首輪物語・清水義範(集英社)
パスティーシュの短編集。これとこれを組み合わせるか、というそもそもの発想がすごいなあ。元ネタを知ってれば知ってるほど細かいところまで笑える。「指輪物語」や「ブリジット・ジョーンズの日記」が未読なのが残念なくらい。でも読んでなくてもそれが元ネタだってことがわかるからすごい。ただ残念なのは、結末がけっこう「放り出し」タイプでスッキリしない話が多いこと。設定や小ネタは面白いのに、物語としてオチがつかないのはなんとも……。
骸の爪・道尾秀介(幻冬舎)
ホラー作家の道尾秀介は、滋賀と三重の県境にある仏像の工房を取材に訪れた。その夜、宿坊に泊まっていた道尾は、暗闇の中で笑っている仏の顔を目撃、あわせて「マリ……」という謎の声を耳にする。翌日、工房の人に「マリ」という人物について訊いてみたところ、それまで愛想の良かった人々の態度が豹変、道尾は工房を追い出されてしまう──。
にわか大根・近藤史恵(光文社)
これまで幻冬舎文庫から2冊が出ていた猿若町捕物帳シリーズ、その3冊目が版元を変えて単行本になった。レギュラーメンバーは以前から引き続きだが、別に前作を知らなくても特に差し支えはない。
新興住宅地で起こった一家殺害事件。夫婦と二人の子供が、残忍な方法で殺された。被害者夫婦とゆかりのある人々へのインタビューを通し、事件の輪郭が少しずつ語られる。と同時に、一流大学を出て人並み以上の生活をしていた被害者夫婦が、いったいどんな人物だったのかも──。
白菊・藤岡真(創元推理文庫)
画商の相良は、テレビで人気の超能力タレントでもある。相談者の過去を当て、失せ物を探すのだ。けれどもちろん本当の相良にはそんな超能力はない。すべて興信所の調査と相良本人の推理によってすべてが演出されているのである。そんな相良のもとに、大学教授の久村が謎めいた一枚の絵を持ち込んだ。この絵について相良に超能力で調べて欲しいというのだが──。
少年は探偵を夢見る 森江春策クロニクル・芦辺拓(東京創元社)
名探偵・森江春策の、小学生時代・中学生時代・大学生時代・新聞記者時代、そして独立した現在の、それぞれの物語を時系列に並べた連作短編集。森江春策ファンにはもう、タマラナイのではないかと。
仙台の大学に入学し、知り合った5人。タイプの違う5人は次第に親しくなり、麻雀したり合コンに行ったりバイトをしたり恋したり、犯罪に巻き込まれたり超能力があったり戦争を憂えたり、そんな普通の(?)大学生活の春夏秋冬を描いた青春小説。
ララピポ・奥田英朗(幻冬舎)
あれ? 面白いぞ?
太平洋戦争が終結し、占領下の日本。戦犯が収容されている巣鴨プリズンに、ニュージーランドの私立探偵・フェアフィールドがやって来た。彼の目的は人探しだったが、プリズン内での調査を認めてもらう交換条件に、記憶喪失になっているキジマという囚人の記憶を取り戻す手伝いを命じられる。そしてキジマは、初対面のフェアフィールドの国籍や考えていることを鮮やかに当ててみせた。驚くフェアフィールドは、キジマとともにプリズン内でのある密室事件を追うことになり──。
レストア オルゴール修復師・雪永鋼の事件簿・太田忠司(カッパノベルス)
オルゴール修復士の鋼は、ある事情から心に病を抱え込んで暮らしている。愛犬ステラとの静かな生活を望んでいるのだが、彼の元に持ち込まれるオルゴールの修理仕事には、なぜかいつも「謎」がついてきて──。連作短編集。
【首輪物語】タイトルを見れば一目瞭然、「指輪物語」のキャラクターが犬だったらという話。固有名詞やエピソードなど、原作を知ってれば面白いんだろうなあと思わせる記載がいっぱい。オチはちょっとありがちだけど、でも巧い。
【ティンカー・ベルの日記】「ピーター・パン」と「ブリジット・ジョーンズの日記」のコラボレーション。こういうノリなのだとしたら、「ブリジット・ジョーンズの日記」って面白そうじゃん!
【パウダー・スノー】「若草物語」と「細雪」のコラボレーション。せっかくこの名作2編の設定の類似を使うのなら、もっと真正面から重ね合わせても良いのになあと思った。「若草物語」の4姉妹が関西弁でしゃべってるところを見て、この4人が「細雪」をやるんだとばかり思ってたんだが、槇丘シスターズが別に登場するとは。
【亀甲マン】元ネタがわからない。スパイダーマンなのかなあ。
【あこや貝夫人】これはわかりやすい。「真珠夫人」だ。だけど話は違う。似てるところもあるけど違う。なんだろうこれ。……何か読み取れてない仕掛けがあるような気がしてならないんだけどなあ。
【ハートブレイク・ツアー】テレビ番組「あいのり」のパロディと思わせておいて実は……という趣向。でもヒントがとても易しいので、このオチは早い段階から見当がついちゃう。
【渚のカルメン】日本の芸能界を舞台に「カルメン」をパスティーシュ。主人公の男が土居邦正(ドン・ホセ)って。歌手の名前が井戸ケイ(ミーとケイ)って。恋のライバルが進藤バート(シンドバット)って。わはは。そんな小ネタに笑いつつも話はストレート。
【プロフェッショナルX】「ロビンソン・クルーソー」と「プロジェクトX」のコラボレーション。強引だなあ。
(06.3.25)《この本の詳細情報&注文画面へ》
デビュー作「背の眼」に続く、道尾&真備霊現象探求所シリーズ第2段。「背の眼」では本格ミステリとホラーの両方に股がるような作風だったが(だってホラーサスペンス大賞応募作だったからね)、今回はきっちりとベースを本格ミステリに据えている。そして「背の眼」に比べると、その構成力が数段アップしているという印象を持った。いや、印象じゃなくて実際急激に巧くなってる。
仏像の工房で作業に従事する仏師(仏像を彫る人)たち、寺の住職、その先代、庭師、そして家政婦。閉ざされた(商売してるんだから実際には閉ざされてる訳じゃないんだけど、ミステリ的には充分閉ざされた空間と言える)山奥の工房で、ひとり、またひとりと姿が消えて行く。皆が何かを隠していて、でもそれがぷんぷん匂って来て、もうミステリファンにはタマリマセン。
──と書くと、随分古式床しい道具立てのように思えるかもしれないけど(実際、道具立ては実に王道なものばかりなのだけれど)、登場人物たちはけっこう今風で、この手の「古式床しい本格ミステリ」にありがちな過剰に作り物っぽいキャラや世界ではないところに好感を持った。庭師の老人は携帯電話の着メロがドラゴンクエストのテーマだし、庭師と住職の会話は掛け合い漫才みたいだし、若い仏師の女の子は愛嬌があるし、仏像の納品先からクレーム貰って慌てたりするし。そういう細々した描写が、「伝統のある閉ざされた工房」であってもそこは我々の世界と確実に地続きであるという親近感とリアリティを生んでいるのだ。だから、とても読みやすいし、入り込みやすい。仏像に関する蘊蓄もあまりマニアックにならず程よく楽しい。怖いシーンも程よく怖い。ちょっとした台詞が印象的で巧い。カチカチとパズルのピースが嵌るように謎が解かれる快感も充分。つまるところ、物語のバランスがとても良いのだ。ただ、その分、けっこう凝ったことをあれこれ仕込んでいるにも関わらず、全体にインパクトは薄い感じになっちゃってる観もあるけど。
けれど、クライマックスは良いなあ。「親近感とリアリティ」が「閉ざされた哀しい過去」にとって代わられるその瞬間が、あまりに哀しい。ラストの展開は、たまらなく哀しい。強烈な印象を残すタイプのミステリではないが、その巧さが際立つ長編である。
【以下、独白:それにしても──評価が難しい作家さんだなあ。「背の眼」は面白かったのに、構成のバランスの悪さが気になってお勧めマークをつけられず、2作目の「向日葵の咲かない夏」は強烈なインパクトと巧さにひっくり返ったものの、あまりの読み心地の悪さにお勧めマークがつけられず、今回は巧さとバランスは文句なしなのに「向日葵の咲かない夏」のインパクトには届かず、結局過去作品を相対的に見るとお勧めマークがつかないのだ。でもこれって逆に、全作にお勧めマークをつけても良いってことでもあるんだよな。】
(06.3.20)《この本の詳細情報&注文画面へ》
八丁堀の同心、南町奉行所の玉島千蔭は三十を過ぎていまだ独り身の堅物。以前の事件で知り合った吉原の遊女・梅が枝や人気女形の水木巴之丞と懇意にしており、彼らの手助けで事件に対峙することも多い。その一方で隠居した父親や、その後添いで千蔭よりずっと若い義母のお駒らが繰り広げる日々の暮らしはなかなかにコミカルで、捕物帳と江戸市井の物語がうまく融合している。
今回は3つの短編が収録されており、それぞれ独立した事件が扱われるのだけれど、それと別にお駒の従姉妹であるおふくのエピソードが3編を通じて展開される。おふくは大店の娘だが継母との折り合いが悪く、家から逃げ出したがっているのだ。お駒の留守中におふくが千陰宅に押し掛け「ここに置いてくれ」と頼むところから大騒ぎが始まるという寸法。
【吉原雀】では、吉原の異なる見世の遊女が3人、立て続けに急死する。原因はそれぞれ別の病で、流行病というわけではないらしいが、健康だったはずの3人が続けざまに死ぬというのが解せず、千蔭が探索を始める。【にわか大根】は、人気の役者が上方巡業から帰ってくると、いきなり芝居が下手になっていたという謎。【片陰】は、天水桶の中から見つかった死体と、舟役者の哀しい愛憎の物語。どれもさすがミステリの書き手だけあって、伏線の張り方が実にさりげなく見事だ。ああ、そんなところを千蔭は見ていたのか、と膝を打つ快感は充分。それぞれの編で描かれる三様の愛の形も、それぞれが切なく、ときに愚かで、胸に沁みる。ただ、謎が解かれるまであちこち振り回される割には、真相を見抜く瞬間はさくさく進んじゃって、やや見せ場に欠けるきらいはあるかな。今回は著者お得意の芝居がらみのシーンも少なかったし。
個人的にはもうちょっと、江戸情緒っつーか、その時代ならではの息づかいのようなものが感じられると良いんだがなあ、とやや惜しく思われるが、逆にそれも時代小説に馴染みの無い読者を引き込むには良いかもしれない。
(06.3.23)《この本の詳細情報&注文画面へ》
愚行録・貫井徳郎(東京創元社)
いろんな人たちへのインタビューの章と、ある人物のモノローグが交互に綴られる。まず取り込まれるのは、そのインタビューという形式の巧さだ。早稲田を出て、不動産のディベロップ会社に就職し、同世代の男性に比べると破格の収入を得ていた夫。聖心から慶応に入り、美人で常に人の輪の中心にいたお嬢さん育ちの妻。そしてきちんと躾けられた可愛らしい二人の子供。この何の欠けたところもない一家がどんな人たちだったのかが、近所の人、同僚、同窓生などの証言によって浮き彫りになって行く。けれど語り手は、あくまでも自分の主観を話す。自分の経験を自分の価値観でジャッジして、それを語る。殺された妻は、ある人にとっては崇拝の対象であり、ある人にとっては自己チューな俗物だった。殺された夫は、ある人にとっては策略を使ってまで手に入れたい「デキる男」だったし、ある人にとっては他人を見下す高慢ちきな男だった。そしてそれらは、すべて一人の人物に対しての評価であり、すべてがその人物の一部なのだ。
その人がどういう人物なのか。自分が「自分はこんな人間だ」と考えているその像と、他人が自分をどんな人間だと思っているかは、まったく違うものだ。けれどそれと同時に、他人がある人物をどう思っているかも、その他人ごとに違うのである。そして他人の評価とは、常にその人の思いたいように、その人に都合のいいように、対象人物を規定するものなのだ。これの、何と恐ろしいことか。他人を語るときにも、自分というバイアスをはずすことができないのだから。それは即ち、他人を語り他人を評価するということは、自分自身を語り自分自身を評価することに他ならない。本書を読みながら浮かび上がってる来るのは、語られる被害者夫婦よりも、そのインタビュイー自身がどういう人間かの方なのだ。
これって、怖い。かなり、怖い。他人を語るという行為は、諸刃の剣だ。
タイトルになっている「愚行録」とは、被害者夫婦の、あるいは犯人のことではなく、もしかしたらそれを得々と語るインタビュイーのことなんじゃないかとすら思える。
最終的には、「犯人」は判明する。その「犯人」の慟哭は、ただひたすらに哀しい。
(06.3.23)《この本の詳細情報&注文画面へ》
てな設定だけ書くと、井上夢人の「the TEAM」と設定がかぶっているように思われるかもしれないが(つか、実際、冒頭部分なんてだいぶかぶってるんだが)、中身の方向性がぜんぜん違うので、読み進むうちにさほど気にならなくなってくる。
さて、相良のインチキ超能力は物語の主眼ではない。そういう肩書きが作中で小道具として機能するってのが大事なのであって、物語の核はその謎の絵をめぐるさまざまな事件にある。これがアンタ、実に藤岡真らしい凝った構成なのよ。壮大なのに緻密で、大胆なのに妙に瑣末が細かくて。状況も仕掛けも錯綜してる。けれど過去の作品に比べるとその複雑な構成がきちんと整理されてて、頭にすっと入って来るの。キャラクタも立ってるし、ツッコミどころは多々あるのにテンポがいいから読んでる最中は気にならないし。この著者って、初期の頃は「びっくりさせてやる!」という熱意だけで世界を構築していた印象があるけど、作を追うごとに手堅くなっていくなあ。
謎を絵を追ううちに正体不明の輩に命を狙われ始める相良の章と、なぜかわからないけど記憶が無いのここはどこ私は誰?という状態の「私」の章が順繰りに語られる。おまけにそのふたつの章には時間的な齟齬もあるらしい。こんなややこしい「わからないことが多過ぎる」といった状況で物語は進むんだが、最後にこれがかちっとハマったときには「巧い!」と思ったし、その背後にあった意外な事実は実にドラマチックで。くーっ、こう来たかぁ、とちょっと身悶えしちゃったい。
ただ、ちょっと伏線がなさ過ぎる気がするんだよね。確かに意外で驚くし良く出来てるんだけど、「いや、そりゃ推理できないよ!」という箇所が幾つかあるのだ。「ああ、そう言われてみれば!」という快感が本格ミステリの醍醐味じゃない? 特にラスト間際で明かされるある真相は、それがとてもドラマチックなものであるだけに、もちっとそれに繋がるエピソードが欲しかったにゃあ。
(06.3.23)《この本の詳細情報&注文画面へ》
凝っている。そりゃもう凝っている。小学生時代の事件を描いた【少年探偵はキネオラマの夢を見る】は、乱歩の少年向け小説の世界さながらに、無垢で夢想家な森江少年が、なんとも謎めいた怪奇な世界に迷い込んでしまうというお話。文体もレトロな少年向け怪奇探偵小説そのまんまで、それが実はこういうケレン味や独特の様式が苦手なあたしには辛いところでもあったのだけれど(でもそれは単にあたしの好悪の問題であって、当然ながらこういう演出そのものが良い悪いという判断ではないのよ)芦辺作品の良いところは、いかに怪奇で幻惑でレトロであっても、ちゃんと最後には理に落ちた納得できる結末を用意してくれるところなんだよね。
それは森江少年が中学生だったときの【幽鬼魔荘殺人事件と13号室の謎】も同様で、探偵作家志望の青年の一人称で話が進むので文体がもうイカニモな装飾に溢れ、読んでて「きーーっ」となるのだけれど、それでもそこに示される謎の魅力(だってなかった筈の部屋が突然現れるのよ)とその解決は鮮やかだ。
大学生時代の【沖警部補自身の事件】は2つの類似した事件が思わぬ繋がりを見せる(唯一、魔だの怪だの幻だの奇だのがなくて読みやすかった)。新聞記者時代の【街角の断頭台】はバラバラ殺人。そして現在の【時空を征服した男】には、なんとタイムマシンまで出て来ちゃうという百花繚乱ぶり。
でもって、これはその文体への個人的な好悪とまったく同レベルな話なのだけれど、あたしは元来、物理トリックにはあんまり興味が持てないタチなのよ。密室とかアリバイとかも、「まぁなんか方法があったんでしょ」と流してしまい、そのトリックが説明されても「ふ〜ん」としか思えないのだ(よくそれで本格ミステリが好きだなどと言えるもんだ>あたし)。それで本書に掲載されている短編は、その物理トリックに主眼を置いたものが多く、そういう意味でも決して「あたし好み」ではなかったのだけれど──いや、最後は喝采したね! わぁ、こう来たか! そうそう、こういう「仕掛け」が好きなのよあたし。ケレン味溢れる文体に少々気疲れしながら読んでたのだが、最後に快哉を叫べてスッキリ。
(06.3.23)《この本の詳細情報&注文画面へ》
砂漠・伊坂幸太郎(実業之日本社)
ああ、いいなあ、これ。
一読してそう思う。いいなあ、これ。あたしは著者とはだいぶ世代が違うはずなんだけど、それでも自分の学生時代がちょっとだけ思い出されちゃった。実際はこんな学生時代ではなかったのに、そうだった・そうでないに関わらず、《自分の》学生時代を想起させるんだよね。それは個々のエピソードを通じて、あの時代ならではの、どのような生活だったかに関わらず共通する学生時代ならではの、あの妙な熱がにじみ出ているから。学生特有の視野の狭さで、そのとき見えていたものが世界のすべてになる。バカなんだけど、でもそのバカなことにバカなりに一生懸命だった、あの時代。
本書で特筆すべきことは、「かっこわるいことがかっこよく書かれている」という点だろう。その最たる者が西嶋で、彼のはた迷惑で視野狭窄な言動は実際に身近にいるとヒイてしまうと思うのよ。だけど伊坂幸太郎のこの飄々とした文章で綴られ、なおかつタイプの違う複数の登場人物によりツッコまれたりいなされたりしているうちに、「徹底している」西嶋がかっこ良く思えて来る。
「かっこわるいことがかっこよく書かれている」のはキャラだけではなくエピソードも同様だ。ベタでありがちというかっこわるい筈の展開が、構成の巧さ・ちょっと意外なアプローチ・センスのある上手な無駄話のおかげで、かっこよく見えてしまう。そしてつまるところ──若さ故のカッコわるさって、とてもカッコいいものなんだよな、とニッコリしてしまうのだ。
最も印象的であり、なおかつ「姿勢」を最も良く示している箇所がある。いきなり主人公に恋人が出来るんだけど、どのようにしてその人物を好きになり付き合うようになったのか、というようなことを書いてくれないのだ。なぜなら「僕の恋愛は僕にとっては特別だけれど、たぶん一般的な目から見ればオーソドックスな内容に違いないので、わざわざ述べる必要はないと思うし、それにやっぱり、私的なことをおおっぴらに話すのは品がない、いや、もったいない」から。うわはは、私的なことをおおっぴらに話すのが小説でしょうが! 真っ向から否定しちゃったよ! うわははは!
あと、またまた伊坂ワールドのクロスオーバーがありましたね。こんなところで、家裁のあの人の話が出て来るとは。
(06.3.26)《この本の詳細情報&注文画面へ》
……とまぁ、どうしてそんな意外そうな言い方をするかというと、装丁だの帯だのがね、「下ネタですよ〜、お下劣ですよ〜」と煽りまくってるようなデザインなのよ。だもんだから「うーーーん、そういうのってイマイチ苦手なんだよなあ」と思ってたのよね。そしたらさ、確かに「お下劣」ではあるのだけれど、でも巧いんだよね。さすがなんだよね。
収められているのは6編。それぞれの主人公は、対人恐怖症のフリーライター、AV¥風俗スカウトマン、一応AV女優で主婦、NO!と言えないカラオケBOX店員、文芸コンプレックスの官能小説家、テープリライターでデブ専裏DVD女優。それぞれのあまりに情けなく、情けないがゆえにどこかおかしい生活が綴られる。どの話にも濡れ場が──それも恋愛の一部としてではなく、欲望のひとつの発露としてオモシロオカシク書かれた濡れ場が出て来るってのが女性読者的には(あるいは個人的には)決して楽しめる類いのものではないんだけれど、構成が巧いもんだから読まされちゃうのよねえ。
最初の1編【WHAT A FOOL BILIEVES】を読んだときには、「うーん、こういう軽めのエッチ小説ばかり入ってるのかなあ……ちょっと辛いなあ」と思ったのだが、2編目【GET UP. STAND UP】を読んでいる最中に「おや?」と思った。独立した話としては1編目同様「軽めのエッチ小説」なんだけど、「この主人公って、もしかしてさっきの話の彼?」というリンクが見えてきたのよ。そしてそれ以降も、話がすべて重なっているのだ。こちらの話では脇役だった人物が、次の話では主役になる。その繋がり方が絶妙なの。
その巧さが最も出ているのが、最終話【GOOD VIBRATIONS】だ。いやあ、最初は気付かなかったのよ他の話とのリンクが。でも気付いた瞬間、「あ!」と思った。そして作中でさりげなく触れられる「その他の事件」の顛末。それがまた、ちょっと救われるのよね。「ララピポ」という言葉の意味も最終話で初めて登場する。決してたいした言葉ではないのだが、でもそれが表しているものを考えると、なんだかちょっと切なくなっちゃった。やっぱり巧いんだよなあ、奥田英朗。エッチでお下劣で下ネタで、でもしっかりと「読みどころ」を作ってくれるんだもん。
ただ、登場人物にどっぷり感情移入して読むタイプの読者(あたしだあたし)は、ちょっと辛いかも。感情移入してるとちょっと居たたまれない気分になっちゃう。そういうタイプの読者や、あと下ネタが苦手な読者は、ちょっと離れて巧さを堪能するのが吉。
(06.3.27)《この本の詳細情報&注文画面へ》
トーキョー・プリズン・柳広司(角川書店)
わぁ、引き込まれるなあ。戦争に於ける「人道に対する罪」とは何なのかというテーマと、トリッキーなパズル部分との融合がみごと。特に密室の謎なんて、解かれてみれば「ああ、この手だったのか!」と拍子抜けするような、早くに気付いてしかるべきトリックだったのに、読んでいる最中はまったく想像もしなかった。それはとりもなおさず、物語に引き込まれるという最高のミスディレクションにハマってしまっていたからなんだよね。
「新世界」も同様の背景を舞台にした物語(あちらは原爆を作り投下した側の話)だったが、本格ミステリの魅力をテーマの重厚さが凌駕してしまい、本格ミステリとしては印象に残らなかった。本書はそこがカバーされ、本格ミステリとしての謎解きを追い求めるうちに、戦争犯罪という骨太なテーマが姿を表す仕掛けになっている。そこが実に巧い。
小ネタから大仕掛けまでいろいろ仕込まれているのだが、中でも「おっ」と思ったのは、キジマが捕虜を虐待していたという証言集を、彼の婚約者が読むシーン。極めて基本的な趣向ではあるし、のちにまた新たな展開もあるので、作中ではその重要性の割にはホントにひとつのエピソードとしてしか語られないのだが、コミュニケーションがとれない(言葉が通じない、文化が違う)中での人間関係のありようの、その哀しさが胸に迫ると同時に、「読み解きの面白さ」に唸らされる。
うん、著者のこれまでの作品(2006年3月現在)の中では、最高作品なのではあるまいか。これはお勧め。ここんとこ、一作ごとに違った顔を見せてくれて、それが常に前作を上回っているってのが嬉しいじゃないか。──しかし、一作書くごとにとてつもない下準備が要りそうな作風だよなあ。
(06.3.25)《この本の詳細情報&注文画面へ》
鬱病を患っている(という表現でいいのかな? 間違ってたら指摘してね)鋼は、それでも優しい医者と薬と、極力他人に会わないという生活のおかげで、仕事をしながら日々を送っていた。けれど生来の優しさで、持ち込まれる謎につきあってしまう。「オルゴールの奏でる曲が昔と違う」という女性、火災現場から持ち出されたオルゴールが暴く真相、鬼籍に入った修復士が鋼に向けて残した暗号、などなど。もちろんそれぞれの謎解きが各話のメインなのだが、自分の抱え込んだ心の病と、それでも他人を放っておけないというジレンマが、なんとも切ない。
一人の方が楽。そういう人は多い。そしてそれは確かに、楽なのだ。誰も自分に関わって来ない、自分もいっさい他者に関わらない、そんな楽な事はない。けれどそう思っている鋼自身は、それを完遂出来ない。放っておけば良いものを、どうしても関わってしまう。それはやっぱり、「そうしたいから」「そうするべきだと思ったから」なんだよね。そこには鋼の無意識が動いている。彼の無意識の中には、他者に対する優しさがある。だから彼は、発作を起こしながら、薬を飲みながら、謎に対峙していくのだ。最大のジレンマは、その他者に対する優しさを、自分に向けては発揮できないことにある。
心が砕けてしまうというのは、ともすれば「弱さ」かもしれない。
けれど、弱いということは、罪ではない。弱さは決して罪ではない。
そこにある悲劇は、そんな弱い自分を許してあげられないことだろう。自分に対して、「それでいいんだよ」と言ってあげられないことだろう。だから代わりに、隣にいる人が言ってあげよう。「それでいいんだよ」って。「そんなあなただから、好きだよ」って。
そういうメッセージがびしばし伝わってきて、胸が熱くなる。──ただ、テーマをすべて登場人物が台詞として語ってしまうあたりが、ちょっと残念。とても真摯で大切なことが描かれているだけに、読者が自分で何かを感じ取れる、自分の思索によって結論に達することができる、そんな余地がもちょっとあると良かったかな。その方が強く心に刻まれるもの。
(06.3.26)《この本の詳細情報&注文画面へ》
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