さいえんす?・東野圭吾(角川文庫)
雑誌「ダイヤモンドLOOP」「本の旅人」に掲載されたエッセイを1冊にまとめたもの。文庫オリジナル。
風冴ゆる からくり文左江戸夢奇談・秋山香乃(双葉文庫)
江戸は日本橋南の裏長屋に住む入れ歯職人、桜屋文左。彼はからくり師でもあり、からくり人形などを趣味で作る傍ら、いつかからくりで空を飛びたいという夢を持っている。本書はその文左を主人公に、彼と彼のからくりが巻き込まれる事件を描いた連作短編集。
帰って来た! オダケンが、志波銀次が、大文字一徹が、土器手警部が、そしてケンペーが帰ってきたよ! 「ビンゴ」「脱出 GETAWAY」「ギャップ」「突破 BREAK」の主役がそろい踏みだあ! これで面白くない訳がない。
ニッポン硬貨の謎 エラリー・クイーン最後の事件・北村薫(東京創元社)
中核となる部分はクイーンの「シャム双子の謎」論だから、本書を読むまえにクイーンを読んでおけ──ってな話を何カ所かで読んで、だったらあたしはクイーンを読んでないし、かといってわざわざ予習してまでもなぁ、と思い、「あたしはこの本は読まずに終わるんだろうな」と思っていたわけですよ。
九杯目には早すぎる・蒼井上鷹(フタバノベルス)
小説推理新人賞から出てきた著者の初めての本。しかし本書には先の新人賞受賞作の他に、日本推理作家協会賞・短編部門の候補作になったものも含まれており、単行本が出る以前から雑誌では評価されていた作家さんだ。軽妙でユーモラスな作風。本書には短編とショートショートが計9作収録されている。
「だましゑ歌麿」「おこう紅絵暦」に続く捕物帳シリーズ第3弾。いやあ、このシリーズは面白いなあ。シリーズといってもちょっと変わってて、「だましゑ歌麿」では奉行所の同心だった仙波が主人公の長編ミステリ。で、2作目「おこう紅絵暦」は、仙波の妻であるおこうと舅のペアで事件を解決するという連作短編。そして本書はまえの2冊で仙波一家と知り合いになり、探索の手助けなどをしていた絵師の春朗が主人公になる連作短編なのだ。つまり、同じシリーズキャラが出てくるんだけど、主人公が持ち回りだから、今回は仙波もおこうも完全に脇役。春朗を中心とした話になってる次第。
θは遊んでくれたよ・森博嗣(講談社ノベルス)
飛び降り死体の額に「θ」という文字が描かれていた。警察はそれを重要視せず、自殺として処理。しかしそれから、身体のどこかに「θ」と書かれた飛び降り死体が相次いだ。西之園萌絵の友人、N大病院の反町愛がたまたま捜査がらみの検査を担当することになり──。
τになるまで待って・森博嗣(講談社ノベルス)
山吹早月、海月及介、加部矢恵美の3人は、探偵・赤柳初朗から持ちかけられたバイトで、超能力者・神居静哉の別荘「伽羅離館」にやってきた。目的は図書室での資料探しだったが、メンバは神居静哉が繰り出す妙なマジックにいささか押され気味。そして起こる殺人事件。死体のある部屋は密室。そしてもっと大きな密室がもうひとつ──。
アコギなのかリッパなのか・畠中恵(実業之日本社)
もと国会議員にして今でも政界に多大な影響力を持つ大堂剛。もと不良少年の聖は、彼の事務所で事務員として働いている。特に政治に興味がある訳でも大堂を尊敬している訳でもないし、仕事としては事務の枠を超えたけっこう厄介なことも多い。しかしまだ中学生の弟を養わねばならない立場の聖にとっては、ひょんなツテで得たこの仕事を辞めるわけにもいかない。そして聖のもとには今日もまた厄介ごとが……。
アメリカ帰りのカリスマ心臓外科医。彼が率いるチームは、心臓のバチスタ手術という高難度な手技を幾つも成功させ、世間の評判となっていた。しかしここに来て、立て続けに手術中に患者を死なせてしまうという事態が発生。もともと成功率の低いとても難しい手術なのだが、状況に不自然な部分もある。もしかしたら医療ミス、あるいはなんらかの作為がそこに働いているのではないか──? 大学病院の片隅で暢気に過ごしていた窓際医師・田口は、その真相を調査するよう命じられる。
テーマは多岐にわたっているけれど、書かれていることは決して奇を衒ったものではなく平易だ。平易であたりまえなことを、ちょっと角度の違う目線で斬り、提言する。タイトルが「さいえんす?」というだけあって(これは「ちゃれんじ?」との対比なのかな、版元は違うけど)やや科学寄り工学寄りなテーマも多いんだけど、それもライトに具体的に書いてくれているし、そのテーマから何を伝えようとするかが明確なのでさくさく読めるよ。
また、そういう「さいえんす」系の話とは別に本書の柱になっているのが、「本」の話だ。科学技術の進歩がミステリに与えた影響、著者自身の創作スタイル、本という商品が出来上がるまでの話など。個人的に印象に残ったのは【ハイテクの壁はハイテクで破られる】の章だ。新古書店に売ることを目的に行われる書店での万引き。今は本にICチップを埋め込むという技術(レジを遠さずに店を出ようとするとアラームが鳴る)が開発されつつあるそうだが、そういうハイテクに頼るのは危険で、いつか破られる。ではどうすればいいか、というので著者がある方法を提案するのだ。これ、シンプルで実効性高くて良いと思ったなあ。
また【本は誰が作っているのか】の章では、出版業界の成り立ちというものを説明した上で、ブックオフや図書館に関する著者の考えが示される。けれどここで俎上に上がるのは、ブックオフや図書館そのもののあり方ではなく、その利用者の方だ。利用を決して否定するものではないが、けれど「図書館やブックオフを使うことを『賢い生活術』だとは思わないで欲しい、それは出版業界を支えている読者への侮辱だ」という点には大きく首肯した。
ただ……科学系のテーマの箇所でちょっと気になったのだが、たまたま著者が出会った編集者が製造業について無知だったからといって、「文系は」というふうに一括りにされるのは抵抗があるんだけどなあ。著者は中で、自分は歴史に疎いというような話を書いているが、著者が歴史に疎いからといって「歴史に疎い」のが理系の特質というわけではない。文系もそれと同じだと思うのだけれど。
(06.1.3)《この本の詳細情報&注文画面へ》
時代小説は読み手に年輩者が多いせいか、文字が大きいこと大きいこと。これ何ポイントくらい? 同じ双葉文庫でもミステリのフォントより2回りくらい大きいよ。確かに年輩者には読みやすいんだろうけど、幸いまだ老眼鏡を必要としない身にとっては、1ページの密度が薄くてページをめくる頻度があがり、逆に読みづらいぞ。
とまれ、内容だ。
【父子からくり】からくり師としての文左に弟子入りしたい、という子供があらわれた。しかしその子はれっきとした八丁堀同心の息子。奉行所勤めは向かない、父のあとを継ぐつもりもない、自分はからくりをやりたいんだというその少年は、からくりへの熱意も才能も人一倍で文左は困ってしまう──。おお、人情モノの「いい話」じゃないか。まさかこう繋がるとは。繋がったときに膝を打つ伏線があると、もっと良かったんだけどな。
【呪い人形】文左の作った茶運び人形が評判を呼び、ある店の主人に買われていった。ところがその店ではそれから奇怪な事件が相次いで……。やや偶然に助けられる感はあるが、なかなかな構成の妙。ホラーな要素もあって、映像にすると映えそうな一編。
【女形騒動】人気の女形が、顔に傷をつけられるという事件が起きた。下手人はいったい誰か? けれど仮に下手人があがっても、その女形はもう女形としてはやっていけない。そこで文左はある協力をして──。ストーリーとかクライマックスとか、そういうのも良いんだけど、これの白眉はお吟の造形だ。甘やかされて育ったお嬢さんが、ホントは何も分かってないのにいっぱしのつもりで口を出す。すべてを胸におさめる男たちと、おさめるということを分かっていない女。この対比だけで御飯三杯食べられるってもんだ。
(06.1.4)《この本の詳細情報&注文画面へ》
劫火 (上下巻)・西村健(講談社ノベルス)
新宿ゴールデン街のバーのマスター、オダケンは、恋人の呉梨花と喧嘩して、気分転換に小樽に旅行中。そこでひょんなことから知り合った男と倉庫街を歩いていると、いきなりロシア人から銃撃を受けた。一方、フィリピンからこっそり帰国した志波銀次は金沢で命を狙われ、小倉の旧友を訪ねていた一徹は謎の子供を東京まで送り届けるように頼まれる。そして土器手警部は管内で起こったプログラマの自殺事件に、妙にきな臭いものを感じていた。この個々の事件がひとつになったとき、それは日本を震撼させる大事件へと発展する──。
いやもう、なんでもありよ。ロシア人テロリストは『持ち運び型核爆弾』を持って日本に来るし都庁は占拠するしCIAは暗躍するし無敵の傭兵チームは出てくるし。そんなのに素手で立ち向かうオダケンや銀次っていったいどうなの、という気がしないでも無いが、そこを冷静に考えてはいけません。勢いに乗って、わくわくしながら、血をたぎらせながら読むのだ。これぞB級! これぞ娯楽! これぞエンターテインメント! 勢いとハチャメチャ加減と、そしてかっこよさ。ああ、ここに出てくる男達の──いや、女もオカマも犬も!──なんとかっこいいことか! 惚れる。燃える。
特に一徹の章がいいのよ。小倉から謎の少年を東京まで送り届けるだけなんだけど、その少年をCIAが追っている。でもこのCIAの情報員が底抜けにお人好しで人情家なのぉ。お人好しのスパイ。もうそれだけでダメダメ感満載。もうおかしくっておかしくって。そんなおかしさと、チェイスのスリルとが相まって、読んでる間じゅう楽しくて仕方ない。
でもハチャメチャで楽しいだけではないのだ。実はここには「国って何?」という問いかけがある──のだと思うんだが、まぁ、いいかなそういうことは。<いいのか?!<いいのよ。そういうテーマだ何だってのは、読み終わったあとでどこか心の片隅に残るもの。それより読んでる最中の至福の娯楽に酔え!
(06.1.6)《上巻の詳細情報&注文画面へ》《下巻の詳細情報&注文画面へ》
でもこれは、あの「50円玉二十枚の謎」に対する、北村薫の回答編でもあるという。えええ、だったら読みたい、読みたいよ! でもクイーンは読んでないし、あんまり読みたいとも思わないよ。だったらどうする? ──そうか、あたしは別にクイーンのネタバレをされても一向に困らないし、よくわかんない本格ミステリ論なんかが出て来たら斜め読みすれば良いだけの話だ、「50円玉二十枚の謎」の部分だけ読もう。そんな不純で不埒な理由で読み始めたのだ。そしたら。
面白かったんです、これが。それも、楽しみにしていた「50円玉二十枚の謎」の部分ではなく、「シャム双子の謎」論が面白かったんです。あらびっくり。「シャム双子の謎」読んでないのに。
本書はクイーンの未発表原稿を北村薫が翻訳した、という体裁の一冊。クイーンが来日したときにであった事件ということで、あらゆるパスティーシュやお遊びが散りばめられていて、すごく楽しい。注釈も楽しいし、本文中のお遊びなんてもう、リストを作りたいくらい遊んでるのよ。すっごくマニア受けしそう。その中で、毎週決まった日に50円玉二十枚を千円札に両替しにくる男の謎と、乳幼児連続殺害事件という大きな事件が同時進行する。
そしてその両替を頼まれるレジ係であり、大学のミステリ研メンバとしてクイーンと会うという光栄に浴する主人公が、かねがね疑問に思っていた「シャム双子の謎」についてクイーン本人に問い質すというのが白眉なんだけど、これはミゴトですよ。「シャム双子の謎」を読んでなくても「ああ、そういう要素があって、こういう解釈が成り立つのか、なるほどなぁ」と思わせてくれるのだ。そして逆に、これからクイーンを読んでみようかしらという気にすらさせてくれる。ただまぁ、読者を選ぶ部分だとは思うけど、そこそこ本格を系統立てて読んできた者にとっては(外国物を殆ど読んでないあたしが言うのもヘンな話だけど)実に知的刺戟に満ちた論なのよ。
ただ、「50円玉二十枚の謎」の「回答」は、ちょっと不満。犯人の心理と行動がちょっと突拍子も無さ過ぎるんだもの。だけどこれも恐らくは「クイーン論」に関わってくるのだろうな、とも思うのよね。そこが分からないのが基礎知識がないものの弱みなのだが、読者全部がクイーンを読んでる筈もなく、「読んでた方が理解は深まるし拾える伏線も多いんだろうけど、読んでなくても別に困らないよ」ということは間違いない。マニア以外にもちゃんと開かれている本だと思う。
(06.1.7)《この本の詳細情報&注文画面へ》
【大松鮨の奇妙な客】「2005ザ・ベストミステリーズ」所収。恋人の友人が夫の不倫を心配していると、尾行を頼まれた俺。ところがその男はなんと寿司屋で、ジャンボ茶碗蒸しをひっくり返すという奇行に出た……。う〜ん、この真相だと「なぜ茶碗蒸しなのか」がキレイじゃないよなあ。他の方法でも良かったってことになるし。
【においます?】ショートショート。どれだけ鼻がいいんだ、こいつ。
【私はこうしてデビューした】作家になる日を夢見てネットで作品を発表していると、「ファンレター」が届いて──。わ、これ面白い! サイコがかった展開が妙にリアルで、それが最後に思わぬ着地を見せる。
【清潔で明るい食卓】ショートショート。再読で意味がわかった。わかった瞬間「わっ」と思ったよ。
【タン・バタン!】行きつけのバーで出会ったおじさんは、ちょっとヘンな人で……。うわぁ、主人公のイライラが手にとるようにわかるよこれ。ラストなんて映像と音が一緒になってすごい盛り上がり。
【最後のメッセージ】ショートショート。計画殺人が描かれてるんだけど、ちょっと説明的かな。
【見えない線】バーテンダー見習いのノリオは客である女性と知り合ったのだが……。やや冗長にも思えたが、ラストがいい。
【九杯目には早すぎる】ショートショート。もうタイトルだけで充分。
【キリング・タイム】町で偶然であった上司。飲みに誘われた俺は、予定があったのだが言い出せず……。込み入った状況を巧く仕掛けに結びつけてる。凝ってるのに作り物めいた感じがしないのは、文章のテンポが良いからだろうな。
(06.1.9)《この本の詳細情報&注文画面へ》
春朗合わせ鏡・高橋克彦(文藝春秋)
春朗っていってもピンと来ないかもしれないけど、のちの葛飾北斎のこと。つまり本書では、高橋克彦のお家芸である「絵師ミステリ」の要素も入ってきてるわけで、前の2作の魅力を踏襲しながらも新たな読みどころが加わってるのさ。寄せ場で死んだ陰間の事件を調べる【女地獄】では新たなメンバーが登場するし(自作の持ち回り主役はこいつか?)、【父子道】では、事件に巻き込まれたと思しき春朗の父親から暗号の手紙が届く。【がたろ】では、ご禁制の品を商っているらしい店を摘発するための大芝居は至極楽しい上に、「がたろ」の登場がなんとも滋味豊かで心が和むし。
そして本書の白眉は、春朗が頼まれて背景を書く事になった芝居をめぐる因縁話の【夏芝居】と、いいキャラなんだけどとてつもなく謎めいていた「がたろ」の正体がわかる【いのち毛】だ。特にこの【いのち毛】の切ないことと言ったら!
その他、【虫の目】【姿かがみ】の2作が収録されているが、どれもこれまでの2作になかった「業界もの」の面白さが加わって、尻上がりに面白くなっていく。推理もある、仕掛けもある、人情もある、そして幕府の締め付けがきつい時代での市井の人々の暮らしがある。その穏やかにして豊饒なこと、この上ない。読んでる最中はただただ事件の行く末に目が奪われるが、読み終わってみると事件よりも八丁堀や長屋で人々の行き交う明るい声が聞こえるような、そんな奥行きがあるのだ。
このシリーズ、続きがますます楽しみ!
(06.1.10)《この本の詳細情報&注文画面へ》
道具立ては古式床しいパズラーって感じなんだけど、もうそこには最初から期待しない──と言いつつ正直言うとちょっとだけ期待した──でもやっぱり期待しないのが正解でしたのさ、ふっ。動機が無視されるのは、それはもう以前からのことなので慣れたけど、今回は意外性も推理も無視ですわ。そういうことがやりたいんじゃないってことよね。だからね、もうだいぶ前から森ミステリィは「フェアな本格」ではなくなっていたけれど、すでに「謎があって、方法はどうであれその謎が解かれる」タイプのミステリですらないんですって、これ。
じゃあどこを読むかというと、「この××って、正体は○○なんじゃないの?」とか「おお、懐かしの☆☆が出て来たよ!」とか、「つまるところ、これはあの人と繋がってるのね」とか、そういう箇所だ。でもそういう読み方ができるのは「従来の森読者」だけ。このシリーズで初めて森作品に出会った人にとっては「なーんか知らない名前が出てきたけど、これ、誰?」というまま放り出されるでしょう。そして他の本を読むと、それが分かるようになっているという……。商売上手か。
今回の最大のみどころは(個人的には)ある人物が市役所に何をしにいったのか、だ。そしてある人物がやけに怒っているのはなぜか。謎の連続飛び降り事件の真相なんかより(少なくとも本書で明かされる段階の真相なんかより)、そっちの方が楽しいや。
(06.1.12)《この本の詳細情報&注文画面へ》
館モノにして密室モノ、ここまでの3作の中では一番まっとうに「謎解き」してる観がある。けれど「How」の部分は思い切りあからさまで簡単過ぎるし、「Who」「Why」の部分は「以下次号!」なままだしで、いわゆる推理の醍醐味はゼロ。ここまで来ると、わざと「ミステリ読み」を排除しようとしてんじゃないか、とすら思っちゃうわよ。篩にかけられてる気分。
だもんだから読み手としては「他のシリーズとの繋がり」みたいなところに裏読みしたくなるんだけど、それはそれで犀川の「思考というのは、すでに知っていることよって限定され、不自由になる」という何とも思わせぶりな台詞によって、精神的な予防線が張られてしまうんだよなあ。この台詞、なんかキモになりそうな気がするんだけどな。
畢竟、キャラに寄って立つ読み方ができなければ、これはチト辛い。エピローグなんかその最たるもので、「この話はこれ一冊で成立するものではありませんよ」と宣言されてるようなもんだ。いいんだけどさ。でも一冊の本で完結する(読者が完結した気分になれる)パートがなければ、これを単体で読む意義は(少なくとも現段階では)あまり感じない。シリーズが完結してから一気読みした方が、ひとつの完成された世界を楽しめるんじゃないかしらって気がして来た。S&MシリーズやVシリーズの場合、シリーズを通しての物語と一冊の中で展開される物語との両方があって、一冊の中の物語もそこそこ面白い(ものもあった)のになぁ。ま、この突き放しも何か考えがあってのことなんだろうけど、そこまで読み手が忖度することもなかろう。
ところで、このシリーズは「Gシリーズ」なんだそうだが、Gって、Greece?
(06.1.12)《この本の詳細情報&注文画面へ》
政治家の事務所に持ち込まれる、他の政治家や知り合いからの謎めいた相談事に応えるという「日常の謎」連作ミステリ。主人公の聖のバックグラウンドもなんだか意味ありげだし、文章は軽妙だしで、「政治家の事務所」という言葉から連想されるような固さも生臭さもないので読みやすい。
ただミステリとしては全体にヌルめだし、政治家の事務所という舞台の効果も後半になってようやく出て来た観がある。「お、ようやく面白くなってきたぞ」というところで終わっちゃうのだ。エピローグ的に扱われる最後の一章なんて、ここに至るまでにもっと色々あったろうに、それが読みたいのになぁ、と逆に残念になってしまった。
謎解きのミステリとしてイチオシは【月下の青】。大堂先生の知り合いの政治家の秘書が、資産価値のある絵を持ったまま新興宗教に入信してしまう。なんとかその絵を取り返したいのだが、政治家が宗教団体に直接交渉するというのもマズい。そこで聖にその任が任され、大堂とはメールで状況報告を行うことになったのだが……という設定で、シンプルではあるがなかなかにトリッキィだ。「あ、これが伏線か!」という楽しさもある。
逆に政治家の世界という舞台の効果が最も出ていたのは【商店街の赤信号】(タイトルに色が入るのは、田中啓文「落下する緑」を彷彿とさせる)かな。区議会選挙で、商店街の中に選挙事務所を構える候補者を応援に行く聖。そこに出入りしている商店街の店主が、奥さんから食事制限をかけられてるにも関わらず体重が減らないということで、選挙事務所で間食しているのではないかと疑われる。しかし事務所でものを食べた形跡もなく──という、まぁ謎としては可愛いものなんだけど、ここで紹介される選挙運動のノウハウは「へぇ」と思いつつ楽しく読んだ。
聖の家族の問題が各編の底辺にあり、それも決して解決したわけではない。ようやく舞台効果にもエンジンがかかってきたところだったので、もっと続きが読みたいぞ。
(06.1.13)《この本の詳細情報&注文画面へ》
チーム・バチスタの栄光・海堂尊(宝島社)
わ、面白い! この手の医療ミステリって、どうしても重くなりがちなんだけど、キャラがヘンな方向に立ちまくってるのと、癖のある文体(もしかしたらこれ苦手な人もいるかもな)のせいで、その重さが払拭されてるよ。田口の担当は「不定愁訴外来」。不定愁訴、ってのは理由が判然としない体調不良の名称だそうで、他の科から「愚痴外来」と揶揄されるほど、医者に愚痴を聞いてもらいにくるような患者ばかり。でもそこでのんびり過ごしている田口が、なんかとっても素敵なのさ。
そんな田口が心臓手術の調査を任され、いきなり『白い巨塔』の中に放り込まれる。仕方ないのでチームのひとりひとりに事情聴取するもののらちがあかない。そこにやってきた厚生労働省の役人が物語後半の「探偵」となるんだが──これがあんた! そこまではちょっと暢気な『白い巨塔』だったのが、いきなり「イン・ザ・プール」になっちゃうのよ! その役人は田口がやったのと同じ事情聴取を再度行うんだけど、それは田口バージョンとは雲泥の差。前には見えなかったものが見えてくる。この構成の対比はミゴト。
著者は現役の医師だそうで、なるほどこの臨場感とディーテイルはそのせいか。専門知識はちゃんと解説してくれて素人読者にも間口は広い。ただ事件の真相を見抜くには専門知識が必要で、そこはちょっと読者が推理するのは無理なんだけど、エンターテインメントとしては充分だぁ。読み始めたら一気読みさせる勢いがある。エキセントリックな探偵役は時としてうるさいが、一般人代表として田口が怒ったり突っ込んだりしてくれるので、必要以上にキャラに腹も立たないし。
第4回「このミステリーがすごい!」大賞受賞作。この賞から出た作品の中では、「サウスポー・キラー」「四日間の奇蹟」に次ぐ高ポイントだあ。
(06.1.15)《この本の詳細情報&注文画面へ》
書評リストに戻る