警官である5人の女性を主人公にした短編集。ひとりあたり1編から数編の短編が収められており、それらが繋がったり重なったりしながら、ポリスウーマンとして働く女性たちの「傷」を浮き彫りにして行く。
チョコレートコスモス・恩田陸(毎日新聞社)
幼い頃から舞台に立ち、その演技力が認められている響子は、有名プロデューサー・芹澤の新作にどうしても出演したいと熱望していた。が、なぜか響子にはオーディション参加のチャンスさえ与えられない。ライバルがオーディションに向かう姿を、悔しさと羨望で見送る響子。一方、旗揚げして間もない小劇団に、飛鳥と名乗るひとりの若い女性が入団した。芝居の経験は殆どないものの、彼女には天性のひらめきがあり、その実力はオーディション関係者の目に留まって──。
火喰鳥 信太郎人情始末帖・杉本章子(文藝春秋)
シリーズ第5弾。前巻で大きな変化があった信太郎とおぬい。果たして二人は結ばれるのか──という人情憚もさることながら、このシリーズが面白いのは毎回きっちりと捕物帳としての謎解きミステリの体裁をきちっと守ってることなんだよね。……と、これまでは書いて来た。書いて来たのだが。うううううう、今回は隅から隅まで人情憚オンリー、捕物帳テイストはまったくありません。信太郎の身の上に大事件が起こって捕物どころじゃなくなったのは分かるんだけど、これじゃあ魅力半減だなあ。その両立こそが醍醐味だったのに。
シートン動物記といえば、世界少年少女文学全集にも入ってて、狼王ロボだとか、なんかやたらとでっかい熊だとか、そういうお話がたくさんあるやつだ──という程度の記憶しかなかった。正確な名前はアーネスト・トンプソン・シートン。へえ、知らなかった。そもそも『シートン動物記』って、ファーブルみたいなノンフィクションなんだっけ? それともドリトル先生みたいなフィクションなんだっけ? ──てなレベルの大矢でもしっかりみっちり楽しめたんだから、「オリジナルを知らない」なんて理由で手を出さないのはもったいないぞ。
にょっ記・穂村弘(文藝春秋)
日記。でも日記というより、なんかこう、脱力系でホゲホゲしてて、つまるところ「にょっ記」。穂村弘のにょっ記は楽しい。トボケたり、空想したり。文字数が少なくて、余白の多いページ。函入りの本は、ホチキスで留めた(!)のが外から見える。これで1238円ってのはコストパフォーマンスとしてどうなんだろうと思わないでもないが、でもまあ、読みながら「くすくす」「ぽわぁん」となった時間を考えれば、単価は決して高くないのかも。あ、単価で思い出した。短歌は載ってないのね、今回。
本格ミステリ06・本格ミステリ作家クラブ(講談社ノベルス)
毎年恒例の本ミス年鑑。
配達あかずきん・大崎梢(東京創元社)
駅ビル6階に居を構える大型新刊書店・清風堂。書店でおきる事件やちょっとした謎を、店員の杏子とバイトの多恵が解いて行くという形式の短編集。書店が出て来るミステリや古書店主が探偵役というのは過去にもあったけど、新刊書店の店員が探偵役ってもしかして国内では初めてかな? あっても良さそうなものだけどね。全般にとても読みやすくて楽しい。書店を舞台にしたほのぼのミステリ、でもちょっと辛い話もあります、という感じで。本が好きで本屋さんが好きという人には安心して勧められます。
作家の左は、副業としてカルチャースクールの小説講座の講師をやっている。彼の特技は文章探偵。匿名の文章を読んで、語彙や表現、誤変換などからその著者の性別や年齢、職業、来歴などを当てるのだ。つまるところ文章から推理するホームズみたいなもので、これが楽しい楽しい。「こういう言葉は、こういう業界でよく使われる。それが変換の候補の上位に来ているということは、この人の職業は──」といった次第。
帝都衛星軌道・島田荘司(文藝春秋)
子供が誘拐され、犯人が身代金の受け渡しを要求して来た。しかしその金額は15万円、そして場所は山手線の車中。先の読めない展開に戸惑いながらも、警察は金を運ぶ母親を監視する。出口の無い環状線で、犯人はどうやって金を奪うのか。また、その連絡方法とは──?
高級指向のジュニア服ブランド・プラムローズ。ゼネラルマネージャーの晶子はプラムローズを大きくした立役者だ。ところが、プラムローズの服を来ている子供が殺されるという事件が起こった。マスコミ対策に追われる晶子だったが、事件はそれだけでは終わらず──。
あなたに不利な証拠として・ローリー・リン・ドラモンド(早川書房)
タイトルになっている「あなたに不利な証拠として」というのは、アメリカの警官が容疑者を逮捕したときに読み上げる「ミランダ警告」からとっている。ほら、あれよ、警官が犯人を後ろ手に拘束し、「あなたには黙秘権がある……」とかって「権利」を読み上げるじゃない? あれのこと。あの中に「あなたが話すことは何であれ、法廷であなたに不利な証拠として用いられる可能性があります」という箇所があるのさ。
このタイトルはダブルミーニングになっていて、警官にとってはこれを容疑者に向かって宣告することが「仕事の決着」を示す瞬間であるという、仕事の誇りの意味。と同時に、事件に対してどう関わり何を考えたかという彼女たちの心情は、ともすれば警官である自分自身にとって「不利な証拠」になりかねないという意味。──だと思ったのだが、どうだろう。
犯人を撃ち殺した経験を持つキャサリン、交通事故で辞職したリズ、家庭内虐待を受けていたモナ、レイプ被害者の力になりたいと考えるキャシー、ある事情から職場放棄してメキシコ近くに移り住むサラ。ひとつひとつの物語は短いが、彼女たちの懊悩、彼女たちのジレンマが、静かに静かに伝わって来る。瞠目するような謎解きや、手に汗握る起承転結があるわけではない。それなのに、彼女たちの叫びが──静かな叫びが伝わって来る。
殺されるかもしれない恐怖と、殺してしまった恐怖は、どちらが大きいだろう。信じて裏切られるのと、最初から信じないのでは、どちらが辛いだろう。死と向き合う中で生まれる、そんなエモーショナルなテーマを、叙情的にではなくあくまで叙事的に、淡々と、リアリズムに徹した筆致で彼女たちのダメージが記録されていく。抑えた筆致が読者の五感を刺戟する。熱いのに、常に冷たさを保っている。とにかく、何もかもが圧倒的なのだ。
中でも、アメリカ探偵作家クラブ賞の最優秀短編賞を受賞した【傷痕】と、ラストの【私がいた場所】は圧巻。
(06.5.12)《この本の詳細情報&注文画面へ》
恩田陸版「ガラスの仮面」なんだが──えっと、これって、恩田陸版とか何とかじゃなくて、まんま「ガラスの仮面」なんじゃ……。もう読んでる最中ずっと、響子の顔が姫川亜弓で、飛鳥の顔が北島マヤで、脳内に居座っちゃったもん。なんかまさに「『ガラスの仮面』にありそうなお話」なのよ。
もちろんこのオーディションや、そこで演じられる「天才の閃き」は恩田陸オリジナル。けれどそこに至るまでのキャラ設定がまんま「ガラスの仮面」だけに、なんかオリジナルという感じがしないのさ。違うのは、飛鳥が天才である所以が明確にされてるとこくらいかな? 恩田陸という作家さんはこれまでも「先行作品に対するオマージュ」として小説を書く例が多く、ファンにとっては「元ネタは何だ」を探す楽しさすら与えてくれてる希有な作家さんなので、今回も「わあ、ガラかめだあ!」と拍手で迎え入れられるんだけど、これをもしも恩田陸以外の作家が──無名の新人作家がやると「ガラかめのパクリだ」と糾弾されるんじゃないかとすら思える。
それでも、それはあたしが「ガラかめ」ファンだからこそそう思うだけで、ガラかめを知らないでこれを読んだらめちゃくちゃハマったと思う。「ガラかめじゃん」と思いながら読んであたしですら、オーディションでの飛鳥の演技には「おお!」って思ったし。もうゾワゾワしちゃうのよ。息が詰まるのよ。なんだかんだ言ってやっぱ巧いのよ。だからこそ、もちょっと「ガラかめ」から離れた設定にして欲しかったなあ。いや、いっそ、姫川亜弓と北島マヤにすれば良かったんじゃん! その方がよほどスッキリするって。
(06.5.14)《この本の詳細情報&注文画面へ》
とはいえ、信太郎のおぬいの運命は大きな岐路に立っているわけで、自分たちのそんな大問題を放り出してよその事件の謎解きに首をつっこんでる場合じゃないってのも、わかる。ここは早く家庭の問題をクリアしてもらって、落ち着いて捕物に戻って来るのを待ちましょう。
【火喰鳥】父の死で美濃屋を継ぐ決意をした信太郎。ところが江戸の街を襲った大火で、知り合いを助けに行ったら──。
【見えない】火事場でのケガがもとで目が見えなくなってしまった信太郎。妹のおゆみと番頭の仁平がなんとも暖かい。
【雪暗】敵陣へ乗り込む決意を固めたおぬい。粋だねえ、かっこいいねえ。読者としては母親やおふじにぎゃふんと言わせてやりたい気分になるが、相手をへこませるのではなく、受け入れてもらえるよう頑張るってのは大事なことなんだなあとシミジミ。
【晴れ姿】目が見えないまま美濃屋を継ぐ決意をした信太郎。おぬいも母親と対決する。思ったほど母親がヒステリックじゃなくて一安心。
【女中おぬい】父親の喪が開けるまでは祝言を伸ばすという約束と、一時でも早く信太郎のもとに行きたいという思いに挟まれて、悩んだおぬいが下した決断とは? あああ、どうしてこんなとこで終わるかなあ。次巻が出るまでおぬいの苦労をあれこれ予想して悶々としちゃうよ!
(06.5.15)《この本の詳細情報&注文画面へ》
シートン(探偵)動物記・柳広司(光文社)
シートン動物記の著者で知られるシートン氏、今は年を重ねて隠居状態。そこへインタビューに訪れた新聞記者の「私」は、自分をちらっと見ただけで人となりを言い当てられたことに驚く。シートン曰く「長年野生動物に接していたせいか、つい、細かなことを観察する癖がありましてね。……反射的に相手の行動を推理してしまうのです」──おお、ホームズだよホームズだよ。
ホームズっぽく幕を開けたこの物語は、新聞記者による聞き書きという体裁をとる連作短編集で、つまるところ半七捕物帳だ。男を殺したのは本当に狼なのか? カラスが見抜いた盗難事件とは? ウシ小屋で起こった殴打事件は密室だった? 高貴な猫がいなくなった理由は? 三人の秘書官から裏切り者を見つけるのに役立つ動物は? ──動物の性質が推理の決め手になるので、読者がシートンと推理を競うのは無理だが、それでも決して専門知識に寄りかからず、ロジカルに謎を解く。それはとてもエレガントで、「ほお」と思わせてくれる手管は見事! ちょっとしたヒントで「私」の周辺を推理するお決まりのシーンも楽しいぞ。
それに謎を解くだけでなく、シートンを通して、さまざまなことへの皮肉や風刺、苦言を呈しているのも面白い。特に、血統書付きの猫を溺愛する婦人と、本分を忘れた政治家への皮肉は痛烈。
もともとパスティーシュの巧さは折り紙付きの著者だけど、ここんとこ舞台(パスティーシュ)とミステリ部分の融合にますます磨きがかかってきた観がある。その都度変わる作風にもわくわくするし、もしかしたらブレイクが近いか? いや、ブレイクするにはマニアック過ぎるかしらね、やっぱり。
(06.5.18)《この本の詳細情報&注文画面へ》
主な内容は日常のおとぼけシーンと、天使と会話する空想シーン。天使との会話も含羞があってとても良いのだけれど、何気ない日常シーンが面白いんだよなあ。
4月12日 おばさんたち
バスの中でおばさんたちがしゃべっている。
「ああ、あの子たちにうちのシイタケを食べさせたいねえ」
「誰よ。あの子たちって」
「ウィーンの、ほれ、少年合唱団よ」
真似出来ないなあ、と思うのは、ここで止めるとこなんだよね。あたしなら、ここで一言つっこんで落としたくなる。でも穂村弘はこの会話だけで止める。充分落ちてるってだけじゃなく、ツッコミは読者に任せるのよ。
あたしが最も好きなのは、「7月1日 うこん」に始まる「うこんシリーズ」だ。「うこん」と「ちんすこう」の文字を目にするたびに、どきっ、びくっ、とする。「うこん」「ちんすこう」を見て、別の言葉を思わない人がいるだろうか、いや、いない。という主旨なんだけどさ。万人が絶対に一度は思ってることで、それだけでも「そうそう」と思うんだが、畳み掛けるように「うこん」「ちんすこう」論が展開するので、もうくすくす笑いっぱなし。巧いなあ。楽しいなあ。
でも、総体的にちょっと読み足りないのよねえ。サイトで毎日読むにはいいけど、まとめて読むならやっぱもうちょっとボリュームが欲しいと思っちゃうのは、贅沢? だってすぐに読み終わっちゃうんだもん。そうか、内容からみると決してコストパフォーマンスは悪くないが、時間単価だと割高に感じるのね。そうそう、フジモトマサル氏の挿絵がとってもキュート!
(06.5.20)《この本の詳細情報&注文画面へ》
【霧ケ峰涼の逆襲】東川篤哉:見張られていた部屋からどうやって抜け出したか? おお、これは巧い!
【コインロッカーから始まる物語】黒田研二:謎解きはさておき、インラインスケーターの設定は話に関係ないんじゃ?
【杉玉のゆらゆら】霞流一:相変わらずの路線。状況を想像すると無理無理なんだけどなぁ。
【太陽殿のイシス(ゴーレムの檻 現代版)】柄刀一:「ゴーレムの檻」所収。
【この世でいちばん珍しい水死人】佳多山大地:「川に死体のある風景」所収。うわあ、さすがに文章は達者だなあ。
【流れ星のつくり方】道尾秀介:本書イチオシ。新味のあるネタではないのに演出で読ませる。巧いっ!
【黄鶏帖の名跡】森福都:中国の水戸黄門「十八面の骰子」シリーズ。勧善懲悪のみならずけっこう凝ってるのよね。
【J(ジェイムズ)・サーバーを読んでいた男】浅暮三文:ラジコンの不調から事件が発覚。これ面白いぞ。
【砕けちる褐色】田中啓文:「落下する緑」には他にも瞠目する作品が収録されてるのに、どうしてこれなんだろう?
【陰樹の森で】石持浅海:これはシリーズなんだよね? 探偵のキャラがもっと活かされてるのも読んでみたい。
【刀盗人】岩井三四二:へえ、この作家さんの作品を採るとは! 湯屋から刀を盗み出したのは誰か?
【最後のメッセージ】蒼井上鷹:「九杯目には早すぎる」所収。ネタはありふれてるけど展開が巧い。
【シェイク・ハーフ】米澤穂信:「夏季限定トロピカルパフェ事件」所収。単体で読むと、こいつらホントに小賢しいなー。
【『攻殻機動隊』とエラリイ・クイーン】小森健太朗:クイーンはともかく、『攻殻機動隊』をまったく知らないので何とも……。
(06.5.23)《この本の詳細情報&注文画面へ》
ただ、ミステリとはいえ刑事事件になるようなものは少なく(中にはシビアなのもあるけど)、むしろ「へえ、本屋さんの仕事ってこんななんだぁ」という内幕部分を紹介しながら、ちょっとした謎を絡めていくという形式かな。だから、謎解きという点では総じてユルい。本好きなら簡単に見当がついちゃうのもあるし、アンフェアなのもあるし、事件そのものより本屋さんの話の方が印象に残ったりもするしなあ。それに、その本屋さんの内幕話というのも、全体的に(当たり前なんだけど)差し障りの無いことばかりなんだよね。出版界の周辺にいると耳にするような、経営面や業界そのものが孕んだ問題など、もっとシビアな内幕が出て来るかと思ったんだけど、そういうタイプではないので念のため。
【パンダは囁く】病床の老人が欲しがっているという3冊の本。ところがそのタイトルの意味がわからない──。ドラマチックではあるけれど、ややありがちか。しょっぱなの一話としては簡単過ぎないかなあ。
【標野にて 君が袖振る】清風堂で何かを目にした母親が失踪したという。何があったのかと訊かれたが──。きゃあ、ロマンチックだなあ。多分にキレイごとではあるけれど、エピソードの絡め方が上手で素直に喜んじゃう。
【配達あかずきん】配達中のバイトが駅の階段から突き落とされた。その理由は? これがイチオシ。最も印象的だったのは、最後のヒロちゃんの一言。謎解きがどうこうよりも、こういうふうに読者になにがしかの思いを起こさせる決着を付けるというのは、物語を大事にしてるってことなんだよね。そこがいい。
【六冊目のメッセージ】入院中に本を選んでくれた店員さんにお礼が言いたいという女性客。けれどそんな店員はいなくて──。選んだ本のうち3冊の共通点は、本好きにはけっこうすぐに分かるよね。
【ディスプレイ・リプレイ】販促イベントとして作ったディスプレイが何者かに汚されて──。現実のいろんなイザコザも、こんなふうに丸く治まると良いんだけどなあ。
(06.5.25)《この本の詳細情報&注文画面へ》
文章探偵・草上仁(早川書房)
ところがそんなある日、左が選考委員を務めている新人賞の匿名応募原稿とそっくりな殺人事件が起こった。その類似性から応募者が事件に関わっているのは間違いない。ところが、文章が違うだけでまったく同じストーリーの原稿がもうひとつあって……。それぞれの著者は、どうやら左の講座にいる生徒の可能性もある。左はその原稿からいつもの推理を働かせるという話。
著者の草上仁はSF作家で、これが初の本格ミステリ長編。
文章探偵術がとにかく面白い! 物書き志望者にはけっこう勉強にもなったりして。文は人なりというけれど、なるほど人間性のみならず個人情報まで文章には現れるものなのねえ。もちろん左もただ才能だけで推理してるわけではなく、ちょっとずるい部分もある。唯一無二の推理ではなく「蓋然性の高い仮説」に過ぎないという弱さもある。何より多分に牽強付会だ。でも、ほら、ホームズが依頼人を一目見て、小さなヒントからあれこれ推理するでしょう? あれと同じような面白さがあるのよ。いまやネット社会は匿名全盛だけど、この手法を使って人となりを推理できるんじゃないかとすら思える。
ミステリとしての仕掛けはすごく凝ってるのよね。後半の「意外な展開」には、マジで「ええっ!」と思ったもの。フェアかどうかって言われると、ちょっと無理筋も見えてギリギリかな?と思わないでもないが、これくらいならセーフか。とにかく、伏線を拾う醍醐味はギッシリだ。
(06.5.27)《この本の詳細情報&注文画面へ》
誘拐を描いた【帝都衛星軌道】を前後編に分け、その間に【ジャングルの虫たち】を挟むという凝った構成。犯人と母親の通信手段は電波範囲の限られているトランシーバーで、けれど都内を大きく回る山手線のどこにいても電波が通じる。犯人はいったいどこにいるのか、ってあたりは「むむむむっ」と膝を乗り出すほど興味を惹かれた。おお、なるほど、そっかあ! なぜ15万円なんていう少ない金額なのかとか、そういう「動機」もドラマチック。
ただ、おそらくは。著者がホントに書きたかったのは、終盤である人物が延々語る「都市論」の方なのだろうな、ってことがすぐわかる。「へえ」とも思うし「そりゃすげえや」とも思うし「そいつぁ問題だ」とも思うんだけど──でもこれって、なんかミステリと乖離してない?
これまでも《島田都市論》は様々な著作の中で論じられてきて、それはひとつの島田荘司の個性であり魅力でもあったわけで、その都市論によって立つストーリーというものがきちんとしていた。都市論とストーリーが融合して瞠目するミステリになっていた。でも今回のって、なんか終盤の「演説」だけが浮いてるように思えるんだけどなあ。これまでの島田荘司なら、あの「演説内容」がそのままトリックに結びつくような作りになってたのに。あ、いや、勿論今回も無関係ってわけじゃないのよ、トリックにも物語にも関わって来るんだけど──でも、この人物の演説は、内容に賛同するしないに関わらず「このひとは何を一人でこんなに熱くなってるんだろう」とちょっとヒイちゃうようなところがある。主人公もさあ、自分の目的とは違うところで丸め込まれてるんじゃないって! アンタにとって大事なのは都市じゃなくて妻と子でしょうが! と、主人公の肩をつかんで揺さぶってやりたくなったわよ。
(06.5.29)《この本の詳細情報&注文画面へ》
さくら草・永井するみ(東京創元社)
初期の頃の「そこで働く女性を主人公に据えた業界ミステリ」を彷彿とさせる。ローティーンを相手にする洋服のブランドというのがどういう戦略で動いているのか、トラブルがあったときにどう対応するか、そういう業界ものの面白さには逐一「へえ」と唸ってしまうよ。この著者はコメ業界のミステリでデビューして、林業、音楽業界、エステ業界、コンピュータ業界など、その都度異なる業界を舞台にしてきたけれど、どれをとっても付け焼き刃の描写ではなく、ディーテイルを描き込むことできっちり臨場感を出してるんだよね。
特筆すべきは、業界そのものの描写のみならず(過去の業界もののすべてがそうなんだけど)人物配置にある。そこで責任ある地位にいる女性を主人公に据える一方、消費者の立場でまったく異なる女性を置いている点だ。能力があり実績を持ち、それらに見合った自信も持っている晶子。消費者が何を望み、どうやれば売れるかを的確に測ることができる。そして彼女の戦略通りにプラムローズの服に熱中するローティーンや、その母親たち。事件を担当する女性刑事。現実的なこととは無縁のカリスマデザイナー。ひとりひとりが立体的に浮かび上がり、その描写にゾクリとさせられる。ひとりひとりが駒ではなく歴史と背景と日々の生活をちゃんと持っているのが分かる。だからこそ、個々の登場人物にどっぷり感情移入してしまうのだ。仕事に生きる晶子にも、疲れてしまった主婦にも、好きな服がどうしても欲しいローティーンにも、そして女性刑事にも。
つまるところ、華やかな業界を舞台にしながらも、決して扇情的にならず、そこに登場するのは地に足の着いた堅実な人々だというところが巧いのだろう。ブランドに血道を上げる女性と言うとどうも思慮が浅いようなイメージがつきまとうが(ごめんね)、必ずしもそうではなく選ぶブランドによって性格や指向が分かるものだというくだりには、なるほどなあと思わされた。
ミステリ部分は、「あ、そうか!」と膝を打つ快感はちょっと薄い。謎解きよりはサスペンス色が強いせいもあって、手がかりが出るのがけっこう遅いんだよね。けれど洋服に関する知識や情報が謎解きに関わって来るあたりのアイディアは面白いし、何より犯人が分からないままじわじわと事件が進んで行く、そのスリルはたまりません。どうなるの、どうなるの、と読者を捉えて離さない引きの強さは、この著者の真骨頂だなあ。
(06.5.30)《この本の詳細情報&注文画面へ》
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