時は幕末。江戸に住む貧乏旗本の次男・彦四郎は、その能力を見込まれて大家の入り婿になった。しかし跡継ぎができるとすぐに難癖をつけられ離縁。出戻りの冷や飯食いとして無聊をかこっていたが、ある日、噂に聞いた祠にお祈りしてみたところ、ホントに神様が現れた! しかしそれは期待していた立身出世の神ではなく、貧乏神だった……。
この本が、世界に存在することに・角田光代(メディアファクトリー)
「ダ・ヴィンチ」に掲載された、本にまつわる短編集。本を巡る物語っていうと、マニアックな方向に走るか、でなければ「あたしって本読むヒトなんです、知的でしょ」という選良意識が鼻につくかのどっちかだけど、この短編集は本をひとつの小道具として扱い、あくまでも人を主人公にすることで、そのどっちのケースからも逃れることに成功している。その分、「本好き」の読者にとってはちょっと薄味かな?とも感じられるが、なんせ手練れの作家さんなので、小道具としての本の扱い方が見事なんだよね。
古本道場・角田光代/岡崎武志(ポプラ社)
古本を知り尽くしたライター、岡崎武志の指南を受けて、角田光代が古本修行に出る。といっても、「神保町で子どもの頃に読んだ本を探せ」とか「鎌倉の古本屋で、鎌倉ゆかりの作家の本を探せ」とかって言われる程度で、あとは角田氏が「あー、こんなのあるぅ」「これステキー」というノリで体験エッセイを書き、その釣果を見つつ岡崎氏がコメントをつけるというパターン。
グッドバイ 叔父殺人事件・折原一(原書房)
叔父が死んだ。それも、ネットで集った集団自殺事件のメンバーのひとりとして、ワゴン車の中で、他の自殺者の死体とともに発見されたのだ。ところが叔母は、これは殺人ではないかと言い出した。そしてそれを僕に調べるように命じて……。
一人暮らしの叔母、時子が急死して、久美はそのマンションを引き継ぐことになった。しかし久美が引き継いだのはマンションだけではなく、なんだかいわくありげなぬか床も。毎日かき回さねばならないぬか床なんて面倒なだけだが、マンションに住めるのなら……と引き受けた久美。ところがこのぬか床、とんでもないシロモノだったのだ。なんせぬか床が「呻く」し、その上、卵まで生んでしまって……。
螺鈿の小箱・篠田真由美(東京創元社)
著者がいろんなアンソロジーや雑誌に書いたノンシリーズの短編の中から、幻想ミステリを集めたもの。幻想ですよ幻想。実は正直言って、ジャンルとしての幻想ミステリって、どうも苦手だったのよね。「君たち、もっと地に足をつけて生きようよ」と言いたくなってしまうのだ。なんて夢のない読者なんでしょうあたしって。おまけに幻想ミステリの中でも耽美な方向の作品だと、もう読んでる間じゅう、脳内で「♪たーんび、たんび、耽美がクルリと輪をかいた」と歌ってしまうくらい、あまり「浸れない」ジャンルなのよ。
向日葵の咲かない夏・道夫秀介(新潮社)
9歳のミチオは、1学期の終業式の日に休んでいるクラスメートS君のところへ届け物をすることになった。ところがS君の家に言ってみると、なんとそこにはS君の首吊り死体が! 泣きながら学校へ戻り、報告したが、その間にS君の死体は消えてしまう。混乱するミチオ。すると彼の前に、S君の「生まれ変わり」がやってきて、「僕は殺されたんだ!」と訴えた……。
ジャズバンド〈唐島英治クインテット〉のメンバー、永見緋太郎は天才肌のテナーサックス奏者。天才肌過ぎて、一般知識は無いし常識も無い、けれどイザというときの推理力たるや、サックスの腕に並ぶ天才ぶりなのだ。そんな永見緋太郎の遭遇する事件を描く連作短編集。各章ごとに著者自らがチョイスした、ジャズCD、レコード紹介のおまけ付きだあ。
猪突猛進型の女子高生・菜加は、渋谷で置き去りにされた男の子を不憫に思って家に連れ帰ってしまう。食事だけ食べさせて自宅に送り届けるつもりだったのに、そこから事態はとんでもない方向に。見かねた弟の克己が、隣に住む幼なじみの恭平に助けを求めたのだが……。
おまかせハウスの人々・菅浩江(講談社)
ノンシリーズのSF短編集。SFと言っても大矢が読めるくらいです。だいじょぶです(何が?)。菅さんのSFはホントに読みやすい。ジャンルの敷居がないの。「ジャンルの文法」を知らなくても物語に入って行ける。なぜなら、確かに設定や小道具はSFではあるけれど(例えば今回は近未来が舞台なので、いろんなロボットとかシステムとかが出てくる)、読者に伝わってくるのはその設定や小道具の上で登場人物は何を思いどう行動するかなんだよね。そしてその登場人物が持ってる価値観や悩みは、SFではなくきわめてリアルな「わたしたちのもの」だ。SFファンなら、それこそその小道具の巧さだとか設定の面白さに注目するのかもしれないが、幸か不幸かSFの素養が無い身にとってはそれは分からない。けれど物語がステキなのは分かる。それってすごいことだと思わん?
憑神・浅田次郎(徳間書店)
いやもう、あざといしベタなのに、どうしてこんなに読まされちゃうんだろうなあ。時代は回天し、徳川も武士もない時代がやってくるというのに、それでも馬鹿正直に武士道を守り、徳川を守ろうとする御徒士。もう、時代小説には腐るほど描かれたテーマじゃありませんか。その手あかのついたテーマに、浅田次郎は「不幸の神様」を登場させることで、ファンタジックな色合いとコミカルな風味を加えた。
主人公に逆境が与えられるのは、物語としては当然。けれど、どんな逆境がどのように用意されているかというのは、作家次第だ。この逆境ってのは下手をするとご都合主義に見えたり、あざとく見えたりする。そこで逆境の原因として「不幸の神様が憑いたから」ってのはまた、ぐぅの音も出ない完璧な理由だよなあ。文句のつけようがないもの。そして読者は彦四郎がどうこの神様たちと戦って行くのか、というところに引きつけられる。そのファンタジーとコメディの揺り返しとして、馬鹿を貫く男気というものが更に大きく心に響いてくるのだ。
読んで行くと、いかに周到に伏線が張られていたかがわかる。背景から、エピソードから、小道具から、いろんなものが思わぬ形で後になって効いてくる。その巧さといったらないよ(だからあたしは浅田次郎に一度本格ミステリを書いて欲しいのだが、それはまた別の話)。
そして何より浅田節だ。主人公が切る啖呵だ。あざといです。ベタです。でも、惚れます。もう、マジで惚れます。他の人が書くと「ベタだなあ」と思うようなこんな台詞を、浅田次郎が書くとなぜこうもカッコいいのか。かっこ良く感じさせるだけの状況を、そのペンで作り上げているからに他ならない。「ケンカは勝ち負けではなく、勝ちっぷり、負けっぷりだ」なんて台詞、そこらでやんちゃしてる若者を集めて正座させて聞かせてやりたいよ。そして、ここで「勝ちっぷり、負けっぷりが大事」と言われているそのケンカってのは……新政府軍対幕府のケンカのことなのだ。
彦四郎は一人の侍として、この上なくカッコいい負けっぷりを見せてくれる。それは同時に、不幸の神様たちとのケンカに於ける、見事な勝ちっぷりでもあったのだ。
(05.11.16)《この本の詳細情報&注文画面へ》
あたしが最も感心したのは、はっきり書名を出す本と、まったく出さない本の、その分け方だ。はっきり書名が(あるいはそれに類する物が)出て来るのは、【だれか】。南の島に旅行中に見つけた日本の文庫、それが片岡義男の「赤い背表紙」の文庫だというだけで、もう、あのイラストが、あの背表紙のフォントが、目に浮かぶってもんでしょ。そしてこの物語は、手にした文庫がしっかり明記されているからこそ、「これをここに置いていったのは、どんな人なのかしら」と想像することが可能なのだ。「片岡義男を買って南の島に来るような人」というだけで、ほら、その人の7割は説明できるような気がするじゃありませんか。
同じく書名が出ているのは【手紙】。これも旅館で見つけた詩集の中に挟まっていた手紙という状況で、その詩集が何かというのが明記されてるからこそ、その手紙を挟んだ人の気持ちが伝わる。それから、最初はヒントしか出ないんだけど最後に書名が分かる【さがしもの】(これは一般読者と本好きの評価にはっきり違いの出る作品だと思う)も良かったな。
一方、【旅する本】や【ミツザワ書店】といったあたりは、誰もが経験或いは夢想するようなことだけに、それぞれの心の中にある「この本」を当てはめて読める。だからこそ、書名は明記されてない。読者にゆだねられているのだ。なんて小憎らしい!
異質なのは【不幸の種】かしら。これ、別に本じゃなくても良いものね(みなみちゃん、ステキ!)。ただ、本という小道具を使った恋愛描写が抜群に巧いんだよなあ。【初バレンタイン】(ラストがめちゃくちゃステキ)みたいに「自分の人生を変えたすばらしい本だけど、でもそれをバレンタインに男にプレゼントするのってどうよ」と悩む姿も、【彼と私の本棚】の、本を通じて知り合った恋人に他に好きな人ができたと知ったとき「その人は本を読むのか」という、しょーもないことを聞いてしまう女心も。本好きでロマンチックな女の子の8割は、似たような思いを経験してると見た!
マニアックな本オタクではなく、小さな頃に読んだお気に入りの本を今でも覚えていて、その本を図書館で見つけるとちょっとにっこりしてしまうような、そんなタイプの本好き女性なら、共感度100ですよこれは。
(05.11.17)《この本の詳細情報&注文画面へ》
こういうのってどうにもマニアックになりがちだと思うけど、そこはそれ、角田光代ですから。「この本が、世界に存在することに」の感想でも書いたけれど、バランス感覚が良いのよね。見つけた本の印象や思い出を書くだけでなく、そこから話を広げて行って、とても気持ちよいエッセイに仕上がっている。だから「古本道場」としてはホントに入門編だとは思うけど、でもこれは古本道場というより、角田光代の「古本にまつわるエッセイ集」として読んだ方が楽しい。
開高健のベトナム戦記を見つけてあの戦いに思いを馳せたかと思えば、大学時代の無知だった自分(日本列島は三つの島でできていると思っていた!)を懐かしく思い出したり。おしゃれな町のおしゃれな古本屋で「古本屋のイメージと違う!」と驚いたり。仕事で海外に行ったときに出会った古本屋の話があったかと思えば、立ち寄った古本屋で自分のデビュー作に「初版本」という判子が押されていて嬉しかったが、重版されてないから初版で当然なのにと申し訳なく思ったり。そうそう、初版本と言えば、「巧いなあ」と思う一文があったのだ。100ページ。
初版本、というものの価値について、じつは私はよくわかっていないのだが、しかし
この修行をはじめてからなんとなくいいもののような気がしている。レストランなんかで
バターの味など判断がつかないのに、これはエシレバターだと言われると、なんとなく
いい気持ちがして、食べたくもないパンにたっぷりバターをつけて食べる感じ、と良く似ている。
あははは! これだけで現在角田氏がどの「レベル」にいるのかわかるよ! そしてその「レベル」は、分布図で言えば最も所属する人の多いレベルだよ! これね、マニアではなく普通に「新刊書店では買えない本を求めて古本屋に行き、探してる本や珍しい本があると、わ、っと思う」という程度の古本好きなら、みんな「そうそう! 同じ同じ!」と思ってしまうでしょ。同じ同じ、あたしも同じ!
あとは、角田氏の本の趣味指向が分かるのも楽しい。想像以上に渋い! 岡崎氏のパートが、「道場主」的なキャラをわざと作ってコミカルにしてるんだけど、そんな演出いらないのになあ。ときどき素に戻って(?)普通の文で書いてる箇所があるが、そっちの方が数段読みやすいし「へえ」と思える箇所も多かった。
(05.11.19《この本の詳細情報&注文画面へ》
折原一だからさ、もうこっちも初手から「騙されないわよお! さあ、どっからでもかかってらっしゃい!」みたいな気持ちで読み始めるわけですよ。鵜の目鷹の目ってやつ。細かい表現にチェックを入れ、ちょっとでも「おや?」と思うことがあれば遡って擦り合せる。新しい人物が出てくる度に、頭の中でプロフィール表と相関図を作って行く。そして、そうやって読んでると、仕掛けのうち1つ2つは気付けるものなのよ。でもそこまで。仕掛けに気付けても、「真相」には気付けなかったよ! むきーっ! また騙された! そうかー、そう繋がるのかー。ちょこっとした仕掛けを見破ったからって、それですべてが分かるほど甘くはないのだ。なんせ折原一だもの。
ま、その「騙された!」とホゾを噛む思いってのがミステリの醍醐味だから、これはこれで充分だし、今回は過去の著者の作品と比べると「気持ち悪い人」があまり出てこなかったので、その観点からも読みやすかった。
ただ、読んでる間じゅう、脳味噌の半分は鵜の目鷹の目状態だったが、もう半分でずっと気になってることがあったのよ。
そもそも、こういうタイプのミステリ(どういうタイプのミステリかは、折原一を知ってる人には自明だし、知らない人にはネタバレになるので書きませんが)の場合、登場人物をあまり詳細に描写しないんだよね(わかるでしょ?)。登場人物のプロフィールってのが直接ネタに関わってくるだけに、すごくぼかされてる。それは当然なんだけど、でも、小説として読んだ場合……感情移入できないのよこれが。だってどんな人物かわからないんだもん! 複数の語り手が、それぞれどんな思いでこの事件に臨み、どんな思いで事件を追いかけ、どんな思いで「死」というものに直面したのか、そういうことがまったく描かれないわけですよ。もちろんわざと描かれてないのよ、そういうミステリなのよ、わかってるのよ。でも、でもさ! 筋は追えても、登場人物に感情移入して物語に熱中するって具合には……なりにくい、よなあ。
登場人物の思いに触れて感情移入できるような、物語にのめり込んで推理を忘れるような、その上で今と同レベルの「騙されたぁ!」感を味わわせてくれるような、そんな作品を折原一に期待!なのだ。え、贅沢?
(05.11.21)《この本の詳細情報&注文画面へ》
沼地のある森を抜けて・梨木香歩(新潮社)
最初は「家守奇譚」みたいな日常のファンタジーかしら、と思って読み進んだ。ぬか床から次は何が生まれるのかな、という程度の展開しか予想していなかった。ところが! 話は想像もしなかった方へ流れて行くじゃありませんか。すすすすスケールでかっ! いや、「でかっ」というよりは、深いというか、豊かって感じでしょうか。「ぬか床から少年が生まれたよ」ってな出来事が、まさかこんなふうに広がるとは。この世界を理屈でとらえようとすると穴がいっぱいあるのよ。けどそんな穴もひっくるめて大きな世界になっている、その豊かさ。酵母とか、粘菌とか、乳酸菌とか、そういったものが急に愛おしくなる。ただ、ちょっと性急な気もするんだけどね。佳境に入るのが早過ぎるというか。でもあとになってページで確認してみると、決して配分としては「佳境」が早く訪れるわけじゃないのよ。なのにそう思ったってことは、ぬか床から出てくる人と久美のエピソードを、もっとたくさん読みたかったんだろうな。
途中に挿入される「かつて風に靡く白銀の草原があったシマの話」という章は、もともとこの手の寓話的世界が苦手なためにちょっと辛かったけど(すごく大事な何かのメタファなんだってことは重々承知しつつも、斜め読みしちゃったよ)、そこ以外は、それこそ熱中して読んだ。そしてクライマックス。
ああ、こんな荘厳なラブシーンは初めてだ。
限りなく純粋なような、けれど見方を変えれば限りなく不純で功利的なような、けれどもやっぱり荘厳な、そんなラブシーン。
あたしにはこの物語が、セクスレスが増えて(←妙な表現ね、これって)少子化が進む現代への、ひとつのメッセージのように思えてしまった。少子化を否定するとか肯定するとかじゃなくてね、少子化ってひょっとしたらこういうことかもね、こういうことを生むのかもね、みたいな。あ、そう著者が意図しているという意味ではありませんよ、あたしが勝手にそう捉えただけだからね。
(05.11.22)《この本の詳細情報&注文画面へ》
ところが。
それほどの苦手ジャンルでも、ぐがぁっと入り込んでしまうほどの面白い作品があるのだなあ、と認識したよ。幻想とはいえ決して現実離れはしていないのも、あたしにとっては吉でした。舞台やエピソードが幻想なのではなく、人の心や思いの方の幻想なのね。ジャンルで決めつけての食わず嫌いはイカンぞよ。本書には7つの作品が納められているけど、あたしは【ふたり遊び】と【春の獄(ひとや)】の2作品にひっくり返るほど感心。ってことで、ここではその2作にしぼって紹介します。
【ふたり遊び】人里離れたお城でごっこ遊びに興じる姉弟の物語。弟の悪癖のせいで町を逃げ出した一家は山中のお城に移り住むが、両親は毒を盛られて殺されてしまう。そしてその日に弟も姿を消した。私はひとり、お城の中でごっこ遊びを続けるのだが……。きわめて寓話的な前半から、次第に構成がはっきりしていく後半への流れが見事! 寓話が「理に落ちる現実の物語」となって正体を表した途端、次の段階の寓話あるいは幻想が覆い被さってくる。まさに、「一期は夢よ、ただ狂へ」の世界。「お城」の湿度や匂いといったものが濃厚に漂ってくる佳作。
【春の獄(ひとや)】親の再婚で、僕には突然お兄様ができた。僕はお兄様が大好きで、憧れて、いつしかお兄様と二人で暮らす日々を心に願っていた。ところが……。豪邸に「幽閉」されている男の物語なんだけど、ラストには度肝を抜かれた。それは決して意外性に驚いたとかではなく(意外かどうかと問われれば、あまり意外な展開ではない)、そのラストが持っている恐ろしいまでのひたむきさと、実はそれをわかっていて是としているのではないかとすら思われるもうひとりの人物。なんというか、歪んだ透明感のようなものがすばらしいのよ。
あとはやはり、豪華本とも言えるこの装丁でしょう。とても内容に合った、絢爛たる装丁です。その分お高いけれど、装丁まで含めて作品の世界観が出来上がってることを思えば、充分見合った金額かも。
(05.11.23)《この本の詳細情報&注文画面へ》
わぁ、お薦めマークをつけるかどうか、すっげえ迷うよこれ。薦めたい、でも薦めたくない、二律背反なミステリだなあこれ。おそらくミステリ好きには評価が高いと思いますが。あたしも好き、でも嫌い、だけど好き。褒めたくない、でも褒めたい。くうううう。
あのね、ミステリとしてはステキなの。この仕掛けには「ああ!」と思わされたの。きっと来期の本ミスに間違いなく入ってくる作品だと思うの。……でも、でもね。前半は、読むのがめちゃくちゃ辛いの! 退屈だとか面白くないとかじゃないのよ。あのね、弱者(子供)が強者(親や教師)に理不尽に虐げられる話なんて、読んでて辛いに決まってるじゃん! 楽しく読めるわけないじゃん、そんなの! もう、読んでる最中ずっと「大丈夫、いつか報われる。いや、報われなくてもきっと何らかの形で説明されるはず。きっと理由があるはず。だってミステリなんだもんッ」と自分にいい聞かせながら読んだわよ。
でも、そこさえクリアしてしまえば。つか、あたしはどうやら「弱者が理不尽に不幸なめに遭う話」には人一倍嫌悪感が強いタイプみたいなので(「神様ゲーム」について友人と話しているときにそう思った)、一般の人はハナからクリアしてるのかもしれないけど、とまれ、いざ事件が解決される段階になると、もう驚きの連続です。ええ、前半で苦痛だった「弱者の不幸」も、真相が分かったあとには飲み込めます。ああ、最後まで読んでホントに良かった。おまけに最後はちょっとうるっと来ちゃったし。
帯に「分類不能、説明不可、ネタバレ厳禁! 超絶・不条理ミステリ(でもロジカル)」っていう惹句が書かれてるのね。これ、ちょっと違う。分類できます。説明できます。不条理ってわけじゃない、ちゃんと本格ミステリのルールの中で理に落ちます。だから「不条理ミステリ」という言葉に不安を抱いてる人は、心配せずに手に取って下さい。ただ、本格ミステリとして考えると、仕掛けとメインの事件が今ひとつ乖離してるのが惜しい。サプライズはあるんだけどカタルシスにはちょっと不満あり。けど、このテクニックはすごいよ。サプライズが大きくてカタルシスの欠陥を補っちゃうくらい。
つまるところ、読み心地サイテー、でも面白い! 薦めたい、でも薦めて良いものか迷っちゃう、なんともアンビバレントな魅力の一冊なのだ。
(05.11.24)《この本の詳細情報&注文画面へ》
落下する緑・田中啓文(東京創元社)
もうね、あとがきを読んで、あたしゃ東京創元社の担当さんに手を合わせたね。光文社文庫「本格推理」に掲載されたデビュー作【落下する緑】の続きを10年以上過ぎた今になって書かせたというのにも感謝したし、何より、このシリーズを書くにあたって「駄洒落なし、グロなし、ギャグなし」と命じたというのだ! ブラボー! 著者は「一番難しい」と書いてはいるが、いえいえ、あたしゃそれを待ってましたとも。駄洒落やギャグはあたしも大好きだけど、でも「そうじゃない」のも読みたいもん(グロは最初から苦手なので、無くて幸いだ)。だいたい、本格ミステリになりそうなネタだって、駄洒落で落としてしまうのが田中啓文。だからこそ、「駄洒落無しで真面目に落としたらどうなるか見たい!」と思うのよ。
そしてそれは大成功だった。大成功なのは本書を読めばわかります。はっきり言って、これにいつものギャグが入ってたらぶち壊しだもの。馬子とか梅寿みたいなエキセントリック過ぎる人物も出てこないのも良い。その手の演出やおふざけは邪魔になるだけだ。うん、こういうのが読みたかったのよ。万人に薦められるよ。ああ、担当さんありがとう。
え? でも「駄洒落なし、グロなし、ギャグなし」の真っ当な本格ミステリでは、田中啓文である必要がないじゃないかって? 何をおっしゃいますか、だからこそジャズなんでしょう。著者の愛するジャズだからこそ、その深さや奥行きといったものが描けるし、ミステリとの融合も叶い本格ジャズミステリとなったわけですよ。
中でも、上下逆に掛けられた絵画の謎(おお、日常の謎の王道だ!)を解く【落下する緑】、いつの間にかすり替えられたクラリネットの秘密を暴く【揺れる黄色】、物故作家の未発表原稿の真贋を見抜く【遊泳する青】(モデルがあまりに露骨じゃない?)、失礼で横暴な評論家を陥れる【挑発する赤】などが特に、ミステリ的にも物語的にもお薦め。謎解きにジャズの知識は不要なので、詳しくなくても大丈夫よ。ジャズの業界話に興味をそそられ、ファンキーな永見の「ジャズメンならではの視点」で解かれる謎にうっとりし、その謎解き以上に彼らの奏でる物語に酔いしれる。パズル重視ではなく、あくまでジャズメンたちの物語だっていうのが良いのよ。いつしかオーク材のが張られた薄暗いパブで、彼らの演奏を聞いてスウィングしてる気分になるのさ。
(05.11.25)《この本の詳細情報&注文画面へ》
一週間のしごと・永嶋恵美(東京創元社)
謎解きミステリとしてはユルくて、読者が推理に参加できるタイプのものではない。むしろ、菜加と克己と恭平の、怒濤の一週間に乗っかって、ひたすらハラハラどきどきビクビクするのが楽しいのよ。青春物にありがちな「若者の悩みや葛藤/成長の通過儀礼」を見せるのではなく、ただ普通にサスペンスとして面白いのがなんだかとっても好印象。
後先考えずに動く菜加、その分思慮深いけどオタクな弟の克己、分別があって頭のいい恭平。この3人がタッグを組んでなんとか子供を無事に返そうとするのだけれど、この子供の置かれた状況が分かるにつれ、どんどんそれが叶わなくなる。事件は肥大し、拡散する。最初は「この子どこの子」というお気楽推理だったものが、次第にのっぴきならない状況になる。そのスピード感。あくまで青春物としての「軽さと懸命さ」を削がない程度の、けれど充分にハラハラするサスペンス。お気楽な青春物だったはずなのに、いつしか胸を塞がれるような残酷な現実が突きつけられる。
爽やかさと残酷さ。無垢なものと邪悪なもの。そういった相反するものがぶつかり合い、昇華される。だから辛くても、残酷でも、読み終わったあとの気持ちは清々しい。
この手の話でいつもひっかかるのは、「なぜ警察に届けないのか」と「トラブルメーカーが馬鹿過ぎ」という点なんだけど、本書はどっちもクリアされてる。警察に届けようとしても常に何らかの事由でそれができなくなるのよ。また、トラブルメーカーとして描かれる菜加のキャラクタは、実際にいるとトコトン迷惑で腹立たしいものだと思うけれど、読者として腹が立ちそうになるタイミングで菜加の視点で心中が語られるもんだから、納得させられちゃうんだよね。そして何より、3人ともまだティーンエイジャーで、ティーンエイジャーが一生懸命考えることなんて穴があって当たり前。そのあたりの読者コントロールが見事だなあ。それに、ちらりと出てくる菜加の家庭の事情がなんとも思わせぶりよ! それがあるから、菜加の考え無しの行動も実は深い背景があるのではって気になるのよね(気のせいかも)。これは別の話になるのかしら、なって欲しいな。
(05.11.26)《この本の詳細情報&注文画面へ》
今回は中でも表題作がイチオシ! 「おまかせハウス」とは家事をすべて自動でやってくれる家のこと。その家を販売するにあたって選ばれた3組のモニター家族。拘りが強くクレーマーさながらの佐伯家、嫁姑の仲が悪い金田家、そして引きこもりで一人暮らしの大田黒家。彼らを担当する営業マンの博也を主人公に綴られるこの物語は、「短編じゃなく、これこそを連作でシリーズで読ませろっ!」と言いたくなるくらい。それぞれの家族のあり方というのは「よくある典型的なパターン」なのだけれど、家族とは何なのか、家族にとって何なのかをストレートに問いかけてくる。寿々子さんの台詞を、なんかちょっと分かってしまう自分が哀しい。
ただ、本書の中では表題作だけがやや異質なのね。その他はどれも、「さびしいひとたち」が描かれているのだ。ロボットの里親になりつつ、自分の「子育て」をつい○か×かで考え身動きがとれなくなる女性を描いた【純也の事例】、相手の気持ちを「察する」ことが苦手で人間関係が巧く行かず、気持ちを推し量る機械にすがる【麦笛西行】、病気の治療のため体内に埋めたナノマシンに愛着を感じる【ナノマシン・ソリチュード】、BSEから進化した新型フード病で姑を亡くした主婦が、自分の作る食事が家族から避けられているという意識に悩む【新型フード病】、そして鬱気味の女性が友人から貰った薬を飲み、景色が変わった【鮮やかなあの色を】。どれもややテーマを直截に語っているきらいはあるものの、それの土台となるエピソードや背景がしっかりしているので抵抗が無い。おまけにどれも、「わかる」からタマラナイ。たまたまあたしには似たようなタイプのキャラがいなかったけど(ひとりひとりの肩を抱いて「気を楽に持って、楽しもうよ」と言いたくなった)、これ、近い人が読むと身につまされて辛いくらいなんじゃないかと思ったよ。けど、最後まで読むと、ちょっと微笑んでしまう。そんな短編集だ。
(05.11.27)《この本の詳細情報&注文画面へ》
書評リストに戻る