四世代が同居する下町の古本屋&カフェ「東亰バンドワゴン」。個性的な家族の面々は、今日もそれぞれ賑やかだ。【春 百科事典はなぜ消える】では古本屋の店頭で起こった小さな事件を、【夏 お嫁さんはなぜ泣くの】では猫の首輪に結びつけられていた文庫のページの謎を、【秋 犬とネズミとブローチと】では本を持って老人ホームから失踪したお婆ちゃんの行方を、そして【秋 犬とネズミとブローチと】では妙なタイミングで見つかった先代の書き付けの意味を、大家族がわいのわいのと解いて行く。
川に死体のある風景・e-NOVELS(東京創元社)
e-NOVELS発で実現した、同一テーマによる競作。ただ「競作」という割には、「川に死体」というだけで縛りが緩いけど。「『ABC』殺人事件」くらいの縛りがないと、なかなか「競」というニュアンスは出てこないんじゃないかしら。設定にあまり手出しできないのなら、例えば必ず同じ台詞や小道具を登場させるとか、リレー形式の趣向を仕込むとか、何か「共同でやったよ」色をもっと出してくれると面白いのにな。これだと、よくある「鉄道ミステリのアンソロジー」みたいな後揃えのアンソロジーと、見た目としては同じように思えちゃうもの。せっかく豪華な執筆陣を揃えてるんだから、もうちょっと企画として踏み込んで欲しかったな。
犯罪被害者の会からの帰り道、二人の女性が殺された。一人は手首から先を切り取られ、もう一人は頭をめった打ちにされて。刑事の大河内はこの事件を追ううちに、被害者の夫に疑いの目を向けるが、夫は素人とは思えない手際で姿を消す。更に追おうとしたとき、なぜか公安からストップがかかった。同時に容疑者として浮かんできたのは、少年時代に猟奇犯罪を犯したことのある人物で──。
テツはこう乗る 鉄ちゃん気分の鉄道旅・野田隆(光文社新書)
鉄ちゃんや、浜の真砂は尽きるとも、世に鉄道の種は尽きまじ──ついこう詠みたくなってしまうテツたちの熱き情熱。あなたの周りにもテツはきっといる。駅に行けばカメラを抱える少年がいて、図書館では鉄道の絵本を食い入るように見つめる幼稚園児がいる。そしてテレビドラマの背景に特急が走ると、ドラマのストーリーそっちのけで車両の種類を呟くダンナがいる。ええ、いるんですッ! たかが交通機関に向けるあの情熱ってば、いったい何? そう思ったことのある人はきっと多いはず。
打者の頭に死球をぶつけ、再起不能にしてしまったのをきっかけに引退したプロ野球のピッチャー。今は紹介してくれる人がいて便利屋をやっている。ところがそこに持ち込まれる依頼はどこか胡散臭い。子供に付き添って毎週サッカーを見に行ったり、本の片付けの後に「泊まる」ことが条件だったり。主人公はその背後にある謎を解くという連作だ。
竹千代を盗め・岩井三四二(文藝春秋)
甲賀忍者の頭領、伴与七郎のところに大仕事の依頼が来た。駿府に人質として囚われの身となっている、松平元康の妻子を奪い返せというのだ。必要な忍者の数や日数、道具などの見積もりを出し、伴与七郎が依頼主に請求した金額は四百貫文。ところが現地に入ってみると話とは違う成り行きになり、四百貫文では赤字になってしまうことがわかって──。
一応の推定・広川純(文藝春秋)
クリスマスの夜、とある駅で転落事故が起こった。老人がホームから線路に落ち、列車に轢かれたのだ。その遺族から保険金の請求があり、保険会社は調査事務所に調査を依頼。状況から見て自殺の可能性もあるというのだ。調べてみると、老人の孫は海外での心臓移植が必要な難病に罹っており、その費用と保険金がだいたい同額だということがわかった。果たして保険金目当ての自殺なのか、それとも事故なのか? 松本清張賞受賞作。
コースケは調査会社でアンケートに答えるという“サンプル”のアルバイトをしている。サンプル同士は知り合ってもいけないし、会話をしてもいけないというのがルールだが、コースケはその禁を破って、サンプルのひとり、アツシと知り合ってしまった。ところがそのアツシが姿を消す。彼を捜すため、コースケは同じくサンプルの弓という少女と一緒に探偵を始めることになったが──。
気分は名探偵 犯人当てアンソロジー・我孫子武丸(徳間書店)
『夕刊フジ』に犯人当て懸賞ミステリーとして連載された6編が単行本になった。巻末には執筆者の覆面座談会付きで、誰がどの作者だか当てるという趣向になっている。隅々まで楽しい1冊。何しろ執筆陣がめちゃくちゃ豪華なので、こちらも襟を糺して臨みます。なんせ新聞連載時の「正答率」まで乗ってるんだからやる気も出るってもんだ。さあ見破るわよおかかってきなさい!
乱鴉の島・有栖川有栖(新潮社)
命の洗濯にと、とある島の民宿へ出かけた二人。ところがあっちょんぷりけな勘違いのせいで、別の島へ渡ってしまった。そこでは有名な老作家を囲む集まりが催されており、火村と有栖は迎えの船が来るまで滞在させて貰うことになった。ところがそこに現れたもう一人の闖入者。定石通りに人が死に、定石通りに外界とは閉ざされる。何より、この孤島で開かれていたこの集まりは何なんだ──? 火村&有栖シリーズ4年ぶりの長編にして初の孤島もの。
東京バンドワゴン・小路幸也(集英社)
ああ、これは良い。舞台は現代だが、味わいは寺内貫太郎一家。或いはムー一族。時間ですよ。昭和のあのホームドラマの世界だ。悪い人は誰も出て来ない。家族はけっこうワケありなのに、みんな明るくて前向きだ。お話も人も甘々で、ストーリーの先がなんとなく読めちゃうのも《昭和ドラマ》を彷彿とさせる。家族が持ってるシビアな秘密も、「たいしたことないよー」と笑いで包む。会話で話が進行し人物の内面に踏み込まないのが物足りなく思われるかもしれないが、これは「白い巨塔」ではなく「ムー一族」なんだから当たり前なのだ。このお店に通いたいなあと思わせる魅力。また語り手となっているお婆ちゃんの幽霊もステキ(ちょっと説明過多な部分はあるが)全体のほのぼの感5割増だ。うん、これはお勧め。ギスギスした生活を忘れてほっこりしたい時に読め!
ただ、気になる箇所がないでもない。話の流れからするに、本書は1年の間に起こったことを描いてると思われるのよ。で、家族の中にいるシングルマザーとシングルファーザーの問題も、結婚を反対され実家と絶縁してる嫁の問題も、次々に解決されちゃう。要はこの一家、十年あるいは二十年以上持ち続けていた家庭の問題を、この一年で一気にクリアしちゃってのるよ! そんな劇的な1年って! 青がどれだけモテて女につきまとわれてたかとか、藍子がどれだけミステリアスかとか、ガナトがどれだけファンキーだったかとか、紺&亜美ってどんな夫婦なんだとか、そういうベースとなるエピソードは最初に少しあるだけで、いきなりクライマックスがやってきた感じなんだなあ。もったいないなあ。
もちろん、それだけの問題が「解決する時期」だったという土壌はある。話の展開は充分納得できる。けれどいかんせん慌ただしい。じゃあどうすれば良いかってえと──もっと長いシリーズにするのよ! そして1冊にひとつくらいの割合で、上記のような「長年の問題」を扱えば慌ただしさも消えるってもんじゃん。もっとひとりひとりにフィーチャーした話も読みたいもん。ね、だからこれはシリーズにしよう! そして文庫化のときに話の順番を入れ替えるってことでどうだ。<どうだと言われても。
(06.6.1)《この本の詳細情報&注文画面へ》
とまあ、ここまでは趣向のお話。以下は、個別の作品の感想。
【玉川上死】歌野晶午:うわああ、この真相と、それに対する処理は実に好みだ! 謎を解いて終わりではなく、そこから更に「さあどうする」が来る。何より、「謎を解いた途端、物事の絵ががらりと変わる」という本格ミステリの醍醐味がある。
【水底の連鎖】黒田研二:犯人がなぜわざわざこんな面倒くさい、目撃されるかもしれない危険な手段をとったのかがチト不自然。それにしても、この探偵役の女って……。そんな電波な理由で、他人のプライバシーに踏み込むなっ。仕事を休むなっ!
【捜索者】大倉崇裕:次第に状況が明らかになって行く過程が読ませる。映像的には、なんだか「なあばす・ぶれいくだうん」の中の一編を思い出しちゃったあ。
【この世で一番珍しい水死人】佳多山大地:うわあ、凝ってる! 短編なのに初手からこんな凝った構造にして収集がつくのかと危ぶんだが、なるほどそう来ましたか。うん、堪能堪能。南米の乾燥した土の感じがとても良く出てて、設定はガチガチの本格なのに、日本のパズラーを読んでるイメージじゃないってのも味。
【悪霊憑き】綾辻行人:わははは、こう来たか! 実に恣意的な設定を、一見恣意的には見せないところが筆力だなあ。
【桜川のオフィーリア】有栖川有栖:ベタベタの「ど田舎方言」での会話も、この人が書くとどうしてこんなにアーバンでスタイリッシュになるのかなあ。不思議だなあ。実に映像的で、その映像がまた実に印象的で、いつまでも映像が心に残るよ。とまれ、江神シリーズってだけでもうOK。江神シリーズ、長編も早いとこ書いてくれないと、「イマドキの大学生」からどんどん離れてっちゃうわよこいつら!
(06.6.2)《この本の詳細情報&注文画面へ》
贄の夜会・香納諒一(文藝春秋)
ひゃあ、こりゃまた二段組み五八一ページを一気読みだぁ! こんな分厚い本なのに、まったく飽きさせないよ。怒濤の展開にページを繰る手が止まらない。捜査の途中で公安から入る圧力。少年犯罪の前歴を持つ容疑者との心理戦。当時の資料を読み解く若き学者(これがまた頭でっかちで苦笑させられる)。復讐に燃えるスナイパー。パソコンに残されたチャット記録。エピソードは銃撃戦から衒学的な心理学講座までと多岐に亘り、なのにすべてがひとつの糸で結びついている。構成もすごけりゃそこに描かれる葛藤もスゴい。捕まえたと思うと逃げられ、追いつめたと思うと邪魔が入る。背後にある二十年に亘るドラマ。
何百ページ読んでも1ページ先の展開が見えないドキドキ感で、心臓が口から出そうになった。手に汗握り、逮捕現場での衝撃的な出来事(ここで紹介できないのがツラい!)には目頭が熱くなり、読み終わったときはぐったりしちゃったよ。ドキドキハラハラだけじゃない、しっとりした絆の物語もある。特に、刑事の大河内とスナイパーの男を中心に、信念を貫くかっこよさと夫婦愛に魅せられるんだよなあ。それぞれに過去があり、それぞれに家族がいて、家族の中での問題を抱えている。人のありようというのは、社会的な部分だけではなく、ドメスティックな部分も含めて一人の人間なのだと思わされる。犯人捕まってないのに、事件終わってないのに、大河内に向かって「もういいよ、奥さんと二人でゆっくり暮らしなよ」と声をかけたくなってしまう。いいなあ。激しさと穏やかさが同居した、いい話だなあ。
強いて難を言うなら、真犯人像にやや疑問が残るってところか。これほどまでに大がかりな犯罪を計画、遂行したその動機と方法には、イマイチ納得できない部分が残るのよね。ただまあ、「動機」からテーマを描くタイプの物語ではなく、その周辺の人間模様が第一なので、別に犯人像に拘る必要もないのだけれど。フーダニット、ハウダニットの興味で読んでいくと、ちょっと消化不良の部分は残るかもしれない。 (06.6.3)《この本の詳細情報&注文画面へ》
本書は「テツ」である著者によって書かれた、テツ紹介書である。テツとはどういう人種なのかを、素人さんに教えてくれている。だからテツ自身が読んで何かを得る類いのテツ本ではありません。むしろテツ自身が読むと、極めて当たり前のことしか書いてない。これは非テツ向けの本。非テツに、テツを理解してもらうための本だ。
章タイトルからしてそれが分かるよ。「テツはこう乗っている 日常編/テツはこう乗っている 旅行編/テツはここに感動している/テツはこう得している/テツはこれを撮っている/テツはこれを集めている/テツはこれを食べている/テツはこう乗っている 海外編」……しまいにゃ「食べている」と来たもんだ。更に中身を詳しく見てみると、「テツにだけ聞こえてくる音がある」「テツは路線図で妄想する」「テツはジョイント音にむせび泣く」……うわあああ。さすがにこのパターンが続くと飽きられると思ったのか、いきなり「テツ ラブ スイッチバック」と英語タイトルの項目も。笑ったのは「テツが車両が『いる』と表現する」……うわはは、すでに人扱い!
身近に鉄ちゃんがいて、その生態がどうもよく分からないという人にお勧め。乗り鉄、撮り鉄、収集鉄、模型鉄などに分類して、そのメンタリティを教えてくれるよ。彼らがどんな基準で動いているのかよく分かる。分かりたくないかもしれないけど。あたしにとってはダンナ理解の一助となりました。
あ、そうだ、非テツ向けの本ではあるけど、ところどころテツ向けになってる表現があるんだよね。「テツは、列車に乗れないときには妄想に耽る」の項にて。クルマや自転車に乗っているとき、列車に乗った気になって一人で指先点呼をし、「出発進行、定時」と言って発信し、「制限三五、第四閉塞進行」とつぶやきながら加速する──ううう、友達にいるよこういうの。で、著者は言う。クルマならいいが、自転車では危ないからやめた方がいい、と。ましてや歩行中にやると人格を疑われるのでやめろ、と。あたりまえじゃん!と思うが、そこまで言わしめるのがテツなのだなあ。
(06.6.4)《この本の詳細情報&注文画面へ》
145gの孤独・伊岡瞬(角川書店)
他人の選手生命を奪ったという過去が物語の中でどう生かされるかと注目したが、最初はちょっと戸惑った。だって、その「被害者」の妹が同僚なのよ? おまけにその「被害者」まで……。彼らを前にして本来なら気が引けるはずの主人公なのに、会話がとても楽しく、コミカルなシーンが多いのだ。立ち直った証なのか、それとも無理してるのか? もしかして、明るく振る舞うほどウチに隠した傷が大きいという意味かしらなどと、いろいろ深読みしながらページをめくる。それが読み進むうちに想像を超えた展開になる。終盤は胸が詰まり、その時点で最初から巧緻に伏線が張られていたことに気づくよ。これは脱帽。なんて切ないミステリか!
そういう全体の趣向とは別に、ここの短編もなかなか。事件の魅力、謎解きの面白さもさることながら、キャラと会話がいいのよ。樋口有介の「柚木草平シリーズ」を彷彿とさせる(あそこまで気障ではないけど)気の利いた減らず口。ちょっとした小道具の使い方の巧さ。「ここで来るか!」というタイミングで絡む人間模様。シリアスなのかコメディなのかわからない絶妙な加減が、いつしかひとつの大きなドラマへと流れて行く。巧いなあ。
特に、花屋とハナちゃんがいい味出してる。花屋の若旦那は主人公がピッチャーだったことを知っていて、なんとか彼に野球をもう一度やらせようとするわけ。その様子がすごくいいのよ。ライトな言動で誤摩化してはいるものの、実はとても真面目に真剣に主人公のことを心配してるのね。そしてもうひとつ、ハナちゃんのキュートなことと言ったら! ハナちゃんと主人公の会話なんてもうサイコー。ハナちゃんの正体は本書を読んでね。
とまれ、軽妙さとシビアさが絶妙にリンクした、とても胸に迫るミステリだ。気障で減らず口で腕も立つ探偵ってのはハードボイルドの王道だけれど、ハードボイルドだって一人では生きていけないんだと教えてくれる。なんて暖かな探偵物語なんだろう。これはお勧め。 (06.6.5)《この本の詳細情報&注文画面へ》
わはははは、見積もりを出す忍者! 下忍がひとり1日これだけ、三河までの交通費がこれだけ、偵察のために近くに民家を借りた場合はこれだけ、などと細かい費用を計算する忍者の頭領ってのが、もうおかしくておかしくて。この設定だけでも「やるじゃん!」と手を叩いてしまった。
しかしよくよく考えてみれば、実際のところは伊賀甲賀の忍者たちなんて、今で言う派遣会社みたいなものなんだから、商売として引き受けるのは当たり前なんだよね。それで里を運営してるんだもの。だとしたら、特異に見えた伴与七郎の設定というのも、実際は特に奇を衒ったものではなく「普通」なのかもしれない。でも、今までそこに焦点を当てた忍者ものなんてなかった。なるほど、目のつけどころがシャープだね。
ただ話の流れとしては、ちょっとドタバタしてる観は否めない。コメディタッチの部分と、サスペンスフルな場面が、良く言えばメリハリが効いているのだけれど、悪く言えばバランスがとれてないといった感じ。だって、なんだかものすごく頼りないんだもの>甲賀忍者。イメージとしては、なんかもっといろんな技に秀でたプロフェッショナルなものを想像してたのに、頭領である伴与七郎からしてアタフタしてるし必死だしやられそうになるし。
いっそ、全編通じて、もっとハードでクールな算盤忍者でも良かったんじゃないかしら。それだと著者が描きたかったテーマと齟齬が生まれちゃうのかなあ。背後にある側近同士のライバル心が実に俗物だっただけに、忍者にはもちょっと超越したものがあった方がコントラストが効いた気もする。ま、このあたりは好みの問題ですね。人間らしい忍者、てのも、それはそれで確かに魅力的ではあるし。
(06.6.6)《この本の詳細情報&注文画面へ》
奇を衒った派手さはないが、実に魅力的な謎。ホームからの転落が事故か自殺か、細かい証言や証拠をひとつひとつ丹念に拾い集め、それがひとつの物語を作るというのは実に好みの構成。さすが保険業界に長い著者だけのことはあって、調査の方法は「へえええ」と思うような業界トリビアでいっぱいだし。事故か自殺かを判定した決め手には「おお!」と思ったよ。
ただ、伏線がちょっと露骨かな、という箇所は気にならないでもない。それが何に結びつくかまでは推理出来ないのだが、「あ、これ、絶対なにか後で大事になってくるぞ」というイカニモな描写が何カ所かあるのだ。手がかりの出し方も、聞き込みの先で出て来るという手合いが多く、ミステリとして考えると、構成の工夫という点ではやや安易かも。
それより何より。笑っちゃうくらい地味なんだよなあ、これ。前述したように謎も調査も魅力的なんだけど、その展開と手法がひたすら地味なの。歩いて情報を拾うだけだし。主人公は定年間際の調査員。これに修行を兼ねて保険会社の若い社員がつくんだけど、普通ならさあ、その若い社員ってのは跳ねっ返りの女性だったりするのが定番じゃない? 男性なら男性で、なんかもっとキャラのはっきりした人物にするってもんじゃない? そういうケレンが一切なく、普通の若手男性社員なのよ。ちょっと先走るところもあるけど、他にはたいした個性もなし。
また、定年間際の主人公ってことで、「孫のために老い先短い自分の命を差し出したかもしれない」故人に対する、共感とかシンクロとか、そこから踏み込んだテーマ性とか、そういったものを描くのかと思いきや、そういう方向にもいかないのね。つまるところ、事故か自殺かだけの話になってしまっていて、その部分自体は文句は無いのだけれど、全体的にどうしても地味ぃぃぃぃぃなんだよなあ。あと一押し、二押し、キャラやテーマに花が欲しいよ。
(06.6.10)《この本の詳細情報&注文画面へ》
月が100回沈めば・式田ティエン(宝島社)
幼い頃、コースケが父親に「普通はいいぞ」と教わったシーンが印象的だ。普通は真ん中だ、つまり、仲間が一番大勢いるというとだ、と。高校生になって「普通の若者のデータをとる」ためのサンプルになったコースケは、間違いなく普通のはずだった。けれど彼が出会った人は皆異なる価値観を持っている。かなり個性的なのに自分は普通だという者もいれば、普通だからこそ特別に憧れる者もいる。同じものを見ても評価が異なる。一番仲間が多いはずの「普通」なのに、人は皆、最初から違うのだ。
それを殊更に「自分は人とは違う」と言いたがるのは、他者への理解を拒絶してるだけじゃないかと感じた。時代を問わず、「私、ちょっと変わってるんです」と主張する人は一定の割合で存在する。人とは違う、というのは確かに魅力的なことなのかもしれないが、「人とは違う」=「私は他人より上の存在」という勘違いはとてもみっともなく、同時に危険だ。読み進むうちに、「普通」が持つ多様性と「特別」が持つ画一性がはっきりと浮かび上がる。巧い。
そして、事件を経てコースケが達した結論──普通とは世界の一員である自分に気づくことであり、他者や世界への想像力があるということだ──に、ほう、と思った。なぜ彼がそう考えたかは本編で読んで下さい。
キャラもいい。渋谷で屯する若者がニックネームで自己紹介したとき「本名を言え」と迫る弓。匿名や仲間内だけで通用する通称は田舎者の発想だ、世界に相対するには本名でいろ、と。その意見には膝を打った。その他にも、プロダクションの社長、コンビニ店長など個性的なキャラが脇を固め、いろんな視点から「社会」と「個」の関わりをコースケたちに示して行く。そして何より、コースケと父の関係。ラストは実に秀逸。
事件の真相はちょっと弱い部分もあるが、敢えてミステリとして読む必要は無い。ミステリの弱ささえ気にしなければ、これはとびきりの青春小説だ。
(06.6.18)《この本の詳細情報&注文画面へ》
【ガラスの檻の殺人】有栖川有栖:ストーカーに悩む友人を助けるため、そのストーカーを撃退しようとした俺。けれどそのあと死体が見つかり……。ふっふっふ。これ、実は完璧に見抜いたぞ。けれど純粋な推理というより、単に「身近な事」だったから。うちの実家にね、あったのよ、これが。だから思いついただけなんだけどね。でもまあ、とりあえず一勝。
【蝶番の問題】貫井徳郎:刑事の僕が吉祥院先輩のところに持ち込んだ手記。そこにはクローズドサークルでの連続殺人の様子が描かれて──。おおおお、これイチオシ! 好み! うわあああ、どうして気づかなかったのあたし! おかしいな、とは思ったのになあ。うわあ悔しい、でも嬉しい。←騙されて嬉しい、ってのは「高レベルな出題」の証拠だよね。これで一勝一敗。
【二つの凶器】麻耶雄嵩:大学内で起こった事件で弟が疑われている、と相談された木更津悠也は……。うわあ、ややこしいっ。真相に辿り着く前に脳味噌がショート。っていうか真相を読んでからもショート。一勝二敗。
【十五分間の出来事】霧舎巧:新幹線の中で起こった傷害事件。犯人はこの中にいる! あははは、これ好き。小説として読むとアラが見える設定でも犯人当てクイズだという前提のおかげで素直に楽しめる典型的パターンだなあ。推理の過程も伏線もステキ。ちくしょう、気づかなかったなあ。一勝三敗。
【漂流者】我孫子武丸:救命ボートで発見された私は記憶を失っていた。そして私が持っていた手帳には恐るべき記録が──。わあああ、これは素直にミステリ小説として楽しんでしまったよ! 巧い巧い。「そんなところに手がかりが!」という伏線の妙と、先入観を逆手に取る巧さ。これと【蝶番の問題】が本書の白眉でしょう。一勝四敗。っていうか楽しみ過ぎて不戦敗。
【ヒュドラ第十の首】法月綸太郎:殺人事件の容疑者として名前が挙がったのは3人。現場に残された手がかりが指し示す犯人は? わあ、これはまた親切な! ポイントはここですよ、というのをはっきり示してくれてるので、手慣れた読者ならすぐにわかる。対戦成績は二勝四敗。だけど、有栖川&法月という御大2人が「わかりやすかった」というのは、むしろ普段本格ミステリなんて読まない夕刊フジの読者に向けて、間口を広げた結果なのかもしれないなあ。
(06.6.20)《この本の詳細情報&注文画面へ》
有栖川有栖の作品らしく、とてもスマート。ぐっちゃんぐっちゃんな死体が出て来ても、不吉なカラスがガァと鳴いても、決してどろどろしないスタイリッシュなミステリなのが良いなあ。いや、もちろんそこは好みの問題で、どろどろしたのが好きという人には物足りないかもしれないが。鬼面人を脅かすようなトリックや演出で奇を衒うのではなく、冷静にロジカルに謎を解いていくあたりが好印象。何より、シリーズ最大(と言ってもいいのかしら)の魅力であるウィットに富んだ会話が、今回も冴えてるぞ。プロットとは別に語りが巧いのよね有栖川有栖って。個々のシーンの雰囲気作りとか、緊張と緩和のタイミングとか、比喩とか会話とか。小説を形作る上でのいろんな要素のバランスが良いのよ。変な話だけど、ミステリではない普通小説や純文学寄りのものを書かせてもきっと上手だろうなあと思わせる。
だから謎解きには関係ない(かもしれない)箇所や、情報を集めているだけの箇所も冗漫にならず、楽しく読めるのね。これは大事なことですよ。だって、本格ミステリというジャンルのルールや様式を知らなくても、楽しく読めるということだもの。間口がとても広いのだ。広い間口にさそわれて入ると、その奥深さにびっくりするという次第。本格ミステリ初心者には有栖川有栖を勧める理由はここにあるのさ。
だから謎解きもシンプルにしてスマートだ。電話線が切られた理由には膝を打った。死体を他殺と判断した理由もシンプルにして隙がない。本格ミステリに散見される「いくら意外性を追求したいからって、んなアホなことをするかよ!」というような不自然さがないの。それはともすれば「見抜かれやすい」という危険性を孕むけれど、そこを語りの巧さで上手にカバーするのがテクニックなんだよなあ。ただ、キレイ過ぎて学生アリスシリーズほどの熱やパワーが感じられず、突出した印象が残らないのが難といえば難か。
あと、本人も後書きで触れているが、この背景こそがドラマチックなのに、それを伏せるのがミステリなのよね。当たり前だけど、もったいない気もするなあ。そんなアイディアをサクっと「解くべき問題の一部」にとどめますか普通。これがジャンルの持つ宿命といえばそれまでだけど。
(06.6.21)《この本の詳細情報&注文画面へ》
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