お厚いのがお好き?


ネクロポリス(上下巻)・恩田陸(朝日新聞社)

 英国に植民地支配されたあと日本文化が移入した島国V・ファー。そこにはアナザー・ヒルと呼ばれる場所があり、ヒガンの季節には死者が戻ってくる。V・ファーの住民はヒガンにはアナザー・ヒルを訪れ、再度の別れを惜しむのだが、今年はちょっと違っていた。昨年のV・ファーでは謎の連続殺人事件が起こっており、その被害者たちに会えれば犯人を教えて貰えるというので注目されていたのだ。そんなとき、日本の東大で民俗学を先行しているジュンイチロウは親戚のツテでそのアナザーヒルに行けることになり……。
 この設定がもう、なんともワクワク! だって死者が喋ってくれるのよ。殺人犯なんかすぐにわかるじゃん。──でももちろんそんなに巧くいくはずはなく、今年のヒガンは初手からいろんな事件がてんこ盛り。そのひとつひとつが魅力的だし、イギリスと日本の文化が混じり合った架空の土地というのも楽しくて、読んでる最中はかなり熱中した。結末も最近の恩田作品にしては「決着している」方だし。
 まあ、主人公が民俗学専攻という割には民俗学的考察がすごく表面的だったのが物足りないし、百物語とかかごめかごめとかの「日本民俗」の持ち込み方も、イギリス文化のあれやこれやも、最終的には「舞台効果」以上のものではなかったのは残念だった。楽しいのよ、楽しいんだけど「土曜日の騎士」には思わす吹き出しちゃうような、なんかそういう「小ネタ」の楽しさなんだよなあ。「あ、これの元ネタわかるぞ」とか「え、そこにそんなモノ出しますか」という小道具の面白さ。もちろんそれが悪いってわけじゃなく(なんせ楽しいからさ)、これでもかってくらいの日英融合がもう少しテーマそのものに関わってくるかと思ってたんだけどなあ。ただ、舞台効果としてはとても素晴らしいものなのは、それはもう間違いない。
 ストーリーテリングも世界の作り方も抜群に巧い人なので、読んでる最中は実に盛り上がります。小さいエピソードの繋がりも、大きなストーリーのうねりも、間違いなく「読み終わるのがもったいない」というエンターテインメント性に溢れてる。下手に冷静にならず、物語の世界に没頭するのが吉ですよ。  (06.1.18)
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そんなに読んで、どうするの?・豊崎由美(アスペクト)

 「文学賞メッタ斬り!」「百年の誤読」などで、毒舌っつーか辛口っつーか「そこまで言って大丈夫なのか? 夜道で後ろから刺されたりしないか?」とどきどきしてしまうようなコメントを展開し、トヨザキシャチョーの名を知らしめた書評家、豊崎由美。本書は彼女の手による書評集だ。総じて国内はここ数年のエンタメ及び純文系の小説が中心。国外部門は更に幅広く、扱ってる作家の国籍だけ見ても実に縦横無尽。
 なんせイメージがイメージだ。事なかれ主義で平和主義の大矢としては「何もそんなわざわざ敵を作るような発言しなくても、気に入らない作品は黙殺すれば良いのでは……そんでもって裏から手を回して、そいつを秘密裏に抹殺しちゃえば済む話じゃないの」と他人ごとながらハラハラしていた。っていうか、あたしホントに平和主義?
 ところが! 本書を読むと! なぁんだ、いい人なんじゃん! 褒めてる、褒めてるよ。ちゃんと褒めてるよ。作品の魅力を分析し読みどころを紹介する、読者を「読む気」にさせる、王道にして効果的な書評集だよ! じゃあ、あの悪口雑言シャチョーは何? ──と考えて気がついた。本書の国内編で唯一,思い切りメッタ斬られてるのが辻仁成の「刀」だ。そしてシャチョーキャラの白眉と言っても良い、巻末に袋とじで収録された、あの掲載誌を休刊に追い込んだと評判の「伝説の書評(抄)」。これらには共通点がある。即ち、「権威にあぐらをかいて向上心をなくした作家への批判」なのである。
 豊崎由美は確かに毒舌だ。おばちゃんハラハラしちゃうくらい辛口だ。けれどその根底にあるものは文芸への愛である。文芸を愛してるからこそ、堕落した態度で駄作を垂れ流す「権威」に対して、そしてそんなもので満足し文芸の奥深さに触れようともしない読者に対して、「キサマら文芸をナメてんじゃねえっ!」と啖呵を切るのである。だからこそ志のある作品に対しては手放しで褒め、後押しをするのである。これは「書評家」として実に正しいスタンスではないか。
 あの「毒舌」を読みたくて買った人は、あまりに真っ当過ぎて拍子抜けするかもしれない(そういう人のために巻末袋とじがある)が、ブックガイドとしてみれば充分でしょう。ただ、ブックガイドにしては範囲が広くて、どのあたりの読者層を想定してるのかがちょっと見えにくいかな。(06.1.20)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

キタイ・吉来駿作(幻冬舎)

 死者を蘇らせる儀式があるという。高校生の仲間たちは不幸な事件で死んでしまった級友・葛西を生き返らせるため、その儀式「キタイ」を執り行う。けれど葛西は戻らず、キタイに参加したメンバーはそれぞれ人生が狂い始める。そしてそれから18年後。36歳になったメンバーのもとに、高校生の姿のまま葛西が帰ってきた。彼らを皆殺しにするために──。第6回にして最後のホラーサスペンス大賞受賞作。
 ひゃーっ、これはエキサイティングだぁ。ホラーにしては理屈が勝ってるところや、全編にそこはかとなく流れるB級テイストなどで好みが別れるかもしれないけれど、どうなるのどうなるのどうなるのぐわーーーーーっという勢いに圧倒されて一気読み。キタイの理屈や葛西の事情については、本格ミステリ読みならひょっとしたら見当ついちゃうかもねって程度の謎なんだけど、見当がつくからこそ登場人物の一歩先を行って「ダメだよダメだって、それよりこっちに気をつけなきゃ!」と「志村うしろー」的ドキドキを楽しめるし、もちろん推理できなければその方がよりハラハラできる。どっちに転んでも楽しいぞこりゃ。
 特に、高校時代の彼らを描いた第2章の、なんて青臭くも甘酸っぱいことでしょう。こういうセーシュンの甘酸っぱさだの、「推理」が可能な理屈を持った真相だのってあたりで、ホラーがホラーたるべき「恐怖」が若干薄れてることは否めない。けれどその分、いろんな方面に向けてのサービス精神がたっぷりなのさ。スプラッタありアクションあり伝奇あり青春あり幽霊ありミステリあり、それらがホラーという大きな膜で覆われ、加速がついてどんどん転がる。詰め込み過ぎの不器用さは垣間見えるが、それを補ってあまりある展開の面白さ。
 個人的に好きなのは、ラスト間際、もう死ぬか生きるかのラインまで来てる主人公二人、フカチとハルが、ハルの部屋から逃げ出すときメッセージを残す必要に迫られるシーン。フカチはハルの部屋の壁に文字を書こうとするんだけど、ハルは「賃貸だからやめて」って言うのさ! あんた今そんなこと言ってるときですか! でもなんかそういう部分が妙にリアルで魅力的。仲間がひとりずつ殺され、自分も危険な目に遭ってるそのときに、賃貸だから部屋は汚せないなんて考えちゃうあたりがね。人間ってそういうものかもな、と思わせて、なんかいいのよ。  (06.1.22)
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ラッキーパールズ・たからしげる(スパイス)

 取引先の知り合い・阿久津が病気で亡くなった。その直前、見舞いに行った私は阿久津と「昭和三十年代、子供のころは野球ばかりしていた」という話になる。「あの頃は楽しかったなあ」という阿久津。そして私はその帰り道,急に子供の頃を思い出す。自分は阿久津と会っている──あの時代、少年野球の試合で。我々は共に野球をやったことがある……。そして思いは昭和三十四年の、あの時代へ飛ぶ。
 プロローグとエピローグはすごく良い。だが、肝心の本編が子供視点での話のせいか、イマイチ深く掘り下げられないじれったさがある。偶然出会った2チームが練習試合をすることになり、その試合の経過と主人公の当時の過程や友人の話が交互に綴られて行くという体裁。ただ、その過程や友人のエピソードの箇所が、ただホントにエピソードなのだ。あたし自身は主人公より10歳くらい年下になるが、育ちが超田舎だったので、ここに書かれている文化風俗はそのまんまあたしの子供時代に当てはまる。だもんだから、細かいことひとつひとつが「懐かしいなあ」とは思えるし、ひとつひとつのエピソードは楽しかったり、哀しかったりするのだ。けれど、それが何かストーリの展開に関わってくるというわけではない。なんだかすごくストレートな分かりやすい描写で、主人公が小学生だったせいかジュヴナイルを読んでる気になった。<もともと児童ものの作家さんだそうだ。
 無理矢理、野球と生活の両方からすくえる何かを見つけるとすれば、「人生、思い通りにはいかないことも多いが、負けるな」ということなんだろう。ただそのテーマも、なんだかとっても直截で分かりやすいが故に奥行きに欠ける。いっそ、中学生か高校生が主人公ならまた違って見えると思うんだけど。
 あと、はじめの頃の時代の説明がちょっと鬱陶しい。その前年、と書いたあとに(昭和三十三年)と説明が入ってたり、長島茂雄の名前表記に(当時は長嶋ではなく、長島と書いた)とか、国鉄(現在のヤクルト)スワローズとか、週にただ一度の休みである日曜日(土曜日は午前中、学校があった)とか、やたらとそういうカッコつきの説明が入るのだ。そういうのって、知ってる世代は知ってるし、知らない世代は知らないなりに小説の中でその時代を感じ取って行く小道具のひとつになるんだから、ここまでするのはやや過剰な親切に思えるんだがなあ。  (06.1.24)
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陽気な幽霊 伊集院大介の観光案内・栗本薫(講談社)

 新聞社に勤務する旧知の仲間、伊庭録郎に載せられて「京都ミステリーツアー」にプレゼンターとして参加することになった伊集院大介。いざ参加してみると、ツアーそのものも、参加者も、どうもうさんくさい。そして事件は起きるが、これはミステリーツアーの仕込みなのか、それとも──?
 ここんとこずっと、新作が出るたびに「またこんなのだー、やだー、昔の伊集院大介カンバーック」と同じ類いの文句を延々垂れ流していた(具体的は
書評リストからあシリーズ過去作品の感想を読んでください)のだけれど、わぁ、やっと久しぶりに昔に戻った気がしたよ。「都会の夜で蠢く、華やかに見えて寂しい人々」も「二十歳過ぎてもオトコノコ気分の抜けないお姫様的美少年」も出て来ない話ってのが、こんなに読みやすいとは。こういうのよー、こういうのがいいのよー。
 そりゃもちろん文句がないわけではなく。登場人物がそろいも揃って喋り過ぎ(状況や心情の説明がぜんぶ会話の中にあるよ)だとか、半分過ぎても事件が起こらないとか、作中のミステリーツアーの参加者同様、読者も「いったい何を解けばいいのか分からない」まま終わるとか、この設定でこの結末ってなんか大山鳴動鼠一匹って感じなんですけどとか、ってゆーかこれって謎解きものじゃ全然ないよな、とかさ。一編のミステリ小説としてみれば、そのあたりはかなり不満ではある。だけど、でもいいの、夜でも美少年でもない、普通に普通の人たちの事件を推理する伊集院が読めたんですものぉ。そもそも最近の伊集院シリーズを振り返るに、もう伊集院大介で本格ミステリをやろうとは著者は考えてないんじゃないかとすら思えるくらいで。
 事件が起きてその謎を解くという点では物足りないけど、伊集院がある出来事を喝破するシーンにはゾクゾクした。それに久しぶりに伊集院イズムに触れられた快感が大きい。ある悪事に手を染めそうになった人に言う。「(人を不幸にしてやりたいという誘惑は誰にでもあるが)それをするかしないかによって決定的な差異があらわれる。──あなたはしなかった、だからそれで良いんです」と。
 だからさ、次は、次こそは、そういう人々の心に寄り添うような、そんな「伊集院大介の本格ミステリ」を!<毎回書いてるな、これ。  (06.1.25)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

the TEAM・井上夢人(集英社)

 盲目で難聴の人気霊導師、能城あや子。彼女はあるチームを抱えていた。辣腕マネージャーの鳴滝、パソコンに強い悠美、空き巣まがいのことも請け負う調査能力抜群の草壁。実は能城あや子の百発百中の霊能力は、彼らのチームの万全ともいえる調査能力によって支えられていたのだ。そして彼らの調査は、相談者の依頼のみならず、その周辺から事件の匂いまで嗅ぎ取ってしまう──。
 井上夢人久々の単行本ってことで、もっとこうガツンと来るような「力作」を期待してた気持ちは確かにあるんだけれど、それでもやっぱりこの路線も面白いんだよね。設定が魅力的だし。テイストとしては
「風が吹いたら桶屋がもうかる」に近い。
 【招精(おがたま)】では、最初から能城をインチキ占い師と決めつけ(まぁそうなんだけど)、彼女の化けの皮をはがすために仕込みをして彼女の相談者になった男性の話。彼の仕込みをどうやって逆手に取るか、が、チームに与えられた仕事になる。ちょこっとミステリ風味もあって佳作。ネット犯罪と金縛りの謎のふたつに挑む【金縛り】、過去のすべてを捨てた女性を救う【目隠鬼】、能城の勧めで旅行に出た相談者が不幸になったと雑誌記者が攻撃してくる【隠蓑】、地下室で聞こえる「幽霊の声」が意外な犯罪を暴く【雨虎(あめふらし)】などなど全編で8編。のりは軽いが、コンゲーム的な面白さ、意外な手がかりが意外な真相に到達するサプライズなどがてんこもりだ。痛快な話の中に苦みがあったり痛みがあたり。気になるといえば草壁の盗みの腕の不自然なまでの鮮やかさだが、これはまぁこういう特技があるってことで。特に後半は、彼女の正体を暴こうとする人物との戦いの様相を呈し、話がぐんぐん盛り上がる。
 でも本書で一番大事なのは、能城の霊能力を嘘と決めつけ攻撃していた雑誌記者と妻との会話だろう。能城にはホントに霊能力がなかったとしても、誰も被害者はいない。相談者はみな、彼女に相談し彼女の言う通りにして幸せになった、そればかりか大きな犯罪も彼女が解決し、人が助かった。それの何がいけないのか、と。彼女は嘘つきだ、でもその嘘でいろんな人を勇気づけたり助けたりして来た、と。雑誌記者はそれに答えるすべを持たない。
 「ユーモアミステリ」として始まった連作短編は、意外に重い石を読者の心に投じて終わるのである。  (06.1.26)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

海馬が耳から駆けてゆく5・菅野彰(新書館)

 菅野彰の日記エッセイ第5弾。エッセイつっても1章がそこらの短編並みの長さで、でも内容は極めてライトな「日常のあれこれダダ流し」だ。いや、あたしゃこれが好きでねえ。シリーズまとめて好きなんで敢えて個別にお勧めマークはつけてないけれど、1巻の感想に「このお勧めマークは、シリーズ通しての評価だと思ってください。どこから読んでも大丈夫。」と書いた通り、内容的にはどれをとっても面白い。
 でもって実は、過去の4冊よりあたしはこの5巻が一番好き。
 今回のメインは、著者の盟友・月夜野亮氏の40歳の誕生日パーティの話だ。30歳になったときのパーティで「40歳のときは振り袖でも着ようかしら」と(もちろん冗談で)口にした月夜野氏。それを周囲の全員がきっちりと覚えており、10年後に「さあ、振り袖を切るのよ! パーティよ!」と盛り上がる。本人は最初は嫌がるもののしまいには諦め、「どこで着るんだよこれ」と言うような黒地に松竹梅の大振り袖を着ることに。更に企画は悪のりし、「月夜野だけに恥はかかせない、参加者は箪笥の中に1着はあるであろう『どこにも着てくんだよこれ』というド派手な服装でくる事!」というドレスコードまで出来てしまう。そうこうするうちに参加者はなんと80人に! そんな大所帯のパーティを著者が幹事として取り仕切ることになったが、著者は「自分が頭で考えたことは、自然と他の人にも伝わるものだと思っている」タイプだった! かくして大騒ぎのパーティが始まる。──いやあ、友人の誕生日に80人てのもすごいが、この一連の話はホントに笑えるよ。
 また、著者の故郷は会津なのだが、あの戊辰戦争の悪夢以来、会津では「新選組」の名前は御法度だった。会津が恨みを買った大きな原因だったから。なのに大河ドラマでこうまでもてはやされるのは、会津人としては辛かろう──と思って帰省すると、会津全体が新選組フィーバーに浮かれまくってた! うわははははは! 死ぬかと思うくらい笑った。
 そして今回の白眉はあとがきだ。あたしはこれより前に「不健全な精神だって健全な肉体に宿りたいのだ2」を読んでいたので、著者が愛猫ニャン太ちゃんを亡くし、精神的にかなり落ち込んでいたのを知っていた。あとがきでは、そのことについて触れている。じん、とした。  (06.1.28)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

シャイロックの子供たち・池井戸潤(文藝春秋)

 物語の舞台は東京第一銀行長原支店。この支店で働く行員たちが順繰りに主人公になる連作ミステリだ。
 冒頭の【歯車じゃない】の主人公は叩き上げの副支店長だ。高卒組として大卒組に負けたくないと地道に頑張り、副支店長まで昇って来た男。次の出世のためには、なんとしても長原支店の成績をあげねばならない──。この話と、出世に見放されかけ、けれどそれを家族には言えない融資課員を主人公にした第2話【傷心家族】を読んだ時点では、正直なところ、まぁ普通の中間小説かな、という印象だった。銀行という業界の描写はもちろん著者のお手の物だし、そこから来る臨場感はさすがなのだけれど、ストーリーそのものは、まぁ普通だよな、と。ところが。社内恋愛中のOLを主人公にした第3話【みにくいアヒルの子】から少しずつ様子が変わってくる。この話では行内で現金が足りなくなるという事件が起きるのだが、この解決が妙に中途半端で終わるのだ。この話は決着するが、事件は決着しないのだ。ここでようやく、おや? なんかおかしいぞ、と思い始めた。
 そして第4話以降。それぞれ独立したテーマの短編でありながらも、その第3話での事件がちらりちらりと尾を引いていく。そしてそれはいつしか、より大きな事件へと変わって行くのだ。なるほど、こう来たかぁ!
 読者が一緒に推理できるような、いわゆる「本格」ではないのだが、ここで展開される事件の流れとそれの行き着く先は充分な意外性とサスペンスがある。ラスト間際になって「犯人」がわかり、その「犯人」が自分のしていることがバレたと分かった瞬間の、淡々とした投げやりな風情がものすごく怖い。ホントに怖い。そして更に──いや、それ以上は言うまい。読者は何度も背負い投げを食らうことになる。
 もともと乱歩賞出身だし、これまでの作品も殆どがミステリなのだから今更驚くのもヘンなんだけど、こういうトリッキーなものも書くのだなあ。この手のは初めてじゃない? 決して趣向ありきでないのも良い。連作の中で積み重ねられて来た「銀行員」たちの思いが絡み付いて、単なる仕掛けだけに終わらせない深みが出ているのだ。うん、これはお勧め。
 惜しむらくは、最初の2話の地味さだよなあ。ここまで読んで「普通の中間小説ね」と思って読むのをやめられたりすると、泣くに泣けないぞ。たとえば別途プロローグをつけても良いし、話の途中でも良いんだけど、何か「引き」になるものが早い段階で欲しいなあ。  (06.1.29)
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クローズド・ノート・雫井脩介(角川書店)

 普通の大学生、香恵は、自室で前の住人が置き忘れていったと思われるノートを見つけた。開いてみると、それは住人の日記。どうやら小学校の教師をしているらしい。その日記を読み、教師という職業に憧れたり、元気づけられたりする香恵。彼女は今、ある片思いが始まったばかりなのだ──。
 わぁ、ミステリじゃないんだ! それに一番びっくりしたよ。もう、いつミステリになるのかと……。ならなかったし。純然たる恋愛小説だったし。よく見ればどこにもミステリだなんて書いてないし。ほら、これまでの作品が作品だからさ、ミステリだと思うじゃんよー。違うのかー。そっかー。ああ、「心の準備」が裏目に出てしまったぁ。
 で、改めて恋愛小説として見返すと。実際に読んで行くと途中で「あれ? これって香恵は気付いてないけど、××は当然××だよな?」ということに気がつくわけですよ。決して穿った読み方をしなくても、けっこう露骨に書かれてるし。だから逆に怪しくて、「そんなわかりやすくはないだろー」と眉にツバ付けて読んでたら……まんまかよ!
 そして遅ればせながらわかった。これはすごくストレートな、そして「普通の」恋愛小説なのだ。好きな人のために差し入れのお弁当を作ったり。でも押し付けがましくならないように、「作り過ぎたから」なんて言い訳のきくメニューを一生懸命考えたり。でも一緒に食べられるように、ちゃんと自分の分まで彼の部屋に持っていったり。なんていうのかな、そういう、大人からみれば微笑ましくて、ちょっと胸の奥でチクっと何か動くような思い。リアルタイムの若者にすれば「そうそう、そうなのよー、わかるわよー」と言いたくなるような思い。そういうのがページの間からじんわり出てきて、いつしか香恵を応援している。ああ、これは田淵由美子とか陸奥A子とかの、往年の「りぼん」乙女チック漫画に近いよ!
 またライバルが絵に描いたみたいなキャラでわかりやすいんだ、これが。キャラも分かりやすいし、香恵がなかなか気付かないあることも読者にはすごくわかりやすい。クライマックスもホントに「絵に描いたような」見せ場がある。個々のエピソードはとてもステキなんだけど、展開はすごくストレート。これがホントに、あんな入り組んだサスペンスを書いた雫井脩介なの? なんかもう、びっくりしちゃうよ。
 だけどなるほど、
ケータイのサイトの連載だったのか。それで腑に落ちた。なるほど、ケータイ小説には、あまり込み入った複雑なものではなく、こういう分かりやすい、じんわりほのぼのした話の方が確かに良いかもしれないなぁ。  (06.1.30)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

天国の扉 ノッキング・オン・ヘヴンズ・ドア・沢木冬吾(角川書店)

 名雲修作は抜刀術・名雲草信流本家の長男だった。しかし彼が高校生のある日、末の妹が放火事件に巻き込まれて命を落とすという悲劇に見舞われる。放火犯は、修作の恋人・飯浜奈津の父親だったことがわかり、妹の死に間接的な責任を感じてしまった修作は家族と離れ、以来世捨て人のような生活を送っていた。そして11年。名雲はある日,正体不明の連中にいきなり拉致、監禁される。命からがら逃げ出してみると、いつの間にか自分は身に覚えの無いある事件の容疑者になっており、警察の手配を受けていた──。
 いやー。すげえー。もう圧倒。読み始めたら途中で休憩入れられない。
 最初はね、ちょっと分かりにくいのよ。何が起こってるのかぜんぜん分からない。それは主人公の名雲視点なわけね。過去にいろいろあって鬱屈してるとはいえ、とりあえず今は地味に静かに暮らしていた。ら、いきなり拉致監禁。逃げ出してみたら、それまで住んでた部屋には警察の家宅捜索が入ってるし、そこから出る筈の無い証拠まで出たらしいし、おまけに監禁犯人からは修作が警察に出頭しようもんならその時点で修作の友人や家族を襲うと脅迫される。親友の助けを借り、とにかく逃げる修作。しかし逃げるだけではしょうがない、いったい何が起こっているのかを確かめなければ。そして次第に分かってくる事実は、11年前の事件に端を発した、実に大掛かりな犯罪だったことがわかる。
 この著者のデビュー作
「愛こそすべて、と愚か者は言った」で、あたしはすごく面白いんだけど何故主人公が警察に駆け込まないのかがわからない、と書いた。その部分が驚くくらい鮮やかな手並みでクリアされている。脅迫されているというだけでなく、修作を取り巻く人間関係の中で、彼自身が「出頭した方がいいのか」と迷いながらも探索を続ける。そしてそのうちに、事態が自らの手でこそ解決すべき問題なのだということがわかる。巧いなあ。
 登場人物がやたらと多いのに、そのひとりひとりに血肉がある。ひとりひとりに歴史があり、暮らしがあり、思いがある。その思いのぶつかり合いが時には悲劇を生み、時には赦しを乞う側になり、そして時には赦しを与える側になる。誰しもが答を持たない、「取り返しのつかない過ちを犯した人を『赦す』とはどういうことか」というテーマが、重く全編を貫く。身内を殺した殺人犯を赦せるか。赦せないなら復讐は是か、非か。赦すのと復讐と、自分が救われるのはどちらなのか。
 苦いハッピーエンド。やりきれないカタルシス。正解の無い解決。そして、凍てつくような荒ぶる魂。そんな矛盾だらけの形容がもっともぴったりする、これはそんないつまでも尾を引く佳作だ。  (06.1.31)《この本の詳細情報&注文画面へ》  


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