1歳違いの兄弟、桐人と優太は事故で父親を亡くし、母親と3人で暮らしている。勉強ができてスポーツ万能でかっこ良くて人望もある桐人に比べ、弟の優太はあらゆる面でぐっと落ち、「似てない」と言われ続けていた。ある日、優太は、赤ん坊の頃から持っていたぬいぐるみの腹の中に、謎の手紙が入っているのを見つけた。それは出生の秘密に関わるもので──。
殺してしまえば判らない・射逆裕二(角川書店)
東伊豆の自宅で死体で発見された妻。自殺として処理されたが、夫の彪はどこか割り切れないものを感じていた。一度は失意のうちに東伊豆を離れた彪だったが、妻の死を究明するため、再びその家に戻って来た。久しぶりに会う町内の人々は以前と変わりないように見えたが、彪はそこで、女装趣味の派手な男と知り合う──。女装探偵・狐久保朝志シリーズ第1弾。
深淵のガランス・北森鴻(文藝春秋)
花師と絵画修復師。ふたつの職業を持つ佐月恭壱を主人公にした絵画ミステリの中編を2作収録。
心理学者の立原健人は子供の頃のある体験をきっかけに、女性に対して特定の欲望を感じるようになった。その欲望に従って、若い女性を連続して殺害する立原。それは周到に計算された完全犯罪の筈だったが、なぜか警察は立原を疑っているようなそぶりを見せる。そして現れた、次の獲物。立原は警察への警戒と、獲物への欲望の狭間で揺れ動くが──。
制服捜査・佐々木譲(新潮社)
帯広近くの農村、志茂別駐在所に赴任した川久保巡査部長は、札幌市内の所轄で刑事課盗犯係や強行犯係を歴任した刑事。しかし道警の不祥事をきっかけに、地元との癒着を避けるためとして同じ地に長年勤続した警官は軒並み異動を命じられ、川久保も25年間の警官生活の中で初めて駐在所勤務をすることになったのである。彼は土地鑑も無いまま、家出少年の捜索や交通事故の現場に走るのだが──。
「ベストセラー本ゲーム化会議」に続く、「文芸作品をモチーフにゲームを作るとしたら、どうすればよいか?」についてあーだこーだ語り合う鼎談集パート2。今回は文豪の部と題して、有名な日本文学も取り上げられているので、第一弾より既読率が高くて、更に楽しめたよ。
名探偵はどこにいる・霧舎巧(原書房)
今寺は、中学時代のことを思い出していた。淡い恋。うまく行きそうだったのに遂げられなかった初恋の思い出。今寺はクラスの女王から虐められている彼女を助けてあげたことがあったのだ。ただ、その時の彼女のある行動が、今でも今寺には解せないままだった。そしてその謎が解かれたのは、ある事件が起こってからで──。
箱根強羅ホテル・井上ひさし(講談社)
1945年5月。休業中の箱根強羅ホテルに外務省の役人がやってきた。このホテルをソ連大使館として借り上げたいというのだ。ホテルの留守番役のおばさんは、その理由を聞いて驚いた。ドイツ、イタリアが降伏した今、日本の国体護持のためには秘密裏に和平交渉をするしかないのだと。その和平交渉に中立国であるソ連に一肌脱いで貰う、その舞台として強羅ホテルを使うというのだ。しかし実は、そのホテルには和平交渉を潔しとしない陸軍の軍人が庭師やアイロン係として入り込んでおり──。同タイトルの舞台劇用戯曲。巻末には配役表も載ってる。
ヤクザとも警察とも癒着している大手金融会社ハピネス。そこでの「裏」の渉外を担当している総務課長の小久保は、自分に合わない仕事のストレスからカジノに嵌っていた。カジノでの借金が膨らんだ小久保を利用して金儲けを企む稗田と宮前。彼らの計画に加担した、ホステスの美和。3人は金をとるためのプランを実行に移す。しかし、それぞれには異なった事情と思惑があり──。
夏期限定トロピカルパフェ事件・米澤穂信(創元推理文庫)
謎解きが大好きで、その小賢しさから人を傷つけたり疎まれたりしてしまう小鳩くん。復讐が好きで、他人から被害を受けるとこっぴどくお返ししなくちゃ気が済まない小山内さん。二人はそんな自分が嫌で、ごく普通の小市民になりたくて、高校入学を機に二人で協力し合っていた。そして夏休み。互恵関係にはあるがプライベートで恋人同士なわけでもないのに、小山内さんは小鳩くんをスイーツのお店に誘う。不審に思いながらも彼女につきあった小鳩くんだったが──。
いつもの朝に・今邑彩(集英社)
あとがきで「ホラーは現実だけでもうたくさん」と書かれていたことに驚いた。あ、この文章は本作品のある一部の描写について述べたものなので、別に創作姿勢が変わったとかそういうことではないと思うよ。でも実際に本作は、これまで著者が書いてきたような「ホラー風味のミステリ」でも「ホラー」でもない。ミステリでもない。とても難しく重いテーマを中枢に据えた家族小説だ。でもね、これが良かったんだなあ。今までの著者のホラーテイストが好きだった人やトリッキーなミステリを期待していた人は「あれ?」と思うかもしれないけれど、あたしはこっちの方が好きだな。
死んじゃったのは哀しいけれど尊敬出来る自慢の父親と、大好きな母親。そんな両親に恵まれ、兄弟もいて、何も疑わずに行きて来たのに、ある日突然、「本当の両親は他にいた」ことがわかったら。そしてその親というのが、決して歓迎出来ないタイプの人間だったら。今まで幸せに暮らして来た、それは時分がこの家族の一員だったからだ。目標となる父親と大好きな母親が自分の両親だと信じていたからだ。そうじゃないとわかったとき。自分はいったい何なのか? 今現在の自分は、育って来た環境が作り上げたものなのか。それとも遺伝子が作ったものなのか。遺伝子だとすれば──自分も本当の親のような「悪いコト」をやってしまうような人間だということなのか。
う〜ん、こうして文章にまとめてしまうと「ありがちなテーマ」というふうに見えてしまうかもしれない。でもね、そうじゃないのよ。そもそもこういう事象自体、実社会ではぜんぜん「ありがち」ではないでしょう? そして本書の圧巻は──ストーリーをばらすわけにいかないから書き方が難しいんだけど──知りたくなかった事実を知ってしまったとき、その人物は決して「知らなかった時代」には戻れないということ。戻れないなら進むしかない。そして進むためには何が必要か、を描いているのだ。
終章は胸が詰まった。これはとても考えさせられる「アイデンティティの物語」であり、とてもステキな家族小説だ。
(06.3.29)《この本の詳細情報&注文画面へ》
なぜシリーズ第1弾などと書いたかというと、すでに第2作の5月発行が決まっているのだそうだ。力入ってるなあ。
ただ、どこかすっきりしない感覚が残る。本格ミステリなんだから(ちょっと乱暴な表現ではあるけれど)人物は駒であってそこに厚みや背景はどうしても必要というわけではない、てのは判るのよ。もちろん読者として楽しむためにはキャラクターに魅力は欲しいし、できれば感情移入して読みたいけれど、だからといって、所謂《人間を描く》必要はないのよね。うん、それは判る。
でもさあ──それは、動機云々はさておいて、趣向やトリックを堪能するタイプの本格にのみ当てはまることだと思うの。翻って本書では、「動機」ってのが結構重要なわけだ。ネタをばらすわけにはいかないから隔靴掻痒な書き方になるが、途中に出て来るいろんな事件から、その解釈や、最終的な真相に至るまで、最大のポイントはその動機にあるわけよ。となると、その動機に膝を打ち納得するためには、そこに至る心の動きや背景が、やはりしっかり描き込まれていて欲しいんだよなあ。
この真相は決して嫌いじゃない。というか、演出次第ではとてつもなく驚ける、そして同時に相当ドラマチックな真相なのだ。けれどそれまで「思い」というものにあまり重きを置かずに書かれているため、その動機の(あるいは状況の)切羽詰まった様子や恐怖、あるいは臨場感、そういったものが伝わって来ないのよ。ああああ、もったいない。もっと共感を呼べるのに。そして共感が大きければ大きいほど、ミステリとしてのサプライズも生まれるだろうに。
ところで、真相がわかったあとの彪の心情が腑に落ちない。この真相に対して、なんでそんなに清々しくいられるんだ?
(06.3.30)《この本の詳細情報&注文画面へ》
本書のみならず、たとえば冬狐堂シリーズのように骨董や芸術品を扱う北森ミステリは、その作風と人物造形に於いてハードボイルドに分類して良いのではないか。佐月恭壱にしろ宇佐見陶子にしろ、彼らの対象となる芸術品と、それを扱う自分の手腕こそが世界のすべてだ。信念を持って作品にあたり、その信念のよりどころは常に自分の中にある。他人の価値観におもねることをしない。自らの信念とともに孤高を保つ、その姿勢に微塵のブレもない。アクションもあるし、敵なんだか味方なんだかわからない謎の大物も出てくるし、美女もいる。ね、これはハードボイルドでしょう? 違いと言えば、アメリカのハードボイルドの探偵たちが拳銃や煙草を持っているのに対し、佐月は花とか絵筆とか顔料とかを持ってるってことくらいだ。
そうそう、本書の中で佐月に仕事を頼んだりしてる女性って、もちろん──だよね。まったく、いろんなことやってるなあ。けれど彼女視点で書かれた他のシリーズ物とは、ちょっと彼女の印象が違って見えるのが面白い。客観的には、彼女はこんな感じってことなのだ。
【深淵のガランス】油彩の修復を依頼された佐月は、作業の途中でその絵に隠されたある秘密に気付く。と同時に、その絵を狙う人物が現れて──。動機だけでひとつのドラマになっている。
【血色夢】東北の素封家がたまたま見つけた壁画。文化財になるのは間違いないが、その絵が気に入った素封家はそれを誰にも言わず、私物化していた。そのため数幅もおおっぴらにはできず、あるツテを使って佐月のもとに話が来たが──。っていうか、壁画の修復もするのかよ! どれだけ幅広いんだ絵画修復士って。
それにしてもよく考えてみると「絵に仕掛けられたトリック」というのを文章だけで表現するってのは、難しいことだよなあ。それを難なくこなしている筆力に脱帽。トリックそのものにも膝を打った。クライマックスのサスペンスにはドキドキしたし。でもこれ、まだ続きがありそうだよね。
(06.4.2)《この本の詳細情報&注文画面へ》
ノアの徴・新井政彦(光文社)
おお、これは面白い! 年上の有名心理学者を妻にしたイケメンで優しい年下夫という役割を完璧にこなしていた立原が、その完璧さで犯罪に手を染める。その手法がね、ホントに計算され尽くしてるのよ。なのに、心理学者の妻に犯罪心理について意見を聞きに来た刑事は、なんだか立原に目をつけたっぽい。被害者との接点も何もないのに、なぜ俺が疑われる? 立原の視点で物語が進むので、読者も立原と一緒になって「どこでバレた? 何が怪しかった?」とドキドキしてしまう。自分の──じゃなくて立原の犯罪の手順を振り返って「だいじょぶだよな? ミスってないよな?」と確認したりして。
倒叙ものの典型的パターンなわけだが、ホントに犯人以外の視点をとらないので、警察が何を掴んで何を考えてるか、まったく判らないのだ。だからホントにどきどきするよ。何か大きな仕掛けがあるってタイプのミステリではないので、「目をつけられた理由」にさしたるサプライズはないのだけれど、そこらあたりは瑕疵ではない。むしろ、警察との一問一答にドキドキしちゃう。今の質問はどういう意味? 何かカマかけてるの?と疑心暗鬼になる。その最たるものは、なにげない刑事のある行動が、あとになって「あああ、それが目的だったのかああ!」と犯人が悟る瞬間だ。なんかもう、謎解きミステリを読んでるとの同じような、小さなカタルシスがあるのよ。
この犯人のやってることって、めちゃくちゃ卑怯で歪んでて、ぜんぜん同情の余地はない。だから間違っても共感はしないのだ。それなのに犯人と一緒に「バレた? なんで?」とドキドキしちゃう。犯人と警察の知恵比べを、ワンサイドに立って見守るサスペンス。これが倒叙ものの醍醐味なのよねえ。
卑怯で歪んだ殺人鬼である立原の表の顔が、イケメンで優しい夫ってのもいい。普段の「表の顔」の立原と刑事の会話なんて、腹の探り合いだと判っていながらもくすっと笑っちゃうような台詞があったり。そういう緩急の付け方も巧い。うん、これはお勧めだあ。
(06.4.3)《この本の詳細情報&注文画面へ》
この設定を読んで、あれ?と思った。刑事課強行犯係にいた刑事が駐在所のお巡りさんになる。それも懲罰人事というわけではないらしい。もちろん階級は巡査部長だから駐在所勤務ってのもアリなんだろうけど、事件が起こっても「駐在所のお巡りさん」は捜査には参加しないのよね。所轄の刑事さんたちにお茶出したりして。これってどうなの? 警察の機構には詳しくないので、こういうことが実際にあるかどうかは分からないのだが、あるとすれば「なんてバカバカしい!」としか言えないなあ。作中では川久保は元強行犯係の経験を生かして、自分でこっそり調べてみたり、時には真犯人を見つけたりする。まあ、そういう「駐在所の制服警官が地域の事情の中で自分なりの捜査をする話」だと受け止めれば良いんだけど。
本書の眼目となっているのは、閉鎖的な農村社会での警察のあり方だ。赴任早々、「墓地で若者が喧嘩してる」という通報があったにも関わらず、地域の有力者たちが酒を持って駐在所を訪れていたため駆けつけることができなかったり(【逸脱】)、車上荒らしが頻発したとき「地域の防犯協会」が近くの工事現場で働いていた前科者を追い出すよう圧力をかけたり(【割れガラス】)。最初は「田舎が舞台のほのぼの駐在さん物語?」或いは「事件は会議室で起きてるんじゃない、現場で起きてるんだ!ってやつ?」なんて思ってたけど、そのどちらでもない。読んでいるうちに、次第にその農村に住む人々のいや〜〜〜な閉鎖性が気になり出すのだ。村を犯罪から守るのではなく、「村から犯罪者を出さない」という共同体のあり方が、なんともショッキング。
白眉は、13年の時を於いて再発した児童誘拐事件を描いた【仮装祭】だ。川久保の戦う相手は児童誘拐の犯人より、口を閉ざす地域住民である。その構造には戦慄した。
(06.4.4)《この本の詳細情報&注文画面へ》
日本文学ふいんき語り・飯田和敏・麻野一哉・米光一成(双葉社)
あたし自身はゲームをまったくやらないので、ここに出て来るゲーム関連の用語はまったくわからなかったが、そういう人でも大丈夫。本書の主眼はゲームではなく、「本を読んで、それをゲーム化するということを口実に、その本の持っている本質的な構造を別の形で読み解いてみせる」(飯田氏)ことにあるんだから。
今回俎上に載せられた作品は、夏目漱石「こころ」、芥川龍之介「羅生門」ほか、宮沢賢治「銀河鉄道の夜」、谷崎潤一郎「痴人の愛」、江戸川乱歩「人間椅子」、井伏鱒二「山椒魚」、太宰治「人間失格」、三島由紀夫「金閣寺」、片山恭一「世界の中心で、愛をさけぶ」、中野独人「電車男」、村上春樹「アフターダーク」、村上龍「半島を出よ」。
どれもわいわい楽しく会話してるように見えて、けっこうな本質論になっているところがすごい。けれどそんな小難しいことより、「あ、有名なこの作品って、そういう話なんだ。なんとなく敬遠してたけど、これなら読んでみたいかも」と思わせるところがすごいのよね。書評の意義って、第一に本編を読ませることにあるんだもの。そういう意味では、これはとてつもない優れた書評なのよ。まさか「こころ」をそう読むか、まさか「人間失格」でそこまで笑うか、おやおや意外と「セカチュー」も「電車男」も、世間で言われているほど捨てたもんじゃないんだな、などなど。読んでて新鮮ですごく楽しい。
ただ、今回「あれ?」と思ったのは、文豪の部では得てして作品のゲーム化ではなく、作者自身についての放談になってるってこと。三島由紀夫なんかその最たるもの。まあ、扱ったのが「金閣寺」だからなあ……。これが「豊饒の海」とかなら、輪廻転生をテーマにした運命選択ゲームみたいなものに出来たんじゃないかって気もするんだけど。それでもコンプレックスの固まりの青年が一念発起してマッチョになって思想を持って割腹自殺っていう本人のドラマの方がインパクトあるからしょうがないのかな。江戸川乱歩もしかり。人間椅子のみならず乱歩ワールド全体の話になってる。ここらあたりの「文豪」って、作品と作家を分けて考えるのは確かに難しいかも。
(06.4.5)《この本の詳細情報&注文画面へ》
なんか当たり前のように固有名詞が出て来るんだけど、「誰?」なんだよなあ。まあ、これはあるシリーズの「外伝」という位置づけなので、本編を読んで無い以上はしょうがないのかもしれないけれど。これを単独で読む読者をいきなり拒絶してるように感じるのよ。主人公の今寺は、どうやら後動という先輩刑事に影響を受けて、彼のようになろうと頑張ってるらしいのね。で、昔、後動が関わったある事件が今回は今寺を巻き込んで行くというストーリーなんだけど、その後動の話ってのがやたらと大事な箇所で出て来る。登場人物はみんな彼のことをよく知ってるわけよ。知らないのは読者(シリーズを読んでない読者)だけで、「知らずに読んでいていいの?」と不安になるのだ。無論、後動ってのはここでは触媒であって、彼を知らないと推理できないってわけではないのだけれど。
双子の姉妹が犯そうとしている殺人については、伏線が親切なのでけっこう早い段階で見当がついちゃう。なのでミステリとしてのサプライズやカタルシスは薄いんだけど(そもそもカタルシスを得るほど話の中に入って行けない、というのが大きい)、中学時代の子供なりに一生懸命な恋だとか、事件に突っ走るダンナを妻はどう見てるかとか、そういうところになんだか読み応えを感じてしまったな。特に中学時代。今寺君となんとか交際したいと思っている逸美ちゃんが、脳味噌を振り絞って策を考える、それがホントに子供っぽくて、でも子供っぽいところが逆に胸きゅんで、とても良うございました。その策がうまくいかなかったときの逸美ちゃんのガッカリした気持ち、わかるなあ〜。ああ甘酸っぱい。
(06.4.6)《この本の詳細情報&注文画面へ》
井上ひさしの反戦モノ戯曲は多々あれど、これは中でも(テキストで見る限りは)ドタバタ色が強いように感じる。舞台なら笑うところとしんみりするところのメリハリが効いていて「涙あり笑いあり」ってやつになるんだろうなあと想像はできるのだが、いかんせんテキストだけだと、「間」というものがない。書かれている通りにすらすらと自分のペースで読んでしまうものだなら、コミカルなシーンの印象が覚めやらぬままに(その印象を覚ましてくれるような舞台効果や台詞回しもなく)真面目な台詞を語られてしまうので、なんだか妙なバランスの悪さを感じてしまうのだ。
たとえばこんなシーン。戦時下ではお目にかかる事もなかったパジャマを見てはしゃぐ洗濯係の若い娘たちに、陸軍の軍人は「沖縄で散って行った女学生たちのことを考えろ」という。彼女らのことを考えたら、パジャマなんぞではしゃげるはずはない、と。けれどもそこでホテルの留守番役のおばさんが反撃するのだ。沖縄の娘さんたちだって、半年前にはぺちゃぺちゃお喋りしたり、パジャマが着たいなと思っていたりした。この子たちだって先の覚悟はついている、今パジャマを来て歌っていることの何が悪いのか、と。
そういう印象的な台詞にコミカルな合いの手が入るのが、どうにも落ち着かない。舞台なら良いんだろうが、テキストには強弱も大小もないから、このおばさんの台詞とコミカルな合いの手が同レベルで迫って来るのは難だなあ。こうしてみると、演出や俳優さんの力ってすごいのだ。脚本があれば良い芝居ができるってもんでもないのだな。
そうそう、この話の中に出て来る本土決戦用の間抜けな作戦は、全部実在した作戦なんですって。「そりゃ負けるわ……」と思うような事実に、もう苦笑いするしか無い。ほんの60年前のことなのにねえ。
(06.4.7)《この本の詳細情報&注文画面へ》
トーキョー・バビロン・馳星周(双葉社)
1200枚一気読み! いやあ、面白かったあ。堪能堪能。小久保、稗田、宮前、美和の、それぞれの視点で順に語られるストーリーは、まさにノンストップ・クライムノベルだ。まず展開するのは、大手金融会社の裏事情を知っている小久保をどう利用するのか、その方法。もとITベンチャーだった宮前が計画を練る。暴力団の企業舎弟の稗田が、その方面の情報を担う。美和は職業を利用して小久保を籠絡する。それぞれの分担が巧く行き、金を取れる算段がついた──と思ったら!
それがどういうプランなのか、巧くいきかけたときに何が起こるのか、それはまぁ読んでくれ。613ページ、ぜんぜん長さを感じなかった。もう、一気よ一気。コン・ゲームのわくわく、サスペンスのどきどき、バイオレンスのハラハラ──そして全編を覆う、熱。宮前の計画通りに進めば一攫千金ってところだが、少しずつ、少しずつズレはじめる。誰が誰を信じ、誰が誰を裏切るのか。そのバランスがもう絶妙なのよ。登場人物のひとりひとりに向かって「志村うしろーっ!」という気分になる。
よくよく考えてみれば、ここに登場する人物は皆、「悪いヤツ」なのよ。小久保の立場には同情するし、美和の心情には共感する。宮前の足掻きも、稗田の焦りも判る。けれど彼らのやってることは、悪いコトだ。いや、彼らだけじゃない。ハピネスと癒着してる警察も、ハピネスの上層部も、稗田や宮前を飼っているヤクザも、本書に出て来る人たちのどこにも正義はない。人の数だけ悪がある。それなのに、どうしてこんなに感情移入して読んじゃうんだろう。もちろん構成の巧さってのもあるんだけど、退っ引きならない状況で足掻いているその様子に、どこか哀しさを感じでしまうんだなあ。
彼らは決して、チームではない。共犯者ではあるけれど、繋がりは脆い。宮前の計画通りに全員が協力すればなし得たことが、ほんの少しの疑いで崩れ始める。ほんの少しの計算違いで壊れ始める。その疑い、その計算違いを呼んだのは何なのかを、どうか堪能して欲しい。怒濤のクライムノベルに、人間というものが抱える哀しみをまぶした佳作だ。これはお勧め!
(06.4.11)《この本の詳細情報&注文画面へ》
シリーズ第1作「春期限定いちごタルト事件」の感想で、あたしはこう書いた。
(主人公二人が)「強すぎる個性が自分に及ぼすマイナス面に気づき、それを矯正しようとしている」という設定が可愛い。それは見方を変えれば「自分がスペシャルだと思いこんでいる、自意識過剰なやつら」なんだけど、当人たちが(少なくとも小鳩くんは)そこに気付かないまま自分を律しようとしてるのが、なんともティーンエイジャーらしくて。自意識のありかたには目を向けず、ただ表面に出さないことで解決しようという、その発想が子供っぽくて可愛い。けれど彼らは徐々に気付き始めるんだろうな。それが決して「正解」ではないことに。ああ、謎解きより何より、今後の彼らの意識変化の方が楽しみだわ。
そして本書で。気付き始めましたよ主人公の二人が! うわぁ、これは嬉しい。一番読みたかったことだもの。ここで描かれるプチ日常の謎だとか全編を貫くメインの事件だとか、そういったものより主人公のこの覚醒と変化こそが最も読みたかったテーマであり、実際そこの箇所がいちばん読み応えがあるよ。事件など、謎解きなど、このテーマを描かんがための駒だ。小道具だ。そこがいい。謎がすべて解かれてしまった、そのあとがいい。苦い結末だが、これはハッピーエンドだ。そしてきっと二人は、別の意味で「再会」するのだろう。
いくつかのエピソード。主人公の心理描写。そういったものにひどく惹かれる。ある事件にでくわした小鳩くんが、被害者を心配するより先に謎解きにわくわくした自分を恥じ、責めるシーンなど、いくつかのミステリの小賢しい探偵役に読ませてやりたいくらいだ。ラストでの二人の「対決」など、もうホントに胸が塞がる。「理想の自分」と「現実の自分」の間で煩悶する二人。そして必ずしも自分の描く理想がホントにベストとは限らないという現実。切ないまでの二人の葛藤が伝わって来る。
それだけに。そこに行き着くまでのいろいろなプチ事件が。そりゃ必要な伏線だったってのはわかるんだが、どうにも「可愛らし過ぎる」んじゃなかろうか……。中盤までの幼さ、可愛らしさ、それらをひっくるめた「キャラ立ち作り物っぽさ」と、終盤でのシビアな青春物語とのバランスに、どうにも据わりの悪さを覚えてしまうんだがなあ。
(06.4.12)《この本の詳細情報&注文画面へ》
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