お厚いのがお好き?


まほろ駅前多田便利軒・三浦しをん(文藝春秋)

 まほろ市で便利屋を営む多田。ある日、仕事の帰りに高校時代の級友・行天と再会する。多田は行天にある「負い目」があり、行く宛のなさそうな行天を事務所に連れ帰った。ところが行天は高校時代とはまったく性格が変わっており、多田は驚く事しきり。そして便利屋の仕事にも行天がついてくるようになって──。
 犬を預けたまま消えた飼い主を探したり、ストーカーにつきまとわれる娼婦を助けたり、なにやら怪しいそぶりの小学生を塾に迎えに行ったり、失踪した友人についてマスコミに狙われる女子高生をかくまったり。結果として犯罪がらみとなってしまう依頼が多く、その依頼を中心に据えて書けば結構な連作ミステリになったであろうと思わせるが、そこはそれ、ジャンルが違いますから。メインにあるのは友情であったり家族であったり、「過去の自分を乗り越える」であったり「人のつながりって、ウザいこともあるけど、でもやっぱいいよね」であったりするわけだ。そんなテーマを決して押し付けがましくなく、さらりとキャラの魅力で読ませてしまう。なんとも巧いね。
 ただミステリ者としては、せっかくこれだけの設定を使ってるのにと惜しまれて仕方ないよ! いや、ミステリ作家さんじゃないからしょうがないんだけどさー。もったいないもったいないもったいない。友人の失踪を心配している女子高生の、あるメッセージなんてめちゃくちゃミステリちっくではありませんか。もともと伏線の張り方が巧い作家さんなので、一度是非ともミステリ色の強いものを書いて欲しいにゃー。
 それでももちろん、それはジャンルファンの独りよがりなワガママに過ぎない。この物語はとても良くできているのは間違いないんだから。読んでいくうちにだんだん幸せ度がアップしてくるのが分かるのよ。よくよく読めばけっこう大きな犯罪をさらりと見逃していて、おいおいキミたちの周辺はなんとなく収まるところに収まってるけどまほろ市はタイヘンなことになってますよ、と言いたくなるのだが、でもとりあえず手の届く範囲の幸せって大事だよね、と納得。いいのか納得して。   (06.4.12)
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栄光なき凱旋・真保裕一(小学館)

 1941年12月、真珠湾攻撃。そのとき、ハワイにもアメリカ本土にも、多くの日系人が済んでいた。戦争状態に入った日本とアメリカ。アメリカで生まれ育った日系二世たちは自らをアメリカ人だと信じていたが、「黄色いアメリカ人はいない」と差別され、日本への忠誠心を持ち続けている一世たちとの亀裂も深まる。カリフォルニアに住む日系二世のジローとヘンリー、ハワイに住むマットは、それぞれの理由からアメリカ軍の一員として戦地へ赴いたが──。
 うおおおおお、これは読み応え満点だあ。今んとこ年間ベスト級ですよ! つか上半期ベストですよ!
 日本語を自在に操る語学兵として従軍したジロー。日系人に対する弾圧に抗議して裁判を起こすヘンリー。家族と恋人を守るために銃を手にしたマット。それぞれの性格も事情もまったく違う3人の目から見た「日系人の戦争」が語られる。戦争モノは多々あれど、自らのナショナリティとまず戦わねばならない日系人、それもアメリカで生まれ育った二世たちの戦争モノってのは新鮮だったなあ。無論、そういう人たちがいたことは知識としては知っていたし、おそらく相当なジレンマや差別があったろうなという想像はできるのだが、これまで目にしていたのは、その差別と戦う日系人の物語が大半だった。本書では差別と戦うと同時に、アメリカ人として銃をとった若者たちを具体的な物語として読ませてくれる。
 日本人のメンタリティを理解している日系二世の語学兵たちが、捕虜の尋問にあたる。当然のように捕虜たちは彼らを裏切り者扱いする。でもなあ、彼らはもともとアメリカ生まれのアメリカ育ちなんだから、日本を裏切るも何もないんだよね。なのに周囲はそう見ない。アメリカ兵だって、見た目が黄色い日系二世たちを疑惑や差別の目で見るわけで。どちらに組する事もできない彼らの苛立やジレンマは激しい。もうね、たまんないよ。立場としては、逆に両国の架け橋になったっていいような位置にいるのに、両方から敵扱いされるんだもの。中でも見た目が完全なアジア人である彼らが、「日本人のふりをして敵陣へ入る」というシーンは圧巻だ。そんな作戦が実行出来る状況そのものが、なんとも辛いではないか。
 ナショナリティとは何なのか。祖国とは、血なのか、それとも自分で選ぶものなのか。マットは言う。「おれは思うんだよ、そこで死にたいと思える国が本当の祖国になるんじゃないかと」と。戦場でヘンリーは祈る。「神よ、見ていますか。ここにはただ祖国を愛する純粋な男たちがいます」と。読後感は、ただただ、圧倒の二文字だ。お勧め。   (06.4.14)
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インディゴの夜 チョコレートビースト・加藤実秋(東京創元社)

 渋谷のホストクラブ《club indigo》は、女性ライターの晶と編集者の塩谷による共同経営。ホストクラブ業界ではやや色物だが、個性的なホストたちのおかげで毎夜賑わっている。ただ、なぜか色々な事件に巻き込まれることが多く、その都度、晶はホストたちに手伝ってもらってにわか探偵団を組織することになる──。「インディゴの夜」に続くシリーズ第二弾。
 前作に比べ、物語の色や構成がはっきりしてきた。ホストという職業が前面に出て来てるからかな。扱う事件が《club indigo》ならではのものになってきて、登場人物の言動がはっきりと物語に直結するようになった。最近の若者に対する晶の地の文でのツッコミには笑っちゃうし、今回は塩谷もなかなかいいところがあるし、なぎさママは相変わらずで、そこにホストたちの魅力が増してるわけだから、読んでて楽しい。ちょっとした語彙にセンスを感じるし、テンポも良いし。
 ただ、テンポが良過ぎて食い足りない部分も目立つ。手がかりはどんどん出て、人物もどんどん動く。メンバーは解決への最短距離を走り、読者はまったく振り回されない。枚数が少ないせいか、物語を構成するのに必要な要素が、やたらと説明的だったり、逆に妙に唐突だったり。伏線が伏線として機能せず、そのまま結論に直結しちゃうのよね。読者がいろんなことを味わったり考えたりという余裕を持てない。もっと長く書いた方がいいんじゃないかと思わせるものが大半なのよ。これはむしろ、長編で読んでみたいなあ。
【返報者】人気ホストが、薬品を投げかけられて火傷を負うという事件が続けて起きた。共通点は、ある新人ホストを虐めたことだという。そのホストの意趣返しなのか──? この真犯人像はちょっと唐突。エレガントな伏線が欲しい。
【マイノリティ/マジョリティ】塩谷の知り合いの編集者が失踪した。彼に頼まれ、その編集者の行方を探し始めた晶だったが──。これもねえ、手がかりが簡単に揃いすぎるんだよねえ。真相に対して意外性を感じるだけの時間がないのよ。
【チョコレートビースト】なぎさママの店に強盗が入った。晶は思わず近くにあったバッグを投げつけてしまったが、その中にはママの宝物が入っており、そのまま犯人に持ち逃げされたのだ。取り返すようママに厳命された晶は──。事件に巻き込まれるきっかけが秀逸。話としては一番まとまってる。
【真夜中のダーリン】ハイテンションの芸風で人気の新人は、心臓に病気を抱えていた。彼がホストのコンテストに出ることになったが──。経緯から動機から犯人から、読者や登場人物があれこれ考える前に、一気に全部「台詞で説明」されちゃった……。なんかもったいないなあ。いい話なのになあ。   (06.4.21)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

カンニング少女・黒田研二(文藝春秋)

 姉の死の真相を追及するため、難関私大を受験することにした高校三年生の玲美。彼女のために、秀才の女生徒、理系オタクの男子生徒、そしてスポーツ万能の男子生徒が協力する。彼らの目的は「完璧なカンニング」だ。そして考案された驚くべきプラン。果たして玲美はカンニングに成功するのか? 一方、大学側には絶対にカンニングを許さない助手の鈴村女史がいる。彼女は玲美の姉の死にも関係があるようで──。
 ライトノベルと言ってもいいくらい(つっても設定だけで、キャラや台詞回しはぜんぜんライトノベルのそれではないけれど)のノリで、楽しくわくわくさくさく読める。特にカンニングのさまざまな手練手管(それもすっごく今風なの! 実効性があるかどうかは別にして)、それに対する教官側の対応といったあたりはとてもサスペンスフルで、読んでてすごく楽しいよ! 次はどんな方法でカンニングに挑戦するのか、その知恵比べを味わうだけでもワクワクできる。
 ただこの結末って……「真相」はわかるけど、鈴村の内面についてはつまるところ何の変化もなく終わるよね? 人ひとり死んでるのに「自分のせいじゃなくて良かった」でハッピーエンドにしちゃうのもどうかなあ。それに構成上、気になることがひとつ、鈴村は玲美の姉の死と自分を関連づけて怯えていたが、最終章を読んだ限りでは事故の原因を以前から知っていたことになる。これ、矛盾だよなあ。忘れてたのかな。まあ、いずれも瑣末ですが。
 カンニングの手法のくだりが、それこそ良く出来たライトノベルを読んでるような楽しさがあるのに対し、「不正を憎む」鈴村が抱える内面の問題。その両方の対比が更に効果を上げているにも関わらず、鈴村の方は途中で放り出される。この物語が学生たちの知恵比べゲームを描くためのものならそのあたりの背景は邪魔だし、逆に今のまま物語の根幹であり発端に玲美の姉の件を置くのなら鈴村の内面はスルーしてはいけない問題だと思うんだがなあ。う〜む。   (06.4.21)
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筋違い半介・犬飼六岐(講談社)

 小説現代新人賞を受賞した表題作を含む、時代小説の短編集。武士ものも市井ものもあってジャンルとしては多岐にわたっているが、どれもユーモアがあって、或いは滋味があって、相当に「イキのいい」作品集だ。デビュー作だそうだが、これは相当に書ける人だぞ。
【筋違い半介】小説現代新人賞受賞作。旗本の三男坊である半介は家風とそりが合わず、自分から勘当を願い出て、今は岡っ引きとして気ままな暮らしをしている。筋の通ったことは嫌いという偏屈な性格から周囲の鼻つまみ者だが、ある日、家督を継いだ兄が自害したと知らせが来て──。実家の興亡など知ったことじゃない半介が、それでも兄の自害のからくりを見破るあたり、侠気のかっこよさと謎解きの面白さが相俟って大満足。含みを持たせるラストも爽快。
【死体を背負った男】百姓の松蔵がたまたま出くわした武士の果たし合いの現場。ひょんなことから死体の始末を押し付けられてしまう。我が身の不幸を呪いながら死体を運んでいた松蔵だったが、死体の懐から手紙を見つけて──。イチオシ! 物語としては、死体が持っていた手紙からあれこれ生前の生活を想像するというだけの話なんだけれど、それがもう何とも切なくて。
【牛蒡堂の春】学者を気取ってはいるものの弟子のいない男のもとに、入門者がやってきて──。おふくのキャラが秀逸。主人公の学者目線のみならず、客観描写が入る事で主人公の滑稽さが浮かび上がる。
【口増やし】凶作の村で一人だけ米を食べてる地主を懲らしめようと村の男達が企てた計画とは、なんと地主の家族の女全員に夜ばいをかけ、孕ませて、養う口を増やしてやろうというものだった──。うわははは、この設定、めちゃくちゃ楽しい! 女といっても若い美人ばかりではなく、醜女から老婆までいるわけで。
【女難街道】旅の途中で行き会った若い女性。老武士は耳が遠いばかりに肝心の話を聞き損ね──。展開がやや唐突か。
【おこう】長屋の鼻つまみ者・鉄峰とその情婦おこうを、長屋の子供たちの目線で描く。
【村破り】旅の山伏と村の別当の法力比べ。山伏が勝てば村の生娘を貰うというのだが──。
  (06.4.19)
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出口のない部屋・岸田るり子(東京創元社)

 免疫学者、小説家、そして開業医の妻。見ず知らずの三人は、気付くとある部屋に閉じ込められていた。そこでは三人それぞれの過去にあった事件が語られる。いったい三人の閉じ込められた部屋とは何なのか?
 三人の生活と事件が語られる3つの章はそれぞれとても面白いのよ。ひとつめは、先進的で理解のあるつ母親のつもりが、無意識に子供たちに自分の理想を押し付けてしまっていた女性学者と、それに対抗する手段をまったく別のところに見いだした姉弟の物語。家族小説としても読み応えのあるモチーフで、この先にある悲劇を予感させる。ふたつめは、出世のために人気女性作家と結婚して自分も作家デビューを果たした男が、祇園の芸者と浮気をする物語。この浮気によって男は犯罪に手を染めるわけだが、男の愚かさがひと際哀しい。そして開業医の元に後妻として入った妻のもとに届く、昔生んだ娘からの脅迫状。ここまで来ると、うっすらと話が見えてくる。
 この3つの物語のリンクは、途中でなんとなく分かるんだよね。「あ、もしかして──」という箇所があるから。でも読者は「もしかして」と思いながらも、「でも違うよな、だって無理だもん」と思い、「いや待てよ、現在の技術ならそれだって可能なのか。えええ、そこまでやったのか」と考え込む。え? なんのことだかわからない? 読めばわかるから。ここをはっきり書いちゃうとそのまんまネタバレなのよ。で、「もしかして」と真相に共通点を予想しながらも、その「予想できる」ということが決して興を削ぐものではない、というところが素晴らしい。「ああ、きっとこうだ」と思いながらも、見当がついているからこそスリリングになってるのよ。タイプの違う三つのミステリを、うまくリンクさせてドラマを作る手腕はミゴト。
 でもそれだけに、この凝った構成が逆に浮いてる気がするんだけどなあ。こんな入れ子にする効果がどれくらいあったろう? ある編集者が、ある作家のもとに原稿を取りにいくという設定で、本編の大部分はその作中作という作りになってるんだが、だけど実際には視点の問題なんかもあって「どこからどこまでが小説?」と、ちょっと混乱しちゃうのよね。構成はもちっとスッキリできたような気もするんだけど。  (06.4.22)
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港町食堂・奥田英朗(新潮社)

 奥田英朗が船旅で各地を巡る紀行エッセイ。わははは、この人のエッセイは面白いなあ。船に乗って、どこぞに到着して、そこで食ったり呑んだり遊んだり歩いたりぼけーっとしたりする、ただそれだけ。「退屈だなあ」「面倒だなあ」とぼやいたりもする。でもそれが実にのどかでノンビリしてて良いのだ。ものすごーーーーーーく、力を抜いて書いている(ように見せている)のが、読んでて肩が凝らず、心地よい。何より、押し付けがましくなくて。
 訪れた先は、土佐清水・五島列島・牡鹿半島・釜山(韓国)・日本海(佐渡がメイン)・稚内〜礼文島というラインナップ。けれど著者自身が作中で「地理に弱い」と書いている通り、その地についてなんらかのオベンキョーになるような「教え」は皆無と言っても良い。ガイドブックにもならない。だって名所があると聞いても、20分以上歩くのは嫌だからそこへは行かなかったりするんだもの。なのに、そこへ行ってみたくなる。それぞれの土地で著者が出会った「おばちゃん」や「おねえちゃん」に会って、著者が食べた美味しそうな料理を食べてみたくなる。特に旅行ガイド的情報は何もないのに、「ああ、こういう旅がしたいな」と思わせる。「同行の編集者が優しくないよー」「船ですることがなくて退屈だよー」なんてどうでもいいような話が、妙に可愛くて笑ってしまう。
 これは
「野球の国」「泳いで帰れ」にも共通することなんだけど、著者の視点がとても優しいからだと思う。毒舌を装ってはいるけれど、いろんな人に会っては「いいなあ」「楽しいなあ」と思い、いろんな場所に行っては「いいなあ」「こんなところに住みたいなあ」と思う。何かを食べては「美味しいなあ」「幸せだなあ」と笑う。イヤな事があっても上手にユーモアにくるんで笑い話にする。おまけに、ちょっとほろっとするような話まで混ぜてくれる。毒舌風味なのに、ちゃんと楽しいことが伝わってくるの。ただあったこと、感じたことをそのまま書いているような感じなのに、それがとても読みやすいの。巧い、ということなのだ。
 尚、今回は紀行エッセイということで野球の話はないんだろうなと思っていたのに、ちゃんとドラゴンズの話が出てきたよ。わぁい。個人的には嬉しいサプライズでした。   (06.4.23)《この本の詳細情報&注文画面へ》  

刑事の墓場・首藤瓜於(講談社)

 突然、動坂署への異動を命じられた雨森。そこは不祥事を起こしたり問題があるとされた刑事が飛ばされることで有名な「刑事の墓場」だった。この異動が何かの間違いであって欲しいと思い、署にも馴染もうとせずに不貞腐れていた雨森だったが、ある日、傷害事件の通報を受ける。始めは単なる痴話喧嘩に見えたのだが──。
 前半、登場人物がやたらと多い上に、動坂署の刑事たちも、傷害事件の関係者たちも、皆どこか怪しげで正体がつかめないものだから、読んでいて気持ちの置き所がない。特に、ストーリーそのものに入る以前にやたらと不穏な人物がたくさん出て来るのにはちょっと興を削がれた感がある。事件の発端は、「なんか変だ」という程度でまだ事件なんだかどうなんだか分からないし、その状態で他の登場人物は皆胡散臭いし、主人公は不貞腐れてるしで、物語に入り込むきっかけがなかなか無いんだよなあ。
 けれど、一旦事件が起こり、頼りにならないと思っていた動坂署員の意外な一面が出始めるあたりから(つっても後半に入ってからなんだけどさ)俄然面白くなる。どうしようもない拗ね者ばかりに見えた動坂署の刑事たちが、実は水面下で何かやろうとしてるのが仄めかされたときには「来た!」と思ったね。ただ、犯人探しのミステリ的趣向としてはアンフェアだし(本格じゃないから良いんだけど)、動坂署が蔑まれ差別されてる理由もさほど深いものではないし、最後に明かされる動坂署の「秘密」も「え、そんなことだったの?」となんだかちょっと拍子抜け。役者も舞台も揃っている割に、ストーリー自体がどうにも食い足りない。どこが悪いってんじゃないんだけど、すべてのエピソードについて何だか隔靴掻痒なのよね。もう一歩踏み込んで欲しいのに、敢えてそれをしないみたいな感じで。ハードな設定なのに、なぜか動きが大人しいのだ。
 ただ、ホントに「役者と舞台」は魅力的なんだよね。むしろ、これはシリーズとして続けていって欲しいなあ。今野敏の安積班モノみたいなシリーズになりそうな設定だし。   (06.4.24)
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