いつもの道、ちがう角・松尾由美(光文社文庫)
ノンシリーズの短編集。ダーク・ファンタジーの名の通り、ちょっとゾクっとするような不思議な物語が7編、納められている。この著者の、こういう類いの作品群を読んだのは初めて(つか、本にまとまったのが初めてか)なのだが、「突き放し方」がイカニモ松尾由美だ。初期の長編に見られる「突き放し」と、作品全般の底にそこはかとなく流れる「黒い部分」。その二つの要素は、松尾由美を語るときにあまり前面に出てくることはなかったが、その二つを抽出するとこういう世界になるのだな、と認識。なるほど、これが「黒松尾」か。説明してくれない、というのが最初は不安だったが、それがだんだん快感に変わるよ。
ボクさんは、ちょっと頭が弱いけれど、周囲の人に愛されて幸せに暮らしているアパートの大家さん。アパートの面々は個性的で、ボクさんにはとても親切。ところがそのアパートの一室で殺人事件が起こる。屋根の修理のため梯子に上っていたボクさんは部屋にある死体を発見、梯子から落ちで頭部を強打してしまった。そしてボクさんが目を覚ますと、アパートの店子は皆、姿をくらましてしまっていた。その上、店子全員が身元を偽っていたことも分かって……。
エデンの命題・島田荘司(カッパノベルス)
21世紀の新しい本格ミステリ、そのひとつの形として島田荘司が描く「脳科学」ミステリ2本。
世界おしかけ武者修行 海浜棒球始末記その2・椎名誠(文藝春秋)
「ウ・リーグ熱風録〜海浜棒球始末記」(文春文庫)に続く、浮き球三角ベースのレポート第二弾。浮き球三角ベースってのが何なのかと、それがこれまでどのように日本全国に広まっていったのかは1冊目の感想を読んで頂くとして。本書では、ついに海外進出だ!
「晴れた日は図書館へいこう」の著者によるジュヴナイル・ミステリ。
ライト・グッドバイ・東直己(早川書房)
ススキノ探偵「俺」シリーズ7作目。ひとつ前の「駆けてきた少女」が、著者の他のシリーズである「熾火」や「ススキノ・ハーフボイルド」とリンクする箇所が多く、内容もこれまでのように便利屋としてかかわった街の事件ではなく《腐敗する権力に立ち向かう》みたいになっていたのよね。だもんだから、これはシリーズの方向性を変えようとしてるのかしら、と思い、ちょっと様子見モードだったのだ。そしたら。今回はもとの「持ち込まれた事件に対応する便利屋」という設定に戻っていた──ように見えた。でも、これは。
ひろい世界のかたすみで It's a wonderful world・橋本治(マガジンハウス)
1990年代後半から最近までの、あちこちの媒体に橋本治が書いたエッセイを一冊にまとめたもの。だからテーマがとてつもなく多岐にわたっていて、なのに深くて(それが著者のマルチぶりを証明してるんだけど)実に読み応えがある。そのテーマごとに章がまとめられているので(時評・男女・歴史・古典・歌舞伎などなど、たくさんあります)、全体的なまとまりのなさも読んでる最中にはまったく気にならない。
わーーっ! こう来たか、なるほどこう来たかぁ!(大喜び)
北緯四十三度の神話・浅倉卓弥(文藝春秋)
中学生のときに両親をなくし、祖父母に引き取られた菜緒子・和貴子の姉妹。長じて菜緒子は大学で生物工学を研究し、和貴子はラジオ局に就職して人気のDJとなった。現在も祖父母の家で同居している姉妹は、表面上は普通につき合っているものの、心の中には何年も続いている壁のようなものを感じている。幾つかの死が二人に落とした影響とは何だったのか。二人のわだかまりと和解が描かれる。
猫丸先輩の空論・倉知淳(講談社ノベルス)
猫丸先輩の日常の謎短編集。これまでのシリーズの感想にも書いたけど、「ひとが本気で困って悩んでるのに、それを茶化す」という猫丸先輩の造形があたしは苦手で、読んでてそこに本気で腹が立ってしまうので、それでパズルとしての面白さまで半減しちゃう傾向にあったのよね。でも本書はそういう露骨な迷惑キャラがちょっと減っていたので(若干はあったけど)その分素直に楽しめた。
【琥珀の中の虫】同僚の男性には変わった趣味がある。コレクションを樹脂で固めて、そのままの形で保存するというのだ。そして彼の住む町で、ある行方不明事件が起こった──。話の行き先は見えてる、そう思うんだけどラストにかけての盛り上がりと、一旦引いてからの最後の「ぞくっ」がタマラナイ。
【麻疹】麻疹にかかって高熱を出した少年。熱に浮かされているとき、彼はもっと幼かった頃の記憶を具体的に語り始める……。うわーーー、ここで終わる? 普通、ここで終わる? いきなり梯子をはずされた。オチをつけないというオチの、なんて怖いことか。
【恐ろしい絵】公園で知り合った絵描きさんが傷害事件に巻き込まれて入院した。見舞いに行った私は……。推理ものとしてもキレイで、ラストの台詞が巧い。
【厄介なティー・パーティ】同じマンションの縦並びに住む女性が、1階の老婦人からお茶に招かれた。けれどそこにはある思惑が──。本書の中で一番「理に落ちた」話。最後の一文でストンと読者に絵を見せるあたりが、実に怖い。
【裏庭には】二羽にわとりがいる。そうでなくて。たまたま通りかかった家の生け垣が気になり、中を覗いてみたら、そこにはとても印象深い少女の顔があった……。すげえ、ぜんぜん違うとこに話を着地させてる。このずらし方はいっそ快感。
【窪地公園で】どうしても預かってくれる人の都合がつかず、仕事先へ息子を連れて行ったライター。息子は歓迎されたが……。わぁブラックだなあ。
【いつもの道、ちがう角】引っ越した先で、まだ知り合いもいない町。ひょんなことから初めての道に入ってみると──。
(05.12.13)《この本の詳細情報&注文画面へ》
月への梯子・樋口有介(文藝春秋)
樋口版・アルジャーノンに花束を、だ。頭を強打したボクさんは、前より物事が理解できるようになった。けれどいろんなことが見えてしまうと、そこには知らない方が良かった事実がたくさんあった。知ったからこそ騙されずに済んだ、ということはあるだろう。けれど騙されたことすら気付かずにいられるなら、それはその方が幸せではなかったか。そんなことが頭をぐるぐる回る。
でも。辛い話だが、けれどそこにあるのは「悪意」だけではないことで救われる。ボクさんは、自分の頭が弱いことにつけこんで騙そうとしていた人物がいることを知ったが、同時に、ボクさんのことを大事に思ってくれる人々の存在もはっきりと認識した。ボクさんを騙していた人の中にも「申し訳ない」と思ってくれていた人のいることを知った。それが救いだ。そしてボクさんは動き始める。
体裁はミステリではあるけれど、寓話的な雰囲気に彩られていて、読んでいて心地よい。辛い現実も、どぎつい悪意も、淡々と対峙するボクさんを見ていると、素直に「いいな」と思える。本書の主人公はボクさんではなく、ボクさんが出会い、一緒に時を過ごしたアパートの住人や近所の人ひとりひとりなのかもしれない。ボクさんは、彼らを読み解くための触媒としてそこにいるだけなのかもしれない。けれどこんな素敵な触媒は他にない。
この結末には「あっ」と思わされた。そして言葉を失った。どうしても「アルジャーノンに花束を」がチラつくので、果たしてどう決着を付けるつもりなのかと思ったが、まったく予想もしなかった方向へと持って行かれた。なるほど、そう来たか。この結末には好き嫌いがあるかもしれないが、あたしは実に「見事な着地」に思えたよ。
(05.12.14)《この本の詳細情報&注文画面へ》
【エデンの命題】成績優秀なアスペルガー症候群の子供たちを集めて養育する施設、「アスピー・エデン学園」。生活のすべてが施設内で賄われ、セキュリティは万全で、スタッフもアスペルガー症候群に対する知識と理解を備えている。そこの生徒、ザッカリは、同じ生徒のティアと親しくしていたが、ある日ティアは忽然と姿を消してしまう──。
旧約聖書の一節、「男性であるアダムの肋骨の一本からイヴを創った」という箇所に対し、現代科学を以て大胆な解釈を提示する箇所は圧巻。それがどのような解釈なのかは本書で読んで戴くとして、表現が稚拙なら単なる「トンデモ」になってしまうところを(いや、充分トンデモではあるんだけど)著者一流の弁舌で「あ、なんかスジが通ってるような気がしてきた」と思わされてしまうのだ。もちろん「あり得ない」んだが、でもここで大事なのは、旧約聖書に書かれた神の技が、いまや人間もできるようになったということである。人間の科学が神の領域に近づいたという事実を、畏怖や倫理というものをはずして考えると、何が見えてくるのか。著者の最大の問題提起はそこにある。
ただ、本書内でのアスペルガー症候群の使い方がなぁ……ちょっと抵抗があったなあ。あ、いや、もちろん島田作品ですから、アスペルガー症候群を含む自閉症という障害については、とてもしっかりした説明をしてるんですけどね。だから誤解を助長するような内容じゃないのは確かなんだけど、ただ、事件に絡む人物はこの障害を「利用」しようとするわけさ。もう、それがどうにもイヤ。プロットを成立させるための小道具としてアスペルガー症候群が使われるってのも、感情的に受け入れがたい。
それでも、そこからこの障害に於けるなんらかのテーマが浮かび上がるのならまだ良いのだ。けれど最後に主人公は何を思うか。「外の世界はイヤだ、エデンの園に帰りたい」と思うのよ。もう、たまらんですよ、これ。無論こちら側の価値観で彼らの幸福をはかることはできないし、それこそがテーマだとは思うんだけど、主人公が外界を拒むことで「共存はできない」と突きつけられた気分になるのよ。辛いなぁ。
【ヘルター・スケルター】「21世紀本格」所収。会話だけでここまでスリリングな展開を生み出す筆致はさすが。でもこれ、すべてが分かってみるとずいぶん無茶しよるなぁ、と思ってしまうのはしょうがないよな。脳障害の描写は「妻を帽子と間違えた男」を思い出した。
(05.12.14)《この本の詳細情報&注文画面へ》
……ところが。考えてみれば当たり前なのかもしれないけど、今回は浮き球三角ベースそのもののレポートよりも、遠征したその国の紀行文というか旅行記というか、そっちに重きが置かれちゃってるんだよね。
最初の【スコットランド怪快編・北海へ向かって打つ】なんて、完全にイギリス旅行記。三角ベースはちょこっと浜辺でやるだけで、あとはスコッチウイスキーの話だとか、古い屋敷に出る幽霊の話だとかでほとんどを占められている。もちろん椎名誠なので、旅行記として読めばそれはもちろん面白いのよ。でもこっちとしては、「地元の人と浮き球三角ベースをやって、そりゃもう大騒ぎ」ってのを読みたかっただけに、どうも肩すかし。【モンゴル狼球どこまで飛んでくか編】では現地の人たちと三角ベースをやるものの、それでも話のメインはモンゴル滞在記だ。うーん。
そしてようやく【台湾眩惑浮球漂流編】で、三角ベースが話の中心に来たよ! もともとこのゲームに使っていた浮き球は台湾から漂着したもの(と思い込んでいた)なので、製造元を確かめ一括購入しようとしたわけだ。ところがこれが見つからない。浮き球恋しやホーヤレホ、という感じで右往左往する様はなんともオカシイ。
【対決!!韓国激辛キムチ団編】はついに日韓戦が開催。これがずいぶん大掛かりなことになって、それだけで笑えるんだが、やっと試合の様子が読めたよ。ようやく「ウ・リーグ熱風録」らしくなってきた。つか、一番笑ったのは卓袱台のくだりだったんだけどさ。卓袱台って裸で飛行機の貨物に載せられるんだ……。そしてそのままターンテーブルから出てくるんだ……。
【インドシナ半島縦断どこでもバット編】では、東南アジアの複数国を巡ってのドサマワリ試合。ルールを教えるところからやらねばならないので大変だが、一旦覚えると大人も子どもも大熱中。国立競技場を使わせてもらったりするんだからすごい。つか、子どもが普通に国立競技場で遊んでるのがすごい。
【発熱激闘パプアニューギニア編】は再び卓袱台で大笑いしたあと、40度という炎天下で大人が本気で浮き球三角ベースに興じるという、このスポーツ本来の姿が雄々しくも楽しく語られる。やっぱこうでなくちゃ。
尚、あとがきによると国内のウ・リーグも色々変化しながら引き続き活動中とのこと。こっちの続編も早く読みたいな。
(05.12.16)《この本の詳細情報&注文画面へ》
プールにすむ河童の謎・緑川聖司(小峰書店)
塾の帰り、学校のプールのそばを通った小学5年生の圭太は、プールの中に何かがいるところを見つけた。頭の皿、背中の甲羅……河童だ! 慌てて逃げ帰った圭太は、翌日学校でその話を広めた。それを聞いた新聞部、次の校内新聞にその話題を取り上げようとするが、新聞部員の恭子の乗り気じゃない。父親を新聞記者に持つ恭子は、もっと本物の事件を扱いたいのだ……。
あ、これ、楽しい! もちろんミステリとしてはね、すれて汚れた大人が読めば結構早い段階で「河童の正体」は見え見えなんですよ。つか、似たような仕掛けのミステリは(漫画も含めて)けっこうあった気がするし。でも、小学生がこれを読んだと想定すると、「へえ」と思ったり「あっ」と驚いたりする《ミステリの入り口としての楽しみ》がたくさん入ってるのさ。
例えば、恭子とゆかり(新聞部員ね)が図書館へ行ったとき、図書館の本に何やら書き込みをしている少年に出会う。図書館の本に落書きだなんて、と恭子は起こるが、少年は一向に悪びれない。その理由は? なんていうプチ日常の謎が最初の方に出てくる。また、その少年が出した、推理クイズのようなものも出てくる。いずれもミステリ好きの大人なら、具体的な作品名を出して「あれだな」とにやりとするところだけど、これからミステリに接する子どもにとっては、すごく魅力的な「発想の転換」の例だと思うのよ。
断っておくけど、ここまであたしは「似たような仕掛けのミステリがある」ってなことを複数回書いてるけども、決してパクりだとかオリジナリティがないとかってことを言ってるのではないので、誤解しないように。たとえトリックそのものは前例があろうとも、ジュヴナイルという設定の中で(そしておそらくはシリーズ化を念頭に置いて配役してる中で)、いわゆるミステリ読みにとっては「定番」の仕掛けを、物語の中で実に魅力的に提示してるその手法が巧いのだ。図書館の本への書き込みのくだりは、後に探偵役となる相馬少年のキャラを示すのにピッタリだし、河童の謎も「思いがけないものが繋がる」というミステリの醍醐味をわかりやすく子どもに伝えるのには最適だと思う。
そんなこんなで、大人の読者には食い足りないのはしょうがないけど、例えば親戚の子どもに買ってあげる「初めてのミステリ体験」には、ぴったりなんじゃないかしら。
(05.12.19)《この本の詳細情報&注文画面へ》
「俺」は腐れ縁の元刑事・種谷に呼び出されて、札幌で起こった女子高生失踪事件について聞かされる。バイト先へ向かう途中で忽然と姿を消した少女。警察も世論もバイト先の花屋の店長を疑ったが決め手がない。そこで種谷は、「俺」にその店長と知り合いになって探るよう頼んできたのだが……。
という粗筋を読んで、「え? これって……」と思う人、多いんじゃないかな。実際に、バイト先へ向かう途中だった女子高生が失踪したという事件が数年前に北海道で起こり、全国ニュースにもなった。バイト先の最寄りのバス停でバスを降りるところまでは目撃者がいる、でもそのあとは誰も彼女を見ていなくて、バイト先には現れなかった──というのも一緒。この事件は未解決で、本書は明らかにこの事件をモチーフにしている。
もちろんここに描かれてるのは小説で、だから当然フィクションだ。それでもここまで設定が似てると、この作中に描かれた「容疑者」にどうしても実在の人物を重ねてしまう。読みながら「別物なんだから、フィクションなんだから」と自分に言い聞かせつつも、どうにも読んでいて「まだ事件は決着してないのに……」という居心地の悪さというか座りの悪さを感じてしまう。現実には未解決なのに、作中では犯人が特定されるんだもの。いいのかなぁ……と不安になるのだ。捜査が停滞しているのは現実で、現実にメスを入れるのも作家のひとつの仕事だから「不謹慎」とは思わないが、「自分が関係者だったら、これを読むのは辛いだろうなあ」と思えてしまって。
割り切ってしまえば。この容疑者の人物造形がもう凄まじくて、でも「いるよ、こういうの、いる!」というリアリティがあって、目がはなせなくなる。ストーリーにというよりも、「俺」と容疑者の関わりにぐいぐい引き込まれて行く。どうしようもない嘘つきで、自我が肥大して、けれど自立する事の出来ないこの容疑者が「俺」に縋る様は、なんとも哀れで、けれどそれが彼の一生懸命なのだろうと、方向は間違っているけれど、でもそれが彼の一生懸命なのだろうと、切なくすらなる。彼をこんな人間にしてしまったのは何なのか、犯人がつかまって是とするのではない、なんとも割り切れない余韻を残したラストシーンは素晴らしい。
だからこそ。実際の事件を想起させるようなものではなく、もうちょっとフィクション寄りにはできなかったのかと残念でならない。むろん、著者は思うところがあって敢えてこの手法を選んでいるのだろうが、読んでいる間「現実」がついてまわり、せっかくの哀切際まる人物造形を100%堪能できないのだ。それこそが狙いなのかなあ……。
(05.12.20)《この本の詳細情報&注文画面へ》
ただこれ、ジャンルによって興味の有無がはっきり分かれる読者の場合は、ちょっとコストパフォーマンス悪いかもね。2600円するもの。いや、内容の濃さと量を考えれば2600円という値段は決して高くない、むしろとってもお安いと思うんだけど、「この歌舞伎のとこだけで良いのに」とか「時評が好きなだけで、古典には興味ないんだけど」という人にはチト辛いかも。せめて「社会・歴史」と「文芸・芸能」の2分冊にするとか。文庫化のときに御一考下さい。
個人的に好きなのは、やっぱ時評と「男女」にまつわるエッセイ。あと、平安期の文学を中心とした古典の話だな。印象に残ったのは、山田風太郎について書かれた長めのエッセイ。山風作品を「追っかけていた」著者ならではの、鋭くも温かな考察が読み応えあります。「警視庁草紙」「幻燈辻馬車」などの作品群をさして「時代に取り残された者たちの物語」と評するところでは膝を打った。
時評については、それこそ「広告批評」の連載でもお馴染みの通り、ズバズバと政治や社会を斬って行く。これがね、巧い。あたしは個人的には、「政治家ってバカばっかり」みたいな、そういうアンタは何様よと言いたくなるような《時評の皮をかぶった悪口》《人を見下すことで自分を偉く見せたがり》みたいな文が大嫌いなのよ。で、本書もそういうノリの部分があるのさ。けれど本書の場合は、「バカばっかり」と言いながらも、そこにバックグラウンドが必ずついてくる。政治家の悪口を書いてるように見せかけて、その実、「さて、そういう状況の中であなたは何をしますか?」と問いかけてくる。「自分の足下、ちゃんと見てますか?」と問いかけてくる。そういう鋭さが好きなの。「ねえ、政治家ってこんなことも気付かないんだもん、バカだよねえ」と言いながら、「で、あんたはどう? この時評を読んで『ホントやつらってバカだねえ』と言えるほど、物事分かってるの?」と問われる、その怖さ!
一方、古典については(特に源氏物語のくだりなどは)もうお好きな方にはたまらない、橋本治の古典語りが堪能できます。ただ、「薩摩琵琶集」の章は素養がないだけに辛かったなぁ。うん、これはやっぱテーマ別に分冊で文庫にしようよ。
(05.12.21)《この本の詳細情報&注文画面へ》
予告探偵 西郷家の謎・太田忠司(C★novels)
いえね、おかしいと思ってたのよ。なぁんかひっかかるなぁと思ってたのよ、それが──あ、いや、まずは粗筋から紹介しましょう。
1950年、歴史ある旧家・西郷家の当主のもとに一通の予告状が届いた。「十二月四日十二時、罪ある者は心せよ。すべての事件の謎は我が解く」そして当日、探偵の摩神尊と文筆家の木塚が西郷家を訪れる。それがこの血塗られた事件の幕開けだった──。
ものすごく古式ゆかしい探偵小説なの。三百年続いた旧家、絶頂期に不幸な事故で死んだ天才芸術家姉妹、たおやかな娘をとりまく婚約者候補、そして起こる殺人事件。ね、すごく古式ゆかしい、王道の、これぞ探偵小説でしょう? この西郷家の娘ってのがまた「〜ですの?」なんて言葉遣いだし、出てくる男性は「〜したまえ」なんて言葉遣いだし、途中で登場する警部は摩神を見て「おおっ! これはこれは摩神先生!」と過去に二人で扱った事件の思い出話をするし、もう道具立てが「いかにも」なのよ。それほど「探偵小説の王道」なの。文体も、キャラクタも、そして事件の展開も、昭和中期の「宝石」とか「幻影城」とかに載ってそうな感じなの。
でも、読んでいくと──。
くうう、言えないのが辛いなあ。なんか、何を書いても予断を与えちゃう気がするなあ。あのね、これ、すごくフェアな探偵小説です。
読み終わったときに何を思うかは、ホントに読者次第。もしかしたら「はぁ?」と思う人もいるかもしれない。或は「なんですて?」と腰が砕けるかもしれない。なんせ著者は「読み終わったら気持ちよく壁に叩き付けてもらえる本を目指した」って言ってるくらいだもの。でもあたしは感心したのよね。だってフェアなんだもん! ちゃんと材料はあるんだもん! 読んでる最中で「あれ?」と感じる読者もきっと多いはず。そしてそう感じることができれば。推理を巡らす楽しみが得られるんだよねえ。そして、他にこの本を読んだ人を捜して「これ、伏線だよね?」「これには気付いた?」と語り合う楽しみがあるのさ。
これはホントにフェアな探偵小説です。大戦の傷跡癒えぬ1950年に、壮麗な旧家を舞台に起こる、血なまぐさい殺人事件。家族の秘密。定番の探偵とワトスン。うん、これは今年一番の「読者への挑戦」ミステリと言えましょう。ああ、読んだ人と話したいっ!
(05.12.22)《この本の詳細情報&注文画面へ》
共に住んでる家族だから、大人だから、心の底に何らかの拘りがあっても、表面上の二人は平静だ。というより二人とも互いが持ってる傷そのものには触れないように、なかったことにして普通につき合っている。このあたりの描写がね、すごく地味な話なんだけど、やっぱ上手なんだよね。菜緒子の日常と、過去と、そして和貴子のDJで構成されており、小さなエピソードが二人の輪郭を上手に描き出す。
姉妹って近いところにいる分、些細な亀裂がずっと尾を引くってことは確かにあると思うし、「身近で似ているからこそ嫉妬の対象になる」というのも「そうそう、そうだよなあ」と思わせる説得力があるし。おまけに二人が反目しあってるワケじゃなく、普通に付き合いながら、いやむしろ互いを思い合いいたわり合いながら、それでもわだかまりを拭い去ることができないという、その絶妙なバランスはホント巧い。姉妹だからこそこだわるし、姉妹だからこそ意地を張る、うん、このあたり姉妹を持つ人はけっこう「あるあるっ」と思うよ。
ただ、二人の姉妹のわだかまりの正体ってのが、ちょっと(もちろん好みの問題ですが)ありきたりというか、ちょっと子どもっぽいというか……。ここまで「大人」として自分を律して来た二人がずっと心の底で拘っていたことが分かった瞬間、あ、いきなりそんなベタなことになるの? そんな「フィクションとしてはありがち」なことだったの? と、戸惑っちゃうのさ。物語が持っている世界の色との違和感が大きかったんだよなあ。無論、対外的には大人の二人が、いざ姉妹という関係になると子供になってしまうというのはとてもリアルなんだけれど、それにしたってちょっとありきたり。もちろん、ありきたりのモチーフを姉妹というテーマに描き込む手腕はさすがだし、語りが上手だから読まされちゃうけどさ。
蛇足。ラスト近くでタイトルの「北緯四十三度」っていうのが話に出てくるんだけど、そのくだりを読んだとき、「運命の赤い緯度で結ばれている」というダジャレを思い浮かべたのは、絶対にあたしだけじゃないよなあ?
(05.12.23)《この本の詳細情報&注文画面へ》
ただ相対的に、ちょっと「分かりやす過ぎる」かなという気はするけど。でもそれはタイトル通り「空論」であって、ホントにそうなのかは中では証明されない。けっこう無理な推理もあるのに、それが事実と証明されないから、なんか「そういう発想もありか」と思えて、それが楽しい。あ、あと、タイトルがパロディになってるのも相変わらず楽しいし。
【水のそとの何か】イラストレーターの部屋のベランダに毎朝置かれるペットボトルの意味は? ──これね、正直やられた。簡単だと思ったのよ。伏線はあからさまだし、挿絵まで妙に分かりやすくネタを割ってるし。これ簡単じゃん、と思って読んでいったら、実際予想通りで──でも、そのあとが。最後のひっくり返しで「そりゃそうだよな」と納得し、その前段階まで得々と推理してた自分が如何にミステリに毒されてるか(わはは)痛感しちゃった。
【とむらい自動車】ある場所に続々集まってくるタクシー。呼ばれたはずなのに呼んだ人物は存在しなくて──。真相を読むと、「いや、絶対そんなことしないから、普通」と思うんだけど、他の理由を考えつけないのが悔しいんだよなあ。
【子ねこを救え】一匹だけ飼い主に差別されてる子猫を救いたい。そう思った少女は略奪作戦を決行したが──。これは分かりやすかったな。
【な、なつのこ】タイトルで10分笑う。内容はスイカ割りにまつわるミステリなんだけど、いやもう、内容よりタイトルが……ぶわははは。
【魚か肉か食い物】大食漢の女子大生がステーキを前に逃げ出した理由は? うーん、友達に迷惑かけるの分かってて、こんなことするかなあ。
【夜の猫丸 】夜の会社で鳴り続ける電話の謎。わー、これ怖い! この終わり方も抜群。
(05.12.26)《この本の詳細情報&注文画面へ》
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