お厚いのがお好き?


わくらば日記・朱川湊人(角川書店)

 人の記憶や過去が見える、不思議な力を持った姉。昭和三十年代を舞台に、「私」が姉の力を通して出会った事件を寓話的に綴る連作短編集。姉はその力を使って事件現場で起こった出来事を透視し、警察に協力したりもしている。そして姉は身体が弱く心優しく、「何があったか」を透視すると同時に、どうしてそんな哀しい事件が起こってしまったのか、までを見抜こうとする──。
 「私」は、昭和三十年代には小学生から中学生にかけての年頃。老境にさしかかった今、その時代を思い出話として語るという体裁なのね。語り口調は極めて穏やかで寓話的。登場人物の役割もきっちり分担されているし、ストーリーはシンプルで分かりやすい。リアリティより世界観重視なのね。はっきりと「おはなし」というイメージです。
 いい話なのよ。それは間違いない。モチーフは昭和三十年代という時代に相応しく、在日朝鮮人差別だったり、田舎から売られて来た少女のことだったり、原爆症だったりで、なるほどこの時代ならではだなあと感心もする。実際、読み始めるとそのまま引き込まれて一気読みしちゃう魅力があるのよね。だけど……読み終わってみると、なんかものすごくストレートなのよ。
 「一人の極端な例を引き合いにして、民族すべての人間を貶めるような言い方はするな」「この世で一番悪いことは、人の命を取ることです。その次に悪いのは、信頼を裏切ることです」……うん、文句のつけようも無い「いいセリフ」なんだけどね、主旨には納得するんだけどね、真正面からセリフで言われるより、そういうテーマは「自分で感じ取りたい」という思いがふつふつと……。あ、話は良いのよ。ホントに素敵な話なの。切なさや辛さ、悲しみというものは全編に溢れているの。ただ、それらがすべて「優等生的目線」でくるまれてしまって、「はい」としか言えなくなってしまう。これを原作にして小中学生向けのアニメを作ると、とても良い教材ビデオになるんじゃないかしら、と思うような。良い話だけに、そこが残念。
 でも、この話はまだ終わってない。不思議な力を持つ少女がこれからどうなるのか、何が起こったのか、父親がいない理由などなど、明かされていないことがたくさんあるもの。続きに期待だ。あ、ちなみに「わくらば」とは「病葉」と書き、病気などで枯れた葉のこと。俳句の季語にもなってます。  (06.3.12)
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沖縄軽便鉄道は死せず・辻真先(徳間書店)

 昭和20年の沖縄。直接攻撃は熾烈を極めた。思想犯として投獄されていた鉄道好きの中城は、沖縄軽便鉄道に思いを馳せることで無聊を慰めていた。当時、沖縄本島には南北を結ぶ軽便鉄道が走っていたのである。ところが戦火は激しさを増し、受刑者たちも刑務所を出て疎開することになった。軽便鉄道が無事に残っているなら、移動の足に使えないかと駅舎へと向かった中城たちだったが──。4人の囚人と少女と謎の人物がタッグを組み、凄絶な脱出行が始まった。
 素晴らしいなあ、これは。
 沖縄戦の悲惨さというのはさまざまな小説やノンフィクションで語られているが、そこに「沖縄軽便鉄道」という実在した鉄道を絡ませている。鉄道、ガソリンカー、トロッコ、トラックなど、さまざまな交通手段を使って北に逃げる主人公たちを描くことで、そのとき路線の各地がどんな状態だったのか、つぶさに伝わって来るのだ。鉄道ファンの著者ならではの切り口である。
 彼らは那覇の東にある国場という駅から、本島北部のヤンバルを目指して進む。その途中に出会う困難は、アメリカ兵による攻撃のみではない。むしろ日本軍だった。女性を蹂躙する日本軍の将校、ウチナンチュー(沖縄県民)の言葉や文化を禁止し、大日本帝国民であることを義務づけながら、ウチナンチューへの差別を露にしていたヤマトンチュー。沖縄を対アメリカ軍の前線と位置づけながら、非戦闘要員の保護をまったく行わなかった日本軍。「自分たちの敵はアメリカなのか、それとも日本なのか」という主人公の悩みは、沖縄の人すべてに共通する思いであったろう。
 哀しいのは、「天皇陛下のご真影を守る」と信じて疑わない女子高校生だ。生まれたときから軍国主義の教育を受け、骨身に染み込んでいる。それをつゆほども疑わない。けれど彼女は敵の砲撃を受けたとき、沖縄方言で「アンマー(おかあさん)!」と叫ぶのだ。そして再び理性を取り戻したあとは、「軍国少女」に戻ってしまう──。
 同じ日本人なのに、同じウチナンチューなのに、互いをスパイではないかと疑心暗鬼を生じ殺し合う人々。極限状態といってしまえば、集団心理といってしまえば、それまでだ。けれどそんな状態に、そんな心理に、人々を追い込んだ者は何なのか。ここには、政治の話は出て来ない。軍部の話も出て来ない。アメリカ人も日本人も、男も女も、大人も子供も、ひとりひとりの人間がその場でどう動いたかが綴られている。終戦の年に死に絶えた沖縄軽便鉄道は、そんな彼らを見守っていたのである。  (06.3.13)
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『資本論』も読む・宮沢章夫(WAVE出版)

 マルクスの『資本論』──著者が高校時代、『資本論』がブームになった。プロフィールを読むと、1956年生まれとある。ああ、なるほど! その世代なら確かに、ちょっと気の利いた高校生の間では読まれたろうなあ。そして著者もトライしてみたが、難しい。長い。読み通せるわけがない。そして著者は今になって『資本論』を読む、という野望に挑戦する。つまり本書は、『資本論』の手引きだの解説書だのではなく、「久しぶりに『資本論』読んでるけど、わけわかんねえぞお。つか、今日はぜんぜん読めなかったぞお。あ、でもこの部分ってもしかしてこゆこと?」という、『資本論』を読む日々のことを書いたドキュメンタリーだ。
 実際、読めないよねえ、あれは。あたしは著者より8歳年下で、大学に入った頃には学生運動なんてすっかり下火になっていたが、それでも専攻の関係もあって、手にしたことはあるのよ>『資本論』。いや読めねえ。寝るね。もう、ぐうぐう寝る。昭和四十年代当時に学生運動をしていた人たちだって、ホントに『資本論』を読んでた人はどれくらいいたのか、統計をとってもらいたいくらいだもん。
 けれど、本書を読み進めるうちに、新たな発見があったのよ。本書の最初の方に出て来る、『資本論』を読んでの感想の中の用語。「価値形態」とか「等価形態」とかって言葉が、記憶のどこかを刺戟するのだ。あ、この言葉、知ってる。意味は皆目わかんねえけど、でもなんか大昔に脳味噌に詰め込んだ覚えがある……。そうか、マルクス経済学って大学のときにやった覚えがあるような……ないような。どっちだ。でも、本書も後半になってくると、用語が記憶を刺戟することもなくなる。新鮮な用語ばかりになる。そうか、あたしは学生時代に、第1章までしか読んでなかったんだんだな。それがわかっただけでも本書を読んだ価値があるってもんだ。
 そうそう、「20エレのリンネルは一着の上着と同じ価値をもっている」というくだりで、絲山秋子の
「逃亡くそたわけ」を思い出したのはあたしだけではないはずだ! ……って、曲がりなりにも『資本論』の中身の話なのに、そういう連想しかできない時点で、もうダメってことだよなあたし。  (06.3.14)《この本の詳細情報&注文画面へ》  back

家族の言い訳・森浩美(双葉社)

 ジャニーズのヒット曲などを多く手がけられてる人気ベテラン作詞家による、さまざまな「家族の肖像」を紡いだ短編集。
 夫が蒸発した妻。妻に離婚を切り出された夫。父親と疎遠な息子。死期の近い母。テーマはとてもオーソドックスで、いっそ「ありがち」と評しても良いくらい。けれどありがちなテーマを一定水準以上に描くというのは筆力があってこそなんだなあ、というのがよく分かる。設定はとてもリアルなのに、展開がとてもピュアなの。そのバランスが絶妙。「これはきっとこうなるんでしょう」と予想し、その予想の通りに展開し、「出来過ぎだよ〜、甘いよ〜」と思いながらも、ちゃんと「じーん」としたりして。出来過ぎで甘いからこそ、読後感が良いってこともあるんだなあ。
 中でもお勧めは、ここには描かれていない背景の広がりを感じさせてくれて、そしてちょっとトリッキーな面白みもある【カレーの匂い】と、物事の見方が些細な事で反転する爽快さと、もうすべてが遅過ぎるという切なさが相俟った【乾いた声でも】の2編。この2編はとてもレベルが高く、なかなか染みるとともに、「これから彼女はどうするのかな」と想像させてくれる。読後、決してハッピーではないんだけど、ポジティブなものが残るのよ。お勧め。
 ただ、それ以外の作品は──テーマ自体はわかるんだけれど、あまりにオーソドックスで話の展開が見えちゃうってのは、やっぱちょっと残念。巧いだけに。分かりやすいってのは美点ではあるんだけどね。高い期待にちゃんと答えてはくれるんだけど、その期待を超える(或いは良い意味で裏切る)ものではないのね。それに、
「わくらば日記」の感想ともカブるんだけど、テーマを全部、セリフや文章で説明してくれちゃってる。こちらとしては「感じ取りたい」部分を、すべて言葉で教えてくれちゃう。一から十まで説明されちゃうと、話が書かれていることだけで完結しちゃって、それ以上の広がりが物語から感じられなくなっちゃうのよ。モチーフはどれもリアルで共感できるだけに、実に惜しい。 (06.3.15)《この本の詳細情報&注文画面へ》  back

ミス・ジャッジ・堂場瞬一(実業之日本社)

 メジャーリーグのレッドソックスに所属することになった日本人ピッチャーの橘は、たまたま日本で行われる対ヤンキースとの開幕試合2試合目に登板するため、早めの凱旋帰国をしていた。その試合ではもうひとりの日本人がメジャーデビューを果たしていた。審判の竹本だ。そして橘と竹本の間には、高校時代に始まる根深い確執があった。互いに嫌い合う二人が、ジャッジする側とされる側になる。そして橘がメジャー初勝利を目前にした一球に、竹本の「微妙なジャッジ」が下された──。
 この橘っていうメジャーリーガーがまた、神経質で悲観的でデリケート、おまけに被害妄想気味。言葉の通じないチームで、不運が重なっただけとは言えなかなか結果が出せないため、周囲全部が自分に嫌がらせをしているような気分になるタイプ。翻って審判の竹本は、もともと才能ある野球選手だったのにケガで続けられなくなり、選手より上の立場に立ちたい一心で苦労して審判になったという過去を持つため、「ホントはおまえらよりずっと俺の方が上だったのに」という思いにとらわれている。おまけにこの二人、当時はスター選手だった傲岸不遜な竹本に後輩の橘がいびられ倒していたという過去もある。そんな橘が、いまやメジャーリーガー。その初戦の審判を務めるのが竹本。そりゃもう、何も起こらないわけがない。竹本が下したジャッジは、悲観的で神経質でデリケートな被害妄想気味な橘にとって、ずーっと尾を引くものとなるわけだ。
 けれど、この二人はよく似ている。この二人に共通するのは、「俺は悪くない」である。うまくいかないのは「俺のせいじゃない、あいつらのせい」という思いである。だから橘に不利なジャッジを竹本が下したとき、橘は「竹本の嫌がらせだ」と思い込み、竹本は「俺より才能のない人間のくせに、俺に逆らうな」と思う。そんな二人が、持て余し気味の自分の感情とどうやって折り合いをつけ、どうやって「出直し」を図るのか。怒りと焦りで自分を見失った橘がとった行動、それによって彼自身がどう変わって行くか、竹本はどう変わって行くかが、最大の見所だ。いやもうこれが、歯痒いったらもう! 冷静になれず、周囲の心配にも気付けず、道をどんどん逸れて行く様子がもうタマンナイ。だからこそ、シーズン終了間際の二人の変化に感動しちゃうのよ。
 それにしても、デビュー作の
「8年」のときから思っていたけれど、この著者の「試合シーン」はホントに巧いよなあ。スタンドの歓声、マウンドからの視点、一球ごとに変わる空気。スタジアムの熱が、ダグアウトの緊張が、手に取るように伝わって来る。今回は主人公がピッチャーだったからシーンも限定されてたけど、他の作品でバッターを描くときなんて、身体の脇を150kmで通り過ぎるボールの風圧まで感じられるくらいだったもの。
 ちなみに橘のエージェントをしている藍川って、「焔」で主人公のエージェントを買って出た人物じゃん。おお、「焔」ではいろいろあったけど、元気に巧くやってるのね。なんか偶然旧友の姿を見た気がして嬉しかったわ。  (06.3.16)《この本の詳細情報&注文画面へ》  back

えんじ色心中・真梨幸子(講談社)

 16年前、受験戦争をくぐり抜けて名門中学に合格した息子を父親が殺すという事件が起こった。動機は息子の家庭内暴力。けれど裁判が始まると父親は、殺したのは自分ではないと証言を翻す。それから16年。マスコミが16年前の事件を取沙汰するのを横目で見ながら、久保はフリーのマニュアルライターをしながら派遣社員として働いていたが……。
 うーーーーん。仕掛けたいことは分かるんだけど、読者に対してちょっと不親切な構成になってるなあ。ミステリを読む上でのサプライズやカタルシスって、読者の予想を覆すところに生まれるんだけれど、これはまず予想させることを拒んでいるように思えるのよ。16年前の事件と、一見直接の関係はなさそうに見える青年。その青年の現在の日々と、小学生を主人公にした思い出のパートが交互に綴られる。細かいエピソードや小技から「何かがあるんだろうな」とは思わせるものの、その「何か」があまりに漠然としていて全体像が掴めない。いや、全体像を掴まれてしまってはミステリとして成立しないのでそれは良いのだが、読んでいくのに道しるべがないのよ。16年前の事件の真相を暴く話なのか、そうじゃないのかも判然としない。自分が今読んでいるものが何なのかがわからない、そんなモヤモヤの中で文字を追うしかできない。ここいらにフラストレーションを感じるんだなあ。
 だもんだから、最後で「こういうことだったんです」というのが分かっても、覆されるべき「予想」がそもそも存在しないので、サプライズもカタルシスも得られなくなってしまうのだ。
 僕の日々の生活の描写は抜群に巧くて、派遣の仕事も、フリーライターの仕事も、とてもリアリティを持って伝わって来る。文章力があるので、ストーリーはさておき、エピソードは背景からディーテイルに至るまで、とても引き込まれる。小学生の思い出パートも、小道具の使い方なんてすごく巧いし、幼い恋のドキドキ描写もとってもミゴト。破滅に至るクライマックスなんて、とても映像的で質感があって、息が詰まるほどの迫力があるのさ。そのうち、すごいもの書くんじゃないかとも思わせるほどよ。それだけに、この構成の弱さは惜しいっ!  (06.3.17)
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魔王・伊坂幸太郎(講談社)

 一読して、驚いた。これまでの伊坂作品も面白かったが、それはストーリーや趣向、或いはその物語のスタイルの持つ面白さだったように思う。でも、これは。書かれていることそのものに力がある。圧倒される。小説でなければ語れないものがあるとするなら、これはまさにそういう話だ。
 とまれ、内容。【魔王】【呼吸】の中編2作からなる。前者は兄が、後者は弟が主人公で、内容としては連続ものなので両者で一作とも捉えられる。強烈な求心力を持つ政治家が登場し、世間の人々は知らず知らずのうちに一定の方向に流され始める。漠然とした危機感を覚える兄は、ある日、自分が妙な能力を身につけたことに気付いた。心の中で念じたことを、他人に喋らせることができるのだ──。
 ファシズムに対する懸念と恐怖がまず現れる。けれど、それだけではない。大きな流れの中で、自分は自分であることを保っていられるか。自分の考えていることは、本当に自分の思索で辿り着いた結論なのか。どこかで読んだ、どこかで聞いた意見の焼き増しではないのか。ちゃんと自分で考えているか。そういう自問がどんどん生まれて、どんどん怖くなってきた。自分は果たして、この兄弟のように、この夫婦のようにいられるだろうか、と。けれど、その恐怖を、清々しい筆致とキャラが和らげてくれる。恐怖は恐怖のまま増殖して終わるのに、高潔で清廉な読後感を残してくれる。
 今回、あらためて思ったのは「無駄話の書き方が巧いんだな」ということ。骨太なテーマや強烈なメッセージ性が、飄々とした無駄話によって「マジすれすれ」の絶妙な位置にとどまっているのだ。その無駄話のトボケ加減とそれが生む和みの効果、そして時々挟まれる鋭いセリフとのバランスは、実に緻密に計算されており、実は「ありそうで、ない」ことが分かる。なんて周到な変化球。
 頬をはたかれたような思いになった一文があった。
 「おまえ達のやっていることは検索で、思索ではない」
 紙に書いて、机の脇に貼っておきたいような言葉。この情報過多の世の中で、ともすれば勘違いしてしまいそうになる自分を、引き戻してくれる言葉。こんな言葉と、「アンダーソンと安藤さんは似てる」だの「球史に一勝」だのという言葉が並んでいるのが、伊坂幸太郎のカッコよさであり心地よさなのだ。
 あ、
「死神の精度」の千葉さんがちょろっと出てきたね。それに気付いたとき、戦慄した。だって、ということは──この結末は、あらがう事のできない運命に、すでに決められていたってことだもの。  (06.3.18)《この本の詳細情報&注文画面へ》  back

ホラーハウス社会 法を犯した「少年」と「異常者」たち・芹沢一也(講談社+α新書)

 少年犯罪と「精神障害者」が犯した犯罪には共通点がある。人を殺しても「未成年」「責任能力無し」の名の下に、刑罰は受けない。或いは、刑罰が軽い。少年、そして精神障害者のこういった扱いについては、歴史が大きく関係していると著者は言う。近代社会では「人間」を「理性を持つ成人」と定義して来た。そのため、理性を持たない精神障害者と、成人ではない少年は、その法が認めるのとは異なった扱いを受けてきた。彼らに与えるのは刑罰でなく、「理性を持つ成人」になるための「教育」「治療」である、という発想だ。
 ところが90年代半ば以降、それが題目になり、代わりに彼らを危険な「怪物」として「隔離」或いは「退治」しようという発想が出て来た。90年代半ば以降──つまり、山形マット殺人、酒鬼薔薇事件、西鉄バスジャック事件、豊橋主婦殺し──そのような事件が報道される度に、「凶悪な少年犯罪が増えている」とマスコミが言い始めた年代である。国会では酒鬼薔薇事件を受け、刑法を適用出来る少年の範囲を14歳まで引き下げるという50年ぶりの少年法改正を行った。けれど本当に少年犯罪は増えているのだろうか?
 著者は、否、と言う。統計的に見れば、凶悪化も急増もしていない、と言う。少年による殺人事件に限ってみても、1951年と61年に件数がピークに達した後は一貫して減り続け、1975年以降はピーク時の4分の1で推移しているというのだ。内容も、恨みもない相手を何人も殺すという凶悪なものが昔から多々あった。では、なぜ実情とは異なる「印象報道」が罷り通るのか。
 犯罪は減っているのに、少年犯罪の犯人たちは「怪物」とされ忌避される。なぜなら、受け手が「理解できない」からだ。以前は、少年による凄絶な凶悪犯罪があっても、そこには金、性欲、怨恨、社会的矛盾などなど、「わかりやすいストーリー」があった。けれど昨今の「殺してみたかったから殺した」「なんとなく」「ゲーム」というような理由を、一般市民が理解できない。理解出来ないという点では精神障害者の犯罪も同様である。理解出来ないものは教育も治療もできない。しかしこれを「理解出来ない」と斬って捨てる発想もまた、極めて危険だということがひしひしと伝わって来る。
 変わったのは、少年ではない。それを見つめる社会の方だ。社会のまなざしの方だ。本書では、少年犯罪や精神障害者による犯罪に対し、明治以来の日本がどのように取り組み、それがどのような問題を生んだかを実例をあげてつぶさに解説している。少年犯罪をやたらと扇情的に取り上げ、「凶悪」「激増」などと印象だけで報道するマスコミに引きずられそうになったら、本書を読んでみると良い。  (06.3.19)
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お腹召しませ・浅田次郎(中央公論新社)

 現代の作家が、祖父から聞いた話や日常の中でふと見つけた話の種などから、幕末を舞台にした短編を綴るという入れ子形式の短編集。六編に共通するテーマは、「武士だって人間、弱かったり足掻いたり悩んだりする、人間臭い人間なんだよ」ってところでしょうか。講談調の語り口でするする読める。今回はコミカルな描写も多いし、あまりにするする読めるが故に、ホントに講談を聞いてる気分になって、全編を貫く作り物っぽさが目立っちゃう気もするんだけど、花も実もある嘘八百ってのが浅田時代劇だからね。
【お腹召しませ】婿養子の失態で窮地に陥った貧乏旗本。コネを使って何とか助けて貰おうと隠居した父・又兵衛が上司に頼み込むと「腹を切れ、そうすれば家のことは何とかしてやろう」と言われる。妻も娘も「ならば安心、どうぞお腹召しませ」とせっつかれる始末。又兵衛は引くに引けなくなって──。
【大手三之御門御与力様失踪事件之顛末】蟻の子一匹這い出る隙間の無い城中から、勤番中の御徒士が消えた。神隠しか?──話が終わったあとで「作家」が語る長編の構想が魅力的。そっちが読みたい!
【安藝守様御難事】芸州浅野の分家を継いだ茂勲。ところが、走って駕篭に飛び込むという訳の分からない練習をさせられ──。うわははは、これはもうどう見てもコメディ。主人公の後日談は素晴らしいけどな。
【女敵討】江戸詰めの武士のもとに、国許で妻が不貞を働いているという知らせが入った。姦夫姦婦は斬るのが常道と急ぎ国許に帰ったが──。これイチオシ! 出来過ぎなくらいの結末だけれど、大団円とはこのことだ。
【江戸残念考】鳥羽伏見での敗戦を聞いた江戸では「残念無念」が流行語のように人々の口にのぼった。その残念が溜まりに溜まったとき──。つかこれ、娘の婚約者に対する焼もちと天下国家が同列になってるよ。わはは。
【御鷹狩】官軍に抱かれている夜鷹を斬ってやろう、そう決意した若者が三人、夜鷹宿で白刃を奮った──。う〜ん、この結末はあまりに出来過ぎではないかと……。
 (06.3.20)
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紙魚家崩壊 九つの謎・北村薫(講談社)

 北村薫初期の短編を集めた作品集。10年以上まえのものが大半で、ファンにしてみれば「ああ、ようやく本になったか」と、忘れ物が長年たってから出てきたような気分かもね。
 その分、内容はけっこうバラバラ。幻想風味なものあり、本格ミステリあり、パロディあり。だから統一感みたいなものは皆無なはずなのに、でも「北村薫」という作風そのものでひとつの統一感を出しちゃってるあたりはさすがだ。
 【溶けていく】はなんとも奇妙な味わいの一編。ごぐ普通のOLが次第に「壊れていく」様子を北村薫の優しい筆致で描く様が、なんともぞくりとさせる。【紙魚家崩壊】【死と密室】は、本格ミステリという様式を下敷きにした「寓話的パロディ風味」の短編。【白い朝】は、思い出話の体裁で語られる本格ミステリなんだけど、ここに出て来るイトコの少年が誰かってのは、北村薫ファンならピンと来るところ。【おにぎり、ぎりぎり】【サイコロ、コロコロ】は、本格ミステリ風味なちょっとした「日常の謎」を楽しく読ませる掌編。【蝶】は会話体で綴られる、これもやや幻想がかった一編。【俺の席】は「日常」というものを逆手に取った皮肉な物語で、ラストはある意味めちゃくちゃ怖い。
 そして、初期の短編集の最後にひとつだけ、ごく最近の作品が入る。【新釈おとぎばなし】だ。これは小説というよりも、ちょっと変わった、遊び心満載の本格ミステリ論でありパロディである。誰もが知ってるむかしばなし「カチカチ山」を、本格ミステリというフィルタを通して読み解き、再構築するという試みだ。これがね、楽しいの! すごく楽しいの! 一刻も早くその場を逃げ出さねばならない狸が、わざわざお婆さんを殺して婆汁なんてグロなものを作った理由は何なのか? ウサギの役どころの本当の意味は? 慣れ親しんだむかしばなしでも、そこに「お婆さん殺人事件」があり、狸という犯人がいる以上、当然ミステリとして読み解けるわけで。その手法の面白さといったら! 本格ミステリが好きな人は高度な本格ミステリフィルタの使用例として、そういうジャンルに対して特に思い入れのない人でもパロディとして、この「新釈カチカチ山」は相当に楽しめるよ。  (06.3.21)
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