて英語なんだよね。それを日本語で著しているわけで──何に感動したって、登場人物の会話がさあ、ほんとに英語の文法なのさ。翻訳文体というか、その日本語を読めばオリジナルの英文が何だったのか浮かんでくるようなしゃべり方なのさ。例えば、367ページのこういう会話。
私も同意した。
「その時点では(……中略……)メモには表れていない」
「正確にその通りだ」
それにしても、石岡君が出てこないバージョンの御手洗は、なんとまあステキな大人の常識人であることか。石岡君と一緒にいたころのエキセントリックさは、かけらもないよ。こっちの御手洗の方が数段魅力的だにゃあ。
(05.11.2)《この本の詳細情報&注文画面へ》
こういう「論理のみで真相を探る」という設定は嫌いじゃない。この手のが得意なのは西澤保彦だけれど、これは西澤モノより更に問題をシンプルにし、且つ、全編に「青春!」をまぶしたような作り。その議論が展開される過程はワクワクするし、疑問を呈示するその眼のつけどころにも瞠目する。動きがないので地味な印象は否めないが、地味だからこそ、構築される論理の美しさが際だつ。
ただねえ……「真相を知りたい」と思う、そのベースにあるのが「僕たちは互いに信じ合っている」だとか「僕たちはみっちゃんを信じているからこそ、みっちゃんが遺した謎を解かなければならないんだ」とかの、形而上的なことなんだよね。もちろんそれこそがこの作品のテーマであり、だからこそタイトルが「セリヌンティウス」なのだけれど(セリヌンティウスってのは「走れメロス」で、メロスを信じて身代わりになった親友の名前です)、ここらあたりの登場人物の心のありようというのが、良く言えばロマンティック、悪く言えば青臭い。
無論、ともに生死がかかった体験をしたというのは並々ならぬ絆を作っただろうし、たまたまピュアな人たちばかりだったという可能性だってもちろんある。でも、仲間が一人自殺したのよ? でもって、そこに他者の手が介在してることは確定的なのよ? その人物は自分たちの中にいて、今目の前で、ばっくれてるのよ? そんな中で、「信じ合ってる」もクソもないもんだと思うがなあ。その前提を誰一人として疑わず、和気藹々と議論してるのがなんだか逆に空恐ろしい。若いメンバーはまだしも、56歳の三好さんはときどき我に返ったりしなかったのかしら。──そうか、そう感じる読者は、セリヌンティウスにはなれないのだな。
そうそう、ひとつ、すごく感心したフレーズがある。彼らがどうしてここまで互いを信頼できているのか、という自問に、主人公はこう答えるのだ。「それは、僕たちが他人だからだ」と。すでに自立し、個々が確固たる世界を作っているが故に、互いに寄りかかりすぎずにいられるからだ、と。ここらあたりの「友情・信頼」についてのシビアな洞察には、強く感じ入った。
(05.11.3)《この本の詳細情報&注文画面へ》
結婚なんてしたくない・黒田研二(幻冬舎)
黒田研二が、初めて本格ミステリを離れて書いた、エンターテインメント小説。そしてその「転向」(なのか「ちょっとした気まぐれ」なのか「幅を広げた」のは今の段階ではわからないけど)は、大成功だったんじゃないかな。これまで、ともすればトリックのため・伏線のためにむりやりストーリーの自然な流れをねじ曲げていたきらいがあったけど、そういう制約がとれたせいか、実にテンポがいい!
特にこの主人公5人は「いるいる!」と思ってしまうことしきり。いや、女性のあたしですら「あ、この理由はわかるなあ」と共感しちゃうくらいだもの。適齢期を過ぎてひとりでいると「なぜ結婚しないの?」と訊かれることが多いけど、心の中で「結婚って、しなくちゃいけないの?」と問い返した人はけっこういるんじゃないかしら。そういう人は、きっと共感できるよ。
女性はやや類型的ではあるけれど、本書においてはあくまで男性5人がメインなので、女性のキャラの弱さは許容範囲。とにかくこの5人には、納得と共感で笑い出したいくらいよ。中でも感心したのは、「母親がなんでもやってくれるから、必要性を感じない」真鍋の項。真鍋は決してマザコンではない。焼き鳥屋を経営していて、ちゃんと経済的にも自立していて、同居の母親はちょっと過保護なんじゃないかと思ってるくらい。つまりは、自分ではその気がないから結婚しないだけの立派な大人だと思ってるわけよ。それが、母親がいなくなり、とある事件が起こったとたんに、彼はいきなり現実逃避してしまう。大人のはずなのに、何も対処できない自分に気づく訳。彼の「転落」は、いくらなんでもここまでになっちゃうのはリアルじゃないだろう、と最初は思いながら読んだんだけど、でも途中で「一度折れちゃうと、人間、こんなものかも……」とすら思えてきた。
特筆すべきは、こういうテーマだとなんとなく社会的なメッセージを送る方向に行きがちなんだけど、そこをちゃんとエンターテインメントのままで終えたところかな。このあたりは著者らしい。ただ、個人的には、このエンディングにはもうちょっと「個人差」があっても良いんじゃないかという気がした。とまれ、ここまでの著者の作品の中で、読者を引っ張る物語の面白さはナンバーワンでしょう。
(05.11.3)《この本の詳細情報&注文画面へ》
き、きもちわるい……。おまけに、救いがない……。西澤保彦のダークサイド炸裂。
「触られると仮死状態になってしまう」という厄介な病気を持つ美少年を巡って、いろんな人の「性癖」がせめぎ合う。ただ、懸念していたほどの気色悪さがなかったのは救いかな。確かに、脚だの手だのに執着する人々の描写はあるけれど、彼らの性的な描写はあまりないので、「概念」として受け取ることができたから。これで実際に彼らの性行為が詳しく描写されてたり、物理的にその犠牲になる一般人がいたりしたら、おそらく途中で本を閉じてたと思うわ。
一番気持ち悪かったのは、脚フェチ親父でも、手フェチ刑事でもなかった。猟奇殺人を繰り返す親父でもなかった。一番気持ち悪かったのは、仮死状態になった美少年を犯そうとして裸になる女性看護士や女子高校生たちだ。乱暴な口をきき、犯罪を楽しむ女子高生たちだ。うーん、でもここらを気持ち悪いと感じてしまうのは、その性癖や描写ではなく、「女の子が、そんな下品なことをするんじゃありません!」という道徳観念に反するからのような気がするなあ。
けれど、脚フェチにしろ手フェチに女性看護士にしろ女子高生たちにしろ、つまるところは「美しいものを愛で、自分のものにしたいという欲求」からすべてが始まり、すべてはそこに収斂されていく。ミステリ的趣向もあるのだけれど、メインテーマはあくまでも「美しいものに魅入られた人々の破滅」を描くことにある。
そんな中、その美しさに最初は惹かれながらも、フェティシズムからは別の方向にシフトしていく人物が一人だけ存在する。自らの悲しい過去のできごとを、その美しさの《背景》に投影することによって、自分と相手を救おうとするのだ。それも一種の執着であることは間違いないが、それでも、エキセントリックな登場人物の中で、彼女の「破滅」だけに、救いを感じてしまった。いや、もしかしたら、ここに出てくる人々にとっては、誰もが「破滅」と「救い」が同義なのかもしれない──。
(05.11.5)《この本の詳細情報&注文画面へ》
法月綸太郎の本格ミステリ・アンソロジー・法月綸太郎(編)(角川文庫)
そして目次の中に、中西智明の名前を見つけた驚きと言ったら! 「うっそお!」と叫んでしまったくらい。あたしはどんなアンソロジーでも順番に読んでいくタチなんだけど、今回ばかりは中西智明から読みましたよ読みましたとも当たり前でしょっ。(念のために解説。中西智明氏とは、1990年に「消失!」でデビューし、本格ファンの度肝を抜いた作家さん。作品がこれ一冊だけで、その後まったく本を出してくれなかったので、本格ファンの間では伝説と化しているのさ) 今回収録されているのは「消失!」同様1990年に雑誌に掲載された短編だけど、法月綸太郎の解説によると、中西氏のカムバックを目指す意思は固いそうで、その情報だけでも本書を買う価値があるってもんでいっ!
全般に洋物が多くて(それも古めの)翻訳物が苦手な大矢にとっては、中にはちょっと辛い部分もあったんだけど(特に前半に)、それでも「ほぉ」と思わされてしまうのは、さすがのセレクト。いや、翻訳物が苦手ですぐに放り出しちゃうクチなのに全部しっかり読まされてしまったわけだから、やはり相当なものなのよ。どちらかと言えば、ガチガチのパズラーというよりは、ちょっと変わった風味のものが目立ってるかな。特に第1章は最初からそういう趣向(奇妙な味を楽しむっていう趣向ね)でセレクトされているので、「本格ミステリ・アンソロジー」ってことでパズラーを期待して読むと、ちょっと肩すかしかも。だけどジャンルを超えてただ短編として味わうと、どれも結構ハマっちゃうことは請け合いだあ。
洋物で印象的なのは、クイーンが原案を提供したラジオドラマ『ニック・ザ・ナイフ』(これ、「なぁんだ単純、見切ったね」と思ったのにしっかり騙された)や、犯人当ての秀作、ドマンド・クリスピン/ジェフリー・ブッシュ『誰がベイカーを殺したか』かな。「わ、こう来たか!」と唸ってしまうテクニックに脱帽。
和物は上記の中西智明の他は、なんと小泉八雲に西村京太郎、おまけに小説ではなく精神科医の体験談と、「どこが本格?!」と尋ねたくなるようなラインナップ。けれど読めば納得。なるほどね、こういうのを編みますかそうですか。にやりと笑って「こしゃくな」と呟いてしまうよ。<楽しんでる。
(05.11.6)《この本の詳細情報&注文画面へ》
「生存者、一名」と「館という名の楽園で」については、それぞれの感想(リンク先)を読んで頂くとして。双方にお薦めマークがついてるわよ! あ、でも「生存者、一名」の感想は思い切りネタバレしてますので、未読の方は読まないでね。ネタバレせずに言えることは、「孤島で一人ずつ殺されていくというお馴染みのパターンながら、ラストにはマジでびっくり! タイトルはこういう意味だったのかと膝を打つ」ってことかな。
で、今回初読みだった『そして名探偵は生まれた』について。
警察に協力することも多い名探偵の影浦逸水と助手の私は、まえに解決した事件の関係者から招かれて伊豆の企業別荘へ来ていた。そこで起こる殺人事件。私は影浦に出動を促すが、犯人の目星はついているにも関わらず「依頼人もいないのに、誰が金を払ってくれるんだ」と乗り気でなく……。
わははは、何に笑ったって、名探偵の苦悩である。それも法月綸太郎みたいな形而上的な苦悩ではなく、「警察に協力したってたいした金額を貰えるわけじゃない、かといって解決した事件を文章にまとめて出版すれば遺族から訴えられ莫大な賠償金をとられる、フィクション仕立てにしたって『モデルを特定できる』と言われやはり裁判で負けて賠償金をとられる、便宜をはかってくれた警察関係者だって一般人に情報を漏らしたとしてバッシングは免れない。ホントならオレの探偵譚はベストセラーになって映画になってるはずなのにぃ!」という悩みなのだ。もう大笑い。大笑いついでにきわめて納得。納得と言えば、ミーハーな女性たちを遠ざけるために「小説みたいなトリックがいかに現実的でないか」について述べるくだりも大納得の大笑いなのだ。
笑いながら読んだものの、そこに書かれていることはまさに「真実」である。そして、そんな真実をちりばめながらも、ここで展開される事件はいかにも本格推理のそれで、そのトリックも鮮やかに解かれるわけだ。なんかね、ここで起こる事件だとかその真相だとかははっきり言ってすべて「テーマを構成するためのエピソード」に過ぎず、ではそのテーマとは何かと言えば、「本格推理」や「名探偵」というものに対しての皮肉と愛情なんじゃないかなあ。なんだか東野圭吾の「名探偵の呪縛」を思い出しちゃった。
(05.11.10)《この本の詳細情報&注文画面へ》
という連作短編集なんですけどもね。いやもう、逆に驚いちゃうくらいの「同じパターンの繰り返し」なのだ。つまり、事件が起きる、こまって「じっとく」に相談する、彼が何かを見抜く、それで解決したと思って署に戻ると、実は「じっとく」の説明はまだ途中だったので、他の刑事が真犯人をあげてしまうって寸法。あのね、これだけ同じことを繰り返したら、「じっとくの説明を最後まで聞こう」ってことに気づくだろう普通! ただ単に五龍神田刑事が途方もない粗忽者ってだけじゃないのかこれは。
その粗忽者ぶりは回を追うごとに度を増し、いつしかすっかり「ユーモアミステリ」になってしまうあたりが何とも……。もちろん、全編を貫く謎もあるのだけれど、アヴァンギャルドな作風を持つ著者にしてはなんとも地味な展開だし、その上「だから何なの?」という疑問が拭えない。うーん。どの短編も事件はけっこう複雑なのに、それに対して謎解きがめちゃくちゃスピーディなんだよね。「どこでそれが分かったのよ!」と膝を打つ暇を与えてくれない。トリックをゆっくり吟味できない。暇を与えてくれないから「いや、それは解決としてかなり無理があるのでは」とか「おいおい、なんでそこであっさり自供するのよ、まだなんぼでもごまかせるじゃん」とか「杜撰な計画だなあ」とかの感想しか残らない。えーん、もっと落ちついて読ませてくれよお。おかげで、相当数の短編を読んでいるはずなのに、結果としてすごく薄まってしまった印象。「じっとく」が何だってもう、べつにいいや。<こらこら。いや、それくらい「もったいない」のよこのネタの使い方は!
けれどそれは鳥飼否宇という作家に対して自分が抱いているイメージや期待とはちょっと違ったジャンルの作品よ、というに過ぎないのだな。綾鹿市が舞台ってだけでもうイカがいつ出るかとわくわくしちゃったのも間違った期待の仕方だったのだ。気軽に軽く読めるライトなミステリと考えれば、「その割にはトリックに凝ってるじゃないか」というポジティヴな評価になるわけで。
(05.11.13)《この本の詳細情報&注文画面へ》
ハートブレイク・レストラン・松尾由美(双葉社)
雑誌連載中のサブタイトルは「隅のお婆ちゃんの事件簿」だ。それだけでミステリマニアはにやりとするってもの。このお婆ちゃんが何者か、どうしてこのファミレスはこんなに覇気がないのか、っていうのが見所のひとつなんだけど、それは第一話の最後まで明かされないのでバラす訳にはいかない。でもほら、松尾由美ですから。近未来の妊婦だの椅子だの、妙な設定の探偵ばかり作ってきた松尾由美ですから。そんな普通のお婆ちゃんの訳がない。そこは読んで下さい。でも、お婆ちゃんのプロフィールは確かにぶっとんでるんだが、キャラはめちゃくちゃ可愛いぞ! 育ちが良くて上品でカワイイお婆ちゃん、けれど洞察力に秀でて簡単に謎を解く。優しいけれど、最近の若者にちょろっと泥を吐く。ああ、これは隅の老人ならぬ「隅のミス・マープル」だよ。
気になるのは、「プチ不幸なひとばかり集まるファミレス」という設定上、真以が幸せになってしまっては、このシリーズが終わるんじゃないかってこと。ああ、キャラの恋愛が成就しないのを本気で願ってしまうよ!
【ケーキと指輪の問題】なくしたはずの指輪が、なぜかケーキの中から出てきた。ケーキを焼いた時間、指輪はまだなくなってはいないはずなのに……。謎解きもさることながら、「せっかく謎を解いたのに、真以の仕事の役には立たなかった」とわかったときのお婆ちゃんがめちゃくちゃキュート!
【走る目覚まし時計のの問題】推理作家協会賞の候補になった短編。発明好きの社長が開発した目覚まし時計は、壊れているはずなのになぜ鳴ったのか? 細かい実証がまさに本格の醍醐味。
【無作法なストラップの問題】ファミレスの店長は悩んでいた。お見合い相手はとてもしっかりした素敵な人なのに、なぜかデートの度に、服装の一部分だけが不自然にだらしないのだ……。
【靴紐と十五キロの問題】ファミレス二入るなり倒れてしまった男。その口から出た「十五キロというのは嘘でしょう?」という言葉の意味するものは? おお、何げない一言の背後にある謎を解く、日常の謎の定番だぁ。
【ベレー帽と花瓶の問題】玄関先で起こった強盗傷害事件。しかし犯人をその時間、遠く離れた空港で見たという証言が現れ……。
【ロボットと俳句の問題】ロボットが読んだ俳句に込められた謎とは? そしてついにお婆ちゃんがファミレスを出る!
(05.11.15)《この本の詳細情報&注文画面へ》
書評リストに戻る